上 下
31 / 32
第2章 期末テスト編

第30話 可愛いの効力

しおりを挟む
 気を取り直してテスト勉強に取り掛かる。
 俺は特に古賀の妹――古賀こが夏希なつきを中心に、勉強を見てやることに。最初こそ「マジでこの人に教わるの?」と、俺に対する嫌悪感丸出しだった夏希だが。

「え、これ解けちゃうの!?」

 数学の応用問題を難なく解いてみせると、それ以降文句を垂れることはなくなった。それどころか俺の隣に移動して来て、俺は今、妹サンドイッチ状態である。


 うちの妹にちょっとでも触れたら殺す。


 みたいな圧を正面から感じ、冷や汗を浮かべながら指導する俺。それを知る由もない夏希はというと、わからない箇所をグイグイ質問してくるのだった。

 流石は受験生なだけあって、勉強に対するひたむき度合が凄い。が、どうしても数学の図形の証明が苦手らしく、俺はそこいらを中心に指導を進めていった。

「こうして等しい角度見つけると解きやすいぞ」

「ホントだ。こんなにサクッと解けちゃうんだ」

 教えれば教えるほど、どんどん問題を解けるようになる夏希。

「学校の先生よりもわかりやすいかも」

「つまり俺は天才だと」

「そこまでは言ってない」

 いつしか自然と会話も増え、最初こそ威圧感のあった表情は、次第に柔らかく、年相応の可愛らしいものとなっていった。

(こうしてみると、マジでスペック高いなこいつ)

 ついつい見入ってしまうくらいには、横から見た夏希の姿が魅力的に映った。笑った表情がこんだけ可愛いなら、普段からこうしていればいいのに。

「何か」

「ああいや、何というか」

 不意に夏希と目が合う。

 流石にジロジロ見過ぎたか。
 訝し気な視線を向けられた俺は、咄嗟に口を開いた。

「今の方がよっぽど可愛いなと思って」

「はぁっ!? い、いきなり何!?」

 あ、やべ。
 つい本音がそのまま出ちまった。

「かっ、可愛いって……ババッ、バカじゃないのっ!?」

 瞬く間に赤面した夏希は、俺から距離を取るように後ずさる。それと同タイミングで古賀と陽葵が手を止めて、俺に細い視線をぶつけてきた。

「ちょっと。人の妹気安く口説かないでくれる?」

「そうだよ。悠にぃごときがおこがましいよ」

「べ、別に口説いてねぇし」

 俺は女子に可愛いと言うことすら許されないのかよ。

「そもそも最初にこの子の可愛さを説いたのはお前らだろ」

「それでも今の悠にぃの言い方には悪意があった」

「何だよ、悪意って……」

 可愛いに悪意もクソもあるか。
 俺はただ本心をそのまま口にしただけだ。

「いきなり可愛いなんて言われたら、女の子はビックリしちゃうんだからね?」

「ビックリだぁ?」

 言われて俺は、もう一度夏希を見やる。席からはみ出す勢いで、俺との距離を保つその美少女は、今にも爆発しそうなほど顔を赤く染めていた。

 一瞬目が合ったかと思いきや。
「見ないでよ……」と、すぐに視線を逸らされてしまう。

「ほらぁー、悠にぃが珍しく色目使うからぁー」

「んなつもりは……」

「なっちゃん照れちゃったじゃん」

「照れてないっ――!!」

 ストレートな陽葵の言葉を、夏希は声を大にして否定する。平静さを欠いた時に、わかりやすく顔に出るこの感じ、どっかの誰かさんによく似てるわ。

(やっぱり姉妹なんですね、この二人)

「陽葵も照れてるとか、いちいち言葉にしないでよ!」

「だって今のなっちゃん、見たことないくらい顔真っ赤だし」

「……っっ!!」

 反論できず、グッと唇を噛みしめる夏希。

「まさかとは思うけど、悠にぃに惚れたりしてないよね?」

「あ、当たり前でしょ……!!」

 陽葵が追加で言えば、勢いよく立ち上がり前のめりになる。

「可愛いって言われたくらいで惚れるわけないじゃん!!」

 なんて口では言ってますけども。
 動揺しているのは一目瞭然である。

(これ、まんざらでもないのでは?)

「やめといた方がいいと思うけどなぁ」

 俺が密かに悶々としていると。
 陽葵は諦めたような顔でちらりと俺を見た。

「この人顔はまあまあいいけど、中身死ぬほどめんどくさいし」

 おい、マイシスター。余計なことを言うんじゃない。せっかく俺に惚れてくれたかもしれない子だぞ? マイナスイメージを植え付けてどうする。

「それに重度のシスコンだから、惚れるだけ無駄だろうし」

「だから惚れてないってば!! うちはそんなにチョロくない!!」

「ならいいけど。なっちゃんすんごい乙女の顔してたからさ」

「別に乙女の顔なんて……うちは……」

 羞恥ゲージが限界を超えたのだろうか。夏希は高揚した顔を両手で覆うと、するりとテーブルの下に潜り込み、小さく縮こまってしまった。

 この感じからして、おそらくこの手の話題が苦手なのだろう。俺はとっくに色恋に冷めてるから何とも思わんが、思春期真っ盛りのJCには、ちと刺激が強いか。

「ちょっとちょっと。兄妹でうちの妹いじめないでよ」

 妹のピンチを前に、険しい顔を浮かべる古賀さん。

「これでも夏希はすんごいシャイで純粋な子なんだから」

「でも美緒さん的に照れてるなっちゃんってどうです?」

 陽葵が聞くと古賀はハッとして、何やらテーブルの下を覗いた。顔を上げた後、悟りを開いたかのような面持ちで言う。

「控えめに言って最高」

「もうっ! 二人とも黙っ――イタッ!!」

 ガゴン! と鈍い音がなり、テーブルが一瞬跳ねるように揺れた。と思ったら、机の下で「うぅぅ……」と、悶絶する夏希。普通に痛そう。

「おデコぶったぁぁ……」

「なっちゃん大丈夫?」

「ドジな夏希もかわよす」

「地獄かよ、ここは……」

 俺の可愛いが招いたこの事態。
 このわちゃわちゃがいわゆる女子のノリというやつなのだろうか。古賀や陽葵におもちゃにされ、おデコをぶつける夏希が、あまりに不憫で仕方がなかった。


 * * *


 その後、再び勉強に戻ったが。一度途切れた集中を、再び持ち直すのは難しいようで、陽葵はというと「あー」だの「うー」だの意味のない声を漏らしていた。

「ああもうっ、ぜんぜん集中できなーい」

「あたしも。さっきので完全に集中力切れた」

 やがて陽葵と古賀は揃って根をあげる。
 まあ言うても2時間くらい集中したしね。

「そんじゃまあ、ぼちぼち休憩にすっか」

「そうしよー」

 こうなっては、勉強しても無意味だろう。
 ここは一度休憩して、気持ちをリセットするのが吉だ。

「うちはまだやれるけど」

「ダメだよなっちゃん! 休憩も大事だよ!」

 ストイックな夏希に向けて、陽葵はここぞとばかりに言う。

「あんまり詰め込み過ぎちゃうと、逆におバカさんになっちゃんだからね!」

 どういう理屈だよそれ。
 だったら初めから勉強会なんてしない方がいいだろ。

「えっ、そうなの!?」

 お前も信じるな。素直か。

「そうそう! だから一旦勉強はおしまいにしよ!」

 すると陽葵は唐突に立ち上がる。
 そして元気いっぱいに拳を突き上げた。

「ということで、休憩ついでに今からみんなで遊びに行こう!」

 何を言い出すかと思えば。
 みんなで遊びに行くだぁ?

「カラオケとかどう? ストレスの発散にもなるし一石二鳥だよ!」

「いや、どう考えても行かないだろ」

「でも陽葵はすごーく行きたいなぁ」

 懇願するような目を向けてくる陽葵。
 その姿は天使を超えて、もはや女神と言っても過言ではないくらいキュートだが……勉強を教える立場として、今日ばかりは甘やかしてやれない。

「ダメです」

「いいじゃん今日くらい!」

「そもそも勉強会の休憩でカラオケ行くって、どこの世界のパリピだよ」

「歌ってストレス発散するんだから、理にかなってるじゃん!」

「ストレス発散してる暇があったら、英単語の一つでも覚えなさい」

 心を鬼にして言うと、陽葵は「むぅ~」と頬を丸めた。そのムスッとした表情が死ぬほど可愛くて正直ヤバいが、そんな顔をされても折れないのが今日の俺である。

「ねぇなっちゃん。なっちゃんだってカラオケ行きたいよね?」

 俺を説得するのを諦めたのか。
 今度は俺を挟んで、夏希に訴えかける陽葵。

「う、うちは別に」

「えぇ~」

「そもそもうち、カラオケ行ったことないし」

「大丈夫だよ! 陽葵だって、美緒さんだってついてるもん!」

「あ、あたしっ!?」

「ねっ、美緒さん!」

 続いて陽葵のエンジェルスマイルは、古賀へと向けられた。急に仲間に加えられたことで、一度は困ったように苦笑いをした古賀だったが。

「知ってます? 実はなっちゃんすんごく歌が上手なんですよ!」

「えっ!? そうなの!?」

「そうなんですよ! 音楽の授業の時にいっつも先生に褒められてて!」

「ちょっと陽葵。美緒ねぇに余計な情報を与えないで」

 愛する妹が歌ウマだという情報が出た瞬間、目に見えてソワソワし始めた。そのまましばらくテーブルの上で視線を泳がせた後。

「ま、まあ。あたしは最初から行ってもいいかなって思ってたけど」

「やったぁ!」

 ものの見事に心変わり。
 陽葵の話術にまんまとしてやられましたこの人。

「ほらなっちゃん! 美緒さん行くって!」

「ホント陽葵ってこういう時頭回るよね……」

 ウキウキな陽葵を前にガクリと肩を落とす夏希。
 やがて大きなため息を吐くと、諦めたように言った。

「少しだけね……」

「なっちゃん好きー!」

 こうして勉強会はなぜかカラオケに。
 初日からこれで、テストは本当に大丈夫なんですかね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...