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第2章 期末テスト編

第27話 ギャルが禁句のギャル

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 葉月が席を立って間もなくのこと。
 スマホを眺めていた俺の目の前に、無言で何かの乗った皿が置かれた。カタンという音につられてそちらを見れば、運ばれてきたのはケーキだった。

「え、頼んでないんだけど」

「あんたじゃなくてそっち」

 そう言うと古賀は、顎で葉月が座っていた方を指した。ドリンクバーのみで済ますつもりだったのだが。あいつ……いつの間にケーキなんて頼んでやがったんだ?

「あんたって意外と頭いいんだ」

「頭いいかはわからんが、まあぼちぼちな」

「ちなみに学年で何位くらいなの」

「まあ、20位前後ってとこじゃねぇかな」

「え、マジ? クッソ頭いいじゃん」

 まぁなっ!! と鼻高に言いたいところだが。
 ここはクールに「そうでもねぇよ」とすかしておく。

「そう言うお前は大丈夫なのかよ」

「大丈夫って何が?」

「テスト勉強。この時期にバイトとか随分と余裕なんだな」

「仕方ないでしょ。あたしにも色々と事情があんの」

 事情という単語を聞いて思い出す。
 そういや前に立花先生が、古賀のことを話していたっけ。テスト一週間前にも関わらずシフト入れてるってことは、無理して働かないと金銭的にキツイってことか。

「勉強なら休憩中にしてるし。補習になるほど成績悪いわけでもないから」

「ほーん、なんか意外だな」

「何、意外って」

「てっきり赤点ギリギリなのかと思ってた」

「はぁ? んなわけないし。偏見やめて」

 古賀は眉を顰めると「ふんっ」とそっぽを向いた。

「あんたこそ意外過ぎだから」

「何が」

「だってキモオタって趣味全振りで基本はバカじゃん」

「何だよその全オタクを敵に回すレベルのド偏見……」

 偏見やめろと言った手前これですよ。
 前々から思っていたけど、古賀の中でのオタクに対する認識が、あまりにも辛辣すぎやしません? オタクに親でも殺されたんですか?
 
 それと何度も言いますけども。
 俺はキモいがオタクではないです。

「まあ、成績良いのは普通に凄いことなんじゃないの」

「お前だって、学業とバイトを両立させてんのは大したもんだよ」

 変わらず口が悪いのは置いといて。シフト詰め込んでる古賀でさえこれだ。部活の休みが多く、暇を持て余してる葉月には、どうかこいつの姿勢を見習ってほしい。

「油断するのはどうかと思うけど」

「別に油断してるつもりはないが」

「でもさっきから教えてばっかで、全然自分の勉強してないじゃん」

「そりゃ今日のメインはあいつに勉強を教えることだからな」

「例えそうでも、そればっかりになるのはやばいんじゃない?」

 葉月がアホなので、今日は教えるので手一杯だ。
 それ故ほとんど自分の勉強を進められていないが。

「心配には及ばない」

 俺は得意げに腕を組んで「ふっ」と小さく鼻を鳴らした。

「なんたって俺は、こんな時の為に前々からコツコツと予習復習を積み重ねてきたからな。テスト直前で切羽詰まるような間抜けではないのだよ」

 成績を上げる秘訣は『日々の積み重ね』これに尽きる。俺は元々勉強が嫌いなタイプではないので、時間が空いた際には、積極的に予習復習に勤しんでいた。

 例えスマホの通知が鳴り止まないとしても(鳴るのは3日に1回程度)。

 熱いゲームの誘いを受けたとしても(相手は陽葵:頻度は週一)。

 俺は決してそれらに依存することなく(この頻度で依存もクソもない)、学生の本分である学業に、青春のほとんどを費やしてきた(それ以外にやることがない)。

 それ故の学年20位。
 勉強しているからこその結果である。

『青春やっほーい!!』

 みたいなノリのバカ共とは、学生生活に対する心持ちが違う。そんな俺が1日2日、後輩の勉強を見てやるくらい、何の支障もありはしないのだ。

「この俺こそが学生の本分を全うする模範生徒である!」

「何そのオタク口調。キモッ」

 俺のキメ台詞は、古賀の一言で真っ二つ。
 賞賛からほど遠い辛辣な視線が俺に向けられる。

「あんたみたいなのが模範とか、万に一つもあり得ないから」

「そんなことなくない!? だって240人中20位だよ!?」

「いくら成績が良くても、あんたは存在がキモいから論外」

 存在がキモいって……。
 流石にそれは酷すぎじゃない!?

「ま、でも。頑張ってるのは認める」

「……!?」

「せいぜい成績下げないように気をつけなさいよね」

 悪口から一変。急な誉め言葉に俺はポカン。
 ふわふわした気持ちのまま、じっと古賀を見やる。

「何」

「いやなんか、お前実は良い奴なのではと思ってな」

「はぁっ!?」

 思ったままを呟けば、古賀は瞬く間に赤面した。

「ほら、この間だって」

 続けて振り返るのは、半月前の修学旅行。
 その最終日、独り集団から外れぼーっとしていた俺に、古賀はわざわざ声を掛けに来てくれた。しかもその理由が、3日目の東京散策で観光ガイドをしたお礼。

「俺みたいな奴に礼とか、普通はしないと思うぞ」

「それは……一応あんたには色々と助けられたし」

 古賀の顔がますます高揚して赤くなる。

「あたしは良い奴とか、全然そういうんじゃないから」

「そういう割には、俺の成績を心配してくれるんだな」

「は、はぁっ!? し、心配とか。何勘違いしてんの!?」

 動揺丸出しの震えた声の古賀。
 口では否定しているようだが、水族館のマグロばりに目が泳いでいた。今にも頭の上に湯気が立ちそうなほど、見事な赤面である。

(人間の顔ってこんなにも赤くなるもんなんだな)

 やはりこいつはツンデレなのだろう。褒めれば褒めただけ赤くなるとか、ツンデレverのマル〇インかよ。まさかこの後、大爆発したりしないよな?

「お前って、口は悪いけど根は優しいよな」

「……っっ!?」

 せっかくなので、この機会に古賀を褒めちぎってみることにする。今まで古賀に様々な罵倒を浴びせられた分、たっぷりとお返ししてやろう。

「安達や加瀬のことすんげぇ大切にしてるし」

「ちょ、いきなり何っ……!!」

 これはもはや『褒める』という名の精神攻撃。
 俺は思いつく限り、古賀を褒めに褒めまくった。

「長い黒髪は艶があっていいし」

「いい加減にっ……!!」
 
「あと、ギャルの割には校則とかきっちり守ってるし」

「……」

「ギャルなのに真面目っていうギャップがいいよな!」

 このまま畳みかけてやろう。そう思っていた矢先。小刻みに震え、恥じらっていたはずの古賀は、謎の冷気を纏ってピタリと静止した。

「ギャルって何」

 やがて、その冷気が声となって飛んでくる。

「あたしのどこがギャルなわけ?」

 この雰囲気からして古賀は確実にオコ。
 もしやギャルという単語が禁句だったか?

「ほんっとそういう偏見ウザいしキモい、てか死ね!!」

「あの、死ねだけは流石にやめません……?」

 ふんっ、とそっぽを向いた古賀。
 見るから不機嫌なまま、困惑する俺に背を向けた。

「そろそろお店混み始めるから早く帰れし」

「お、おう。了解」

 苛立ちを含んだ口調でそう吐き捨てると、厨房の方へ颯爽と歩き去って行く。古賀は確かに良い奴ではあるけど……やはり口の悪さだけは一級品だ。

「ただいまでーす……って、何ですか、そのくたびれ顔」

 古賀が居なくなって間もなく。
 ドリンクを補充した葉月が戻って来た。

「別に何でもねぇよ」

 俺はそう言って、先ほど届いたケーキを指さす。

「それよりカロリー来てっぞ」

「あっ、ケーキ!」

 ケーキを見るなりパッと表情を明るくした葉月。
 だがすぐに顔を顰めると、不満げに俺を睨みつけた。

「あの、センパイ」

「なんだよ」

「ケーキのことカロリーって言うのやめてください。食べる気失せるんで」

 なんて言いつつも、夢中になってケーキを食べ進める葉月。小さめとはいえ、ものの数分でそれを食べ終え、まさかの追加のプリンとアイスを注文したのだった。
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