96 / 99
第二章
第九十話 ダイヤルを回す
しおりを挟む
準備も終わったところで(一筋縄ではいかない準備だったよまったく……)、明想院から外に出る。
久しぶりの日光に目がまだ慣れない。
沙也夏はぐぐ、と伸びをしてから「行きましょうか」と声をかけてくる。頷いて、沙也夏の隣を歩き始める。
……明想院にいた時よりも更に落ち着かない。すれ違う人々が気づいてしまわないかとびくびくしているせいである。
気づいてほしくない事柄を並べてみると、まだましなのが明想院の人間でないこと、まずいのが俺が男であること、もっとまずいのが俺が明想院の人間でなく男であり夏城由理であること。
特に最後。本当にまずい。
「……そんなに警戒する必要はありませんよ。完璧な変装です」
「……そうか?俺は変装をしてばれなかったためしがないのが自慢なんだ」
「そんなこと自慢しないでください」
小突かれつつ、ちらちらと周囲を窺うが――誰も気づいていないようだった。変装がばれないなんて事象が存在するとは思わなかった。
……この変装の効果が確かめられたからと言って、極星国でこの変装をするかと言われれば、まあ……。
「……あ、早速人助けの機会がやってきましたよ」
沙也夏の声によって現実に引き戻された俺は、沙也夏が見つめるほうを向いた。
見ると――転んでしまったのだろう――幼い少年が手を地面について顔を歪めている。膝を見ると血が滲んでいた。
近付いていって声をかけ――って、そういや、声もちょっと変えたほうがいいのか。……むずくね?
小声で喋ればなんとかなるかな……。
「転んじゃったの?」
「……うん」
少年は俺の顔を一瞬見て、すぐに顔をそらした。ふむ。転んでしまったことが恥ずかしいのだろう。
「……ちょっと待ってね」
魔法陣を展開する。これくらいの傷だったら短縮詠唱でも十分なのだが、そこはほら……雰囲気って大事じゃない?
傷口の周囲に光が生まれる。その光は傷口に吸い込まれるように移動して、鮮やかな色彩を放ち始める。
魔力を現象に転換し、ほんの少し、現実を書き換える。
消毒も含めて、治療が完了する。
「……ほら、痛くないでしょ?」
「…………ありがとう」
そう言って、少年は脇目も振らずに駆けて行ってしまった。……ああやって走るから転ぶんじゃないのかなぁ……。
「……これでいいの?」
沙也夏に訊ねると、呆れ混じりの視線が返ってくる。
「……なんか不手際がありました?」
「……いいえ、素晴らしい治療でしたね」
「じゃあ視線の温度をもう三度ばかり上げてくれないかな」
「…………」
温度は二度ほど下がったようだ。ダイヤルを回す向きを間違えたのかな……。
久しぶりの日光に目がまだ慣れない。
沙也夏はぐぐ、と伸びをしてから「行きましょうか」と声をかけてくる。頷いて、沙也夏の隣を歩き始める。
……明想院にいた時よりも更に落ち着かない。すれ違う人々が気づいてしまわないかとびくびくしているせいである。
気づいてほしくない事柄を並べてみると、まだましなのが明想院の人間でないこと、まずいのが俺が男であること、もっとまずいのが俺が明想院の人間でなく男であり夏城由理であること。
特に最後。本当にまずい。
「……そんなに警戒する必要はありませんよ。完璧な変装です」
「……そうか?俺は変装をしてばれなかったためしがないのが自慢なんだ」
「そんなこと自慢しないでください」
小突かれつつ、ちらちらと周囲を窺うが――誰も気づいていないようだった。変装がばれないなんて事象が存在するとは思わなかった。
……この変装の効果が確かめられたからと言って、極星国でこの変装をするかと言われれば、まあ……。
「……あ、早速人助けの機会がやってきましたよ」
沙也夏の声によって現実に引き戻された俺は、沙也夏が見つめるほうを向いた。
見ると――転んでしまったのだろう――幼い少年が手を地面について顔を歪めている。膝を見ると血が滲んでいた。
近付いていって声をかけ――って、そういや、声もちょっと変えたほうがいいのか。……むずくね?
小声で喋ればなんとかなるかな……。
「転んじゃったの?」
「……うん」
少年は俺の顔を一瞬見て、すぐに顔をそらした。ふむ。転んでしまったことが恥ずかしいのだろう。
「……ちょっと待ってね」
魔法陣を展開する。これくらいの傷だったら短縮詠唱でも十分なのだが、そこはほら……雰囲気って大事じゃない?
傷口の周囲に光が生まれる。その光は傷口に吸い込まれるように移動して、鮮やかな色彩を放ち始める。
魔力を現象に転換し、ほんの少し、現実を書き換える。
消毒も含めて、治療が完了する。
「……ほら、痛くないでしょ?」
「…………ありがとう」
そう言って、少年は脇目も振らずに駆けて行ってしまった。……ああやって走るから転ぶんじゃないのかなぁ……。
「……これでいいの?」
沙也夏に訊ねると、呆れ混じりの視線が返ってくる。
「……なんか不手際がありました?」
「……いいえ、素晴らしい治療でしたね」
「じゃあ視線の温度をもう三度ばかり上げてくれないかな」
「…………」
温度は二度ほど下がったようだ。ダイヤルを回す向きを間違えたのかな……。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる