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第二章

第八十四話 なまえのつくりかた

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 あれ。今日って何日だっけ。部屋にあったカレンダーを見てみる。えーと?

 結界をぶっ壊した後って、一日経ってるのかな。

 どれくらい寝ていたのか分からないから判断のしようがないんだけど。

 だけど。

 あれから一日経っているとすれば、俺はどうしても外出しなければならなくなる。

 ……小説の発売日なんだよね。

 時計を見ると、この部屋に入ってきてから三時間が経過している。

 ……もう一度沙也夏に会いに行ってみるか。どうしても今日の日付を知らなければならないんだ。

 部屋をそろそろと出る。変装状態だとは言え、まじまじと見られれば――夏城由理であることまでは分からないにせよ――明想院に元々居ない人間であることがばれてしまうかもしれない。先程歩いた道を何とか頭の中から捻りだして(途中で三回迷いそうになったけど)沙也夏の部屋に辿り着いた。

 ノックをすると、すぐに内側から返事が聞こえる。由理だと告げると、沙也夏がすぐにドアを開ける。

「ちょっと訊きたいことが――」

 俺がそこまで言ったところで、沙也夏は俺の腕を強く引いて部屋の中に引きずり込んだ。

 ばたりと音を立ててドアが閉まる。

「……どしたの?」

「由理って名乗ったら変装している意味がなくなるでしょう……」

「……そっか」

「まあ、元から中性的な名前ですし、が夏城由理と結びつくかと言われたら微妙ですけど……」

 偽名を考えておきましょうか、と沙也夏が――悪戯っぽく――笑う。ここで俺は若干の危惧を抱かざるを得なくなった。何故ならその表情は、振り返ってみるとこの巫女服を持ってきたときと同じ表情だったからだ。

「いや、それは自分で考え――」

「……由理からゆりにしても……発音的に似すぎてますし」

「おーい」

「でも呼ばれたときに反応できないと偽名だとばれてしまいますからね。結構似ていた方が良い気もします」

「……そうだね」

 俺は諦めの境地に達していた。この状態(女装)以上の何かがもたらされるとは考え難いし、沙也夏に任せても別に……。

「……ゆりは使いましょうか。で、頭に音を足しましょう」

「……うん」

「私の名前から一文字取って――さゆり、でどうですか」

 ……良い名前だとは思うのだけれど、俺の名前と沙也夏の名前を組み合わせる必要はあったのだろうか。それではまるで……。

 まるで………。

「さゆり……じゃ駄目ですか?」

 気づいているのかいないのか、沙也夏はにっこりと、花が綻ぶような笑みを見せる。

 ということで俺はさゆりと名乗ることになったのでした。
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