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第一章
第六十一話 そう言われると否定はできない
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様々なもの(疲れとか眠気とか)を引っ提げて六階への階段を上る。
バルコニーに到着すると、いつものように佳那と悠可が居て、湯気とフラワリーな香りが立ち昇るカップが目に入る。
「おかえりなさい。由理様」
「おかえりなさい」
二人の優しい声音が心に沁みてくるように感じられた。
「ただいま……。俺も紅茶をもらっていい?」
「もちろん」
佳那がカップに透き通った柔らかい赤色の液体を注いでくれる。
一口飲むと、適度な心地よい熱が、今日と昨日の出来事を――一時的にではあるが――遠くへと運んで行ってくれる。かぐわしい香りと穏やかな空気が、再びこの地を踏むことが出来た安堵を意識させた。
「……美味しい」
「それはよかったです」
微笑を浮かべる佳那。
「……さて、夢乃ちゃんについてですけど」
急に現実に引き戻される。
「お、おう」
「後で彩希様達に話を伺うので、私たちからは特に何も訊きません」
「……おう?」
「兄さんもお疲れでしょうからね……。…………えーと、勇者様との話し合いは上手くいったのですか?」
「ああ、うん。一連の……まあ、事件が終わるまでは協力関係を結ぶことになった」
話し合いの後でのことだが、聖命国も無関係ではなくなってしまったことだし……。
「協力関係、ですか」
「うん……だから二人をこっちに連れてくるのを許可してくれたって所もあるんだろうな……」
……また一口紅茶を飲む。ちびちび飲んでいるのは、一気に飲むのが性に合わないから……ではなく、ただ単に猫舌なだけ。
「……そうだ。俺がいない間に、具合が悪くなったりしなかったか?」
「兄さんが出発した日の夜に、ちょっと……。でも佳那さんが処置をしてくれたので、ちゃんと眠れました」
「……由理様の治療には及びませんけどね。それも全然。魔力の流れを少しだけ調整することしかできませんでした」
「……まあ、その……慣れもあるし」
「…………」
佳那がじっと俺を見つめてくるので、目を少し逸らしてしまう。その様子を見ていた悠可が小さく首を傾げる。
「……何か隠してますよね」
「何を根拠に……」
「顔に出てますよ」
「…………ダウト」
「メイドには分かるんですよ」
そう言われると否定はできない感じ。
「……いつか聞かせるよ。でもそれは今じゃない。……ごめんな」
「……わかりましたよ」
佳那はちょっとだけ、ツンと俺から顔を背ける。悠可が小さく笑みを零す。
穏やかな夜で――愛おしい夜だった。
ずっと留まっていたいと思うくらいに。
バルコニーに到着すると、いつものように佳那と悠可が居て、湯気とフラワリーな香りが立ち昇るカップが目に入る。
「おかえりなさい。由理様」
「おかえりなさい」
二人の優しい声音が心に沁みてくるように感じられた。
「ただいま……。俺も紅茶をもらっていい?」
「もちろん」
佳那がカップに透き通った柔らかい赤色の液体を注いでくれる。
一口飲むと、適度な心地よい熱が、今日と昨日の出来事を――一時的にではあるが――遠くへと運んで行ってくれる。かぐわしい香りと穏やかな空気が、再びこの地を踏むことが出来た安堵を意識させた。
「……美味しい」
「それはよかったです」
微笑を浮かべる佳那。
「……さて、夢乃ちゃんについてですけど」
急に現実に引き戻される。
「お、おう」
「後で彩希様達に話を伺うので、私たちからは特に何も訊きません」
「……おう?」
「兄さんもお疲れでしょうからね……。…………えーと、勇者様との話し合いは上手くいったのですか?」
「ああ、うん。一連の……まあ、事件が終わるまでは協力関係を結ぶことになった」
話し合いの後でのことだが、聖命国も無関係ではなくなってしまったことだし……。
「協力関係、ですか」
「うん……だから二人をこっちに連れてくるのを許可してくれたって所もあるんだろうな……」
……また一口紅茶を飲む。ちびちび飲んでいるのは、一気に飲むのが性に合わないから……ではなく、ただ単に猫舌なだけ。
「……そうだ。俺がいない間に、具合が悪くなったりしなかったか?」
「兄さんが出発した日の夜に、ちょっと……。でも佳那さんが処置をしてくれたので、ちゃんと眠れました」
「……由理様の治療には及びませんけどね。それも全然。魔力の流れを少しだけ調整することしかできませんでした」
「……まあ、その……慣れもあるし」
「…………」
佳那がじっと俺を見つめてくるので、目を少し逸らしてしまう。その様子を見ていた悠可が小さく首を傾げる。
「……何か隠してますよね」
「何を根拠に……」
「顔に出てますよ」
「…………ダウト」
「メイドには分かるんですよ」
そう言われると否定はできない感じ。
「……いつか聞かせるよ。でもそれは今じゃない。……ごめんな」
「……わかりましたよ」
佳那はちょっとだけ、ツンと俺から顔を背ける。悠可が小さく笑みを零す。
穏やかな夜で――愛おしい夜だった。
ずっと留まっていたいと思うくらいに。
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