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第一章

第二十八話 第二王女とメイドさんと癒しのバルコニー

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 波乱続きの今日が一段落し、いつものように六階へ。

「こんばんは。佳那、悠可」

 既にバルコニーに居た二人にそう声をかけると、二人は微笑みを浮かべて、こんばんは、と返してくれる。

 ……やっぱりここに来ると落ち着くな。

 紅茶の良い匂いが漂い、笑みが交わされるこの空間は、俺の最大の癒しだと言っていい。

 ふと外を見ると、雨が降り出していて、今日は月も星も見られなそうだな、と思った。

「急に降ってきましたね」

 そうだな、と返そうとしたところで。

「今日は天気が安定しませんね――昼間も急に雨が降り出しましたし」

 ぎく。

 佳那の言葉に何だか罪を指摘されているような気分になる。

 い、いや、俺は悪いことはしていない。うん。誓ってしていない。

「この季節はそういうもんじゃないか?」

 動揺を押し隠して――いや、元から動揺なんか全く微塵も米粒ほどもしていないのだが――そう言うと、

「まあ……そうですね」

 と佳那が答えてくれる。

 ……気づかれてはいないようである。

「兄さん……」

 俺がそんな風に思っていると、悠可から声をかけられる。

「どうした?」

「……今日はなんだか落ち着かないんです」

「……ああ、魔力が乱れて……る……」

 俺がそこで言葉を止めたのは――悠可の顔色がすぐれなかったから。

「……悠可?」

「あと、なんだか……寒くて―――」

 そこ言葉を聞き終わる前に、俺は悠可の手を掴んだ。その手は――驚くほどに、冷えていた。血の巡りを全く感じないほどに、冷え切っている。

 俺は悠可の腕をゆっくりと引いた。悠可の身を引き寄せる。そして背中に手を回す。

「あ、あの、兄さん――」

 悠可の声が聞こえる。しかしその意味を認識することはできない。その余裕がない。

 悠可の体を巡る魔力に意識を集中する。そして――。

「『癒えよ』。『治れ』。『清めよ』。『祓え』。『戻れ』」

 口早に――魔法を唱える。

「……どうだ?まだ寒いか?」

「……い、いえ。結構良くなってきました」

「どの言葉の時に気分が良くなった?」

「……祓え。ですかね」

 俺は一つ息を吐いた。

「悠可。魔法陣を書いておくから、城の人にこの魔法をかけて回ってくれ。そうだな――最初に彩希か時葉に事情を話して、手伝ってもらった方がいい」

「……はい」

「あと佳那には――いや、まずは……『祓え』」

「……私は何も感じないのですけど……」

「いや、影響が出てはいる。佳那は元々魔力が安定しているから影響が少ないだけだ。……で、佳那には伝言を頼まれてほしい」

「……なんなりと」

「父さんに――『俺が一人で片づける』って伝えてくれ」

「……わかりました」

「ああ、頼む。二人とも」

 俺はそう言い残して、階段へ向かう。

 とん、とん、と階段を下りる度に、頭が冷えていく感覚があった。意識が研ぎ澄まされて、その魔力がはっきりと確認できた。

『祓え』。それは、古代魔法の呪いを解く魔法の短文詠唱型。

 ……つまりさ。

「もう手加減は要らないって事だよな……」
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