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お題【色】
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ゆびさきにかんじるわずかなエンボス。
そのせんさいなでっぱりをなぞりながら、まぶたのうらがわにぞうをえがく。
それがお母さんの顔。
お父さんがかいてくれたたった一つのしょうぞうが。
わたしの目が見えなくなったのは、小学二年生くらいらしい。
おいしゃさんからは「きのうとしてはかいふくしている」とか「あとは心のもんだい」とか言われるのだけれど、見えないものは見えない。
見えなくなったきっかけも、そのぜんごのきおくも「なんらかのショック」のせいで、しりょくといっしょにうしなわれている。
しっかりおぼえているものといえば、小学校に上がるまえにお母さんに買ってもらった十二色のクレヨン。
だからわたしの中でせかいは十二色にそまっている。
でもじつはけっこう気にいってるの。
せかいをすきな色にそめられるから。
空の色も、風の色も、わたしのへやのまどわくの色も、その日のきぶんでわたしがきめる。
ずっとむかしに見たせかいのりんかくを、わたしのあたまの中でぬりつぶしちゃうの。
今日のきぶんはさわやかだから、まどわくはあおで、空の色はみどり。ほほをなでる風はすこしあたたかいから、うすだいだいにしよう。
わたしのまいにちは、とってもカラフルなの。
そんななか、いっかいもかわったことのない、ぜったいにきまっている色もある。
それはお母さんの色。
お母さんの色はしろなの。
お母さんは色白だってお父さんが言っていたから。
今日もいつもみたいにあさいちばんにしょうぞうがにふれた。
ゆびさきにふれるせんのうちがわを、あたまの中でしろくぬりつぶす。お母さんの色で。
なのに、いつもとちがったの。
でっぱりのせんが、ぽろりとはずれた。
あわててあたりをさがしまわる。
たいせつなしょうぞうがの、小さなぶひんを。
見つけた。たぶん、これ。
ゆびさきのかんかくでこたえあわせをする。
顔をちかづけようとして、そのにおいにとまどった。
とつぜんこみあげてきたこのひどいにおいをひょうげんすることばを、わたしはまだしらない。
こうきしんというよりも、これをかくにんしなきゃいけないというぎむかんが、とつじょとしてめばえた。
わたしの目に光がもどったのは、そのおかげなのかも。
まずさいしょにしょうぞうがを見た。
それから手のひらの、しょうぞうがのかけらをかくにんした。
せなかにつめたい、ぞわっとしたなにかがはしる。
これはかみのけだ。
わたしがいままでずっとなぞってきたエンボスは、キャンバスにかみのけをはりつけてえがいたせん。
そしてそのせんがはがれないように、かみのけのうえからなにかがはりつけてあって、わたしがずっとゆびでなぞっていたせいで、こわれてしまったのかもしれない。
そしてひどいにおいは、そのこわれたところから。
お母さんは白いっていっていたのに、かみのけでせんをえがいたそのえは、ぜんたいてきにあかとちゃいろをまぜたような色で、ぜんぜん白くなかった。
「おやおや、お顔がまっ白だよ」
お父さんの声。
いつのまにかへやの中にいたその人は、しらないおとなの男の人。
お父さんの声なのに、お父さんの顔じゃない。
「ずいぶんとお母さんににてきたねぇ」
わけがわからなすぎて、声が出ない。
この人、なんでお父さんじゃないの?
でも、お父さんの声?
ちがう。
きおくのおくそこにかくれていた、いわかん。
お父さんの声は、こんなじゃなかった。
いつから?
わすれていたことを、おもいだした。
この人だ。
お父さんと、お母さんをころした人。
「なんだ。お母さんのえ、こわしちゃったのかい?」
こえも出ないし、からだもふるえてうごけない。
「お母さんでかいたえ、ざいりょうがきしょうだから一まいしかかけていないっていっただろう? わるい子にはおしおきしなきゃ、かな」
わたしの目にうつるせかいが、またまっ黒になった。
<終>
そのせんさいなでっぱりをなぞりながら、まぶたのうらがわにぞうをえがく。
それがお母さんの顔。
お父さんがかいてくれたたった一つのしょうぞうが。
わたしの目が見えなくなったのは、小学二年生くらいらしい。
おいしゃさんからは「きのうとしてはかいふくしている」とか「あとは心のもんだい」とか言われるのだけれど、見えないものは見えない。
見えなくなったきっかけも、そのぜんごのきおくも「なんらかのショック」のせいで、しりょくといっしょにうしなわれている。
しっかりおぼえているものといえば、小学校に上がるまえにお母さんに買ってもらった十二色のクレヨン。
だからわたしの中でせかいは十二色にそまっている。
でもじつはけっこう気にいってるの。
せかいをすきな色にそめられるから。
空の色も、風の色も、わたしのへやのまどわくの色も、その日のきぶんでわたしがきめる。
ずっとむかしに見たせかいのりんかくを、わたしのあたまの中でぬりつぶしちゃうの。
今日のきぶんはさわやかだから、まどわくはあおで、空の色はみどり。ほほをなでる風はすこしあたたかいから、うすだいだいにしよう。
わたしのまいにちは、とってもカラフルなの。
そんななか、いっかいもかわったことのない、ぜったいにきまっている色もある。
それはお母さんの色。
お母さんの色はしろなの。
お母さんは色白だってお父さんが言っていたから。
今日もいつもみたいにあさいちばんにしょうぞうがにふれた。
ゆびさきにふれるせんのうちがわを、あたまの中でしろくぬりつぶす。お母さんの色で。
なのに、いつもとちがったの。
でっぱりのせんが、ぽろりとはずれた。
あわててあたりをさがしまわる。
たいせつなしょうぞうがの、小さなぶひんを。
見つけた。たぶん、これ。
ゆびさきのかんかくでこたえあわせをする。
顔をちかづけようとして、そのにおいにとまどった。
とつぜんこみあげてきたこのひどいにおいをひょうげんすることばを、わたしはまだしらない。
こうきしんというよりも、これをかくにんしなきゃいけないというぎむかんが、とつじょとしてめばえた。
わたしの目に光がもどったのは、そのおかげなのかも。
まずさいしょにしょうぞうがを見た。
それから手のひらの、しょうぞうがのかけらをかくにんした。
せなかにつめたい、ぞわっとしたなにかがはしる。
これはかみのけだ。
わたしがいままでずっとなぞってきたエンボスは、キャンバスにかみのけをはりつけてえがいたせん。
そしてそのせんがはがれないように、かみのけのうえからなにかがはりつけてあって、わたしがずっとゆびでなぞっていたせいで、こわれてしまったのかもしれない。
そしてひどいにおいは、そのこわれたところから。
お母さんは白いっていっていたのに、かみのけでせんをえがいたそのえは、ぜんたいてきにあかとちゃいろをまぜたような色で、ぜんぜん白くなかった。
「おやおや、お顔がまっ白だよ」
お父さんの声。
いつのまにかへやの中にいたその人は、しらないおとなの男の人。
お父さんの声なのに、お父さんの顔じゃない。
「ずいぶんとお母さんににてきたねぇ」
わけがわからなすぎて、声が出ない。
この人、なんでお父さんじゃないの?
でも、お父さんの声?
ちがう。
きおくのおくそこにかくれていた、いわかん。
お父さんの声は、こんなじゃなかった。
いつから?
わすれていたことを、おもいだした。
この人だ。
お父さんと、お母さんをころした人。
「なんだ。お母さんのえ、こわしちゃったのかい?」
こえも出ないし、からだもふるえてうごけない。
「お母さんでかいたえ、ざいりょうがきしょうだから一まいしかかけていないっていっただろう? わるい子にはおしおきしなきゃ、かな」
わたしの目にうつるせかいが、またまっ黒になった。
<終>
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