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お題【トリあえず】
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「ポピラペプ、ピルプ」
「ビールですね。生でよろしいですか? 数はお二つでしょうか?」
「パピ! パピ!」
ハンディターミナルの蓋を閉じてエプロンのポケットへと戻す。
料理の受け渡しカウンターを一瞥すると料理ができているので取りに行く。
途中、後輩君が横に並んで小声でこっそりと。
「先輩、よく聞き取れますよね。僕、あっち星系のはなかなか厳しくて」
「いいよ。俺が受け持つから」
「あざっす! 頼りにしてまっす!」
今度の彼は長続きしてくれるだろうか。
背後で店員を呼ぶ声。さっさと片付けるか。
カウンターで受け取ったゴボウの甘辛揚げとポテトフライは両方とも左手で持ち、右手でビールジョッキ三本をまとめて持つ。
「サンヴォアン」
ちゃんと聞き取れてはいるが、厨房の彼は触手を三本だけ伸ばしてくれる。
「三番ですね」
お客は宇宙人、厨房にも宇宙人が入っていて、でもなぜか接客は俺たち地球人。
それはこの居酒屋が、宇宙人が地球へ慣れるための訓練施設に併設されているから。
最終合格ラインが地球人に違和感を持たれないことなので、後輩君みたいな地球人が雇われている。
地球を訪れた宇宙人は、混乱を避けるために外見を地球人に擬態する。
その方法は様々だが、いくら外見を取り繕ってもコミュニケーションでバレては元も子もない。
だからここで訓練するのだ。
一定以上の水準に達しない場合は個人観光ができないという条約がある。
まあ、中には観光じゃなく仕事で来てて、地球人に擬態はしないけど地球の食べ物を食べたいだけでこの店を訪れる連中もいるけれど。
「ヒロ君、おつかれさん」
「店長もお疲れ様っす。じゃあ先輩、お先」
「お疲れ様」
秘密厳守なここは給料も相当いい。
後輩君も今の所は楽しそうにしてるので、ちょっとホッとしている。
「セイ君ももうあがっていいよ」
「ありがとうございます」
「今日もまた行くのかい?」
「はい」
「気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
俺がここで働いている理由は金じゃない。
この施設へ地球人が出入りするためのセキュリティパスそのもの。
居酒屋を出て、施設出口とは逆方向へと向かう。
そこには「デジマ」と呼ばれる宇宙人街がある。
「デジマ」の語源は長崎の「出島」。当時、鎖国をしていた江戸幕府が外国人の収容施設として作ったのと同じ目的でここが作られたから。
ただし逗留するのは外国人ではなく宇宙人――そのうち、検疫が済んだ宇宙人たちばかり。
セキュリティパスを持っていない地球人は足を踏み入れることができない、というか存在も知らないであろう場所。
俺はそこで人を探している。
視界の端を鳥頭の宇宙人が何人か通り過ぎる。二度見したが、全く違う顔だ。
まあ、あいつが再び地球へ戻って来る保証なんてないんだけどな。
あいつ――俺とお袋を捨てて母星へ帰った鳥頭のクソオヤジ。
クソオヤジは、俺とお袋と三人で渋谷へ外食しに行ったとき、よりにもよって認識阻害の機械が故障してちょっとした騒ぎを起こしてしまった。
幸い、ハロウィンだったから騒ぎはそこまで大きくならずに済んだのだが、逆にあえて大混雑するような場所へ行ったことが機械故障の原因にもなっていたということが判明し、結果的にクソオヤジのメンテナンス不足として地球滞留資格を剥奪され、母星へ送り返されたのだ。
罪を償い、勉強と研修を重ね、再び資格を取得してきっとまた地球へ来ると約束をしたのに、それっきり。
一度でも騒ぎを起こした宇宙人は、地球まで来ることはできてもデジマから出ることができなかったりする、という噂を耳にしたがために、こうしてデジマの中をうろつくのが日課になってしまった。
「もしかして、セイさんですか?」
突然、鳥頭の女性宇宙人に声をかけられた。
戸惑う俺に、彼女は続ける。
「私、ヌスプラヌヌの姪です」
「えっ」
クソオヤジの名前だ。
「もしかしてオヤジの?」
「はい」
どうして本人じゃなく、姪なのか。
その理由を考えるとあまり良い仮定は浮かばない。
「ヌスプラヌヌは最期まであなたたち母子に会いたいとビラブってました」
膝の力が抜けかけた俺を、彼女は力強い尾で支えてくれる。
「死因はリルルリエロッルです」
俺も聞いたことがある。地球で言う鳥インフルエンザ的な伝染病。
「あのさ、聞かせてくれるか。オヤジのことをさ」
「もちろんです。そのつもりで地球滞留資格を取りました」
俺は彼女を連れて急いで店へと戻る。
のれんは外してあったが、電気はまだ灯っていた。
「店長、すみません! ちょっとだけいいですか?」
「おや、セイ君じゃないか……って、隣の方はもしかして……探し人に会えたのかい?」
「話が長くなるので、トリ会えずビールで」
<終>
「ビールですね。生でよろしいですか? 数はお二つでしょうか?」
「パピ! パピ!」
ハンディターミナルの蓋を閉じてエプロンのポケットへと戻す。
料理の受け渡しカウンターを一瞥すると料理ができているので取りに行く。
途中、後輩君が横に並んで小声でこっそりと。
「先輩、よく聞き取れますよね。僕、あっち星系のはなかなか厳しくて」
「いいよ。俺が受け持つから」
「あざっす! 頼りにしてまっす!」
今度の彼は長続きしてくれるだろうか。
背後で店員を呼ぶ声。さっさと片付けるか。
カウンターで受け取ったゴボウの甘辛揚げとポテトフライは両方とも左手で持ち、右手でビールジョッキ三本をまとめて持つ。
「サンヴォアン」
ちゃんと聞き取れてはいるが、厨房の彼は触手を三本だけ伸ばしてくれる。
「三番ですね」
お客は宇宙人、厨房にも宇宙人が入っていて、でもなぜか接客は俺たち地球人。
それはこの居酒屋が、宇宙人が地球へ慣れるための訓練施設に併設されているから。
最終合格ラインが地球人に違和感を持たれないことなので、後輩君みたいな地球人が雇われている。
地球を訪れた宇宙人は、混乱を避けるために外見を地球人に擬態する。
その方法は様々だが、いくら外見を取り繕ってもコミュニケーションでバレては元も子もない。
だからここで訓練するのだ。
一定以上の水準に達しない場合は個人観光ができないという条約がある。
まあ、中には観光じゃなく仕事で来てて、地球人に擬態はしないけど地球の食べ物を食べたいだけでこの店を訪れる連中もいるけれど。
「ヒロ君、おつかれさん」
「店長もお疲れ様っす。じゃあ先輩、お先」
「お疲れ様」
秘密厳守なここは給料も相当いい。
後輩君も今の所は楽しそうにしてるので、ちょっとホッとしている。
「セイ君ももうあがっていいよ」
「ありがとうございます」
「今日もまた行くのかい?」
「はい」
「気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
俺がここで働いている理由は金じゃない。
この施設へ地球人が出入りするためのセキュリティパスそのもの。
居酒屋を出て、施設出口とは逆方向へと向かう。
そこには「デジマ」と呼ばれる宇宙人街がある。
「デジマ」の語源は長崎の「出島」。当時、鎖国をしていた江戸幕府が外国人の収容施設として作ったのと同じ目的でここが作られたから。
ただし逗留するのは外国人ではなく宇宙人――そのうち、検疫が済んだ宇宙人たちばかり。
セキュリティパスを持っていない地球人は足を踏み入れることができない、というか存在も知らないであろう場所。
俺はそこで人を探している。
視界の端を鳥頭の宇宙人が何人か通り過ぎる。二度見したが、全く違う顔だ。
まあ、あいつが再び地球へ戻って来る保証なんてないんだけどな。
あいつ――俺とお袋を捨てて母星へ帰った鳥頭のクソオヤジ。
クソオヤジは、俺とお袋と三人で渋谷へ外食しに行ったとき、よりにもよって認識阻害の機械が故障してちょっとした騒ぎを起こしてしまった。
幸い、ハロウィンだったから騒ぎはそこまで大きくならずに済んだのだが、逆にあえて大混雑するような場所へ行ったことが機械故障の原因にもなっていたということが判明し、結果的にクソオヤジのメンテナンス不足として地球滞留資格を剥奪され、母星へ送り返されたのだ。
罪を償い、勉強と研修を重ね、再び資格を取得してきっとまた地球へ来ると約束をしたのに、それっきり。
一度でも騒ぎを起こした宇宙人は、地球まで来ることはできてもデジマから出ることができなかったりする、という噂を耳にしたがために、こうしてデジマの中をうろつくのが日課になってしまった。
「もしかして、セイさんですか?」
突然、鳥頭の女性宇宙人に声をかけられた。
戸惑う俺に、彼女は続ける。
「私、ヌスプラヌヌの姪です」
「えっ」
クソオヤジの名前だ。
「もしかしてオヤジの?」
「はい」
どうして本人じゃなく、姪なのか。
その理由を考えるとあまり良い仮定は浮かばない。
「ヌスプラヌヌは最期まであなたたち母子に会いたいとビラブってました」
膝の力が抜けかけた俺を、彼女は力強い尾で支えてくれる。
「死因はリルルリエロッルです」
俺も聞いたことがある。地球で言う鳥インフルエンザ的な伝染病。
「あのさ、聞かせてくれるか。オヤジのことをさ」
「もちろんです。そのつもりで地球滞留資格を取りました」
俺は彼女を連れて急いで店へと戻る。
のれんは外してあったが、電気はまだ灯っていた。
「店長、すみません! ちょっとだけいいですか?」
「おや、セイ君じゃないか……って、隣の方はもしかして……探し人に会えたのかい?」
「話が長くなるので、トリ会えずビールで」
<終>
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