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お題【マッチとタバコ】
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「ライター? ダメじゃねぇけどよ、炭火の方が焼肉や焼き魚が旨いのと一緒でな。マッチがいいんだよ、マッチがな。風情もあるし。だいいちマッチ売りの少女だってライターなんかじゃ奇跡を起こせてないだろうよ?」
昇り立つ紫煙を眺めながら祖父の言葉を思い出す。
「なんでタバコの煙かって? 境界の曖昧な煙があの世とこの世の境界をうまく誤魔化してくれんだよ。ほら、有名な反魂香だって煙だからな。煙が大事なんだよ」
タバコを持つ手を、祖父を真似て動かすが、煙が描くその軌跡は祖父のようなカタチを描かない。
祖父だったら記憶にしっかり残っているあのカタチを宙に描いて、そしてもうあの世へつなげていることだろう。
「本当はな、線香でもいいんだ。っつーか、本当は線香なんだ。だがよ、俺がタバコが好きだからよ。おかげでタバコ好きの連中は喚びやすいんだよ」
祖父の照れ笑いを思い出す。
懐かしい祖父の。
会いたい祖父の。
私の祖父はいわゆるイタコの類いだった。
マッチとタバコで死者の霊を喚び出して、タバコを一本吸い終わるまでの間、自分へと降ろす。
「自分がリラックスできる環境が一番いいんだよ。客によっちゃぁ、この部屋がそれっぽくねぇって文句つける奴もいっけどよ、俺はこの純喫茶みてぇな内装と、珈琲の香りが気に入ってんだ」
祖父の好きなブレンドで珈琲を淹れてある。
それでも部屋に染み付いたタバコの香りの方がまだ濃い気がするこの部屋で、私はさっきからタバコをふかしている。
そして時折むせては咳をして……。
どうして祖父のように喚べないんだろう。
「そりゃあな、お前がタバコを心底好きって思ってないからさ。でもよ、それでいいんだよ。俺みたいに肺をやられちまうからな」
祖父が頭を撫でてくれた、タバコの香りが残る指を、その感触を思い出す。
ねぇ、会いたいよ。
今じゃなかなか売っていないマッチだって探してきてさ、タバコの銘柄もちゃんと好きだったやつを用意したよ?
それなのに、何本吸っても喚べないよ。
無理して肺にまで吸い込んでいるけれど、全然。
煙っている天井をぼんやり眺めては祖父の声を思い出す。
「俺が死んだら喚んどくれよ。お盆じゃなくとも来てやるからさ」
ぎゅっとタバコの空き箱を握り潰す。
今日も、煙が目にしみただけ。
収穫なしの暗い気持ちで出したものを片付ける。
珈琲の入ったマグカップを手に取ると、すっかり冷めきっていた。
もったいないからと口に運ぼうとしたそのとき、鼻先の、マグカップの中から仄かな湯気が昇った。
驚いてマグカップを思わずテーブルへと戻す。
「バカだなぁ。タバコじゃなくていいっつったろ? 本当はお前自身に合ったやり方見つけるまでは出ねぇつもりだったけどよ。このままじゃお前の健康が心配になってな」
ふいに祖父の声が聞こえた。
「珈琲でいいじゃねぇか。お前が淹れてくれた珈琲は、俺が淹れたのより美味かったぜ」
ああ、ああ。
こんなにも目にしみる珈琲の湯気は初めてだ。
<終>
昇り立つ紫煙を眺めながら祖父の言葉を思い出す。
「なんでタバコの煙かって? 境界の曖昧な煙があの世とこの世の境界をうまく誤魔化してくれんだよ。ほら、有名な反魂香だって煙だからな。煙が大事なんだよ」
タバコを持つ手を、祖父を真似て動かすが、煙が描くその軌跡は祖父のようなカタチを描かない。
祖父だったら記憶にしっかり残っているあのカタチを宙に描いて、そしてもうあの世へつなげていることだろう。
「本当はな、線香でもいいんだ。っつーか、本当は線香なんだ。だがよ、俺がタバコが好きだからよ。おかげでタバコ好きの連中は喚びやすいんだよ」
祖父の照れ笑いを思い出す。
懐かしい祖父の。
会いたい祖父の。
私の祖父はいわゆるイタコの類いだった。
マッチとタバコで死者の霊を喚び出して、タバコを一本吸い終わるまでの間、自分へと降ろす。
「自分がリラックスできる環境が一番いいんだよ。客によっちゃぁ、この部屋がそれっぽくねぇって文句つける奴もいっけどよ、俺はこの純喫茶みてぇな内装と、珈琲の香りが気に入ってんだ」
祖父の好きなブレンドで珈琲を淹れてある。
それでも部屋に染み付いたタバコの香りの方がまだ濃い気がするこの部屋で、私はさっきからタバコをふかしている。
そして時折むせては咳をして……。
どうして祖父のように喚べないんだろう。
「そりゃあな、お前がタバコを心底好きって思ってないからさ。でもよ、それでいいんだよ。俺みたいに肺をやられちまうからな」
祖父が頭を撫でてくれた、タバコの香りが残る指を、その感触を思い出す。
ねぇ、会いたいよ。
今じゃなかなか売っていないマッチだって探してきてさ、タバコの銘柄もちゃんと好きだったやつを用意したよ?
それなのに、何本吸っても喚べないよ。
無理して肺にまで吸い込んでいるけれど、全然。
煙っている天井をぼんやり眺めては祖父の声を思い出す。
「俺が死んだら喚んどくれよ。お盆じゃなくとも来てやるからさ」
ぎゅっとタバコの空き箱を握り潰す。
今日も、煙が目にしみただけ。
収穫なしの暗い気持ちで出したものを片付ける。
珈琲の入ったマグカップを手に取ると、すっかり冷めきっていた。
もったいないからと口に運ぼうとしたそのとき、鼻先の、マグカップの中から仄かな湯気が昇った。
驚いてマグカップを思わずテーブルへと戻す。
「バカだなぁ。タバコじゃなくていいっつったろ? 本当はお前自身に合ったやり方見つけるまでは出ねぇつもりだったけどよ。このままじゃお前の健康が心配になってな」
ふいに祖父の声が聞こえた。
「珈琲でいいじゃねぇか。お前が淹れてくれた珈琲は、俺が淹れたのより美味かったぜ」
ああ、ああ。
こんなにも目にしみる珈琲の湯気は初めてだ。
<終>
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