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お題【ぬいぐるみ】

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 そこを見つけたのは空の端が暮れかけた頃、通り慣れた道のまだ入ったことのない脇道の先。
 看板も内装も全てが取り払われたコンクリート打ちっ放しの空間がまるでお洒落なギャラリーのように見えて、つい足を踏み入れた。
 入り口は開かれていたし、展示物も一つだけどあったし――レトロ感のたまらない手回し式のミシン。
 水色の塗装はあちこち剥げかけていたが、ちゃんと手入れされているように感じた。
 祖母の家の物置にあったのと似ている。
 懐かしさを覚えて思わず触れたハンドルは抵抗もなく回った。
 糸の付いていない針が上下に動き出す。
 耳触りの良い音をしばし楽しんでから外へと戻ったそのとき、私の左手の小指が何かに引っ張られた。

 誰も居なかったはず、と振り返るがやはり誰もいない。
 では何が――と開いてみた左手の小指の先から、赤い糸のようなものが出ていた。
 結んであるとかではなく傷口から滲み溢れる血のように。
 手触りはまるで糸。
 少し湿ってはいるけれど。
 赤黒いというよりは黒赤くなった夕闇の僅かに残る赤み色の糸は、ほのかな光を帯びて薄暗い室内へと伸びていた。
 糸の先にはあのミシン。
 逃げ出したかったが、離れようとすると指先から血の抜けていく感覚もあり、覚悟を決めてミシンへと近づいた。

 ミシンの横に、いつの間にかぬいぐるみが置いてあった。
 さっきは絶対になかった、あちこち破れたボロボロのぬいぐるみ。
 そのぬいぐるみが自ら動きだし、ミシンのハンドルを回し始めた。
 上下する針の下へ自身の体を押し込むぬいぐるみ。
 ほつれた場所に、私の指から出ている赤い糸が縫い込まれてゆく。
 やがて全身を独りで縫い直したぬいぐるみは赤い糸を切り、私に向かって小さくお辞儀した。
 何が起きているのか理解わからなくて、瞬きをしたら、ミシンもぬいぐるみもミシン台も全て消えていた。
 指先に赤く玉のように残った血を舐めると、不意に涙がこぼれた。



<終>
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