98 / 127
お題【ぬいぐるみ】
しおりを挟む
そこを見つけたのは空の端が暮れかけた頃、通り慣れた道のまだ入ったことのない脇道の先。
看板も内装も全てが取り払われたコンクリート打ちっ放しの空間がまるでお洒落なギャラリーのように見えて、つい足を踏み入れた。
入り口は開かれていたし、展示物も一つだけどあったし――レトロ感のたまらない手回し式のミシン。
水色の塗装はあちこち剥げかけていたが、ちゃんと手入れされているように感じた。
祖母の家の物置にあったのと似ている。
懐かしさを覚えて思わず触れたハンドルは抵抗もなく回った。
糸の付いていない針が上下に動き出す。
耳触りの良い音をしばし楽しんでから外へと戻ったそのとき、私の左手の小指が何かに引っ張られた。
誰も居なかったはず、と振り返るがやはり誰もいない。
では何が――と開いてみた左手の小指の先から、赤い糸のようなものが出ていた。
結んであるとかではなく傷口から滲み溢れる血のように。
手触りはまるで糸。
少し湿ってはいるけれど。
赤黒いというよりは黒赤くなった夕闇の僅かに残る赤み色の糸は、仄かな光を帯びて薄暗い室内へと伸びていた。
糸の先にはあのミシン。
逃げ出したかったが、離れようとすると指先から血の抜けていく感覚もあり、覚悟を決めてミシンへと近づいた。
ミシンの横に、いつの間にかぬいぐるみが置いてあった。
さっきは絶対になかった、あちこち破れたボロボロのぬいぐるみ。
そのぬいぐるみが自ら動きだし、ミシンのハンドルを回し始めた。
上下する針の下へ自身の体を押し込むぬいぐるみ。
解れた場所に、私の指から出ている赤い糸が縫い込まれてゆく。
やがて全身を独りで縫い直したぬいぐるみは赤い糸を切り、私に向かって小さくお辞儀した。
何が起きているのか理解らなくて、瞬きをしたら、ミシンもぬいぐるみもミシン台も全て消えていた。
指先に赤く玉のように残った血を舐めると、不意に涙がこぼれた。
<終>
看板も内装も全てが取り払われたコンクリート打ちっ放しの空間がまるでお洒落なギャラリーのように見えて、つい足を踏み入れた。
入り口は開かれていたし、展示物も一つだけどあったし――レトロ感のたまらない手回し式のミシン。
水色の塗装はあちこち剥げかけていたが、ちゃんと手入れされているように感じた。
祖母の家の物置にあったのと似ている。
懐かしさを覚えて思わず触れたハンドルは抵抗もなく回った。
糸の付いていない針が上下に動き出す。
耳触りの良い音をしばし楽しんでから外へと戻ったそのとき、私の左手の小指が何かに引っ張られた。
誰も居なかったはず、と振り返るがやはり誰もいない。
では何が――と開いてみた左手の小指の先から、赤い糸のようなものが出ていた。
結んであるとかではなく傷口から滲み溢れる血のように。
手触りはまるで糸。
少し湿ってはいるけれど。
赤黒いというよりは黒赤くなった夕闇の僅かに残る赤み色の糸は、仄かな光を帯びて薄暗い室内へと伸びていた。
糸の先にはあのミシン。
逃げ出したかったが、離れようとすると指先から血の抜けていく感覚もあり、覚悟を決めてミシンへと近づいた。
ミシンの横に、いつの間にかぬいぐるみが置いてあった。
さっきは絶対になかった、あちこち破れたボロボロのぬいぐるみ。
そのぬいぐるみが自ら動きだし、ミシンのハンドルを回し始めた。
上下する針の下へ自身の体を押し込むぬいぐるみ。
解れた場所に、私の指から出ている赤い糸が縫い込まれてゆく。
やがて全身を独りで縫い直したぬいぐるみは赤い糸を切り、私に向かって小さくお辞儀した。
何が起きているのか理解らなくて、瞬きをしたら、ミシンもぬいぐるみもミシン台も全て消えていた。
指先に赤く玉のように残った血を舐めると、不意に涙がこぼれた。
<終>
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
闇鍋【一話完結短編集】
だんぞう
ライト文芸
奇譚、SF、ファンタジー、軽めの怪談などの風味を集めた短編集です。
ジャンルを横断しているように見えるのは、「日常にある悲喜こもごもに非日常が少し混ざる」という意味では自分の中では同じカテゴリであるからです。アルファポリスさんに「ライト文芸」というジャンルがあり、本当に嬉しいです。
念のためタイトルの前に風味ジャンルを添えますので、どうぞご自由につまみ食いしてください。
読んでくださった方の良い気分転換になれれば幸いです。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
フリー台本と短編小説置き場
きなこ
ライト文芸
自作のフリー台本を思いつきで綴って行こうと思います。
短編小説としても楽しんで頂けたらと思います。
ご使用の際は、作品のどこかに"リンク"か、"作者きなこ"と入れていただけると幸いです。
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる