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お題【目撃者】
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職場に警察が尋ねてきた。
なんでも先日バーで知り合った人が死んだらしい。
そういえば意気投合して奢ってもらったので、名刺を渡したんだっけ。
もちろん無関係な私はすぐに解放されたのだが、その人が酔った勢いでふと漏らした言葉がずっと気になっていた私は、彼の死亡現場を訪れてみることにした。
警察とのやり取りの中で得た情報をもとに検索をかけるとすぐにその現場は判明した。
人通りの多い道のすぐ近くとは思えない裏路地の、小さなお稲荷さんの前。
まだ立入禁止の規制テープが貼られていて近づくことはできなかったが、その場所と思われる地面には赤黒い染みがべったりと生々しく残っていた。
あの夜、彼が言った言葉が脳裏に蘇る。
「僕はね、きっともうすぐ死ぬ」
実はその言葉を警察には伝えていない。
恐らく信じてもらえないだろうし。
「!」
自分の背中を流れた汗に驚いた私は、すぐにその場を離れた。
大丈夫。
私はまだ見つかっていないはず。
大丈夫。
大丈夫。
心の中で「大丈夫」を繰り返すたび、あの場所より遠くへと足を進める。
気がついたら随分と遠くまで歩いてしまった――と、ふと目にしたもの。
唇を噛み、天を仰ぐ――まさか、宝くじ売り場に来てしまうなんて。
大丈夫、なのか?
本当に私は――いや、そんなことを考えて不審な行動をすればそれこそ見つかってしまうかもしれないのだ。
私は踵を返して、そのまま離れたらよい――というのに、振り返ってしまった。
スーツを着た若い男だった。
その男がアレをしていたのだ。
アレ――両手を複雑な形に組んで、その隙間から宝くじ売り場を覗く――死んだ彼から私が教えてもらった「当たりくじをみつけられるおまじない」を。
「おほぅ!」
男は嬉しそうな声を漏らした。
きっと見えてしまったのだろう。
そして見えたということは……今度こそ私は足早に立ち去る。
決して振り返らずに。
何も見ていない、と自分に言い聞かせながら。
あの男は必ず当たりくじを手にするだろう。
アレはそういうモノを見ることができるものだから。
しかし束の間の喜びを何度味わうことができるだろうか。
死んだ彼は、使い切らずに取っておけば良かったと、返せたのにと後悔していたが、多分、財産を残していたとしても無駄だったのではないかと思う。
本来は人が手にすることなどできない力を借りて、人の手で得られるものなんぞで返せるわけがないのだ。
アレによく似たおまじないを教えてくれた祖母の言葉を思い出す。
「さっきのアレはね、むやみに使っちゃいけないよ。化けた妖怪を見破るおまじないだなんて言うけどね、『見破る』なんて言葉は罠なのさ。よく考えてごらん。こちらから向こうが見えるということは、向こうからもこちらが見えるということなんだよ。アレはね、こちらとあちらをつなぐ扉なんだ。開けさえしなければ向こうから入ってこられない扉さね。お前はこの先の人生で、アレによく似たおまじないを目にする機会があるかもしれない。だけど絶対にやってはいけないよ。失せ物を見つけるおまじないとか、金脈を見つけるおまじないとか、死んだ人に会えるおまじないとか、手を変え品を変え、やつらは人にアレを使わせようとする。使った分は必ず取り立てに来るからね。人の身に余る力に返せるモノなんて、魂しかないんだよ。あたしがアレをお前に教えたのはね、遊びで偶然、アレの形を手で作ってしまわないように、なんだよ」
あの男もいずれ気付くだろう。死んだ彼のように。
取り立てへ渡せるモノが、目先の金なんかよりももっともっと自分にとって大切なかけがえのないモノだけなのだということが。
その時が来るまでわからなくとも仕方がない。
愚かなのは人の常。
私だって祖母が身代わりになってくれなければ、今ここに居なかっただろうから。
<終>
なんでも先日バーで知り合った人が死んだらしい。
そういえば意気投合して奢ってもらったので、名刺を渡したんだっけ。
もちろん無関係な私はすぐに解放されたのだが、その人が酔った勢いでふと漏らした言葉がずっと気になっていた私は、彼の死亡現場を訪れてみることにした。
警察とのやり取りの中で得た情報をもとに検索をかけるとすぐにその現場は判明した。
人通りの多い道のすぐ近くとは思えない裏路地の、小さなお稲荷さんの前。
まだ立入禁止の規制テープが貼られていて近づくことはできなかったが、その場所と思われる地面には赤黒い染みがべったりと生々しく残っていた。
あの夜、彼が言った言葉が脳裏に蘇る。
「僕はね、きっともうすぐ死ぬ」
実はその言葉を警察には伝えていない。
恐らく信じてもらえないだろうし。
「!」
自分の背中を流れた汗に驚いた私は、すぐにその場を離れた。
大丈夫。
私はまだ見つかっていないはず。
大丈夫。
大丈夫。
心の中で「大丈夫」を繰り返すたび、あの場所より遠くへと足を進める。
気がついたら随分と遠くまで歩いてしまった――と、ふと目にしたもの。
唇を噛み、天を仰ぐ――まさか、宝くじ売り場に来てしまうなんて。
大丈夫、なのか?
本当に私は――いや、そんなことを考えて不審な行動をすればそれこそ見つかってしまうかもしれないのだ。
私は踵を返して、そのまま離れたらよい――というのに、振り返ってしまった。
スーツを着た若い男だった。
その男がアレをしていたのだ。
アレ――両手を複雑な形に組んで、その隙間から宝くじ売り場を覗く――死んだ彼から私が教えてもらった「当たりくじをみつけられるおまじない」を。
「おほぅ!」
男は嬉しそうな声を漏らした。
きっと見えてしまったのだろう。
そして見えたということは……今度こそ私は足早に立ち去る。
決して振り返らずに。
何も見ていない、と自分に言い聞かせながら。
あの男は必ず当たりくじを手にするだろう。
アレはそういうモノを見ることができるものだから。
しかし束の間の喜びを何度味わうことができるだろうか。
死んだ彼は、使い切らずに取っておけば良かったと、返せたのにと後悔していたが、多分、財産を残していたとしても無駄だったのではないかと思う。
本来は人が手にすることなどできない力を借りて、人の手で得られるものなんぞで返せるわけがないのだ。
アレによく似たおまじないを教えてくれた祖母の言葉を思い出す。
「さっきのアレはね、むやみに使っちゃいけないよ。化けた妖怪を見破るおまじないだなんて言うけどね、『見破る』なんて言葉は罠なのさ。よく考えてごらん。こちらから向こうが見えるということは、向こうからもこちらが見えるということなんだよ。アレはね、こちらとあちらをつなぐ扉なんだ。開けさえしなければ向こうから入ってこられない扉さね。お前はこの先の人生で、アレによく似たおまじないを目にする機会があるかもしれない。だけど絶対にやってはいけないよ。失せ物を見つけるおまじないとか、金脈を見つけるおまじないとか、死んだ人に会えるおまじないとか、手を変え品を変え、やつらは人にアレを使わせようとする。使った分は必ず取り立てに来るからね。人の身に余る力に返せるモノなんて、魂しかないんだよ。あたしがアレをお前に教えたのはね、遊びで偶然、アレの形を手で作ってしまわないように、なんだよ」
あの男もいずれ気付くだろう。死んだ彼のように。
取り立てへ渡せるモノが、目先の金なんかよりももっともっと自分にとって大切なかけがえのないモノだけなのだということが。
その時が来るまでわからなくとも仕方がない。
愚かなのは人の常。
私だって祖母が身代わりになってくれなければ、今ここに居なかっただろうから。
<終>
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