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お題【細く長い夢】
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昔から細く長い夢を見る。
闇の中、糸のように白く細く長い一本の道をとぼとぼと歩いている夢。
先も後ろも果てを見通せない、まっすぐに伸びた道。
歩いても歩いても歩いても、走っても休んでも決して変わらない景色。
道以外の場所はつま先を伸ばしても何に触れることもなく、道というよりは細く長い橋のようにも感じる。
その場に留まり続けても不安が砂時計のように溜まるばかりだし、私はとにかく歩き続ける。
そんな夢を頻繁に見る。
多い時は週の半分以上見ることもあった。
代わり映えしない光景は、同じ夢を見ているのか、それとも前の夢の続きなのかわからぬまま何年もが過ぎた頃、この夢は後者であると悟った。
私以外にもう一人、似たような道を歩いている人が出てきたのだ。もちろん夢の中で。
その人の歩くペースは私と一緒で、互いの道は次第に近づいていった。
手を振れば反応するが、こちらの声は届かないようで、向こうの声も届かなかった。
やがて現実世界で一ヶ月ほど経った頃、私たちの道はつながった。
道がつながった途端に、互いの声も届くようになった。
私たちはまず最初に挨拶と握手とを交わし、次に話したのは「どちらが先を歩くか」だった。
合流した一本の道幅は、合流前と全く変わらなかったから。
その人は私よりも若干年上だったため、私はその人へ先導を譲った。
その人も快くそれを受け入れ、しばらくは前後に並んで歩いた。
私もその人もくだらない雑談はできるのだけど、自分の名前や住所を始め固有名詞っぽいものは夢の中では一切思い出せず、その人が実在の人かもわからぬまま一緒に歩き続けた。
少なくとも明晰夢ではないのだなとも思った。
何回か夢を重ねると、その人が「前を歩いてみますか?」と提案してきた。
私はそれを受け入れて前を歩くと、前を歩く側では足が重く感じることがわかった。
私たちは毎回前後を入れ替えて歩くことにした。
さらに夢を重ね、第三の人が合流した。
私たちは第三の人も順番ローテーションへと加え、歩き続けた。
やがて第四、第五の人も加わり、ある夢で変化のときが訪れた。
最初の合流者である人が、突然キレたのだ。
私も口には出さないけれど感じていた。人数が増えるたびに先頭を歩く時の足の重さが増すことを。
特に五人となった今、先頭は尋常ではない重さである。
足に人が何人もしがみついているかのような重さ。
二番目、三番目となるにつれ徐々に軽くなってゆくのだが、これ以上人が増えたら先頭はもう歩けないと私も思ってはいた。
そのキレた人は先頭に居たのだが、二番目の私と位置を入れ替わると、後ろに続く三人を罵倒した。
どうして自分たちの道に転がり込んできたのかと、もう一緒に歩きたくないと、あなたたちは逆方向を目指してほしいと。
それに対し三人は、好きで合流したわけではないとか、どうしてあなたが仕切るのかとか、あなたたちこそ反対方向を目指せばいいだろうとか、それぞれに語気を強め、最終的にはつかみあいのケンカが始まった。
その途端、彼らは道からこぼれるように落ちていった。
一瞬だった。
私はしばし呆然と道の外側の闇を眺め、どうにもできない自分の無力さを悟り、諦めて再び一人で歩き始めた。
足は軽くなりはしたが、足取りは重くなった。
それから何年経っただろうか。
その後も合流する人はあったが、皆、次第に疲れ、怒り、落ちていった。
私は常に耐え続けて、歩き続けた。
ただ最近、私の道に合流したのが、人に似ているナニカで、そのナニカにとても恐怖を感じる。
決して人の言葉を発さず、話しかければ人とは思えない鮫のような幾重もの牙を剥き出して笑う。それ以外は一見して普通の、今まで合流した人たちと全く変わらない容姿がゆえに、余計に恐怖を感じる。
しかもコミュニケーションが取れないため、合流したときからずっと私が先頭を歩き続けている。
私の後ろのナニカは歩く速度が遅いのだが、ある一定以上は絶対に離れないし、私が休んでいるとあっという間に追いついてくるうえ、私に近づくと触れたいのだろうか手を前に突き出してくる。それが怖くて、私は再び早足で歩くのだった。
時折よだれを垂れ流しているナニカだが、最近もう一人増えた。
二人目のナニカの道はまだ合流前だが、二本の道と道との隙間は、夢を見るたびに確実に近づいている。
とはいえ、私は前へと歩く以外の選択肢を探せずにいる。
いっそ道から外れて落ちたら楽かもと何度も思った。
でもそれをする勇気は持てないでいる。
実は、合流した人たちとは、彼らが落ちたあと、現実世界で遭遇しているのだ。
例外なく彼らは、私と再会したときには飛び降り死体だった。それも必ず片付けられる前で、無惨に頭部が飛び散っていても、私はああ夢で合流から外れたあの人だと視認することができた。
ああもうあの細く長い夢を見たくはないのに。
いつまで続くのだこの夢は。
<了>
闇の中、糸のように白く細く長い一本の道をとぼとぼと歩いている夢。
先も後ろも果てを見通せない、まっすぐに伸びた道。
歩いても歩いても歩いても、走っても休んでも決して変わらない景色。
道以外の場所はつま先を伸ばしても何に触れることもなく、道というよりは細く長い橋のようにも感じる。
その場に留まり続けても不安が砂時計のように溜まるばかりだし、私はとにかく歩き続ける。
そんな夢を頻繁に見る。
多い時は週の半分以上見ることもあった。
代わり映えしない光景は、同じ夢を見ているのか、それとも前の夢の続きなのかわからぬまま何年もが過ぎた頃、この夢は後者であると悟った。
私以外にもう一人、似たような道を歩いている人が出てきたのだ。もちろん夢の中で。
その人の歩くペースは私と一緒で、互いの道は次第に近づいていった。
手を振れば反応するが、こちらの声は届かないようで、向こうの声も届かなかった。
やがて現実世界で一ヶ月ほど経った頃、私たちの道はつながった。
道がつながった途端に、互いの声も届くようになった。
私たちはまず最初に挨拶と握手とを交わし、次に話したのは「どちらが先を歩くか」だった。
合流した一本の道幅は、合流前と全く変わらなかったから。
その人は私よりも若干年上だったため、私はその人へ先導を譲った。
その人も快くそれを受け入れ、しばらくは前後に並んで歩いた。
私もその人もくだらない雑談はできるのだけど、自分の名前や住所を始め固有名詞っぽいものは夢の中では一切思い出せず、その人が実在の人かもわからぬまま一緒に歩き続けた。
少なくとも明晰夢ではないのだなとも思った。
何回か夢を重ねると、その人が「前を歩いてみますか?」と提案してきた。
私はそれを受け入れて前を歩くと、前を歩く側では足が重く感じることがわかった。
私たちは毎回前後を入れ替えて歩くことにした。
さらに夢を重ね、第三の人が合流した。
私たちは第三の人も順番ローテーションへと加え、歩き続けた。
やがて第四、第五の人も加わり、ある夢で変化のときが訪れた。
最初の合流者である人が、突然キレたのだ。
私も口には出さないけれど感じていた。人数が増えるたびに先頭を歩く時の足の重さが増すことを。
特に五人となった今、先頭は尋常ではない重さである。
足に人が何人もしがみついているかのような重さ。
二番目、三番目となるにつれ徐々に軽くなってゆくのだが、これ以上人が増えたら先頭はもう歩けないと私も思ってはいた。
そのキレた人は先頭に居たのだが、二番目の私と位置を入れ替わると、後ろに続く三人を罵倒した。
どうして自分たちの道に転がり込んできたのかと、もう一緒に歩きたくないと、あなたたちは逆方向を目指してほしいと。
それに対し三人は、好きで合流したわけではないとか、どうしてあなたが仕切るのかとか、あなたたちこそ反対方向を目指せばいいだろうとか、それぞれに語気を強め、最終的にはつかみあいのケンカが始まった。
その途端、彼らは道からこぼれるように落ちていった。
一瞬だった。
私はしばし呆然と道の外側の闇を眺め、どうにもできない自分の無力さを悟り、諦めて再び一人で歩き始めた。
足は軽くなりはしたが、足取りは重くなった。
それから何年経っただろうか。
その後も合流する人はあったが、皆、次第に疲れ、怒り、落ちていった。
私は常に耐え続けて、歩き続けた。
ただ最近、私の道に合流したのが、人に似ているナニカで、そのナニカにとても恐怖を感じる。
決して人の言葉を発さず、話しかければ人とは思えない鮫のような幾重もの牙を剥き出して笑う。それ以外は一見して普通の、今まで合流した人たちと全く変わらない容姿がゆえに、余計に恐怖を感じる。
しかもコミュニケーションが取れないため、合流したときからずっと私が先頭を歩き続けている。
私の後ろのナニカは歩く速度が遅いのだが、ある一定以上は絶対に離れないし、私が休んでいるとあっという間に追いついてくるうえ、私に近づくと触れたいのだろうか手を前に突き出してくる。それが怖くて、私は再び早足で歩くのだった。
時折よだれを垂れ流しているナニカだが、最近もう一人増えた。
二人目のナニカの道はまだ合流前だが、二本の道と道との隙間は、夢を見るたびに確実に近づいている。
とはいえ、私は前へと歩く以外の選択肢を探せずにいる。
いっそ道から外れて落ちたら楽かもと何度も思った。
でもそれをする勇気は持てないでいる。
実は、合流した人たちとは、彼らが落ちたあと、現実世界で遭遇しているのだ。
例外なく彼らは、私と再会したときには飛び降り死体だった。それも必ず片付けられる前で、無惨に頭部が飛び散っていても、私はああ夢で合流から外れたあの人だと視認することができた。
ああもうあの細く長い夢を見たくはないのに。
いつまで続くのだこの夢は。
<了>
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