お題ショートショート【一話完結短編集】

だんぞう

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お題【春めく】【あだ名】【昼寝】

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「……ルネ……」

 どこからか声が聞こえる。

「ルネ!」

 僕を呼ぶ声が。

「ルネ! 起きて!」

 でもこの声は、君じゃない。だって、僕の手の甲は冷たいままだから。
 君じゃないのに、どうして起きなきゃいけないんだ。
 だいたい、ルネって呼んでいいのはたった一人だけなのに。

 僕はもともと「ルネ」じゃなく「ヒルネ」と呼ばれていた。
 そう。昼寝。
 授業中寝てばかりいたのと、苗字が「比留間」だったから。
 いまどきそんなあだ名をつけるなんてコンプライアンス的にアウトだろ。
 だけど僕は抗わなかった。面倒だったし。
 やがて皆が普通に「昼寝」と呼ぶようになり、高校に入る頃には元の意味も忘れ去られて「ヒルネ」になった。
 そんな頃だ。君と出会ったのは。
 ルーネ。
 名前も容姿も半分だけ日本人の君は、僕のあだ名を「おそろいだね」って笑った。
 そして僕の呼び名は、君といるときだけ「ルネ」になったんだ。



 柔らかくなった風が、裂くような冷たさの代わりに春めく香りを運ぶ頃、君の大好きなこの桜が咲く。
 見上げる桜は、僕らが一緒に昼寝をしたあの頃と変わらずやさしく花を散らす。
 くるくると舞い落ちる花びらをつかもうと伸ばした僕の手に、君の手が重なり指も絡まって。

「てのひら、あたたかい」

「僕は手の甲」

 何がおかしかったのか、そんなやりとりで僕らは笑ったっけ。

「おい! 比留間っ!」

 頬に痛みを覚えて、僕は瞼を持ち上げる。
 見慣れただけの、感情移入できない顔が幾つか並んでいる。
 聞き慣れたサイレンが近づいてくる。
 左手の手首にはもう応急処置が施されている。
 そんなに怒るくらいな僕にもうかかわるなよ。
 僕は立ち上がり、貸されようとする肩を断り、明滅する赤ランプの方へと歩き出す。

 ルーネ、ごめんね。
 今年も君とおそろいになれなかったよ。



<了>
構想10分+執筆30分というルールで書いたもの。
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