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お題【思い出標本セット】

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 ああ、確かに、そうだった……僕は何も言えなかった。
 それは決して君のことが嫌いとかなわけじゃなく、ただ単に、自分の身にそんなことが起こるだなんて思いもしてなくて、呆然としていただけだったんだ。
 そんな僕を、君に付き添っていた女友達が畳み掛けるように責めた。
 僕は何かを反論しようとして「いや、」と言いかけたその言葉を、拒絶だと受け取られて、僕の人生最初で最後の「告られ」は成就せずに終わったんだ。
 ああ、余計なことしやがった女友達、確かにこんな顔だった……。

 あの日のことが鮮明に蘇る。
 当時の僕には気づけなかった細かな部分にまで。

 もう一度パッケージを眺める。

 『思い出標本セット』

 さっきうちに届いた大手ネットショップのダンボールに入っていたものだ。
 中にはクレジットカードくらいの大きさと厚みの、両面無地の真っ白いカードが入っていた。
 無料サンプルが一枚。
 そしてそれが恐らく何十枚も入っている箱が一つ。
 このカードを額にあてて、その時のことを強く思い出そうとするだけで、思い出を標本にできるというもの。
 ようは念写のようなものらしい。

 初めはジョークグッズとか、怪しいオカルト系詐欺かとも思ったが、実際、無料サンプルに「初告られ」の思い出がしっかり標本化できている。
 標本化したカードを覗き込むようにすると、当時の視覚、聴覚、嗅覚が、不思議と蘇る。

 これは案外、掘り出し物だったんじゃないか?
 効果が見えると興味も更に湧く。
 僕は箱を開封し、片っ端から思い出を標本にしていった。

 初めてバイクに乗ったときの興奮。

 初沖縄の初シュノーケリングの感動。

 人生初エッチの思い出も。

 その彼女とケンカ別れしたときの……ああ、僕はこんな酷いこと言ったんだ。

 就活で、今の会社の最終面接、頭真っ白になったときのことも、標本にするとしっかり客観的に観察できた。

 亡くなる前のばあちゃんを、病室に見舞ったときの思い出。

 父さんが事故に遭う前の、家族みんなで行った海水浴。

 幼馴染の女の子と、一緒に行った夏祭りの花火。

 弟が生まれたときの僕なんてまだ五歳だってのに、思い出がちゃんと標本化できるんだな。

 僕はどんどん標本を作っていった。
 すごい楽しい。
 ……次はどんな思い出を……あれ?

 なんだか、自分の過去をうまく思い出せなくなっている。
 まさか、このセットのせいか?
 慌てて取扱説明書を探して読んでみる。

 あった……使用方法……セットの外箱に書いてあったのと全く一緒。
 あ、注意事項!

 生きた虫を標本にすると死んでしまうように、思い出もまた同様。
 標本化することで、しばらくするとあなたの中からは消えてしまいます。
 嫌な記憶を封印するのにご利用ください。
 また、近い時期の記憶を大量に標本化すると、その前後の記憶がつながらなくなる恐れがあります。
 ご利用は計画的にお願いします。



「こんにちは。道具の使用料金を……おや、返事がない。いや、できないと言ったほうが正しいでしょうか。言葉を覚えたときの思い出を切り離しちゃったんですねぇ。仕方ありません。料金代わりに魂をいただいていきますよ……ああ、楽ちんな時代になりました」



<終>
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