お題ショートショート【一話完結短編集】

だんぞう

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お題【記憶にない東京】

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「泉屋にヨックモック! 鳩サブレーにモロゾフのアルカディア!」

 妹がいい歳して突然大声を出した。

「何だよ突然」

「おじいちゃん、お菓子のカンカン大量にしまい込んでたの。私、おじいちゃんにクッキーもらったこと、一度もなかった!」

 遺品整理中に何を言い出すかと思えばこの食いしん坊は。

「缶だけもらったんじゃないのか? ほら、おばあちゃんが生きてた頃は近所の人集めてお茶会やってたって聞いたことあるし」

「ママ! お菓子?」

 姪っ子と甥っ子が駆け込んで来る。この食い意地の張り方はまさしく遺伝。

「ううん。お菓子の缶だけ」

「ちぇっ。中に何入ってるの?」

「開けようよー!」

 催促されて缶の一つを手に取る。劣化したセロハンテープでがっちり止めてある。
 爪の先でひっかきつつ指をベタベタにしながら、なんとか剥がす。そしてようやく開けると……写真?
 一枚手に取ると、昔住んでいた東京の家の写真……なんのことはない、ただ、門と家とが写っているだけの。家族写真ではない。

「これは俺が……今の翔大くらいの頃に住んでた家だよ」

「伯父さんが小学三年生のころ?」

「懐かしい! 確か私が大怪我したときの家よね!」

「あー! あったあった! 」

 二枚目を見るとこれもうちの近所。次の写真も、その次も……あれ?
 この写真、連続している。
 続けてみると、まるでストリートビューみたいにどんどん家から離れてゆく。
 俺が写真を次々と見ているのを横で妹が覗き込む。
 姪っ子と甥っ子は早くも飽きたのか、別の部屋へ行ってしまう。

 俺たちは写真を次々と見る。
 写真の中で道をどんどん進んでゆく。
 よく通った駄菓子屋。
 登下校で必ず挨拶していたタバコ屋。
 電気屋のシャッターはまだ閉まっていなくて、ここの洋食屋さんは誕生日のときに連れて行ってもらった。
 このコインランドリーにはいつも漫画週刊誌が揃っていて。
 ここ、あの路線はまだ地下化してなくて、この柵から電車を見下ろしてたなぁ。
 この公民館の一階が市場になっていて、小学校の飼育室で飼っていたウサギの餌のためにクズ野菜をもらいによく……あれ?

 ここにこんな建物あったっけかな。
 それにこの店も知らない。
 進むにつれ、見知らぬ風景がだんだん増えてゆく気がする。
 時代がどうとかじゃなく……いや、道はよく知っている道なんだけど、店が、建物が……俺の知らない景色が多くなっていって、違う町に迷い込んだみたいに感じる。
 思い違いかな……なんせガキの頃だからな……。

 その後も写真を二人で見続け、とうとうヨックモック缶の写真はあと三枚となった。

「あれ、なんかここ、見覚えある」

 妹の声が暗く落ち込む。
 ああ、そうだよな。だってここ、妹が車道に飛び出して大怪我した……あれ?
 なんだか記憶が揺らぐ。

 そして最後の一枚を見たとき、小さな溜息がすぐ横から漏れた。

「ここ、私が死んだとこだわ」

 それが、妹の声を聞いた最後だった。

 振り返ったが妹が居なくなっている。
 部屋の中を見回し、ちょっと廊下まで出てみて……こんな一瞬に外へなんて出ていけるか?
 リビングまで足を伸ばしたが誰も居ない。姪っ子と甥っ子も。

 さらに祖父の家を歩き回ると、仏間に母が居た。

「ねぇ、ヨッコは?」

「ヨッコ?」

「うん。あと……」

 姪っ子と甥っ子の名前が出てこない。
 ど忘れにしたって……俺、さっき、名前読んでたよな?
 背中がやけに冷たい。
 母は怪訝そうな表情で俺を見つめている。

「ヨッコって、もしかして杳子のこと?」

「うん」

 母は辛そうな表情になる。
 そして目線を俺から外して、仏壇に……小学生になったばかりの杳子の……妹の遺影が、置いてある。
 全身に鳥肌が立つ。
 さっきまで、妹は、ヨッコは隣に居たよな?
 子供だって居た……旦那さん、ほら……なんて言ったっけ……確か……どこかで働いていて……自分自身に腹立たしくなるほど、何も思い出せない。

「そっか。あの東京の家のときの写真、見ちゃったんだね、最後まで」

「どういうこと?」

 母は立ち上がり、先程まで俺が居たあの和室へと歩き出す。
 俺もすぐ後ろを追いかけ、部屋へと戻る……と。
 ヨックモック缶に大量にあった写真がすべて失くなっている……というか、この黒い塵みたいなのの山は……もしかして写真?

「私もね、開けたことあるの。昔。そんときはまだおじいちゃん元気だったし、なんとかしてくれたけど……」

 残る未開封缶は三つ。
 母の言ったことを、すぐには理解できなかった。
 しばらくは妹の最後の言葉を心のなかで反芻していた……俺も、小さい頃、大怪我、したよな。
 自分が本当に東京に住んでいたかどうかさえ危うく感じ始める。

 ああ、そうか。
 ……ということは、残る缶のどれかに、自分のもあるかもしれないんだ。



<終>
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