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お題【首のずれる写真】
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なんで、あんな場所で写真を撮ったのか、思い出そうとした。
そもそもの始まりは、千恵の二十歳の誕生日会だったっけ……。
千恵がようやく酒が飲めるようになったから、皆で乾杯しようぜと、渥美が言い出した。
俺はノンアルだけどな、と下戸の阪東が返す。
こいつらは昔から仲が良さそうで良くない。
ケンカまではいかないんだ。
微妙に空気を冷めさせる感じ。
それを僕と千恵とで止める……というのが僕らのいつもの日常だった。
小学生の頃は同じサッカー倶楽部で男三人仲良くやってたんだけどな。
中学で千恵が僕らとつるむようになってから……いや、高校に入ってからかな。四人で居るのがなんとなくしんどくなってきたのは。
まあよくある女の取り合いってやつだ。渥美と阪東とでね。
どっちが千恵と付き合ったのか、それとも二人ともダメだったのかまでは知らない。
高校を卒業したあと、四人は別々の進路を選んだから。
渥美と僕とは大学へ進学し、千恵は専門学校へ行き、阪東は親父のあとをついで仕事し始めたりと。
だけどこうやって、何かしら理由をつけては集まっていた。
そして、誕生会当日。
場所は渥美の借りているアパートで開催したんだけど、千恵がいつもと違う感じなんだよね。
あいつらがささくれみたいに細かいトゲを会話に挟むのを、気づいたら僕しか止めてないんだ。
だからこんなにも疲れるのか、と。
僕がタバコを買いに行くと外に出ると、なぜか千恵もついて来た。
お前、ちゃんとフォローしろよと言ったら、私はちょっとしづらいんだとかワケのわからないことを言う。
どういうことだよと問いただそうとしたとき、あいつらまで外に出てきた。
「私、峠からの夜景が見たい!」
千恵があいつらにハシャぎ気味にそう言うと、阪東がニヤリと笑みを浮かべて車のキーをクルクル回す。そして僕らは阪東の車に乗り込んだ。
助手席に千恵、その後ろに渥美。僕は阪東の後ろだ。
坂東の車にはCDオートチェンジャーが搭載されている。
そんなん、全部iPodとかに移せばラクチンなのにって僕が言うと、バカだな、不自由が味なんだよ、と珍しく渥美が坂東の肩を持つ。
でもおかげで、ちょっと楽しくなって、子どもの頃ハマってたアニソンを四人で歌ったり、かなり盛り上がったんだ。
「悪い、ちょっとトイレ」
そう言って坂東が車を停めたのは、山道の途中にある今は営業していないドライブイン。
昔はトイレもあっただろうが、今はそんなもの当然ない。
つまり立ちションだろう。
さっきのコンビニでトイレ行っておけば良かったのにな。
しかし、ここ、見た感じはもはや廃墟だな。
建物も看板も全体的に古くさい上に白いペンキがあちこち剥げている。
扉には角材が、窓にはベニヤ板がが貼り付けて在り、建物への出入りは出来ない。
看板からは文字がなくなっているし、電源の入れられていない自販機は側面が錆びっ錆び。
「おーい! 面白いもんがあるぞー!」
廃墟観察は、坂東の呼び声で終了。
三人でぞろぞろとそっちへ向かう。
面白いもんって聞くとハードルあがるからなーなんて言っていた千恵がキャッと叫んで渥美の腕にしがみ付く。
暗闇の中に、ぼんやりと坂東の顔が浮かんでいた。
よく見るとそれは、顔出し部分が三つある立て看板だった。
スマホのライトをあてても何が描いてあるのかあまりよくわからないくらい、絵が薄れている。
そんな得体の知れない絵の、こちらから見て右端の穴から坂東が顔を出している。
「なんだよ……顔出し看板か。焦らせやがって」
渥美が坂東の方へ向かってゆく。渥美の腕をつかんでいる千恵も一緒に。
「せっかくだからお前らも顔出せよ。千恵、真ん中な」
「いーよー」
「顔出さない誰かさんは、撮影係か?」
それは僕の事ですね、ハイハイと、スマホのカメラアプリを起動して構える。
「しゃーないなぁ。はーい。笑ってー……クワトロフォルマッジは何が四種類ー?」
「え? くわ……何?」
三人が笑顔にならないうちにフラッシュ焚いてバシっと撮ってやった。
すぐに坂東が走って来る。
「今の、見せてくれよ」
「おいおい。坂東、手、洗ってないだろ」
「コンビニでもらったおしぼりで拭いたってば」
スマホを奪われる。本当に拭いたんだろうな?
「ピンボケとかしてないといいけど」
「大丈夫、大丈夫! バッチリ!」
そこへ千恵達も戻ってきた。
「何々ー? 私にも見せてー! ってナニコレ。あれ? えーと?」
「おい……坂東てめぇ」
渥美は今にも坂東に殴りかかりそうな勢いだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。とりあえず、落とす前にスマホ、僕に返しとけ」
千恵の手から受け取り、確認した映像には、渥美が映ってなかった。
「あれ? ちょっと待てよ、三人ともしっかりフレームインさせたよ?」
「そういう問題じゃねぇんだよ……坂東、ここあそこだろ。ちょっと酔っぱでウッカリしてたけど、天秤の顔出し看板だろ!」
「天秤の?」
「三人で顔入れて撮るんだよ。そしたら、真ん中のやつの気持ちが、どっちに向いているか分かるって言ってな……気持ちが向いてない方は映らないんだよ」
なんだそれ……と思いつつも、改めて写真を見てみると三つの顔だし部分の左に千恵、真ん中に坂東、もともと坂東が出していた顔出し穴は真っ黒で……渥美の顔がない。
「映らなかったヤツは首がずれるって言ってな……とにかく呪われているんだよっ」
かなり怒気をはらんだ声。
渥美が言う通り、三人の首が渥美側にずれて映って……穴からはみ出たらもう映らなくなる……とかか?
僕の混乱は千恵の悲鳴で強制停止させられた。
渥美と坂東が殴り合いのケンカをしている。
どうやら、千恵と渥美はいつの間にか一応付き合っていて、ところが坂東と千恵とがいつの間にか距離が縮まっている……というか、千恵、お前二股なのか?
「あっ」
渥美の飛び蹴りが顔出し穴の一つに入ってしまい、渥美が滅茶苦茶に暴れる。
その勢いでメリメリと顔出し看板が倒れた。
坂東も下敷きになっている。
僕は慌てて救急車を呼んだ……そこまで思い出した。
僕は起き上がろうとしたが、首に鋭い痛みを覚えて断念する。どういうことなんだ?
「意識、戻りました!」
聞いたことのない女の人の声が聞こえる……ここは、病院?
あの古いドライブイン跡は、後ろが急斜面になっていて、僕ら四人はそこに滑落していたということを後で知らされた。
他の三人について尋ねようとしたが、あいつらの名前を口に出そうとするとやけに首が痛んで、まだ聞けないでいる。
<終>
そもそもの始まりは、千恵の二十歳の誕生日会だったっけ……。
千恵がようやく酒が飲めるようになったから、皆で乾杯しようぜと、渥美が言い出した。
俺はノンアルだけどな、と下戸の阪東が返す。
こいつらは昔から仲が良さそうで良くない。
ケンカまではいかないんだ。
微妙に空気を冷めさせる感じ。
それを僕と千恵とで止める……というのが僕らのいつもの日常だった。
小学生の頃は同じサッカー倶楽部で男三人仲良くやってたんだけどな。
中学で千恵が僕らとつるむようになってから……いや、高校に入ってからかな。四人で居るのがなんとなくしんどくなってきたのは。
まあよくある女の取り合いってやつだ。渥美と阪東とでね。
どっちが千恵と付き合ったのか、それとも二人ともダメだったのかまでは知らない。
高校を卒業したあと、四人は別々の進路を選んだから。
渥美と僕とは大学へ進学し、千恵は専門学校へ行き、阪東は親父のあとをついで仕事し始めたりと。
だけどこうやって、何かしら理由をつけては集まっていた。
そして、誕生会当日。
場所は渥美の借りているアパートで開催したんだけど、千恵がいつもと違う感じなんだよね。
あいつらがささくれみたいに細かいトゲを会話に挟むのを、気づいたら僕しか止めてないんだ。
だからこんなにも疲れるのか、と。
僕がタバコを買いに行くと外に出ると、なぜか千恵もついて来た。
お前、ちゃんとフォローしろよと言ったら、私はちょっとしづらいんだとかワケのわからないことを言う。
どういうことだよと問いただそうとしたとき、あいつらまで外に出てきた。
「私、峠からの夜景が見たい!」
千恵があいつらにハシャぎ気味にそう言うと、阪東がニヤリと笑みを浮かべて車のキーをクルクル回す。そして僕らは阪東の車に乗り込んだ。
助手席に千恵、その後ろに渥美。僕は阪東の後ろだ。
坂東の車にはCDオートチェンジャーが搭載されている。
そんなん、全部iPodとかに移せばラクチンなのにって僕が言うと、バカだな、不自由が味なんだよ、と珍しく渥美が坂東の肩を持つ。
でもおかげで、ちょっと楽しくなって、子どもの頃ハマってたアニソンを四人で歌ったり、かなり盛り上がったんだ。
「悪い、ちょっとトイレ」
そう言って坂東が車を停めたのは、山道の途中にある今は営業していないドライブイン。
昔はトイレもあっただろうが、今はそんなもの当然ない。
つまり立ちションだろう。
さっきのコンビニでトイレ行っておけば良かったのにな。
しかし、ここ、見た感じはもはや廃墟だな。
建物も看板も全体的に古くさい上に白いペンキがあちこち剥げている。
扉には角材が、窓にはベニヤ板がが貼り付けて在り、建物への出入りは出来ない。
看板からは文字がなくなっているし、電源の入れられていない自販機は側面が錆びっ錆び。
「おーい! 面白いもんがあるぞー!」
廃墟観察は、坂東の呼び声で終了。
三人でぞろぞろとそっちへ向かう。
面白いもんって聞くとハードルあがるからなーなんて言っていた千恵がキャッと叫んで渥美の腕にしがみ付く。
暗闇の中に、ぼんやりと坂東の顔が浮かんでいた。
よく見るとそれは、顔出し部分が三つある立て看板だった。
スマホのライトをあてても何が描いてあるのかあまりよくわからないくらい、絵が薄れている。
そんな得体の知れない絵の、こちらから見て右端の穴から坂東が顔を出している。
「なんだよ……顔出し看板か。焦らせやがって」
渥美が坂東の方へ向かってゆく。渥美の腕をつかんでいる千恵も一緒に。
「せっかくだからお前らも顔出せよ。千恵、真ん中な」
「いーよー」
「顔出さない誰かさんは、撮影係か?」
それは僕の事ですね、ハイハイと、スマホのカメラアプリを起動して構える。
「しゃーないなぁ。はーい。笑ってー……クワトロフォルマッジは何が四種類ー?」
「え? くわ……何?」
三人が笑顔にならないうちにフラッシュ焚いてバシっと撮ってやった。
すぐに坂東が走って来る。
「今の、見せてくれよ」
「おいおい。坂東、手、洗ってないだろ」
「コンビニでもらったおしぼりで拭いたってば」
スマホを奪われる。本当に拭いたんだろうな?
「ピンボケとかしてないといいけど」
「大丈夫、大丈夫! バッチリ!」
そこへ千恵達も戻ってきた。
「何々ー? 私にも見せてー! ってナニコレ。あれ? えーと?」
「おい……坂東てめぇ」
渥美は今にも坂東に殴りかかりそうな勢いだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。とりあえず、落とす前にスマホ、僕に返しとけ」
千恵の手から受け取り、確認した映像には、渥美が映ってなかった。
「あれ? ちょっと待てよ、三人ともしっかりフレームインさせたよ?」
「そういう問題じゃねぇんだよ……坂東、ここあそこだろ。ちょっと酔っぱでウッカリしてたけど、天秤の顔出し看板だろ!」
「天秤の?」
「三人で顔入れて撮るんだよ。そしたら、真ん中のやつの気持ちが、どっちに向いているか分かるって言ってな……気持ちが向いてない方は映らないんだよ」
なんだそれ……と思いつつも、改めて写真を見てみると三つの顔だし部分の左に千恵、真ん中に坂東、もともと坂東が出していた顔出し穴は真っ黒で……渥美の顔がない。
「映らなかったヤツは首がずれるって言ってな……とにかく呪われているんだよっ」
かなり怒気をはらんだ声。
渥美が言う通り、三人の首が渥美側にずれて映って……穴からはみ出たらもう映らなくなる……とかか?
僕の混乱は千恵の悲鳴で強制停止させられた。
渥美と坂東が殴り合いのケンカをしている。
どうやら、千恵と渥美はいつの間にか一応付き合っていて、ところが坂東と千恵とがいつの間にか距離が縮まっている……というか、千恵、お前二股なのか?
「あっ」
渥美の飛び蹴りが顔出し穴の一つに入ってしまい、渥美が滅茶苦茶に暴れる。
その勢いでメリメリと顔出し看板が倒れた。
坂東も下敷きになっている。
僕は慌てて救急車を呼んだ……そこまで思い出した。
僕は起き上がろうとしたが、首に鋭い痛みを覚えて断念する。どういうことなんだ?
「意識、戻りました!」
聞いたことのない女の人の声が聞こえる……ここは、病院?
あの古いドライブイン跡は、後ろが急斜面になっていて、僕ら四人はそこに滑落していたということを後で知らされた。
他の三人について尋ねようとしたが、あいつらの名前を口に出そうとするとやけに首が痛んで、まだ聞けないでいる。
<終>
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