お題ショートショート【一話完結短編集】

だんぞう

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お題【呪ってみました】

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 梅雨前だというのに真夏を思わせる暑さ。季節に似合わぬほど眩しい日差しのせいで、日向ではつい目を細めてしまうくらい。その細目にちらっと見えた『~ました』という貼り紙の字に、私は深く考えず反応してしまった。
 私というより、私の腹の虫が、だが。

 客先を退出したのが11時半だったこともあり、混む前にランチを済ませたい気持ちと、この暑さゆえに冷やし中華への強い憧れとが、初めて見るその中華屋の入り口ドアを開けさせた。

 今時自動じゃないガラガラ音がする引き戸。
 いいねぇ。こういう風情も期待を高めてくれる……あれ?
 私の体が入り口を半分くらい通り過ぎたところで、目で見た情報をようやく脳で整理出来た。
 私が見つけた貼り紙には『呪ってみました』と書いてあったのだ。

 呪ってみました?
 冷やし中華……ではなく?
 少しトガったメニューなのか?
 いや、そもそもメニューなのか?
 もしかしてユーチューバーとかいうやつか?
 だとしてもなぜ店の入り口に。

「おい、あんた、入るの? 入らないの?」

「あ、すみません」

 後ろから来たサラリーマン二人組に押される形で入店し、二人組に倣い、適当な席へと着いてしまう。
 ああ。入ってしまった。座ってしまった。どうしよう。
 呪いって、オカルト的なアレだよな。この店、呪われているのか? それとも客がか?

「レバニラ定食! こっちはモヤシラーメン大盛!」

 さっきの二人組は奥に向かって注文している。常連かな。
 わ、また客が入ってきた。
 人気あるんだな……となると『呪ってみました』なんて貼り紙を貼るわけないよな。私の見間違いに違いない。

「チャーシュー麺の大!」

 いかんいかん。ここ、回転の早い店か。
 私もさっさと注文してしまおう。
 テーブルに立ててある小さなメニューを手にとってようやく眺める……安いな。全体的に安い。レバニラ定食が700円だなんて何十年前の物価だよ。
 餃子定食に至っては500円。

「ご注文、お決まりっすか?」

 いつの間にか横に立っていた店員にビクッとした。

「ま、まだです」

 つい声が裏返ってしまった。しかもその直後「ヒッ」と更に高い悲鳴をあげてしまう。
 どういうわけか、この店員の顔や手、露出している肌が全て緑色に見えるのだ。

 店内を慌てて見回してみる。
 客はまた増えているが、どの客もそこらに居そうな男性会社員ばかり。オフィス街近くの安い店にありがちな光景だ。
 なのに店員の肌だけが……。

「あいよっ! レバニラお待ちっ! もやしはもうちょい!」

 厨房の奥から店の大将っぽい中年オヤジが出てくる。
 こちらは普通の色をしている。料理している人が緑色じゃないなら、大丈夫……と信じたい。
 何より腹が減っている。

「あ、あの、餃子定食で!」

 本当は冷やし中華を食べたかったのだが、仕方ない。

「あいよっ! もやし大、チャーシュー大!」

 大将が出した料理を緑色の店員が受け取り、次々と客のもとへと運ぶ。
 ひっきりなしに新しい客も入ってくる。
 どの客も皆、緑色について特にギョッとしたりジッと見たりはしていない様子。見慣れているのか、私の目がおかしいのか、これではわからないではないか。

 しかしこの緑色の若者、手際はとても良い。
 口調は馴れ馴れし過ぎる感もあるが、今時の若者だと珍しくないのかもしれない。
 どこかの劇団員で……ちょっと無理があるか。いくらなんでもバイトにまで芝居の扮装ってこともないだろう。
 ま、まさかテレビ? 一般人相手のドッキリなのか?

「あいよっ! 餃子定ー」

 キョロキョロしていた私のもとへ料理が運ばれてくる。
 その出された餃子を見て、また驚いた。

「あ、うちの餃子、皮にほうれん草が練り込んであるんすよ!」

 慣れた感じのフォローをしてくれる君の肌には何が……と言いたいのをぐっとこらえて、とにかく食べ始める。
 外が暑いからか、座りきれない客が入り口付近の壁際に並んで立っている。これってプレッシャーにな……なっ! なんだこれは!

 店員にばかり気を取られていたが、普通に、いや普通以上に美味い。
 ほとばしる肉汁は生姜がきいていて、がっつりなのに爽やかだ。
 しかも大きい。色のインパクトにばかり目がいきがちだが、そこらの餃子より二周りは大きい。頬張り感がたまらない。
 かといって頬張ると、口の中を火傷しそうなくらいに熱々。
 しかし、これは躊躇なく行かざるを得ないだろう。ハフハホフ言いながら食べてこそ真の旨さを知ることが出来る。挑まない者はたどり着くことができない勝利の向こう側の味。
 肉汁がこぼれないよう、餃子の後追いで白飯をかっこむ。
 こういう店では行儀よりも勢いだ。
 しかし期待など全くしていなかっただけに、予想と満足感とのギャップが驚くほどの伸び。ピッチャーフライだと思っていたら場外ホームランになった、みたいな。
 客がこれだけ集まるのもわかる。
 店員が緑だろうが関係ない。
 もうすぐ食べ終わるというのに、口がまだ欲しがっている。
 腹の方は満腹だが、他のメニューを試せずにこの店を出ることを、ここまで残念に感じてしまうとは……よし、私も男だ。今日の所は待っている人たちに譲ってさっさと席を立とう。

「ごちそうさんでした」

 お会計を済ませ、店の外へ出る。外にもしっかり行列が……ううむ。行列のせいで貼り紙がよく見えない。
 実はやっぱり見間違いでした、とかいうオチじゃないかと確認したかったのだが。
 かといって、並んでいる他のお客さんにどいてもらってまで確認するほどかと言われると……。
 貼り紙が気になるし、やっぱりさっきの店員も気になるが、私も暇ではない。これから急いで社に戻ってさっきの打合せの報告書を作らねばならない。
 後ろ髪引かれる想いを断ち切って、私は駅へと急いだ。

 その日の深夜のことだ。私は急激な腹痛と高熱とに見舞われ、人生初の救急車に乗った。
 自覚症状はノロ・ウィルスに似ているのだが、医者は「ノロイですね」と言っていた。聞き間違いなどではなく、確かに「ノロイ」と言ったのだ。「ノロイ」って「呪い」なのかといぶかしんだ私だったが、この手のひら、どう見ても緑色だよな……これ、ちゃんと色が抜けてくれるのか?



<終>
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