お題ショートショート【一話完結短編集】

だんぞう

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お題【蔵】

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「私、心霊スポット大好き。ゾクゾクすればするほど、生きていることを実感できるのが魅力なんだよね」
 
 後白河篤子はそういうフザケたことを平気で言うヤツだ。

 普通、そういうことを言うヤツとは付き合わないようにしている。そればかりか心の中で「呪われちまえ」くらいの念を送ったりもする。
 心霊スポットは遊び場ではないし、危険を切り離せない場所。時として取り返しがつかない目に合う事だってある。
 しかし、忌まわしき後白河篤子のヤツはいまだにピンピンしていやがるんだ。
 家系はそれなりの名家らしいし、超強力な守護霊でも憑いて守っているのだろうか。
 だとしても、あの手のたまたま生き残ってこれたヤツが「心霊スポットはたいしたことない」みたいにうそぶいてくれちゃうと、何の霊的後ろ盾もない類のバカがその言葉を真に受けて、心霊スポットに凸って悲惨な結果を招いたりもするんだ。

 心霊スポットってさ、俺が思うに最近の害虫G退治の毒餌と似ていると思うんだよな。
 毒餌食べた害虫Gは巣にその毒を持ち帰って死に、毒を巣でもばらまく。巣の連中も一網打尽にできる邪悪な破壊力。
 後白河自身はたまたま無事だったとしても、変なのは憑けてきちゃうだろうし、後白河のバカを中継点にして、心霊スポットの外で心霊スポットに行っていない人にまで迷惑をかける恐れがある。
 可能な限り関わり合いになりたくないヤツなんだ、あの女とは。

 ところが、よりにもよってサボれないゼミの、単位が絡んだ大事なレポートを作る班分けで、僕は後白河篤子と一緒の班にさせられてしまった。
 今回の課題に沿った内容について、各自調べ、ある程度まとめるところまでは個人の作業なんだけど、最終的なレポート提出段階では、班の意見は方向性を一致させないといけないのだ。

 それでなぜか今、僕ら『後白河班』の四名は、後白河篤子の立派なおうちへとご招待されている。
 資料は全部ゼミのサーバーにアップロードしてあるんだし、方向性をまとめるのだってビデオチャットでいいだろって言ったんだが、多数決で却下されてしまった。
 班分けはくじ引きで決めたはずなのに、後白河班の残りの二人は後白河と元々仲が良い連中だったから、肩身の狭さったらない。

 レポートがある程度出来上がってきたタイミングで、僕は用事があるからと先に帰らせてもらうことにした。

「ごめんね。タイミング悪い日に設定しちゃったりして」

 後白河が玄関まで見送りにと着いてきた。
 こっちは場の空気が苦手で嘘ついて帰ろうとしている手前、こうして謝られたりしちゃうと、なんともいえない気持ちになる。
 今日一日いろいろ話をしてみてわかったのだが、後白河は「心霊スポットが好き」なこと以外は悪いヤツではないっぽいんだよな。
 友達が多いのも当然だなと感じるし……ああ、なんかやりにくい……え。

 うわ、なんだ今の。

 後白河の後ろを歩いていただけなのに、突然大きな寒気に襲われて、僕は思わず廊下にしゃがみ込んだ。
 なんだこの異様な圧力は……。
 澱みの大きな方をじっと見つめると、その視界の先と僕との間に後白河が割り込んできた。

「もしかして……見える人?」

「見えはしないけれど、ね……でもなにコレ……後白河さん、よく平気だね」

 よく平気だなというのは嫌味でもなければ冗談でもない。
 本当に、よく平気だなと……ああ、そうか。そこまで鈍感だからこそ、心霊スポットに行くのが趣味とか堂々とぬかしやがるんだな。

「この廊下の先にはね、内蔵があるの」

「……ウチクラ?」

「内側の内に、蔵は大蔵省の蔵」

「家の中の蔵ってことか」

「そう。おまじないの一種でね、病気とか災いを落としてくれる蔵なのよ」

 そういう気配でもないんだけどな、コレ。
 禍々しいモノしか感じられない。

「……へぇ」

 気持ち的には、へぇ、ではなく、うへぇ、である。

「『内蔵は内臓の憑き落とし』って言うのね。昔はさ、病気というのは人の体の中に病気の虫が入って、それでなっちゃうみたいに考えられている時代があってさ、そういう人間の内側、つまりは臓物に取り憑いた虫を落としてくれる効果がある……というのを語呂合わせでね、『内臓』の『臓』の字から『憑き』つまり『月』を取ると『内蔵』という漢字になる、みたいなやつなのさ」

「言葉遊びみたいなまじないってのは少なくないよ。浅草寺に祀られている久米平内なんかは、もとは首切り役人で、仕事とはいえ、相手が罪人とはいえ、多くの命を自らの手で奪ったことを悔い、自分を模した石像を作らせて、多くの人たちに踏みつけてもらいたいと願ったらしいけど、『踏みつけ』がいつの間にか『文付け』つまりラブレターと響きが似ているってことで、今じゃ恋愛の神様みたいに崇められている。そんな例は山ほどあるさ」

 面白い話を聞かせてもらったせいでうっかりスイッチが入ってつい文字数たくさんしゃべってしまった。

「わ、すごい。物知りなんだね!」

「別にすごくはないよ……」

 有名な話だし……というか、中学生の頃に友人から聞いた受け売りだし。

「ご謙遜ねー。でも、すごいよ! 私はすごいと思うなー!」

 後白河さんは、やたら人を誉める人だという事を今日知った……何が言いたいかというと、僕は後白河さんの心霊スポットに対する態度を快く思っていないにも関わらず、こんな風に今日何回目かの「すごい」を浴びせられている状況が、ちょっぴりだが嬉しいと感じてしまっているのだ。
 ああ情けない。

「それでね、ほら私、心霊スポット巡り好きじゃない。それで行ったら体が重くなるんだけど、内蔵に入るとスッと楽になるんだよね。すごいの」

 待って……それって、普通に考えると、内蔵に物凄い浄化能力があるってことだよな。
 だとしたら、なんだよこの威圧感。
 浄化ってのを行えるのは、もっと清らかな場所であるはずなのに。

「ほんと内蔵にハマってんだな」

 感じたことを軽く言っただけのつもりだった。でも、後白河さんが続けた言葉で、僕は気付いてしまったんだ。

「それでね、体が軽くなって、しばらくすると心霊スポットにまた行きたくなるんだよね。スリルっていうか、なんか……」

 後白河さんが単なる強運バカで、本当にスリルのためだけに心霊スポットに通っているのだとしたら、彼女のしてくれた説明と、内蔵から感じるこのドス黒い印象とがうまくつながらないんだ。
 ……もしも……ハマっているんじゃなかったとしたら。

「ちょっとだけ見たい?」

 彼女は嬉々とした足取りで、廊下を進んでゆく。
 ほんの数メートルだけど、僕は彼女が一瞬、闇の中にかき消えそうに見えて、思わず彼女の腕をつかんでしまった。

「行っちゃダメだ」

 とっさに言ってしまった。
 さらには彼女の腕をつかむとか。仲良くもないのに。え、僕、セクハラ案件?
 しかし僕は彼女から手を離せないでいた。
 僕の手が震えているのがわかる。目の前の闇に対する、とてつもない拒絶感。

 そう、目の前。
 見間違いとか比喩とかじゃなく、いま確実に、彼女を黒い煙のようなものが包もうとしていたんだ。
 ビリビリと自分の皮膚が震え、鳥肌が立つのを感じる。
 僕は彼女の腕を握りしめたまま、動けないでいた。
 やがて、その黒いナニカは目があるわけでもないのに、僕を睨みつける。正確には、睨みつけられたように感じた、のだ。
 僕は肺まで金縛りにあったんじゃないかと思うほど、苦しさが増して行き……もうそろそろ限界だ、と思った瞬間、黒いナニカは、するすると廊下の奥の方へ戻って行ってくれた。

「……うん……やめておく」

 後白河さんの声が聞こえて、僕は思い出したように呼吸する。
 まだ肩が震えている。

「ごめん。痛かったよね」

 謝りつつも、僕の手はまだ強張っていて、彼女の腕から引き剥がせないでいた。

「ううん……」

 すると彼女はつかまれてない方の手で、僕の手に優しく、彼女のてのひらを重ねた。
 彼女のてのひらはとても冷たくなっていて、そして震えていた。

「……本当は……怖かっ……たんだ……」

 小さな小さな声で、そう言うと、彼女は僕にしがみついた。



 後日、彼女は僕に教えてくれた。
 あの内蔵にはナニカが居て、そのナニカは、後白河の家を守ってくれるモノだと伝えられていること。
 そのナニカには、人を喰わない代わりに定期的に魔物を喰わせてやる約束を、後白河さんのご先祖が取り付けたらしいこと。
 餌となる魔物は、後白河さんがよくやっていたように、古戦場や心霊スポットに行って、憑けて帰って来るという方法が取られていること。

「でもさ、後白河さんが心霊スポット巡りやめちゃったら……おうちの方は大丈夫なの?」

「妹が代わりにやるみたいだよ……私はもうできなくなっちゃったから」

「ごめんな。僕があの時」

「言わないで……私、もともとわかっていたんだ。妹はホラー映画とか大好きだけど私はそうじゃないし、自分から趣味だとか好きだとかあえて口にすることで、なんとか保ててきた部分もあったんだし」

 そうだったんだな……。

「ごめんな。僕は後白河さんのこと、けっこう危険視してた。本当はどんな想いでいたのかとか全く考えもせずに」

「じゃあ、今はどんな想いでいるでしょーか!」

 今はって……そりゃ……。

「うん。その照れくさそうに頬が赤くなる顔、私大好き」

「な、なんだよ、それ」

「直に言うのは反応が楽しいからなのだよふっふっふ」

 後白河さんはいつの間にか僕の部屋に居着いている。
 内蔵の怖さを彼女に再確認させたのは僕だから、僕が責任を取れとかとんでもない理論で。

 今はそれでもいいさ。今は。
 でも、いずれ、内蔵のあのシステムは破綻するような気がしてならないんだ。
 小さな「魔物」とやらを喰らい続けてきた内蔵の中のナニカ。
 そういう部分だけ着目してみると、蠱毒と変わらないような気もするんだよね。
 ナニカはどんどん力を蓄えている……そうだよ。ナニカは内蔵の外まで簡単に出てきてたんだよ。内蔵は枷でも結界でもなんでもなく、ナニカの居心地がいい単なるベッド程度の場所で……そもそもナニカは家を守っているのではなく、餌を運ばせる奴隷感覚で人を……。

「それ以上考えるな」

 一瞬だけ、後白河さんがものすごい怖い目で僕を見つめた。
 そうか、そうだよな。
 育ちの良い美人が僕の部屋に転がり込むなんて、話がうますぎると思ったんだ。
 え、ちょっと待って。じゃあ、僕が彼女にあんなこととかこんなこととかしたのも全部監視されてたってわけ?

「ね、どうしたの?」

 あー、頭がクラクラしてきた。
 蔵だけに……つまらない駄洒落でも言わないとやってらんない気分。



<終>
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