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お題【桜と梅と椿の討論】
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「ねぇ、お兄様は向こうではどんな?」
目の前の長い黒髪の美少女はあどけない笑顔で僕の顔をのぞきこむ。
彼女の着ているタンクトップは首周りが大きく開いているせいか、胸元がかなり見えるというかモロにブラチラしていて、僕は目線を悟られないように誤魔化すのに必死だった。
「ああ、うん。人気者だよ」
普通、女子高生ってもっと警戒心が強い印象あるけど……いやこれはもしかして誘っているのか? いやいやいや。落ち着け、自分。
彼女の問いになんとか答えてはいるけれど、会話にちゃんと集中出来ていないせいで、どの話もあまり長くは続かない。まずいな、と思っていた矢先。
「さっきからあの……」
突然、彼女が話題を変えた。
だ、だよね。不自然だよね。僕は男子高出身なんでこういうの慣れてなくて、とか、言い訳を先に考えていると。
「お暑いですか? お飲み物などお持ちいたしましょうか」
この子、すごいいい子だ。天使だ。邪心のかけらもない。
とてもタニやんの妹とは思えない。
母屋へ行きますね、と立ち上がった彼女と一緒に、僕も立ち上がる。ついでに僕はトイレへ行こうと思って。
僕が通されたこの離れにはトイレがないのだ。
離れと母屋とをつなぐ渡り廊下は、老舗旅館で温泉が遠いときに延々と歩かされる通路みたいに妙に長く殺風景で、灯りもところどころに裸電球が点いているだけの薄暗さ。
不思議な空間だった。
「ごめんなさい、暗いでしょ。あの離れはお兄様しか使ってないから、いろいろと手付かずで」
「いえ、なんか……お、趣きがありますよね」
「うふふ。優しい方ですのね」
美少女にそんな風に笑いかけられてゆるみかけた頬が、ぎゅっと凍りつく。
渡り廊下の窓から見える樹に、ふと目が止まってしまったのだ。
そんな僕に気付いた彼女は窓を開ける。
コの字型の広い屋敷に囲まれるように作られた池付きの中庭。そこには目を引く樹が三本、寄り添うように立っている。
「先祖代々伝わる守り神の樹なんです。右から桜、梅、そして椿……今は夏ですから花はつけてはいませんが、咲く季節には綺麗ですのよ」
僕が目を留めた理由はそういうことではなかったのだが、僕に笑顔を見せる彼女の後ろ、庭の向こうの蔵のあたりに小さな光がふっと点いて消えたのに気付いた僕は慌てて母屋の方を指差した。
「あ、あとで見ますっ」
「あらすみません。トイレでしたよね」
彼女ははにかみながら渡り廊下を足早に進み、トイレを教えてくれてから台所へと向かう。
トイレに入り、ドアを閉めて一人になったことで僕の中に恐怖がまたぶり返してくる。
あの樹々……気持ちを落ち着けようと深呼吸を一つ。どうしてこうなったんだ……そう、あれは夏休みまであと少しという前期試験の最終日……タニやんが僕にもちかけてきた話がきっかけだった。
タニやんが田舎の大金持ちの跡取りらしいというのは噂でなんとなく聞いていた。
でもあいつはいつも貧乏で「実家から仕送りきたら返すから」というのを口癖にしてはしょっちゅう人にたかっていたから、僕は跡取りとかいう話はタニやんの嘘だと思っていた。
それでも僕がタニやんとつるんでいたのは料理上手だったからだ。
僕の親戚は農家をやっていて、しょっちゅう送ってきてくれるダンボールには、一人では食べきれない量の野菜や米が詰まっていた。それを消費するのに困っているという話をどこからか聞きつけてやってきたあいつは、それを上手に料理した。
自分で作るのとはまるで違う。どうやったらこんなに上手に作れるのか、と聞くと、美味いものを食ってきたからだよ、と答える。他の連中はそれを嫌味として取っていたが、僕は「そうなんだろうな」と素直に受け止めた。だって、実際にタニやんの料理は美味いんだ。
そんなこんなで週の半分は一緒に飯を食べるという日々がいつの間にか当たり前のようになっていた。
「夏休みの予定ってもう決まってる?」
カリフラワーとオクラのパスタを頬張りながら、タニやんが僕にたずねたのは、そんないつもと変わらない夕飯の時だった。
「実家に帰ろうと思ってるよ」
「ふーん……なあ、その前後さ、どっちかうちに来ない?」
「うちって……タニやんの?」
「実家。次期当主としては顔出さないわけにはいかなくてさ。でもちょっと一人だと色々アレでさぁ……手伝ってほしいんだ」
「手伝う?」
「大学での様子とか、夜遊びせずに真面目にやってるとか、そういうのを君みたいな信頼できそうな人の口から言ってほしいんだよ」
僕が信頼できそうかどうかはともかくとして、僕の実家とタニやんの実家が隣県だったのもあり、僕は彼の話に乗ることにした。
彼の家の最寄り駅で待ち合わせた時、タニやんが普段見ないようなスーツを着ていたり、迎えの車が来たり、むちゃくちゃ美人の妹が居たりと、僕は驚きっぱなしだったんだけど……。
「悪いな。妹のやつ都会の生活ってヤツに興味深々でさ。ひきつけておいて欲しいんだ」
タニやんがそう言い出したのは、日が暮れかかった頃だった。
彼が株で失敗して作った借金を返すのに実家にある骨董品が必要で、そのためには親が寝静まった深夜にこっそり動きたいんだけれど、外での話を聞きたがっている夜更かしの妹がつきまとうのが邪魔だと。
それで彼自身は地元の友人と呑みに行くということにしておいて、その間、僕が代わりに彼女とずっと話し込んでおき、その隙に……という作戦。
タニやんの妹があまりにも可愛いかったので、良くないことだとは理解しつつも引き受けてしまった。
とはいえ、まだ日も暮れきっていないというのに、僕のこのグダグダっぷり。とてもじゃないが夜中まで彼女を引き止めておける自信はない。
どうしたものか……なにか良い話題でもないもんかな……。
どこかでしゃべり声が聞こえた気がして、僕はハッとしてトイレを出た。
あまり長いと大きい方かって思われても恥ずかしいし。
トイレからさっきの渡り廊下の端までは、誰にも会わずに戻ってこれた。
僕は足を止める。
そうだった。こっちの問題もあったんだ。
ああ、足が重い。
妹さん、もう部屋に戻っているかな。出来れば一緒に通り抜けたいな……ああ。最近、視えることなんてほとんどなかったのに……その時、まだ開いたままの窓からだろうか、話し声が聞こえてきた。
トイレで聞こえた声は、この声だったのかも。
きっと耳を塞いでも、聞こえてくるんだろうな……というか、向こうには「気付いていること」を気付かれないようにしなきゃだから、僕は「聞こえていない、聞こえていない」と心の中で何度も繰り返す。
それでもその声は、皮膚に突き刺さるような冷たさとともに僕の内側へと響いた。
『……どう思う?』
『ありゃダメだ。家が滅ぶ』
『もう少し様子を見たらどうだ?』
『来年は二十歳だぞ。もう無理だろう』
『じゃあ、呼ぼうか』
『呼ぶのは構わないが、跡取りはどうするんだ?』
『妹が居る』
『婿を取るのか? まともな婿を選ぶと思うか?』
『あの男はどうだ?』
『あれとつるんでいるようじゃ信用ならん』
『わしは良いと思うがな』
『まあ待て、そこは焦らずともよいだろう。まずは』
『そうだな。まずは呼ぼう』
『呼ぼう』
『じゃあ今夜はここまでにしておこうか』
「あの……」
ひっ、と、情けない声が出てしまった。
「あ、妹さん……すみません、ちょっと考え事をしていたもので……」
彼女は申し訳なさそうな表情になる。ごめん……悪いのは僕なのに。こちらの方こそ申し訳ない。
「あの……ふみさんからお聞きになられたのですか?」
「ふみさん……って、お隣に住んでいらっしゃる叔母さんでしたっけ」
よし。覚えてる覚えてる。決してブラチラで頭がいっぱいだったわけじゃない!
「はい。昔から何かとお世話になっていますのよ。でも、ふみさん、ここの廊下だけは気持ち悪いから近寄りたくない、なんて……あの」
「は、はい」
「私、男の人が怖がりでも、恥ずかしいことだなんて思ったりしませんよ」
そう言うと彼女は両手に持ったペットボトルを片方、僕に手渡し、空いたその手で僕の空いている方の手を握った。
直前まで冷えたペットボトルを持っていたせいか、彼女の手は少し冷たかった。
女子と手をつなぐ、という人生初めての経験にドキドキしてしまった僕は、気がついたら渡り廊下を歩き始めていた。
この空前絶後のモテ期に僕の興奮はとんでもないことになりかけていた……けれど。
そのまま離れのあいつの部屋まで行ってしまえば良かったのに。
つい、また見てしまった。
彼女が窓を閉めるために立ち止まったりしたから……三本の樹それぞれのいくつかの枝の先に、まるで接ぎ木したかのように不自然な角度で人の頭がくっついているのを。
部屋に戻り、彼女とどんな話をしたかあまり覚えていない。今度はブラチラではなく、あの三本の木や、人の頭の方が気になり過ぎてしまって。
彼女はタニやんが戻ってくるまでこの部屋で待つと言って、ずっと話をし続けて……残念なことに、手を出すとかそういう気分には少しもならなかったのは、あの時聞こえたやりとりが頭の片隅にこびりついていたから。
僕らはいつの間にか離れで寝ていた。
夜中、一瞬だけ目が覚めて、近くに彼女の髪の甘いニオイがしたとき、すごく心がときめいたけれど……その途端にあの時視てしまった無数の生首を思い出して……無理やり二度寝した。
翌朝、彼女の悲鳴で目が覚めた。
慌てて部屋を出て渡り廊下へ出ると、彼女が中庭を指差したまま震えていて、その先にはタニやんが居た。
太い枝に首が刺さって、ぶら下がっていた。
あのまま首から下を切り落としたら昨晩見た光景と重なるな、なんてまた思い出してしまった僕は、警察が帰るのと一緒に、逃げるようにタニやんの家を出た。
それから先の話は、知らない。
<終>
目の前の長い黒髪の美少女はあどけない笑顔で僕の顔をのぞきこむ。
彼女の着ているタンクトップは首周りが大きく開いているせいか、胸元がかなり見えるというかモロにブラチラしていて、僕は目線を悟られないように誤魔化すのに必死だった。
「ああ、うん。人気者だよ」
普通、女子高生ってもっと警戒心が強い印象あるけど……いやこれはもしかして誘っているのか? いやいやいや。落ち着け、自分。
彼女の問いになんとか答えてはいるけれど、会話にちゃんと集中出来ていないせいで、どの話もあまり長くは続かない。まずいな、と思っていた矢先。
「さっきからあの……」
突然、彼女が話題を変えた。
だ、だよね。不自然だよね。僕は男子高出身なんでこういうの慣れてなくて、とか、言い訳を先に考えていると。
「お暑いですか? お飲み物などお持ちいたしましょうか」
この子、すごいいい子だ。天使だ。邪心のかけらもない。
とてもタニやんの妹とは思えない。
母屋へ行きますね、と立ち上がった彼女と一緒に、僕も立ち上がる。ついでに僕はトイレへ行こうと思って。
僕が通されたこの離れにはトイレがないのだ。
離れと母屋とをつなぐ渡り廊下は、老舗旅館で温泉が遠いときに延々と歩かされる通路みたいに妙に長く殺風景で、灯りもところどころに裸電球が点いているだけの薄暗さ。
不思議な空間だった。
「ごめんなさい、暗いでしょ。あの離れはお兄様しか使ってないから、いろいろと手付かずで」
「いえ、なんか……お、趣きがありますよね」
「うふふ。優しい方ですのね」
美少女にそんな風に笑いかけられてゆるみかけた頬が、ぎゅっと凍りつく。
渡り廊下の窓から見える樹に、ふと目が止まってしまったのだ。
そんな僕に気付いた彼女は窓を開ける。
コの字型の広い屋敷に囲まれるように作られた池付きの中庭。そこには目を引く樹が三本、寄り添うように立っている。
「先祖代々伝わる守り神の樹なんです。右から桜、梅、そして椿……今は夏ですから花はつけてはいませんが、咲く季節には綺麗ですのよ」
僕が目を留めた理由はそういうことではなかったのだが、僕に笑顔を見せる彼女の後ろ、庭の向こうの蔵のあたりに小さな光がふっと点いて消えたのに気付いた僕は慌てて母屋の方を指差した。
「あ、あとで見ますっ」
「あらすみません。トイレでしたよね」
彼女ははにかみながら渡り廊下を足早に進み、トイレを教えてくれてから台所へと向かう。
トイレに入り、ドアを閉めて一人になったことで僕の中に恐怖がまたぶり返してくる。
あの樹々……気持ちを落ち着けようと深呼吸を一つ。どうしてこうなったんだ……そう、あれは夏休みまであと少しという前期試験の最終日……タニやんが僕にもちかけてきた話がきっかけだった。
タニやんが田舎の大金持ちの跡取りらしいというのは噂でなんとなく聞いていた。
でもあいつはいつも貧乏で「実家から仕送りきたら返すから」というのを口癖にしてはしょっちゅう人にたかっていたから、僕は跡取りとかいう話はタニやんの嘘だと思っていた。
それでも僕がタニやんとつるんでいたのは料理上手だったからだ。
僕の親戚は農家をやっていて、しょっちゅう送ってきてくれるダンボールには、一人では食べきれない量の野菜や米が詰まっていた。それを消費するのに困っているという話をどこからか聞きつけてやってきたあいつは、それを上手に料理した。
自分で作るのとはまるで違う。どうやったらこんなに上手に作れるのか、と聞くと、美味いものを食ってきたからだよ、と答える。他の連中はそれを嫌味として取っていたが、僕は「そうなんだろうな」と素直に受け止めた。だって、実際にタニやんの料理は美味いんだ。
そんなこんなで週の半分は一緒に飯を食べるという日々がいつの間にか当たり前のようになっていた。
「夏休みの予定ってもう決まってる?」
カリフラワーとオクラのパスタを頬張りながら、タニやんが僕にたずねたのは、そんないつもと変わらない夕飯の時だった。
「実家に帰ろうと思ってるよ」
「ふーん……なあ、その前後さ、どっちかうちに来ない?」
「うちって……タニやんの?」
「実家。次期当主としては顔出さないわけにはいかなくてさ。でもちょっと一人だと色々アレでさぁ……手伝ってほしいんだ」
「手伝う?」
「大学での様子とか、夜遊びせずに真面目にやってるとか、そういうのを君みたいな信頼できそうな人の口から言ってほしいんだよ」
僕が信頼できそうかどうかはともかくとして、僕の実家とタニやんの実家が隣県だったのもあり、僕は彼の話に乗ることにした。
彼の家の最寄り駅で待ち合わせた時、タニやんが普段見ないようなスーツを着ていたり、迎えの車が来たり、むちゃくちゃ美人の妹が居たりと、僕は驚きっぱなしだったんだけど……。
「悪いな。妹のやつ都会の生活ってヤツに興味深々でさ。ひきつけておいて欲しいんだ」
タニやんがそう言い出したのは、日が暮れかかった頃だった。
彼が株で失敗して作った借金を返すのに実家にある骨董品が必要で、そのためには親が寝静まった深夜にこっそり動きたいんだけれど、外での話を聞きたがっている夜更かしの妹がつきまとうのが邪魔だと。
それで彼自身は地元の友人と呑みに行くということにしておいて、その間、僕が代わりに彼女とずっと話し込んでおき、その隙に……という作戦。
タニやんの妹があまりにも可愛いかったので、良くないことだとは理解しつつも引き受けてしまった。
とはいえ、まだ日も暮れきっていないというのに、僕のこのグダグダっぷり。とてもじゃないが夜中まで彼女を引き止めておける自信はない。
どうしたものか……なにか良い話題でもないもんかな……。
どこかでしゃべり声が聞こえた気がして、僕はハッとしてトイレを出た。
あまり長いと大きい方かって思われても恥ずかしいし。
トイレからさっきの渡り廊下の端までは、誰にも会わずに戻ってこれた。
僕は足を止める。
そうだった。こっちの問題もあったんだ。
ああ、足が重い。
妹さん、もう部屋に戻っているかな。出来れば一緒に通り抜けたいな……ああ。最近、視えることなんてほとんどなかったのに……その時、まだ開いたままの窓からだろうか、話し声が聞こえてきた。
トイレで聞こえた声は、この声だったのかも。
きっと耳を塞いでも、聞こえてくるんだろうな……というか、向こうには「気付いていること」を気付かれないようにしなきゃだから、僕は「聞こえていない、聞こえていない」と心の中で何度も繰り返す。
それでもその声は、皮膚に突き刺さるような冷たさとともに僕の内側へと響いた。
『……どう思う?』
『ありゃダメだ。家が滅ぶ』
『もう少し様子を見たらどうだ?』
『来年は二十歳だぞ。もう無理だろう』
『じゃあ、呼ぼうか』
『呼ぶのは構わないが、跡取りはどうするんだ?』
『妹が居る』
『婿を取るのか? まともな婿を選ぶと思うか?』
『あの男はどうだ?』
『あれとつるんでいるようじゃ信用ならん』
『わしは良いと思うがな』
『まあ待て、そこは焦らずともよいだろう。まずは』
『そうだな。まずは呼ぼう』
『呼ぼう』
『じゃあ今夜はここまでにしておこうか』
「あの……」
ひっ、と、情けない声が出てしまった。
「あ、妹さん……すみません、ちょっと考え事をしていたもので……」
彼女は申し訳なさそうな表情になる。ごめん……悪いのは僕なのに。こちらの方こそ申し訳ない。
「あの……ふみさんからお聞きになられたのですか?」
「ふみさん……って、お隣に住んでいらっしゃる叔母さんでしたっけ」
よし。覚えてる覚えてる。決してブラチラで頭がいっぱいだったわけじゃない!
「はい。昔から何かとお世話になっていますのよ。でも、ふみさん、ここの廊下だけは気持ち悪いから近寄りたくない、なんて……あの」
「は、はい」
「私、男の人が怖がりでも、恥ずかしいことだなんて思ったりしませんよ」
そう言うと彼女は両手に持ったペットボトルを片方、僕に手渡し、空いたその手で僕の空いている方の手を握った。
直前まで冷えたペットボトルを持っていたせいか、彼女の手は少し冷たかった。
女子と手をつなぐ、という人生初めての経験にドキドキしてしまった僕は、気がついたら渡り廊下を歩き始めていた。
この空前絶後のモテ期に僕の興奮はとんでもないことになりかけていた……けれど。
そのまま離れのあいつの部屋まで行ってしまえば良かったのに。
つい、また見てしまった。
彼女が窓を閉めるために立ち止まったりしたから……三本の樹それぞれのいくつかの枝の先に、まるで接ぎ木したかのように不自然な角度で人の頭がくっついているのを。
部屋に戻り、彼女とどんな話をしたかあまり覚えていない。今度はブラチラではなく、あの三本の木や、人の頭の方が気になり過ぎてしまって。
彼女はタニやんが戻ってくるまでこの部屋で待つと言って、ずっと話をし続けて……残念なことに、手を出すとかそういう気分には少しもならなかったのは、あの時聞こえたやりとりが頭の片隅にこびりついていたから。
僕らはいつの間にか離れで寝ていた。
夜中、一瞬だけ目が覚めて、近くに彼女の髪の甘いニオイがしたとき、すごく心がときめいたけれど……その途端にあの時視てしまった無数の生首を思い出して……無理やり二度寝した。
翌朝、彼女の悲鳴で目が覚めた。
慌てて部屋を出て渡り廊下へ出ると、彼女が中庭を指差したまま震えていて、その先にはタニやんが居た。
太い枝に首が刺さって、ぶら下がっていた。
あのまま首から下を切り落としたら昨晩見た光景と重なるな、なんてまた思い出してしまった僕は、警察が帰るのと一緒に、逃げるようにタニやんの家を出た。
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