異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう

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#101 綱渡り

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子豚ポルチェールム! やめなッ! リテルさんには手を出すんじゃないよッ!」

 ラーナの声が響いてすぐに巨体は急停止する。
 脂肪の層はぶ厚いが、きっとその下にはしっかりと筋肉がついているのだろう。

子豚ポルチェールム! 先に地下牢に降りてなッ! アンタのオモチャで遊んでいなッ!」

 子豚ポルチェールムと呼ばれた巨漢は狭そうに階段を降りてゆく。
 やっと開けた視界、その廊下に灯り箱ランテルナを持つラーナと、全裸のディナ先輩を抱きかかえるウェスさん。
 いや、ディナ先輩は全裸ではない。
 首輪を二つほどはめられている――微妙にデザインは違うものの、こういう局面からは恐らく『魔法封印の首輪』の類いと見て間違いないだろう。
 二つあるから、もう一つは別の魔法がかけられている魔法品の可能性もあるけれど。

「大丈夫。本当に昏睡している。もっと近くで見つめても切りつけられたりしないから」

 ウェスさんが俺に微笑む。
 なるほど。そういう距離感でいろ、と。

「……本当に?」

 「少し緊張した」感じで尋ねてみる。

「なるほど。リテルさんはウェスさんと関係を持ちながらもそのような懸想をお抱えでしたのですね」

 ラーナが不敵に微笑む。

「い、いや、俺は……別に……」

 「わずかに動揺」を、表情と動きと偽装の渦イルージオとへ乗せる。

「興味をお持ちではございませんでしたか?」

 背後からのその声に、「驚いた」ように振る舞う。
 『偽装魔力微感知』の片方では、この声の主が俺が居た部屋より出て背後から近づいてきていたのはわかっていたので、タイミングを合わせやすかった。

「いっ、いつの間に……」

 「うろたえ」ながら声の方へと振り返り、その姿を見る。
 ラーナと同じメイド服を着た、褐色肌に黒いストレートの短髪美少女。
 体型的にはスレンダーなので女装美少年という可能性もあるが、とにかくこれで地下牢に居た一人以外の寿命の渦コスモスについては本人確認ができた――もちろん、俺がまだ感知できていない他の存在の可能性は捨てずにおくが。
 大事なのは、閉じていた扉を開ける音がしなかったこと。
 それでいて今、声を出せているということは、消音系の魔法効果を自在に操れる可能性があるということか。

「その者はピスシス。私同様に、処刑人エクセキュートレス様の使用人ですよ」

 処刑人エクセキュートレス様、というのがディナ先輩に取って代わろうと画策した人物か。
 なんちゅう名前だ。強さとか残忍さを与えたいのならば中二病臭さを感じるし、さもなくばそういう言動によって周囲からそう呼ばれるに至ったのか。
 加えてこの場に姿を見せていないということは用心深いのだろう。
 だとしたら早急にせっつくのは愚かか――いや、「俺」のキャラ設定としては多少愚かでも良いのか――だとしても、愚か過ぎれば相手にもしてもらえないだろう。

「魔女様の御用聞きの新しい認定証は、処刑人エクセキュートレス様へお渡しください」

 ウェスさんは俺に向かってそう言うと、ディナ先輩を抱えたまま地下牢へ続く石階段を降り始める。
 ラーナもその直後に続く。
 なるほど。「認定証」ね。
 カエルレウム師匠は寄らずの森に居を構え、「居付き」魔術師として異門ポールタから出てきた魔物の対処を担っている。
 「居付き」はその土地を収める権力者の部下というわけではなく、権力者からの待遇が悪ければ去っても良いのだと聞いている。
 そのため権力者から「居付き」に対して、衣食住に必要な物資、研究や魔法使用に必要となる魔石クリスタロなどが定期的に送られる。危険手当を含んだお給料的な支援として。
 この支援物資の手配については、「居付き」側からの細かなニーズもあるため、特定の業者が請け負っている――それが現在はディナ先輩なのだ、という前情報はディナ先輩からも聞いている。
 もちろん権力者――クスフォード虹爵イーリス・クラティア様からは、業者に対してそれなりの資材調達資金が提供されているらしく、今回の処刑人エクセキュートレスとやらの企みは、この既得権益と、さらにはディナ先輩が支配する娼館街の売り上げをかっさらおうということなのだろう。
 もちろん実際には「認定証」というものが物質的に実際に存在するわけではない。
 ただ、カエルレウム師匠とディナ先輩との師弟関係を知らない世間的には、ただ「寄らずの森の魔女様側からクスフォード虹爵様へ業者としてディナを指定した」という情報しか広まっていいないため、居付き魔女と業者との間に「認定証」が存在すると言われても信じるしかないわけだ。

「わかった。渡す場所はこちらか?」

 俺も地下牢へと降りかける。
 誰も止めない。
 まさか地下牢で待っている一人というのが処刑人エクセキュートレス様?
 でもそれにしてはその地下の人は寿命の渦コスモスが随分と弱っている。
 突然立ち止まり、後ろを振り返る。
 予想通りすぐ背後に居たピスシスと目が合う。
 足音はずっと聞こえなかった。
 会話ができるということは、消音をこまめにオンオフできるのか?
 それとも手足の先だけ消音しているのか?
 なんて分析しながらも、表情と偽装の渦イルージオには「ぎょっとした」感じを出してから、「愛想笑い」をする。

「その、足音を立てない歩き方、教えてもらえたりするか? 森での狩りに役立ちそうだ」

 無言に無表情。

「無愛想だな」

 そう言い捨てると俺は再び階下へと向き、階段を降りる。
 うまくキャラが作れているか、ブレてないかが心配だが、余計な感情は偽装の渦イルージオには出さない。
 しかし相変わらず歩きにくい階段だ。
 それぞれの段の幅が一定じゃないから――前にここを降りたときは、監禁されたんだっけ。
 降りきった階段がぶつかる通路を右――あのときと同じ。
 外側からガッチリかんぬきがかけられる、あの地下牢。重たい扉は今は開いてるけれど。

 ウェスさんたちは何の躊躇ちゅうちょもなく入ってゆく。
 俺も続く。
 ピスシスも続けて入ってきたが、そのとき軽々と扉を閉めた。
 筋力をアップする魔法でも使っているのか。消音に筋力アップも含めると、これだけ長い時間の魔法使用はけっこうな魔法代償プレチウム量になるだろうな、などと術者目線で考えてしまう。

 扉の向こう側には人の気配はない。
 閂がついているのは外側だから、いざとなれば開けられなくもないと想定しても良いのかな?
 だがそれよりも気になることがこの地下牢にはあった。
 地下牢の奥の壁にあった手錠に、ほぼ全裸の女性が捕まっている。
 その手前にはズボンを膝まで下げて尻丸出しの子豚ポルチェールム
 俺たちが降りる直前までナニをしていたのかは一目瞭然だった。

 心にざわめき立つ怒りや嫌悪を抑え込む。
 体型からルブルムやレムではないことはすぐに分かったが、これもあのディナ先輩が許可したことなのか?
 念のためにわずかな「驚き」を偽装の渦イルージオへと出してはみるが、その反応に対する周囲からのアクションは特にない。

子豚ポルチェールム、下がれ。その汚いモノをしまえ」

 子豚ポルチェールムはヒザ下までズボンを下げたままでモタモタと地下牢の入口まで戻り、それからズボンを上げる。
 腰紐ではなく、ズボンの上部にボタンがついていて、そのボタンで留めているようだ。
 この子豚ポルチェールムと呼ばれる大男は、ラーナの命令に絶対服従なのだろうか。
 しかも普通ならズボンを上げてから移動しそうなものだが、命令には単純に言葉通りにしか従わないのか?
 だとしたら、攻撃の優先順位はラーナだが、魔法で強化してそうなピスシスも油断ならない。
 もちろん子豚ポルチェールムの物理攻撃力も高そうではあるから油断ならないのは全員ではあるのだけど。

 その間にウェスさんは床へディナ先輩をいったん下ろし、懐から取り出した鍵で捕らえられていた女性の手錠を外す――地面へと崩れ落ちるようにしゃがみ込む女性。
 そのそきにビシャっと湿った音――まさかあの女性は壁に繋がられたまま、トイレ壺さえ与えられずに放置されていたとか?
 光景に気を取られていたが、改めて気にすると臭いが酷い――傭兵宿舎の共同トイレに比べればまだマシだけど。

 ウェスさんはそのまま空いた手錠へ、ディナ先輩の両手を拘束する。
 これ、本当にディナ先輩の計画通りなのか?
 俺はこのまま協力していて大丈夫なのか?
 疑問が多くなると思考が空回りしかける――落ち着け。できることを想定しろ。

「鍵を渡してもらおうか」

 ピスシスがウェスさんへ手を伸ばす。
 ウェスさんは鍵を持ってゆっくりとピスシスの前へと歩き、その伸ばした手の上へ鍵をぶら下げる。

子豚ポルチェールム、その女をあの端へどけろ」

 ラーナの指示と同時にピスシスは手錠の鍵をひったくる。
 子豚ポルチェールムは指示に従う。「その女」とは囚われていた女性。
 暗さゆえにいまだに顔が見えない女性は、入口から離れた部屋の隅へと運ばれ、無造作に置かれる。
 その寿命の渦コスモスはもうかなり弱っている――偽装でなければ、だが。

 一方、ピスシスは鍵をラーナへと渡してから、子豚ポルチェールムと入れ違いにディナ先輩の前へと立った。
 次の瞬間、ピスシスの右手がディナ先輩の左目へとめり込んだ――その眼球を引きずり出す。
 その余りにもの衝撃的な光景に、俺は思わず声を出してしまった。

「な、何をっ」

「本当に意識がないのかどうか、確認する必要があっただけだ」

 ピスシスはその眼球を俺へと投げる。
 手のひらの中に丸い、まだ温もりを失っていないものが収まる。
 どう動いていいのか、どう対応したらいいのかわからないまま、俺は『皮膚硬化』をかけられたみたいに硬直してしまった。
 全くの想定外へのアドリブ力が、俺の弱点なのかも。

「リテル、前にも言ったけれど、こういう世界なの……それとも、私のこと、怖くなった?」

 ウェスさんが俺の手のひらからディナ先輩の眼球をつまみ上げて部屋の端へと放り投げる――フォローはありがたいけれど、信じていいのか?
 俺は取り返しのつかないことをしていないのか?
 戦闘は幾つも経験したし、魔獣も含めて幾つもの命を奪った経験はこの手の中に記憶として残っているが、なんというかこういう感じの残虐さというか文化というか、これは決定的に合わない。

「い、いや、覚悟はしていた、さ」

 声が震えている。
 これは演技ではないが、俺の作ったキャラの「リテル」でもこのくらい「うろたえ」るだろう――ただ、一瞬だが、偽装の渦イルージオへ「うろたえ」を出すのがズレてしまったかもだが――というのをごまかすために「強がり」で偽装の渦イルージオを無理やり上書きする。
 そんな俺の唇へウェスさんの唇が重なる。
 ウェスさんの唇の冷たさに、少しだけ冷静さを取り戻す。
 せっかくだからこの「強がり」の流れを少し続けよう。

処刑人エクセキュートレス様というのは、もしかしてピスシスさんのことなのか?」

「気になりますか?」

 ラーナが笑っているのが伝わってくる。
 この地下牢へ持ち込まれている灯り箱ランテルナは二つ。
 一方はラーナが持っていたものだろうが、両方とも入口のすぐ脇に置いてある。
 目はだいぶ慣れたので、視覚的にも口元が歪んだのが見えた――とはいえ、視覚よりも『偽装魔力微感知』で感じている部分がそこそこ大きい。
 地下に降りてきてから本物の寿命の渦コスモス位置と、ノーマル『魔力感知』側で感じる位置とのズレは随分と減った。
 互いの距離が近いからというのもあるだろうが、もしかしたらその状態を発生させる魔法なり魔法品なりが一階を中心に設定されている可能性もある。
 何にせよ、距離感と位置の判断には慎重さは必須だろう。
 『偽装魔力微感知』の偽装側では今のところズレていないように感じていても、だ。

「新しい馬を買う前に古い馬を潰すのは愚かなことだと俺は思うけどな」

 ディナ先輩への度を越した「確認」行為に対する怒りを、「自分がないがしろにされていることへの怒り」として出してみる。
 何が正解なのかはわからないけれど、最初に決めたキャラのロールプレイに徹しようとすることで冷静さを保つ。

「失礼いたしました。リテルさんを試すような真似をしたことをお詫びさせてください。我らが主、処刑人エクセキュートレス様は用心深いお方なもので」

「用心深さと臆病とは似ているようで違う。信じていいんだよな?」

 テニール兄貴っぽく答えた瞬間、ラーナの背後の壁が突然、崩れた。
 その向こうは光溢れる通路――地下道?
 入口は完全に石壁で防いでいたのだろうか。
 『偽装魔力微感知』では気付けなかった――閂のついた入口には、小さな覗き穴が付いているので『魔力感知』系は通過できるが、ああやってうまく塞げば至近でも隠れられるのか。
 屋外ならば困難でも建物の中だとそういう準備もできるか――なんてお勉強している暇は今はない。
 あいつ、この期に及んでまだ隠れているから。

「お待たせしたようだね」

 若い男の声。
 あの通路から、後光を背負って登場した人影は、寿命の渦コスモスのない、しかもわずかに透けた姿。
 そのうえ仮面を着けている。
 こいつ、どれだけ。

「僕が処刑人エクセキュートレスだ、リテルさん。ウェスさんにも初めまして、ではあるけれど」

 ウェスさんが片膝をつくお辞儀をしたので、俺も慌ててそれに倣ってお辞儀をする。
 そして立ち上がる。

「礼は尽くした。透けている、存在するかどうかも分からぬ幻相手にでもね。だが、そちらはあくまでも礼を尽くすつもりはないようだ。この件は寄らずの森の魔女様へご報告させていただく」

 地下牢の本来の出入り口へと向かうと、ピスシスが立ちはだかる。

「なぜそこに立つ? まともに交渉する気なんてないんだろ? ウェスの協力なしに、自分たちだけでは事態を乗り切るだけの実力もないということだろう? 後継者はウェスだと報告する」

 ピスシスが俺の顔めがけて手刀を繰り出す――のを避けつつ、その顔面にカウンターで拳をぶち込む。魔法はなしで。
 だがピスシスは妙な手応えで衝撃を減らしやがった。
 効果時間の長い魔法をどんだけかけてるというのだろうか。

子豚ポルチェールム、リテルを押さえつけろ」

 ラーナ子豚ポルチェールムとに一瞬気を取られた隙にピスシスが俺の懐に潜り込む。まるでラビツみたいに、深く。
 だがそのラビツとの気配シーニュム組み手のおかげで対処できる。
 右膝を突き出しつつ左手でピスシスの髪の毛をつかむ――が、短髪がゆえにすり抜け――いや、髪に油を塗っているのか?
 そこへ地下室らしからぬ突風――消費命パーの集中を感じたからラーナの魔法だろう――その風に対し、反射的に踏ん張った所へ、右肩に強い衝撃。
 子豚ポルチェールムに捕まったか。
 地面へと仰向けに引き倒され、子豚ポルチェールムにマウントポジションを取られた。
 ラーナはさらに消費命パーを二回も集中する。
 集中速度はマドハトのゴブリン魔法以外の魔法くらいなので一対一ならばなんとかなるかもだが、三人に連携されると厳しい――そんな実力だからこそ、ディナ先輩の行動を封じるのが前提条件だったのかな。

 そしてラーナの唱えた呪文の効果はすぐに分かった。
 頭を上げようとした俺の後頭部が突っ張ったから。
 俺の肩甲骨と肩、それから後頭部が強力な接着剤に貼り付けられたみたいに、床にべったり。
 服は破けば抜けられなくもないが、後頭部の髪の毛はなんとかしないとだ。

 ウェスも同様に壁に貼り付いているっぽい――子豚ポルチェールムのデカい図体のせいで死角だが、壁に貼り付いた位置から動く気配がない。
 しかしこの接着効果、『大笑いのぬかるみ』でなんとかなったりしないかな?

子豚ポルチェールム、リテルの腰紐を解け」

 おいおい。マジか。
 そういう趣味は――ってわけじゃないというのは、すぐにわかった。
 子豚ポルチェールムが腰紐を解くと、ピスシスが近寄ってきて俺のズボンの中から小さな金属製の筒を取り出したから。

「まともに交渉する気がないのはどちらかな。あたしは見たよ。ウェスが股ぐらからこれを取り出してお前に渡すのを」

 見られていたのか。
 実際、ピスシスの言う通りだった。
 さっきウェスさんに押し倒されたとき、とんでもない所からこの筒を取り出して、俺の股間の間に隠したのだ。
 何の打ち合わせもなく突然渡されはしたが、旅立ち前にウェスさんからもらったのと全く同じ筒だったから俺はすぐに察してそれを服の下に隠した――つもりだったんだけどな。
 もしかしたら、部屋の中で感じた寿命の渦コスモスが囮で、そちらとは真逆の場所に監視用の魔法品とか隠してあったのかも。
 なんにせよ、ここまで来たらキャラを通すしかない。

「事前に信用させるものを提供いただけなかったからね、最低限の自衛手段だよ。実際、処刑人エクセキュートレス様の存在は明らかにしていただけなかった。こちらは交渉を切り上げるつもりだったから、自衛手段を使わずに退出しようとしただろう?」

「詭弁だね。僕がその場に現れていたら使っていたんだろう? 僕はそれを報告されたからこうしてホログラムでの登場を決めたんだよ」

 ホログラム?
 今の、日本語だった?
 カタカナ英語発音の「ホログラム」。
 だとしたら、処刑人エクセキュートレス様ってのは俺と同じ様な転生者?
 すぐに脳裏には「だから?」という思考が浮かぶ。
 転生者かどうか、生粋のホルトゥス人かどうか、ってのは関係ない。
 俺の大事な人たちを守り、悪党には容赦しない。
 例えそれが同郷の者であったとしても。

「済まない、リテル。私が慎重になり過ぎて、相手に不信感を抱かせてしまった。私の失敗だ」

 ウェスさんは壁に貼り付いたまま。
 寿命の渦コスモスから感じるのは、腰から下はいつでも動かせるようにしていること――となるとこの強力接着の効果範囲は平面で、面積はさほど広くなさげ。
 実際、マウントポジションを取っている子豚ポルチェールムの両膝は床に貼り付いてなさげだし。
 ぬかるみを解除に使った場合、範囲的にはぬかるみならこの部屋の大部分は覆えるが、その後の自分の行動にも制限が出るだろうし、あからさまに魔術師ですよと公言するようなものだし。
 傭兵のテルと俺が同一人物という情報を向こうがまだ入手していない可能性に賭けるなら、範囲を途中で曲げて壁も含めて『大笑いのぬかるみ』を発動してみたい欲求は我慢しなきゃ。
 それに子豚ポルチェールムはまだ俺の腰紐を解いただけ。
 まだ攻撃されていないということは、交渉は継続中とみてよいだろう。
 落ち着いて探れ。
 ディナ先輩の怪我も心配だし、それ以前に戦局的には圧倒的に不利な状況。
 俺の言動一つで崩れてはいけないバランスが簡単に崩壊しかねない。
 ディナ先輩が俺を信じてくれて、あのような状態であるというのであれば、俺はどんな綱渡りでも渡ってみせる。

「とはいえ、俺たちの目玉がえぐられていないってことは、まだ交渉するつもりはあるんだろ? こちらは自衛手段を奪われたわけだし、みっともなく貼り付いているわけだし、ディナをもう裏切っているわけだし、圧倒的にそちらが有利な条件だと思うが」

「さっきまでの怯えた田舎者が、突然随分と切れ者になるじゃないか。しかもホログラムにすぐに気づくとはね」

「ホロなんだって?」

「知った所で無意味だよ。僕はね、勘の良い村人は嫌いなんだ。だから君も『ロボトミー』の餌食にしてあげるから」

 ロボトミーって、聞いたことあるな。
 感情を失くす手術だっけ?
 「も」ってことは子豚ポルチェールムもってことか?

「ロボト……ミ? 魔物か?」

 一回、ボケてみる。

「君に説明してもわからないさ。安心しなよ。ディナもウェスも『ロボトミー』で僕の玩具にしてあげるから」

 転生者っぽくはあるが話は通じなさげなタイプだな。
 性格は最悪だが、あの慎重さは逆に手の遅さにつながっていて、反撃の機会を探るならそこか。
 今こっそり集中した偽装消費命ニール・ヴィーデオには気付いているのか?

「さては魔法か? 俺に何かあったら、寄らずの森の魔女様はお気づきになるぞ?」

 もう少し牽制してみる。

「大丈夫さ。君の命が奪われるわけでもないし、君の外側はそのままだし、ちょっと脳を弄って僕に従順になってもらうだけだから」

 『ロボトミー(仮)』魔法の仕様がだいたい見えてきたな。
 ぺらぺら喋ってくれるのが油断してくれているからだったらありがたいけど。
 ちょっと試してみたいこともあるが、あいつに逃げられたくはない。
 ディナ先輩が本気で体を張っているのだとしたら、それはあいつを引きずり出すためだろうから、俺の判断で暴走してあいつを逃すのだけはしちゃいけない。
 絶対にここまで来ないであろうあいつに、あの手段が通じるかどうかはわからないが、この状況で仕掛けなければ物理攻撃で気を失わされかねない。
 それだけは避けなきゃだよ。これはリテルの体なのだから。
 まずは、対タール戦での教訓から作った魔法を試しに発動してみる――本当に気付かれていないか?

「ははは。この子豚ポルチェールムみたいにしようってのかい? だがこいつは全く喋れないじゃないか。魔女様に教えていただいた暗号を俺が口にしなければすぐにバレるぞ?」

 暗号そんなもんなんてないけどな。

「フッ、ばーかめ! 暗号があったのか、自分でもらすとか本当にバカだな! おい、子豚ポルチェールム! 処刑人エクセキュートレス様、バンザイと叫べ!」

 また日本語。バンザイはそれに相当する言葉がホルトゥスでは聞いたことがない。
 そしてマウント取るのが好きなタイプ、と。

処刑人エクセキュートレス様、バンザイ!」

子豚ポルチェールムラーナを殴れ! リテルの命令以外はもう聞くな!」

 まず作戦その一、『声真似』で、ラーナの声を再現してみた。
 おっ、子豚ポルチェールムは即座に俺の上から立ち上がり、ラーナへと飛びかかった。
 えげつない殴打音が数発聞こえた後、布を裂く音。
 ラーナは意識を失ったのか、まるで声を立てない。
 今のうちに『時間切れ』を自分にかけ、『声真似』を強制終了させる。

「お前ッ! 今、何をッ!」

 ピスシスが短剣を抜き、俺の方へと走る――のかと思いきや、子豚ポルチェールムに飛びかかった。

子豚ポルチェールムッ! 襲うな! ラーナを犯すなッ!」

 ピスシスの悲壮な声、そして俺たちがこの地下牢にさっき到着していたときの子豚ポルチェールムの様子から、このクソ巨漢がそもそもどういう人物だったのか、なぜ『ロボトミー(仮)』などという非人道的な魔法の餌食となったのかが一瞬で理解できる。
 短剣が何度か肉に突き刺さる音――恐らく子豚ポルチェールムに。
 だが子豚ポルチェールムラーナの服を剥ぎ取り続け、そして足を持ち上げたのが横目に見えた。

子豚ポルチェールムッ! 先にピスシスを殴れッ!」

 リテル本来の声で次の命令をすると、ラーナは解放され、今度はピスシスの「うっ」という声が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
 敵を倒すために情けはかけない。だが、手段としてディナ先輩が傷つけられたときのような方法は絶対に許さない。
 殺すときでも俺は紳士を手放さない。

「村人ッ! テメェ! 魔法を使えたのかよ? 騙したなッ?」

 処刑人エクセキュートレスの、明らかに動揺している声。
 偽装消費命ニール・ヴィーデオを探知できているわけじゃなさそうだし、さっきの『時間切れ』が偶然にも強力接着魔法をも解除していたことにも気付かれていなさげ。
 というか『時間切れ』、複数の魔法相手に効くのか、けっこう万能だな――だがここで偽装消費命ニール・ヴィーデオでもう一度、『声真似』を使う。

「いや、ただ動物の鳴き声を真似するのが得意なだけさ。狩人だからな」

 処刑人エクセキュートレスの声で。さらに続ける。

「おい、子豚ポルチェールム! 俺を殴ってみろ!」

 子豚ポルチェールムピスシスを殴りつけ、服の剥ぎ取りに執心中。
 処刑人エクセキュートレスの声だけは特別に命令上書きできる、というわけでもなさげ。
 再び偽装消費命ニール・ヴィーデオで『時間切れ』をかける――これ、面倒だな。後で何度でも声を変えられる『声真似・改』みたいなのを作っておこう。

「おい、子豚ポルチェールム! 処刑人エクセキュートレスを殴りつけろッ!」

 リテルの声で、そう言った途端、子豚ポルチェールムは大声で吠えた。
 そして処刑人エクセキュートレスの幻影を突き抜けて、光る通路の向こうへと走ってゆく。下半身は丸出しのままで――走りにくそうな自分のズボンもビリビリと破いて。
 ということは、この通路、処刑人エクセキュートレスの居る場所へ繋がってはいるのか。
 それにピスシスも辱めを受ける手前で間に合ったようだし。
 その陰部が露わになったがゆえに、男性ではないというのが分かる。
 状況を確認しつつも膝を立て、ブーツのかかとに仕込んであった小さなナイフを取り出す。
 幻影は消えた、というよりは、幻影をつなぐ魔法品の前から処刑人エクセキュートレスがどいた、という感じだった。まだうっすらと光に包まれているし。
 なのでまだ「魔法は使えません」というていでいた方が良いかも。
 あの魔法は「自身の姿をあそこに映す」というよりは、「この場所と処刑人エクセキュートレスが居た場所とをつなぐテレビ電話のようなもの」という認識がより正しそうだし。

 ということで、ナイフでシャツを裂き、髪の毛も切ったように見せかけて起き上がる。
 シャツの表側部分で、本当は切っていない「切った髪の毛が貼りつている場所」をさりげなく隠す。
 偽装消費命ニール・ヴィーデオで『思い出せ』という魔法をナイフの先にかける。
 ラーナの脈を見るフリをして首筋にナイフの先端を指すと、ラーナ寿命の渦コスモスが緩慢になる。
 ちゃんと効いている。

 『思い出せ』は、事前に『覚えろ』で暗記させておいた状態を一時的に再現する魔法。
 そして再現した「状態」というのは、ショゴちゃんでの移動中に塗布しておいた「カウダ毒を塗られた状態」。
 マドハトに協力してもらって実験したところ、ナイフの先端に毒を塗って『覚えろ』を発動し、麻痺毒を拭った後で針を刺して『思い出せ』を発動すると、針が麻痺毒塗布状態を思い出し、刺した相手に麻痺毒を及ぼすのだ。
 しかも『思い出せ』の効果時間が過ぎると状態は消えるので、針からは毒が拭われた状態になる。被害者の体内に流れ込んだ毒は消えないというのに。
 このへんの「思い出す」とか「持ってくる」とか「遠回りする」とかいう効果はいまだに不思議ではあるが、そういう思考自体にはもう慣れた。
 しかもその実験のおかげで、マドハトはカウダ毒の麻痺が始まってからでも自力で『カウダ毒の毒消し』を自分にかけて回復できるまでになった――ってのは置いといて。
 ピスシスと、最初に拘束されていた女性にも同様に首から「カウダ毒」を注入していただく。
 もちろん、周囲に散らばっている布地で各々の最低限の部分くらいは隠して差し上げたうえで。

 ふと、拘束されていた女性がロズさんだと気づく。
 ロズさんは、ディナ先輩の管理する娼館幾つかを束ねる中間管理職的娼婦で、そしてエルーシの姉でもある――さっきのウェスさんの言葉を思い出す。
 「こういう世界」だと。
 ディナ先輩は、エルーシのせいでルブルムたちが襲われたことをご存知だし、ギルフォド一・マンクソム一・ニュナム三の共同夜営地が襲撃されたときにエルーシが襲撃側に居たこともご存知だ。
 「責任を取らせなければな」と呟いていたのは覚えている――仕方ないこととはいえ――って、今、そんな感傷に浸っている暇はない。
 次にディナ先輩の目の傷を、服の裾を破って塞ぐ。
 この部屋は汚すぎて、ディナ先輩の眼球を拾ったところで消毒なしに治療というのは困難だし、治療自体にかかる時間も考えると、きっと先にあいつを倒せと、ディナ先輩なら言うはず。
 なので『生命回復』ではなく、普通の「魔法を使えない者にでもできる」応急処置のみに留めた。

 よし。行きます。
 念の為にウェスさんもそのままで、一人、光の通路へと踏み込む。
 例の光テレビ電話魔法はいまだに仄かな光として残っている。どこまで見られているのかはわからないが、その後何も仕掛けられないことを考えると、逃げられたのか?
 ――いや、さっき子豚ポルチェールムの膝に『GPS』を付与した部分は破られずに残っていて、子豚ポルチェールムと一緒に移動している。
 そしてその付近にもう一つ、子豚ポルチェールムではない寿命の渦コスモスを感じる――転生者特有の「∞」の形の寿命の渦コスモスを。
 ただ「∞」というよりは、雪だるまのように片方がかなり小さくなってはいるが――二人は恐らく戦っている。
 急いで駆けつけなければ。子豚ポルチェールムが倒されたら、処刑人エクセキュートレスは逃げ出しかねない。
 俺は偽装の渦イルージオ寿命の渦コスモスを消し込むと、走る速度をさらに上げた。





● 主な登場者

有主ありす利照としてる/リテル
 猿種マンッ、十五歳。リテルの体と記憶、利照としてるの自意識と記憶とを持つ魔術師見習い。レムールのポーとも契約。
 傭兵部隊を勇気除隊し、ウォルラースとタールを倒した。地球の家族へ最初で最後のメッセージを送ったが、その記憶はない。

・プティ
 ロービンからもらったドラコの卵を、リテルが孵して生まれてきた。リテルに懐いている。しらばくは消費命パーが主食。

・ケティ
 リテルの幼馴染の女子。猿種マンッ、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きくリテルとは両想い。
 フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ウォルラースの牙をディナへ届けた。

・ラビツ
 イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種ラタトスクッの兎亜種。
 高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。

・マドハト
 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種アヌビスッの体は最近は丈夫に。
 地球で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊を勇気除隊。現在はプティを預かっている。

・ルブルム
 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種マンッ
 魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。

・アルブム
 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種ラタトスクッの兎亜種。
 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。

・カエルレウム
 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種マンッ
 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。

・ディナ
 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去があった。
 アールヴを母に持ち、猿種マンッを父に持つ。精霊と契約している。現在は何やら意図があってだろうが昏睡中。

・ウェス
 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種カマソッソッ
 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。ディナの館に怪しい連中を招き入れていた。

・タール
 元ギルフォド第一傭兵大隊隊長。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。
 地界クリープタ出身の魔人。種族はナベリウス。『魔動人形』化したネスタエアイン内に居たタールはようやく処理された。

・メリアン
 ディナ先輩が手配した護衛。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種モレクッの半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。現在はギルフォド第一傭兵大隊隊長代理。

・レム
 爬虫種セベクッ。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。砦の兵士を除隊したらしい。

・ウォルラース
 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。金のためならば平気で人を殺すが、とうとう死亡した。
 ダイクの作った盗賊団に一枚噛んでいた。海象種ターサスッの半返り。クラーリンともファウンとも旧知の仲であった。

・ナイト
 初老の馬種エポナッ。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山キタヤマ馬吉ウマキチ
 2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。

・エルーシ
 ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種クヌムッ。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
 共に盗賊団に入団した仲間を失い逃走中だった。使い魔にしたカッツァリーダゴキブリや『発火』で夜襲をかけてきたが、死亡。

・ロズ
 羊種クヌムッの綺麗なお姉さん。娼館街にてディナが管理する複数の娼館を管理している。エルーシの姉。ディナの屋敷の地下牢に囚われていた。

・テニール兄貴
 ストウ村の門番。犬種アヌビスッの男性。リテルにとって素手や武器での近接戦闘を教えてくれる兄貴分。
 フォーリーで領兵をしたのち、傭兵を経て、嫁を連れて故郷へ戻ってきた。実績紋持ち。

・レムール
 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界クリープタに生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。

・ショゴウキ号
 ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車ゥラエダ。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
 板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。

・ドラコ
 古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。リテルはその卵をロービンよりもらった。
 卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償プレチウムを与えられるまで、石のような状態を維持する。

処刑人エクセキュートレス
 恐らく転生者。ディナが管理する寄らずの森の魔女への物資供給や娼館経営等を狙う用心深い人物。この乗っ取りにはウェスが絡んでいるっぽい。

ラーナ
 ディナ邸に居た謎のメイド服な眼鏡美人。緑色の髪の毛はクセっ毛の長髪。処刑人エクセキュートレスの手下。

子豚ポルチェールム
 ディナ邸に居た謎の大男。メリアンをしのぐ巨大だが、だらしない肥満。性のケダモノ。ラーナに命令されたことは何でもこなす。処刑人エクセキュートレスの手下だが、本来は抑圧された欲望を抱いていた様子。

ピスシス
 ディナ邸に居た謎のメイド服スレンダー美少女。褐色肌に黒いストレートの短髪。情け容赦ない。処刑人エクセキュートレスの手下。



■ はみ出しコラム【フォーリー帰還までのリテルの魔法ほか】
※ 用語おさらい
世界の真理ヴェリタス:魔法の元となる思考について、より魔法代償プレチウムが減る思考について「世界の真理ヴェリタスに近づいた」と表現する。物理法則に則った思考をすると世界の真理ヴェリタスとなるようである。その思考自体が同じでも、思考への理解度が浅いと魔法代償プレチウムは増加する。
寿命の渦コスモス:生命体の肉体と魂とをつなげる「寿命」は、生物種毎に一定の形や色、回転を行う。これを寿命の渦コスモスと呼ぶ。兵士や傭兵は気配シーニュムと呼ぶ。
・固有魔法:特定種族に伝わる魔法。魔法を構築するための思考に、その種族ならではの思考が組み込まれており、その種族以外が使おうとすると魔法代償プレチウムを大量に要求されてしまう。

※ 技術おさらい
 魔法使用に関する技術。
・『魔力感知』:範囲内の寿命の渦コスモス消費命パーの流れを感知する。
消費命パー:魔法を発動する際に魔法により要求、消費する魔法代償プレチウムに充てるため、寿命の渦コスモスからごく一部を分けて事前に用意しておいたもの。
偽装の渦イルージオ:本来の自分の寿命の渦コスモスではなく、あえて別の生物種の寿命の渦コスモスや、まるで寿命の渦コスモスが存在しないかのように意図的に寿命の渦コスモスの形を変えて偽装した状態のこと。
偽装消費命ニール・ヴィーデオ消費命パー自体について、その集中から消費までの間、存在しないかのように偽装したもの。魔術師の中においても一般的ではない技術。完全偽装から一部偽装など用途は様々。
・『戦技』:何度も繰り返した体の動きを再現する魔法的効果。消費命パーを消費して魔法を発動するよりも、気配シーニュムを消費して戦技を発動する方が早い。
・『魔力探知機』:『魔力感知』は自分を中心とした円範囲だが、こちらの魔法は細く長く棒状に伸ばした精度の高い『魔力感知』を、自分を中心として回転させ、魚群探知機のように、周囲の気配を探る。利照のオリジナル技術。
・『魔力微感知』:『魔力感知』の扱いに長けると、自分以外の者が『魔力感知』で自分を感知したことに気づけるようになる。それを気取られぬよう感知の感度を低く粗くしたもの。
・『偽装魔力微感知』:そもそも『魔力感知』自体を偽装消費命ニール・ヴィーデオのように偽装したもの。『魔力微感知』程度の出力であればなんとか偽装できるようになった。技術的には、『魔力微感知』と、逆位相の別の『魔力微感知』とを同時に実行している。

※ 利照のオリジナル魔法
・『思い出せ』:『覚えろ』を使用してあることが前提で使う魔法。暗記させた状態を思い出させる。使用方法としては、武器に毒を塗り、『覚えろ』させた状態で、毒を落としても、『思い出せ』をすると毒が塗られた状態を一時的に思い出す。
・『覚えろ』:モノに状態を暗記させる魔法。複数回使用した場合、最後の一つだけを覚えている。
・『GPS』:触れたモノへ、術者にしか聞こえない電子音を、効果時間内に発信し続ける魔法を付与する。術者との距離が近いと電子音の感覚が短くなり、方角は障害物があろうとも維持される。『遠話』の思考を用いているため、距離が離れても魔法代償プレチウムが少ないままで済む。


 また、リテル以外の魔法についても掲載しておく。

● ディナの魔法
・『こだま』:相手が使用した魔法を捕らえて向きを変えて放つ。いわゆるカウンター魔法の一種。魔術は反射できない。そして、反射できる魔法は一定の魔法代償プレチウム以内。この「一定量」については、術者の力量による。ディナの場合、五ディエス以下の魔法まで反射可能。リテルが最初にディナの屋敷を訪れたとき、リテルとの戦闘でウェスが止めなかったら使っていた魔法。
・『風』:ディナはアールヴとして精霊と契約している。アールヴの契約は、生まれたときに精霊が興味を持つと契約してもらえる。複数の精霊と契約するアールヴも少なくないが、ティナは半アールヴなため、者好きな精霊は『風』に属する精霊が一つだけだった。精霊魔法は他の魔法とは異なり、「アールヴの提案」→「精霊の承認」→「精霊の行使」→「精霊がアールヴから魔法代償プレチウムを持ってゆく」という流れ。ディナと契約した精霊は、風の刃でものを切り裂くのが得意。

● 一般的な領兵や王国兵の通信兵が習う魔法
・『魔力感知』:魔法ではなく技術。ただし、リテルが使えるレベルに比べたら随分と粗い。
・『警報通知』:事前に設定しておいた魔法品へ情報を送る魔法。
・『刃強化』:刃の切れ味や丈夫さを補強するという魔法。
※通信兵は『生命回復』の収められた魔石クリスタロまで所持している。魔法の習得ではなく魔石クリスタロを所持しているのは、味方の被害が甚大だった場合に偵察兵が『生命回復』の使い過ぎで命を落とすことを防止するため。また、『生命回復』は、命を落とさないよう最低限の使用に留めることになっている。

● ドマースの魔法
・『憂鬱な食卓』:ドマースの生い立ちに深く関わる魔術。『憂鬱な食卓』を発動すると、「食卓」が出現。この机を視認した者が魔法効果の対象となる。ただ、初見一発で睡眠が促されるほど状態異常効果は強くはない。「長時間見る」と「自ら見ようとする」という「興味」を「ひとつまみの祝福」として使用している。魔法抵抗が低下するたびに状態異常抵抗判定を行い、失敗すると睡魔に襲われる。この「食卓」は、物理的に存在しているものではないが、ドマース自身はそこにあるように信じているため、突っ伏して眠ることができる。(ドマースはいびきをかく。このいびきが聞こえる+視認できる、が魔法効果範囲)。ちなみに、魔法効果時間は長く、ドマースが寝ている状態ならば、自動的に追加で魔法代償プレチウムを消費し、効果時間を延長する。
※ドマースの生い立ち
 ドマースは貴族の出身で、毎日の学習の成果を発表させられ、彼の不出来を引き合いに自分の上の兄弟たちを褒め称えるそんな食事の場が苦痛でしかなかった。その時の嫌な思いから、逃避行動として睡眠を求めるようになった。ドマースにとって食卓は睡眠の象徴。ドマースはわずかな間、魔術師に弟子入りしていたので、魔法は少し覚えている程度。ただ、彼は「できない子」ではなく、「習得に時間がかかる子」であり「学んでいる途中に他のことが気になっちゃう子」であっただけで、オリジナルの魔法を作る能力は優れていた。
 ドマースの師匠である魔術師は、ちょっと前の戦争で従軍し、戦死。ドマースはそのとき師匠のそばには居らず、後方で『生命回復』の魔石クリスタロを使用する要員として従軍はしていた。
 せっかく助かった命だったが、実家に帰りたくないので、その後は野良魔術師として放浪していた。その過程でヘイヤと組んで多少危ない仕事もこなしていた。
・『癒やしのゆりかご』:寝ている間、負傷が治る。『生命回復』の強化版。魔術。血管や神経などを細かく自動で傷を治すが、治りきるまで目が覚めない。病気は対象外。あくまでも外科的治療。
・『腐臭の居眠り』:死んでいる一塊の肉を「腐らせるもの」を眠らせることで、一回かけると数ホーラ時間から一晩くらいは鮮度を保つ効果がある。助けてもらったお礼にこの魔法をリテルへと教えた。
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