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#95 Hello,world
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自分の肉の中に冷たく重たいモノが入り込んでくるのを感じた。
すぐに気づいた。
剣を突き立てられたのだと。
冷たさと熱さを同時に感じた。
冷たさは剣で、熱さは出血した自分の血の熱か?
消費命の集中などは全く感じられず、純粋に物理的な攻撃。
俺の右膝を切り裂き、骨に達して止まったのが分かる。
痛みの中にゴツッとした振動をも感じられたから。
振りかぶってから振り下ろした剣だとしたら、剣先が風を切る音も聞こえなかった。
足音も。
音を消している?
直後に息苦しさを感じる――呼吸が、できない。
顔面付近の空気が薄くなった感じだし、なんというか眼球が外へ引っ張られる感じもする。
目を閉じてなかったら危なかったんじゃないかと思えるほどに。
でも剣で攻撃できるほどの距離に居るというのなら、消費命を偽装消費命で集中する。
ここいらはウォルラースとファウンの血が一面に広がっているから。
「そういえばそんな魔法を使っていらしたですね」
声は相変わらず向こうからだが、ネスタエアインは確実に近くに居るはず。
というか、『水刃』を発動する前に気づいた。
ネスタエアインの言葉の意味を。
こいつは未来を見てやがるのだ。
そうか。誰も攻撃してこない状況ならば、ちょっと立ち止まって未来を見ることに何の困難も感じないだろう。
さっきの「そんな魔法」が『水刃』のことならば、ネスタエアインは未来を見ている。
待ち構えていて迎撃という考えがそもそも悪手だったのだ。
さっきこの寿命の渦そのものの状態異常を『カウンターイノチ』でしのげた時点で即座に攻撃に移らなければならなかったのだ。
寿命の渦と声とを相変わらず洞窟の入り口から感じるのは、魔法を使えるならそんなに大変なことじゃないだろう。
クラーリンが作った『新たなる生』みたいな幻覚系魔法をタールに会いに行った時に教えているかもしれないのだし。
それに声を「置いてくる」魔法ならけっこう簡単そうにできるような気がするし。
とにかく後手になったが今から攻め続けて行くしかないのか――と体を動かそうとしたが、思った速度では動けてないことに気付く。
魔法を使う際の寿命の渦操作は簡単にできたから『カウンターイノチ』で状態異常を乗り越えられたと思っていたが、肉体を動かすときのこのギクシャクした感じは厄介過ぎる。
「素晴らしい! 初見でそのレベルまで対策を講じられるとは!」
いや、まだまだだ。
『カウンターイノチ』は、この寿命の渦自体を固めてしまう状態異常への対策として作ったが、発生した状態異常に対して合わせに行く。
動こうとしても、いったん阻害されて、その阻害を中和するという流れだから、いったん状態異常が発生しないと対応できないのだ。
根本的な解決ではないのは承知の上だったが、魔法発動はともかく、肉体的なこのビハインドは痛い。
瞼はなんとか開く――ああ、やはりネスタエアインか。
そこまで分かっておきながら、俺はネスタエアインの次の攻撃を回避できなかった。
篝火から伸びた火の鞭が俺の右脚の傷口を焼いたのだ。
これで『生命回復』で治すのが即座には困難になってしまった。
「おやおや。傷口を止血して差し上げたのに、怖い顔をしてらっしゃる」
他の人たちはクラーリン含めて全員、身動きを取れないままっぽい。
援護の期待は出来なさげ。
消費命を偽装消費命で幾つか貯める。
こいつには畳み掛けていくしかない。予知されても避けきれないくらいのコンボで。
「なるほど。なぜコンウォルが『虫の牙』に驚いていたのか、謎が解けました。素晴らしい! まさか『虫の牙』の魔石に、発動魔法を模した罠魔法を被せるとは! 疑わずに使用したならば、これは隙ができてしまうわけですね。実に素晴らしい!」
まさかそこまで把握されるとは。
確かに今のネスタエアインにはゆとりを感じる。『虫の牙』もいつの間にか持っていたし。
俺の打てそうな手が次々に封じられてゆく。
さっきから試してみているが右足の膝から下に力が入らない。
この体勢でこの身体で、予知ができる相手と戦うには――もちろん諦めたりはしないさ。
溜めていた消費命を連続で発動させる。
まずは『遠回りドア』を『魔法転移』で、俺とネスタエアインの間に生成するように。
そして『同じ皮膚・改』を地面に、そのまま『バクレツハッケイ』をネスタエアインの足元から――当然発動前に避けやがるが、そこは織り込み済み。
行動と行動を連続させずに、複数の手を同時進行することで――『遠回りドア』を経由して俺の手を出す。
移動距離を稼げない代わりに直接距離を縮めて魔法で殴る。
「魔動人形」に効果が確認されている『バクレツハッケイ』で。
と同時にネスタエアインの跳んだ先へ『大笑いのぬかるみ』。
これで岩肌にかけた『同じ皮膚・改』が解除される。
「『虫の牙』ッ! 破裂しろッ!」
この叫びはフェイク。そんな魔法は隠していない。
『虫の牙』に罠魔法を仕掛けているのを知ったネスタエアインだからこそ、意識を少しでも逸らせはしないか、と。
怪我を負っていない方の左足で地面を蹴り、『遠回りドア』をくぐり抜ける。
距離を――ネスタエアインの方から縮めてきた。
俺の左肩にはネスタエアインの持つ『虫の牙』がざっくりと刺さる。
そういうことか!
ネスタエアインは地面に降りていない。
そうか。コンウォル――スプリガンの風を操る魔法か。
『虫の牙』を弾くべく消費命を集中しようとした矢先、剣先が俺の身体から離れる。
偽装消費命はかけていたが、未来を見て回避したのか。
タールはどこまで見えているのか。何手先まで。
「リテル君は本当に面白い。何よりその想像力が素晴らしい! 私の見ている短い未来に幾つもの可能性を見せてくださいます!」
そんなセリフを吐かれている間も次へと続ける行動を――離れた剣を追いかけるように前へ。
さっきまでより体が動くようになってきている。
そこへ突風。
俺の体は『遠回りドア』の枠を壊して吹き飛ばされ、洞窟の岩壁へと激突する。
後頭部が熱い。ぶつけて出血したか。
「殺させないでくださいな。生命体を『魔動人形』化する魔法にはある程度の贄が必要になるのです。それも寿命の渦の操作に長けた魂の寿命の渦が。リテル君がウォルラースを殺してしまったせいで、リテル君の寿命の渦で補わなければならないのです。私の体を破壊せざるを得なくなった原因であることにはこの際、目をつぶりましょう。献身によるご協力で謝罪に代えさせてさしあげます」
させるかよ!
岩壁に『倍ぶっ飛ばす』を発動すると、部分的に崩れた。
良かった。この程度で洞窟自体が破壊されたりしなくて。
思考が走っているせいか、論理だけでは間に合わない。
所々は感性でというかぶっつけ本番というか。
崩れて転がった砂利に触れて『見えざる銃』でネスタエアインを次々と撃つ。
ネスタエアインは器用に避ける。
そのうちの一つに『時間切れ』を『接触発動』しておいたが、ネスタエアインはそれだけは『虫の牙』で弾きやがる。
次は、と、そのとき再び突風に叩きつけられる。
「スプリガン以外の体で使うと魔法代償がかさむのですよ。いい加減に現実を受け入れてくだ」
痛みに耐えつつ消費命を偽装消費命で集中している途中だった。
ネスタエアインの声が途中で止まった。
俺の目の前で、ネスタエアインの首が切断されたのだ。クラーリンか?
ともかくこの隙を逃すわけには――と思うのだが体が前へ進まない。
動かない。心に体が追いつかない。
ああそうだ。気が回ってなかった。もっと早くこれを――『カウンターイノチ』をポーへとかけた。
(ウゴク)
ポーに魔法が効くかどうかは試したことはなかったのだけれど、『カウンターイノチ』が発動するや否や、ポーは伸びて、ネスタエアインの体まで届き、集中されかけていた消費命を散らした。
その間に集中した消費命をポーへ預ける――ポーはそれを先端まで運び、ネスタエアインの体に埋め込まれた魔石の位置に触れてくれる。
『倍ぶっ飛ばす』――その魔石はネスタエアインの肉体を突き抜けて飛び出し、岩壁へとぶつかって転がった。
(マダアル)
ポーはそれからさらに二箇所に触れ、俺は『倍ぶっ飛ばす』をもう二回発動した。
『超ぶっ飛ばす』ではなく『倍ぶっ飛ばす』にしたのは、タールが乗り移っているとはいえ仮にもディナ先輩のお母様のお体を必要以上に壊したくはなかったから――だけど、目の前のぬかるみに崩れ落ちてくるくると回っているネスタエアインの『魔動人形』は、申し訳ないくらいにボロボロだった。
いや、まだだ。
ここで油断するなとディナ先輩には散々――その俺の視界に、洞窟の入り口に、どうしてディナ先輩の姿が?
これも幻覚の類いか、それともまさかディナ先輩まで『魔動人形』化された?
でもさっきネスタエアインの首が飛んだのは――違うのか?
動かぬ体の影響を受けたのか、集中力が途切れたのか、思考がまとまらぬうちにディナ先輩そっくりのその存在は俺の近くまで歩いてきた。
そして細身の剣を抜き、その剣先を俺の喉元へと向ける――まるで最初に出会ったあの時のように。
「全く、お前はとんでもないやつだな」
ディナ先輩の声。
念のため必死に消費命を偽装消費命で溜めてある。
「その集中した消費命をどうするつもりだ? 負傷の回復なら変に溜めたりせず使え」
これは従うべきなのか。それとも。
「お前は、ボクがボクだとわからないのか?」
怒っている? でも、ディナ先輩はこういう怒り方をしたっけ?
ああ、でも、俺は怒られるようなことをしているよな。
ディナ先輩は剣を鞘へと戻し、俺の目の前に両膝を着いて中腰になる。
その後、いきなり俺の頭を――抱え込んだ?
「勝手にボクの仇を殺し、ボクにボクの母様の遺体を傷つけさせ、しかもお前まで勝手に母様の遺体を傷つけた。どうしてくれようか、この……」
ディナ先輩の手も、体も、震えている。
「すみま」
「ありがとう。ボク一人では、なし得なかった」
俺が謝罪を言い切る前に、ディナ先輩の手が俺の頭を優しく撫でた。
こんなこと、あるはずがあるか?
まさか幻覚じゃないよね?
「あっ、あの、どうしてここへ」
「お前のお手柄だ。ウォルラースの牙の欠片をケティに届けさせただろう? あの素材を元に本体を探し出す魔法を作り、見つけ出した」
「お、お一人で、ですかっ?」
いくらディナ先輩とはいえ危険過ぎる――って、ディナ先輩が笑いだした?
「お前、本当に……」
ディナ先輩が俺の頭を離し、その両手で俺の頬を両側から挟んだ。
至近距離でじっと俺を見つめている。
「お前は、本当に、ボクをも守る気で……そして本当に守ったのだな」
再びディナ先輩は俺の頭を抱え込む。
ディナ先輩の革鎧が頬にべったりと押し付けられる。
硬い。
しかも脳天の辺りが熱い。
ディナ先輩?
泣いてる?
その後、数ホーラが経過した。
俺の『カウンターイノチ』をベースにディナ先輩が『寿命の渦開放』という魔法を作り、マドハトの症状を回復するのに成功した。
その間に俺はポーに手伝ってもらい、タールが潜んでいる魔石から格納されている汎用消費命を、タールが呪文を使えなくなるくらいにまで奪った。
それらの魔石はディナ先輩へとお渡しし、現在までの状況を説明し始めたのだが、ちょっとしゃべって時間がかかり過ぎることに気付き、ディナ先輩へ『テレパシー』を受け入れていただいた上で、諸々の情報をまるっとお伝えした。
「なるほどな」
そのおかげでグリニーさんとチェッシャーは症状回復の許可が出た。
クラーリンについては、万が一を避けるために俺が作った初期の『カウンターイノチ』での回復を行う。
こちらは、寿命の渦を操作できる魔術師ならば魔法はなんとか使用できるが、身体の動き自体はちょっともっさりとしてしまうので。
クラーリンは回復してから先ず最初にグリニーさんの体へ改めて『眠れ、魂の形』をかけ直した。
フラマさんについては洗脳の状態が心配なので、まだ回復はするなとのお達しが出た。
その後、隠しておいた俺とマドハトの荷物を回収し、ネスタエアインが隠していたと思われる荷物をも回収する。
タールの荷物の内訳としては、大金貨と魔石とがたくさん、それから通信用と思われる魔法品。
この魔法品に取り付けられた魔石内で魔法が発動中だったため、すぐに探知できた。
恐らくギルフォルド王国に居るらしき最後の「魔動人形」に情報を送っていたのだろう。
すぐに『時間切れ』で発動を止めた。
ウォルラースの死体については後で共同夜営地へと運び、コンウォルとエクシの死体と共に定期便襲撃の犯人として届け出ることに決まった。
ファウンについては話がややこしくなるから単純に名誉の戦死という扱いに決まった。
モメたのがディナ先輩のお母様のご遺体だ。
ディナ先輩にとってはこれ以上、お母様のご遺体をどうこうされるのは耐え難かったようで、本来ならば故郷の森まで運んで森に還してあげたいところだが、その身体にどんな細工がなされているかわからない以上、ここで焼いて灰の状態にしたいとおっしゃった。
その灰を故郷の森にまくのだそうだ。
検査と称して魔術師組合にあれこれご遺体を検分されるのは我慢ならないと――そのお気持ちは十分にわかる。
「僕に一つ、提案があるのだが」
クラーリンが手を上げたのは、そんなタイミングだった。
途中、グリニーさんやチェッシャーたちの反対が混ざって話が伸びたが、要点を整理すると次のような感じにまとまった。
まずクラーリンがグリニーさんの「魔術特異症」由来の病を直すための魔術を発動する。それには俺の協力が必要となる。
俺の協力というのはあくまでもクラーリンが「魔術特異症」に触れるための架け橋的なものであり、俺に害が及ぶことはない。
それで魔術が成功し、グリニーさんが助かった場合、クラーリンが知らずとは言え協力させられた身として犯人の一味として名乗り出て、真実を明らかにする。
そんなクラーリンが証言すれば、タールが「既に見られている」ネスタエアインの体を捨てて、コンウォルの体へ「移動済だった」という話も信じてもらえるだろうと。
これでネスタエアインの体はなくなっていても問題がおきなくなる。
幸い、定期便がギルフォドを出る時点でも「魔動人形」ネスタエアインの姿は目撃されていないし。
フラマさんについては、洗脳の恐れがある被害者としてギルフォドまで送り、オストレアへ任せることになった。
「不本意な意見はここに居る皆それぞれが抱えているだろうが、ボクはその作戦を採用したい」
ディナ先輩が最後にそう締めた時、グリニーさんもチェッシャーさんもとうとう反対するのを諦めた。
「リテルの足はもう大丈夫か?」
ネスタエアインにやられた火傷部分は、再び切除した上で『再生回復』をかけてある。
今の話の最中、その再生した部分とその先の部位について、動きや感覚を確認していたのだ。
「大丈夫です」
「では早速お願いできるだろうか」
『つながれ、魂の形』。
その魔術の本質は、「魔術特異症」であるグリニーさんの寿命の渦へクラーリンが触れて操作するために、もう一人の「魔術特異症」である俺の寿命の渦を「ひとつまみの祝福」として用いるというものだ。
「魔術特異症」ではない寿命の渦のクラーリンが触れるには、本質的な「同じ寿命の渦」が必要となる、らしい。
実際に使われてみると、『テレパシー』を用いて自身の精神内部へアクセスしたときと似ている印象がある。
ただ違うのは、この精神世界の根幹が自分ではなくグリニーさんで、大地となる部分に居る俺とクラーリンの精神体イメージは、遥か高い天の果てへと伸びるグリニーさんの寿命の渦の塔を見上げている形だ。
(すまないが、リテル君。触れられるか試してほしい)
クラーリンは、どうやらこの塔に触れない様子。
俺が触れてみると――なるほど。俺だと触れられるのか。
グリニーさんの寿命の渦の「塔」に右手で触れたままのイメージをキープしつつ、左手をクラーリンへと伸ばすイメージ。
クラーリンがその手に触れると、クラーリンの想いが伝わってくる。
純粋にグリニーを心配している想いが。
俺の方は『テレパシー』で慣れているから自身の記憶が流出しないように意識しているのだが、クラーリンはまるでガードしていない感じ。
(これから、どうするんです?)
(操作するには把握する必要がある。この「塔」の先までいけるか?)
(やってみます)
だが、「塔」の壁を登るイメージがうまく作れないからか、俺とクラーリンは「大地」となる部分から全く動かない。
(うまくいかないです……が、もうちょっと試させてください)
(すまない。今はリテル君だけが頼りだ)
ここは意識の世界。
多分、考え方一つで移動だって簡単にできるはずなんだ。
改めて自分の中のイメージに向き合ってみる。
そう言えば。さっきタールの仕業で寿命の渦の状態異常になったとき、グリニーさんの寿命の渦もしっかりと見えたっけ。
そのとき感じたのは、俺とリテルのように一つの肉体に二つの魂が宿っているのではないということ。
グリニーさんの体には魂が一つだけで、でもその寿命の渦はここではないどこかへ繋がっていた。その先は見えなかったけれど「天へ伸びている」感じではなかった。
ああ、もしかして。
これは「塔」じゃないんだ。
「塔」ではなく「糸」。
グリニーさんと、もう一人との魂を繋ぐ「糸」。糸電話の「糸」。
きっとこの「糸」の先に、グリニーさんが寿命の渦を共有している相手が居る――「居る」?
それって、もしかして。
触れている「糸」が突然細くなった。
明確にイメージできる。
この世界と地球とを繋ぐ、長い長い「糸」が。
「登る」のではなく「辿る」イメージで。
いや違う。きっと「伝える」だ――そう考えた途端、不意に体が軽くなった。
これで合っているんだ。
だとしたら何を伝えよう。
やっぱり「こんにちは」かな――その想いを「糸」に込めた途端、俺の意識はすごいスピードで「糸」を伝わり始めた。
「糸」を「伝わる」感覚は、宇宙を飛んでいるのに近い感覚だった。
もちろん宇宙を飛んだことなんてないけれど、3D映画で宇宙空間を進んでいるシーンのような感覚。
無数の星々を越え、一束の光となって闇の中を進む。
やがて、周囲にも幾つもの光の「糸」が見えることに気づく。
これって全部、異世界転生者関連?
その光景を綺麗だなと思ったとき、何かを通り抜けた。
今通ってきた場所を引き返しているような感覚と、それでもずっと前へと伝わり続けている感覚とを同時に覚える。
光の「糸」は相変わらずこの「糸」以外にも幾つも見えて。
その先はどこへ、と気になって見上げた。
(え?)
自分の伝わる先に、いや全ての光の「糸」が伝わる先に、地球が見えた。
ということはここは本当に宇宙? 異世界じゃなく? 同じ世界ではあるのか?
混乱しかけると速度が遅くなった気がして、再び集中する――「こんにちは」という想いに、「伝える」ことに。
すると急にスピードが上がる。
一瞬だった。
俺の目の前には一人の女性が寝ている。
色白で痩せていて、目を閉じているから瞳の色はわからない。
帽子を被っているから髪の色はわからないけれど、帽子のフォルム的に髪の毛はなさそう。重い病気なのかな。
年齢的には俺より年上っぽいが、かといって十分に「若い」と言えそうな。
二十歳くらいか? グリニーさんって年齢幾つだっけ?
いやこっちに集中しよう。
清潔な病室。一人部屋。
サイドボードにはたくさんの写真が飾ってある。
その中でひときわ大きく引き伸ばされた写真、額縁入りのが二つ。
一つはこの女性と女性によく似た、恐らくお母さんとのツーショット。
もう一つは、女性がもっと若い時に、お母さんと、そして二人を取り囲むトルーパーとダース・ベイダー!
これ聞いたことある。スター・ウォーズのキャラクターに扮したボランティアたちが病院を訪れるって話!
ということはここは地球で間違いないってこと?
そして恐らくアメリカ?
心が震える。だって地球! 地球だよ?
「……コ……ン、ニチ……ワ……」
女性が、言葉を発した。
もしや「伝わった」のか?
さっきの想いが?
だとしたら、他の言葉も試しに――思いついた言葉をそのまま「伝える」。
「……Hello, world ?」
そう呟いた女性は瞼を開く。
青い目。
しばし虚空を見つめ、それから辺りを見回している。
俺の姿は見えていないのか?
というか、俺はここに「居る」のか?
ここから日本へ帰れたりするのか?
少しだけ「糸」から離れてみようとしたが、俺の指先は「糸」から離れない。それどころか「糸」が揺れた。
まるでそれが原因であるかのように女性は咳き込み、ナースコールを押した。
すぐに看護師たちが病室へと入ってきて、女性の看護を始めた。
その様子を眺めている俺に、クラーリンの声が届いた。
届いた?
「糸」に触れていたのは右手のイメージ。クラーリンとつないでいた手は左手のイメージだったけど――そこにはもう一本の「糸」があった。
グリニーさんとつながっていた光の「糸」とは異なり、こちらの「糸」は黒い。いや、黒というよりは影かな。
影の「糸」の向こうは透けて見えるから。
その影の「糸」を通して、クラーリンの声が伝わってきたのだ。
(僕は途中から行けなくなった。リテル君とまだつながっているか?)
(つながっています)
(良かった。そちらの様子はどうだ?)
(こちらの魂と思われる場所まで来ました)
(それは良かった。では、その辺りで「塔」を切断してほしい)
俺にはもう光の「糸」にしか見えないのだが、クラーリンにはまだ「塔」に見えているのか。
でも。
(切断、って?)
(魔法を発動する際、集中した消費命を自分の寿命の渦から切り離すのと同じだ。この「塔」は寿命の渦そのものなのだから)
ちょっと待て。
そんなことしたら、グリニーさんは確かに寿命の渦を取り戻せるだろうけど、こっちの女性は。
(半分こじゃダメなのか?)
(グリニーが病弱なのは、寿命の渦がこの「塔」に奪われ過ぎて、自分の手元に残っていないからなのだ。今のグリニーは寿命の渦が尽きかけている生命と同じ状態でね。この「塔」が保持する寿命の渦の総量がわからない以上、最善を尽くしたい)
クラーリンの気持ちは分かる。
グリニーさんのためなら何でもするとずっと言ってる人だし。
見下ろした女性は苦しそうにしている。
きっとこちらの女性もグリニーさんと同じ様に寿命の渦を奪われて病弱な状態なんじゃないのか?
同じ地球人として、クラーリンの提案をそのまま受け入れることはできない――なんて伝えても、きっと聞き入れないんだろうな。
俺がここへ来ているのがクラーリンの魔術である以上、俺がここでクラーリンと対立するのはリスクが大きすぎる。
例えば今ここで俺の魂がこちらへ取り残されたとして。
そこで気付く。
ああ、もしかして、俺は今、リテルを解放してあげられるチャンスに直面しているのではないかと。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
レムールのポーとも契約。傭兵部隊を勇気除隊。ルブルムたちとの合流を目指すなか夜襲を受け、逆にウォルラースのアジトを急襲。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種の兎亜種。
高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種の体は最近は丈夫に。
地球で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊を勇気除隊。いつもリテルと共に。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。ウォルラースを追ってやって来て、合流。
・ディナの母
アールヴという閉鎖的な種族ながら、猿種に恋をしてディナを生んだ。名はネスタエアイン。
キカイー白爵の館からディナを逃がすために死んだが、現在はタールに『魔動人形』化されている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・タール
元ギルフォド第一傭兵大隊隊長。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。
地界出身の魔人。種族はナベリウス。『魔動人形』化したネスタエアイン内に居たタールはようやく。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。現在はギルフォド第一傭兵大隊隊長代理。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、ルブルムに同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。金のためならば平気で人を殺すが、とうとう死亡した。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。クラーリンともファウンとも旧知の仲であった。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・ファウン
ルージャグから逃げたクーラ村の子供たちを襲った山羊種三人組といっとき行動を共にしていた山羊種。
リテルを兄貴と呼び、ギルフォドまで追いかけてきた。傭兵部隊を一緒に勇気除隊した深夜、突如として姿を消した。死亡。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。鳥種の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。
胸の大きさや美しさ、綺麗な所作などで大人気。父親が地界出身の魔人。ウォルラースに洗脳されている。
・オストレア
鳥種の先祖返りで頭は白のメンフクロウ。スタイルはとてもいい。フラマの妹。
父の仇であるタールの部下として傭兵部隊に留まっていた。現在もギルフォドで傭兵部隊の任期消化中。
・オストレアとフラマの父
地界出身の魔人。種族はアモン。タールと一緒に魔法品の研究をしていたが、タールに殺された。
タールの、ギルフォルド王国に居るアモン種族の「魔動人形」が、この父である可能性が高い。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
共に盗賊団に入団した仲間を失い逃走中だった。使い魔にしたカッツァリーダや『発火』で夜襲をかけてきたが、死亡。
・コンウォル
スプリガン。定期便に乗る河馬種の男の子に偽装していた。タールの『魔動人形』の一体。
夜襲の際に正体を現して『虫の牙』を奪いに来た。そしてマドハトの首を刎ねたが、リテルに叩き潰されて焼かれた。
・クラーリン
グリニーに惚れている魔術師。猫種。目がギョロついているおじさん。グリニーを救うためにウォルラースに協力。
チェッシャーに魔法を教えた人。リテルやエルーシにも魔術師としての心構えや魔法を教えた。
・グリニー
チェッシャーの姉。猫種。美人だが病気でやつれている。その病とは魔術特異症に起因するものらしい。
現在かなり弱っており、クラーリンが魔法で延命しなければ危険な状況。クラーリン、チェッシャーと共にウォルラースに同行。
・チェッシャー
姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。
猫種の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ショゴウキ号
ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。
・ドラコ
古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。その卵を現在、リテルが所持。
卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償を与えられるまで、石のような状態を維持する。
・ナベリウス
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族。「並列思考」ができる。
鳥種の先祖返りに似た外観で、頭部は烏。種族的にしわがれ声。魔法品の制作も得意。
・アモン
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。頭部は水鳥や梟、烏に似る。
■ はみ出しコラム【クラーリンの魔法】
今回も、リテル以外の登場人物が使用する魔法を紹介する。
● クラーリンの魔法
・『愛しの夢見』:眠らせ、欲望が叶う夢を見させる。相手の好意や興味や欲望が強い場合、かかりやすくなる。
・『死んだふり』:寿命の渦を『魔力感知』から見えなくする。
・『魔法貯蓄』:魔法を使うときに消費命を集中するとこまで実施して中断し、そして時間が経ってから発動するという技術を、魔法化したもの。リテルのように技術を磨いていないチェッシャーでも使用できる。チェッシャーはこれを『愛しの夢見』の拡張のようにとらえている。
・『新たなる生』:術者が寿命の渦を記憶している生物の幻影を作り出すことができる。その寿命の渦も同時に再現するが、幻影に触れられると消える。幻影は意識を集中している間だけ動かすことができる。
・『姿なき姿』:『新たなる生』とは逆に、周囲の景色の幻影を作り、自分へと重ねる。自分と全く一緒に動くため、制御は『新たなる生』よりはわずかに楽。また、自分の一部として認識できているうちは、切り離された部位についても魔法効果が維持される。ちなみに、『死んだふり』の改良版として、(そこだけ寿命の渦がぽっかりと存在しないという)空虚化を解消している(周囲の景色の中の寿命の渦を映す。よほど丁寧に見ないと気付けない)
・『新たなる指』:伸ばした爪の先に、自身で「指」だと思える肉塊を再生する。そこで爪を(本当の指の先部分で)切り離しても「爪のついた指先」が残る。この魔法は『指飛ばし』用に開発したが、一度爪を切ると再使用が可能になるくらいまで爪を伸ばすのにけっこうな時間かかるのが難点。ただ、自分本来の指は失わないで済む。
・『爪伸ばし』:無理やり爪を伸ばす魔法。ただ、『新たなる指』が使用可能になるまで伸ばすには、そこそこの魔法代償が必要になる(時間を超えるイメージになってしまうので)。
・『指飛ばし』:切り落とした自分の指を飛ばす。基本は発射だが、意識を集中すればある程度の方向変換が可能。ただ、あまりにも急激なカーブは不可能。切り離された指先の感触もつながっていて、切り離した指が相手に触れると、あたかも触れているように錯覚する。つまり遠距離から直接触れて魔法を発動可能。ただし、一度魔法を通してしまうと、効果を失う。本物の指ならば、拾って再利用(『生命回復』等でつなげる)。それをしないと失われる。指を飛ばせる最大速度は、自身の全力疾走くらいの速度だが、代わりに速度を落としたり、空中静止も可能。ただ操作に集中力は必要。
※『指飛ばし』を二本同時に使うと、ものをつまんだまま運ぶことができる。
・『指弾き』:『指飛ばし』の切断込み版。初速も早いし、触れた後『指飛ばし』同様に魔法を使える。ただ、本物の指を飛ばすことになるが。
・『かき乱し』:触れた相手の消費命の集中をかき乱して邪魔する魔法。精神集中している間、継続。使用者の寿命の渦操作能力が高いほど効果が高い。
・『眠れ、魂の形』:グリニーの魔術特異症による衰弱を軽減するために、強制的に寿命の渦の形を一般的な獣種の形へと整える魔法。実は、タール(ネスタエアイン、コンウォル)の寿命の渦を整えたのはクラーリン。この魔術は激しい運動や強い感情の変化(寿命の渦へ大きな影響を及ぼすような心身動作)をしなければ通常一日、最大でも二日ほどもつというコスパが良い魔法。寿命の渦が乱れても整える効果があるので、これがかかったまま消費命の集中を行っても『魔力感知』には見つからない=偽装消費命と同じ(ただし、三ディエスを超えた魔法については、隠しきれない)。
・『つながれ、魂の形』:魔術特異症の人間を触媒として(別の魔術特異症の寿命の渦へ「触れる」ための「ひとつまみの祝福」的に)使用する。
すぐに気づいた。
剣を突き立てられたのだと。
冷たさと熱さを同時に感じた。
冷たさは剣で、熱さは出血した自分の血の熱か?
消費命の集中などは全く感じられず、純粋に物理的な攻撃。
俺の右膝を切り裂き、骨に達して止まったのが分かる。
痛みの中にゴツッとした振動をも感じられたから。
振りかぶってから振り下ろした剣だとしたら、剣先が風を切る音も聞こえなかった。
足音も。
音を消している?
直後に息苦しさを感じる――呼吸が、できない。
顔面付近の空気が薄くなった感じだし、なんというか眼球が外へ引っ張られる感じもする。
目を閉じてなかったら危なかったんじゃないかと思えるほどに。
でも剣で攻撃できるほどの距離に居るというのなら、消費命を偽装消費命で集中する。
ここいらはウォルラースとファウンの血が一面に広がっているから。
「そういえばそんな魔法を使っていらしたですね」
声は相変わらず向こうからだが、ネスタエアインは確実に近くに居るはず。
というか、『水刃』を発動する前に気づいた。
ネスタエアインの言葉の意味を。
こいつは未来を見てやがるのだ。
そうか。誰も攻撃してこない状況ならば、ちょっと立ち止まって未来を見ることに何の困難も感じないだろう。
さっきの「そんな魔法」が『水刃』のことならば、ネスタエアインは未来を見ている。
待ち構えていて迎撃という考えがそもそも悪手だったのだ。
さっきこの寿命の渦そのものの状態異常を『カウンターイノチ』でしのげた時点で即座に攻撃に移らなければならなかったのだ。
寿命の渦と声とを相変わらず洞窟の入り口から感じるのは、魔法を使えるならそんなに大変なことじゃないだろう。
クラーリンが作った『新たなる生』みたいな幻覚系魔法をタールに会いに行った時に教えているかもしれないのだし。
それに声を「置いてくる」魔法ならけっこう簡単そうにできるような気がするし。
とにかく後手になったが今から攻め続けて行くしかないのか――と体を動かそうとしたが、思った速度では動けてないことに気付く。
魔法を使う際の寿命の渦操作は簡単にできたから『カウンターイノチ』で状態異常を乗り越えられたと思っていたが、肉体を動かすときのこのギクシャクした感じは厄介過ぎる。
「素晴らしい! 初見でそのレベルまで対策を講じられるとは!」
いや、まだまだだ。
『カウンターイノチ』は、この寿命の渦自体を固めてしまう状態異常への対策として作ったが、発生した状態異常に対して合わせに行く。
動こうとしても、いったん阻害されて、その阻害を中和するという流れだから、いったん状態異常が発生しないと対応できないのだ。
根本的な解決ではないのは承知の上だったが、魔法発動はともかく、肉体的なこのビハインドは痛い。
瞼はなんとか開く――ああ、やはりネスタエアインか。
そこまで分かっておきながら、俺はネスタエアインの次の攻撃を回避できなかった。
篝火から伸びた火の鞭が俺の右脚の傷口を焼いたのだ。
これで『生命回復』で治すのが即座には困難になってしまった。
「おやおや。傷口を止血して差し上げたのに、怖い顔をしてらっしゃる」
他の人たちはクラーリン含めて全員、身動きを取れないままっぽい。
援護の期待は出来なさげ。
消費命を偽装消費命で幾つか貯める。
こいつには畳み掛けていくしかない。予知されても避けきれないくらいのコンボで。
「なるほど。なぜコンウォルが『虫の牙』に驚いていたのか、謎が解けました。素晴らしい! まさか『虫の牙』の魔石に、発動魔法を模した罠魔法を被せるとは! 疑わずに使用したならば、これは隙ができてしまうわけですね。実に素晴らしい!」
まさかそこまで把握されるとは。
確かに今のネスタエアインにはゆとりを感じる。『虫の牙』もいつの間にか持っていたし。
俺の打てそうな手が次々に封じられてゆく。
さっきから試してみているが右足の膝から下に力が入らない。
この体勢でこの身体で、予知ができる相手と戦うには――もちろん諦めたりはしないさ。
溜めていた消費命を連続で発動させる。
まずは『遠回りドア』を『魔法転移』で、俺とネスタエアインの間に生成するように。
そして『同じ皮膚・改』を地面に、そのまま『バクレツハッケイ』をネスタエアインの足元から――当然発動前に避けやがるが、そこは織り込み済み。
行動と行動を連続させずに、複数の手を同時進行することで――『遠回りドア』を経由して俺の手を出す。
移動距離を稼げない代わりに直接距離を縮めて魔法で殴る。
「魔動人形」に効果が確認されている『バクレツハッケイ』で。
と同時にネスタエアインの跳んだ先へ『大笑いのぬかるみ』。
これで岩肌にかけた『同じ皮膚・改』が解除される。
「『虫の牙』ッ! 破裂しろッ!」
この叫びはフェイク。そんな魔法は隠していない。
『虫の牙』に罠魔法を仕掛けているのを知ったネスタエアインだからこそ、意識を少しでも逸らせはしないか、と。
怪我を負っていない方の左足で地面を蹴り、『遠回りドア』をくぐり抜ける。
距離を――ネスタエアインの方から縮めてきた。
俺の左肩にはネスタエアインの持つ『虫の牙』がざっくりと刺さる。
そういうことか!
ネスタエアインは地面に降りていない。
そうか。コンウォル――スプリガンの風を操る魔法か。
『虫の牙』を弾くべく消費命を集中しようとした矢先、剣先が俺の身体から離れる。
偽装消費命はかけていたが、未来を見て回避したのか。
タールはどこまで見えているのか。何手先まで。
「リテル君は本当に面白い。何よりその想像力が素晴らしい! 私の見ている短い未来に幾つもの可能性を見せてくださいます!」
そんなセリフを吐かれている間も次へと続ける行動を――離れた剣を追いかけるように前へ。
さっきまでより体が動くようになってきている。
そこへ突風。
俺の体は『遠回りドア』の枠を壊して吹き飛ばされ、洞窟の岩壁へと激突する。
後頭部が熱い。ぶつけて出血したか。
「殺させないでくださいな。生命体を『魔動人形』化する魔法にはある程度の贄が必要になるのです。それも寿命の渦の操作に長けた魂の寿命の渦が。リテル君がウォルラースを殺してしまったせいで、リテル君の寿命の渦で補わなければならないのです。私の体を破壊せざるを得なくなった原因であることにはこの際、目をつぶりましょう。献身によるご協力で謝罪に代えさせてさしあげます」
させるかよ!
岩壁に『倍ぶっ飛ばす』を発動すると、部分的に崩れた。
良かった。この程度で洞窟自体が破壊されたりしなくて。
思考が走っているせいか、論理だけでは間に合わない。
所々は感性でというかぶっつけ本番というか。
崩れて転がった砂利に触れて『見えざる銃』でネスタエアインを次々と撃つ。
ネスタエアインは器用に避ける。
そのうちの一つに『時間切れ』を『接触発動』しておいたが、ネスタエアインはそれだけは『虫の牙』で弾きやがる。
次は、と、そのとき再び突風に叩きつけられる。
「スプリガン以外の体で使うと魔法代償がかさむのですよ。いい加減に現実を受け入れてくだ」
痛みに耐えつつ消費命を偽装消費命で集中している途中だった。
ネスタエアインの声が途中で止まった。
俺の目の前で、ネスタエアインの首が切断されたのだ。クラーリンか?
ともかくこの隙を逃すわけには――と思うのだが体が前へ進まない。
動かない。心に体が追いつかない。
ああそうだ。気が回ってなかった。もっと早くこれを――『カウンターイノチ』をポーへとかけた。
(ウゴク)
ポーに魔法が効くかどうかは試したことはなかったのだけれど、『カウンターイノチ』が発動するや否や、ポーは伸びて、ネスタエアインの体まで届き、集中されかけていた消費命を散らした。
その間に集中した消費命をポーへ預ける――ポーはそれを先端まで運び、ネスタエアインの体に埋め込まれた魔石の位置に触れてくれる。
『倍ぶっ飛ばす』――その魔石はネスタエアインの肉体を突き抜けて飛び出し、岩壁へとぶつかって転がった。
(マダアル)
ポーはそれからさらに二箇所に触れ、俺は『倍ぶっ飛ばす』をもう二回発動した。
『超ぶっ飛ばす』ではなく『倍ぶっ飛ばす』にしたのは、タールが乗り移っているとはいえ仮にもディナ先輩のお母様のお体を必要以上に壊したくはなかったから――だけど、目の前のぬかるみに崩れ落ちてくるくると回っているネスタエアインの『魔動人形』は、申し訳ないくらいにボロボロだった。
いや、まだだ。
ここで油断するなとディナ先輩には散々――その俺の視界に、洞窟の入り口に、どうしてディナ先輩の姿が?
これも幻覚の類いか、それともまさかディナ先輩まで『魔動人形』化された?
でもさっきネスタエアインの首が飛んだのは――違うのか?
動かぬ体の影響を受けたのか、集中力が途切れたのか、思考がまとまらぬうちにディナ先輩そっくりのその存在は俺の近くまで歩いてきた。
そして細身の剣を抜き、その剣先を俺の喉元へと向ける――まるで最初に出会ったあの時のように。
「全く、お前はとんでもないやつだな」
ディナ先輩の声。
念のため必死に消費命を偽装消費命で溜めてある。
「その集中した消費命をどうするつもりだ? 負傷の回復なら変に溜めたりせず使え」
これは従うべきなのか。それとも。
「お前は、ボクがボクだとわからないのか?」
怒っている? でも、ディナ先輩はこういう怒り方をしたっけ?
ああ、でも、俺は怒られるようなことをしているよな。
ディナ先輩は剣を鞘へと戻し、俺の目の前に両膝を着いて中腰になる。
その後、いきなり俺の頭を――抱え込んだ?
「勝手にボクの仇を殺し、ボクにボクの母様の遺体を傷つけさせ、しかもお前まで勝手に母様の遺体を傷つけた。どうしてくれようか、この……」
ディナ先輩の手も、体も、震えている。
「すみま」
「ありがとう。ボク一人では、なし得なかった」
俺が謝罪を言い切る前に、ディナ先輩の手が俺の頭を優しく撫でた。
こんなこと、あるはずがあるか?
まさか幻覚じゃないよね?
「あっ、あの、どうしてここへ」
「お前のお手柄だ。ウォルラースの牙の欠片をケティに届けさせただろう? あの素材を元に本体を探し出す魔法を作り、見つけ出した」
「お、お一人で、ですかっ?」
いくらディナ先輩とはいえ危険過ぎる――って、ディナ先輩が笑いだした?
「お前、本当に……」
ディナ先輩が俺の頭を離し、その両手で俺の頬を両側から挟んだ。
至近距離でじっと俺を見つめている。
「お前は、本当に、ボクをも守る気で……そして本当に守ったのだな」
再びディナ先輩は俺の頭を抱え込む。
ディナ先輩の革鎧が頬にべったりと押し付けられる。
硬い。
しかも脳天の辺りが熱い。
ディナ先輩?
泣いてる?
その後、数ホーラが経過した。
俺の『カウンターイノチ』をベースにディナ先輩が『寿命の渦開放』という魔法を作り、マドハトの症状を回復するのに成功した。
その間に俺はポーに手伝ってもらい、タールが潜んでいる魔石から格納されている汎用消費命を、タールが呪文を使えなくなるくらいにまで奪った。
それらの魔石はディナ先輩へとお渡しし、現在までの状況を説明し始めたのだが、ちょっとしゃべって時間がかかり過ぎることに気付き、ディナ先輩へ『テレパシー』を受け入れていただいた上で、諸々の情報をまるっとお伝えした。
「なるほどな」
そのおかげでグリニーさんとチェッシャーは症状回復の許可が出た。
クラーリンについては、万が一を避けるために俺が作った初期の『カウンターイノチ』での回復を行う。
こちらは、寿命の渦を操作できる魔術師ならば魔法はなんとか使用できるが、身体の動き自体はちょっともっさりとしてしまうので。
クラーリンは回復してから先ず最初にグリニーさんの体へ改めて『眠れ、魂の形』をかけ直した。
フラマさんについては洗脳の状態が心配なので、まだ回復はするなとのお達しが出た。
その後、隠しておいた俺とマドハトの荷物を回収し、ネスタエアインが隠していたと思われる荷物をも回収する。
タールの荷物の内訳としては、大金貨と魔石とがたくさん、それから通信用と思われる魔法品。
この魔法品に取り付けられた魔石内で魔法が発動中だったため、すぐに探知できた。
恐らくギルフォルド王国に居るらしき最後の「魔動人形」に情報を送っていたのだろう。
すぐに『時間切れ』で発動を止めた。
ウォルラースの死体については後で共同夜営地へと運び、コンウォルとエクシの死体と共に定期便襲撃の犯人として届け出ることに決まった。
ファウンについては話がややこしくなるから単純に名誉の戦死という扱いに決まった。
モメたのがディナ先輩のお母様のご遺体だ。
ディナ先輩にとってはこれ以上、お母様のご遺体をどうこうされるのは耐え難かったようで、本来ならば故郷の森まで運んで森に還してあげたいところだが、その身体にどんな細工がなされているかわからない以上、ここで焼いて灰の状態にしたいとおっしゃった。
その灰を故郷の森にまくのだそうだ。
検査と称して魔術師組合にあれこれご遺体を検分されるのは我慢ならないと――そのお気持ちは十分にわかる。
「僕に一つ、提案があるのだが」
クラーリンが手を上げたのは、そんなタイミングだった。
途中、グリニーさんやチェッシャーたちの反対が混ざって話が伸びたが、要点を整理すると次のような感じにまとまった。
まずクラーリンがグリニーさんの「魔術特異症」由来の病を直すための魔術を発動する。それには俺の協力が必要となる。
俺の協力というのはあくまでもクラーリンが「魔術特異症」に触れるための架け橋的なものであり、俺に害が及ぶことはない。
それで魔術が成功し、グリニーさんが助かった場合、クラーリンが知らずとは言え協力させられた身として犯人の一味として名乗り出て、真実を明らかにする。
そんなクラーリンが証言すれば、タールが「既に見られている」ネスタエアインの体を捨てて、コンウォルの体へ「移動済だった」という話も信じてもらえるだろうと。
これでネスタエアインの体はなくなっていても問題がおきなくなる。
幸い、定期便がギルフォドを出る時点でも「魔動人形」ネスタエアインの姿は目撃されていないし。
フラマさんについては、洗脳の恐れがある被害者としてギルフォドまで送り、オストレアへ任せることになった。
「不本意な意見はここに居る皆それぞれが抱えているだろうが、ボクはその作戦を採用したい」
ディナ先輩が最後にそう締めた時、グリニーさんもチェッシャーさんもとうとう反対するのを諦めた。
「リテルの足はもう大丈夫か?」
ネスタエアインにやられた火傷部分は、再び切除した上で『再生回復』をかけてある。
今の話の最中、その再生した部分とその先の部位について、動きや感覚を確認していたのだ。
「大丈夫です」
「では早速お願いできるだろうか」
『つながれ、魂の形』。
その魔術の本質は、「魔術特異症」であるグリニーさんの寿命の渦へクラーリンが触れて操作するために、もう一人の「魔術特異症」である俺の寿命の渦を「ひとつまみの祝福」として用いるというものだ。
「魔術特異症」ではない寿命の渦のクラーリンが触れるには、本質的な「同じ寿命の渦」が必要となる、らしい。
実際に使われてみると、『テレパシー』を用いて自身の精神内部へアクセスしたときと似ている印象がある。
ただ違うのは、この精神世界の根幹が自分ではなくグリニーさんで、大地となる部分に居る俺とクラーリンの精神体イメージは、遥か高い天の果てへと伸びるグリニーさんの寿命の渦の塔を見上げている形だ。
(すまないが、リテル君。触れられるか試してほしい)
クラーリンは、どうやらこの塔に触れない様子。
俺が触れてみると――なるほど。俺だと触れられるのか。
グリニーさんの寿命の渦の「塔」に右手で触れたままのイメージをキープしつつ、左手をクラーリンへと伸ばすイメージ。
クラーリンがその手に触れると、クラーリンの想いが伝わってくる。
純粋にグリニーを心配している想いが。
俺の方は『テレパシー』で慣れているから自身の記憶が流出しないように意識しているのだが、クラーリンはまるでガードしていない感じ。
(これから、どうするんです?)
(操作するには把握する必要がある。この「塔」の先までいけるか?)
(やってみます)
だが、「塔」の壁を登るイメージがうまく作れないからか、俺とクラーリンは「大地」となる部分から全く動かない。
(うまくいかないです……が、もうちょっと試させてください)
(すまない。今はリテル君だけが頼りだ)
ここは意識の世界。
多分、考え方一つで移動だって簡単にできるはずなんだ。
改めて自分の中のイメージに向き合ってみる。
そう言えば。さっきタールの仕業で寿命の渦の状態異常になったとき、グリニーさんの寿命の渦もしっかりと見えたっけ。
そのとき感じたのは、俺とリテルのように一つの肉体に二つの魂が宿っているのではないということ。
グリニーさんの体には魂が一つだけで、でもその寿命の渦はここではないどこかへ繋がっていた。その先は見えなかったけれど「天へ伸びている」感じではなかった。
ああ、もしかして。
これは「塔」じゃないんだ。
「塔」ではなく「糸」。
グリニーさんと、もう一人との魂を繋ぐ「糸」。糸電話の「糸」。
きっとこの「糸」の先に、グリニーさんが寿命の渦を共有している相手が居る――「居る」?
それって、もしかして。
触れている「糸」が突然細くなった。
明確にイメージできる。
この世界と地球とを繋ぐ、長い長い「糸」が。
「登る」のではなく「辿る」イメージで。
いや違う。きっと「伝える」だ――そう考えた途端、不意に体が軽くなった。
これで合っているんだ。
だとしたら何を伝えよう。
やっぱり「こんにちは」かな――その想いを「糸」に込めた途端、俺の意識はすごいスピードで「糸」を伝わり始めた。
「糸」を「伝わる」感覚は、宇宙を飛んでいるのに近い感覚だった。
もちろん宇宙を飛んだことなんてないけれど、3D映画で宇宙空間を進んでいるシーンのような感覚。
無数の星々を越え、一束の光となって闇の中を進む。
やがて、周囲にも幾つもの光の「糸」が見えることに気づく。
これって全部、異世界転生者関連?
その光景を綺麗だなと思ったとき、何かを通り抜けた。
今通ってきた場所を引き返しているような感覚と、それでもずっと前へと伝わり続けている感覚とを同時に覚える。
光の「糸」は相変わらずこの「糸」以外にも幾つも見えて。
その先はどこへ、と気になって見上げた。
(え?)
自分の伝わる先に、いや全ての光の「糸」が伝わる先に、地球が見えた。
ということはここは本当に宇宙? 異世界じゃなく? 同じ世界ではあるのか?
混乱しかけると速度が遅くなった気がして、再び集中する――「こんにちは」という想いに、「伝える」ことに。
すると急にスピードが上がる。
一瞬だった。
俺の目の前には一人の女性が寝ている。
色白で痩せていて、目を閉じているから瞳の色はわからない。
帽子を被っているから髪の色はわからないけれど、帽子のフォルム的に髪の毛はなさそう。重い病気なのかな。
年齢的には俺より年上っぽいが、かといって十分に「若い」と言えそうな。
二十歳くらいか? グリニーさんって年齢幾つだっけ?
いやこっちに集中しよう。
清潔な病室。一人部屋。
サイドボードにはたくさんの写真が飾ってある。
その中でひときわ大きく引き伸ばされた写真、額縁入りのが二つ。
一つはこの女性と女性によく似た、恐らくお母さんとのツーショット。
もう一つは、女性がもっと若い時に、お母さんと、そして二人を取り囲むトルーパーとダース・ベイダー!
これ聞いたことある。スター・ウォーズのキャラクターに扮したボランティアたちが病院を訪れるって話!
ということはここは地球で間違いないってこと?
そして恐らくアメリカ?
心が震える。だって地球! 地球だよ?
「……コ……ン、ニチ……ワ……」
女性が、言葉を発した。
もしや「伝わった」のか?
さっきの想いが?
だとしたら、他の言葉も試しに――思いついた言葉をそのまま「伝える」。
「……Hello, world ?」
そう呟いた女性は瞼を開く。
青い目。
しばし虚空を見つめ、それから辺りを見回している。
俺の姿は見えていないのか?
というか、俺はここに「居る」のか?
ここから日本へ帰れたりするのか?
少しだけ「糸」から離れてみようとしたが、俺の指先は「糸」から離れない。それどころか「糸」が揺れた。
まるでそれが原因であるかのように女性は咳き込み、ナースコールを押した。
すぐに看護師たちが病室へと入ってきて、女性の看護を始めた。
その様子を眺めている俺に、クラーリンの声が届いた。
届いた?
「糸」に触れていたのは右手のイメージ。クラーリンとつないでいた手は左手のイメージだったけど――そこにはもう一本の「糸」があった。
グリニーさんとつながっていた光の「糸」とは異なり、こちらの「糸」は黒い。いや、黒というよりは影かな。
影の「糸」の向こうは透けて見えるから。
その影の「糸」を通して、クラーリンの声が伝わってきたのだ。
(僕は途中から行けなくなった。リテル君とまだつながっているか?)
(つながっています)
(良かった。そちらの様子はどうだ?)
(こちらの魂と思われる場所まで来ました)
(それは良かった。では、その辺りで「塔」を切断してほしい)
俺にはもう光の「糸」にしか見えないのだが、クラーリンにはまだ「塔」に見えているのか。
でも。
(切断、って?)
(魔法を発動する際、集中した消費命を自分の寿命の渦から切り離すのと同じだ。この「塔」は寿命の渦そのものなのだから)
ちょっと待て。
そんなことしたら、グリニーさんは確かに寿命の渦を取り戻せるだろうけど、こっちの女性は。
(半分こじゃダメなのか?)
(グリニーが病弱なのは、寿命の渦がこの「塔」に奪われ過ぎて、自分の手元に残っていないからなのだ。今のグリニーは寿命の渦が尽きかけている生命と同じ状態でね。この「塔」が保持する寿命の渦の総量がわからない以上、最善を尽くしたい)
クラーリンの気持ちは分かる。
グリニーさんのためなら何でもするとずっと言ってる人だし。
見下ろした女性は苦しそうにしている。
きっとこちらの女性もグリニーさんと同じ様に寿命の渦を奪われて病弱な状態なんじゃないのか?
同じ地球人として、クラーリンの提案をそのまま受け入れることはできない――なんて伝えても、きっと聞き入れないんだろうな。
俺がここへ来ているのがクラーリンの魔術である以上、俺がここでクラーリンと対立するのはリスクが大きすぎる。
例えば今ここで俺の魂がこちらへ取り残されたとして。
そこで気付く。
ああ、もしかして、俺は今、リテルを解放してあげられるチャンスに直面しているのではないかと。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
レムールのポーとも契約。傭兵部隊を勇気除隊。ルブルムたちとの合流を目指すなか夜襲を受け、逆にウォルラースのアジトを急襲。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種の兎亜種。
高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種の体は最近は丈夫に。
地球で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊を勇気除隊。いつもリテルと共に。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。ウォルラースを追ってやって来て、合流。
・ディナの母
アールヴという閉鎖的な種族ながら、猿種に恋をしてディナを生んだ。名はネスタエアイン。
キカイー白爵の館からディナを逃がすために死んだが、現在はタールに『魔動人形』化されている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・タール
元ギルフォド第一傭兵大隊隊長。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。
地界出身の魔人。種族はナベリウス。『魔動人形』化したネスタエアイン内に居たタールはようやく。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。現在はギルフォド第一傭兵大隊隊長代理。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、ルブルムに同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。金のためならば平気で人を殺すが、とうとう死亡した。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。クラーリンともファウンとも旧知の仲であった。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・ファウン
ルージャグから逃げたクーラ村の子供たちを襲った山羊種三人組といっとき行動を共にしていた山羊種。
リテルを兄貴と呼び、ギルフォドまで追いかけてきた。傭兵部隊を一緒に勇気除隊した深夜、突如として姿を消した。死亡。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。鳥種の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。
胸の大きさや美しさ、綺麗な所作などで大人気。父親が地界出身の魔人。ウォルラースに洗脳されている。
・オストレア
鳥種の先祖返りで頭は白のメンフクロウ。スタイルはとてもいい。フラマの妹。
父の仇であるタールの部下として傭兵部隊に留まっていた。現在もギルフォドで傭兵部隊の任期消化中。
・オストレアとフラマの父
地界出身の魔人。種族はアモン。タールと一緒に魔法品の研究をしていたが、タールに殺された。
タールの、ギルフォルド王国に居るアモン種族の「魔動人形」が、この父である可能性が高い。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
共に盗賊団に入団した仲間を失い逃走中だった。使い魔にしたカッツァリーダや『発火』で夜襲をかけてきたが、死亡。
・コンウォル
スプリガン。定期便に乗る河馬種の男の子に偽装していた。タールの『魔動人形』の一体。
夜襲の際に正体を現して『虫の牙』を奪いに来た。そしてマドハトの首を刎ねたが、リテルに叩き潰されて焼かれた。
・クラーリン
グリニーに惚れている魔術師。猫種。目がギョロついているおじさん。グリニーを救うためにウォルラースに協力。
チェッシャーに魔法を教えた人。リテルやエルーシにも魔術師としての心構えや魔法を教えた。
・グリニー
チェッシャーの姉。猫種。美人だが病気でやつれている。その病とは魔術特異症に起因するものらしい。
現在かなり弱っており、クラーリンが魔法で延命しなければ危険な状況。クラーリン、チェッシャーと共にウォルラースに同行。
・チェッシャー
姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。
猫種の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ショゴウキ号
ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。
・ドラコ
古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。その卵を現在、リテルが所持。
卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償を与えられるまで、石のような状態を維持する。
・ナベリウス
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族。「並列思考」ができる。
鳥種の先祖返りに似た外観で、頭部は烏。種族的にしわがれ声。魔法品の制作も得意。
・アモン
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。頭部は水鳥や梟、烏に似る。
■ はみ出しコラム【クラーリンの魔法】
今回も、リテル以外の登場人物が使用する魔法を紹介する。
● クラーリンの魔法
・『愛しの夢見』:眠らせ、欲望が叶う夢を見させる。相手の好意や興味や欲望が強い場合、かかりやすくなる。
・『死んだふり』:寿命の渦を『魔力感知』から見えなくする。
・『魔法貯蓄』:魔法を使うときに消費命を集中するとこまで実施して中断し、そして時間が経ってから発動するという技術を、魔法化したもの。リテルのように技術を磨いていないチェッシャーでも使用できる。チェッシャーはこれを『愛しの夢見』の拡張のようにとらえている。
・『新たなる生』:術者が寿命の渦を記憶している生物の幻影を作り出すことができる。その寿命の渦も同時に再現するが、幻影に触れられると消える。幻影は意識を集中している間だけ動かすことができる。
・『姿なき姿』:『新たなる生』とは逆に、周囲の景色の幻影を作り、自分へと重ねる。自分と全く一緒に動くため、制御は『新たなる生』よりはわずかに楽。また、自分の一部として認識できているうちは、切り離された部位についても魔法効果が維持される。ちなみに、『死んだふり』の改良版として、(そこだけ寿命の渦がぽっかりと存在しないという)空虚化を解消している(周囲の景色の中の寿命の渦を映す。よほど丁寧に見ないと気付けない)
・『新たなる指』:伸ばした爪の先に、自身で「指」だと思える肉塊を再生する。そこで爪を(本当の指の先部分で)切り離しても「爪のついた指先」が残る。この魔法は『指飛ばし』用に開発したが、一度爪を切ると再使用が可能になるくらいまで爪を伸ばすのにけっこうな時間かかるのが難点。ただ、自分本来の指は失わないで済む。
・『爪伸ばし』:無理やり爪を伸ばす魔法。ただ、『新たなる指』が使用可能になるまで伸ばすには、そこそこの魔法代償が必要になる(時間を超えるイメージになってしまうので)。
・『指飛ばし』:切り落とした自分の指を飛ばす。基本は発射だが、意識を集中すればある程度の方向変換が可能。ただ、あまりにも急激なカーブは不可能。切り離された指先の感触もつながっていて、切り離した指が相手に触れると、あたかも触れているように錯覚する。つまり遠距離から直接触れて魔法を発動可能。ただし、一度魔法を通してしまうと、効果を失う。本物の指ならば、拾って再利用(『生命回復』等でつなげる)。それをしないと失われる。指を飛ばせる最大速度は、自身の全力疾走くらいの速度だが、代わりに速度を落としたり、空中静止も可能。ただ操作に集中力は必要。
※『指飛ばし』を二本同時に使うと、ものをつまんだまま運ぶことができる。
・『指弾き』:『指飛ばし』の切断込み版。初速も早いし、触れた後『指飛ばし』同様に魔法を使える。ただ、本物の指を飛ばすことになるが。
・『かき乱し』:触れた相手の消費命の集中をかき乱して邪魔する魔法。精神集中している間、継続。使用者の寿命の渦操作能力が高いほど効果が高い。
・『眠れ、魂の形』:グリニーの魔術特異症による衰弱を軽減するために、強制的に寿命の渦の形を一般的な獣種の形へと整える魔法。実は、タール(ネスタエアイン、コンウォル)の寿命の渦を整えたのはクラーリン。この魔術は激しい運動や強い感情の変化(寿命の渦へ大きな影響を及ぼすような心身動作)をしなければ通常一日、最大でも二日ほどもつというコスパが良い魔法。寿命の渦が乱れても整える効果があるので、これがかかったまま消費命の集中を行っても『魔力感知』には見つからない=偽装消費命と同じ(ただし、三ディエスを超えた魔法については、隠しきれない)。
・『つながれ、魂の形』:魔術特異症の人間を触媒として(別の魔術特異症の寿命の渦へ「触れる」ための「ひとつまみの祝福」的に)使用する。
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