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#94 仲間
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圧倒的な熱量を感じた直後、その熱気が散るのを感じた。
俺とマドハトの鎧にかけておいた新魔法が発動したのだ。
良かった。
検証が浅い魔法、というかほとんどぶっつけ本番だった魔法がうまくいって。
さっきエルーシに至近距離で『発火』を発動されたときは条件達成しなかったから、ひょっとして魔法の設定を失敗したかもと諦めかけていたけれど、あの距離であの温度ならば大丈夫だったというだけか。
今発動したのは『温度罠』にセットしておいた『水冷』という魔法。
『温度罠』はあらかじめ温度と方向とを決めておき、他の魔法と共に使用する設置型の魔法。
発動時に設定しておいた温度よりも以上もしくは以下の温度を感知すると、発動時にセットしておいた魔法が決めておいた方向へ向けて発動されるという罠型の魔法。
対タール戦で足首を炎の鞭に焼き切られた経験から作ったもので、今回は対タール戦で足首に巻き付けられた火の熱さを思い出してそれ以上の温度、として設定してあった。
傭兵部隊の医療棟では思考する時間はたっぷりもらえたが表向きは療養のためにそこに居たから、実際に魔法をバンバン使って試すわけにはいかず、『温度罠』が本当に火を押し当てたときに発動するのか、という所までは確認できなかったのだ。
そして『水冷』も新魔法で、『凍れ』の発展型。
空気中を含む周囲から水分を集め、冷気をまとった霧を発生させるというもの。
炎の威力を相殺とまではいかなくとも弱める効果を狙って作った。
タールが使っていた炎魔法にどれほどの効果があるか分からなかったから、俺とマドハトの鎧には、前面と背面とにそれぞれ付与しておいたのだ。
まさかタールじゃなく、フラマさんの発動した魔法に対して発動されるとは思ってもいなかったが――って、体が浮いた。
俺とマドハトを乗せていた馬が驚きいななき跳ねたのだ。
結果的に振り落とされ、おかげでそういう縛り方をしておいた縄が外れる。
「ウォルラース! 信じていたのに!」
クラーリンの声――合図だ。
すぐにマドハトの消費命の集中を感じる。
当然俺も消費命を集中している。
目を開くと周囲の視界は蒸気で悪化している。
洞窟内だからか全体的に暗く、この程度の蒸気でも視界が妨害される。
ウォルラースたちの手前に篝火があるのは分かるが、その向こうまでは視認できない。
『魔力感知』では、今みたいに視野が確保できなくとも寿命の渦は分かるのだが、寿命のない鎧や盾、遮蔽物などの有無まではわからない。
それでも用意していた吹き矢を構え、フラマさんの寿命の渦から判断できる「上半身」目掛けて『見えざる弓』で撃ち込んだ。
本物の弓の方は、ちょっと離れた場所に俺とマドハトの荷物なんかと一緒に隠してきた。
『見えざる弓』は暗闇の中では使えないが、この程度の明るさならば使うことができるのは実験済みだ。
もちろん吹き矢にはレムからもらったカウダ毒が塗布してある。
フラマさんが着ているのは厚手の服のみで、フード付きのマントがなめし皮の薄手のもの、という情報は事前にクラーリンからもらっていたが果たして――音から判断する限り、岩や木などの硬いものに当たった感じではない。
そこで気付く。
向こうからの魔法的な反撃を恐れて偽装の渦で移動をしたのだが、クラーリンにかけてもらった『眠れ、魂の形』のせいで、「カウダ毒をくらった状態の猿種の寿命の渦」が維持され続けているのだ。
他人の魔法がかかっているといつもと勝手が違う。
どちらにせよ、さっきの蒸気はもはや消えた。
そのクリアになった視界にて、フラマさんがゆっくりと倒れるのが見えた。
『魔力感知』はもう詳細モードへと切り替えている。
フラマさんの寿命の渦の動きが緩慢化しつつある。
とりあえずフラマさんについては後回しでいいだろう。
「ファウン、見せしめに片方を殺せ!」
ウォルラースが叫んだ。
「やめろッ!」
「ファウンッ! やめろッ!」
クラーリンだけじゃなく、俺まで思わず声が出た。
だがその声が届くよりも先に、ファウンは短剣を二本とも鞘へ戻した。
戻した?
ファウンはチェッシャーの手をつかんでグリニーさんの方へと押し、ウォルラースの前へと立つ。
光源となる篝火は一つだけ。
その篝火から一アブスほど離れた場所に寝藁が敷かれ、グリニーさんはその上に座っている。
チェッシャーはグリニーさんに覆いかぶさるようにしていて、そのちょっと向こうのファウンはこちらへは完全に背を向けている。
さらにその奥に居るウォルラースのゆとりのない表情が篝火に照らされている。
洞窟内の直径はそこまで広くなく、ほぼ同じ幅で伸びていて、ウォルラースの脇には小さな樽が幾つか見えるが、ウォルラースの後ろがどこまで伸びているまでは今は把握できない。
『魔力感知』の精度を最大にすれば洞窟の形を把握できなくはないが、こんな状況でそっちに脳内リソースを割けるほど俺は強くも万能でもない。
あとは奥に向かってゆるやかに下っているくらいか。
「……ファウン……お前まで私を裏切るのか?」
「いや、あっしはウォルを裏切ったりはしねぇでさぁ」
「だが、いま」
「仲間だから止めるんでやすよ」
「なら、なぜ、私の邪魔をするッ!」
「仲間だから、止めるんでやすッ!」
俺たちを油断させるための小芝居だという可能性を捨てずに、今のうちに『眠れ、魂の形』を『時間切れ』で解除する――と同時に、同じ寿命の渦を偽装の渦で作り出す。
これで偽装消費命での消費命集中が、いつも通りにできる。
一方、クラーリンはあの共同夜営地での襲撃時と同様に指を飛ばす魔法を使ったようだ。
その切り離した指を、気づかれないようにウォルラースへと近づけている。
襲撃の後、クラーリンは自分の飛ばした指を拾って『生命回復』で接合していたが、きっと切り落とした指でもつながっているとき同様に自分の一部として認識できる魔法を使っているのだろう。
飛ばした指先から魔法の発動もしていたし。
『魔法転移』以外で離れた場所にて魔法を使う工夫は、どの魔術師もそれぞれ考えているのだな。
「ファウン、どいてくれ。人質を取らねば、私がクラーリンに殺される」
「ウォル! あんさん、あの頃はそんなじゃなかったでやすよ?」
「……私は知っているのだぞ、ファウン。お前があのリテルと組んでタールを殺したということを」
「あっしは戦闘には参加してないし、そもそもタールがウォルの仲間だとは知らなかったと」
「そうやって、今度は私を殺すのかッ?」
ウォルラースが腰に下げた短めの曲刀を抜く。
「あっしがウォルを殺すことはないでやすよ。ほら、武器だって鞘に」
ファウンがそこまで言い切る前に、ウォルラースが曲刀を突き出した。
その切っ先は、ファウンの後ろにいるチェッシャーとグリニーさんを狙っている。
しかし、ファウンは自身の身体でウォルラースの曲刀を止めた。
「すまねぇな……あんとき、あっしがウォルを止められて、いたら……」
直後、ウォルラースが自身の身体をかきむしるようにかがみ込んだのと、マドハトの魔法が発動したのは同時だった。
「『つるつる道』」
この小声はマドハト。
あの『大笑いのぬかるみ』を一本の道の形として発生させる魔法。
摩擦ゼロのつるつるを移動に使えないかと提案したらマドハトが作ってくれたもの、というかマドハトの初自作魔法!
自作魔法がゆえに、そしてまだ使い慣れていないがために、消費命の集中に時間がかかるし、呪文名を口にしないでの発動もできないっぽい。
それでも俺がこれを待っていたのは、『大笑いのぬかるみ』を使い慣れたマドハトの方が、時間はかかろうとも魔法代償をかなり少なめに発動できるから。
俺も教えてもらいはしたのだが、マドハトよりも複雑に考えてしまうためか発動に必要となる魔法代償がマドハトよりも多くなってしまったのだ。
ゴブリン魔法にはゴブリン独特の考え方があるらしく、正直その思考がよくわからないというかマドハトほど魔法代償を絞り込めなかったものが少なくなかった。
それに今回は移動に使うわけじゃない。
俺は即座に偽装消費命込みで集中してあった消費命で魔法を発動する――『同じ皮膚・改』を。
そう。この魔法でできた「ぬかるみ」を、俺の皮膚の一部として認識する。
なので偽装消費命込みで集中した消費命を運ぶこともできるし、そこから魔法の発動もできる。
『魔法転移』ではなく直接発動できるので小回りもきく――しかも。
さっきの待ち時間の間にあらかじめ集中しておいた偽装消費命込みの消費命を即座に発動へと移す。
ぬかるみの水分を利用した『水刃』を。
数本の水の刃をぬかるみから伸ばし、『つるつる道』の先端のすぐ近くに居たウォルラースの体を貫いた。
マドハトには『つるつる道』をウォルラースのすぐ手前まで伸ばしてくれとお願いしてあったのだ。
間髪を入れず『凍れ』も発動すると、『水刃』はウォルラースの体を貫いた状態で凍った。
思えばこの技もクラーリンから習ったんだったけかな。魔法発動用の消費命をあらかじめ集中しておき、その集中した状態で留めておく技。
教えてもらったのは「消費命の集中をせずにいきなり魔法を発動する技術」としてだが、こうやって事前に集中しておいた消費命を複数個維持しておければ、消費命の集中というタイムラグなしに連続して魔法を発動できることに気づいたのだ。
今回はさっきの待ち時間の間に消費命の集中を三魔法分、この場で溜めた。
『水刃』から『凍れ』までの間をノータイムに縮めることができたおかげで、一瞬だけ発生する水の刃が崩れる前に、刃としての形を保ったままで凍らせることができるようになったのだ。
ここから先も時間との勝負。
ウォルラースはファウンを貫いたまま動きを止めている。
ファウンはその気さえあれば、あの状態でも動くことができるだろう。
油断はせずに、だが迅速に、俺は『つるつる道』でできたぬかるみの上を滑った。
今度は移動のために。
ウォルラースを貫くために水分を使ったからか、ぬかるみはウォルラースの手前でぬかるまなくなってしまっている。
ファウンとウォルラースの動きに注意しつつ、すぐさまグリニーさんとチェッシャーの手をつかんで引き寄せる――そのままぬかるんだ道の上へ座らせて強く押す。
どこかのゲームのダンジョンにある滑る床のように、二人は滑って『つるつる道』を遡る――とはいえゆるやかな上り坂。
摩擦ゼロとはいえどもスピードが徐々に落ちてゆく。
そこへ『つるつる道』の横を駆け下りてきていたマドハトがさらにつかんで引っ張り上げる。クラーリンの元へ――というのを寿命の渦の動きで把握しつつ、俺は『虫の牙』を抜いて構えた。
ファウンは、俺とウォルラースとを交互に見ている。
フラマさんはカウダ毒で麻痺ってくれているっぽい。
ウォルラースは何かしようとしているが、うまく行動できないでいる。
きっとクラーリンが魔法で何かしているのだろう。
「リテルの兄貴ぃ……情ねぇとこお見せして、すいやせん」
「ファウン。お前はウォルラースの仲間だったのか」
「そうでやす。まだウォルが、こんな、に歪む前からでやした、けど……」
「すまないが、俺はウォルラースを生かしてはおけない」
『虫の牙』をウォルラース目掛けて突き出したとき、ファウンが身を挺してウォルラースを庇う。
「わかって、やす。でも、させやせん。あっしを先に、倒して、おくんなせぇ」
ファウンは俺に背中を向けたまま、ウォルラースを守るように両手を広げていて、だがウォルラースが刺した曲刀はその背中まで貫通している。
もしもファウンが偽装の渦しているのでなければ、その寿命の渦を見る限り戦意はないように感じる。
油断を誘っているのか、それとも旧友ウォルラースに義理を立てているのか、どちらにせよ俺は迷わない。
ネスタエアインの存在があるからだ。
あいつなら、この奥に潜んで機をうかがっている可能性だってある。
もしも来ていないのであれば、ウォルラースとタッグを組まれる前にせめてウォルラースだけでも――こちらには人質にされそうな人が多過ぎるから。
「それも、すまない」
俺はファウンを大きく回り込み、横からウォルラースへと刃を突き立てようとした。
しかし、ウォルラースに貫かれたままのファウンも無理やり体をねじってその間に立ち塞がる――かのように見えたが、転んだ。
ウォルラースも一緒に倒れ込む。
ファウンが踏ん張る力さえも失くしたわけではないだろう――そう判断したのは、俺も『虫の牙』を落としたから。
指先に力がうまく入らない――魔法か、毒か、誰かがこちらを攻撃しているのは間違いない。
とはいえこの機会を逃すわけには――膝にふと熱を感じる。
体に曲刀が刺さったままのファウンが身をねじったのと、体にぬかるみから突き出た氷の刃が刺さったままのウォルラースとが一緒に倒れた際、二人の傷が広がり、溢れ出た血が血溜まりとなってここまで広がってきたのだ。
俺はその血に触れたまま消費命を集中、即座に魔法を発動した。
作れる限りの血の刃を、ウォルラースの脳に向けて。
ふとファウンが右手を動かし、短剣を抜いた。
やはり演技だったのか――と思った矢先、ファウンはぎこちない動きで短剣を自身の喉へ当て、裂いた。
そして何かを言ったのだが、血が気管へ入り込んだせいかうまく聞き取れない。
俺になんとか聞こえたのは。
「最期が、ひとりは、寂しか、ろう、よ」
自身の頬を涙が伝うのを感じる。
ずっと警戒していたのに、最期まで信じてあげられなかったのに、鬱陶しいとさえ思っていたのに、どうしてこんなにも悲しいのだろうか。
ファウンは最期まで、格好良かった。
ファウンの行動が、彼を助けたあの時からずっと正義の側にあろうとしたということは、薄々感じてはいた。
それでも俺は、リテルやルブルムたちの身を守るという免罪符を盾にして、ずっとファウンを疑い続けた。
さっきだって、グリニーさんとチェッシャーとを人質に取ったのも、ルージャグ戦の前にクーラ村のメドを人質に取ることで助けたときと同じで、きっと助けるための行動だったのだろうと、心の底では理解していた。
だからこそフラマさんを最初に狙って撃ったわけだし。
しかも道を踏み外した旧友のために自らの命を差し出して、あまつさえ共に逝こうとする。
悪党には到底できることじゃない。
俺なんかよりずっと紳士的じゃないか。
もしかしたら協力し合えたかもしれない。
今よりももっと良い結末を向かえられたかもしれない。
マドハトと同じように、一緒に楽しく旅ができる仲間になれたかもしれない。
それでも俺には、ファウンを受け入れられるほどの強さがなかった。
これはゲームじゃない。やり直しなんてきかない現実だから。
自分の限られた能力の中で、とにかく少しでもバッドエンドの可能性を減らすためには、ファウンの美徳がゆえの行動をまるきり無視する道を、選ばざるを得なかったのだ。
「ファウン、ごめんな」
そう言おうとしたが、口が動かない。
口ばかりか全身が麻痺している。
だから俺も洞窟内の地面に横たわっている状態。
ファウンへの想いとは別に『カウダの毒消し』を偽装消費命込みで自身にかけてはいるが、効いている気がしない。
違う毒?
それともそういう効果の魔法?
詳細モードの『魔力感知』に、魔石の気配が引っかかる。
ああ、そうか。
『魔動人形』は、魔石の中へ寿命の渦を隠せるんだっけ――ネスタエアイン。
このタイミングで仕掛けてきたか。
ということは、そもそもタールもウォルラースのことも信用してなかったとか?
クラーリンやマドハトも、寿命の渦の硬直具合を見る感じ、俺と同じ症状に――いや、違う。
寿命の渦をうまく動かせていない俺の、偽装の渦が解けている。
俺も、グリニーさんも、本来の二重の寿命の渦の形が露わになった状態に。
マジか。
ポーまで動けくなっているだって?
俺はとっさに自身へ一つの魔法をかけた。
意識は不思議としっかりとしている。
ここは自分自身へ『テレパシー』をかけたことで思い出した「ウォルラースにとどめを刺すちょっと前の記憶」。
あのときはウォルラースを倒すことにとても集中していたからちゃんと気づけてなかったが、この時点で既に自分の寿命の渦の一部が固まりかけていたことがわかる。
その前後の記憶も確認してみると、端のほうからじわじわと寿命の渦が硬直していったのだとわかる。
イメージとしては「寿命の渦に対して効果を発揮する毒」。
そんな中、過去の記憶を「思い出している状態」だと、今まさに進行中の寿命の渦の硬直がさほど気にならないと気付いた。
『テレパシー』は脳内の情報伝達速度が上がるが、そういったことじゃなさげ。
直感的に、この「寿命の渦毒」よりも『テレパシー』による記憶の読み込みの方が「強い」と感じた。
色んな記憶に頻繁にアクセスすると、その都度、瞬間的に寿命の渦の硬直がほぐれるから。
ということは、寿命の渦をいつもよりも早く動かせば――あっ。
ついてきやがるのか。
なるほど。
ふと閃いたのは、これをしかけてきたのがタールという前提で、あの種族、ナベリウスのもつ特徴のこと。
ナベリウスは意識を平均三つ持っていて「並列思考」ができる。
魔法を使う時に気をつけるべきことの一つに、使った魔法が相手に触れていると学習されてしまうという危険性がある。
もしこれが魔法効果だと仮定すると、ナベリウスならば学習されて逆に使われても「並列思考」で耐えることができる。
ではなぜ『テレパシー』がこれに対して有効なのだろうか。
魔法により取り戻される記憶と、俺自身の思考とが、図らずしも「二つの思考」ということになっているとか?
魔術師ならば寿命の渦を思考で操作が可能だ。
自身への『テレパシー』で過去に魔法を使ったタイミングを「思い出した」場合、当時の寿命の渦の状態をも再現するけれど、それとは別に普段ずっと偽装の渦している「一般的な猿種」が維持できている。
これは、一つの意識が動かしている寿命の渦に対し、正反対の動きを強制して寿命の渦の動きを止める、みたいな効果なんじゃないかな。
寿命の渦を見せなくするために、寿命の渦と正反対の向きの寿命の渦を偽装の渦するみたいに。
と仮定がうまくまとまったところで、『テレパシー』にだって効果時間があるわけだし、今のうちに対策を実行まで移さないとジリ貧だ。
だとしたら今の俺にできるのは、この自身への『テレパシー』的な効果を対策魔法として作ること。
俺の意思とは関係なく外的に寿命の渦を動かそうとする圧力を、自動的に迎撃する魔法を。
全く未調整だがのんびり試行錯誤している暇はない。
見切り発車だが、やるしかない。
イメージして、今、動かせる限りの力を総動員して、さっきのこの魔法を思いついた瞬間の記憶を幾度となくリロードして。
『アンチイノチ』と同じ思考の魔法だから名前は『カウンターイノチ』だな。
「素晴らしい! ギリギリまで抵抗しようとなさっていましたね。さすがテル君。いやリテル君でしたっけ」
女性の美しい声。
ネスタエアインか?
「どうせ聞こえているのでしょう? 私はあなた相手には油断しないと決めておりますゆえ」
声は洞窟の入り口の方からのように聞こえる。
「しかし驚きでした。なるほどなるほど、あなたは魔術特異症でいらしたのですね!」
口調から考えるとネスタエアインだと判断して良いだろう。
今来たのか、それともちょっと前から来て準備していたのか。
「どのようにしたら、警戒心がやたらと強いあなたを出し抜くことができるのかと、模索しておりました……そこで今回のこれですよ!」
安っぽいテレビ通販みたいになってきた――などという戯言は置いといて、なんでネスタエアインはずっと洞窟の入り口で喋り続けているんだ?
「ふふふ、詳細については語りませんよ? あなたが対策を思いつく手がかりになってしまうでしょうから!」
時間稼ぎ?
それとも、近寄れない、とかか?
「もしかして、どうして長々と高説を垂れているのか、などと必死に考えていらっしゃいます?」
揺さぶりをかけているのか、それとも思考のループに導こうとしているのか。
自分の中だけで答えが出ない問題の答えを考えることは、思考のループにつながる恐れがある。
そりゃ、答えが出せない問題だから。
なので、ある程度の仮定を出したら、思考はそこで適度に切り上げるしかない、というのを俺はカエルレウム師匠に「思考を止めるな」と教えていただいたおかげで自ら気付くことができた。
今するべきは、ネスタエアインの語りかけに耳を貸すことではない。
こんな状態の俺がどうすればネスタエアインを無力化できるのか、それを考えるの一択だろう。
こうやって思考できているのだって、思いつき『カウンターイノチ』がたまたま今だけうまくいっているとかかもしれないし、『カウンターイノチ』にだって『テレパシー』ほど短くはないが効果時間はある。
『つるつる道』はまだ残っているだろうか。
いや、残っていたとしても、あの声の場所――『魔力感知』の詳細モードで見えている魔石の位置までは到底届かない。
待てよ。
声も魔石も位置が動いている気配がない。
『魔法転移』対策を取っていないということは、そもそも声と魔石は囮なのか?
そう考えた直後、俺の右脚の膝に鋭い痛みが走った。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
レムールのポーとも契約。傭兵部隊を勇気除隊。ルブルムたちとの合流を目指すなか夜襲を受け、逆にウォルラースのアジトを急襲。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種の兎亜種。
高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種の体は最近は丈夫に。
地球で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊を勇気除隊。いつもリテルと共に。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ディナの母
アールヴという閉鎖的な種族ながら、猿種に恋をしてディナを生んだ。名はネスタエアイン。
キカイー白爵の館からディナを逃がすために死んだが、現在はタールに『魔動人形』化されている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・タール
元ギルフォド第一傭兵大隊隊長。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。
地界出身の魔人。種族はナベリウス。現在は『魔動人形』化したネスタエアインの中に意識を移している。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。現在はギルフォド第一傭兵大隊隊長代理。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、ルブルムに同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。クラーリンともファウンとも旧知の仲であった。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・ファウン
ルージャグから逃げたクーラ村の子供たちを襲った山羊種三人組といっとき行動を共にしていた山羊種。
リテルを兄貴と呼び、ギルフォドまで追いかけてきた。傭兵部隊を一緒に勇気除隊した深夜、突如として姿を消した。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。鳥種の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。
胸の大きさや美しさ、綺麗な所作などで大人気。父親が地界出身の魔人。ウォルラースに洗脳されているっぽい。
・オストレア
鳥種の先祖返りで頭は白のメンフクロウ。スタイルはとてもいい。フラマの妹。
父の仇であるタールの部下として傭兵部隊に留まっていた。
・オストレアとフラマの父
地界出身の魔人。種族はアモン。タールと一緒に魔法品の研究をしていたが、タールに殺された。
タールの、ギルフォルド王国に居るアモン種族の「魔動人形」が、この父である可能性が高い。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
共に盗賊団に入団した仲間を失い逃走中だった。使い魔にしたカッツァリーダや『発火』で夜襲をかけてきたが、死亡。
・コンウォル
スプリガン。定期便に乗る河馬種の男の子に偽装していた。タールの『魔動人形』の一体。
夜襲の際に正体を現して『虫の牙』を奪いに来た。そしてマドハトの首を刎ねたが、リテルに叩き潰されて焼かれた。
・クラーリン
グリニーに惚れている魔術師。猫種。目がギョロついているおじさん。グリニーを救うためにウォルラースに協力。
チェッシャーに魔法を教えた人。リテルやエルーシにも魔術師としての心構えや魔法を教えた。
・グリニー
チェッシャーの姉。猫種。美人だが病気でやつれている。その病とは魔術特異症に起因するものらしい。
現在かなり弱っており、クラーリンが魔法で延命しなければ危険な状況。クラーリン、チェッシャーと共にウォルラースに同行。
・チェッシャー
姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。
猫種の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ショゴウキ号
ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。
・ドラコ
古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。その卵を現在、リテルが所持。
卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償を与えられるまで、石のような状態を維持する。
・ナベリウス
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族。「並列思考」ができる。
鳥種の先祖返りに似た外観で、頭部は烏。種族的にしわがれ声。魔法品の制作も得意。
・アモン
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。頭部は水鳥や梟、烏に似る。
■ はみ出しコラム【ゴブリンとホブゴブリンの魔法】
今回は、リテル以外の登場人物が使用する魔法を紹介する。
● ゴブリン魔法
通常のゴブリンは、魔法を一つか二つしか覚えていない。
ちなみに、ここで紹介するものの中には本編に登場していない魔法もあるが、マドハトが覚えている魔法であるため記載する。
・『知恵写し』:ゴブリン魔法を教える呪文。次のゴブリンシャーマンに魔法をまるっと伝える。
・『おもしろ耳打ち』:ゴブリン魔法を教える呪文。術者の知る任意の一つの呪文を教えることができるが、一人のゴブリンに対しては、(十進法で)十二年に一回しか使えない。
・『取り替え子』:一度使用するとこの魔法に「壁」(とゴブリンが呼んでいるもの)ができる。その「壁」は(十進法で)十二年経つとなくなるが、なくなるまでは『取り替え子』を再使用できない。ただし「もとの体に戻る」のは「壁」に関係なく使用可能。取り替える二人に触れていないといけない。
・『大笑いのぬかるみ』:地面の表層近くがヌルヌルで滑りやすくなる(普通のぬかるみとは比べ物にならないくらい滑る)。この魔法の思考は「地面」という大きな存在に触れ「地面」の表面をぬかるみに変えているため、ぬかるみ発生場所まで術者からある程度の距離がデフォルトで確保されている。
・『こらえきれない笑いの腰』:尿意と便意がすさまじいことになる。接触が必須。
・『しのび笑いの果物』:一つの果物を指定。果物が間違っていなければ、見えていて匂いを嗅げているその果物を一瞬にして腐らせることができる。果物はその匂いを嗅いだだけでよだれが出るため、「匂っている」だけで「触れている」のと同じ感覚で魔法を発動できるようだ。
・『うんちが鼻につく』:うんちの臭いが鼻につき、半日近く取れない。魔法はまずうんちにかけて、そのうんちをぶつけることができたら発動する。
・『びちょびちょ洗濯物』:屋内だろうがどこだろうが、突発的な集中豪雨が洗濯物にだけ降り、洗濯物をびちょびちょに濡らす。
・『びっくりもっこり』:服の一部が「もっこり」形状に膨らむ。自分が目視している相手に自身の陰部を見せることができたら発動する。しかもその「もっこり」部分を潰すと、男性が金的を蹴られたときのような痛みが生じる。
・『ゴブリンの頭切り』:自分の体の一部を差し出すことで自身の命を守るという、ゴブリン・シャーマンにだけ伝わる秘密の魔法。周囲の者には「差し出した体の一部」がまるで術者の頭部であるかのように見え、また術者自身の体は首なし死体に見える。寿命の渦も死んだみたいに消える(一定時間)。
・『つるつる道』:『大笑いのぬかるみ』を一本の道の形として発生させたもの。マドハトの初自作魔法。
● ホブゴブリンの魔法
・『森の平穏』:一種類の材質のもので地面に円を描くと、その材質以外の臭いは、その円を通り抜けない。獲った獲物の血抜きや、怪我をした動物などを守るために使う。その直径の円の範囲は地中や上空にも効果があるが、六ホーラ経過するか、その材質の円を(蹴飛ばしたりなどで)切ってしまうと効果は解除されてしまう。
・『見えざる弓』:弓を引くモーションと共に使う。通常の矢の他、小石、棒など、投げられる重さのあるものであれば、矢のように発射できる。飛ばす側は魔法だが、飛ばされるモノは物理である。真っ暗な闇の中では使えない。
・『森の伝令』:まだ暗いうちからロービンは森を確認して回る。その際、森のあちこちにある特別な印へ、1ディエスを捧げている。数(1d6)日間有効。切れたら、ロービンにはわかる。ロービンが森の中から出ると、効力を失う。誰かがこの印へ触れれば、ロービンに伝わる。また、印に触れている者が、(ロービンに合言葉を教えてもらっていた場合、かつ、1ディエス消費した場合)ロービンと脳内会話が可能。トリエグルはこれを用いてロービンとやりとりをした。
俺とマドハトの鎧にかけておいた新魔法が発動したのだ。
良かった。
検証が浅い魔法、というかほとんどぶっつけ本番だった魔法がうまくいって。
さっきエルーシに至近距離で『発火』を発動されたときは条件達成しなかったから、ひょっとして魔法の設定を失敗したかもと諦めかけていたけれど、あの距離であの温度ならば大丈夫だったというだけか。
今発動したのは『温度罠』にセットしておいた『水冷』という魔法。
『温度罠』はあらかじめ温度と方向とを決めておき、他の魔法と共に使用する設置型の魔法。
発動時に設定しておいた温度よりも以上もしくは以下の温度を感知すると、発動時にセットしておいた魔法が決めておいた方向へ向けて発動されるという罠型の魔法。
対タール戦で足首を炎の鞭に焼き切られた経験から作ったもので、今回は対タール戦で足首に巻き付けられた火の熱さを思い出してそれ以上の温度、として設定してあった。
傭兵部隊の医療棟では思考する時間はたっぷりもらえたが表向きは療養のためにそこに居たから、実際に魔法をバンバン使って試すわけにはいかず、『温度罠』が本当に火を押し当てたときに発動するのか、という所までは確認できなかったのだ。
そして『水冷』も新魔法で、『凍れ』の発展型。
空気中を含む周囲から水分を集め、冷気をまとった霧を発生させるというもの。
炎の威力を相殺とまではいかなくとも弱める効果を狙って作った。
タールが使っていた炎魔法にどれほどの効果があるか分からなかったから、俺とマドハトの鎧には、前面と背面とにそれぞれ付与しておいたのだ。
まさかタールじゃなく、フラマさんの発動した魔法に対して発動されるとは思ってもいなかったが――って、体が浮いた。
俺とマドハトを乗せていた馬が驚きいななき跳ねたのだ。
結果的に振り落とされ、おかげでそういう縛り方をしておいた縄が外れる。
「ウォルラース! 信じていたのに!」
クラーリンの声――合図だ。
すぐにマドハトの消費命の集中を感じる。
当然俺も消費命を集中している。
目を開くと周囲の視界は蒸気で悪化している。
洞窟内だからか全体的に暗く、この程度の蒸気でも視界が妨害される。
ウォルラースたちの手前に篝火があるのは分かるが、その向こうまでは視認できない。
『魔力感知』では、今みたいに視野が確保できなくとも寿命の渦は分かるのだが、寿命のない鎧や盾、遮蔽物などの有無まではわからない。
それでも用意していた吹き矢を構え、フラマさんの寿命の渦から判断できる「上半身」目掛けて『見えざる弓』で撃ち込んだ。
本物の弓の方は、ちょっと離れた場所に俺とマドハトの荷物なんかと一緒に隠してきた。
『見えざる弓』は暗闇の中では使えないが、この程度の明るさならば使うことができるのは実験済みだ。
もちろん吹き矢にはレムからもらったカウダ毒が塗布してある。
フラマさんが着ているのは厚手の服のみで、フード付きのマントがなめし皮の薄手のもの、という情報は事前にクラーリンからもらっていたが果たして――音から判断する限り、岩や木などの硬いものに当たった感じではない。
そこで気付く。
向こうからの魔法的な反撃を恐れて偽装の渦で移動をしたのだが、クラーリンにかけてもらった『眠れ、魂の形』のせいで、「カウダ毒をくらった状態の猿種の寿命の渦」が維持され続けているのだ。
他人の魔法がかかっているといつもと勝手が違う。
どちらにせよ、さっきの蒸気はもはや消えた。
そのクリアになった視界にて、フラマさんがゆっくりと倒れるのが見えた。
『魔力感知』はもう詳細モードへと切り替えている。
フラマさんの寿命の渦の動きが緩慢化しつつある。
とりあえずフラマさんについては後回しでいいだろう。
「ファウン、見せしめに片方を殺せ!」
ウォルラースが叫んだ。
「やめろッ!」
「ファウンッ! やめろッ!」
クラーリンだけじゃなく、俺まで思わず声が出た。
だがその声が届くよりも先に、ファウンは短剣を二本とも鞘へ戻した。
戻した?
ファウンはチェッシャーの手をつかんでグリニーさんの方へと押し、ウォルラースの前へと立つ。
光源となる篝火は一つだけ。
その篝火から一アブスほど離れた場所に寝藁が敷かれ、グリニーさんはその上に座っている。
チェッシャーはグリニーさんに覆いかぶさるようにしていて、そのちょっと向こうのファウンはこちらへは完全に背を向けている。
さらにその奥に居るウォルラースのゆとりのない表情が篝火に照らされている。
洞窟内の直径はそこまで広くなく、ほぼ同じ幅で伸びていて、ウォルラースの脇には小さな樽が幾つか見えるが、ウォルラースの後ろがどこまで伸びているまでは今は把握できない。
『魔力感知』の精度を最大にすれば洞窟の形を把握できなくはないが、こんな状況でそっちに脳内リソースを割けるほど俺は強くも万能でもない。
あとは奥に向かってゆるやかに下っているくらいか。
「……ファウン……お前まで私を裏切るのか?」
「いや、あっしはウォルを裏切ったりはしねぇでさぁ」
「だが、いま」
「仲間だから止めるんでやすよ」
「なら、なぜ、私の邪魔をするッ!」
「仲間だから、止めるんでやすッ!」
俺たちを油断させるための小芝居だという可能性を捨てずに、今のうちに『眠れ、魂の形』を『時間切れ』で解除する――と同時に、同じ寿命の渦を偽装の渦で作り出す。
これで偽装消費命での消費命集中が、いつも通りにできる。
一方、クラーリンはあの共同夜営地での襲撃時と同様に指を飛ばす魔法を使ったようだ。
その切り離した指を、気づかれないようにウォルラースへと近づけている。
襲撃の後、クラーリンは自分の飛ばした指を拾って『生命回復』で接合していたが、きっと切り落とした指でもつながっているとき同様に自分の一部として認識できる魔法を使っているのだろう。
飛ばした指先から魔法の発動もしていたし。
『魔法転移』以外で離れた場所にて魔法を使う工夫は、どの魔術師もそれぞれ考えているのだな。
「ファウン、どいてくれ。人質を取らねば、私がクラーリンに殺される」
「ウォル! あんさん、あの頃はそんなじゃなかったでやすよ?」
「……私は知っているのだぞ、ファウン。お前があのリテルと組んでタールを殺したということを」
「あっしは戦闘には参加してないし、そもそもタールがウォルの仲間だとは知らなかったと」
「そうやって、今度は私を殺すのかッ?」
ウォルラースが腰に下げた短めの曲刀を抜く。
「あっしがウォルを殺すことはないでやすよ。ほら、武器だって鞘に」
ファウンがそこまで言い切る前に、ウォルラースが曲刀を突き出した。
その切っ先は、ファウンの後ろにいるチェッシャーとグリニーさんを狙っている。
しかし、ファウンは自身の身体でウォルラースの曲刀を止めた。
「すまねぇな……あんとき、あっしがウォルを止められて、いたら……」
直後、ウォルラースが自身の身体をかきむしるようにかがみ込んだのと、マドハトの魔法が発動したのは同時だった。
「『つるつる道』」
この小声はマドハト。
あの『大笑いのぬかるみ』を一本の道の形として発生させる魔法。
摩擦ゼロのつるつるを移動に使えないかと提案したらマドハトが作ってくれたもの、というかマドハトの初自作魔法!
自作魔法がゆえに、そしてまだ使い慣れていないがために、消費命の集中に時間がかかるし、呪文名を口にしないでの発動もできないっぽい。
それでも俺がこれを待っていたのは、『大笑いのぬかるみ』を使い慣れたマドハトの方が、時間はかかろうとも魔法代償をかなり少なめに発動できるから。
俺も教えてもらいはしたのだが、マドハトよりも複雑に考えてしまうためか発動に必要となる魔法代償がマドハトよりも多くなってしまったのだ。
ゴブリン魔法にはゴブリン独特の考え方があるらしく、正直その思考がよくわからないというかマドハトほど魔法代償を絞り込めなかったものが少なくなかった。
それに今回は移動に使うわけじゃない。
俺は即座に偽装消費命込みで集中してあった消費命で魔法を発動する――『同じ皮膚・改』を。
そう。この魔法でできた「ぬかるみ」を、俺の皮膚の一部として認識する。
なので偽装消費命込みで集中した消費命を運ぶこともできるし、そこから魔法の発動もできる。
『魔法転移』ではなく直接発動できるので小回りもきく――しかも。
さっきの待ち時間の間にあらかじめ集中しておいた偽装消費命込みの消費命を即座に発動へと移す。
ぬかるみの水分を利用した『水刃』を。
数本の水の刃をぬかるみから伸ばし、『つるつる道』の先端のすぐ近くに居たウォルラースの体を貫いた。
マドハトには『つるつる道』をウォルラースのすぐ手前まで伸ばしてくれとお願いしてあったのだ。
間髪を入れず『凍れ』も発動すると、『水刃』はウォルラースの体を貫いた状態で凍った。
思えばこの技もクラーリンから習ったんだったけかな。魔法発動用の消費命をあらかじめ集中しておき、その集中した状態で留めておく技。
教えてもらったのは「消費命の集中をせずにいきなり魔法を発動する技術」としてだが、こうやって事前に集中しておいた消費命を複数個維持しておければ、消費命の集中というタイムラグなしに連続して魔法を発動できることに気づいたのだ。
今回はさっきの待ち時間の間に消費命の集中を三魔法分、この場で溜めた。
『水刃』から『凍れ』までの間をノータイムに縮めることができたおかげで、一瞬だけ発生する水の刃が崩れる前に、刃としての形を保ったままで凍らせることができるようになったのだ。
ここから先も時間との勝負。
ウォルラースはファウンを貫いたまま動きを止めている。
ファウンはその気さえあれば、あの状態でも動くことができるだろう。
油断はせずに、だが迅速に、俺は『つるつる道』でできたぬかるみの上を滑った。
今度は移動のために。
ウォルラースを貫くために水分を使ったからか、ぬかるみはウォルラースの手前でぬかるまなくなってしまっている。
ファウンとウォルラースの動きに注意しつつ、すぐさまグリニーさんとチェッシャーの手をつかんで引き寄せる――そのままぬかるんだ道の上へ座らせて強く押す。
どこかのゲームのダンジョンにある滑る床のように、二人は滑って『つるつる道』を遡る――とはいえゆるやかな上り坂。
摩擦ゼロとはいえどもスピードが徐々に落ちてゆく。
そこへ『つるつる道』の横を駆け下りてきていたマドハトがさらにつかんで引っ張り上げる。クラーリンの元へ――というのを寿命の渦の動きで把握しつつ、俺は『虫の牙』を抜いて構えた。
ファウンは、俺とウォルラースとを交互に見ている。
フラマさんはカウダ毒で麻痺ってくれているっぽい。
ウォルラースは何かしようとしているが、うまく行動できないでいる。
きっとクラーリンが魔法で何かしているのだろう。
「リテルの兄貴ぃ……情ねぇとこお見せして、すいやせん」
「ファウン。お前はウォルラースの仲間だったのか」
「そうでやす。まだウォルが、こんな、に歪む前からでやした、けど……」
「すまないが、俺はウォルラースを生かしてはおけない」
『虫の牙』をウォルラース目掛けて突き出したとき、ファウンが身を挺してウォルラースを庇う。
「わかって、やす。でも、させやせん。あっしを先に、倒して、おくんなせぇ」
ファウンは俺に背中を向けたまま、ウォルラースを守るように両手を広げていて、だがウォルラースが刺した曲刀はその背中まで貫通している。
もしもファウンが偽装の渦しているのでなければ、その寿命の渦を見る限り戦意はないように感じる。
油断を誘っているのか、それとも旧友ウォルラースに義理を立てているのか、どちらにせよ俺は迷わない。
ネスタエアインの存在があるからだ。
あいつなら、この奥に潜んで機をうかがっている可能性だってある。
もしも来ていないのであれば、ウォルラースとタッグを組まれる前にせめてウォルラースだけでも――こちらには人質にされそうな人が多過ぎるから。
「それも、すまない」
俺はファウンを大きく回り込み、横からウォルラースへと刃を突き立てようとした。
しかし、ウォルラースに貫かれたままのファウンも無理やり体をねじってその間に立ち塞がる――かのように見えたが、転んだ。
ウォルラースも一緒に倒れ込む。
ファウンが踏ん張る力さえも失くしたわけではないだろう――そう判断したのは、俺も『虫の牙』を落としたから。
指先に力がうまく入らない――魔法か、毒か、誰かがこちらを攻撃しているのは間違いない。
とはいえこの機会を逃すわけには――膝にふと熱を感じる。
体に曲刀が刺さったままのファウンが身をねじったのと、体にぬかるみから突き出た氷の刃が刺さったままのウォルラースとが一緒に倒れた際、二人の傷が広がり、溢れ出た血が血溜まりとなってここまで広がってきたのだ。
俺はその血に触れたまま消費命を集中、即座に魔法を発動した。
作れる限りの血の刃を、ウォルラースの脳に向けて。
ふとファウンが右手を動かし、短剣を抜いた。
やはり演技だったのか――と思った矢先、ファウンはぎこちない動きで短剣を自身の喉へ当て、裂いた。
そして何かを言ったのだが、血が気管へ入り込んだせいかうまく聞き取れない。
俺になんとか聞こえたのは。
「最期が、ひとりは、寂しか、ろう、よ」
自身の頬を涙が伝うのを感じる。
ずっと警戒していたのに、最期まで信じてあげられなかったのに、鬱陶しいとさえ思っていたのに、どうしてこんなにも悲しいのだろうか。
ファウンは最期まで、格好良かった。
ファウンの行動が、彼を助けたあの時からずっと正義の側にあろうとしたということは、薄々感じてはいた。
それでも俺は、リテルやルブルムたちの身を守るという免罪符を盾にして、ずっとファウンを疑い続けた。
さっきだって、グリニーさんとチェッシャーとを人質に取ったのも、ルージャグ戦の前にクーラ村のメドを人質に取ることで助けたときと同じで、きっと助けるための行動だったのだろうと、心の底では理解していた。
だからこそフラマさんを最初に狙って撃ったわけだし。
しかも道を踏み外した旧友のために自らの命を差し出して、あまつさえ共に逝こうとする。
悪党には到底できることじゃない。
俺なんかよりずっと紳士的じゃないか。
もしかしたら協力し合えたかもしれない。
今よりももっと良い結末を向かえられたかもしれない。
マドハトと同じように、一緒に楽しく旅ができる仲間になれたかもしれない。
それでも俺には、ファウンを受け入れられるほどの強さがなかった。
これはゲームじゃない。やり直しなんてきかない現実だから。
自分の限られた能力の中で、とにかく少しでもバッドエンドの可能性を減らすためには、ファウンの美徳がゆえの行動をまるきり無視する道を、選ばざるを得なかったのだ。
「ファウン、ごめんな」
そう言おうとしたが、口が動かない。
口ばかりか全身が麻痺している。
だから俺も洞窟内の地面に横たわっている状態。
ファウンへの想いとは別に『カウダの毒消し』を偽装消費命込みで自身にかけてはいるが、効いている気がしない。
違う毒?
それともそういう効果の魔法?
詳細モードの『魔力感知』に、魔石の気配が引っかかる。
ああ、そうか。
『魔動人形』は、魔石の中へ寿命の渦を隠せるんだっけ――ネスタエアイン。
このタイミングで仕掛けてきたか。
ということは、そもそもタールもウォルラースのことも信用してなかったとか?
クラーリンやマドハトも、寿命の渦の硬直具合を見る感じ、俺と同じ症状に――いや、違う。
寿命の渦をうまく動かせていない俺の、偽装の渦が解けている。
俺も、グリニーさんも、本来の二重の寿命の渦の形が露わになった状態に。
マジか。
ポーまで動けくなっているだって?
俺はとっさに自身へ一つの魔法をかけた。
意識は不思議としっかりとしている。
ここは自分自身へ『テレパシー』をかけたことで思い出した「ウォルラースにとどめを刺すちょっと前の記憶」。
あのときはウォルラースを倒すことにとても集中していたからちゃんと気づけてなかったが、この時点で既に自分の寿命の渦の一部が固まりかけていたことがわかる。
その前後の記憶も確認してみると、端のほうからじわじわと寿命の渦が硬直していったのだとわかる。
イメージとしては「寿命の渦に対して効果を発揮する毒」。
そんな中、過去の記憶を「思い出している状態」だと、今まさに進行中の寿命の渦の硬直がさほど気にならないと気付いた。
『テレパシー』は脳内の情報伝達速度が上がるが、そういったことじゃなさげ。
直感的に、この「寿命の渦毒」よりも『テレパシー』による記憶の読み込みの方が「強い」と感じた。
色んな記憶に頻繁にアクセスすると、その都度、瞬間的に寿命の渦の硬直がほぐれるから。
ということは、寿命の渦をいつもよりも早く動かせば――あっ。
ついてきやがるのか。
なるほど。
ふと閃いたのは、これをしかけてきたのがタールという前提で、あの種族、ナベリウスのもつ特徴のこと。
ナベリウスは意識を平均三つ持っていて「並列思考」ができる。
魔法を使う時に気をつけるべきことの一つに、使った魔法が相手に触れていると学習されてしまうという危険性がある。
もしこれが魔法効果だと仮定すると、ナベリウスならば学習されて逆に使われても「並列思考」で耐えることができる。
ではなぜ『テレパシー』がこれに対して有効なのだろうか。
魔法により取り戻される記憶と、俺自身の思考とが、図らずしも「二つの思考」ということになっているとか?
魔術師ならば寿命の渦を思考で操作が可能だ。
自身への『テレパシー』で過去に魔法を使ったタイミングを「思い出した」場合、当時の寿命の渦の状態をも再現するけれど、それとは別に普段ずっと偽装の渦している「一般的な猿種」が維持できている。
これは、一つの意識が動かしている寿命の渦に対し、正反対の動きを強制して寿命の渦の動きを止める、みたいな効果なんじゃないかな。
寿命の渦を見せなくするために、寿命の渦と正反対の向きの寿命の渦を偽装の渦するみたいに。
と仮定がうまくまとまったところで、『テレパシー』にだって効果時間があるわけだし、今のうちに対策を実行まで移さないとジリ貧だ。
だとしたら今の俺にできるのは、この自身への『テレパシー』的な効果を対策魔法として作ること。
俺の意思とは関係なく外的に寿命の渦を動かそうとする圧力を、自動的に迎撃する魔法を。
全く未調整だがのんびり試行錯誤している暇はない。
見切り発車だが、やるしかない。
イメージして、今、動かせる限りの力を総動員して、さっきのこの魔法を思いついた瞬間の記憶を幾度となくリロードして。
『アンチイノチ』と同じ思考の魔法だから名前は『カウンターイノチ』だな。
「素晴らしい! ギリギリまで抵抗しようとなさっていましたね。さすがテル君。いやリテル君でしたっけ」
女性の美しい声。
ネスタエアインか?
「どうせ聞こえているのでしょう? 私はあなた相手には油断しないと決めておりますゆえ」
声は洞窟の入り口の方からのように聞こえる。
「しかし驚きでした。なるほどなるほど、あなたは魔術特異症でいらしたのですね!」
口調から考えるとネスタエアインだと判断して良いだろう。
今来たのか、それともちょっと前から来て準備していたのか。
「どのようにしたら、警戒心がやたらと強いあなたを出し抜くことができるのかと、模索しておりました……そこで今回のこれですよ!」
安っぽいテレビ通販みたいになってきた――などという戯言は置いといて、なんでネスタエアインはずっと洞窟の入り口で喋り続けているんだ?
「ふふふ、詳細については語りませんよ? あなたが対策を思いつく手がかりになってしまうでしょうから!」
時間稼ぎ?
それとも、近寄れない、とかか?
「もしかして、どうして長々と高説を垂れているのか、などと必死に考えていらっしゃいます?」
揺さぶりをかけているのか、それとも思考のループに導こうとしているのか。
自分の中だけで答えが出ない問題の答えを考えることは、思考のループにつながる恐れがある。
そりゃ、答えが出せない問題だから。
なので、ある程度の仮定を出したら、思考はそこで適度に切り上げるしかない、というのを俺はカエルレウム師匠に「思考を止めるな」と教えていただいたおかげで自ら気付くことができた。
今するべきは、ネスタエアインの語りかけに耳を貸すことではない。
こんな状態の俺がどうすればネスタエアインを無力化できるのか、それを考えるの一択だろう。
こうやって思考できているのだって、思いつき『カウンターイノチ』がたまたま今だけうまくいっているとかかもしれないし、『カウンターイノチ』にだって『テレパシー』ほど短くはないが効果時間はある。
『つるつる道』はまだ残っているだろうか。
いや、残っていたとしても、あの声の場所――『魔力感知』の詳細モードで見えている魔石の位置までは到底届かない。
待てよ。
声も魔石も位置が動いている気配がない。
『魔法転移』対策を取っていないということは、そもそも声と魔石は囮なのか?
そう考えた直後、俺の右脚の膝に鋭い痛みが走った。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
レムールのポーとも契約。傭兵部隊を勇気除隊。ルブルムたちとの合流を目指すなか夜襲を受け、逆にウォルラースのアジトを急襲。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種の兎亜種。
高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種の体は最近は丈夫に。
地球で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊を勇気除隊。いつもリテルと共に。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ディナの母
アールヴという閉鎖的な種族ながら、猿種に恋をしてディナを生んだ。名はネスタエアイン。
キカイー白爵の館からディナを逃がすために死んだが、現在はタールに『魔動人形』化されている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・タール
元ギルフォド第一傭兵大隊隊長。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。
地界出身の魔人。種族はナベリウス。現在は『魔動人形』化したネスタエアインの中に意識を移している。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。現在はギルフォド第一傭兵大隊隊長代理。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、ルブルムに同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。クラーリンともファウンとも旧知の仲であった。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・ファウン
ルージャグから逃げたクーラ村の子供たちを襲った山羊種三人組といっとき行動を共にしていた山羊種。
リテルを兄貴と呼び、ギルフォドまで追いかけてきた。傭兵部隊を一緒に勇気除隊した深夜、突如として姿を消した。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。鳥種の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。
胸の大きさや美しさ、綺麗な所作などで大人気。父親が地界出身の魔人。ウォルラースに洗脳されているっぽい。
・オストレア
鳥種の先祖返りで頭は白のメンフクロウ。スタイルはとてもいい。フラマの妹。
父の仇であるタールの部下として傭兵部隊に留まっていた。
・オストレアとフラマの父
地界出身の魔人。種族はアモン。タールと一緒に魔法品の研究をしていたが、タールに殺された。
タールの、ギルフォルド王国に居るアモン種族の「魔動人形」が、この父である可能性が高い。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
共に盗賊団に入団した仲間を失い逃走中だった。使い魔にしたカッツァリーダや『発火』で夜襲をかけてきたが、死亡。
・コンウォル
スプリガン。定期便に乗る河馬種の男の子に偽装していた。タールの『魔動人形』の一体。
夜襲の際に正体を現して『虫の牙』を奪いに来た。そしてマドハトの首を刎ねたが、リテルに叩き潰されて焼かれた。
・クラーリン
グリニーに惚れている魔術師。猫種。目がギョロついているおじさん。グリニーを救うためにウォルラースに協力。
チェッシャーに魔法を教えた人。リテルやエルーシにも魔術師としての心構えや魔法を教えた。
・グリニー
チェッシャーの姉。猫種。美人だが病気でやつれている。その病とは魔術特異症に起因するものらしい。
現在かなり弱っており、クラーリンが魔法で延命しなければ危険な状況。クラーリン、チェッシャーと共にウォルラースに同行。
・チェッシャー
姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。
猫種の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ショゴウキ号
ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。
・ドラコ
古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。その卵を現在、リテルが所持。
卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償を与えられるまで、石のような状態を維持する。
・ナベリウス
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族。「並列思考」ができる。
鳥種の先祖返りに似た外観で、頭部は烏。種族的にしわがれ声。魔法品の制作も得意。
・アモン
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。頭部は水鳥や梟、烏に似る。
■ はみ出しコラム【ゴブリンとホブゴブリンの魔法】
今回は、リテル以外の登場人物が使用する魔法を紹介する。
● ゴブリン魔法
通常のゴブリンは、魔法を一つか二つしか覚えていない。
ちなみに、ここで紹介するものの中には本編に登場していない魔法もあるが、マドハトが覚えている魔法であるため記載する。
・『知恵写し』:ゴブリン魔法を教える呪文。次のゴブリンシャーマンに魔法をまるっと伝える。
・『おもしろ耳打ち』:ゴブリン魔法を教える呪文。術者の知る任意の一つの呪文を教えることができるが、一人のゴブリンに対しては、(十進法で)十二年に一回しか使えない。
・『取り替え子』:一度使用するとこの魔法に「壁」(とゴブリンが呼んでいるもの)ができる。その「壁」は(十進法で)十二年経つとなくなるが、なくなるまでは『取り替え子』を再使用できない。ただし「もとの体に戻る」のは「壁」に関係なく使用可能。取り替える二人に触れていないといけない。
・『大笑いのぬかるみ』:地面の表層近くがヌルヌルで滑りやすくなる(普通のぬかるみとは比べ物にならないくらい滑る)。この魔法の思考は「地面」という大きな存在に触れ「地面」の表面をぬかるみに変えているため、ぬかるみ発生場所まで術者からある程度の距離がデフォルトで確保されている。
・『こらえきれない笑いの腰』:尿意と便意がすさまじいことになる。接触が必須。
・『しのび笑いの果物』:一つの果物を指定。果物が間違っていなければ、見えていて匂いを嗅げているその果物を一瞬にして腐らせることができる。果物はその匂いを嗅いだだけでよだれが出るため、「匂っている」だけで「触れている」のと同じ感覚で魔法を発動できるようだ。
・『うんちが鼻につく』:うんちの臭いが鼻につき、半日近く取れない。魔法はまずうんちにかけて、そのうんちをぶつけることができたら発動する。
・『びちょびちょ洗濯物』:屋内だろうがどこだろうが、突発的な集中豪雨が洗濯物にだけ降り、洗濯物をびちょびちょに濡らす。
・『びっくりもっこり』:服の一部が「もっこり」形状に膨らむ。自分が目視している相手に自身の陰部を見せることができたら発動する。しかもその「もっこり」部分を潰すと、男性が金的を蹴られたときのような痛みが生じる。
・『ゴブリンの頭切り』:自分の体の一部を差し出すことで自身の命を守るという、ゴブリン・シャーマンにだけ伝わる秘密の魔法。周囲の者には「差し出した体の一部」がまるで術者の頭部であるかのように見え、また術者自身の体は首なし死体に見える。寿命の渦も死んだみたいに消える(一定時間)。
・『つるつる道』:『大笑いのぬかるみ』を一本の道の形として発生させたもの。マドハトの初自作魔法。
● ホブゴブリンの魔法
・『森の平穏』:一種類の材質のもので地面に円を描くと、その材質以外の臭いは、その円を通り抜けない。獲った獲物の血抜きや、怪我をした動物などを守るために使う。その直径の円の範囲は地中や上空にも効果があるが、六ホーラ経過するか、その材質の円を(蹴飛ばしたりなどで)切ってしまうと効果は解除されてしまう。
・『見えざる弓』:弓を引くモーションと共に使う。通常の矢の他、小石、棒など、投げられる重さのあるものであれば、矢のように発射できる。飛ばす側は魔法だが、飛ばされるモノは物理である。真っ暗な闇の中では使えない。
・『森の伝令』:まだ暗いうちからロービンは森を確認して回る。その際、森のあちこちにある特別な印へ、1ディエスを捧げている。数(1d6)日間有効。切れたら、ロービンにはわかる。ロービンが森の中から出ると、効力を失う。誰かがこの印へ触れれば、ロービンに伝わる。また、印に触れている者が、(ロービンに合言葉を教えてもらっていた場合、かつ、1ディエス消費した場合)ロービンと脳内会話が可能。トリエグルはこれを用いてロービンとやりとりをした。
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