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#89 死闘の果て
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俺の足の記憶を――自分自身に『テレパシー』をかける。
他人となら交信になるが、自分自身にかけたときは自分の過去の記憶を再び体験できる。
自分の動きを、走ったとき、忍び歩いたとき、戦闘の足さばき、ジャンプして、しゃがんで、蹴りに、正座に、足の指でモノをつかんだときのことまで、思い出せる限りの足の動きを蘇らせる。
『テレパシー』の利点は、情報伝達速度が早いこと。
わずかな間に大量の情報を処理できる。
長い長い一瞬を経て、自分の足に記憶の足が馴染んだのを感じた。
その場で軽く跳ねてみる。
よし。いける。
これなら足手まといにはならない。
さっきの階段の入口まで戻ると階段の下からは炎の揺らめく音、金属が打ち合う音がまだ聞こえている。
とはいえ、何の準備もなしで飛び込んだらそれは思考の停止だ。
まずはズボンの右脚部分を割いて急ごしらえのフンドシを作って装備しつつ、感度強めで『魔力微感知』の『魔力探知機』――ああ、案の定、パリオロムが屋敷を出てちょっと離れた場所で立ち止まっている。
マドハトとファウンは屋敷内の探索中――他にこのフロアには寿命の渦は感じない。
なら地下に加勢に行くのが良さそうだ。
慎重に階段を下りてゆく。音を立てないように。
右足も足首を火傷してはいるが、一応動きはするので手当は後回しだ。
『脳内モルヒネ』を使っているおかげで、足首の痛みも動きの邪魔にはならない程度に抑えられている。
直線階段が螺旋階段へと変わり、折れ曲がった所――上の部屋から見えなくなった地点で『魔法偽装』で『新たなる生』を発動する。
作成するのは自分自身。
そして同時に自分の寿命の渦を消し込むように偽装の渦する。
『新たなる生』の方は、怪我している足を押さえてうずくまっているようにポージングしておく。
これはここに置きっぱなしでいい。
それからレムから託された吹き矢を一本取り出し、カウダ毒に浸した。同様に短剣の先にも毒を塗る。
『見えざる弓』を偽装消費命でかけ、いつでも吹き矢を射れるように構え、少しずつ下りてゆく。
まだ三人の寿命の渦は動いている。
階段の終わりが見えてきた。
さっき俺が左足首を焼き落とされた場所。
妙な汗が出る――あれ、風の流れを感じる。
風は俺の背後から、地下へと向かって流れてゆく――そうだよな。
密室であんなに火が燃えたら酸欠になるよな?
ということは、まだあの先に隠し通路の類いがあるという可能性。
螺旋階段で視線は遮られている陰から三人の寿命の渦を注意深く見極め、タールが消費命を集中するタイミングを測る。
タールが未来を予知するアレ、恐らく魔法。
メリアンたちと戦っているならはそちらに神経を使っているはず。
しかも消費命の集中と動作から推測するに、アレの効果は回数ではなく時間。
だとしたら、ベストは予知魔法の再使用の直前。
しかも、射線がうまく通っていないといけない。
ほとんど賭けみたいなもんだが、やるしかない――ほらここ!
陰から半身を出し、吹き矢を射った。
音を立てずに吹き矢は真っ直ぐに飛び、タールへと刺さる。
タールがこちらをチラ見する。
そこにメリアンが小剣を叩き込むがタールはなんとか『虫の牙』でさばく。
間髪を入れずオストレアが切りつけ、タールの左腕に大きな傷が付く。
「思ったより血が出ねぇ。傷にも何かしてやがるな」
メリアンの動きがいつもより鈍い気がするのは、もしかしてパイア毒のせいなのか?
急いで部屋へと入り、メリアンに『パイア毒の解毒』をかける。
「あんがとよっ」
オストレアもパイア毒対策をしているのかメリアンほど動きが鈍っていはいないが、念のため『パイア毒の解毒』をかける。
「ありがと、でも左足は大丈夫ッ?」
「なんとか」
「なるほど。パイア毒を知っていたのですな。優秀な毒は皆に使われ、対策を立てられやすくなると。ありがとうございます。学ばせていただきました」
タールの表情はわからないが、まだ余裕があるように感じる。
しかも今の口ぶりからすればきっとタール自信にはパイア毒が効かないのだろう。
「この部屋、おそらく抜け道がある」
「あそこの像とかあからさまに怪しいねぇ」
タールとオストレアの周りに残る炎が照明代わりになり、部屋の奥の死に人形がはっきりと見える。何度見てもディナ先輩のお母さん――いや、そこへ思考を使うのは今ではない。
さらには部屋の奥で燃え尽きている灯り箱の残骸も見える。
今、この部屋には甘い匂いが残っていない。
戦闘の炎でパイア毒の溶けた油は全部燃えきっているのかも。
俺は傭兵隊支給の小剣を構え、戦闘に参加する。
いかに予知されようが、対処できないほど追い込めてしまえばどうということはない。
メリアンの動きが良くなり、俺も加わったことでタールの体に傷がどんどん増えてゆく。
しかし、それでもどの傷口からも血が吹き出たりしない。
それにカウダ毒だってもうそろそろ効いてきてもいい頃だが、特に動きが鈍くなったりはしていないようだ。
毒に対する何らかの抵抗力を持っている、そんなレベルじゃない何かがある気がする。
そういえば『バクレツハッケイ』で骨が砕けた右手も、指が変な方向に曲がったままオストレアより小さな炎の鞭を操っている。
幾つかの可能性を考えると――そこで思考は中断する。
『新たなる生』で作った分身が壊されたのを感じたから。
螺旋階段方面に寿命の渦は感じない。恐らく偽装の渦で消しているのだろう。
そしてきっと味方ではない。
俺は急いで部屋の外、螺旋階段の手前まで移動する。
カウダ毒を塗った吹き矢をもう一本用意する。
悠長に構えている時間はない。
偽装消費命の『見えざる弓』で構えながら螺旋階段を駆け上り、人影が視界に入るなり露出している皮膚へ迷わず吹き矢を撃ち込んだ。
怯んだそこへ続けて、偽装消費命で『バクレツハッケイ』を叩き込み、螺旋階段を転げ落ちるそいつが地下室内の炎に照らされる場所までたどり着いてようやく、そいつがパリオロムだと認識した。
不意打ち、結果オーライだ。
ドマースが同行したとき、ずっと気を張っていて結局敵対行動を取られなかったことを、そのときは心配しすぎなのかもと思いはしたが、逆に考えれば俺がずっとそうしていたからこそ向こうも何もせずにはいられなかったのでは、と今では考えている。
簡単に人が死ぬ世界。
特にこの傭兵団では、勝てば官軍臭が強い。
人を傷つけることにためらいを持っていた俺の常識ではなく、この世界に生きたリテルの、そして、リテルや俺を待っていてくれる人のためにも、決して油断してはならない。
出遭ってからさっきまでずっと優しく、というか馴れ馴れしく振る舞っていたパリオロム。
さっき左足がくっつくまで見守ってくれていたのは、俺が治療に専念することで隙ができると思ったのか、油断を誘うためか。
あそこにマドハトやファウンが居なかったら、あのときにもう殺されていたかもしれない。
実際、螺旋階段の途中に置いてきた俺の幻影はしっかり攻撃されたし。
クラーリンさんに習った『新たなる生』は、寿命の渦付きの幻影を作り出す魔術。
精神集中すれば動かすことができるが、幻影自体は触れられただけで簡単に壊れる。
しかし、幻影を移動させるとき、草むらなどを通らせて草に当たって壊れたなんてことがないように、当たり判定みたいな核の部分があり、そこ以外は触れられても空振る仕様だ。
さらには何回か使ってわかったのだが、幻影が触れられた感覚は把握できる。
もちろん核部分についてのみだが。
きっとゴーレムとの感覚共有と似た仕組みなのだと思う。
で、俺の幻影は背後からばっさり一刀両断された。
つまりパリオロムは殺意がある、ってことでアウト。
こいつは見過ごせない。
俺は初めて、自分の意志で、殺意をパリオロムの心臓へと突き立てた。
続けてメリアンがよくやるように、相手を蹴り飛ばして剣を死体から抜く――まだ傷を癒やしていない右足首が痛む。
パリオロムはまだ動こうとする、その動きに感じていた違和感が、ようやく言語化できた。
「タールもパリオロムも痛みを感じてない! 毒も効いてない!」
死体を用いたゴーレムなのか、別の魔法なのか、とにかく生きた人間ではない動きをしているのは確かだ。
自分の意志で、覚悟で、パリオロムの首を落とし、メリアンに習った通り、手足の腱にあたる部位を片っ端から切ってゆく。
だがパリオロムの寿命の渦は小さくなりはしたものの、消えないし、揺るがない。
「テル、火を頂戴!」
『発火』を二ディエス分作ると、俺の皮膚が焼けるよりも早くオストレアがその火を奪い、パリオロムの体を焼く――ようやくパリオロムの寿命の渦が崩れる。
「これは恐らく『魔動人形』」
「知っているのか? オストレア!」
「少しなら」
オストレアがパリオロムを焼いた炎からまた鞭を作り、タールへ攻撃するが、オストレアの炎はタールへは届かない。
消費命の集中をさっきより多く感じる――というか、複数の集中を同時に実行している?
敵ながらすげぇな、タール。
だとしたらますます手数を消費させないと――俺も対タール戦へと復帰する。
「その『魔動人形』を黙らせるには?」
「切り落とせば散逸する!」
「よっしゃッ!」
そういうことか。
普通の寿命の渦は、身体部位を失っても動き自体が弱るだけだが、パリオロムの場合、首が飛んだときに寿命の渦がゴソッと減った。
血が出ないのも、骨が砕けても動き続けられるのも、寿命の渦で死体そのものを操作している可能性が高い。
だとしたら内部を破壊する『バクレツハッケイ』よりももっと効く効果の魔法がいい。
こんな土壇場だけど、イメージする。
寿命の渦の動きを邪魔する魔法を。
奪われて相手に使われても、さほど困らない仕様で。
消費命を集中する――ふいに体から何かが抜けた感じがした。
『虫の牙』の呪詛傷が二つ、消えたのだ。
三百一番と三百二番とタールが言っていたやつか。
『虫の牙』は呪詛傷を与えるだけじゃなく解除もできるのか。
(ポー、無事か?)
(モンダイナイ)
なるほど。呪詛傷に「ひとつまみの祝福」として添えられていた魔力効果増加を消したかったのか。
「残ったですと?」
ポーが消えないことに動揺してくれているのがありがたい。
でも別に魔法の威力が弱まろうが魔法自体は防げないだろ?
消費命を集中しきり、魔法代償として消費される――『アンチイノチ』、そして同時に発動した『接触発動』。
『アンチイノチ』は、触れた部分に対して寿命の渦の動きを打ち消す流れを作り出し寿命の渦自体の動きを阻害する魔法だ。
その部位では消費命の集中はできないし、その部位を越えて寿命の渦の操作はできない。
阻害できる度合いは、術者の寿命の渦操作性による。
この仕様と、そして接触時の発動でも相手に魔法の思考を理解されにくいよう、日本語で名付けている魔法の名前が理解できない限り、敵に学ばれて使用される恐れもない。
タールが突然、俺の動きを警戒し始める。
未来が見えたのか?
でも、ほら。
『虫の牙』を持ったタールの左腕を、メリアンが切り落とす。
俺よりも警戒すべきはメリアンの方なのに、見えたがために警戒してしまったのか。
それに見えたところで、選べる動きは一つだけのようだし。
腕が落ちたことに気を取られたタールの隙を狙って剣先をかすめたタールの右脚に『アンチイノチ』が接触発動した。
動きが鈍ったそこをオストレアが切り落とす――今、オストレアは瞬間的に肉体強化系の魔法を使ったっぽい?
消費命の集中を感知した範囲ではここまで使った感じはなかったから、温存していたのならさすがというべきか。
とにかくここで押し切れば――なんて、そう都合よくはいかないよな。
タールが物凄い量の消費命を集中している。
身体部位を失うたびに集中し直しているということは全身、いや全消費命を使った大きな魔法?
こんな状況でそんな魔法って――脳裏に最初に浮かんだ単語は「自爆」。
時間がやけにゆっくりと感じられる。
これもしかしてヤバいかも。
魔法発動前にもっと部位を切り落とせるか?
「なっ」
それはタールの声だった。
明らかに狼狽えた声だった。
実際、俺も驚いた側だった。
見えてはいたけれど。
ポーが、しなるようにタールの喉元へと伸びたのが。
タールの集中した消費命が、何も発動せずにごそりと減った。
今のは見たことがある。
黒き森でウンセーレー・ウィヒトに寿命の渦を毟られた、あのときに似た感じ――それを、ポーがやったのか?
(フイウチ、マネタ)
(助かったよ、ポー)
しかしタールは諦めることなく消費命を集中した。
今度はさほど大きくはなくて、あっという間に集中が完了し、魔法代償として引き渡された。
「避けろ!」
メリアンの声と同時に背後へと飛び退りながら、必死に避ける。
タールの、いや、タールだったモノの四散した欠片を。
自爆って本当に自爆かよ。
その肉片に触れたらどうなるのかが分からず、足の踏み場を探している中、オストレアが炎の鞭でその飛び散った部位を焼き始める。
まずは入口に近い付近の肉片から。
「上を見てくる。テルはまだ焦げてる右足首、板当てて布でしっかり巻いておけ」
メリアンは肉片を踏まないように入口まで走り抜け、その勢いのまま螺旋階段を駆け上がる。
板――ああ、壊した扉の破片を使えばいいかな。
比較的形が残っているやつを拾い、ささくれたトゲを短剣で削いで添え木を作る。
巻きつける布は両袖を破き、なんとか足首に固定する。
「こちらもあらかた片付いたかな」
オストレアの炎の鞭が、部屋の至る所に炭の塊を作っている。
タールの生首だけを除いて。
「首は何かに利用するのか?」
「討伐の証みたいなものだな」
そう応えながらオストレアは俺に『虫の牙』を手渡した。
「これは、テルが持っていっていい……それからありがとう。タールに勝てるとは思わなかった」
『虫の牙』を受け取り、立ち上がる。
片手剣にしてはちょっと長めなので杖代わりになる。
「いや、ほとんどメリアンのおかげだ」
「そうだな」
オストレアの白フクロウ顔が目を細める。
これは笑ったのかな。
「ところで『魔動人形』というのは何だ?」
「『魔動人形』は、術者の魂を格納することができるゾンビーの一種だ」
ゴーレムじゃなくゾンビーか。
この世界のゾンビーは、地球でお馴染みの感染力を持つアンデッド的なモノではなく、肉体を失った魂が本来の肉体ではないものを仮の肉体として使用しているものを「ゾンビー」と呼ぶ。
ちなみにゴーレムは、魂の代わりに魔法を宿らせた肉体のことをそう呼ぶ。
「一種、ということは単なるゾンビーではない、と」
「ああ。ゾンビーとの大きな違いは、肉体を失っていない魂なのに、自身の分身として『魔動人形』を運用できる点にある。自身の寿命の渦を分けて『魔動人形』に宿らせれば、外から『魔力感知』をしても普通の人なのか『魔動人形』なのか見分けがつかない」
「オストレアは、タールが『魔動人形』だと気付いていた?」
「いや、まさか自身の体を『魔動人形』化しているだなんて思いもしなかったよ」
自分の体を――それができるのならば、俺がリテルから離れて新しい体を手に入れることだってできるかも?
もっと詳しいことを聞きたくもあるが、オストレアは実際どこまで知っているのだろうか。
「『魔動人形』って俺は初めて聞くのだが、どのくらい知られた魔法品なんだい?」
「……いや、この世界のものではないんだ。タールも、そして私の父も、レムールと同じ地界の出身だ。『魔動人形』も、その『虫の牙』も、父とタールとが共同で開発していた魔法品だ」
そういやオストレアもフラマさんもタールのことを父の仇って言ってたよな。
「なるほど。突っ込んで聞いてもいいことなのかい?」
「テルはもう、巻き込んでしまったからな」
ディナ先輩のお母さんの死に人形を見つめる。
本当はずっと前から巻き込まれてはいたのだが、それについてはまだ話すわけにはいかない。少なくともディナ先輩の了承なしには。
「まぁね。タールは俺を誰かと間違えていたみたいだけど」
念のため、とぼけておこう。
「『魔動人形』は普通の人が扱うのは困難だ。恐らく私にも。並列思考を持つナベリウスだからこそタールにはそれができたのだ」
「ナベリウス?」
その名前はルブルムから『テレパシー』を通して共有させてもらったカエルレウム師匠の蔵書情報の中にあった。
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族で、外観は鳥種の先祖返りに似ている種族。
その頭部は烏が多く、しわがれ声で魔法品の制作に長けている。
「しわがれ声の種族?」
「よく知っているんだな。だがあいつは他の死体から部分的に一部を切り出して目標の死体へ定着させる、という実験をしていた。恐らく声を出す部位だけ取り替えたのだろう」
なぜそんなことをしたのだろう。
本人特定を誤魔化すためだけに? 他にも理由があった?
聞きたいことが後から後から湧いてくる。
そうそう。耳慣れない単語の意味も聞いておきたい。
「並列思考というのは?」
「普通の者が『魔動人形』を運用すると、本体はまるで眠ったようになる。一つの魂で複数の肉体を動かすことは困難だから。ただ、ナベリウスという種族はそれができる。ナベリウスは未来の可能性を見る魔法を使えるのだが、複数ある未来が現在と同時に見えても普通は対応しきれない。それでもナベリウスはまるで複数の思考を同時に操るかのように、それぞれを理解し、そこから最良の一つを選ぶことができる。同様に、寿命の渦を複数に分けても、それぞれが独立した人であるかのように振る舞うことができるようなのだ」
「パリオロムか」
「ああ。何もかも疑ってはいたから油断こそしなかったつもりだが、それでも見抜けてはいなかった」
「見抜けてはいなかったとしても、警戒を解かなかったこそ生き延びてこられたんじゃないのか?」
オストレアの警戒心が強いのは、父親が殺されたからなのかもしれない。
「オストレアのお父さんもナベリウスだったのか?」
「いや、父はナベリウスではない。アモンという火を操るのが得意な別種族だ」
アモン――これも共有してもらった情報の中に参照できる。
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
先祖返りの鳥種に似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。
頭部は水鳥や梟、烏に似る。
「『魔動人形』の稼働実験で魂を移した隙に、本来の肉体を奪われ、結果的に殺されてしまった」
「アモンも未来を見ることができるんじゃないのか?」
「詳しいな。だが、アモンの持つ未来を見る能力は『未来の智』という固有魔法でな、自分の行動を決めて集中することで、その結果がもたらす確率の高い未来を見ることができるというものだから、考慮していない未来は見えないんだ。それに対してナベリウスの持つ未来を見る能力は『限られた未来』という固有魔法で、その時点から分岐する数秒先の未来が幾つも同時に見えるというものだ。父は、タールを信じ過ぎていたんだ」
「……悔しいな」
また新しい単語、固有魔法。
これも参照すると出てきた――ルブルムの勉強熱心さに本当に感謝だ。
で。
固有魔法というのは、その種族以外が使おうとすると魔法代償を大量に要求される魔法、か。
きっと魔法を構築する思考に、種族特有の何かがあるのだろう。
となると、もしも『魔動人形』を作る魔法技術に、ナベリウスやアモンの固有魔法が深く関わっているのであれば、獣種である俺だけでは難しいかもしれない。
オストレアやフラマさんはタールを倒した後、どうするのだろうか。
もしも彼女らの協力を得られるならば、俺とリテルの魂を離すことに力を貸してもらえたり――そこまでは甘え過ぎかな。
「タールにパリオロム。これで二つ。あとまだ一体は居ると思う」
自分のことばかり考えていたことを反省する。
そうだ。オストレアたちの父親の体をタールに奪われているって言っていたっけ。
「『魔動人形』への魂の移動ってどうするんだ?」
「普通の魔法と一緒で接触が条件のはずだ。私は父が密かに残していた資料をわずかに読んだだけで、実際に使用したことはないのだが。ただ、その触れたときに自分の寿命の渦と意識の一部だけを移せるというのは、ケルベロスと渾名されるナベリウスだけだろう」
ケルベロス!
ドラコ、グリュプスに次ぐ地球でメジャーな魔物じゃないか。
まずはルブルム情報から先に調べると――ケルベロスも地界の魔物か。
頭が三つある巨大な犬に似ているが、稀にそれ以上の多頭となる個体もいて、凄まじい吠え声と、毒を含む唾液には注意が必要。
へぇ。唾液には毒があるのか。
光は苦手で、主人には忠実だけど、大好物の甘いものには抗しきれない。
そうなのか。
甘いもの好きってケルベロスにそんなイメージなかったな。
「ナベリウスも甘いもの好きなのか?」
純粋な気持ちで尋ねたつもりだったのだが、オストレアは途端に吹き出した――だけじゃなかった。
もう一人、吹き出した奴が居た――ディナ先輩のお母さんの死に人形――だと思っていたそれは、もしかして『魔動人形』だった?
と同時にガコンと大きな音がして壁にかかっていた仮面の何枚かが落ち、鋭い何かが飛び出してきた。
とっさに避けるのに精一杯で、気づいたときにはもう『魔動人形』が立っていたと思われる場所には大きな穴があるだけだった。
その穴から追うのは諦めた。
俺はなんとか槍をかわせたが、タールの生首の確保を優先したオストレアが深い傷を負ってしまっていたから。
穴には二本のレールのようなものが敷かれていたし、もしもこの上に台車のようなものを置いてそれで逃げたのなら、這って追いかけるのはかなり厳しいと言わざるを得ない。
そもそもあのタールを一人で追いかけるほど、俺は思い上がってはいない。
俺はオストレアの治療を優先することにした。
その最中、オストレアが『魔動人形』に関する追加情報をくれる。
まるで人のように振る舞うことができるが、『魔動人形』内に幾つか埋め込まれている魔石に寿命の渦を隠してまるで「死に人形」のようにも見せることができるとか。
タールが肉体を飛び散らせたのは恐らく攻撃するためではなく、自身の肉体をあの空っぽだった『魔動人形』に触れさせ、寿命の渦と意識とを移すためだったのだろうとか。
また、ナベリウスの並列思考も万能ではなく、離れた体で思考していた場合、再び触れなくては分かれていた間の思考や記憶を共有できないのだという。
さっき、この部屋でタールが俺を目視していたにも関わらずパリオロムが俺の幻に攻撃したのは、パリオロムがあの幻影を本物の俺だと思ったからかもしれない。
「なあ、『魔動人形』って作るのにどのくらいの期間とか費用とかがかかるか、そういう情報はあるかい?」
「量産はできないはずだ。死体を『魔動人形』化するには、そこへ移る者自身の寿命の渦を相当量魔法代償として消費するはずだから。だから実験対象には珍しい種族だけを選んでいたという記録も見た」
「なるほど」
死体を用意しなきゃいけないのは大前提なのか。
「ただ、死体に残る記憶は見られるようで、タールは父に内緒で相手の知識を得るために無駄に殺害して『魔動人形』化、みたいなことはしていたみたい」
マジか。
ということは、パリオロムが俺に優しかったのって、もしかして『魔動人形』にするつもりだったから?
そのことを、リテルの体を借りている身の俺には非難できないけれど、俺の記憶を参照されたらディナ先輩につながってしまう所だったから、生き延びられて本当に良かった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。傭兵部隊ではテルと名乗る。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種の兎亜種。
高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種の体は最近は丈夫に。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊ではハトと名乗る。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ディナの母
アールヴという閉鎖的な種族ながら、猿種に恋をしてディナを生んだ。
キカイー白爵の館からディナを逃がすために死んだが、現在はタールに『魔動人形』化されている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・タール
ギルフォド第一傭兵大隊隊長。キカイー白爵の館に居た警備兵。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。地界出身の魔人。種族はナベリウス。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・モクタトル
カエルレウムを尊敬する魔術師。ホムンクルスの材料となる精を提供したため、ルブルムを娘のように大切にしている。
スキンヘッドの精悍な中年男性で、眉毛は赤い猿種。なぜか亀の甲羅のようなものを背負っている。
・トリニティ
モクタトルと使い魔契約をしているグリュプス。人なら三人くらい乗せて飛べる。
・ファウン
ルージャグから逃げたクーラ村の子供たちを襲った山羊種三人組といっとき行動を共にしていた山羊種。
リテルを兄貴と呼び、ギルフォドまで追いかけてきた。偽ヴォールパール自警団作戦に参加して傭兵部隊に。
・プルマ
第一傭兵大隊の万年副長である羊種の女性。全体的にがっしりとした筋肉体型で拳で会話する主義。
美人だが鼻梁には目につく一文字の傷がある。メリアンのファン。
・パリオロム
第一傭兵大隊第一小隊で同じ班の先輩。猫種の先祖返り。
毛並みは真っ白いがアルバスではなく瞳が黒い。気さく。タールの『魔動人形』だった様子。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。鳥種の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。
胸の大きさや美しさが際立つ痴女っぽい服装だが、所作は綺麗。父親が地界出身の魔人。
・オストレア
鳥種の先祖返りで頭はメンフクロウ。スタイルはとてもいい。フラマの妹。
父の仇であるタールの部下として傭兵部隊に留まっていた。
・オストレアとフラマの父
地界出身の魔人。種族はアモン。タールと一緒に魔法品の研究をしていたが、タールに殺された。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ショゴウキ号
ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。
・ドラコ
古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。その卵を現在、リテルが所持。
卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償を与えられるまで、石のような状態を維持する。
・ウンセーレー・ウィヒト
特定の種族名ではなく現象としての名前。異門近くで寿命によらない大量死がある稀に発生する。
死者たちの姿で燐光を帯びて現れ、火に弱いが、触れられた生者は寿命の渦を失う。
・ナベリウス
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観で、頭部は烏。種族的にしわがれ声。魔法品の制作も得意。
・アモン
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。頭部は水鳥や梟、烏に似る。
・ケルベロス
地界の種族。頭が三つある巨大な犬に似ているが、稀にそれ以上の多頭となる個体もいる。
凄まじい吠え声と、毒を含む唾液には注意が必要。光は苦手。主人には忠実だが、大好物の甘いものには抗しきれない。
■ はみ出しコラム【死に人形】
作中に度々、登場している「死に人形」について解説する。
死に人形は、もともと異界から異門を抜けて来たお客さんである魔物を、保存するために作られた。
死体の腐敗を防止する魔法を宿した魔石を取り付けて魔法品化する。
剥製化する場合、内臓を抜いたり防腐処理を行ったりする必要があるが、死に人形は死体そのものを、まるで生きている状態であるかのように保存する。
ドマースが用いていた『腐臭の居眠り』と思考の基礎は同じである。
研究や周知のために魔物の姿を保存するための用途は今でも継続しているが、この技術はやがて、自身の大切な存在の死を受け入れられない一部の人々により、死者の状態保存としても用いられるようになる。
地球においても若くして亡くなった娘を腐敗防止のミイラ化処理をした人は実在する(ロザリアちゃんなどが有名ですね)。
さらに派生して、死者への冒涜や、死者の家族への屈辱を与えるためにあえて死体を死に人形化させる者まで現れた。
この第三勢力のせいで、「死に人形」という言葉に非常に悍ましいイメージが定着してしまった。
ただ、ホルトゥスにおいては通常、墓が作られることも滅多にない文化なので(#49 のはみ出しコラム【墓】参照)、第二勢力自体も異端といえば異端である。
・『魔動人形』
自身の寿命の渦に意識を乗せて移すことで動かすことができるゾンビーのような魔法品。
死体をもとに作成し、その肉体に埋め込まれた魔石には、自身を「死に人形」のように見せるための魔法が封じられている。
作成に際しては、『魔動人形』へ移る者自身の寿命の渦を相当量消費するのと、そこに移っていない間の死体が腐敗・硬直しないような維持コスト(魔法代償)が必要なため、そう多くは作れない。
映った際、死体が生前持っていた記憶を参照できる。
並列思考が可能なナベリウス以外が『魔動人形』へ意識を移した場合、本体の肉体は眠ったように無防備になる。
他人となら交信になるが、自分自身にかけたときは自分の過去の記憶を再び体験できる。
自分の動きを、走ったとき、忍び歩いたとき、戦闘の足さばき、ジャンプして、しゃがんで、蹴りに、正座に、足の指でモノをつかんだときのことまで、思い出せる限りの足の動きを蘇らせる。
『テレパシー』の利点は、情報伝達速度が早いこと。
わずかな間に大量の情報を処理できる。
長い長い一瞬を経て、自分の足に記憶の足が馴染んだのを感じた。
その場で軽く跳ねてみる。
よし。いける。
これなら足手まといにはならない。
さっきの階段の入口まで戻ると階段の下からは炎の揺らめく音、金属が打ち合う音がまだ聞こえている。
とはいえ、何の準備もなしで飛び込んだらそれは思考の停止だ。
まずはズボンの右脚部分を割いて急ごしらえのフンドシを作って装備しつつ、感度強めで『魔力微感知』の『魔力探知機』――ああ、案の定、パリオロムが屋敷を出てちょっと離れた場所で立ち止まっている。
マドハトとファウンは屋敷内の探索中――他にこのフロアには寿命の渦は感じない。
なら地下に加勢に行くのが良さそうだ。
慎重に階段を下りてゆく。音を立てないように。
右足も足首を火傷してはいるが、一応動きはするので手当は後回しだ。
『脳内モルヒネ』を使っているおかげで、足首の痛みも動きの邪魔にはならない程度に抑えられている。
直線階段が螺旋階段へと変わり、折れ曲がった所――上の部屋から見えなくなった地点で『魔法偽装』で『新たなる生』を発動する。
作成するのは自分自身。
そして同時に自分の寿命の渦を消し込むように偽装の渦する。
『新たなる生』の方は、怪我している足を押さえてうずくまっているようにポージングしておく。
これはここに置きっぱなしでいい。
それからレムから託された吹き矢を一本取り出し、カウダ毒に浸した。同様に短剣の先にも毒を塗る。
『見えざる弓』を偽装消費命でかけ、いつでも吹き矢を射れるように構え、少しずつ下りてゆく。
まだ三人の寿命の渦は動いている。
階段の終わりが見えてきた。
さっき俺が左足首を焼き落とされた場所。
妙な汗が出る――あれ、風の流れを感じる。
風は俺の背後から、地下へと向かって流れてゆく――そうだよな。
密室であんなに火が燃えたら酸欠になるよな?
ということは、まだあの先に隠し通路の類いがあるという可能性。
螺旋階段で視線は遮られている陰から三人の寿命の渦を注意深く見極め、タールが消費命を集中するタイミングを測る。
タールが未来を予知するアレ、恐らく魔法。
メリアンたちと戦っているならはそちらに神経を使っているはず。
しかも消費命の集中と動作から推測するに、アレの効果は回数ではなく時間。
だとしたら、ベストは予知魔法の再使用の直前。
しかも、射線がうまく通っていないといけない。
ほとんど賭けみたいなもんだが、やるしかない――ほらここ!
陰から半身を出し、吹き矢を射った。
音を立てずに吹き矢は真っ直ぐに飛び、タールへと刺さる。
タールがこちらをチラ見する。
そこにメリアンが小剣を叩き込むがタールはなんとか『虫の牙』でさばく。
間髪を入れずオストレアが切りつけ、タールの左腕に大きな傷が付く。
「思ったより血が出ねぇ。傷にも何かしてやがるな」
メリアンの動きがいつもより鈍い気がするのは、もしかしてパイア毒のせいなのか?
急いで部屋へと入り、メリアンに『パイア毒の解毒』をかける。
「あんがとよっ」
オストレアもパイア毒対策をしているのかメリアンほど動きが鈍っていはいないが、念のため『パイア毒の解毒』をかける。
「ありがと、でも左足は大丈夫ッ?」
「なんとか」
「なるほど。パイア毒を知っていたのですな。優秀な毒は皆に使われ、対策を立てられやすくなると。ありがとうございます。学ばせていただきました」
タールの表情はわからないが、まだ余裕があるように感じる。
しかも今の口ぶりからすればきっとタール自信にはパイア毒が効かないのだろう。
「この部屋、おそらく抜け道がある」
「あそこの像とかあからさまに怪しいねぇ」
タールとオストレアの周りに残る炎が照明代わりになり、部屋の奥の死に人形がはっきりと見える。何度見てもディナ先輩のお母さん――いや、そこへ思考を使うのは今ではない。
さらには部屋の奥で燃え尽きている灯り箱の残骸も見える。
今、この部屋には甘い匂いが残っていない。
戦闘の炎でパイア毒の溶けた油は全部燃えきっているのかも。
俺は傭兵隊支給の小剣を構え、戦闘に参加する。
いかに予知されようが、対処できないほど追い込めてしまえばどうということはない。
メリアンの動きが良くなり、俺も加わったことでタールの体に傷がどんどん増えてゆく。
しかし、それでもどの傷口からも血が吹き出たりしない。
それにカウダ毒だってもうそろそろ効いてきてもいい頃だが、特に動きが鈍くなったりはしていないようだ。
毒に対する何らかの抵抗力を持っている、そんなレベルじゃない何かがある気がする。
そういえば『バクレツハッケイ』で骨が砕けた右手も、指が変な方向に曲がったままオストレアより小さな炎の鞭を操っている。
幾つかの可能性を考えると――そこで思考は中断する。
『新たなる生』で作った分身が壊されたのを感じたから。
螺旋階段方面に寿命の渦は感じない。恐らく偽装の渦で消しているのだろう。
そしてきっと味方ではない。
俺は急いで部屋の外、螺旋階段の手前まで移動する。
カウダ毒を塗った吹き矢をもう一本用意する。
悠長に構えている時間はない。
偽装消費命の『見えざる弓』で構えながら螺旋階段を駆け上り、人影が視界に入るなり露出している皮膚へ迷わず吹き矢を撃ち込んだ。
怯んだそこへ続けて、偽装消費命で『バクレツハッケイ』を叩き込み、螺旋階段を転げ落ちるそいつが地下室内の炎に照らされる場所までたどり着いてようやく、そいつがパリオロムだと認識した。
不意打ち、結果オーライだ。
ドマースが同行したとき、ずっと気を張っていて結局敵対行動を取られなかったことを、そのときは心配しすぎなのかもと思いはしたが、逆に考えれば俺がずっとそうしていたからこそ向こうも何もせずにはいられなかったのでは、と今では考えている。
簡単に人が死ぬ世界。
特にこの傭兵団では、勝てば官軍臭が強い。
人を傷つけることにためらいを持っていた俺の常識ではなく、この世界に生きたリテルの、そして、リテルや俺を待っていてくれる人のためにも、決して油断してはならない。
出遭ってからさっきまでずっと優しく、というか馴れ馴れしく振る舞っていたパリオロム。
さっき左足がくっつくまで見守ってくれていたのは、俺が治療に専念することで隙ができると思ったのか、油断を誘うためか。
あそこにマドハトやファウンが居なかったら、あのときにもう殺されていたかもしれない。
実際、螺旋階段の途中に置いてきた俺の幻影はしっかり攻撃されたし。
クラーリンさんに習った『新たなる生』は、寿命の渦付きの幻影を作り出す魔術。
精神集中すれば動かすことができるが、幻影自体は触れられただけで簡単に壊れる。
しかし、幻影を移動させるとき、草むらなどを通らせて草に当たって壊れたなんてことがないように、当たり判定みたいな核の部分があり、そこ以外は触れられても空振る仕様だ。
さらには何回か使ってわかったのだが、幻影が触れられた感覚は把握できる。
もちろん核部分についてのみだが。
きっとゴーレムとの感覚共有と似た仕組みなのだと思う。
で、俺の幻影は背後からばっさり一刀両断された。
つまりパリオロムは殺意がある、ってことでアウト。
こいつは見過ごせない。
俺は初めて、自分の意志で、殺意をパリオロムの心臓へと突き立てた。
続けてメリアンがよくやるように、相手を蹴り飛ばして剣を死体から抜く――まだ傷を癒やしていない右足首が痛む。
パリオロムはまだ動こうとする、その動きに感じていた違和感が、ようやく言語化できた。
「タールもパリオロムも痛みを感じてない! 毒も効いてない!」
死体を用いたゴーレムなのか、別の魔法なのか、とにかく生きた人間ではない動きをしているのは確かだ。
自分の意志で、覚悟で、パリオロムの首を落とし、メリアンに習った通り、手足の腱にあたる部位を片っ端から切ってゆく。
だがパリオロムの寿命の渦は小さくなりはしたものの、消えないし、揺るがない。
「テル、火を頂戴!」
『発火』を二ディエス分作ると、俺の皮膚が焼けるよりも早くオストレアがその火を奪い、パリオロムの体を焼く――ようやくパリオロムの寿命の渦が崩れる。
「これは恐らく『魔動人形』」
「知っているのか? オストレア!」
「少しなら」
オストレアがパリオロムを焼いた炎からまた鞭を作り、タールへ攻撃するが、オストレアの炎はタールへは届かない。
消費命の集中をさっきより多く感じる――というか、複数の集中を同時に実行している?
敵ながらすげぇな、タール。
だとしたらますます手数を消費させないと――俺も対タール戦へと復帰する。
「その『魔動人形』を黙らせるには?」
「切り落とせば散逸する!」
「よっしゃッ!」
そういうことか。
普通の寿命の渦は、身体部位を失っても動き自体が弱るだけだが、パリオロムの場合、首が飛んだときに寿命の渦がゴソッと減った。
血が出ないのも、骨が砕けても動き続けられるのも、寿命の渦で死体そのものを操作している可能性が高い。
だとしたら内部を破壊する『バクレツハッケイ』よりももっと効く効果の魔法がいい。
こんな土壇場だけど、イメージする。
寿命の渦の動きを邪魔する魔法を。
奪われて相手に使われても、さほど困らない仕様で。
消費命を集中する――ふいに体から何かが抜けた感じがした。
『虫の牙』の呪詛傷が二つ、消えたのだ。
三百一番と三百二番とタールが言っていたやつか。
『虫の牙』は呪詛傷を与えるだけじゃなく解除もできるのか。
(ポー、無事か?)
(モンダイナイ)
なるほど。呪詛傷に「ひとつまみの祝福」として添えられていた魔力効果増加を消したかったのか。
「残ったですと?」
ポーが消えないことに動揺してくれているのがありがたい。
でも別に魔法の威力が弱まろうが魔法自体は防げないだろ?
消費命を集中しきり、魔法代償として消費される――『アンチイノチ』、そして同時に発動した『接触発動』。
『アンチイノチ』は、触れた部分に対して寿命の渦の動きを打ち消す流れを作り出し寿命の渦自体の動きを阻害する魔法だ。
その部位では消費命の集中はできないし、その部位を越えて寿命の渦の操作はできない。
阻害できる度合いは、術者の寿命の渦操作性による。
この仕様と、そして接触時の発動でも相手に魔法の思考を理解されにくいよう、日本語で名付けている魔法の名前が理解できない限り、敵に学ばれて使用される恐れもない。
タールが突然、俺の動きを警戒し始める。
未来が見えたのか?
でも、ほら。
『虫の牙』を持ったタールの左腕を、メリアンが切り落とす。
俺よりも警戒すべきはメリアンの方なのに、見えたがために警戒してしまったのか。
それに見えたところで、選べる動きは一つだけのようだし。
腕が落ちたことに気を取られたタールの隙を狙って剣先をかすめたタールの右脚に『アンチイノチ』が接触発動した。
動きが鈍ったそこをオストレアが切り落とす――今、オストレアは瞬間的に肉体強化系の魔法を使ったっぽい?
消費命の集中を感知した範囲ではここまで使った感じはなかったから、温存していたのならさすがというべきか。
とにかくここで押し切れば――なんて、そう都合よくはいかないよな。
タールが物凄い量の消費命を集中している。
身体部位を失うたびに集中し直しているということは全身、いや全消費命を使った大きな魔法?
こんな状況でそんな魔法って――脳裏に最初に浮かんだ単語は「自爆」。
時間がやけにゆっくりと感じられる。
これもしかしてヤバいかも。
魔法発動前にもっと部位を切り落とせるか?
「なっ」
それはタールの声だった。
明らかに狼狽えた声だった。
実際、俺も驚いた側だった。
見えてはいたけれど。
ポーが、しなるようにタールの喉元へと伸びたのが。
タールの集中した消費命が、何も発動せずにごそりと減った。
今のは見たことがある。
黒き森でウンセーレー・ウィヒトに寿命の渦を毟られた、あのときに似た感じ――それを、ポーがやったのか?
(フイウチ、マネタ)
(助かったよ、ポー)
しかしタールは諦めることなく消費命を集中した。
今度はさほど大きくはなくて、あっという間に集中が完了し、魔法代償として引き渡された。
「避けろ!」
メリアンの声と同時に背後へと飛び退りながら、必死に避ける。
タールの、いや、タールだったモノの四散した欠片を。
自爆って本当に自爆かよ。
その肉片に触れたらどうなるのかが分からず、足の踏み場を探している中、オストレアが炎の鞭でその飛び散った部位を焼き始める。
まずは入口に近い付近の肉片から。
「上を見てくる。テルはまだ焦げてる右足首、板当てて布でしっかり巻いておけ」
メリアンは肉片を踏まないように入口まで走り抜け、その勢いのまま螺旋階段を駆け上がる。
板――ああ、壊した扉の破片を使えばいいかな。
比較的形が残っているやつを拾い、ささくれたトゲを短剣で削いで添え木を作る。
巻きつける布は両袖を破き、なんとか足首に固定する。
「こちらもあらかた片付いたかな」
オストレアの炎の鞭が、部屋の至る所に炭の塊を作っている。
タールの生首だけを除いて。
「首は何かに利用するのか?」
「討伐の証みたいなものだな」
そう応えながらオストレアは俺に『虫の牙』を手渡した。
「これは、テルが持っていっていい……それからありがとう。タールに勝てるとは思わなかった」
『虫の牙』を受け取り、立ち上がる。
片手剣にしてはちょっと長めなので杖代わりになる。
「いや、ほとんどメリアンのおかげだ」
「そうだな」
オストレアの白フクロウ顔が目を細める。
これは笑ったのかな。
「ところで『魔動人形』というのは何だ?」
「『魔動人形』は、術者の魂を格納することができるゾンビーの一種だ」
ゴーレムじゃなくゾンビーか。
この世界のゾンビーは、地球でお馴染みの感染力を持つアンデッド的なモノではなく、肉体を失った魂が本来の肉体ではないものを仮の肉体として使用しているものを「ゾンビー」と呼ぶ。
ちなみにゴーレムは、魂の代わりに魔法を宿らせた肉体のことをそう呼ぶ。
「一種、ということは単なるゾンビーではない、と」
「ああ。ゾンビーとの大きな違いは、肉体を失っていない魂なのに、自身の分身として『魔動人形』を運用できる点にある。自身の寿命の渦を分けて『魔動人形』に宿らせれば、外から『魔力感知』をしても普通の人なのか『魔動人形』なのか見分けがつかない」
「オストレアは、タールが『魔動人形』だと気付いていた?」
「いや、まさか自身の体を『魔動人形』化しているだなんて思いもしなかったよ」
自分の体を――それができるのならば、俺がリテルから離れて新しい体を手に入れることだってできるかも?
もっと詳しいことを聞きたくもあるが、オストレアは実際どこまで知っているのだろうか。
「『魔動人形』って俺は初めて聞くのだが、どのくらい知られた魔法品なんだい?」
「……いや、この世界のものではないんだ。タールも、そして私の父も、レムールと同じ地界の出身だ。『魔動人形』も、その『虫の牙』も、父とタールとが共同で開発していた魔法品だ」
そういやオストレアもフラマさんもタールのことを父の仇って言ってたよな。
「なるほど。突っ込んで聞いてもいいことなのかい?」
「テルはもう、巻き込んでしまったからな」
ディナ先輩のお母さんの死に人形を見つめる。
本当はずっと前から巻き込まれてはいたのだが、それについてはまだ話すわけにはいかない。少なくともディナ先輩の了承なしには。
「まぁね。タールは俺を誰かと間違えていたみたいだけど」
念のため、とぼけておこう。
「『魔動人形』は普通の人が扱うのは困難だ。恐らく私にも。並列思考を持つナベリウスだからこそタールにはそれができたのだ」
「ナベリウス?」
その名前はルブルムから『テレパシー』を通して共有させてもらったカエルレウム師匠の蔵書情報の中にあった。
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族で、外観は鳥種の先祖返りに似ている種族。
その頭部は烏が多く、しわがれ声で魔法品の制作に長けている。
「しわがれ声の種族?」
「よく知っているんだな。だがあいつは他の死体から部分的に一部を切り出して目標の死体へ定着させる、という実験をしていた。恐らく声を出す部位だけ取り替えたのだろう」
なぜそんなことをしたのだろう。
本人特定を誤魔化すためだけに? 他にも理由があった?
聞きたいことが後から後から湧いてくる。
そうそう。耳慣れない単語の意味も聞いておきたい。
「並列思考というのは?」
「普通の者が『魔動人形』を運用すると、本体はまるで眠ったようになる。一つの魂で複数の肉体を動かすことは困難だから。ただ、ナベリウスという種族はそれができる。ナベリウスは未来の可能性を見る魔法を使えるのだが、複数ある未来が現在と同時に見えても普通は対応しきれない。それでもナベリウスはまるで複数の思考を同時に操るかのように、それぞれを理解し、そこから最良の一つを選ぶことができる。同様に、寿命の渦を複数に分けても、それぞれが独立した人であるかのように振る舞うことができるようなのだ」
「パリオロムか」
「ああ。何もかも疑ってはいたから油断こそしなかったつもりだが、それでも見抜けてはいなかった」
「見抜けてはいなかったとしても、警戒を解かなかったこそ生き延びてこられたんじゃないのか?」
オストレアの警戒心が強いのは、父親が殺されたからなのかもしれない。
「オストレアのお父さんもナベリウスだったのか?」
「いや、父はナベリウスではない。アモンという火を操るのが得意な別種族だ」
アモン――これも共有してもらった情報の中に参照できる。
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
先祖返りの鳥種に似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。
頭部は水鳥や梟、烏に似る。
「『魔動人形』の稼働実験で魂を移した隙に、本来の肉体を奪われ、結果的に殺されてしまった」
「アモンも未来を見ることができるんじゃないのか?」
「詳しいな。だが、アモンの持つ未来を見る能力は『未来の智』という固有魔法でな、自分の行動を決めて集中することで、その結果がもたらす確率の高い未来を見ることができるというものだから、考慮していない未来は見えないんだ。それに対してナベリウスの持つ未来を見る能力は『限られた未来』という固有魔法で、その時点から分岐する数秒先の未来が幾つも同時に見えるというものだ。父は、タールを信じ過ぎていたんだ」
「……悔しいな」
また新しい単語、固有魔法。
これも参照すると出てきた――ルブルムの勉強熱心さに本当に感謝だ。
で。
固有魔法というのは、その種族以外が使おうとすると魔法代償を大量に要求される魔法、か。
きっと魔法を構築する思考に、種族特有の何かがあるのだろう。
となると、もしも『魔動人形』を作る魔法技術に、ナベリウスやアモンの固有魔法が深く関わっているのであれば、獣種である俺だけでは難しいかもしれない。
オストレアやフラマさんはタールを倒した後、どうするのだろうか。
もしも彼女らの協力を得られるならば、俺とリテルの魂を離すことに力を貸してもらえたり――そこまでは甘え過ぎかな。
「タールにパリオロム。これで二つ。あとまだ一体は居ると思う」
自分のことばかり考えていたことを反省する。
そうだ。オストレアたちの父親の体をタールに奪われているって言っていたっけ。
「『魔動人形』への魂の移動ってどうするんだ?」
「普通の魔法と一緒で接触が条件のはずだ。私は父が密かに残していた資料をわずかに読んだだけで、実際に使用したことはないのだが。ただ、その触れたときに自分の寿命の渦と意識の一部だけを移せるというのは、ケルベロスと渾名されるナベリウスだけだろう」
ケルベロス!
ドラコ、グリュプスに次ぐ地球でメジャーな魔物じゃないか。
まずはルブルム情報から先に調べると――ケルベロスも地界の魔物か。
頭が三つある巨大な犬に似ているが、稀にそれ以上の多頭となる個体もいて、凄まじい吠え声と、毒を含む唾液には注意が必要。
へぇ。唾液には毒があるのか。
光は苦手で、主人には忠実だけど、大好物の甘いものには抗しきれない。
そうなのか。
甘いもの好きってケルベロスにそんなイメージなかったな。
「ナベリウスも甘いもの好きなのか?」
純粋な気持ちで尋ねたつもりだったのだが、オストレアは途端に吹き出した――だけじゃなかった。
もう一人、吹き出した奴が居た――ディナ先輩のお母さんの死に人形――だと思っていたそれは、もしかして『魔動人形』だった?
と同時にガコンと大きな音がして壁にかかっていた仮面の何枚かが落ち、鋭い何かが飛び出してきた。
とっさに避けるのに精一杯で、気づいたときにはもう『魔動人形』が立っていたと思われる場所には大きな穴があるだけだった。
その穴から追うのは諦めた。
俺はなんとか槍をかわせたが、タールの生首の確保を優先したオストレアが深い傷を負ってしまっていたから。
穴には二本のレールのようなものが敷かれていたし、もしもこの上に台車のようなものを置いてそれで逃げたのなら、這って追いかけるのはかなり厳しいと言わざるを得ない。
そもそもあのタールを一人で追いかけるほど、俺は思い上がってはいない。
俺はオストレアの治療を優先することにした。
その最中、オストレアが『魔動人形』に関する追加情報をくれる。
まるで人のように振る舞うことができるが、『魔動人形』内に幾つか埋め込まれている魔石に寿命の渦を隠してまるで「死に人形」のようにも見せることができるとか。
タールが肉体を飛び散らせたのは恐らく攻撃するためではなく、自身の肉体をあの空っぽだった『魔動人形』に触れさせ、寿命の渦と意識とを移すためだったのだろうとか。
また、ナベリウスの並列思考も万能ではなく、離れた体で思考していた場合、再び触れなくては分かれていた間の思考や記憶を共有できないのだという。
さっき、この部屋でタールが俺を目視していたにも関わらずパリオロムが俺の幻に攻撃したのは、パリオロムがあの幻影を本物の俺だと思ったからかもしれない。
「なあ、『魔動人形』って作るのにどのくらいの期間とか費用とかがかかるか、そういう情報はあるかい?」
「量産はできないはずだ。死体を『魔動人形』化するには、そこへ移る者自身の寿命の渦を相当量魔法代償として消費するはずだから。だから実験対象には珍しい種族だけを選んでいたという記録も見た」
「なるほど」
死体を用意しなきゃいけないのは大前提なのか。
「ただ、死体に残る記憶は見られるようで、タールは父に内緒で相手の知識を得るために無駄に殺害して『魔動人形』化、みたいなことはしていたみたい」
マジか。
ということは、パリオロムが俺に優しかったのって、もしかして『魔動人形』にするつもりだったから?
そのことを、リテルの体を借りている身の俺には非難できないけれど、俺の記憶を参照されたらディナ先輩につながってしまう所だったから、生き延びられて本当に良かった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。傭兵部隊ではテルと名乗る。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
イケメンではないが大人の色気があり強者感を出している鼠種の兎亜種。
高名な傭兵集団「ヴォールパール自警団」に所属する傭兵。二つ名は「胸漁り」。現在は謝罪行脚中。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人。取り戻した犬種の体は最近は丈夫に。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。ゴブリン魔法を使える。傭兵部隊ではハトと名乗る。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ディナの母
アールヴという閉鎖的な種族ながら、猿種に恋をしてディナを生んだ。
キカイー白爵の館からディナを逃がすために死んだが、現在はタールに『魔動人形』化されている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・タール
ギルフォド第一傭兵大隊隊長。キカイー白爵の館に居た警備兵。『虫の牙』でディナに呪詛の傷を付け、フラマとオストレアの父の仇でもある。地界出身の魔人。種族はナベリウス。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間で婚約者。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。二つ名は「噛み千切る壁」。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・モクタトル
カエルレウムを尊敬する魔術師。ホムンクルスの材料となる精を提供したため、ルブルムを娘のように大切にしている。
スキンヘッドの精悍な中年男性で、眉毛は赤い猿種。なぜか亀の甲羅のようなものを背負っている。
・トリニティ
モクタトルと使い魔契約をしているグリュプス。人なら三人くらい乗せて飛べる。
・ファウン
ルージャグから逃げたクーラ村の子供たちを襲った山羊種三人組といっとき行動を共にしていた山羊種。
リテルを兄貴と呼び、ギルフォドまで追いかけてきた。偽ヴォールパール自警団作戦に参加して傭兵部隊に。
・プルマ
第一傭兵大隊の万年副長である羊種の女性。全体的にがっしりとした筋肉体型で拳で会話する主義。
美人だが鼻梁には目につく一文字の傷がある。メリアンのファン。
・パリオロム
第一傭兵大隊第一小隊で同じ班の先輩。猫種の先祖返り。
毛並みは真っ白いがアルバスではなく瞳が黒い。気さく。タールの『魔動人形』だった様子。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。鳥種の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。
胸の大きさや美しさが際立つ痴女っぽい服装だが、所作は綺麗。父親が地界出身の魔人。
・オストレア
鳥種の先祖返りで頭はメンフクロウ。スタイルはとてもいい。フラマの妹。
父の仇であるタールの部下として傭兵部隊に留まっていた。
・オストレアとフラマの父
地界出身の魔人。種族はアモン。タールと一緒に魔法品の研究をしていたが、タールに殺された。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ショゴウキ号
ナイト(キタヤマ)がリテルに貸し出した特別な馬車。「ショゴちゃん」と呼ばれる。現在はルブルムが使用。
板バネのサスペンション、藁クッション付き椅子、つり革、床下隠し収納等々便利機能の他、魔法的機能まで搭載。
・ドラコ
古い表現ではドラコーン。魔術師や王侯貴族に大人気の、いわゆるドラゴン。その卵を現在、リテルが所持。
卵は手のひらよりちょっと大きいくらいで、孵化に必要な魔法代償を与えられるまで、石のような状態を維持する。
・ウンセーレー・ウィヒト
特定の種族名ではなく現象としての名前。異門近くで寿命によらない大量死がある稀に発生する。
死者たちの姿で燐光を帯びて現れ、火に弱いが、触れられた生者は寿命の渦を失う。
・ナベリウス
苦痛を与えたり、未来を見ることができる能力を持つ勇猛な地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観で、頭部は烏。種族的にしわがれ声。魔法品の制作も得意。
・アモン
強靭で、限定的な未来を見たり、炎を操ることができるなどの能力を持つ地界の一種族。
鳥種の先祖返りに似た外観だが、蛇のように自在に動かせる尾を持つ。頭部は水鳥や梟、烏に似る。
・ケルベロス
地界の種族。頭が三つある巨大な犬に似ているが、稀にそれ以上の多頭となる個体もいる。
凄まじい吠え声と、毒を含む唾液には注意が必要。光は苦手。主人には忠実だが、大好物の甘いものには抗しきれない。
■ はみ出しコラム【死に人形】
作中に度々、登場している「死に人形」について解説する。
死に人形は、もともと異界から異門を抜けて来たお客さんである魔物を、保存するために作られた。
死体の腐敗を防止する魔法を宿した魔石を取り付けて魔法品化する。
剥製化する場合、内臓を抜いたり防腐処理を行ったりする必要があるが、死に人形は死体そのものを、まるで生きている状態であるかのように保存する。
ドマースが用いていた『腐臭の居眠り』と思考の基礎は同じである。
研究や周知のために魔物の姿を保存するための用途は今でも継続しているが、この技術はやがて、自身の大切な存在の死を受け入れられない一部の人々により、死者の状態保存としても用いられるようになる。
地球においても若くして亡くなった娘を腐敗防止のミイラ化処理をした人は実在する(ロザリアちゃんなどが有名ですね)。
さらに派生して、死者への冒涜や、死者の家族への屈辱を与えるためにあえて死体を死に人形化させる者まで現れた。
この第三勢力のせいで、「死に人形」という言葉に非常に悍ましいイメージが定着してしまった。
ただ、ホルトゥスにおいては通常、墓が作られることも滅多にない文化なので(#49 のはみ出しコラム【墓】参照)、第二勢力自体も異端といえば異端である。
・『魔動人形』
自身の寿命の渦に意識を乗せて移すことで動かすことができるゾンビーのような魔法品。
死体をもとに作成し、その肉体に埋め込まれた魔石には、自身を「死に人形」のように見せるための魔法が封じられている。
作成に際しては、『魔動人形』へ移る者自身の寿命の渦を相当量消費するのと、そこに移っていない間の死体が腐敗・硬直しないような維持コスト(魔法代償)が必要なため、そう多くは作れない。
映った際、死体が生前持っていた記憶を参照できる。
並列思考が可能なナベリウス以外が『魔動人形』へ意識を移した場合、本体の肉体は眠ったように無防備になる。
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