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#79 ヒモパンとガーターベルト
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というかポテチって、ポテトチップスのこと?
目のあったキタヤマさんがニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、紹介するよ。俺の奥さんのリリさん。元はニュナムの魔術師組合で働いていた魔術師でね、リリさんが俺の発明や実験の魔法的側面を、リリさんのお父様が金銭的側面を支えてくださっている。そのお父様こそがルイース虹爵領、領都アンダグラにあるあの有名な世界図書館にて、司書長をなさっているハドクス紫爵様であらせられるのだ!」
「はいはい。揚げたてのうちに食べましょ。すぐにおかわりも持ってきますからね」
リリさんはキタヤマさんの手前に割り込む感じにテーブルの一つへ皿を置く。
その皿は何かの植物で編んだ籠のような皿。こういうお菓子皿、丈侍の家でよく見たなぁ。
皿の上には大きめの葉っぱが敷き詰められ、その上に「ポテチ」が山盛り。
どう見てもポテトチップス。
「こっちは指洗い鉢ね」
水の入ったフィンガーボールのようなこちらは深めの金属皿。
「ポテチのほうは、リテルくんも懐かしいんじゃないかな」
指を洗ってから一枚つまんで食べてみる。
ポテトチップスだ。しかもちゃんと塩がきっちりきいていて美味い!
「すごい美味しいです! ルブルムとレムも食べてみて。俺はメリアンを呼んでくる」
「これ! クリスプス! ママが一度だけ作ってくれたことある!」
レムが喜びの声をあげている。
「でも、油が貴重だったから、本当にその一回だけ……」
なんとも言えない遠い目のレムの横で、ルブルムは嬉しそうな顔でポテチが止まらない様子。
「へー。イギリスではそんな呼び方なんだな」
キタヤマさんも自らパリパリ。
そう。こんな間違いなく美味しいものは、普段お世話になっているメリアンにも是非食べさせてあげたい。
扉を開けるとメリアンが少し離れたところで小剣を居合のように抜きながら踏み込む練習をしていた。
「メリアン! ちょっといいか?」
「なんだ?」
「おやつ」という単語を口にしようとして、そんな単語も習慣もこちらにはないことに気付く。
「味見に来ないか?」
意外そうな顔で戻ってきたメリアンだったが、ポテチを一口食べたらもう珍しく頬を緩めた。
皿はけっこうな大きさだったが、皆で瞬殺してしまう。
今は全員、自分の指を名残惜しげに舐めているという状態。
「そういえば、リテルくん。ジャガイモは普及しているかい?」
「してますね。今朝のスープにも入ってましたし、俺の故郷の村でも栽培してます」
「不思議だよね」
「不思議……なんですか?」
会話しつつも、ポテトチップを取る手が止まらない。
「ジャガイモは、元の世界ではシンタイリクが原産でって話はさっきしたよね。そこ原産の食べ物ってのが他にもあって、トマテやピミエント、マイスとかね」
「え……トマテは……もしかしてトマトですか。でも後のはわかりません」
「トマテはトマト、ピミエントはトウガラシ、マイスはトウモロコシだ。なのにジャガイモは、ジャガイモで通じる。恐らくラトウィヂ王国に流通させたのはニホンジンだと思うんだ。リリさんも小さい頃から食べていたと言っていた。もっともスープに入れたり、ふかして食べたり、茹でて潰して料理に使ったりとかで、ポテチみたいな料理はなかったけどね」
「その……トマテとかは、どこで入手できるんですか」
「このラトウィヂ王国の西側にあるリチ紅爵領で、品種改良されているって情報をおさえている。どこか別の国から持ちこんで実験的に育てているらしい」
「ジャガイモはたまたまこのあたりに自生していたのでしょうか」
「だとしたらニホンゴの名前はついていないと思うんだよな。もっとポテトっぽい名前とか。ただ異世界だし、その可能性も捨てきれないとは思う。他のシンタイリクの植物がどうして一緒に流通していないのかは気になるけど。君は旅しているんだろ? 興味があったら西側の方にも立ち寄ってみるといい」
「素敵な情報、ありがとうございます」
「あ、そうだ。うちの奥さんの服、どうだ?」
「メイド服……ですか? 可愛いです」
「なんかさ、記憶を頼りに作ってもらったんだけど、なんかコレジャナイ感があって……ホルトゥスにも、チュウセイヨーロッパにもメイド服はないんだよ。ヨーロッパでもキンセイだったはず。ちなみにこっちでは貴族のとこで働いている人らは、動きやすさ重視で男女問わずズボンを履いている。そもそもスカートが一般的じゃないんだよな。もともとは家の外へ出なくていい人たち……貴族の皆さんが履いていたようなんだけど、娼婦が便利だからって着るようになったら、そのイメージが定着しちゃって皆着なくなっちゃって。たださ、純粋にスカートは可愛いだろ。うまくデザインできたなら貴族に向けて売り出そうかなって考えてるんだがな」
メイド服のデザインなんて、読めるけど書けない漢字と一緒で、いざ細かいこと聞かれると表現できないな。
「うちの人、面白いでしょ。はじめのうちは年齢差もあるし、口説かれたときも断ってたんだけどね……一緒に居ると飽きないから今は幸せ」
そう言って笑うリリさんとキタヤマさんは本当に幸せそうで。
一瞬、そこにルブルムと自分とを重ねて――すぐにリテルとケティのことを思い出して、自分に呆れる。
初心忘るべからず、だよね。紳士としては。
そして改めてルブルムを見て、思わず声が出た。
「ちょ、ちょっと待った!」
慌ててルブルムに駆け寄る。
ルブルムはなんでここでズボン脱ごうとしている?
この世界ではズボンが下着代わりなんだから、脱いだら丸出しになるというのに。
「これ、フラマのと同じかなと思って」
確かにルブルムが手にしているそれは、形状的にヒモパンだ。
でもだからといって。
「自分で着けなくともわかるでしょ……というか、ダメだよ勝手に履いちゃ」
「ほっほう。さてはアイシスあたりで高級娼婦と遊んだね?」
キタヤマさんはヒャッヒャッヒャッと下品に笑う。
「いっ、いえっ、決して遊んだわけじゃっ」
「いいよいいよ。こっちはそういうこともお酒も法的な年齢制限とかないし。それにそうやって手にとってもらえるということは、うちの商品がそれだけ魅力的ってことだろ?」
「おぅ、リテル。こっちのはどうやって使ってた?」
メリアンまでニヤニヤしながらこちらに向けてブラブラさせているのは、こちらも紐状の。
「あぁ、それは開発中のガーターベルトというものだ。膝上までの長い靴下をな、腰の所から吊る道具だ」
「へぇ。革のベルトを巻いて留めるより頼りなさそうだけどな」
「まあね。それは運動しやすさのための設計じゃないからね」
「じゃあ、何のためさ?」
「そりゃ男をそそらせるためさ」
キタヤマさんは終始笑いっぱなし。
「そうなの? お兄ちゃん、そそる?」
レムまでガーターベルトと紐パンを持ち、自分の股間あたりにあてている。
「こっ、こういうのは趣味というか、人ぞれぞれだから」
「じゃあ、私はヒモパンだけにしておこっかな」
レムは俺の方を上目遣いで見る。
いつもなら「からかうなよ」とか言えるのだが、レムにも『テレパシー』でフラマさんのあのシーンを共有させられているので、なんとなく強く出られない。
「だからっ、俺は……ってルブルム?」
絶句している間にルブルムはまた脱ごうとっ。
「ル、ルブルム。ダメだよ、こんなとこで脱いじゃ」
「ああ、ディナ先輩に教えられたやつか。リテルがいるから大丈夫」
「大丈夫じゃないっ。いいかルブルムっ。家族が居るから大丈夫って考えるんじゃなく、家族じゃない人が居るからダメって考えるの!」
「そうなのか……ああ、そうか。理屈は聞いたけど、まだ実践が難しいな」
「ルブルム、ね。お兄ちゃんは、他の男にはルブルムの裸を見せたくないって言っているの」
怪訝そうな表情のルブルムが、少し嬉しそうに変化する。
ここのところ、ルブルムがかなり表情豊かになった。
それがまた可愛いのでぐっと来て困る。
「お兄ちゃんも、言い方だよ!」
俺が怒られるの?
「まあまあ。ヒモパンとガーターベルトは、女性たちそれぞれに一つずつ贈るから、好きなのを選ぶとよいよ」
なんと!
キタヤマさんのお気持ちは嬉しいけれど、これってお高いんじゃないの?
「いいのかい? この手触り、絹だろ? 高いんじゃないのか?」
メリアンも同じこと考えてたっぽい。
だけどそんなメリアンの横で、ルブルムとレムは本気で選び始めている。
「色は四色もあるのね。白と、赤みがかかったのと、緑がかったのと、黒みがかったうやつ!」
白は漂白された白ではなく生成りに近い色。他の色も地球で見た色ほどくっきりした色ではない。
「フリルスがついたのもある。フリルスは貴族の服でしか見たことない」
そうか。フリルはこっちの言葉ではフリルスって言うのか――じゃなくて!
「ちょ、ちょっと、レムにルブルムも! きっとお高いから」
「いやいや。リテルくんの大事な仲間なんだろ? 大歓迎さ。先輩としていいとこ見せさせてくれよ!」
「大事な」部分の強調の仕方が、からかわれているみたいでなんか恥ずかしい。
実際その通り大切ではあるのだけれど。
「ヒモパンは最近、真似されたものが出始めているって報告も受けているからね。模倣品は絹じゃないとは聞くけど、真新しさで偽物なのに売れているらしい。だからこちらは品質を揃えた新商品で対抗しようってわけ。ヒモパンとガーターベルトが同じ色の方が映えるだろう? それにほら、新商品はうちの商会マークをレシウム編みで入れてあるんだ」
キタヤマさんは商売上手なんだろうな。
知識というものは持っているだけじゃダメなんだなと感じる。
「そうだ。リテルくん、コンドーム要るかい?」
「こ、コンドームって」
「避妊に使う道具だよ……って、顔真っ赤じゃないか。ははーん。もしかして、あんだけ仲良さげな割にはまだ」
「そのうち、だよね。お兄ちゃん」
レムが俺の左腕をぎゅっと抱え込む。
それを見てルブルムも右腕を抱え込む。
まだ革鎧を脱いでいないから腕にあたる感触はゴツゴツなんだけど、普段馬車で寝ているときのことを思い出し、やけに照れくさい。
「いいねぇ! セイシュンだねぇ!」
拍手しながらはしゃぐキタヤマさんに、リリさんがさり気なく寄り添う。
キタヤマさんはホルトゥスで自分の居場所を見つけたんだな。
自分にもルブルムとレムが傍らに居てくれはするのだけれど、リテルとケティのことが最優先だから――胸の奥が少しだけきゅっとする。
「コンドームはね、ごくごく一部のお客様にだけ売ろうと考えている。産みたくない利用者なんて浮気が多いだろうからね。獣種の子供は必ず親のどちらかの獣種と同じになるから、父親とも母親とも違う子が生まれたら言い訳できないんだ。だから絶対に需要がある。試作も最終段階でね。オレ以外の人にも使ってもらって使用感を試してもらいたいんだよね」
「いやいやいや……俺は無理です」
「ふむ。生派か」
「そ、そうじゃなくって!」
「わかってるよ。ちょっとからかっただけだってば」
やりにくいな、この人。
「ゴムがないからね、動物の腸を元にしたんだ。で、魔石を添えて売り出す予定。薄くて破れやすい腸を破れないようにする魔法と、使用者のあれに合わせてぴったり装着できるようにする魔法とを組合せて『コンドーム装着』という魔術をリリさんに調整してもらってる。それだけだとなんだから付加価値をってことで、表面に細かな突起をつけるってのを調整中でね。販売を一般化しないというのは真似防止のほか、この魔石も含めて高価にならざるを得ないという理由もある」
「た、大変なんですね」
細かな突起については、深く聞かないでおこう。
ルブルムやレムが興味を持ったら面倒だ。
「秘密でってどうやって売るんですか?」
いや、遅いか。レムは既に興味を持っちゃっているようだ。
「うちの商会は普通の商品を売る店の奥に、特別なお客様だけが入れる商談室を作っているんだ。そこへお通ししたお客様にだけ、限定で販売するんだよ。魔石に封じておいた使用回数分の魔術の糧を使い切ったお客様には、直接魔術師組合へは行かずにうちで充填済みの魔石と交換してもらうようにするつもりだ。高給品質で特別版の商品を、特権的な満足感と一緒に売るのさ」
レムは目を輝かせている。
レムの出身村は貧しい所だったから、こういうことにも興味を持つのはよくわかる。
「リテルくん、君ら何か目的があって旅をしているんだろう? その旅が終わったあとのことは考えているかい?」
「……なんとなく……ですけれど」
「確定ってわけじゃないんだね。じゃあ、その選択肢の中にうちへの就職ってのも入れてみてはどうだい? 正直オレも、君くらい気の合うヤツにあなかなか会えないでいてね」
これは、とてもありがたいお誘いだ。
リテルは次男なのでいずれ家を出なきゃいけないから。
ただ、俺がリテルの体に留まったままだったとしたらそれは難しいかもしれない。
ケティはきっと家業の鍛冶屋を継ぐだろうし、いくらナイト商会が経営を拡大したとしても、フォーリーならともかくストウ村にまでは店を出したりはしないだろうし。
俺の身勝手で、ケティとリテルとの仲を引き裂くわけにはいかない。
それに、旅に出てから改めてすごさを思い知らされているカエルレウム師匠には、まだまだ学び足りない。
「本当にありがたいです。ただ、まだ勉強中の身なので」
「わーった、わーった。返事は急がないよ。まあ、覚えといてくれや」
「ありがとうございます。それからヒモパンとガーターベルトまで」
「あっ、そっちはどのくらいそそったか、後で教えてな!」
苦笑いで答えるのが精一杯だった。
その後は、休憩してたマドハトたちも合流し、美味しい食事をごちそうになった。
夕飯でもポテチを出していただき、マドハトたちもすっかりそのとりこに。
そればかりかチーズとソーセージのピッツァっぽいのとか、鳥肉にスパイシーな衣をつけて揚げたフライドチキンっぽいのとか、まるっきりコロッケみたいなのとか、食パンみたいなパンを牛乳と卵と砂糖で味付けしたフレンチトーストっぽいのとか、地球みのあるメニューがずらり。
いや本当に感謝しかない。
中世ヨーロッパほどじゃないけれど調味料の多くはホルトゥスでもやはり割高らしく、商会で儲けたお金は趣味の発明と贅沢な食事とにけっこう消えているのだとか。
ただその趣味の発明が、リリさんやそのお父様、ハドクス紫爵様の目に止まって商品化されたものも少なくないようで、それを短期間に商品化できる資本力がナイト商会を支えていることは否めない。
貴族なパトロンをうまく見つけることができたというのもこのキタヤマさんの才能なんだろうな。
キタヤマさんは塩の流通にも手を出しているようで、今後の旅のお供にと塩をそれなりの量いただいた。
塩は、こちらでは浅いプールに海水を注ぎ、天日干しで作られたものが多く流通しているが、細かな埃やゴミなどを取り除いていないため、ナイト商会でそれを除去して真っ白な塩だけに再加工して販売しているとかで、いただいたのはその綺麗な方の塩。
それから乾燥にんにくと、肉料理を美味しくするというハーブを数種類……海の雫、フィーニークロウン、クミヌム、サルビア、メンタ。
地球でも料理を作る方にはあまり関心がなかったから、これらのハーブが地球にも同じものがあるのかどうかはわからないけれど、メンタが香り的におそらくミントなんだろうというのはさすがにわかった。
ちなみに、クミヌムは炒るとほんのりカレーの香りがするらしいから、元の世界におけるクミンと同じだろうとキタヤマさん。
これを機に、ホルトゥスでは俺も料理のこともいろいろ覚えてみようかな。
キタヤマさんはハーブ栽培についても教えてくれた。
元の世界の中世では修道院がその役割を担っており、食用だけじゃなく治療にも使われていた、という。
修道院とか教会とかがないこの世界においては、そういうハーブ園は貴族がそれぞれ抱えていて、商売で貴族とのコネができるまではわけてもらえなかったとのこと。
今後は、ホルトゥスの食生活を潤すべく、ナイト商会でハーブの栽培や販売を徐々に広めて行く計画もあるらしい。
ちなみにホルトゥスにおいて「ハーブ」は「ヘルビス」と言うらしい。
キタヤマさんは、ホルトゥスを受け入れ、ホルトゥスに受け入れられ、ここで生きていくこと、生活していくことに、まっすぐに取り組んでいる。
人生の先輩として、物質的な支援のみならず、精神的にもとても助けてもらった気がする。
いつかリテルに体を返して、その先、俺がホルトゥスで生きていけるようになったなら――その先の未来が少しだけ明るくなった気がした。
その晩は、ふかふかのベッドで寝ることができた。
ディナ先輩のとこと同じくらい。
また、着ていた服も全部洗濯してくれて、着替えまでプレゼントしてもらった。
何から何までしてもらって、いったいどうすればお礼ができるのだろうか――なんてことを考えていたら、目が冴えてきた。
なぜか腹まで鳴る。
違う。なぜか、じゃない。この匂いのせいだ。
ポテチを揚げている匂い。
起き上がろうとすると、俺の両腕をがっつり抱き込んでいる二人――ルブルムとレムまで目を覚ましてしまった。
そして、俺の足元にうずくまるように寝ていたマドハトも。
「あのポテチの匂いです!」
マドハトが嬉しそうな顔をする。
時計はないので、窓から双子月を探す――いや、もうすぐ新月だから見つけにく――いはずなのに、中庭が妙に明るい。
テーブルと椅子が並べられ、松明が配置され、まるでこれから宴会でも開くかのような。
ああ、そうか。
今、お祭り中なんだっけ。
鎧などは着込まずに、部屋着というか下着のままで部屋を出ると、三人もぞろぞろついてくる。
夕飯のときに給仕をしてくれた未完成メイド服のお姉さんたちが、忙しそうに宴の準備に追われている。
「起こしちゃったか、すまないね」
キタヤマ――いや、ここではナイトさんは、ちょっと小綺麗な外套を下着の上から身につけていた。
「君らも起きているなら、給仕をつかまえて外套をもらってくるといい。ルブルムちゃんはクスフォード虹爵にもお会いしたそうだから、大丈夫かもしれないが、くれぐれも粗相のないように」
こんな言い方するってことは、偉い方がいらっしゃるってこと?
ドキドキしている俺の耳に、鐘の音が聞こえた。
あれだ。モノケロ様が移動する合図の、二ホーラ毎の鐘の音。
「さっき、突然に使いの方がいらしてね」
勇ましい足音が揃って近づいてくる。
慌てて外套を羽織り、皆でナイトさんの後ろに整列してると、メリアンまで出てきて列に加わった。
リリさんが山盛りポテチの大皿を台車みたいなので運んできて大きなテーブルの横につけたとき、足音が止まり、入り口の門近くに多くの人影が見えた。
「ここにぃー! モノケロ様が隠れていないかぁー! 調べさせてもらおーぅ!」
よく通る綺麗な女性の声。
ということは、モノケロ様の奥方、レーオ様か。
レーオ様は、猫種の半返り。
物凄い美人。そして間違いなく強そう。
周囲のライストチャーチ領兵の人達も全員、猫種の女性ばかりのようだが、レーオ様お一人だけ威圧感が頭抜けて凄まじい。
寿命の渦を見ているだけでこんなにも圧倒されたのは初めてかもしれない。
「どうぞどうぞ!」
ナイトさんが大声で叫ぶと、屋敷の他の人たちも「どうぞどうぞ!」と叫ぶ。
まさか祭りの決まり事とかなのか?
俺たちも慌ててその大合唱に加わる。
レーオ様は颯爽と近づいてきて、ポテチをサクッとつまんだ。
背の高さこそメリアンより低いものの、筋肉のつき方が半端ない。
そう。フリルいやフリルスこそたくさんついた服ではあるが、ノースリーブで、ムッキムキの腕がぬっと胴体から出ているのだ。
「お前たちも食え」
レーオ様が腕を高くあげると、領兵の皆さんもポテチに群がる。
「ナイトよ。久しいな」
「レーオ様、息災でなによりです」
「お前のヒモパンとガーターベルト、モノケロも大層喜んでいた。新作ができたらまた屋敷の方へ運んでくれ。今回の祭りが終わったらまた子種を仕込むつもりだからな」
レーオ様は高らかに笑い、そしてこちらを見た。
いや、明らかに一人を。
「なんだ、メリアンじゃないか。本物か? いつここへ?」
え? 知り合いなの?
「久しぶりだな。レーオ……今はレーオ様か。まさか会えるとはな……到着は今日の昼過ぎだ」
「様はいらんよ……おい、昼過ぎだと? 今日は祭りで門は朝から閉まっていたはずだが……まさか! あの魔獣ルージャグ討伐した旅の連中ってのはメリアンたちのことか! あははっ! 相変わらずだなぁ!」
メリアンとレーオ様がまるで友達同士のように肩を叩きあっている。
いや、幾分かメリアンの方が緊張しているようにも見える。
あのメリアンが? 緊張?
「この時期に北へ向かうってことは、北部戦線か?」
「あー、いや、あたしじゃなくラビツたちがな。あたしはその尻拭いさ」
「ラビツか! じゃあアイツもここに寄ったってことか。挨拶もなしで!」
「おおかた門が閉鎖されるって聞いて慌てて飛び出したんだろうよ。昔は祭りなんてやっていなかったろ?」
「ああ。去年たまたまやってみたら領民が喜んでな。つーか、なんだお前ら、まだくっついたり離れたりしてんのか」
「あー、いや……その……北部戦線でひと稼ぎしたら……その……するつもりだよ」
歯切れの悪そうなメリアンはレアだな。
「とうとうか! 式はどこでやるんだ? そうだ。ここでやろう! 昔の連中みんな集めてさ」
「式か……そんなのあたしらっぽくないからさ、やんないつもりなんだけどさ」
「メリアン。式ってのはぽくないことをするもんだよ。普段やらないことをやるからこそ区切りになるんだ」
「レーオに言われると弱いな」
「よし。ここでやるで決定だな。北部戦線の状況見て招集かけておくから、生きて戻ってこいよ」
「まったく、かなわねぇ」
「そう言うなよ。門を開けてやるからさ。追いつきたいんだろ? すぐには無理だが、明日の朝には手配しておいてやる。北門で待っていな」
ん?
今、何が起きたんだ?
メリアンとレーオ様が知り合いで、メリアンとラビツが結婚間近で、それで明日の朝、門を開けてもらえるって?
情報量の多さと話の展開の早さに呑まれそうだよ。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。とうとう殺人を経験。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシ(クッサンドラ)
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。マドハトの『取り替え子』により現在、エクシの体に入っている。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・プラとムケーキ
ライストチャーチ白爵領の領兵。大の祭り好き。リテルたちの馬車と馬を預かってくれている。
・モノケロ様
昨年、ライストチャーチ白爵を継いだ三十三歳。武勲に優れる。
・レーオ様
モノケロの妻。猫種の半返り。武勲に優れる。実はメリアンやラビツと知り合い。筋肉のすごい美人。
十年前のモノケロへのプロポーズが、王冠祭のきっかけとなった。ナイト商会とは懇意にしている。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・リリ
ナイトの妻にしてハドクス紫爵の娘。もともとは魔術師組合で働いていた。
もうすぐ子供が生まれる。
・ハドクス紫爵
ラトウィヂ王国北部のルイース虹爵領、領都アンダグラにある世界図書館にて司書長をしている。
ナイト商会のスポンサーでもある。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
■ はみ出しコラム【品種改良】
ホルトゥスにおける品種改良には魔法が用いられるのが一般的である。
しかし魔法はその効果時間が短く、恒久的な品種改良を魔法のみで為せるわけではない。
さらに魔法の発動コストを術者の寿命の渦ではなく、魔石に格納した魔術の糧を用いる場合、魔石購入にそれなりの費用が必要となる。
そのため、品種改良を行う主体は国家や裕福な貴族であることが多い。
・種子成長法
現在、最も普及している方法で、花が咲き、受粉し、種子が形成されるその一定期間に集中的に魔法による成長方向支援を行うというやり方である。
品種改良専用魔法である『美味しくなぁれ』『甘くなぁれ』『実が大きくなぁれ』『病気に強くなぁれ』『寒さに強くなぁれ』等を集中的に種に対して発動してゆく。これらの魔法は比較的効果時間が長く、種子成長中に何度も繰り返し魔法をかけることで種子の成長の方向性に確実に影響を及ぼす。
地球での品種改良と比較すると、その変異は驚くほど効率が良い。
ただし、この方法で結果として得られる改良品種は、地球における改良品種とそう変わらない。
劇的に珍妙だったり、自然法則を無視した品種にはならないのである。
また、この改良方向について、現代の品種を知っている者が原種を見た場合、その改良の方向性が明確にイメージ化しやすいがために、地球における品種改良よりも非常に短期間で改良が行えることもある。
・ジャガイモ
ジャガイモについては「ジャガイモ」という日本語の響きの単語が用いられており、この流通には日本人転移者が絡んでいると思われる。
目のあったキタヤマさんがニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、紹介するよ。俺の奥さんのリリさん。元はニュナムの魔術師組合で働いていた魔術師でね、リリさんが俺の発明や実験の魔法的側面を、リリさんのお父様が金銭的側面を支えてくださっている。そのお父様こそがルイース虹爵領、領都アンダグラにあるあの有名な世界図書館にて、司書長をなさっているハドクス紫爵様であらせられるのだ!」
「はいはい。揚げたてのうちに食べましょ。すぐにおかわりも持ってきますからね」
リリさんはキタヤマさんの手前に割り込む感じにテーブルの一つへ皿を置く。
その皿は何かの植物で編んだ籠のような皿。こういうお菓子皿、丈侍の家でよく見たなぁ。
皿の上には大きめの葉っぱが敷き詰められ、その上に「ポテチ」が山盛り。
どう見てもポテトチップス。
「こっちは指洗い鉢ね」
水の入ったフィンガーボールのようなこちらは深めの金属皿。
「ポテチのほうは、リテルくんも懐かしいんじゃないかな」
指を洗ってから一枚つまんで食べてみる。
ポテトチップスだ。しかもちゃんと塩がきっちりきいていて美味い!
「すごい美味しいです! ルブルムとレムも食べてみて。俺はメリアンを呼んでくる」
「これ! クリスプス! ママが一度だけ作ってくれたことある!」
レムが喜びの声をあげている。
「でも、油が貴重だったから、本当にその一回だけ……」
なんとも言えない遠い目のレムの横で、ルブルムは嬉しそうな顔でポテチが止まらない様子。
「へー。イギリスではそんな呼び方なんだな」
キタヤマさんも自らパリパリ。
そう。こんな間違いなく美味しいものは、普段お世話になっているメリアンにも是非食べさせてあげたい。
扉を開けるとメリアンが少し離れたところで小剣を居合のように抜きながら踏み込む練習をしていた。
「メリアン! ちょっといいか?」
「なんだ?」
「おやつ」という単語を口にしようとして、そんな単語も習慣もこちらにはないことに気付く。
「味見に来ないか?」
意外そうな顔で戻ってきたメリアンだったが、ポテチを一口食べたらもう珍しく頬を緩めた。
皿はけっこうな大きさだったが、皆で瞬殺してしまう。
今は全員、自分の指を名残惜しげに舐めているという状態。
「そういえば、リテルくん。ジャガイモは普及しているかい?」
「してますね。今朝のスープにも入ってましたし、俺の故郷の村でも栽培してます」
「不思議だよね」
「不思議……なんですか?」
会話しつつも、ポテトチップを取る手が止まらない。
「ジャガイモは、元の世界ではシンタイリクが原産でって話はさっきしたよね。そこ原産の食べ物ってのが他にもあって、トマテやピミエント、マイスとかね」
「え……トマテは……もしかしてトマトですか。でも後のはわかりません」
「トマテはトマト、ピミエントはトウガラシ、マイスはトウモロコシだ。なのにジャガイモは、ジャガイモで通じる。恐らくラトウィヂ王国に流通させたのはニホンジンだと思うんだ。リリさんも小さい頃から食べていたと言っていた。もっともスープに入れたり、ふかして食べたり、茹でて潰して料理に使ったりとかで、ポテチみたいな料理はなかったけどね」
「その……トマテとかは、どこで入手できるんですか」
「このラトウィヂ王国の西側にあるリチ紅爵領で、品種改良されているって情報をおさえている。どこか別の国から持ちこんで実験的に育てているらしい」
「ジャガイモはたまたまこのあたりに自生していたのでしょうか」
「だとしたらニホンゴの名前はついていないと思うんだよな。もっとポテトっぽい名前とか。ただ異世界だし、その可能性も捨てきれないとは思う。他のシンタイリクの植物がどうして一緒に流通していないのかは気になるけど。君は旅しているんだろ? 興味があったら西側の方にも立ち寄ってみるといい」
「素敵な情報、ありがとうございます」
「あ、そうだ。うちの奥さんの服、どうだ?」
「メイド服……ですか? 可愛いです」
「なんかさ、記憶を頼りに作ってもらったんだけど、なんかコレジャナイ感があって……ホルトゥスにも、チュウセイヨーロッパにもメイド服はないんだよ。ヨーロッパでもキンセイだったはず。ちなみにこっちでは貴族のとこで働いている人らは、動きやすさ重視で男女問わずズボンを履いている。そもそもスカートが一般的じゃないんだよな。もともとは家の外へ出なくていい人たち……貴族の皆さんが履いていたようなんだけど、娼婦が便利だからって着るようになったら、そのイメージが定着しちゃって皆着なくなっちゃって。たださ、純粋にスカートは可愛いだろ。うまくデザインできたなら貴族に向けて売り出そうかなって考えてるんだがな」
メイド服のデザインなんて、読めるけど書けない漢字と一緒で、いざ細かいこと聞かれると表現できないな。
「うちの人、面白いでしょ。はじめのうちは年齢差もあるし、口説かれたときも断ってたんだけどね……一緒に居ると飽きないから今は幸せ」
そう言って笑うリリさんとキタヤマさんは本当に幸せそうで。
一瞬、そこにルブルムと自分とを重ねて――すぐにリテルとケティのことを思い出して、自分に呆れる。
初心忘るべからず、だよね。紳士としては。
そして改めてルブルムを見て、思わず声が出た。
「ちょ、ちょっと待った!」
慌ててルブルムに駆け寄る。
ルブルムはなんでここでズボン脱ごうとしている?
この世界ではズボンが下着代わりなんだから、脱いだら丸出しになるというのに。
「これ、フラマのと同じかなと思って」
確かにルブルムが手にしているそれは、形状的にヒモパンだ。
でもだからといって。
「自分で着けなくともわかるでしょ……というか、ダメだよ勝手に履いちゃ」
「ほっほう。さてはアイシスあたりで高級娼婦と遊んだね?」
キタヤマさんはヒャッヒャッヒャッと下品に笑う。
「いっ、いえっ、決して遊んだわけじゃっ」
「いいよいいよ。こっちはそういうこともお酒も法的な年齢制限とかないし。それにそうやって手にとってもらえるということは、うちの商品がそれだけ魅力的ってことだろ?」
「おぅ、リテル。こっちのはどうやって使ってた?」
メリアンまでニヤニヤしながらこちらに向けてブラブラさせているのは、こちらも紐状の。
「あぁ、それは開発中のガーターベルトというものだ。膝上までの長い靴下をな、腰の所から吊る道具だ」
「へぇ。革のベルトを巻いて留めるより頼りなさそうだけどな」
「まあね。それは運動しやすさのための設計じゃないからね」
「じゃあ、何のためさ?」
「そりゃ男をそそらせるためさ」
キタヤマさんは終始笑いっぱなし。
「そうなの? お兄ちゃん、そそる?」
レムまでガーターベルトと紐パンを持ち、自分の股間あたりにあてている。
「こっ、こういうのは趣味というか、人ぞれぞれだから」
「じゃあ、私はヒモパンだけにしておこっかな」
レムは俺の方を上目遣いで見る。
いつもなら「からかうなよ」とか言えるのだが、レムにも『テレパシー』でフラマさんのあのシーンを共有させられているので、なんとなく強く出られない。
「だからっ、俺は……ってルブルム?」
絶句している間にルブルムはまた脱ごうとっ。
「ル、ルブルム。ダメだよ、こんなとこで脱いじゃ」
「ああ、ディナ先輩に教えられたやつか。リテルがいるから大丈夫」
「大丈夫じゃないっ。いいかルブルムっ。家族が居るから大丈夫って考えるんじゃなく、家族じゃない人が居るからダメって考えるの!」
「そうなのか……ああ、そうか。理屈は聞いたけど、まだ実践が難しいな」
「ルブルム、ね。お兄ちゃんは、他の男にはルブルムの裸を見せたくないって言っているの」
怪訝そうな表情のルブルムが、少し嬉しそうに変化する。
ここのところ、ルブルムがかなり表情豊かになった。
それがまた可愛いのでぐっと来て困る。
「お兄ちゃんも、言い方だよ!」
俺が怒られるの?
「まあまあ。ヒモパンとガーターベルトは、女性たちそれぞれに一つずつ贈るから、好きなのを選ぶとよいよ」
なんと!
キタヤマさんのお気持ちは嬉しいけれど、これってお高いんじゃないの?
「いいのかい? この手触り、絹だろ? 高いんじゃないのか?」
メリアンも同じこと考えてたっぽい。
だけどそんなメリアンの横で、ルブルムとレムは本気で選び始めている。
「色は四色もあるのね。白と、赤みがかかったのと、緑がかったのと、黒みがかったうやつ!」
白は漂白された白ではなく生成りに近い色。他の色も地球で見た色ほどくっきりした色ではない。
「フリルスがついたのもある。フリルスは貴族の服でしか見たことない」
そうか。フリルはこっちの言葉ではフリルスって言うのか――じゃなくて!
「ちょ、ちょっと、レムにルブルムも! きっとお高いから」
「いやいや。リテルくんの大事な仲間なんだろ? 大歓迎さ。先輩としていいとこ見せさせてくれよ!」
「大事な」部分の強調の仕方が、からかわれているみたいでなんか恥ずかしい。
実際その通り大切ではあるのだけれど。
「ヒモパンは最近、真似されたものが出始めているって報告も受けているからね。模倣品は絹じゃないとは聞くけど、真新しさで偽物なのに売れているらしい。だからこちらは品質を揃えた新商品で対抗しようってわけ。ヒモパンとガーターベルトが同じ色の方が映えるだろう? それにほら、新商品はうちの商会マークをレシウム編みで入れてあるんだ」
キタヤマさんは商売上手なんだろうな。
知識というものは持っているだけじゃダメなんだなと感じる。
「そうだ。リテルくん、コンドーム要るかい?」
「こ、コンドームって」
「避妊に使う道具だよ……って、顔真っ赤じゃないか。ははーん。もしかして、あんだけ仲良さげな割にはまだ」
「そのうち、だよね。お兄ちゃん」
レムが俺の左腕をぎゅっと抱え込む。
それを見てルブルムも右腕を抱え込む。
まだ革鎧を脱いでいないから腕にあたる感触はゴツゴツなんだけど、普段馬車で寝ているときのことを思い出し、やけに照れくさい。
「いいねぇ! セイシュンだねぇ!」
拍手しながらはしゃぐキタヤマさんに、リリさんがさり気なく寄り添う。
キタヤマさんはホルトゥスで自分の居場所を見つけたんだな。
自分にもルブルムとレムが傍らに居てくれはするのだけれど、リテルとケティのことが最優先だから――胸の奥が少しだけきゅっとする。
「コンドームはね、ごくごく一部のお客様にだけ売ろうと考えている。産みたくない利用者なんて浮気が多いだろうからね。獣種の子供は必ず親のどちらかの獣種と同じになるから、父親とも母親とも違う子が生まれたら言い訳できないんだ。だから絶対に需要がある。試作も最終段階でね。オレ以外の人にも使ってもらって使用感を試してもらいたいんだよね」
「いやいやいや……俺は無理です」
「ふむ。生派か」
「そ、そうじゃなくって!」
「わかってるよ。ちょっとからかっただけだってば」
やりにくいな、この人。
「ゴムがないからね、動物の腸を元にしたんだ。で、魔石を添えて売り出す予定。薄くて破れやすい腸を破れないようにする魔法と、使用者のあれに合わせてぴったり装着できるようにする魔法とを組合せて『コンドーム装着』という魔術をリリさんに調整してもらってる。それだけだとなんだから付加価値をってことで、表面に細かな突起をつけるってのを調整中でね。販売を一般化しないというのは真似防止のほか、この魔石も含めて高価にならざるを得ないという理由もある」
「た、大変なんですね」
細かな突起については、深く聞かないでおこう。
ルブルムやレムが興味を持ったら面倒だ。
「秘密でってどうやって売るんですか?」
いや、遅いか。レムは既に興味を持っちゃっているようだ。
「うちの商会は普通の商品を売る店の奥に、特別なお客様だけが入れる商談室を作っているんだ。そこへお通ししたお客様にだけ、限定で販売するんだよ。魔石に封じておいた使用回数分の魔術の糧を使い切ったお客様には、直接魔術師組合へは行かずにうちで充填済みの魔石と交換してもらうようにするつもりだ。高給品質で特別版の商品を、特権的な満足感と一緒に売るのさ」
レムは目を輝かせている。
レムの出身村は貧しい所だったから、こういうことにも興味を持つのはよくわかる。
「リテルくん、君ら何か目的があって旅をしているんだろう? その旅が終わったあとのことは考えているかい?」
「……なんとなく……ですけれど」
「確定ってわけじゃないんだね。じゃあ、その選択肢の中にうちへの就職ってのも入れてみてはどうだい? 正直オレも、君くらい気の合うヤツにあなかなか会えないでいてね」
これは、とてもありがたいお誘いだ。
リテルは次男なのでいずれ家を出なきゃいけないから。
ただ、俺がリテルの体に留まったままだったとしたらそれは難しいかもしれない。
ケティはきっと家業の鍛冶屋を継ぐだろうし、いくらナイト商会が経営を拡大したとしても、フォーリーならともかくストウ村にまでは店を出したりはしないだろうし。
俺の身勝手で、ケティとリテルとの仲を引き裂くわけにはいかない。
それに、旅に出てから改めてすごさを思い知らされているカエルレウム師匠には、まだまだ学び足りない。
「本当にありがたいです。ただ、まだ勉強中の身なので」
「わーった、わーった。返事は急がないよ。まあ、覚えといてくれや」
「ありがとうございます。それからヒモパンとガーターベルトまで」
「あっ、そっちはどのくらいそそったか、後で教えてな!」
苦笑いで答えるのが精一杯だった。
その後は、休憩してたマドハトたちも合流し、美味しい食事をごちそうになった。
夕飯でもポテチを出していただき、マドハトたちもすっかりそのとりこに。
そればかりかチーズとソーセージのピッツァっぽいのとか、鳥肉にスパイシーな衣をつけて揚げたフライドチキンっぽいのとか、まるっきりコロッケみたいなのとか、食パンみたいなパンを牛乳と卵と砂糖で味付けしたフレンチトーストっぽいのとか、地球みのあるメニューがずらり。
いや本当に感謝しかない。
中世ヨーロッパほどじゃないけれど調味料の多くはホルトゥスでもやはり割高らしく、商会で儲けたお金は趣味の発明と贅沢な食事とにけっこう消えているのだとか。
ただその趣味の発明が、リリさんやそのお父様、ハドクス紫爵様の目に止まって商品化されたものも少なくないようで、それを短期間に商品化できる資本力がナイト商会を支えていることは否めない。
貴族なパトロンをうまく見つけることができたというのもこのキタヤマさんの才能なんだろうな。
キタヤマさんは塩の流通にも手を出しているようで、今後の旅のお供にと塩をそれなりの量いただいた。
塩は、こちらでは浅いプールに海水を注ぎ、天日干しで作られたものが多く流通しているが、細かな埃やゴミなどを取り除いていないため、ナイト商会でそれを除去して真っ白な塩だけに再加工して販売しているとかで、いただいたのはその綺麗な方の塩。
それから乾燥にんにくと、肉料理を美味しくするというハーブを数種類……海の雫、フィーニークロウン、クミヌム、サルビア、メンタ。
地球でも料理を作る方にはあまり関心がなかったから、これらのハーブが地球にも同じものがあるのかどうかはわからないけれど、メンタが香り的におそらくミントなんだろうというのはさすがにわかった。
ちなみに、クミヌムは炒るとほんのりカレーの香りがするらしいから、元の世界におけるクミンと同じだろうとキタヤマさん。
これを機に、ホルトゥスでは俺も料理のこともいろいろ覚えてみようかな。
キタヤマさんはハーブ栽培についても教えてくれた。
元の世界の中世では修道院がその役割を担っており、食用だけじゃなく治療にも使われていた、という。
修道院とか教会とかがないこの世界においては、そういうハーブ園は貴族がそれぞれ抱えていて、商売で貴族とのコネができるまではわけてもらえなかったとのこと。
今後は、ホルトゥスの食生活を潤すべく、ナイト商会でハーブの栽培や販売を徐々に広めて行く計画もあるらしい。
ちなみにホルトゥスにおいて「ハーブ」は「ヘルビス」と言うらしい。
キタヤマさんは、ホルトゥスを受け入れ、ホルトゥスに受け入れられ、ここで生きていくこと、生活していくことに、まっすぐに取り組んでいる。
人生の先輩として、物質的な支援のみならず、精神的にもとても助けてもらった気がする。
いつかリテルに体を返して、その先、俺がホルトゥスで生きていけるようになったなら――その先の未来が少しだけ明るくなった気がした。
その晩は、ふかふかのベッドで寝ることができた。
ディナ先輩のとこと同じくらい。
また、着ていた服も全部洗濯してくれて、着替えまでプレゼントしてもらった。
何から何までしてもらって、いったいどうすればお礼ができるのだろうか――なんてことを考えていたら、目が冴えてきた。
なぜか腹まで鳴る。
違う。なぜか、じゃない。この匂いのせいだ。
ポテチを揚げている匂い。
起き上がろうとすると、俺の両腕をがっつり抱き込んでいる二人――ルブルムとレムまで目を覚ましてしまった。
そして、俺の足元にうずくまるように寝ていたマドハトも。
「あのポテチの匂いです!」
マドハトが嬉しそうな顔をする。
時計はないので、窓から双子月を探す――いや、もうすぐ新月だから見つけにく――いはずなのに、中庭が妙に明るい。
テーブルと椅子が並べられ、松明が配置され、まるでこれから宴会でも開くかのような。
ああ、そうか。
今、お祭り中なんだっけ。
鎧などは着込まずに、部屋着というか下着のままで部屋を出ると、三人もぞろぞろついてくる。
夕飯のときに給仕をしてくれた未完成メイド服のお姉さんたちが、忙しそうに宴の準備に追われている。
「起こしちゃったか、すまないね」
キタヤマ――いや、ここではナイトさんは、ちょっと小綺麗な外套を下着の上から身につけていた。
「君らも起きているなら、給仕をつかまえて外套をもらってくるといい。ルブルムちゃんはクスフォード虹爵にもお会いしたそうだから、大丈夫かもしれないが、くれぐれも粗相のないように」
こんな言い方するってことは、偉い方がいらっしゃるってこと?
ドキドキしている俺の耳に、鐘の音が聞こえた。
あれだ。モノケロ様が移動する合図の、二ホーラ毎の鐘の音。
「さっき、突然に使いの方がいらしてね」
勇ましい足音が揃って近づいてくる。
慌てて外套を羽織り、皆でナイトさんの後ろに整列してると、メリアンまで出てきて列に加わった。
リリさんが山盛りポテチの大皿を台車みたいなので運んできて大きなテーブルの横につけたとき、足音が止まり、入り口の門近くに多くの人影が見えた。
「ここにぃー! モノケロ様が隠れていないかぁー! 調べさせてもらおーぅ!」
よく通る綺麗な女性の声。
ということは、モノケロ様の奥方、レーオ様か。
レーオ様は、猫種の半返り。
物凄い美人。そして間違いなく強そう。
周囲のライストチャーチ領兵の人達も全員、猫種の女性ばかりのようだが、レーオ様お一人だけ威圧感が頭抜けて凄まじい。
寿命の渦を見ているだけでこんなにも圧倒されたのは初めてかもしれない。
「どうぞどうぞ!」
ナイトさんが大声で叫ぶと、屋敷の他の人たちも「どうぞどうぞ!」と叫ぶ。
まさか祭りの決まり事とかなのか?
俺たちも慌ててその大合唱に加わる。
レーオ様は颯爽と近づいてきて、ポテチをサクッとつまんだ。
背の高さこそメリアンより低いものの、筋肉のつき方が半端ない。
そう。フリルいやフリルスこそたくさんついた服ではあるが、ノースリーブで、ムッキムキの腕がぬっと胴体から出ているのだ。
「お前たちも食え」
レーオ様が腕を高くあげると、領兵の皆さんもポテチに群がる。
「ナイトよ。久しいな」
「レーオ様、息災でなによりです」
「お前のヒモパンとガーターベルト、モノケロも大層喜んでいた。新作ができたらまた屋敷の方へ運んでくれ。今回の祭りが終わったらまた子種を仕込むつもりだからな」
レーオ様は高らかに笑い、そしてこちらを見た。
いや、明らかに一人を。
「なんだ、メリアンじゃないか。本物か? いつここへ?」
え? 知り合いなの?
「久しぶりだな。レーオ……今はレーオ様か。まさか会えるとはな……到着は今日の昼過ぎだ」
「様はいらんよ……おい、昼過ぎだと? 今日は祭りで門は朝から閉まっていたはずだが……まさか! あの魔獣ルージャグ討伐した旅の連中ってのはメリアンたちのことか! あははっ! 相変わらずだなぁ!」
メリアンとレーオ様がまるで友達同士のように肩を叩きあっている。
いや、幾分かメリアンの方が緊張しているようにも見える。
あのメリアンが? 緊張?
「この時期に北へ向かうってことは、北部戦線か?」
「あー、いや、あたしじゃなくラビツたちがな。あたしはその尻拭いさ」
「ラビツか! じゃあアイツもここに寄ったってことか。挨拶もなしで!」
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「あー、いや……その……北部戦線でひと稼ぎしたら……その……するつもりだよ」
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「とうとうか! 式はどこでやるんだ? そうだ。ここでやろう! 昔の連中みんな集めてさ」
「式か……そんなのあたしらっぽくないからさ、やんないつもりなんだけどさ」
「メリアン。式ってのはぽくないことをするもんだよ。普段やらないことをやるからこそ区切りになるんだ」
「レーオに言われると弱いな」
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「まったく、かなわねぇ」
「そう言うなよ。門を開けてやるからさ。追いつきたいんだろ? すぐには無理だが、明日の朝には手配しておいてやる。北門で待っていな」
ん?
今、何が起きたんだ?
メリアンとレーオ様が知り合いで、メリアンとラビツが結婚間近で、それで明日の朝、門を開けてもらえるって?
情報量の多さと話の展開の早さに呑まれそうだよ。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。とうとう殺人を経験。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシ(クッサンドラ)
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。マドハトの『取り替え子』により現在、エクシの体に入っている。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・プラとムケーキ
ライストチャーチ白爵領の領兵。大の祭り好き。リテルたちの馬車と馬を預かってくれている。
・モノケロ様
昨年、ライストチャーチ白爵を継いだ三十三歳。武勲に優れる。
・レーオ様
モノケロの妻。猫種の半返り。武勲に優れる。実はメリアンやラビツと知り合い。筋肉のすごい美人。
十年前のモノケロへのプロポーズが、王冠祭のきっかけとなった。ナイト商会とは懇意にしている。
・ナイト
初老の馬種。地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・リリ
ナイトの妻にしてハドクス紫爵の娘。もともとは魔術師組合で働いていた。
もうすぐ子供が生まれる。
・ハドクス紫爵
ラトウィヂ王国北部のルイース虹爵領、領都アンダグラにある世界図書館にて司書長をしている。
ナイト商会のスポンサーでもある。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
■ はみ出しコラム【品種改良】
ホルトゥスにおける品種改良には魔法が用いられるのが一般的である。
しかし魔法はその効果時間が短く、恒久的な品種改良を魔法のみで為せるわけではない。
さらに魔法の発動コストを術者の寿命の渦ではなく、魔石に格納した魔術の糧を用いる場合、魔石購入にそれなりの費用が必要となる。
そのため、品種改良を行う主体は国家や裕福な貴族であることが多い。
・種子成長法
現在、最も普及している方法で、花が咲き、受粉し、種子が形成されるその一定期間に集中的に魔法による成長方向支援を行うというやり方である。
品種改良専用魔法である『美味しくなぁれ』『甘くなぁれ』『実が大きくなぁれ』『病気に強くなぁれ』『寒さに強くなぁれ』等を集中的に種に対して発動してゆく。これらの魔法は比較的効果時間が長く、種子成長中に何度も繰り返し魔法をかけることで種子の成長の方向性に確実に影響を及ぼす。
地球での品種改良と比較すると、その変異は驚くほど効率が良い。
ただし、この方法で結果として得られる改良品種は、地球における改良品種とそう変わらない。
劇的に珍妙だったり、自然法則を無視した品種にはならないのである。
また、この改良方向について、現代の品種を知っている者が原種を見た場合、その改良の方向性が明確にイメージ化しやすいがために、地球における品種改良よりも非常に短期間で改良が行えることもある。
・ジャガイモ
ジャガイモについては「ジャガイモ」という日本語の響きの単語が用いられており、この流通には日本人転移者が絡んでいると思われる。
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上司から意地悪されて、会社の交流会の飲み会でグチグチ嫌味言われながらも、
就職氷河期にやっと見つけた職場を退職できないオレ。
それでも毎日真面目に仕事し続けてきた。
ある時、コンビニの横でオタクが不良に集団暴行されていた。
道行く人はみんな無視していたが、何の気なしに、「やめろよ」って
注意してしまった。
不良たちの怒りはオレに向く。
バットだの鉄パイプだので滅多打ちにされる。
誰も助けてくれない。
ただただ真面目に、コツコツと誰にも迷惑をかけずに生きてきたのに、こんな不条理ってあるか?
ゴキッとイヤな音がして意識が跳んだ。
目が覚めると、目の前に女神様がいた。
「はいはい、次の人、まったく最近は猫も杓子も異世界転生ね、で、あんたは何になりたいの?」
女神様はオレの顔を覗き込んで、そう尋ねた。
「……異世界転生かよ」
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