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#78 この世界に一つだけ不自然に存在しないもの
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バス号はやがて繁華街と高級住宅街との境にある巨大な塀で囲われたエリアへと入ってゆく。
とある長い壁に設置されたアーチ型の両開きの鉄柵が開かれ、中へ。
その門の上には「ナイト商会」と書かれた大きな看板まで掲げられている。
ルブルムから『テレパシー』で学んだ知識のおかげで、リテルの記憶だけでは読めなかったであろう看板の文字も理解できる。
「入ってきな」
馬車から降りた馬種の男が、身振りで示した方向へゾロゾロとついて行く。
壁の内側へ踏み入っただけで、表通りの喧騒を遠く感じる。
その敷地内はディナ先輩のお屋敷の少なくとも倍以上あり、ディナ先輩とこのお屋敷サイズの建物が幾つも建ち並ぶ。
どれもがレンガ造りで、その半分くらいは窓がほとんどないために倉庫っぽい印象を受ける。
それら倉庫の横を抜け、大きな四角い窓が幾つもついた立派な建物の前にたどり着いた男は立ち止まり、振り返った。
痩せ型で目が細く、鼻が大きめ、頭頂部が禿げ上がり、口元には立派なヒゲをたくわえている。
髪の毛もヒゲも白髪交じり。俺やリテルの父親よりも年上に見える。
「君たちは宿は見つかったのかい?」
「まだ決まっていない。ナイト商会ってのは宿もやってるってのかい?」
メリアンが一歩前に出て俺と並ぶ。
「いや、宿はやっていないよ。ただ、大規模な試作をする際に一時的に集めた職人が泊まれる施設があってね。それを貸してもいいと考えている」
「へぇ。魅力的だね。で、条件があるんだろ? まだるっこしいことは抜きにしようぜ」
「ふむ。話が早くて助かる。申し遅れたが、オレはナイト。この商会の会長なんてのもやっているが、本業は発明家でね。そちらの少年に手伝ってもらいたいことがあるんだが」
「男娼なら断るよ」
「いやいやいや、オレはそっちの趣味はねぇよ」
ナイトと名乗った男は笑った。
このナイトさんは、俺が「ツギ、トマリマス」という音を聞いて「バス」と口走ったことに確実に気付いていた。
直接では初めて会ったかもしれない地球の、それも日本出身っぽい人。
あの馬車に「バス号」という名前をつけていたあたり、元の世界の人を見つけるためにあえて作ったという可能性だってあるかもしれない。
ただ、俺はディナ先輩に旅の注意事項を徹底的に叩き込まれた。
単純に「同郷人を探しているのかも。ラッキー」みたいに割り切れない。
どうしても罠かもという不安が拭えないのだ。
「さっきさ、オレの馬車見て何か言っていたろ、少年。珍しいものとか興味あるのかなって思ってさ。最近、行き詰まっててね、なんか新しい価値観と会話してみたいなと思ってたんだ」
寿命の渦を偽装の渦しているのでなければ、この感情の動きは興味とか好奇心とかなはず。
悪い人じゃなさげに見えるけれど、そう見えるからこそ逆に怪しいというか。
偏見かもだけど糸目だし。
「面白そう。お兄ちゃん、私も付いてっていい?」
レムが俺の手を握る。
護衛としてか、それとも地球の気配を感じているのか、どちらにせよ、一緒に来てくれるなら心強い。
「私も興味ある」
ルブルムまで俺の手を握る。
メリアンの表情をチラ見した感じだと「ま、いいんじゃないの」といった印象。
ただ、これだけの土地や建物を所有している商会の会長ともなると、別の可能性も考えられる。
レムやルブルムをどうにかしようと企んでいる可能性が。
しかも資産持ちや権力者ならば、自分の敷地内で何か問題を起こしてもウヤムヤにできるてしまうかもしれないのだ。
ドマースのときのように、ずっと警戒し続けて結局何もなかったということもあるだろうが、リテルの体を含めた仲間に何かあってからじゃ遅いのだ。
「やれやれ。君らが素敵なご提案とやらを出せなかったら、後で宿代せびられるかもだな」
メリアンも、俺の手こそ握らなかったが、一歩前へと出る。
ついてきてくれる意志がありがたい。
「リテルさまっ! 僕も興味あるです!」
マドハトまでぴょんぴょんと飛び跳ね、そして尻もちを付いた。
「マドハトは、体が丈夫でないとクッサンドラから聞いている。疲労が溜まっているのだろう。少し休んだほうがいいな」
エクシがささっとマドハトへと寄り添った。
そういやクッサンドラは、ゴド村でずっとマドハトの体の方の面倒を見ててくれたんだよな。
「マドハト。エクシの言う通りだ。少し休むんだ」
マドハトは残念そうな目をしたが、最終的にはおとなしくエクシに従い、ロッキンさんとともに先に宿泊施設へと向かうことになった。
いつも元気で楽しそうにはしゃいでいるから忘れていたが、そういえばマドハトの肉体の方は病弱だったのだ。
本来の魂が戻って元気になったと思っていたが、そんなすぐに全快ってわけじゃないんだな。
俺がもっと気にかけなきゃいけないことなのに。すまん、クッサンドラ。
「ささっ。ご友人が横たわるベッドの心地よさは後でご自身で確かめてくれ。今は先にこちら! 改めて紹介する。ここがオレの工房だ」
母屋と思われる建物のすぐ隣にある大きめの建物。
他の建物には丸窓が多いが、この建物だけは四角い窓が印象的。それもかなり大きめの。
入り口は金属でしっかり補強された木製の両開き扉。
ナイトさんは懐から取り出した鍵束から何度か鍵を選び、四つある錠前を全て開いた。
「入ってくれ」
ナイトさんが扉を開くと、二階ぶち抜きの広い空間があった。
木製テーブルが幾つも並び、それぞれの机には工具や万力、金属の部品のようなものが幾つも乗っている。
そして何よりも建物内の明るさに驚く。
窓から外の光を取り込んでいるようだが、ディナ先輩とこの曇りガラス窓に比べて透明度が高い気がする。
俺とレム、ルブルムとメリアンまでが建物内に入ると、ナイトさんは入り口の扉をいったん閉めた。
「ああ、そうだ。まずはこの模様について尋ねたいんだが」
ナイトさんは木製のペンの先端にインクのようなものを付け、木の板に何かを書いた――漢字の『風』。
これは転生者かどうかを確かめたい、ということっぽいよな。
ルブルムとレムにはもう話しているから問題ないのだが、メリアンにはまだ話していない。
メリアンのことは信頼しているし、その技術や知識、戦闘力の高さは尊敬すらしている。
でも、心のどこかで一線を引いている部分がある――そんな思考を一瞬巡らせた俺の表情を見抜いたのかメリアンは、大きくあくびをした。
「そういうことなら、あたしにはよくわからない世界みたいだ。そこいらのものを落っことしちまっても悪いし、外に居るから何かあったら呼んどくれ」
うわー、ものすご気を使わせちゃったな、メリアン。
本当にごめん。そしてありがとうございます。
「カンジ紋章?」
ルブルムが真面目に答える。
カンジ紋章とは、明らかに漢字をもとにしたと思われる紋章のことだ。
ただ、それらは文字として用いられることはなく、あくまでも紋章として、兵士や傭兵が自分たちのチームを表すエンブレムとして用いることが多い。
確かラトウィヂ王国北部のルイース虹爵領、領都アンダグラにある図書館にカンジ紋章をまとめた書物がある――というこの情報も『テレパシー』にてルブルムが書物から得た知識を共有させてもらった結果。
恐らく昔の転生者が書いた漢字が、地球でも外人にウケてるみたいにこの世界の人たちに受け入れられて、紋章化したんじゃないかと考察している。
ただ、そのときの書物に記載してある図案はもっと直線的というか、カクカクしてたんだよね。
これは曲線部分もあり、まるで習字みたいな、ちゃんとした漢字。
「他の方はどうかな?」
ナイトさんは俺をじっと見つめる。
レムは何を言おうか迷っている様子。
実は地球の、俺の知識はある程度『テレパシー』でルブルムとレムには渡している。
だからルブルムもレムもこれがカンジ紋章ではなく「風という漢字」であることは気付いているはず。
だがそれと、ナイトさんを信用してよいのかどうかってのは別問題だから。
「あー。まだるっこしい! 面倒くせぇ。オレはキタヤマ・ウマキチ。喜ぶ、多い、山に、馬、オミクジのキチ。君は見た感じ猿種だよね。ミョウジか名前に猿って入ってた?」
一瞬、返答に詰まる。
「警戒してるね? そりゃわかるよ。けっこう大変なところに転生したのかな? 悪意にさらされたんかな? オレに他意はないよ。懐かしいニホンの話をしたいだけなんだよ! 君にはないか? 自分がニホンを去った時に連載中だったお気に入りのマンガとかアニメとか。オレはその続きが気になっているんだよ。もちろん情報量は支払うぜ。今夜の宿だけじゃない。オレが頑張って再現したニホンショクモドキだってご馳走するぜ!」
ナイトさんはいつの間にか拳を強く握りしめている。
「それともマンガとか見ないヒト?」
ナイトさんには失礼かもしれないが、思わず笑ってしまった。
ナイトさんの寿命の渦は全力で渇望していた。
「俺は……意識が戻ったのは最近だから、ナイトさんの世代のマンガは知らないですよ」
「いい。いい。とにかく向こうトークしてーんだよ!」
ナイトさんは満面の笑み。
この人はきっと悪い人じゃない。
それにこの世界に転生した先輩として、有益な情報が得られるかもしれない。
俺は信じてみることにした――この、喜多山馬吉という人を――しかし古風な名前。
「俺はアリス・トシテルです。有名のユウ、主人のシュ、利用のリ、照らす、です。こちらの名前はリテルです」
「そっか。ウマキチだから馬種になったんかって思ったけど違うのか。なんせ、ニホンジンというかあちら出身の人、直に会うの初めてだからさ」
「俺も初めてです」
「いつから? オレは向こうでヨンジュウサンのとき。こっち来たら十二進だろ。実質ゴジュウイチでさ、参るよね。地味に八年いきなり歳取るのってしんどいよ」
「俺はまだ一ヶ月経ってません。向こうではジュウゴで……」
「そっか……じゃあ損は二年だけか。いやごめん、だけってのも変か。その歳なら大きいよな、二年。帰りた……いって感じでもないか。そんなベッピンさん二人も連れて」
ナイトさんがクックックと笑う。
ルブルムもレムもじっと俺を見る。
色々聞きたいことはあるけれど、それを熱心に聞くことで、二人に余計な心配とか、寂しい想いをさせちゃうかもとか、つい考えてしまう。
「共通点は、向こうとこちらとで同じ数字の年齢ということですか……」
俺はお茶を濁して話題をそらしてしまう。
「あ、向こうで最後の記憶、何年? オレはニセンジュウロク年の誕生日」
「あ、俺も誕生日でした。ニセンジュウハチ年の」
共通点が一つでもあれば、何かの手がかりになるかもしれない。
「二年しか違わないのか……というか、こちらで俺は二年半くらい経っているから、向こうとこちらとの時間の流れる速度、確実に違うよね。転生した先の肉体年齢の整合も取れていないし。だいたいこっちの文明レベルってチュウセイヨーロッパみたいな感じだろ。こっちの方がより多くの時間を費やしているのに、そこまでしか進んでないのかって思うぜ」
確かにそれはある。
魔法が発達しているせいで科学にそこまで重要性が見出されなかったのだろうか。
「確かにそこは気になっていました」
「あの……私のママも地球人です」
レムが会話に混ざってきた。
「おっ! お嬢ちゃんのお母様は今、どちらに?」
「……ママの魂は、Salisbury の空に還っていたらいいな」
「おっと。既にお亡くなりに……これはシッケイ。そしてお母様はイギリスジンの方なようだね。ソールズベリーって言ったらストーンヘンジだな。カッケーな」
レムが嬉しそうにしている反面、ルブルムは地球話に混ざれずにちょっと寂しそうでもあった。
それに気付いたのかナイトさんがそれとなくルブルムのことを尋ねてくれた。
これに対しては俺が代わりに答える。
「ルブルムは、地球の記憶は持っていませんが、俺の大事な仲間で……家族同然です」
ナイトさんが口笛を吹き、今度はレムが「私も家族だから」と俺にしがみつく。
ただでさえ細い目のナイトさんは、目をさらに細め、「セイシュンだねぇ」と微笑んだ。
それからまずはお互いの基本情報を改めて交換した。
もちろん、この場限りの秘密情報という前提で。
住所、学校や職業、ナイトさんが転生してから地球時間での二年半の間にあった大きな事件とか。
ナイトさんのことは外では基本的にナイトさんと呼びが望ましいらしいけど、この工房の中でだけは「キタヤマさん」と呼んで欲しいと言われた。
俺は面倒なので、リテルで通させてもらった。
キタヤマさんは親の経営する小さな工場で働いていたそうで、金属加工なんかは慣れているとのこと。
俺と同じように、それまでナイトさんとして生きてきた体に途中から転生したのだけれど、ただ俺のときと違うのは、キタヤマさんがこちらの世界で目覚めたタイミングが、どうやら本物のナイトさんが亡くなったちょうどその時と思われること。
本物のナイトさんは領兵として生きていて、その日も同僚と一緒に定期便の護衛をしていた。
だけど魔物に襲われて、いったんは心臓も止まっていたと、その同僚に言われたそうだ。
キタヤマさんの目が覚めた瞬間、全身の痛みに驚いて悲鳴を上げ、それを聞いた同僚が慌てて手当をしてくれて、それでなんとか一命をとりとめ、街まで戻ってこれたらしい。
ナイトさんとして生きてきた記憶は、目が冷めた瞬間はわずかに残っていたけれど、その後気絶して、街で再び目覚めたときにはもうほとんど薄れてしまっていたという。
どうりで今、キタヤマさんの寿命の渦は、特に魔術特異症ということもなく、ごく普通の馬種にしか感じられない。
キタヤマさんとナイトさんの魂が触れ合ったのは本当にわずかな間だけだったようで、ホルトゥスの言葉も中途半端にしか話せず、その当時は途方にくれたみたい。
その後、怪我から回復するまでの間は領兵用の療養施設で過ごし、その間に必死に言葉を学び、今は普通に会話ができるようになったようだ。
傷が一応癒えたのを機に領兵を退職し、魔法に興味があったために魔法組合で事務職として働くこうとして、ある人物に出会った――その人物のおかげで、事業を起こすことができ、その人物の協力により、たった二年半でここまで大きな商会にまで成長することができたと、とても優しい笑顔を見せてくれた。
その人物が誰なのかとレムが尋ねると、キタヤマさんの笑顔が締まりの無いものへと変わる。
「まー。それは後のお楽しみってことで……それでさ。ずっと聞きたかったこと、聞くぜ?」
ナイトさんは目を細めた。
「どんなマンガ読んでた?」
マンガか――俺自身はそんなに読んでなかったかもなぁ。
マンガとか持っているだけで、姉さんに冷たい目でけなされたから。
代わりに丈侍の家にはマンガが多かった。
丈侍と、丈侍のご両親と、丈侍の弟である昏陽とそれぞれが本棚を持っていて、そのマンガ部屋がTRPG部屋だった。
オススメされたマンガは持ち帰らずにその場で読んでたんだよな。
何だっけ。
タイトルをあまり覚えずに読んでたからなぁ。
確か、槍を持った少年が妖怪とバディ組むやつとか、妖怪の名前を返してゆくなんとか友人帳とか、愛嬌のある人外が出てくるマンガは好きだったな。あとやたらアメコミみたいな――そう!
「えっと、コブラと……あとは、ジョジョとかオトコジュクなんかは読んでました。そうだ。ウシオトトラ、あとナツメユウジンチョウと、ドウブツノオイシャサンと、あとはアキラ。それとスドウマスミの短編は全部、だったはず」
丈侍のお父さんがそう言っていたのだけど。
「マジか! オレ、デンキブラン持ってたよ!」
須藤真澄のデビュー作だよって何度も勧められたんだよな。
「あ、それも読んでます」
「くーっ! まさか異世界でスドウマスミの名前を聞けるとは! 生きてて良かったっ!」
キタヤマさんのテンションが今日イチ高い。
「そんでさ。ベルセルクとハンターハンターと、この二つだけは結末を知ってたら教えてほしいんだけど」
ベルセルクも丈侍のお父さんがオススメしてくれてたやつだな。ちょっとえっちぃシーンがあって恥ずかしくて読んでないけど。
ハンターハンターは丈侍一家がエピソード終わってから読む派だから蟻の所までしか読んでない。
「えっと……ベルセルクは読んでません。ハンターハンターはキメラアントまでしか……その……マンガを貸してくれる友人のとこがエピソード終わってから読む派なので、その先は読んでないんです」
「そうかぁ……キメラアントまでならオレも読んでんだよ……」
明らかにテンションがだだ下がってしまった。
でもまさか異世界に来てまでこんな話をするなんて――というかキタヤマさん、見た目に比べてかなり若い印象だ。
元の世界で四十三歳プラス二歳って、うちの父親と変わらないくらいだけど、うちの父親はマンガなんて読んだことないだろうし。
「まあそれは仕方ないからいいや。マジな話をしようか。この世界のこと、どう思う?」
「どうって……」
「思考を誘導したくないから、ノーヒントで聞くぜ。君が感じたことをそのまま言葉にしてほしい」
どういうつもりだろうか。何を聞き出したいのだろうか。
もう少し手がかりくれてもいいのに――と、地球に居た頃の俺なら考えたかもしれない。
でも今は思考を止めない癖がついている。
「魔法があることに驚きました。あとはおっしゃる通りチュウセイヨーロッパに似ていると思いました。向こうの世界でいうファンタジー世界そのままというか」
「だよな」
回答の方向性としては合っていたのかな?
「あからさまにそれっぽいんだよ、この世界。君は普通にジャガイモ食べてるだろ? でもあれ、向こうでは原産はシンタイリクで、ヨーロッパに持ち込まれたのはダイコウカイ時代なんだ。同時期に持ち込まれたゴムはないのに、ジャガイモだけは普及している。フォークもそうだぜ。食器としてのフォークが普及したのも、ダイコウカイ時代と同じ頃なんだが、その頃のフォークは刺すところが二本しかない。でも君たちが食事で使っているフォークは刺すところが四本あるだろう?」
「お詳しいんですね」
「チュウセイヨーロッパはね、ファンタジー世界を舞台にしたテーブルトークゲームのシナリオとか趣味で書いてたから調べてたんだ」
「テーブルトーク! ……って、もしかして、マスターがいて、サイコロ振って……ってやつですか?」
「知ってんのか! テーブルトーク知ってるのは向こうでもレアだってのに!」
再びキタヤマさんのテンションが上がる。
「いつもつるんでいた友達のお父さんが教えてくれました。ディーアンドディーとか、ルーンクエストとか、クトゥルフノヨビゴエとか」
ヒューと再び口笛を吹くキタヤマさん。
「リテルくん! これより先、君らの旅はナイト商会が全面的にバックアップしよう! 君のような貴重な人材に何かあったらオレの人生が寂しくなる! この街とアイシスとで困ったことがあったら、いつでもナイト商会に逃げ込んでおいで。従業員には通達を出しておくから」
どうやら俺の地球での記憶が、ナイトさんの心にヒットしたらしい。
俺としても、気さくに話ができる元の世界つながりの知り合いはありがたいし、何より良い人そうだし――ここは変に断ったりしないでおこうかな。
「ありがとうございます」
「さて。チュウセイヨーロッパベースのこの世界だが、俺たちの世界から持ち込まれたと思われる文化や生活スタイルが数多く存在するなか、一つだけ不自然に存在しないものがあるんだよね。気付いてる? ディーアンドディーのクラスにも深く関係ある」
いよいよ本題か。というか、そのヒントだとアレのことだろう。
「シュウキョウですよね」
「そうなんだよ。チュウセイヨーロッパではキョウカイが担っていた役割に相当するものがないんだよね。まあ魔法という誰でも使える奇跡が身近にあるせいで、救済を得意とするシュウキョウの価値が上がらないってのはあるかもだけどね」
なるほど。救いを求める先としての宗教ならば成立しにくいかも。
「それと獣種の名前。エジプト神話のが多いけど、他の地域のもデタラメに混ざってる。本来ならば神の名前であるはずが種族の名前に用いられていることと、宗教が向こうの世界のようには勢力を持っていないこととは、つながっていると俺は思うんだよね」
「つながって……ですか?」
「一種のバーチャル空間的な、造られた世界とかね。マトリックスって映画は知ってる?」
「見たことあります」
そう言いながらつい自分のうなじに触れてしまう。
普通の肌の感触だ。
「この世界が何なのかはまだわからないけれど、最近持ち込まれたと思われるもの以外に、種族を表す言葉をはじめ元の世界に通じる古くからある言葉があるってこと、俺達が転生したこと、文化だって似たようなのが存在している。つながりがあるのは間違いないはずなんだ」
つながりは、俺自身も感じている。
でも造られ世界って可能性は、まるで考えていなかった。
さすがキタヤマさん、オトナだなぁ。
「そうだ。君は魔法を使ってみたか?」
答えるのを一瞬、ためらう。
その隙にキタヤマさんは話を進める。
「魔法を使うには、寿命の渦という魂と肉体とをつなぐものを消費する。元の世界のゲームにおけるエムピーとか、一日あたりの使用回数とか、そんなものなくとも誰でも使うことができる。ただ、命をすり減らしさえすればいい。この、誰でも魔法が使える、ということが、この世界の文化や価値観に大きく影響していると俺は思うんだ。魔法がなく筋肉のみの世界ならば、筋肉量の差はそのまま優位性につながるが、魔法があることでそうはならない。具体的にはダンソンジョヒがない。職業だってほぼ男女平等だ。男女間において区別はあるが差別は……ないとは言わないが、向こうとは段違いだ。それだけじゃない。奴隷が珍しいのも、王や領主による政治が理不尽にならないのも、この魔法というシステムがあるせいだと俺は感じているんだ」
「魔法というシステム、ですか」
「ああ。誰もが嫌なものには嫌だと声をあげられる力、つまり権利を与えられている。ただ殺されるくらいなら命をかけて一矢報える。また、魔法が得意な者が力で周囲をねじ伏せようとしても、魔法を使い過ぎれば死ぬことになる。いい感じにバランスを考えて造られた世界、俺にはそう思えて仕方がない。まるでこの世界自体がアールピージーゲームの舞台であるかのように錯覚さえするよ」
人工的に造られた世界、という発想が俄然リアリティを帯びてくる。
「エデン、トウゲンキョウ、ニライカナイ、ティル・ナ・ノーグ、ここがそういった楽園だったら、面白いなってね」
「もしも造られたのであれば、誰が造ったんでしょうね」
「そう、それ。どこかに管理センターみたいなのがあるかもしれないし、そこを経由すれば元の世界に戻ることだってできるんじゃないかともね。もっとも俺たちが元いたあの世界だって、そうやって実験的に造られた世界の一つかもしれないけどね。アカシックレコードって聞いたことあるかい。それがあの世界の管理システムだとすれば……」
アカシックレコード。耳にしたことはあるが正直、よくは知らない。
困ったら検索できる環境があったせいで、情報は概要を把握して後はナナメ読みしてた、そのことが今は悔やまれる。
「キタヤマさんは、それを調べているんですか……帰るために」
「あー……いや、帰りたいかと言われるとそうでもないかな。事業に成功したし、美人の嫁ももらったし、子供だってもうすぐ生まれる。向こうでは独り者だったからな。まあ、もっとも、このナイトさんも俺が転生するまでは堅物の独身ドウテ……おっと。シッケイ。今している話はね、純粋に興味だよ。つながりがあるのなら、理論的には帰れてもいいよなっていう。別に全部じゃなくたっていい。向こうでダチが一人も居なかったわけじゃないし、伝えられるんなら伝えてみたいじゃねぇか。こっちはいいぞって」
キタヤマさんはまた笑った。
そうか。メッセージを送るだけでも、か。そういう考え方もあるのか。
それなら俺も丈侍に送りたい。
心配かけたかもしれないけれど、こっちで楽しくやっている、って。
実際、俺も、リテルに体を返してなお、こちらで人としてやっていけるのであれば、地球じゃなくこっちで生きていたい。
そう。
そこが、俺と、キタヤマさんとの大きな違い。
リテルは、この体の持ち主は、まだ生きているのだ。
そればかりかケティという恋人だって居る。
上機嫌のキヤタマさんに対しては、俺がリテルの体を奪ってしまったと悩んでいるなんて話はできないと感じた。
情報の共有はするし、異世界転生組としての仲間意識はあるけれど、個人の問題はどこまでいっても個人の問題なんだな。
俺は俺で、リテルに人生を返す方法を模索し続けよう。
「ポテチ、できたよー」
工房の、メリアンが外に控えているのとは違う扉から、一人の猫種の女性が入ってきた。
メイド服っぽいのを着ていて、お腹がちょっと大きい。
もしかしてこの人が。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。とうとう殺人を経験。
・幕道丈侍
小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。
彼の弟、昏陽に両親も含めた家族四人全員が眼鏡使用者。一緒にTRPGでも遊んでいた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシ(クッサンドラ)
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。マドハトの『取り替え子』により現在、エクシの体に入っている。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・ドマース
鼠種先祖返り。ハムスター似。貴族の十男だった魔術師。身なりのよさそうなコートに蝶ネクタイ。
スノドロッフの住民拉致事件の関係者に接触を図ったが、エクシへのアプローチに失敗。ニュナムで別れた。
・プラとムケーキ
ライストチャーチ白爵領の領兵。大の祭り好き。リテルたちの馬車と馬を預かってくれている。
・モノケロ様
昨年、ライストチャーチ白爵を継いだ三十三歳。武勲に優れる。
・レーオ様
モノケロの妻。武勲に優れる。十年前のモノケロへのプロポーズが、王冠祭のきっかけとなった。
・初老の馬種の男
地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
■ はみ出しコラム【ベルセルク】
まずは、三浦建太郎先生にありがとうと言わせてください。
そしてこの話(リライト)を書いた2024年1月現在、スタジオ我画と森恒二先生、それから白泉社さまのご尽力により、連載が続いていることに感謝いたします。
この作品『異世界で一番の紳士たれ!』の第一話の発表は2020年8月24日。
その時点でメインとなる構想はかなり決まっており、日本人転移者喜多山馬吉の存在と、彼が主人公に対してベルセルクの続きを聞かせてくれとお願いするエピソードは、既に確定しておりました。
そして今話のリライト前『#77 造られた世界』発表(2021年9月11日)を待たずして、三浦建太郎先生は亡くなられました。
そのとき、このエピソードを省くかどうか、かなり迷いました。
亡くなられた方の作品を、作中人物に「続きを聞かせてくれ」と発言させることについて。
ただ、それでも、私自身が『ベルセルク』という作品を心から大好きであること、そして自分がもしも異世界転移なり転生なりした場合、後から同様に転移なり転生してきた日本人に対して一番確認したいことは何かと自問自答したとき、「それはベルセルクの行方だ」という答えにたどり着いたので、本当に、三浦建太郎先生への感謝の気持ちをこめて、削除せずに発表させていただきました。
魂の底から、尋ねたいこと、なのです。
また、この判断には、喜多山馬吉というキャラクターの存在も関わっております。
普段、キャラクターを作る際、実在のモデルを用意しないのが常です。当て書きみたいなことはしない派なのです。
ただ私が数多く書いている物語の中で、ごく数名、手塚治虫先生の用いたスターシステムのように、ちょいちょい登場するキャラクターが居ます。
その一人が、この喜多山馬吉(細かい名前は物語毎に異なりますが)なのです。
彼は高校時代からの友人で、十代後半から二十代にかけては多分、一番近くにいた友人でした。
ただ諸事情があり、今は連絡がつかなくなっています。
どこかで楽しく暮らしてくれていればいいのですが――そんな思いで、喜多山馬吉を登場させることが多いです。
その喜多山馬吉のモデルである友人も『ベルセルク』が大好きでした。二人でいつも続きを気にしていました。
しかもその友人、かなりのセルピコ似です。顔も、体型も、性格も。これは本人も認めていました。
今は連絡がつかない友人との思い出の一つである『ベルセルク』を、このキャラクターの口から語らせたかったのは、このような想いからでした。
多分、本人がこの物語の喜多山馬吉を見れば「俺のことか」をすぐに分かるでしょう。
もしも読んでくれるようなことがあったなら、連絡くれよ。また飲みに行こうぜ。『ベルセルク』は続いているぜ!
とある長い壁に設置されたアーチ型の両開きの鉄柵が開かれ、中へ。
その門の上には「ナイト商会」と書かれた大きな看板まで掲げられている。
ルブルムから『テレパシー』で学んだ知識のおかげで、リテルの記憶だけでは読めなかったであろう看板の文字も理解できる。
「入ってきな」
馬車から降りた馬種の男が、身振りで示した方向へゾロゾロとついて行く。
壁の内側へ踏み入っただけで、表通りの喧騒を遠く感じる。
その敷地内はディナ先輩のお屋敷の少なくとも倍以上あり、ディナ先輩とこのお屋敷サイズの建物が幾つも建ち並ぶ。
どれもがレンガ造りで、その半分くらいは窓がほとんどないために倉庫っぽい印象を受ける。
それら倉庫の横を抜け、大きな四角い窓が幾つもついた立派な建物の前にたどり着いた男は立ち止まり、振り返った。
痩せ型で目が細く、鼻が大きめ、頭頂部が禿げ上がり、口元には立派なヒゲをたくわえている。
髪の毛もヒゲも白髪交じり。俺やリテルの父親よりも年上に見える。
「君たちは宿は見つかったのかい?」
「まだ決まっていない。ナイト商会ってのは宿もやってるってのかい?」
メリアンが一歩前に出て俺と並ぶ。
「いや、宿はやっていないよ。ただ、大規模な試作をする際に一時的に集めた職人が泊まれる施設があってね。それを貸してもいいと考えている」
「へぇ。魅力的だね。で、条件があるんだろ? まだるっこしいことは抜きにしようぜ」
「ふむ。話が早くて助かる。申し遅れたが、オレはナイト。この商会の会長なんてのもやっているが、本業は発明家でね。そちらの少年に手伝ってもらいたいことがあるんだが」
「男娼なら断るよ」
「いやいやいや、オレはそっちの趣味はねぇよ」
ナイトと名乗った男は笑った。
このナイトさんは、俺が「ツギ、トマリマス」という音を聞いて「バス」と口走ったことに確実に気付いていた。
直接では初めて会ったかもしれない地球の、それも日本出身っぽい人。
あの馬車に「バス号」という名前をつけていたあたり、元の世界の人を見つけるためにあえて作ったという可能性だってあるかもしれない。
ただ、俺はディナ先輩に旅の注意事項を徹底的に叩き込まれた。
単純に「同郷人を探しているのかも。ラッキー」みたいに割り切れない。
どうしても罠かもという不安が拭えないのだ。
「さっきさ、オレの馬車見て何か言っていたろ、少年。珍しいものとか興味あるのかなって思ってさ。最近、行き詰まっててね、なんか新しい価値観と会話してみたいなと思ってたんだ」
寿命の渦を偽装の渦しているのでなければ、この感情の動きは興味とか好奇心とかなはず。
悪い人じゃなさげに見えるけれど、そう見えるからこそ逆に怪しいというか。
偏見かもだけど糸目だし。
「面白そう。お兄ちゃん、私も付いてっていい?」
レムが俺の手を握る。
護衛としてか、それとも地球の気配を感じているのか、どちらにせよ、一緒に来てくれるなら心強い。
「私も興味ある」
ルブルムまで俺の手を握る。
メリアンの表情をチラ見した感じだと「ま、いいんじゃないの」といった印象。
ただ、これだけの土地や建物を所有している商会の会長ともなると、別の可能性も考えられる。
レムやルブルムをどうにかしようと企んでいる可能性が。
しかも資産持ちや権力者ならば、自分の敷地内で何か問題を起こしてもウヤムヤにできるてしまうかもしれないのだ。
ドマースのときのように、ずっと警戒し続けて結局何もなかったということもあるだろうが、リテルの体を含めた仲間に何かあってからじゃ遅いのだ。
「やれやれ。君らが素敵なご提案とやらを出せなかったら、後で宿代せびられるかもだな」
メリアンも、俺の手こそ握らなかったが、一歩前へと出る。
ついてきてくれる意志がありがたい。
「リテルさまっ! 僕も興味あるです!」
マドハトまでぴょんぴょんと飛び跳ね、そして尻もちを付いた。
「マドハトは、体が丈夫でないとクッサンドラから聞いている。疲労が溜まっているのだろう。少し休んだほうがいいな」
エクシがささっとマドハトへと寄り添った。
そういやクッサンドラは、ゴド村でずっとマドハトの体の方の面倒を見ててくれたんだよな。
「マドハト。エクシの言う通りだ。少し休むんだ」
マドハトは残念そうな目をしたが、最終的にはおとなしくエクシに従い、ロッキンさんとともに先に宿泊施設へと向かうことになった。
いつも元気で楽しそうにはしゃいでいるから忘れていたが、そういえばマドハトの肉体の方は病弱だったのだ。
本来の魂が戻って元気になったと思っていたが、そんなすぐに全快ってわけじゃないんだな。
俺がもっと気にかけなきゃいけないことなのに。すまん、クッサンドラ。
「ささっ。ご友人が横たわるベッドの心地よさは後でご自身で確かめてくれ。今は先にこちら! 改めて紹介する。ここがオレの工房だ」
母屋と思われる建物のすぐ隣にある大きめの建物。
他の建物には丸窓が多いが、この建物だけは四角い窓が印象的。それもかなり大きめの。
入り口は金属でしっかり補強された木製の両開き扉。
ナイトさんは懐から取り出した鍵束から何度か鍵を選び、四つある錠前を全て開いた。
「入ってくれ」
ナイトさんが扉を開くと、二階ぶち抜きの広い空間があった。
木製テーブルが幾つも並び、それぞれの机には工具や万力、金属の部品のようなものが幾つも乗っている。
そして何よりも建物内の明るさに驚く。
窓から外の光を取り込んでいるようだが、ディナ先輩とこの曇りガラス窓に比べて透明度が高い気がする。
俺とレム、ルブルムとメリアンまでが建物内に入ると、ナイトさんは入り口の扉をいったん閉めた。
「ああ、そうだ。まずはこの模様について尋ねたいんだが」
ナイトさんは木製のペンの先端にインクのようなものを付け、木の板に何かを書いた――漢字の『風』。
これは転生者かどうかを確かめたい、ということっぽいよな。
ルブルムとレムにはもう話しているから問題ないのだが、メリアンにはまだ話していない。
メリアンのことは信頼しているし、その技術や知識、戦闘力の高さは尊敬すらしている。
でも、心のどこかで一線を引いている部分がある――そんな思考を一瞬巡らせた俺の表情を見抜いたのかメリアンは、大きくあくびをした。
「そういうことなら、あたしにはよくわからない世界みたいだ。そこいらのものを落っことしちまっても悪いし、外に居るから何かあったら呼んどくれ」
うわー、ものすご気を使わせちゃったな、メリアン。
本当にごめん。そしてありがとうございます。
「カンジ紋章?」
ルブルムが真面目に答える。
カンジ紋章とは、明らかに漢字をもとにしたと思われる紋章のことだ。
ただ、それらは文字として用いられることはなく、あくまでも紋章として、兵士や傭兵が自分たちのチームを表すエンブレムとして用いることが多い。
確かラトウィヂ王国北部のルイース虹爵領、領都アンダグラにある図書館にカンジ紋章をまとめた書物がある――というこの情報も『テレパシー』にてルブルムが書物から得た知識を共有させてもらった結果。
恐らく昔の転生者が書いた漢字が、地球でも外人にウケてるみたいにこの世界の人たちに受け入れられて、紋章化したんじゃないかと考察している。
ただ、そのときの書物に記載してある図案はもっと直線的というか、カクカクしてたんだよね。
これは曲線部分もあり、まるで習字みたいな、ちゃんとした漢字。
「他の方はどうかな?」
ナイトさんは俺をじっと見つめる。
レムは何を言おうか迷っている様子。
実は地球の、俺の知識はある程度『テレパシー』でルブルムとレムには渡している。
だからルブルムもレムもこれがカンジ紋章ではなく「風という漢字」であることは気付いているはず。
だがそれと、ナイトさんを信用してよいのかどうかってのは別問題だから。
「あー。まだるっこしい! 面倒くせぇ。オレはキタヤマ・ウマキチ。喜ぶ、多い、山に、馬、オミクジのキチ。君は見た感じ猿種だよね。ミョウジか名前に猿って入ってた?」
一瞬、返答に詰まる。
「警戒してるね? そりゃわかるよ。けっこう大変なところに転生したのかな? 悪意にさらされたんかな? オレに他意はないよ。懐かしいニホンの話をしたいだけなんだよ! 君にはないか? 自分がニホンを去った時に連載中だったお気に入りのマンガとかアニメとか。オレはその続きが気になっているんだよ。もちろん情報量は支払うぜ。今夜の宿だけじゃない。オレが頑張って再現したニホンショクモドキだってご馳走するぜ!」
ナイトさんはいつの間にか拳を強く握りしめている。
「それともマンガとか見ないヒト?」
ナイトさんには失礼かもしれないが、思わず笑ってしまった。
ナイトさんの寿命の渦は全力で渇望していた。
「俺は……意識が戻ったのは最近だから、ナイトさんの世代のマンガは知らないですよ」
「いい。いい。とにかく向こうトークしてーんだよ!」
ナイトさんは満面の笑み。
この人はきっと悪い人じゃない。
それにこの世界に転生した先輩として、有益な情報が得られるかもしれない。
俺は信じてみることにした――この、喜多山馬吉という人を――しかし古風な名前。
「俺はアリス・トシテルです。有名のユウ、主人のシュ、利用のリ、照らす、です。こちらの名前はリテルです」
「そっか。ウマキチだから馬種になったんかって思ったけど違うのか。なんせ、ニホンジンというかあちら出身の人、直に会うの初めてだからさ」
「俺も初めてです」
「いつから? オレは向こうでヨンジュウサンのとき。こっち来たら十二進だろ。実質ゴジュウイチでさ、参るよね。地味に八年いきなり歳取るのってしんどいよ」
「俺はまだ一ヶ月経ってません。向こうではジュウゴで……」
「そっか……じゃあ損は二年だけか。いやごめん、だけってのも変か。その歳なら大きいよな、二年。帰りた……いって感じでもないか。そんなベッピンさん二人も連れて」
ナイトさんがクックックと笑う。
ルブルムもレムもじっと俺を見る。
色々聞きたいことはあるけれど、それを熱心に聞くことで、二人に余計な心配とか、寂しい想いをさせちゃうかもとか、つい考えてしまう。
「共通点は、向こうとこちらとで同じ数字の年齢ということですか……」
俺はお茶を濁して話題をそらしてしまう。
「あ、向こうで最後の記憶、何年? オレはニセンジュウロク年の誕生日」
「あ、俺も誕生日でした。ニセンジュウハチ年の」
共通点が一つでもあれば、何かの手がかりになるかもしれない。
「二年しか違わないのか……というか、こちらで俺は二年半くらい経っているから、向こうとこちらとの時間の流れる速度、確実に違うよね。転生した先の肉体年齢の整合も取れていないし。だいたいこっちの文明レベルってチュウセイヨーロッパみたいな感じだろ。こっちの方がより多くの時間を費やしているのに、そこまでしか進んでないのかって思うぜ」
確かにそれはある。
魔法が発達しているせいで科学にそこまで重要性が見出されなかったのだろうか。
「確かにそこは気になっていました」
「あの……私のママも地球人です」
レムが会話に混ざってきた。
「おっ! お嬢ちゃんのお母様は今、どちらに?」
「……ママの魂は、Salisbury の空に還っていたらいいな」
「おっと。既にお亡くなりに……これはシッケイ。そしてお母様はイギリスジンの方なようだね。ソールズベリーって言ったらストーンヘンジだな。カッケーな」
レムが嬉しそうにしている反面、ルブルムは地球話に混ざれずにちょっと寂しそうでもあった。
それに気付いたのかナイトさんがそれとなくルブルムのことを尋ねてくれた。
これに対しては俺が代わりに答える。
「ルブルムは、地球の記憶は持っていませんが、俺の大事な仲間で……家族同然です」
ナイトさんが口笛を吹き、今度はレムが「私も家族だから」と俺にしがみつく。
ただでさえ細い目のナイトさんは、目をさらに細め、「セイシュンだねぇ」と微笑んだ。
それからまずはお互いの基本情報を改めて交換した。
もちろん、この場限りの秘密情報という前提で。
住所、学校や職業、ナイトさんが転生してから地球時間での二年半の間にあった大きな事件とか。
ナイトさんのことは外では基本的にナイトさんと呼びが望ましいらしいけど、この工房の中でだけは「キタヤマさん」と呼んで欲しいと言われた。
俺は面倒なので、リテルで通させてもらった。
キタヤマさんは親の経営する小さな工場で働いていたそうで、金属加工なんかは慣れているとのこと。
俺と同じように、それまでナイトさんとして生きてきた体に途中から転生したのだけれど、ただ俺のときと違うのは、キタヤマさんがこちらの世界で目覚めたタイミングが、どうやら本物のナイトさんが亡くなったちょうどその時と思われること。
本物のナイトさんは領兵として生きていて、その日も同僚と一緒に定期便の護衛をしていた。
だけど魔物に襲われて、いったんは心臓も止まっていたと、その同僚に言われたそうだ。
キタヤマさんの目が覚めた瞬間、全身の痛みに驚いて悲鳴を上げ、それを聞いた同僚が慌てて手当をしてくれて、それでなんとか一命をとりとめ、街まで戻ってこれたらしい。
ナイトさんとして生きてきた記憶は、目が冷めた瞬間はわずかに残っていたけれど、その後気絶して、街で再び目覚めたときにはもうほとんど薄れてしまっていたという。
どうりで今、キタヤマさんの寿命の渦は、特に魔術特異症ということもなく、ごく普通の馬種にしか感じられない。
キタヤマさんとナイトさんの魂が触れ合ったのは本当にわずかな間だけだったようで、ホルトゥスの言葉も中途半端にしか話せず、その当時は途方にくれたみたい。
その後、怪我から回復するまでの間は領兵用の療養施設で過ごし、その間に必死に言葉を学び、今は普通に会話ができるようになったようだ。
傷が一応癒えたのを機に領兵を退職し、魔法に興味があったために魔法組合で事務職として働くこうとして、ある人物に出会った――その人物のおかげで、事業を起こすことができ、その人物の協力により、たった二年半でここまで大きな商会にまで成長することができたと、とても優しい笑顔を見せてくれた。
その人物が誰なのかとレムが尋ねると、キタヤマさんの笑顔が締まりの無いものへと変わる。
「まー。それは後のお楽しみってことで……それでさ。ずっと聞きたかったこと、聞くぜ?」
ナイトさんは目を細めた。
「どんなマンガ読んでた?」
マンガか――俺自身はそんなに読んでなかったかもなぁ。
マンガとか持っているだけで、姉さんに冷たい目でけなされたから。
代わりに丈侍の家にはマンガが多かった。
丈侍と、丈侍のご両親と、丈侍の弟である昏陽とそれぞれが本棚を持っていて、そのマンガ部屋がTRPG部屋だった。
オススメされたマンガは持ち帰らずにその場で読んでたんだよな。
何だっけ。
タイトルをあまり覚えずに読んでたからなぁ。
確か、槍を持った少年が妖怪とバディ組むやつとか、妖怪の名前を返してゆくなんとか友人帳とか、愛嬌のある人外が出てくるマンガは好きだったな。あとやたらアメコミみたいな――そう!
「えっと、コブラと……あとは、ジョジョとかオトコジュクなんかは読んでました。そうだ。ウシオトトラ、あとナツメユウジンチョウと、ドウブツノオイシャサンと、あとはアキラ。それとスドウマスミの短編は全部、だったはず」
丈侍のお父さんがそう言っていたのだけど。
「マジか! オレ、デンキブラン持ってたよ!」
須藤真澄のデビュー作だよって何度も勧められたんだよな。
「あ、それも読んでます」
「くーっ! まさか異世界でスドウマスミの名前を聞けるとは! 生きてて良かったっ!」
キタヤマさんのテンションが今日イチ高い。
「そんでさ。ベルセルクとハンターハンターと、この二つだけは結末を知ってたら教えてほしいんだけど」
ベルセルクも丈侍のお父さんがオススメしてくれてたやつだな。ちょっとえっちぃシーンがあって恥ずかしくて読んでないけど。
ハンターハンターは丈侍一家がエピソード終わってから読む派だから蟻の所までしか読んでない。
「えっと……ベルセルクは読んでません。ハンターハンターはキメラアントまでしか……その……マンガを貸してくれる友人のとこがエピソード終わってから読む派なので、その先は読んでないんです」
「そうかぁ……キメラアントまでならオレも読んでんだよ……」
明らかにテンションがだだ下がってしまった。
でもまさか異世界に来てまでこんな話をするなんて――というかキタヤマさん、見た目に比べてかなり若い印象だ。
元の世界で四十三歳プラス二歳って、うちの父親と変わらないくらいだけど、うちの父親はマンガなんて読んだことないだろうし。
「まあそれは仕方ないからいいや。マジな話をしようか。この世界のこと、どう思う?」
「どうって……」
「思考を誘導したくないから、ノーヒントで聞くぜ。君が感じたことをそのまま言葉にしてほしい」
どういうつもりだろうか。何を聞き出したいのだろうか。
もう少し手がかりくれてもいいのに――と、地球に居た頃の俺なら考えたかもしれない。
でも今は思考を止めない癖がついている。
「魔法があることに驚きました。あとはおっしゃる通りチュウセイヨーロッパに似ていると思いました。向こうの世界でいうファンタジー世界そのままというか」
「だよな」
回答の方向性としては合っていたのかな?
「あからさまにそれっぽいんだよ、この世界。君は普通にジャガイモ食べてるだろ? でもあれ、向こうでは原産はシンタイリクで、ヨーロッパに持ち込まれたのはダイコウカイ時代なんだ。同時期に持ち込まれたゴムはないのに、ジャガイモだけは普及している。フォークもそうだぜ。食器としてのフォークが普及したのも、ダイコウカイ時代と同じ頃なんだが、その頃のフォークは刺すところが二本しかない。でも君たちが食事で使っているフォークは刺すところが四本あるだろう?」
「お詳しいんですね」
「チュウセイヨーロッパはね、ファンタジー世界を舞台にしたテーブルトークゲームのシナリオとか趣味で書いてたから調べてたんだ」
「テーブルトーク! ……って、もしかして、マスターがいて、サイコロ振って……ってやつですか?」
「知ってんのか! テーブルトーク知ってるのは向こうでもレアだってのに!」
再びキタヤマさんのテンションが上がる。
「いつもつるんでいた友達のお父さんが教えてくれました。ディーアンドディーとか、ルーンクエストとか、クトゥルフノヨビゴエとか」
ヒューと再び口笛を吹くキタヤマさん。
「リテルくん! これより先、君らの旅はナイト商会が全面的にバックアップしよう! 君のような貴重な人材に何かあったらオレの人生が寂しくなる! この街とアイシスとで困ったことがあったら、いつでもナイト商会に逃げ込んでおいで。従業員には通達を出しておくから」
どうやら俺の地球での記憶が、ナイトさんの心にヒットしたらしい。
俺としても、気さくに話ができる元の世界つながりの知り合いはありがたいし、何より良い人そうだし――ここは変に断ったりしないでおこうかな。
「ありがとうございます」
「さて。チュウセイヨーロッパベースのこの世界だが、俺たちの世界から持ち込まれたと思われる文化や生活スタイルが数多く存在するなか、一つだけ不自然に存在しないものがあるんだよね。気付いてる? ディーアンドディーのクラスにも深く関係ある」
いよいよ本題か。というか、そのヒントだとアレのことだろう。
「シュウキョウですよね」
「そうなんだよ。チュウセイヨーロッパではキョウカイが担っていた役割に相当するものがないんだよね。まあ魔法という誰でも使える奇跡が身近にあるせいで、救済を得意とするシュウキョウの価値が上がらないってのはあるかもだけどね」
なるほど。救いを求める先としての宗教ならば成立しにくいかも。
「それと獣種の名前。エジプト神話のが多いけど、他の地域のもデタラメに混ざってる。本来ならば神の名前であるはずが種族の名前に用いられていることと、宗教が向こうの世界のようには勢力を持っていないこととは、つながっていると俺は思うんだよね」
「つながって……ですか?」
「一種のバーチャル空間的な、造られた世界とかね。マトリックスって映画は知ってる?」
「見たことあります」
そう言いながらつい自分のうなじに触れてしまう。
普通の肌の感触だ。
「この世界が何なのかはまだわからないけれど、最近持ち込まれたと思われるもの以外に、種族を表す言葉をはじめ元の世界に通じる古くからある言葉があるってこと、俺達が転生したこと、文化だって似たようなのが存在している。つながりがあるのは間違いないはずなんだ」
つながりは、俺自身も感じている。
でも造られ世界って可能性は、まるで考えていなかった。
さすがキタヤマさん、オトナだなぁ。
「そうだ。君は魔法を使ってみたか?」
答えるのを一瞬、ためらう。
その隙にキタヤマさんは話を進める。
「魔法を使うには、寿命の渦という魂と肉体とをつなぐものを消費する。元の世界のゲームにおけるエムピーとか、一日あたりの使用回数とか、そんなものなくとも誰でも使うことができる。ただ、命をすり減らしさえすればいい。この、誰でも魔法が使える、ということが、この世界の文化や価値観に大きく影響していると俺は思うんだ。魔法がなく筋肉のみの世界ならば、筋肉量の差はそのまま優位性につながるが、魔法があることでそうはならない。具体的にはダンソンジョヒがない。職業だってほぼ男女平等だ。男女間において区別はあるが差別は……ないとは言わないが、向こうとは段違いだ。それだけじゃない。奴隷が珍しいのも、王や領主による政治が理不尽にならないのも、この魔法というシステムがあるせいだと俺は感じているんだ」
「魔法というシステム、ですか」
「ああ。誰もが嫌なものには嫌だと声をあげられる力、つまり権利を与えられている。ただ殺されるくらいなら命をかけて一矢報える。また、魔法が得意な者が力で周囲をねじ伏せようとしても、魔法を使い過ぎれば死ぬことになる。いい感じにバランスを考えて造られた世界、俺にはそう思えて仕方がない。まるでこの世界自体がアールピージーゲームの舞台であるかのように錯覚さえするよ」
人工的に造られた世界、という発想が俄然リアリティを帯びてくる。
「エデン、トウゲンキョウ、ニライカナイ、ティル・ナ・ノーグ、ここがそういった楽園だったら、面白いなってね」
「もしも造られたのであれば、誰が造ったんでしょうね」
「そう、それ。どこかに管理センターみたいなのがあるかもしれないし、そこを経由すれば元の世界に戻ることだってできるんじゃないかともね。もっとも俺たちが元いたあの世界だって、そうやって実験的に造られた世界の一つかもしれないけどね。アカシックレコードって聞いたことあるかい。それがあの世界の管理システムだとすれば……」
アカシックレコード。耳にしたことはあるが正直、よくは知らない。
困ったら検索できる環境があったせいで、情報は概要を把握して後はナナメ読みしてた、そのことが今は悔やまれる。
「キタヤマさんは、それを調べているんですか……帰るために」
「あー……いや、帰りたいかと言われるとそうでもないかな。事業に成功したし、美人の嫁ももらったし、子供だってもうすぐ生まれる。向こうでは独り者だったからな。まあ、もっとも、このナイトさんも俺が転生するまでは堅物の独身ドウテ……おっと。シッケイ。今している話はね、純粋に興味だよ。つながりがあるのなら、理論的には帰れてもいいよなっていう。別に全部じゃなくたっていい。向こうでダチが一人も居なかったわけじゃないし、伝えられるんなら伝えてみたいじゃねぇか。こっちはいいぞって」
キタヤマさんはまた笑った。
そうか。メッセージを送るだけでも、か。そういう考え方もあるのか。
それなら俺も丈侍に送りたい。
心配かけたかもしれないけれど、こっちで楽しくやっている、って。
実際、俺も、リテルに体を返してなお、こちらで人としてやっていけるのであれば、地球じゃなくこっちで生きていたい。
そう。
そこが、俺と、キタヤマさんとの大きな違い。
リテルは、この体の持ち主は、まだ生きているのだ。
そればかりかケティという恋人だって居る。
上機嫌のキヤタマさんに対しては、俺がリテルの体を奪ってしまったと悩んでいるなんて話はできないと感じた。
情報の共有はするし、異世界転生組としての仲間意識はあるけれど、個人の問題はどこまでいっても個人の問題なんだな。
俺は俺で、リテルに人生を返す方法を模索し続けよう。
「ポテチ、できたよー」
工房の、メリアンが外に控えているのとは違う扉から、一人の猫種の女性が入ってきた。
メイド服っぽいのを着ていて、お腹がちょっと大きい。
もしかしてこの人が。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。とうとう殺人を経験。
・幕道丈侍
小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。
彼の弟、昏陽に両親も含めた家族四人全員が眼鏡使用者。一緒にTRPGでも遊んでいた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシ(クッサンドラ)
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。マドハトの『取り替え子』により現在、エクシの体に入っている。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・ドマース
鼠種先祖返り。ハムスター似。貴族の十男だった魔術師。身なりのよさそうなコートに蝶ネクタイ。
スノドロッフの住民拉致事件の関係者に接触を図ったが、エクシへのアプローチに失敗。ニュナムで別れた。
・プラとムケーキ
ライストチャーチ白爵領の領兵。大の祭り好き。リテルたちの馬車と馬を預かってくれている。
・モノケロ様
昨年、ライストチャーチ白爵を継いだ三十三歳。武勲に優れる。
・レーオ様
モノケロの妻。武勲に優れる。十年前のモノケロへのプロポーズが、王冠祭のきっかけとなった。
・初老の馬種の男
地球では親の工場で働いていた日本人、喜多山馬吉。
2016年、四十五歳の誕生日にこちらへ転生してきた。今は発明家として過ごしているが、ナイト商会のトップである。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
■ はみ出しコラム【ベルセルク】
まずは、三浦建太郎先生にありがとうと言わせてください。
そしてこの話(リライト)を書いた2024年1月現在、スタジオ我画と森恒二先生、それから白泉社さまのご尽力により、連載が続いていることに感謝いたします。
この作品『異世界で一番の紳士たれ!』の第一話の発表は2020年8月24日。
その時点でメインとなる構想はかなり決まっており、日本人転移者喜多山馬吉の存在と、彼が主人公に対してベルセルクの続きを聞かせてくれとお願いするエピソードは、既に確定しておりました。
そして今話のリライト前『#77 造られた世界』発表(2021年9月11日)を待たずして、三浦建太郎先生は亡くなられました。
そのとき、このエピソードを省くかどうか、かなり迷いました。
亡くなられた方の作品を、作中人物に「続きを聞かせてくれ」と発言させることについて。
ただ、それでも、私自身が『ベルセルク』という作品を心から大好きであること、そして自分がもしも異世界転移なり転生なりした場合、後から同様に転移なり転生してきた日本人に対して一番確認したいことは何かと自問自答したとき、「それはベルセルクの行方だ」という答えにたどり着いたので、本当に、三浦建太郎先生への感謝の気持ちをこめて、削除せずに発表させていただきました。
魂の底から、尋ねたいこと、なのです。
また、この判断には、喜多山馬吉というキャラクターの存在も関わっております。
普段、キャラクターを作る際、実在のモデルを用意しないのが常です。当て書きみたいなことはしない派なのです。
ただ私が数多く書いている物語の中で、ごく数名、手塚治虫先生の用いたスターシステムのように、ちょいちょい登場するキャラクターが居ます。
その一人が、この喜多山馬吉(細かい名前は物語毎に異なりますが)なのです。
彼は高校時代からの友人で、十代後半から二十代にかけては多分、一番近くにいた友人でした。
ただ諸事情があり、今は連絡がつかなくなっています。
どこかで楽しく暮らしてくれていればいいのですが――そんな思いで、喜多山馬吉を登場させることが多いです。
その喜多山馬吉のモデルである友人も『ベルセルク』が大好きでした。二人でいつも続きを気にしていました。
しかもその友人、かなりのセルピコ似です。顔も、体型も、性格も。これは本人も認めていました。
今は連絡がつかない友人との思い出の一つである『ベルセルク』を、このキャラクターの口から語らせたかったのは、このような想いからでした。
多分、本人がこの物語の喜多山馬吉を見れば「俺のことか」をすぐに分かるでしょう。
もしも読んでくれるようなことがあったなら、連絡くれよ。また飲みに行こうぜ。『ベルセルク』は続いているぜ!
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