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#68 宵闇通り
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「来てくれたんだっ!」
その子は満面の笑顔で真っ直ぐにこちらに走ってきた。エクシの方にではなく、俺の方へ。
本当にチェッシャー?
でもチェッシャー達はフォーリーに向かったんじゃ――なんて考えている俺の両手を取り、上下にブンブンと振り始める。
「ありがとうね! 私が今、こうしてここに居られるのも全部あなたのおかげなんだから!」
やっぱりチェッシャーなのか。
しかも出会った時よりも肌の露出度も上がっていて、少し短めのスカートからはみ出た尻尾はピンと立ち、小刻みに震えている。
この尻尾の感情が分からない。
犬しか飼ったことないし、ハッタはコーギーだったから尻尾も切られていたし。
「あ、うん」
曖昧な返事で濁すと、チェッシャーは俺の手を自分の胸元へと抱き込もうとする。
柔らかいし、チェッシャーの顔が近いし、いい匂いまでするし、この場合どういう態度が良いんだっけ。
思考速度が少し落ちている気がする。
「わざわざ来てくれたの、ほんと嬉しい! たくさんおもてなしするからねっ!」
「おいっ! ちょっと待てお前っ!」
エクシがチェッシャーの肩をぐいっとつかんで自身の方へ向かせる。
あれだけにぎやかだった周囲がしんと静まり返る。
俺たちが一斉に注目を浴びる中、チェッシャーは俺の手から片手だけ放し、エクシの手を払い除けた。
「ごめんなさい。私、物覚え悪くて……以前、お世話になったお客様でした?」
「あ、ああ……」
エクシの頬が紅潮する。
「お前がっ! 今までで最高ですと泣いてよがったお客様だっ!」
チェッシャーは少し困った顔で俺の方をちらりと見てから口を開きかけるが、何かを言いよどんでいるっぽい。
「早く終わってくれる客は最高だよっ!」
周囲のどこからか野次が飛ぶ。
クスクス笑いが広がる。
「小さすぎて覚えてないって!」
また別の場所から野次が飛び、今度はどっと笑いが起こる。
「てめえらっ! 穴風情が客に向かってなんて言い草だっ! これだから半返りは」
エクシはその怒りで拳を作り、チェッシャーの顔に向けて振りかぶる。
俺は慌ててチェッシャーの手を引き、代わりにエクシとの間に割って入った。
「エクシっ!」
エクシは俺をぐっと睨み、俺の顔の前に拳をゆっくりと突き出してから手を開く。
「呼び捨てかよ……随分偉くなったんだな、リテルさんよぉ」
エクシはペッと唾を路上へと吐き捨てた。
「恥かかせやがって……覚えてろよ。皆には調子に乗ったお前が娼婦の下の口に聞いて回ってるって伝えておいてやるからな」
悪役っぽいセリフを吐き捨てつつ踵を返したエクシ――その前に大きな影が二つ、立ちふさがった。
河馬種の半返りと、象種《ガネーシャッ》。
二人とも男で、袖のないシャツを着て、股間には革製のプロテクターのようなものを着けている。
「あんた、ここがそういう通りだってわかった上で何度も来てんだろ? お得意さんよぉ」
耳の大きな象種《ガネーシャッ》がドスのきいた声を出す。
「いや、金も払わず売り物けなす奴ぁ客とは呼ばれんよ」
河馬種が片手でぎゅっと握りこぶしを作り、もう片方の手で包み込む。
ボキボキと骨の鳴る音――あれは威嚇。エクシもガキの頃、よくやってたよな。
「あれ、用心棒さん」
チェッシャーが俺にこっそり耳打ちする。
というかエクシ、口では昔からあれだけ半返りをバカにしておきながら、常連なのかよ。
「安い挑発だな」
うっわ。エクシ、お前の方こそ挑発しないでくれよ。
「エクシさん! こっち来てぇ! ね。アタシが気持ちよくなるよう頑張るからさぁ……ねっ! 気持ちもおさめておくれよぉ」
群衆をかき分けてやってきた犬種の半返りの女性が、エクシの腕に突然しがみついた。
タレ目の不幸そうな美人。
エクシは用心棒さんたちを睨みつけながらも女性に連れられるまま横道へと消えた。
それを見届けた用心棒さんたちも人混みへと紛れて見えなくなる――というかその人混みに、いつの間にか俺とチェッシャーは取り囲まれているんだけど。
「お兄さん、かっこいいじゃないか! 惚れたよ! うちで遊んでいかないかい?」
「私は下の口のおしゃべり上手だよっ!」
「うちは割引してあげるよっ!」
「ねぇ、こっちはどうよ? その子より絶対にいい思いさせてあげるから!」
露出が多くゆったりとしたワンピースを着た女性たちが、衣服を自ら引っ張り胸元や脚を見せつけて口々に俺を誘う。
元の世界の利照だったなら赤くなって、ただただこの勢いに圧倒されていただろう。
でも今の俺は違う。
幾度となく遭遇した破廉恥な接触と目撃の数々が俺の心を鍛えあげたんだ。
だから気付けた。
今がチャンスなのだということに。
「あの、すみません。実は人を探しているのですが……」
一瞬、静まりかえる。
「えー? お探しの人は、このチェッシャーちゃんじゃないの?」
チェッシャーが俺の腕を抱き込み、胸を押し付け、顔を覗き込んでくる。
明らかに当てているってやつだ。
心の中でマドハトの変な歌を思い出し、冷静さを取り戻す。
「チェッシャー、わかってほしい。大事な用事で人を探している。俺の仕事なんだ」
「しょうがないなぁ。じゃあ、どんな人か特徴言ってみてよ」
「四人組で、兎種が一人、猫種の先祖返りが一人、猿種が二人。傭兵やっているからいい体している。で、その兎種がかなりのおっぱい好きで……という聞き込みをしていたら、宵闇通りのフラマさんを訪ねろって言われて……」
チェッシャーが見るからにがっかりする。
「私を訪ねてきてくれたわけじゃないんだ……」
「あ、いや、ほら、チェッシャーはまだアイシスへは戻ってないと思ってたから」
「そうねー。定期便、何日か止まっていたものね。でも盗賊団が捕まったって連絡が来て、翌日にはもう再開したんだよ」
そういやクー・シーとクリップに襲われた公共夜営地で出会った定期便に乗ってた人たちは、フォーリーからの便が到着したとか言っていたっけ。
名無し森砦で無駄に待たされていた間に抜かされたのか。
「確かにおっぱいならここいらじゃフラマが一番だ。それにそういう四人組、見た気がするなぁ」
おお! 俺たちを取り囲む人々の中から頼もしい答えが!
ようやくラビツの影をとらえられたのか。
聞き込み、捨てたもんじゃないな。
「でもフラマはこの時間なら客と一緒だから明日の朝までは会えないよ」
「ねぇねぇ、どうせ待つならベッドの上で一緒に待たない?」
「あたしと一緒はオススメしない。フラマのことなんて忘れちゃうと思うから」
お姉さん方、商魂たくましい。
「いえ、情報は感謝しますが、待たせている仲間も居ますし」
「えー? 帰ろうとしてる? ちょっとくらいお礼させてよー」
チェッシャーが横でむくれる。
するとお姉さん方が、面白がって余計に口説いてくる。
結局、一番マシで面倒くさくなさそうな脱出方法としてチェッシャーについて行くという選択をした。
幾つかの路地を曲がり、時には建物の中を通り抜け、小さな部屋へと行き着いた。
そこにはチェッシャーによく似てとても美人の――だけどかなりやつれた猫種の女性がベッドに横たわっていた。
「この人! 定期便が襲われたとき、私たちを助けてくれた人! 多分、リテルさん!」
チェッシャーが手伝って女性に半身を起こさせる。
「こんな状態のままでのご挨拶を許してくださいね。初めまして。私はグリニー。チェッシャーの姉です」
クソエクシのせいで名前もさらされちゃったわけか。
こうなったら変に偽名を使うと余計に怪しいよな。
それにチェッシャーになら、名乗っても大丈夫かな?
「初めまして。俺はリテルと言います。チェッシャーとは街道で偶然出会って」
「本当にありがとうございます。リテルさまのおかげで、私も妹も命をつなぐことができました」
チェッシャー、ちゃんと薬をゲットできたのか。良かった良かった。
「僕からも礼を言わせてもらうよ」
背後から声がして、慌てて振り返ると人が居た。
猫種の痩せた男性で、やけに目がギョロギョロしていて、年齢的にはかなり上。チェッシャーのお父さんとか?
ただ問題はそこじゃない。
この人、寿命の渦が見えないのだ。だから気づけなかったのだけれど。
「怖い顔をしないでくれたまえ。僕に敵意はない。君は『魔力感知』か『気配感知』を使えるのだろう。普段から感知を常に使用している人は、そうやって感知で感じられない人に出会うと驚くものだよ」
おっしゃる通りだった。
自分の未熟さを痛感する。
「……申し遅れたが、僕はクラーリン。グリニーに惚れている一介の魔術師だ。金策のためにアイシスを離れていたのだが、戻ってくるのが予定より遅れてしまってね……本当に感謝している」
お姉さんに惚れているということは、お父さんではないっぽい?
そして魔術師ということは、チェッシャーに魔法を教えたのはこの人か。
「俺は……まだ魔術師見習いです」
「見習いか! なるほどなるほど。だから色々と素直なのだな」
素直?
もしかして、魔術師と名乗られて魔術師見習いだと答えたあたり?
それ以外にも俺は何かやらかしている?
「ああ、警戒しないでくれたまえ。僕からもお礼がしたいと思ってね」
クラーリンさんは笑顔を浮かべるが、目がギョロっとしているせいか悪巧みしているようにしか見えない。
素直と言われたからじゃないが、信用して良いのだろうか。
ここはアウェイだし、こちらは味方の一人もいない。
「君は偽装の渦が上手にできているのかな? ただそれにしては思考や感情が表情に出過ぎている。もしもそれらをわざと見せているのだとしたら、偽装の渦にも感情の揺れを反映してあげないと逆に違和感が際立って警戒されてしまうよ」
「ありがとうございます」
これもおっしゃる通り。
『魔力感知』で感知する方にばっかり意識がいっていて、感知される側としての練習は今ひとつだったかもしれない。
魔法や戦闘の脳内復習にばかり夢中になっていたから。
「偽装の渦で感情や思考を見せないようにするのなら、表情や体の反応にも気をつけるべきだよ。平静を保つのが難しいのであれば、あえて偽物の表情を作るのも手だよ。笑顔とかね」
クラーリンさんは、不気味な笑顔を見せる。目だけ笑っていない笑顔――次の瞬間、一歩踏み込んできた。
とっさに下がろうとして小さなテーブルに腰をぶつけてしまった。
「ああ、すまない。でもそういうことなんだ。このような流れで僕が笑顔を作ったら何か仕掛けてくるだろうと君は読んだ。で、実際に仕掛けてみたらどうだ。君は僕の動きに合わせて動こうとした。だから僕は君をテーブルへと誘導できた。僕だったらこう考える。仕掛けに合わせて動くのではなく、何をすべきか決めておいて、仕掛けに応じてそれを選択する。優先順位を先に決めておくといざというときに迷わないし、わずかとはいえ反応時間を短縮できるし、相手に乗せられないで済む」
言われていることは理解できる。
ただそれを実際の行動に組み込むには相当な訓練が必要そうなこと。それでもできるようになれたら――ならなきゃ、だよな。
「ありがとうございます。心がけてみたいと思います」
「君にはちゃんと師匠がいるようだからあまり口を出すつもりはないがね、一つ覚えていてほしい。可能性は無限だ。しかし重要なことは案外少ない。いつも無限に対応し続けていればすぐに疲弊する。優先順位は未来の自分を助けるための準備だよ」
「勉強になります。教えていただき感謝しま」
言葉を途中で止めてしまったのは、クラーリンさんが急に一輪の花を取り出したから。
手品?
消費命の集中は全く感じなかった。
偽装の渦ができるのだから偽装消費命もできるのだろうけど。
「今のは『新たなる生』という魔法だよ。君へのお礼として教えようとしているんだが、どうだい? 受け取ってくれるかい?」
グリニーさんではなく、俺に向かって差し出された花を受け取ろうとした瞬間、花はフッと消える。
花の寿命の渦も一緒に、だ。
やはり魔法だったのか?
いやでも花にはリアルさがあった。寿命の渦もちゃんと――まさか。
その「まさか」を隠すために今はほんのり笑顔を作ってみた。
修学旅行で広隆寺の弥勒菩薩に学んだアルカイックスマイルってやつだ。
「魔法の正体に気付いたようだね?」
「偽装の渦を本来の寿命の渦と同じ形に整えて、魔法で作った幻覚に添えた、ということですか?」
「ああ、素晴らしい! さすが『死んだふり』を見破っただけあるね。ほぼ正解だけどね、偽装した寿命の渦も魔法に組み込んでおくのだよ。魔術のように。これには平素からの訓練が必要になるがね」
なるほど。『新たなる生』自体は懐が広いものとして作っておいて、それに特定の寿命の渦を組み合わせたものをまるで別の魔法であるように準備しておくことで、消費命の集中にかかる時間を縮めるという感じか。
これはすごい。ありがたい。
とても有益な思考を幾つも教えていただいた。
「ではもう一度発動するので、お手を拝借」
クラーリンさんが差し出した手に俺が触れると、横からチェッシャーも手を出してきてクラーリンさんの手へと触れた。
今度はクラーリンさんの消費命の集中を感じる――これ、わざとゆっくり丁寧に集中してくれているのかな。
『新たなる生』の思考が理解できる。
自分が寿命の渦を知っている生物について、幻影とその寿命の渦とを作り出す魔法。
幻影を作り出すには形をよく把握しておく必要がある。
幻影は寿命の渦を持つ者に触れられてしまうと消えてしまうし、幻影自体を動かすことはできない。
そして幻影を作るという点についても大きな学びがあった。
本当になくてもいい。あるような気がした、その程度でいい。錯覚を起こさせる、というのに近い思考。
なるほどなぁ。
「例えば自分の幻影を作る場合、自分では背中など把握できない部分もあるだろう。そういう場合は服を着せてしまえば違和感は消せる」
クラーリンさんの思考の一つ一つが勉強になる。
「本当に……ありがとうございます!」
「お姉ちゃんの大好きな花! 私も使ってみる!」
チェッシャーがそう言った直後、消費命を解くのを感じた。
ちょっと待て。チェッシャーはいつ消費命を集中していた? しかも偽装消費命で?
「こうかな? 『新たなる生』!」
チェッシャーが一輪の花を手の中に作り出す。
いやそれはいいんだ。今、何かが引っかかった。見逃してはいけない何か。
「わっ、できた」
チェッシャーは――思考が思考を飛び越える。
ピンと来た、というやつ。
俺は消費命を集中する。『新たなる生』のための。そして――そこで止めた。
「すごいな、君は」
クラーリンさんが笑った。
さっきみたいな目だけ笑っていない笑顔じゃなく、自然な笑顔。
「君は筋がいい。僕の兄弟子達は誰一人気づけなかったのに、こんな短時間でそこまで気付けるだなんて」
やっぱり。
これでいいのか。
こんな単純なことで――この世界では、「コロンブスの卵」ってどう表現するのだろう。いやそんなことどうでもいいか。見つけたのだ。
「……ここで、止めたまま、喋るのは……慣れるまで、かかり、そうです」
「恐らくだが、君ならすぐだよ」
「私が最初に教えてもらったとき、喋るなんてできなかったんだよっ!」
チェッシャーが俺の腕にしがみつく。
腕に胸を押し付けられても俺は動揺せずに、こらえる――ああ、キツイな。この方法はずっと息を止めているみたいなもんだから。
でもチェッシャーはさっきできていた。
考えろ。
これに慣れたのか、それとも別のやり方なのか。
俺はこれに慣れられるのか、それとも――思考を止めるな。
チェッシャーが解放した消費命は『新たなる生』よりも大きな魔法代償に対するものだった。
ということは、これより大きな消費命をずっと発動直前で止めていたことになる。
息を止めるみたいなこの方法じゃ続かない。
常に周囲に向けて発揮し続けている『魔力感知』みたいに。
唐突に、左手の外側でポーがもぞりと動いた。
ヒントをくれたのかな?
だとしたら。
ポーにあげるみたいに――消費命を貯めたまま、切り離してみた。消費命自体は維持したままで。
「すごいな。想像以上だ」
クラーリンさんは目をさらにギョロギョロさせて、また笑った。
「チェッシャーに教えたのは、『魔法貯蓄』という魔法だよ。消費命を維持できても会話できなかったら客に怪しまれるからね」
「え? リテルってば今の魔法じゃなくて自力でやったの? すごいすごい!」
またチェッシャーが抱きついてくる。
これは彼女なりの表現なのだろうけれど、ケティやルブルムやレムに対する罪悪感が半端ない。
そして今、クラーリンさんは「客に」って言ったよね。
客に魔法をかけた、ということは例の――なんだっけかな。魅了っぽいことする魔法?
「あっ、さっきのお客のこと気にしているの? リテルにはきかなかったけど、あのお客には簡単にきいたよ。『愛しの夢見』。あのお客が勝手にあいつ自身の欲望を夢に見ただけだから、私は内容知らないんだ。お姉ちゃんがね、好きじゃない人と無理にすることないんだよって言ってくれたから……だから私、まだだよ。リテルが私を抱いたら初めてになるんだよ?」
ホッとする自分が情けない。
いやいやこれは、チェッシャーがクソエクシに酷い目に合わされていたんじゃなくて良かったっていう安堵のね――誰に言い訳しているんだ俺は。
そのときチェッシャーがどさくさ紛れに俺にキスしようとしてきた――のを、止める。
悲しそうな表情のチェッシャーを見て、ケティが似たような表情していたのを思い出す。
「そっか……私みたいな半返りじゃ嫌だよね?」
「いっ、嫌じゃないよ。チェッシャーはとっても可愛いし……ただ、先に約束した人がいるんだ」
「私は何番目でもいいよ。自分でも稼げるよ?」
そういう問題ではないのだけれど、価値観の違いはどうしようもないし、そもそもこれはリテルの体だし。
どう伝えたら良いのだろうか。
「私、こんな気持になったの初めてなんだ……あきらめ悪くてごめんね?」
謝られるとこちらの方が申し訳なく感じてしまう。
でも。無言でいて良いことなんてない気もするし。
「俺は確かにチェッシャーのことを助けたよ……でもそこまで好かれるほどのことをしたのかなって……」
「助けてくれたから好きになったわけじゃないよ。リテルは笑顔が優しいの。私をモノじゃなく人として見てくれる。お姉ちゃんやクラーリンさんが私に微笑みかけてくれるときと同じ柔らかい笑顔なの。そんな人、今まで見たことなかった。でもね、初めて見たから好きになったわけじゃないよ? リテルの考え方がね、とっても好き。リテルはさ、体の結びつきの前に心の結びつきを大事にする性格でしょ。それって私の周りじゃそうとう珍しいよ。でも、だからこそ、結ばれたいって思うんだ。そういう人となら、貧乏とか病気とかどんな酷い状況になっても、一緒に乗り越えていけそうだし。それにリテルってとっても居心地がいいの。私ね、一度だけ綿のお布団に座らせてもらったことあるんだけど、あのくらい気持ち良かった。それに魔法もすごいし、そういうところも尊敬できる。あとね、照れたときの表情が可愛いの!」
「チェッシャー、困らせちゃだめよ」
グリニーさんが優しい声でチェッシャーをなだめてくれる。
確かに俺は今、猛烈に困っている。
正直、嬉しくてたまらない。
リテルとは関係ない部分を、内面を、つまり俺を、こんなどストレートに、早口でたたみかけられるくらい好きでいてくれて。
しかもこんな可愛い子に。エロく迫られるよりもよっぽど心に響く。
リテルとしては安易に受け止めるわけにはいかないけれど、紳士としては真面目に答えないといけない気がする。
「チェッシャー。ありがとう。チェッシャーの言葉も気持ちも、本当に嬉しい。こんなことを言ってもらえるなんて、とっても光栄に思う。だけど」
「じゃあ……じゃあさ! 私がフラマさんのとこへ案内してあげる!」
チェッシャーが俺の返事を遮った。
続けた方がいいのか一瞬迷ったら、チェッシャーの方が先に続きを話し始めた。
「フラマさんは売れっ子だから初めてのお客が正面から乗り込んでも何日も待たされるよ? ジャックだってずっとお預けくらって」
「チェッシャー! ジャック様を呼び捨てはだめよ」
「はーい」
ジャック様?
フラマという娼婦に入れ込んでいるお偉いさんでもいるのかな?
「わかった。じゃあ、明日の朝は頼むよ」
「うん。特別料金で!」
特別料金について尋ねる間もなくチェッシャーが俺の両耳をつまんだ。
これはもしかして、と思いはした。
ただ、拒んだら、フラマへの道が閉ざされるかも、なんて思ってしまった――というのは言い訳なんだろうな。
チェッシャーの唇が俺の唇へと重なった。
すぐに離れて、再び触れる。
柔らかい軽いキスが何度か繰り返されるうちに、チェッシャーの両腕は俺の耳から離れ、俺の首へと回される。
チェッシャーの唇の触れる速度が次第に優しさへと置き換わる。
ぎこちなく舌が絡みついてくる。
舌と舌とが触れて、唇同士が深いハグをする。
意識が口唇に集中する。
だから、俺がチェッシャーの頭を撫でていたのは無意識だった。
チェッシャーは少し顔を離して俺の顔を眺めて、にっこり笑って、それから幾度となく俺の下唇を甘噛みした。
これ、チェッシャーのキスの癖なのかも、なんてちょっと冷静になったとき、俺たちを温かい目で見つめるグリニーさんとクラーリンさんとに気付いて、物凄く恥ずかしい気持ちになる。
そんな俺にチェッシャーも気付いたようで、もう一度ぎゅっと抱きしめられてから、ようやく解放された。
「先払いでいただいちゃった!」
「あのね、チェッシャー」
「いいよ、今は。大事なお仕事があるんでしょ。返事はそれが終わってからで。私はこういうところで育った。初めてだってことも、私の言葉も、信じてもらえないのが普通。無理やり押し付けるみたいに言ったけど、それを聞いてくれたってだけでも嬉しいんだ。伝えておきたかったんだ。リテルは可愛い子たちと一緒に仕事をしていて私のことなんて目に入らないかもしれないから、こんな風に想っている私が居るよってことを」
「わかった。チェッシャーの言ったことは全部信じている。ちゃんと真面目に考えて答えるよ」
そこで話は終わり、俺はいったん宿に帰ることにした。
明日の夜明け、一日税の発表がなされる告知広場で待ち合わせる約束をして、俺は宵闇通りを後にした。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシあんちゃん
絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種。
現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。
・クッサンドラ
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・チェッシャー
姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。
猫種の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。
・グリニー
チェッシャーの姉。猫種。美人だが病気でやつれている。
・クラーリン
グリニーに惚れている魔術師。猫種。目がギョロついているおじさん。
チェッシャーに魔法を教えた人。リテルにも魔術師としての心構えや魔法を教えてくれた。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。ラビツへの手がかりとなりそう。
・タレ目の不幸そうな美人娼婦
犬種の半返りの女性。エクシを何度も客として取っていたっぽい雰囲気。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・クー・シー
元々は異世界の獣。暗めの緑色の体毛は長いうえにモジャモジャ。長い尻尾はぐるぐると巻いて背中に乗せている。
四本の足は太く、牛くらいの大きさがある。妖精に飼われていることも多く、牛をさらったりもする。とにかく乳製品好き。
・クリップ
元々は異世界の住人。赤ら顔の人型生物。妖精丘に住み、ゴブリンよりは文化的な生活を営む。
武器として用いる石の鏃に、麻痺や記憶封じの魔法を付与して攻撃してくる。
■ はみ出しコラム【ネーミングの由来 その一】
以前、カエルレウム、ルブルム、アルブムについてはその名前の由来を軽く説明したが、他にもルイス・キャロル関連の事柄より着想した名前というのはたくさんある。
今回はそんなネーミングの数々について、ルイス・キャロル関連のリアルな人物名や地名などから頂戴したものについて記載する。
・リテル/有主 利照
→ アリスのモデルとなったアリス・リデルより
・チャルズ紫爵:名無し森砦へダイクの後任として派遣された人
・ラトウィヂ王国
・リテルの双子の弟ドッヂと妹ソン
→ ルイス・キャロルの本名「チャールズ・ラトウィッヂ・ドジソン」より
・ラトウィヂ王国の王都キャンロル
→ ペンネーム「ルイス・キャロル」より
・クスフォード虹爵領
・ライストチャーチ白爵領
→ チャールズが父同様に進学したのがオックスフォード大学のクライスト・チャーチ・カレッジ
・ウォーリント王国:内乱の多い国。アールヴの隠れ里がある。ヨクシャ王国のさらに南
・ダズベリン村:ストウ村から南の山を越えたところにある村
→ チャールズ出生の地がウォーリントンダーズベリ
・ヨクシャ王国:ラトウィヂ王国の南側の隣国。王都はクロッフ。ダズベリン村がある
→ チャールズが11歳の時に、父はヨークシャー州クロフトに転任し、引っ越した
・リチ紅爵領:ラトウィヂ王国内の西側にある。領都はモンドー
→ チャールズは12歳の時に、リッチモンドの小さな私立学校に入学
・ラーグビ王国:ラトウィヂ王国の北側の隣国
→ チャールズは1845年にラグビー校に転校
・沢地 怜慈奈:利照の弟目当てに利照へと近づいてきた女
→ チャールズのオックスフォードの学友であるレジナルド・サウジー。写真撮影が趣味となるきっかけを作った。
・エクシ
・アーレ:クッサンドラの兄でキッチの夫。本編では未登場
・クッサンドラ
・キッチ:エクシの姉。アーレに嫁いだ。本編では未登場
・アレグ:ストウ村の現在の王監さん
・ザンダ:ストウ村の現在の領監さん
→ チャールズのお気に入りの被写体であったクシー(Xie)ことアレクサンドラ・キッチン
・ゴド村
・ストウ村
・ニュナム:ライストチャーチ白爵領の領都
→ チャールズがリデル三姉妹を連れてボート遊びをしていた場所としてゴッドストゥやニューナムが挙げられている
・アイシス
→ アイシス川へのピクニック中にアリス・リデルに対し、口頭で語ったのが『不思議の国のアリス』の原形
・ビンスン兄ちゃん
・ダクワス:ストウ村に何度か赴任したことがある領監さん。ディナ先輩へストウ村の情報を流していたっぽい
→ アイシス川へのピクニックに同行した友人ロビンソン・ダックワース
・幕道 丈侍
→ チャールズが『アリス』の原稿を出版社に送る決心をしたのは、幻想作家ジョージ・マクドナルドとその娘が熱心に勧めたから
・マクミラ師匠
・ネーチャ:マクミラの妻
→ 『不思議の国のアリス』を公刊したのがマクミラン社。このマクミラン社は科学雑誌『ネイチャー』も刊行
・ジョニ:テニールの妻
・テニール兄貴
→ 『不思議の国のアリス』の挿絵を手掛けたジョン・テニエル
・ギルフォルド王国:かつてのギルフォルド王国最南の町がギルフォド
→ チャールズの死亡した地がギルフォード
・クラーリン
→ ギルフォード近郊にあり、イギリス最大の村とも称されるクランリー。ここにある聖ニコライ聖堂に、猫の頭をかたどったガーゴイルがあり、チェシャ猫が生まれるインスピレーションのもとになったとも言われている
・ガトールド王国、首都トムンソ:ラトウィヂ王国から海を挟んだ西の隣国
→ 子供の頃、そして成人してからもチャールズの友人だったガートルード・トムソン
その子は満面の笑顔で真っ直ぐにこちらに走ってきた。エクシの方にではなく、俺の方へ。
本当にチェッシャー?
でもチェッシャー達はフォーリーに向かったんじゃ――なんて考えている俺の両手を取り、上下にブンブンと振り始める。
「ありがとうね! 私が今、こうしてここに居られるのも全部あなたのおかげなんだから!」
やっぱりチェッシャーなのか。
しかも出会った時よりも肌の露出度も上がっていて、少し短めのスカートからはみ出た尻尾はピンと立ち、小刻みに震えている。
この尻尾の感情が分からない。
犬しか飼ったことないし、ハッタはコーギーだったから尻尾も切られていたし。
「あ、うん」
曖昧な返事で濁すと、チェッシャーは俺の手を自分の胸元へと抱き込もうとする。
柔らかいし、チェッシャーの顔が近いし、いい匂いまでするし、この場合どういう態度が良いんだっけ。
思考速度が少し落ちている気がする。
「わざわざ来てくれたの、ほんと嬉しい! たくさんおもてなしするからねっ!」
「おいっ! ちょっと待てお前っ!」
エクシがチェッシャーの肩をぐいっとつかんで自身の方へ向かせる。
あれだけにぎやかだった周囲がしんと静まり返る。
俺たちが一斉に注目を浴びる中、チェッシャーは俺の手から片手だけ放し、エクシの手を払い除けた。
「ごめんなさい。私、物覚え悪くて……以前、お世話になったお客様でした?」
「あ、ああ……」
エクシの頬が紅潮する。
「お前がっ! 今までで最高ですと泣いてよがったお客様だっ!」
チェッシャーは少し困った顔で俺の方をちらりと見てから口を開きかけるが、何かを言いよどんでいるっぽい。
「早く終わってくれる客は最高だよっ!」
周囲のどこからか野次が飛ぶ。
クスクス笑いが広がる。
「小さすぎて覚えてないって!」
また別の場所から野次が飛び、今度はどっと笑いが起こる。
「てめえらっ! 穴風情が客に向かってなんて言い草だっ! これだから半返りは」
エクシはその怒りで拳を作り、チェッシャーの顔に向けて振りかぶる。
俺は慌ててチェッシャーの手を引き、代わりにエクシとの間に割って入った。
「エクシっ!」
エクシは俺をぐっと睨み、俺の顔の前に拳をゆっくりと突き出してから手を開く。
「呼び捨てかよ……随分偉くなったんだな、リテルさんよぉ」
エクシはペッと唾を路上へと吐き捨てた。
「恥かかせやがって……覚えてろよ。皆には調子に乗ったお前が娼婦の下の口に聞いて回ってるって伝えておいてやるからな」
悪役っぽいセリフを吐き捨てつつ踵を返したエクシ――その前に大きな影が二つ、立ちふさがった。
河馬種の半返りと、象種《ガネーシャッ》。
二人とも男で、袖のないシャツを着て、股間には革製のプロテクターのようなものを着けている。
「あんた、ここがそういう通りだってわかった上で何度も来てんだろ? お得意さんよぉ」
耳の大きな象種《ガネーシャッ》がドスのきいた声を出す。
「いや、金も払わず売り物けなす奴ぁ客とは呼ばれんよ」
河馬種が片手でぎゅっと握りこぶしを作り、もう片方の手で包み込む。
ボキボキと骨の鳴る音――あれは威嚇。エクシもガキの頃、よくやってたよな。
「あれ、用心棒さん」
チェッシャーが俺にこっそり耳打ちする。
というかエクシ、口では昔からあれだけ半返りをバカにしておきながら、常連なのかよ。
「安い挑発だな」
うっわ。エクシ、お前の方こそ挑発しないでくれよ。
「エクシさん! こっち来てぇ! ね。アタシが気持ちよくなるよう頑張るからさぁ……ねっ! 気持ちもおさめておくれよぉ」
群衆をかき分けてやってきた犬種の半返りの女性が、エクシの腕に突然しがみついた。
タレ目の不幸そうな美人。
エクシは用心棒さんたちを睨みつけながらも女性に連れられるまま横道へと消えた。
それを見届けた用心棒さんたちも人混みへと紛れて見えなくなる――というかその人混みに、いつの間にか俺とチェッシャーは取り囲まれているんだけど。
「お兄さん、かっこいいじゃないか! 惚れたよ! うちで遊んでいかないかい?」
「私は下の口のおしゃべり上手だよっ!」
「うちは割引してあげるよっ!」
「ねぇ、こっちはどうよ? その子より絶対にいい思いさせてあげるから!」
露出が多くゆったりとしたワンピースを着た女性たちが、衣服を自ら引っ張り胸元や脚を見せつけて口々に俺を誘う。
元の世界の利照だったなら赤くなって、ただただこの勢いに圧倒されていただろう。
でも今の俺は違う。
幾度となく遭遇した破廉恥な接触と目撃の数々が俺の心を鍛えあげたんだ。
だから気付けた。
今がチャンスなのだということに。
「あの、すみません。実は人を探しているのですが……」
一瞬、静まりかえる。
「えー? お探しの人は、このチェッシャーちゃんじゃないの?」
チェッシャーが俺の腕を抱き込み、胸を押し付け、顔を覗き込んでくる。
明らかに当てているってやつだ。
心の中でマドハトの変な歌を思い出し、冷静さを取り戻す。
「チェッシャー、わかってほしい。大事な用事で人を探している。俺の仕事なんだ」
「しょうがないなぁ。じゃあ、どんな人か特徴言ってみてよ」
「四人組で、兎種が一人、猫種の先祖返りが一人、猿種が二人。傭兵やっているからいい体している。で、その兎種がかなりのおっぱい好きで……という聞き込みをしていたら、宵闇通りのフラマさんを訪ねろって言われて……」
チェッシャーが見るからにがっかりする。
「私を訪ねてきてくれたわけじゃないんだ……」
「あ、いや、ほら、チェッシャーはまだアイシスへは戻ってないと思ってたから」
「そうねー。定期便、何日か止まっていたものね。でも盗賊団が捕まったって連絡が来て、翌日にはもう再開したんだよ」
そういやクー・シーとクリップに襲われた公共夜営地で出会った定期便に乗ってた人たちは、フォーリーからの便が到着したとか言っていたっけ。
名無し森砦で無駄に待たされていた間に抜かされたのか。
「確かにおっぱいならここいらじゃフラマが一番だ。それにそういう四人組、見た気がするなぁ」
おお! 俺たちを取り囲む人々の中から頼もしい答えが!
ようやくラビツの影をとらえられたのか。
聞き込み、捨てたもんじゃないな。
「でもフラマはこの時間なら客と一緒だから明日の朝までは会えないよ」
「ねぇねぇ、どうせ待つならベッドの上で一緒に待たない?」
「あたしと一緒はオススメしない。フラマのことなんて忘れちゃうと思うから」
お姉さん方、商魂たくましい。
「いえ、情報は感謝しますが、待たせている仲間も居ますし」
「えー? 帰ろうとしてる? ちょっとくらいお礼させてよー」
チェッシャーが横でむくれる。
するとお姉さん方が、面白がって余計に口説いてくる。
結局、一番マシで面倒くさくなさそうな脱出方法としてチェッシャーについて行くという選択をした。
幾つかの路地を曲がり、時には建物の中を通り抜け、小さな部屋へと行き着いた。
そこにはチェッシャーによく似てとても美人の――だけどかなりやつれた猫種の女性がベッドに横たわっていた。
「この人! 定期便が襲われたとき、私たちを助けてくれた人! 多分、リテルさん!」
チェッシャーが手伝って女性に半身を起こさせる。
「こんな状態のままでのご挨拶を許してくださいね。初めまして。私はグリニー。チェッシャーの姉です」
クソエクシのせいで名前もさらされちゃったわけか。
こうなったら変に偽名を使うと余計に怪しいよな。
それにチェッシャーになら、名乗っても大丈夫かな?
「初めまして。俺はリテルと言います。チェッシャーとは街道で偶然出会って」
「本当にありがとうございます。リテルさまのおかげで、私も妹も命をつなぐことができました」
チェッシャー、ちゃんと薬をゲットできたのか。良かった良かった。
「僕からも礼を言わせてもらうよ」
背後から声がして、慌てて振り返ると人が居た。
猫種の痩せた男性で、やけに目がギョロギョロしていて、年齢的にはかなり上。チェッシャーのお父さんとか?
ただ問題はそこじゃない。
この人、寿命の渦が見えないのだ。だから気づけなかったのだけれど。
「怖い顔をしないでくれたまえ。僕に敵意はない。君は『魔力感知』か『気配感知』を使えるのだろう。普段から感知を常に使用している人は、そうやって感知で感じられない人に出会うと驚くものだよ」
おっしゃる通りだった。
自分の未熟さを痛感する。
「……申し遅れたが、僕はクラーリン。グリニーに惚れている一介の魔術師だ。金策のためにアイシスを離れていたのだが、戻ってくるのが予定より遅れてしまってね……本当に感謝している」
お姉さんに惚れているということは、お父さんではないっぽい?
そして魔術師ということは、チェッシャーに魔法を教えたのはこの人か。
「俺は……まだ魔術師見習いです」
「見習いか! なるほどなるほど。だから色々と素直なのだな」
素直?
もしかして、魔術師と名乗られて魔術師見習いだと答えたあたり?
それ以外にも俺は何かやらかしている?
「ああ、警戒しないでくれたまえ。僕からもお礼がしたいと思ってね」
クラーリンさんは笑顔を浮かべるが、目がギョロっとしているせいか悪巧みしているようにしか見えない。
素直と言われたからじゃないが、信用して良いのだろうか。
ここはアウェイだし、こちらは味方の一人もいない。
「君は偽装の渦が上手にできているのかな? ただそれにしては思考や感情が表情に出過ぎている。もしもそれらをわざと見せているのだとしたら、偽装の渦にも感情の揺れを反映してあげないと逆に違和感が際立って警戒されてしまうよ」
「ありがとうございます」
これもおっしゃる通り。
『魔力感知』で感知する方にばっかり意識がいっていて、感知される側としての練習は今ひとつだったかもしれない。
魔法や戦闘の脳内復習にばかり夢中になっていたから。
「偽装の渦で感情や思考を見せないようにするのなら、表情や体の反応にも気をつけるべきだよ。平静を保つのが難しいのであれば、あえて偽物の表情を作るのも手だよ。笑顔とかね」
クラーリンさんは、不気味な笑顔を見せる。目だけ笑っていない笑顔――次の瞬間、一歩踏み込んできた。
とっさに下がろうとして小さなテーブルに腰をぶつけてしまった。
「ああ、すまない。でもそういうことなんだ。このような流れで僕が笑顔を作ったら何か仕掛けてくるだろうと君は読んだ。で、実際に仕掛けてみたらどうだ。君は僕の動きに合わせて動こうとした。だから僕は君をテーブルへと誘導できた。僕だったらこう考える。仕掛けに合わせて動くのではなく、何をすべきか決めておいて、仕掛けに応じてそれを選択する。優先順位を先に決めておくといざというときに迷わないし、わずかとはいえ反応時間を短縮できるし、相手に乗せられないで済む」
言われていることは理解できる。
ただそれを実際の行動に組み込むには相当な訓練が必要そうなこと。それでもできるようになれたら――ならなきゃ、だよな。
「ありがとうございます。心がけてみたいと思います」
「君にはちゃんと師匠がいるようだからあまり口を出すつもりはないがね、一つ覚えていてほしい。可能性は無限だ。しかし重要なことは案外少ない。いつも無限に対応し続けていればすぐに疲弊する。優先順位は未来の自分を助けるための準備だよ」
「勉強になります。教えていただき感謝しま」
言葉を途中で止めてしまったのは、クラーリンさんが急に一輪の花を取り出したから。
手品?
消費命の集中は全く感じなかった。
偽装の渦ができるのだから偽装消費命もできるのだろうけど。
「今のは『新たなる生』という魔法だよ。君へのお礼として教えようとしているんだが、どうだい? 受け取ってくれるかい?」
グリニーさんではなく、俺に向かって差し出された花を受け取ろうとした瞬間、花はフッと消える。
花の寿命の渦も一緒に、だ。
やはり魔法だったのか?
いやでも花にはリアルさがあった。寿命の渦もちゃんと――まさか。
その「まさか」を隠すために今はほんのり笑顔を作ってみた。
修学旅行で広隆寺の弥勒菩薩に学んだアルカイックスマイルってやつだ。
「魔法の正体に気付いたようだね?」
「偽装の渦を本来の寿命の渦と同じ形に整えて、魔法で作った幻覚に添えた、ということですか?」
「ああ、素晴らしい! さすが『死んだふり』を見破っただけあるね。ほぼ正解だけどね、偽装した寿命の渦も魔法に組み込んでおくのだよ。魔術のように。これには平素からの訓練が必要になるがね」
なるほど。『新たなる生』自体は懐が広いものとして作っておいて、それに特定の寿命の渦を組み合わせたものをまるで別の魔法であるように準備しておくことで、消費命の集中にかかる時間を縮めるという感じか。
これはすごい。ありがたい。
とても有益な思考を幾つも教えていただいた。
「ではもう一度発動するので、お手を拝借」
クラーリンさんが差し出した手に俺が触れると、横からチェッシャーも手を出してきてクラーリンさんの手へと触れた。
今度はクラーリンさんの消費命の集中を感じる――これ、わざとゆっくり丁寧に集中してくれているのかな。
『新たなる生』の思考が理解できる。
自分が寿命の渦を知っている生物について、幻影とその寿命の渦とを作り出す魔法。
幻影を作り出すには形をよく把握しておく必要がある。
幻影は寿命の渦を持つ者に触れられてしまうと消えてしまうし、幻影自体を動かすことはできない。
そして幻影を作るという点についても大きな学びがあった。
本当になくてもいい。あるような気がした、その程度でいい。錯覚を起こさせる、というのに近い思考。
なるほどなぁ。
「例えば自分の幻影を作る場合、自分では背中など把握できない部分もあるだろう。そういう場合は服を着せてしまえば違和感は消せる」
クラーリンさんの思考の一つ一つが勉強になる。
「本当に……ありがとうございます!」
「お姉ちゃんの大好きな花! 私も使ってみる!」
チェッシャーがそう言った直後、消費命を解くのを感じた。
ちょっと待て。チェッシャーはいつ消費命を集中していた? しかも偽装消費命で?
「こうかな? 『新たなる生』!」
チェッシャーが一輪の花を手の中に作り出す。
いやそれはいいんだ。今、何かが引っかかった。見逃してはいけない何か。
「わっ、できた」
チェッシャーは――思考が思考を飛び越える。
ピンと来た、というやつ。
俺は消費命を集中する。『新たなる生』のための。そして――そこで止めた。
「すごいな、君は」
クラーリンさんが笑った。
さっきみたいな目だけ笑っていない笑顔じゃなく、自然な笑顔。
「君は筋がいい。僕の兄弟子達は誰一人気づけなかったのに、こんな短時間でそこまで気付けるだなんて」
やっぱり。
これでいいのか。
こんな単純なことで――この世界では、「コロンブスの卵」ってどう表現するのだろう。いやそんなことどうでもいいか。見つけたのだ。
「……ここで、止めたまま、喋るのは……慣れるまで、かかり、そうです」
「恐らくだが、君ならすぐだよ」
「私が最初に教えてもらったとき、喋るなんてできなかったんだよっ!」
チェッシャーが俺の腕にしがみつく。
腕に胸を押し付けられても俺は動揺せずに、こらえる――ああ、キツイな。この方法はずっと息を止めているみたいなもんだから。
でもチェッシャーはさっきできていた。
考えろ。
これに慣れたのか、それとも別のやり方なのか。
俺はこれに慣れられるのか、それとも――思考を止めるな。
チェッシャーが解放した消費命は『新たなる生』よりも大きな魔法代償に対するものだった。
ということは、これより大きな消費命をずっと発動直前で止めていたことになる。
息を止めるみたいなこの方法じゃ続かない。
常に周囲に向けて発揮し続けている『魔力感知』みたいに。
唐突に、左手の外側でポーがもぞりと動いた。
ヒントをくれたのかな?
だとしたら。
ポーにあげるみたいに――消費命を貯めたまま、切り離してみた。消費命自体は維持したままで。
「すごいな。想像以上だ」
クラーリンさんは目をさらにギョロギョロさせて、また笑った。
「チェッシャーに教えたのは、『魔法貯蓄』という魔法だよ。消費命を維持できても会話できなかったら客に怪しまれるからね」
「え? リテルってば今の魔法じゃなくて自力でやったの? すごいすごい!」
またチェッシャーが抱きついてくる。
これは彼女なりの表現なのだろうけれど、ケティやルブルムやレムに対する罪悪感が半端ない。
そして今、クラーリンさんは「客に」って言ったよね。
客に魔法をかけた、ということは例の――なんだっけかな。魅了っぽいことする魔法?
「あっ、さっきのお客のこと気にしているの? リテルにはきかなかったけど、あのお客には簡単にきいたよ。『愛しの夢見』。あのお客が勝手にあいつ自身の欲望を夢に見ただけだから、私は内容知らないんだ。お姉ちゃんがね、好きじゃない人と無理にすることないんだよって言ってくれたから……だから私、まだだよ。リテルが私を抱いたら初めてになるんだよ?」
ホッとする自分が情けない。
いやいやこれは、チェッシャーがクソエクシに酷い目に合わされていたんじゃなくて良かったっていう安堵のね――誰に言い訳しているんだ俺は。
そのときチェッシャーがどさくさ紛れに俺にキスしようとしてきた――のを、止める。
悲しそうな表情のチェッシャーを見て、ケティが似たような表情していたのを思い出す。
「そっか……私みたいな半返りじゃ嫌だよね?」
「いっ、嫌じゃないよ。チェッシャーはとっても可愛いし……ただ、先に約束した人がいるんだ」
「私は何番目でもいいよ。自分でも稼げるよ?」
そういう問題ではないのだけれど、価値観の違いはどうしようもないし、そもそもこれはリテルの体だし。
どう伝えたら良いのだろうか。
「私、こんな気持になったの初めてなんだ……あきらめ悪くてごめんね?」
謝られるとこちらの方が申し訳なく感じてしまう。
でも。無言でいて良いことなんてない気もするし。
「俺は確かにチェッシャーのことを助けたよ……でもそこまで好かれるほどのことをしたのかなって……」
「助けてくれたから好きになったわけじゃないよ。リテルは笑顔が優しいの。私をモノじゃなく人として見てくれる。お姉ちゃんやクラーリンさんが私に微笑みかけてくれるときと同じ柔らかい笑顔なの。そんな人、今まで見たことなかった。でもね、初めて見たから好きになったわけじゃないよ? リテルの考え方がね、とっても好き。リテルはさ、体の結びつきの前に心の結びつきを大事にする性格でしょ。それって私の周りじゃそうとう珍しいよ。でも、だからこそ、結ばれたいって思うんだ。そういう人となら、貧乏とか病気とかどんな酷い状況になっても、一緒に乗り越えていけそうだし。それにリテルってとっても居心地がいいの。私ね、一度だけ綿のお布団に座らせてもらったことあるんだけど、あのくらい気持ち良かった。それに魔法もすごいし、そういうところも尊敬できる。あとね、照れたときの表情が可愛いの!」
「チェッシャー、困らせちゃだめよ」
グリニーさんが優しい声でチェッシャーをなだめてくれる。
確かに俺は今、猛烈に困っている。
正直、嬉しくてたまらない。
リテルとは関係ない部分を、内面を、つまり俺を、こんなどストレートに、早口でたたみかけられるくらい好きでいてくれて。
しかもこんな可愛い子に。エロく迫られるよりもよっぽど心に響く。
リテルとしては安易に受け止めるわけにはいかないけれど、紳士としては真面目に答えないといけない気がする。
「チェッシャー。ありがとう。チェッシャーの言葉も気持ちも、本当に嬉しい。こんなことを言ってもらえるなんて、とっても光栄に思う。だけど」
「じゃあ……じゃあさ! 私がフラマさんのとこへ案内してあげる!」
チェッシャーが俺の返事を遮った。
続けた方がいいのか一瞬迷ったら、チェッシャーの方が先に続きを話し始めた。
「フラマさんは売れっ子だから初めてのお客が正面から乗り込んでも何日も待たされるよ? ジャックだってずっとお預けくらって」
「チェッシャー! ジャック様を呼び捨てはだめよ」
「はーい」
ジャック様?
フラマという娼婦に入れ込んでいるお偉いさんでもいるのかな?
「わかった。じゃあ、明日の朝は頼むよ」
「うん。特別料金で!」
特別料金について尋ねる間もなくチェッシャーが俺の両耳をつまんだ。
これはもしかして、と思いはした。
ただ、拒んだら、フラマへの道が閉ざされるかも、なんて思ってしまった――というのは言い訳なんだろうな。
チェッシャーの唇が俺の唇へと重なった。
すぐに離れて、再び触れる。
柔らかい軽いキスが何度か繰り返されるうちに、チェッシャーの両腕は俺の耳から離れ、俺の首へと回される。
チェッシャーの唇の触れる速度が次第に優しさへと置き換わる。
ぎこちなく舌が絡みついてくる。
舌と舌とが触れて、唇同士が深いハグをする。
意識が口唇に集中する。
だから、俺がチェッシャーの頭を撫でていたのは無意識だった。
チェッシャーは少し顔を離して俺の顔を眺めて、にっこり笑って、それから幾度となく俺の下唇を甘噛みした。
これ、チェッシャーのキスの癖なのかも、なんてちょっと冷静になったとき、俺たちを温かい目で見つめるグリニーさんとクラーリンさんとに気付いて、物凄く恥ずかしい気持ちになる。
そんな俺にチェッシャーも気付いたようで、もう一度ぎゅっと抱きしめられてから、ようやく解放された。
「先払いでいただいちゃった!」
「あのね、チェッシャー」
「いいよ、今は。大事なお仕事があるんでしょ。返事はそれが終わってからで。私はこういうところで育った。初めてだってことも、私の言葉も、信じてもらえないのが普通。無理やり押し付けるみたいに言ったけど、それを聞いてくれたってだけでも嬉しいんだ。伝えておきたかったんだ。リテルは可愛い子たちと一緒に仕事をしていて私のことなんて目に入らないかもしれないから、こんな風に想っている私が居るよってことを」
「わかった。チェッシャーの言ったことは全部信じている。ちゃんと真面目に考えて答えるよ」
そこで話は終わり、俺はいったん宿に帰ることにした。
明日の夜明け、一日税の発表がなされる告知広場で待ち合わせる約束をして、俺は宵闇通りを後にした。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシあんちゃん
絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種。
現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。
・クッサンドラ
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・チェッシャー
姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。
猫種の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。
・グリニー
チェッシャーの姉。猫種。美人だが病気でやつれている。
・クラーリン
グリニーに惚れている魔術師。猫種。目がギョロついているおじさん。
チェッシャーに魔法を教えた人。リテルにも魔術師としての心構えや魔法を教えてくれた。
・フラマ
おっぱいで有名な娼婦。ラビツへの手がかりとなりそう。
・タレ目の不幸そうな美人娼婦
犬種の半返りの女性。エクシを何度も客として取っていたっぽい雰囲気。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・クー・シー
元々は異世界の獣。暗めの緑色の体毛は長いうえにモジャモジャ。長い尻尾はぐるぐると巻いて背中に乗せている。
四本の足は太く、牛くらいの大きさがある。妖精に飼われていることも多く、牛をさらったりもする。とにかく乳製品好き。
・クリップ
元々は異世界の住人。赤ら顔の人型生物。妖精丘に住み、ゴブリンよりは文化的な生活を営む。
武器として用いる石の鏃に、麻痺や記憶封じの魔法を付与して攻撃してくる。
■ はみ出しコラム【ネーミングの由来 その一】
以前、カエルレウム、ルブルム、アルブムについてはその名前の由来を軽く説明したが、他にもルイス・キャロル関連の事柄より着想した名前というのはたくさんある。
今回はそんなネーミングの数々について、ルイス・キャロル関連のリアルな人物名や地名などから頂戴したものについて記載する。
・リテル/有主 利照
→ アリスのモデルとなったアリス・リデルより
・チャルズ紫爵:名無し森砦へダイクの後任として派遣された人
・ラトウィヂ王国
・リテルの双子の弟ドッヂと妹ソン
→ ルイス・キャロルの本名「チャールズ・ラトウィッヂ・ドジソン」より
・ラトウィヂ王国の王都キャンロル
→ ペンネーム「ルイス・キャロル」より
・クスフォード虹爵領
・ライストチャーチ白爵領
→ チャールズが父同様に進学したのがオックスフォード大学のクライスト・チャーチ・カレッジ
・ウォーリント王国:内乱の多い国。アールヴの隠れ里がある。ヨクシャ王国のさらに南
・ダズベリン村:ストウ村から南の山を越えたところにある村
→ チャールズ出生の地がウォーリントンダーズベリ
・ヨクシャ王国:ラトウィヂ王国の南側の隣国。王都はクロッフ。ダズベリン村がある
→ チャールズが11歳の時に、父はヨークシャー州クロフトに転任し、引っ越した
・リチ紅爵領:ラトウィヂ王国内の西側にある。領都はモンドー
→ チャールズは12歳の時に、リッチモンドの小さな私立学校に入学
・ラーグビ王国:ラトウィヂ王国の北側の隣国
→ チャールズは1845年にラグビー校に転校
・沢地 怜慈奈:利照の弟目当てに利照へと近づいてきた女
→ チャールズのオックスフォードの学友であるレジナルド・サウジー。写真撮影が趣味となるきっかけを作った。
・エクシ
・アーレ:クッサンドラの兄でキッチの夫。本編では未登場
・クッサンドラ
・キッチ:エクシの姉。アーレに嫁いだ。本編では未登場
・アレグ:ストウ村の現在の王監さん
・ザンダ:ストウ村の現在の領監さん
→ チャールズのお気に入りの被写体であったクシー(Xie)ことアレクサンドラ・キッチン
・ゴド村
・ストウ村
・ニュナム:ライストチャーチ白爵領の領都
→ チャールズがリデル三姉妹を連れてボート遊びをしていた場所としてゴッドストゥやニューナムが挙げられている
・アイシス
→ アイシス川へのピクニック中にアリス・リデルに対し、口頭で語ったのが『不思議の国のアリス』の原形
・ビンスン兄ちゃん
・ダクワス:ストウ村に何度か赴任したことがある領監さん。ディナ先輩へストウ村の情報を流していたっぽい
→ アイシス川へのピクニックに同行した友人ロビンソン・ダックワース
・幕道 丈侍
→ チャールズが『アリス』の原稿を出版社に送る決心をしたのは、幻想作家ジョージ・マクドナルドとその娘が熱心に勧めたから
・マクミラ師匠
・ネーチャ:マクミラの妻
→ 『不思議の国のアリス』を公刊したのがマクミラン社。このマクミラン社は科学雑誌『ネイチャー』も刊行
・ジョニ:テニールの妻
・テニール兄貴
→ 『不思議の国のアリス』の挿絵を手掛けたジョン・テニエル
・ギルフォルド王国:かつてのギルフォルド王国最南の町がギルフォド
→ チャールズの死亡した地がギルフォード
・クラーリン
→ ギルフォード近郊にあり、イギリス最大の村とも称されるクランリー。ここにある聖ニコライ聖堂に、猫の頭をかたどったガーゴイルがあり、チェシャ猫が生まれるインスピレーションのもとになったとも言われている
・ガトールド王国、首都トムンソ:ラトウィヂ王国から海を挟んだ西の隣国
→ 子供の頃、そして成人してからもチャールズの友人だったガートルード・トムソン
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