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#66 初心
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夜襲と聞いて飛び起き――ようとして失敗する。
俺の右側半分はルブルムに、脚の上にはマドハトに、左腕はレムにがっちり抑え込まれていて。
「マドハト、降りて! ルブルム、レム! 起きて!」
なんとか動かせる肩をバタつかせて三人を振りほどき、ようやく俺は自由を取り戻す。
着けたまま寝ていた革ベルトに付属の鞘へ足元の手斧を収め、矢筒と弓とを持って馬車の外へ飛び出すと、柵の外側でメリアンがちょうど両手で小剣を振り回しているのが見えた。
その周りは何か小さな影が飛び回っている。
なんだ? 人の形のようだけど、大きさは二クビトゥムほどしかない。
「き、気をつけたまえっ」
少し離れた場所からロッキンさんの声も聞こえる。メリアンよりももっと街道寄り。
どうやらエクシの振り回す槍の穂先がロッキンさんの剣とぶつかったようだ。
薄暗いというのもあるが、二人がそれぞれ相手している奴がすばしこく動き回り、それに翻弄されている感じもある――二人が戦っているのは二匹のクー・シーだ。
もしかして昼間のやつの仲間か?
そしてそんな二人とメリアンとのちょうど真ん中あたりで、クッサンドラが灯り箱を掲げつつ、両方の戦局を見守っている。
空には少し欠けた双子月が輝いているとはいえ、あの距離ではどちらにも灯りが届いていないだろう。
「マドハトは灯り箱を出してメリアンの周囲を照らせ。メリアンに絡んでいる方は数が多い。ルブルムとレムはメリアンに協力して」
俺は矢筒から一本の矢を取り出し、弓へと軽くつがえたままクー・シーの方へと近づく。
「クッサンドラ! メリアンの方の灯りはマドハトに頼んだ!」
「わかった!」
クッサンドラも剣を抜き、クー・シー側へ。
乱戦気味とはいえ、こちらの人数も少ないし、クー・シーは牛ぐらい大きい魔物。
弓を使えないこともないだろう。
『魔力感知』の感度を強めて、クー・シーとエクシ、ロッキンさんとクッサンドラの五体だけに集中感知する。
これはメリアンに習った方法。
メリアンのような熟練の戦士は、魔術師が『魔力感知』を使うように『気配感知』を使う。
メリアン曰く、感知には二つの方法がある。
浅く広く周囲を探る拡散感知と、狭く一定の相手だけに注目した集中感知との。
前者は今まで俺たちが普通に使っていた『魔力感知』の方法で、後者はごくごく一部の相手にだけ感知の範囲を狭めることで、より詳細に相手の動きをとらえるというもの。
以前、『魔力感知』に感情が現れることを学んだが、集中感知モードで見ると、肉体より先に気持ちの動く先触れみたいなものが『魔力感知』でも読み取ることができる。
もちろん、偽装の渦で本来の寿命の渦を隠されていたら読み取ることはできないが、それでもそれとなくメリアンに確かめた感じ偽装の渦なんて技術を使える者は滅多に居なさげっぽい。
鏃に『発火』を『接触発動』して、皆の動きを注視する。
ロッキンさんもクッサンドラも、エクシの槍の巻き添えを避けているのか、エクシにあまり近づかない。
集中感知の対象を特にエクシとエクシが戦うクー・シーだけに強く絞り込み、動きを予測する――位置取りをしばらく見た後で、エクシの体がクー・シーの向こう側に隠れた瞬間を見計らって射った。
矢はクー・シーのモジャモジャした背中にうまく刺さり、というか絡まった。
すぐに発火する。
しかしすごいな――思った通りの場所へ矢を射ることができるリテルの技術は。
慌てるクー・シー。
エクシはその隙を逃さず、クー・シーの喉付近に鋭い一撃を入れる。
続けて剣を抜いてクー・シーの横腹へ深く突き刺した。
恐らく心臓を狙っているのだろう。
性格はアレだけど腕は確かなんだよな、エクシ。
随分と自身を鍛え上げたんだなと心の中でほめかけたとき、エクシの怒声。
「くそリテルっ! 火を使うなら先に言えよなっ!」
「ごめんっ!」
とは謝りつつ、俺の存在をクー・シーが意識していなかったからこそ射れたんだけど、という言葉を呑み込む。
このへんは後で連携手段を考えておくとして、今のやり取りでもう一匹のクー・シーにも警戒されてしまっただろう。
それならもう開き直って、俺は二本めの『発火』『接触発動』の矢をつがえて用意する。
「二射目っ! 準備したっ!」
声をあげ、『魔力感知』の集中感知を二匹めのクー・シーを中心に絞り込む。
ロッキンさんとクッサンドラが二匹めの方のクー・シーをこちらへと追い立てようとするのがわかる。
クー・シーの意識も俺の方へ向いている。
その隙をエクシが見逃さなかった。
文字通り横槍を入れる。
クー・シーの寿命の渦が乱れるのが見える。動揺しているのだろう。
あとは三人で大丈夫だろう。
俺は発射しなかった二射めを弓につがえたまま、今度はメリアンたちの方へと駆け出した――ん?
レムがぼーっと立っていた。
なんかふらついているようでもある。
うわ、俺に襲いかかってきた!
「レム!」
後退ると、それ以上は追ってこない。
なんか様子がおかしい。
「やつらの攻撃を食らうな!」
そう叫んだメリアンの戦闘スタイルがいつもより防御寄りに見える。
メリアンの足元には寿命の渦がもはや消えかけた襲撃者が二体ほど転がっているが、そこからさらに奥の暗闇の中から、何本もの矢が飛んできている。
魔力で恐らく素早さを上げているだろうルブルムも飛んでくる矢を小剣でいなしてはいるものの、月明かりだけでは心許ない明るさの下では近づくに近づけないといった様子。
敵さんの矢はかなり正確で、マドハトの持っていた灯り箱も壊されているようだ。
地面に伏せて震えているマドハトを責めるわけにはいくまい。
これは飛び道具で援護しなきゃだな。
『魔力感知』でメリアンたちを狙う射手に集中感知して――動きを予測して、射る。
ヒットした。
さっきセットした『発火』が大きく燃え上がり、あちらさんの動揺を感じる。
この隙を逃すわけにはいかないと第三射、第四射と連続で射る。
これは魔法を使わずスピード重視で。
第三射はヒット、第四射は避けられた。
だが、おかげであちらの矢による攻撃が少し収まった。
即座にメリアンとルブルムが動くのを感じる。
その到着前にと、第五射で牽制する。
あちらさん、マドハト同様に地面に伏せたようだが、そうなりゃあの二人の敵じゃないだろう。
今の間にレムへ近づく――と、小剣を振られる。
何かおかしい。
ぼんやりしている感はあるが、まさか敵に操られて?
もう少し近づいて、せめて触れさえできれば『テレパシー』で話しかけてみる作戦も使えそうだが。
(フレルノカ?)
ポー?
手伝ってくれるのか?
助かる!
ポーが俺の手から伸びてゆくのがわかる。
俺は『テレパシー』分の消費命を集中して、ポーの伸びた先端へと運ぶ。
(フレタ)
『テレパシー』を発動する――うまくいったっぽい。
すぐさまレムの心のポートへと触れた。
(レム! 聞こえるか?)
(……)
反応が悪い――ん?
なんか、レムの心に膜が張っているような感覚。
これ取り除けるのか?
その膜に触れた途端、気持ち悪い感触。
なんというか意識にまとわりついてくるような。
どうにかして消したいな、これ。
(ツツム)
ポーの意識が黒い光球として『テレパシー』のイメージ空間の中に現れる。
そして形を変え、その膜のようなものを包み込む――というか、吸い込む感じで。
(ジュソ)
呪詛?
(キオク、フウジル)
メリアンが気をつけろといっていた矢の攻撃、あれに呪詛を付与していたのか?
というかポーはその呪詛を包んで大丈夫なのか?
無理してないか?
(ヘイキ)
ポーの意識が流れ込んでくる。
どうやら『テレパシー』を使っているのを見て真似した、みたいなイメージが伝わってくる――呪詛の、効果が精神だけを対象にしているからポーは触れることができる、けど、呪詛自体が肉体への接触を起点に発動しているため、肉体を持たないポーには影響がない、みたいな感じか。
そうなのか。
ありがとう、ポー。
でもレムから引き剥がした呪詛をそのままってわけにはいかないだろう?
あ、またポーの意識が伝わってきた。
『魔法付与』で捨てることができる、と。
再使用可能なのか?
あ、発動済なのはもう効果を発揮しない、と。
んで、そもそもこの旅の原因となった例の呪詛も肉体を対象とする呪詛だからポーには何もできない、と。
ご丁寧にありがとう。
よし。気を取り直して再びレムの意識へと触れる。
(レム! 聞こえるか?)
(……お兄ちゃん?)
(良かった。ようやく声が届いた)
(……私、何か、夢を見ていたような……)
(敵の使った矢に何やら呪詛が付与されていたみたいなんだ)
(わー、ありがとう! 助けてくれて……さすが! お兄ちゃんは頼りになるなぁ)
ポーのことは、ディナ先輩にも関係することなのでルブルムにしか言っていないため、ポーのお手柄をレムに伝えられないのが心苦しいが、無事に状態回復したみたいでとりあえずは良かった。
(いったん『テレパシー』は終了するよ)
(はーい! 大好きっ!)
レムはいつも真っ直ぐに「大好き」を伝えてくる。
嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、申し訳なくもあり。
ただ今はそんな気持ちに浸っている暇はない。
メリアンたちの所へと走る。
「恐らく、クリップ」
ちょうどルブルムが魔物の特定をしていた。
クッサンドラの持ってきた灯り箱で照らされた六体の小さな人型生物。
なるほど。この赤ら顔という特徴と、クー・シーと一緒にいる状況とを、カエルレウム師匠の書棚にあった移住者の報告をまとめた資料の知識と突き合わせた感じか。
「やつらの使っていた武器には素手で触るなよ。怪しげな魔法を付与していた可能性がある」
ルブルムが書物から得た知識なら、メリアンは経験から得た知識。
どちらも貴重な知識をありがたい。
「メリアンはクリップに遭遇したことあるのか?」
「あたしが直接じゃないけどね、妖精丘に住む小さな移住者の使う石の鏃には気をつけろって教えてくれた奴がいた。効果が二種類あって、麻痺するときと、自分が誰だかわからなくなるときとがあるって噂だよ。レムを魔法で治したってことは盗賊団の麻痺解除の魔法が効いたのか?」
「ああ、なんとかなった」
「麻痺の方で良かったな」
「ああ」
メリアンに嘘をつくのは申し訳ないが、エクシやクッサンドラ、ロッキンさんなんかも聞いているこの場でベラベラとしゃべるわけにはいかない。
「メリアン、旅の途中で遭遇した魔物は、普段どう処理している?」
察して話を変えてくれたのか、ルブルムがそう尋ねると、メリアンは離れた場所にあるクー・シーの死体を一瞥した。
「瘴気がない魔獣だったら毛皮を剥いで、毒のない肉だとわかっている場合は食うこともある。あまった分と、こちらの小さい方々……クリップだっけは丁重に埋葬ってとこかな。ただ、埋めるにしても共同夜営地の近辺ってのは魔物を寄せ付けてしまう恐れがあるから推奨しない」
埋葬という言葉を耳にしてからクリップたちの死体を眺めると、ラビツたちに殺されたゴブリンたちの死体と重なった。
クリップたちに止めを刺したのはメリアンやルブルムなわけだが、俺の射掛けた矢が刺さったままの死体もある。
あのときはラビツたちに対して「余計なことを」みたいな怒りさえ覚えたけれど、結局俺自身も同じことをしていることに気付いた。
しかもゴブリンはほぼ裸だったが、クリップは服を着ていることも罪悪感に拍車がかかる。
人型の魔物――コミュニケーションを取れる場合は魔人と呼ぶこともあるが、返り討ち以外の選択肢は本当になかったのだろうか。
トームを助けようとしたとき、俺はなんとかしようと方法を必死に探した。
それなのに、相手を魔物と切り分けたときは脳死で迷わず撃退みたいなゲーム感覚で。
そもそものきっかけのクー・シーは、この二頭のクー・シーよりももう少し小さかった。
イタズラ盛りの仔クー・シーがチーズ欲しさにやってきた――チーズをあげて平和的に戦闘を回避、そんな考えがどうして浮かばなかったのか。
そうしたら今夜だって襲撃されず時間も気力も体力も――魔法に使用した寿命だって無駄にすることはなかった。
クリップたちだって自分のとこのクー・シーを殺されたからその報復に来たわけで――クリップたちを地球での自分たちに、クー・シーをハッタに置き換えて考えてしまったらもうダメだった。
自分の行動に対して否定的な評価しか浮かんでこなくなってしまった。
マクミラ師匠はいつだって紳士的に振る舞えとリテルを諭していた。
俺はどうだ?
紳士だと、紳士を心がけているだなんて、言えるか?
「……あの、すみません」
定期便の護衛の人と、定期便に乗っていたお客らしき人が声をかけてきた。
「お疲れ様でした。守っていただきありがとうございます。それでですね……その死体を埋めるという話が耳に入ったのですが……」
「はい」
なぜかロッキンさんが答える。
「もしよろしければ、お譲りいただけないでしょうか。私、毛皮や布を中心に取り扱う商人でして。クー・シーの毛皮は貴族様の防寒具として有用なのですよ……」
なるほど。年中通して着る防具ではなく、寒い時だけ用いる防寒具として使用なら何の問題もないか。
ロッキンさんがルブルムに指示を仰ぐ。
さっきのは仕切ったわけじゃなく、護衛としての役割のために交渉の矢面に立ったということか。
今回の一連のことへの後悔が、自然と物事をネガティブにとらえさせていると気付く。
「構わない」
ルブルムがそう答えたあと、メリアンが付け加える。
「じゃあ、こちらの小さな方々を埋葬するのを手伝ってもらえるか?」
その後、魔法は使わず皆で土を掘り、クリップたちを埋めた。
共同夜営地を囲む柵に使われていた板で外れて倒れていた何枚かを使って。
毛皮を欲しがっていた商人は、魔石に格納されていた『生命回復』でクー・シーの傷を治療していた。
死んで間もなくならば傷が塞がることがあるし、少なくとも出血は止まるからと。
なるほど。それを学べただけでも得るものはあったと考えようか。
「すみません。こちらもご協力いただいて構わないでしょうか」
商人さんに頼まれて、牛ぐらいの大きさのクー・シーの死体を二体とも、なんとか定期便の馬車へと運び込んだ。
その後は、近くの水場へ手や靴を洗いに行き、武器の手入れをして、何やかんや後片付けをしている間に西の空が白み始めてしまった。
作業中は比較的無心でいられたが、それらが終わった途端、再びネガティブな感情がぶり返してくる。
クリップたちを埋めた場所に目印として立てた柵板をぼんやり眺める。
街道移動中に遭遇した魔物は、街に付いてから報告すると通行税が軽減されることが多いと教えてくれたメリアンが、その目印として板を立てるよう指示したのだ。
だが俺にはそれが墓標に見えた。
俺の判断次第では救えたかもしれない命の。
思わず手を合わせて拝んでしまう。
「ママとやり方違うんだね」
レムだった。
「私が教えてもらったのは、これ」
レムは自身の胸の上で十字を切る。
「教えてもらっていてなんだけど、あんまり意味がわかっていないんだけどね」
それはきっと、この世界には信仰がないから。
「神」という単語は存在する。ただし「創造神」という表現として。
神の名前は誰も知らない。
それにその「神」に対して感謝はするけれど、願いはしないし、助けも求めない。
魔法という超常的な力が存在するから、なのかもしれない。
日常の中で「神」が登場するのは、あとは一年の終わりの数日間を指す「安息週」の別名に「神の日々」という表現があるくらい。
「作法が違うのは、神様が違うからだよ」
「そうなんだ。へー」
レムは俺の真似をして手を合わせて頭を下げる。
レムのお母さんはイギリス人だから、ちゃんとキリスト教徒のはず。
クリスチャンではない俺とは「神」に対する気持ちもかなり違うんだろうな。
「ママもね、今のお兄ちゃんみたいな表情してたことあったよ。理由を聞いたらはぐらかされちゃったけど……でも、覚えておいて。お兄ちゃんの価値観とレムの価値観に違う部分があっても、同じ部分っていうのもあるんだってこと。その違うとこも同じとこもあるってことは、例えばレムと他のバータフラの皆とだってそうだし、多分お兄ちゃんとルブルムやケティとだってそうだろうし……何が言いたいかっていうと、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで大丈夫だよってこと」
思わず目頭が熱くなる。
異世界の価値観と、ホルトゥスの価値観との両方に触れ続けてきたレムならではの言葉に、単なる表面的な慰めではない深い何かを感じて――その深さが、これももしかして愛情なのかもと思ったとき、ルブルムが来た。
「リテル、準備できた」
その手には、商人さんからお礼にといただいた革袋がいくつか握らされている。
食糧に、上等な布、あとは金貨が三枚。
ちょっと多すぎやしないかとメリアンに相場を尋ねてみたところ、「貰いすぎってほどでもないから、貰ってきなよ」という返事が返ってきたため、俺たちは素直に謝礼を受け取り、馬車へと乗り込んだ。
共同夜営地を出てからアイシスまでの道のりは平和だった。
アイシスを治めるボートー紅爵領の私兵による見回り隊とすれ違ったのみで、盗賊や魔獣とは出遭うこともなく。
なぜ王都ではなくアイシスへと向かっているかというと、実は名無し森砦で情報を入手していたから。
ラビツたちがアイシスでのオススメ娼館を聞いていたという情報に、そこでのお楽しみに使うために定期便などは用いず徒歩で移動しているという情報を。
頭が痛い。
もしもラビツたちが娼館で娼婦を呪詛に感染させて、その娼婦たちがさらに別の客へと呪詛を感染させたら――やはり名無し森砦で王都からの使者を待たされていた日々が本当に悔やまれる。
悔やまれるといえば、俺はクー・シーたちとの一連の戦いについてもまだ自分を責め続けていた。
俺の様子を見かねたルブルムやレムが『テレパシー』でつながり、俺のことを慰めてくれたが、そうして慰められている自身にまた不甲斐なさを感じてしまい、そのこと自体にもまた――という負のスパイラル。
本当に情けない。
(利照、こないだ言っていた方法、試してみたよ)
いつまでも浮上しない俺を気遣ってくれたルブルムが、話題を変えてくれた。
自分自身に『テレパシー』を発動してみるって例の方法だ。
(『テレパシー』で自分に接続したあと、一つの魔法を最初に覚えたときの記憶に触れると、その魔法への理解が深まる)
いい加減、自分自身に腹立ちも覚え始めていた俺は、気分転換にと早速試してみることにした。
確かに、実際試してみると本当に、過去の自分の記憶をリアルに追体験しているように感じた。
教えてもらった魔法や、自分が構成した魔法について、何度も追体験を繰り返すことで、その魔法への理解が随分と深くなった気がした。
それだけじゃない。
メリアンとの模擬戦や、過去の射撃についても、とても良い出来だったときの記憶へアクセスすると、実際の動きまで良くなりそうな気までしてくる。
まあこちらについては後で本当に動けるか試してみないと効果のほどはわからないけれど。
ただ、この方法のおかげで、結果的に立ち直ることができた。
ディナ先輩からのお説教の記憶にもアクセスしたのだ。
俺がこうやって腑抜けている間に、もしも襲撃があって、ルブルムを守り損ねたら――そんなことにならないためにも初心に戻り、気持ちを強く持てるようになった。
気持ちが引き締まり、過去じゃなく未来を見ようという気持ちを、ようやく取り戻すことができた。
ルブルムとレムにも礼を言って、俺たちは『テレパシー』を用いた魔法の反復練習を行った。
記憶へアクセスしているだけなので消費命を消費せず、一回のテレパシーで相当回数の記憶アクセスが可能であったため、費用対効果としては抜群の方法だった。
そんな順調な旅ではあったが、アイシスの城壁も遠くに見え始めた夕暮れ前、馬車は突然停まった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシあんちゃん
絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種。
現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。
・クッサンドラ
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。現在はルブルムたちの護衛として同行している。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・クー・シー
元々は異世界の獣。暗めの緑色の体毛は長いうえにモジャモジャ。長い尻尾はぐるぐると巻いて背中に乗せている。
四本の足は太く、牛くらいの大きさがある。妖精に飼われていることも多く、牛をさらったりもする。とにかく乳製品好き。
・クリップ
元々は異世界の住人。赤ら顔の人型生物。妖精丘に住み、ゴブリンよりは文化的な生活を営む。
武器として用いる石の鏃に、麻痺や記憶封じの魔法を付与して攻撃してくる。
■ はみ出しコラム【始まりの物語】
魔物デザインの話をしばらく続けていたので、今回はこの物語自体のデザインについて書いてみる。
ここまで読んでくださった皆様は薄々勘付いていらっしゃるかと思いますが、主人公の名前「有主利照/リテル」の元ネタはアリス・リデルです。
はい。ルイス・キャロルが書いた名作『不思議の国のアリス』の主人公アリスのモデルとなった少女の名前ですね。
この物語を最初に組み立てたときのコンセプトは、「不思議じゃない国のアリス」でした。
「不思議じゃない国」とは、ご都合じゃなくリアルなルールの上に成り立つ世界。結果として構築されたのが、リアリティな設定を積み重ねてできた異世界となったわけです。
魔法からご都合な万能性を廃し、ゲーム的ではないコストを設定してみたのは、リアリティを持ったツールとしての魔法を描きたかったからです。
また、魔法と魔術の位置付けは各ファンタジーによって様々ですが、今回この物語においては、単体の命令を魔法、複数の魔法で構成されたものを魔術、と定めました。
この時点でピンと来ている方もいらっしゃるかもしれませんが、ワンアクションのコマンドを魔法、魔術はプログラム的な解釈です。
そういう前提で様々な魔法を準備していくと、筆者ものどから手が出るほどほしい四次元ポケット的な収納魔法は無理だということに気付きました。
決して「そこらのファンタジーでは当たり前の便利魔法を使う気なんてないんだからねっ!」という気持ちではなく、先にルールを決めてから魔法や魔術を用意していったため、この世界の魔法ルール上、出すわけにはいかなくなってしまった、という感じです。
当初は、巨大化したり、小さくなったり、涙で洪水起こしたり、みたいな魔法を用意しようかとも考えていたのですが、リアリティを大事にしていくと必然的に「不思議の国」で発生する時にはナンセンスなエピソードの再現は困難になっていきました。
まあ、二次創作として仕上げるつもりもなかったので『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』については、登場人物の名前などにエッセンスとして使用するに留める感じに落ち着きました。
※ 余談ですが、不思議の国のアリスのエピソードを重視したファンタジー系TRPGシナリオなら作ったことがあります。
ただまあ、二つのアリスの物語だけじゃ登場人物全員はまかなえないんですよね。
なので、ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン御本人の生い立ちや周囲に関わるリアル地名や人名なんかもエッセンス抽出対象になってますし、それでも足りなくなってあとはもうルイス・キャロルとは何の関係もないキャラ名とかも出てきちゃったりしています。
いいんです。縛っていたわけじゃないので。
※ 余談ですが、そんな「以外」のキャラ名は、例えばスノドロッフ村の何人かです。
イギリスが誇るあのビアトリクス・ポターの作品より、タビタ奥さん、子猫のトム、ミトン、そしてモペットちゃんがエントリーしています。猫だから。
そういや、アリスの物語からエッセンス抽出したものの、エッセンスの抽出し過ぎで元が何かわからなくなっているキャラクターもありますね。
例えば、カエルレウム師匠は、青いイモムシです。あの水ギセルふかしている奴ですね。caeruleum はラテン語で「青」を意味します。さすがにイモムシというキャラ名にはしたくなかったので、色だけ抽出した感じです。
ただこの作戦のおかげで、ルブルムとアルブムの名前もアリスの物語の中で特徴的な色、赤の女王の赤、白兎の白、という色だけ抽出という平仄の合わせ方に落ち着きました。
基本的には原作一キャラから一キャラ名抽出を原則として名付けていますが、中にはどうしても出したい名前もあり、赤の女王の「女王」部分だけ抽出したキャラが次回、登場します。
ルブルムに女王っけは一ミリもないですからね、女王っぽさを重視したキャラになっています。ただ残念なことに名前はクイーンではないですけれどね。夫と息子の名前から「ああ、こいつがクイーンだな」というのはわかるかと思います。
ということで今回のコラムはとりとめもなくこんな感じになりました。
もうそろそろコラムで何を書けばよいのか見失いかけてます。コラム内容のリクエストなどいただけたら、前向きに検討させていただきたいと思っています←
俺の右側半分はルブルムに、脚の上にはマドハトに、左腕はレムにがっちり抑え込まれていて。
「マドハト、降りて! ルブルム、レム! 起きて!」
なんとか動かせる肩をバタつかせて三人を振りほどき、ようやく俺は自由を取り戻す。
着けたまま寝ていた革ベルトに付属の鞘へ足元の手斧を収め、矢筒と弓とを持って馬車の外へ飛び出すと、柵の外側でメリアンがちょうど両手で小剣を振り回しているのが見えた。
その周りは何か小さな影が飛び回っている。
なんだ? 人の形のようだけど、大きさは二クビトゥムほどしかない。
「き、気をつけたまえっ」
少し離れた場所からロッキンさんの声も聞こえる。メリアンよりももっと街道寄り。
どうやらエクシの振り回す槍の穂先がロッキンさんの剣とぶつかったようだ。
薄暗いというのもあるが、二人がそれぞれ相手している奴がすばしこく動き回り、それに翻弄されている感じもある――二人が戦っているのは二匹のクー・シーだ。
もしかして昼間のやつの仲間か?
そしてそんな二人とメリアンとのちょうど真ん中あたりで、クッサンドラが灯り箱を掲げつつ、両方の戦局を見守っている。
空には少し欠けた双子月が輝いているとはいえ、あの距離ではどちらにも灯りが届いていないだろう。
「マドハトは灯り箱を出してメリアンの周囲を照らせ。メリアンに絡んでいる方は数が多い。ルブルムとレムはメリアンに協力して」
俺は矢筒から一本の矢を取り出し、弓へと軽くつがえたままクー・シーの方へと近づく。
「クッサンドラ! メリアンの方の灯りはマドハトに頼んだ!」
「わかった!」
クッサンドラも剣を抜き、クー・シー側へ。
乱戦気味とはいえ、こちらの人数も少ないし、クー・シーは牛ぐらい大きい魔物。
弓を使えないこともないだろう。
『魔力感知』の感度を強めて、クー・シーとエクシ、ロッキンさんとクッサンドラの五体だけに集中感知する。
これはメリアンに習った方法。
メリアンのような熟練の戦士は、魔術師が『魔力感知』を使うように『気配感知』を使う。
メリアン曰く、感知には二つの方法がある。
浅く広く周囲を探る拡散感知と、狭く一定の相手だけに注目した集中感知との。
前者は今まで俺たちが普通に使っていた『魔力感知』の方法で、後者はごくごく一部の相手にだけ感知の範囲を狭めることで、より詳細に相手の動きをとらえるというもの。
以前、『魔力感知』に感情が現れることを学んだが、集中感知モードで見ると、肉体より先に気持ちの動く先触れみたいなものが『魔力感知』でも読み取ることができる。
もちろん、偽装の渦で本来の寿命の渦を隠されていたら読み取ることはできないが、それでもそれとなくメリアンに確かめた感じ偽装の渦なんて技術を使える者は滅多に居なさげっぽい。
鏃に『発火』を『接触発動』して、皆の動きを注視する。
ロッキンさんもクッサンドラも、エクシの槍の巻き添えを避けているのか、エクシにあまり近づかない。
集中感知の対象を特にエクシとエクシが戦うクー・シーだけに強く絞り込み、動きを予測する――位置取りをしばらく見た後で、エクシの体がクー・シーの向こう側に隠れた瞬間を見計らって射った。
矢はクー・シーのモジャモジャした背中にうまく刺さり、というか絡まった。
すぐに発火する。
しかしすごいな――思った通りの場所へ矢を射ることができるリテルの技術は。
慌てるクー・シー。
エクシはその隙を逃さず、クー・シーの喉付近に鋭い一撃を入れる。
続けて剣を抜いてクー・シーの横腹へ深く突き刺した。
恐らく心臓を狙っているのだろう。
性格はアレだけど腕は確かなんだよな、エクシ。
随分と自身を鍛え上げたんだなと心の中でほめかけたとき、エクシの怒声。
「くそリテルっ! 火を使うなら先に言えよなっ!」
「ごめんっ!」
とは謝りつつ、俺の存在をクー・シーが意識していなかったからこそ射れたんだけど、という言葉を呑み込む。
このへんは後で連携手段を考えておくとして、今のやり取りでもう一匹のクー・シーにも警戒されてしまっただろう。
それならもう開き直って、俺は二本めの『発火』『接触発動』の矢をつがえて用意する。
「二射目っ! 準備したっ!」
声をあげ、『魔力感知』の集中感知を二匹めのクー・シーを中心に絞り込む。
ロッキンさんとクッサンドラが二匹めの方のクー・シーをこちらへと追い立てようとするのがわかる。
クー・シーの意識も俺の方へ向いている。
その隙をエクシが見逃さなかった。
文字通り横槍を入れる。
クー・シーの寿命の渦が乱れるのが見える。動揺しているのだろう。
あとは三人で大丈夫だろう。
俺は発射しなかった二射めを弓につがえたまま、今度はメリアンたちの方へと駆け出した――ん?
レムがぼーっと立っていた。
なんかふらついているようでもある。
うわ、俺に襲いかかってきた!
「レム!」
後退ると、それ以上は追ってこない。
なんか様子がおかしい。
「やつらの攻撃を食らうな!」
そう叫んだメリアンの戦闘スタイルがいつもより防御寄りに見える。
メリアンの足元には寿命の渦がもはや消えかけた襲撃者が二体ほど転がっているが、そこからさらに奥の暗闇の中から、何本もの矢が飛んできている。
魔力で恐らく素早さを上げているだろうルブルムも飛んでくる矢を小剣でいなしてはいるものの、月明かりだけでは心許ない明るさの下では近づくに近づけないといった様子。
敵さんの矢はかなり正確で、マドハトの持っていた灯り箱も壊されているようだ。
地面に伏せて震えているマドハトを責めるわけにはいくまい。
これは飛び道具で援護しなきゃだな。
『魔力感知』でメリアンたちを狙う射手に集中感知して――動きを予測して、射る。
ヒットした。
さっきセットした『発火』が大きく燃え上がり、あちらさんの動揺を感じる。
この隙を逃すわけにはいかないと第三射、第四射と連続で射る。
これは魔法を使わずスピード重視で。
第三射はヒット、第四射は避けられた。
だが、おかげであちらの矢による攻撃が少し収まった。
即座にメリアンとルブルムが動くのを感じる。
その到着前にと、第五射で牽制する。
あちらさん、マドハト同様に地面に伏せたようだが、そうなりゃあの二人の敵じゃないだろう。
今の間にレムへ近づく――と、小剣を振られる。
何かおかしい。
ぼんやりしている感はあるが、まさか敵に操られて?
もう少し近づいて、せめて触れさえできれば『テレパシー』で話しかけてみる作戦も使えそうだが。
(フレルノカ?)
ポー?
手伝ってくれるのか?
助かる!
ポーが俺の手から伸びてゆくのがわかる。
俺は『テレパシー』分の消費命を集中して、ポーの伸びた先端へと運ぶ。
(フレタ)
『テレパシー』を発動する――うまくいったっぽい。
すぐさまレムの心のポートへと触れた。
(レム! 聞こえるか?)
(……)
反応が悪い――ん?
なんか、レムの心に膜が張っているような感覚。
これ取り除けるのか?
その膜に触れた途端、気持ち悪い感触。
なんというか意識にまとわりついてくるような。
どうにかして消したいな、これ。
(ツツム)
ポーの意識が黒い光球として『テレパシー』のイメージ空間の中に現れる。
そして形を変え、その膜のようなものを包み込む――というか、吸い込む感じで。
(ジュソ)
呪詛?
(キオク、フウジル)
メリアンが気をつけろといっていた矢の攻撃、あれに呪詛を付与していたのか?
というかポーはその呪詛を包んで大丈夫なのか?
無理してないか?
(ヘイキ)
ポーの意識が流れ込んでくる。
どうやら『テレパシー』を使っているのを見て真似した、みたいなイメージが伝わってくる――呪詛の、効果が精神だけを対象にしているからポーは触れることができる、けど、呪詛自体が肉体への接触を起点に発動しているため、肉体を持たないポーには影響がない、みたいな感じか。
そうなのか。
ありがとう、ポー。
でもレムから引き剥がした呪詛をそのままってわけにはいかないだろう?
あ、またポーの意識が伝わってきた。
『魔法付与』で捨てることができる、と。
再使用可能なのか?
あ、発動済なのはもう効果を発揮しない、と。
んで、そもそもこの旅の原因となった例の呪詛も肉体を対象とする呪詛だからポーには何もできない、と。
ご丁寧にありがとう。
よし。気を取り直して再びレムの意識へと触れる。
(レム! 聞こえるか?)
(……お兄ちゃん?)
(良かった。ようやく声が届いた)
(……私、何か、夢を見ていたような……)
(敵の使った矢に何やら呪詛が付与されていたみたいなんだ)
(わー、ありがとう! 助けてくれて……さすが! お兄ちゃんは頼りになるなぁ)
ポーのことは、ディナ先輩にも関係することなのでルブルムにしか言っていないため、ポーのお手柄をレムに伝えられないのが心苦しいが、無事に状態回復したみたいでとりあえずは良かった。
(いったん『テレパシー』は終了するよ)
(はーい! 大好きっ!)
レムはいつも真っ直ぐに「大好き」を伝えてくる。
嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、申し訳なくもあり。
ただ今はそんな気持ちに浸っている暇はない。
メリアンたちの所へと走る。
「恐らく、クリップ」
ちょうどルブルムが魔物の特定をしていた。
クッサンドラの持ってきた灯り箱で照らされた六体の小さな人型生物。
なるほど。この赤ら顔という特徴と、クー・シーと一緒にいる状況とを、カエルレウム師匠の書棚にあった移住者の報告をまとめた資料の知識と突き合わせた感じか。
「やつらの使っていた武器には素手で触るなよ。怪しげな魔法を付与していた可能性がある」
ルブルムが書物から得た知識なら、メリアンは経験から得た知識。
どちらも貴重な知識をありがたい。
「メリアンはクリップに遭遇したことあるのか?」
「あたしが直接じゃないけどね、妖精丘に住む小さな移住者の使う石の鏃には気をつけろって教えてくれた奴がいた。効果が二種類あって、麻痺するときと、自分が誰だかわからなくなるときとがあるって噂だよ。レムを魔法で治したってことは盗賊団の麻痺解除の魔法が効いたのか?」
「ああ、なんとかなった」
「麻痺の方で良かったな」
「ああ」
メリアンに嘘をつくのは申し訳ないが、エクシやクッサンドラ、ロッキンさんなんかも聞いているこの場でベラベラとしゃべるわけにはいかない。
「メリアン、旅の途中で遭遇した魔物は、普段どう処理している?」
察して話を変えてくれたのか、ルブルムがそう尋ねると、メリアンは離れた場所にあるクー・シーの死体を一瞥した。
「瘴気がない魔獣だったら毛皮を剥いで、毒のない肉だとわかっている場合は食うこともある。あまった分と、こちらの小さい方々……クリップだっけは丁重に埋葬ってとこかな。ただ、埋めるにしても共同夜営地の近辺ってのは魔物を寄せ付けてしまう恐れがあるから推奨しない」
埋葬という言葉を耳にしてからクリップたちの死体を眺めると、ラビツたちに殺されたゴブリンたちの死体と重なった。
クリップたちに止めを刺したのはメリアンやルブルムなわけだが、俺の射掛けた矢が刺さったままの死体もある。
あのときはラビツたちに対して「余計なことを」みたいな怒りさえ覚えたけれど、結局俺自身も同じことをしていることに気付いた。
しかもゴブリンはほぼ裸だったが、クリップは服を着ていることも罪悪感に拍車がかかる。
人型の魔物――コミュニケーションを取れる場合は魔人と呼ぶこともあるが、返り討ち以外の選択肢は本当になかったのだろうか。
トームを助けようとしたとき、俺はなんとかしようと方法を必死に探した。
それなのに、相手を魔物と切り分けたときは脳死で迷わず撃退みたいなゲーム感覚で。
そもそものきっかけのクー・シーは、この二頭のクー・シーよりももう少し小さかった。
イタズラ盛りの仔クー・シーがチーズ欲しさにやってきた――チーズをあげて平和的に戦闘を回避、そんな考えがどうして浮かばなかったのか。
そうしたら今夜だって襲撃されず時間も気力も体力も――魔法に使用した寿命だって無駄にすることはなかった。
クリップたちだって自分のとこのクー・シーを殺されたからその報復に来たわけで――クリップたちを地球での自分たちに、クー・シーをハッタに置き換えて考えてしまったらもうダメだった。
自分の行動に対して否定的な評価しか浮かんでこなくなってしまった。
マクミラ師匠はいつだって紳士的に振る舞えとリテルを諭していた。
俺はどうだ?
紳士だと、紳士を心がけているだなんて、言えるか?
「……あの、すみません」
定期便の護衛の人と、定期便に乗っていたお客らしき人が声をかけてきた。
「お疲れ様でした。守っていただきありがとうございます。それでですね……その死体を埋めるという話が耳に入ったのですが……」
「はい」
なぜかロッキンさんが答える。
「もしよろしければ、お譲りいただけないでしょうか。私、毛皮や布を中心に取り扱う商人でして。クー・シーの毛皮は貴族様の防寒具として有用なのですよ……」
なるほど。年中通して着る防具ではなく、寒い時だけ用いる防寒具として使用なら何の問題もないか。
ロッキンさんがルブルムに指示を仰ぐ。
さっきのは仕切ったわけじゃなく、護衛としての役割のために交渉の矢面に立ったということか。
今回の一連のことへの後悔が、自然と物事をネガティブにとらえさせていると気付く。
「構わない」
ルブルムがそう答えたあと、メリアンが付け加える。
「じゃあ、こちらの小さな方々を埋葬するのを手伝ってもらえるか?」
その後、魔法は使わず皆で土を掘り、クリップたちを埋めた。
共同夜営地を囲む柵に使われていた板で外れて倒れていた何枚かを使って。
毛皮を欲しがっていた商人は、魔石に格納されていた『生命回復』でクー・シーの傷を治療していた。
死んで間もなくならば傷が塞がることがあるし、少なくとも出血は止まるからと。
なるほど。それを学べただけでも得るものはあったと考えようか。
「すみません。こちらもご協力いただいて構わないでしょうか」
商人さんに頼まれて、牛ぐらいの大きさのクー・シーの死体を二体とも、なんとか定期便の馬車へと運び込んだ。
その後は、近くの水場へ手や靴を洗いに行き、武器の手入れをして、何やかんや後片付けをしている間に西の空が白み始めてしまった。
作業中は比較的無心でいられたが、それらが終わった途端、再びネガティブな感情がぶり返してくる。
クリップたちを埋めた場所に目印として立てた柵板をぼんやり眺める。
街道移動中に遭遇した魔物は、街に付いてから報告すると通行税が軽減されることが多いと教えてくれたメリアンが、その目印として板を立てるよう指示したのだ。
だが俺にはそれが墓標に見えた。
俺の判断次第では救えたかもしれない命の。
思わず手を合わせて拝んでしまう。
「ママとやり方違うんだね」
レムだった。
「私が教えてもらったのは、これ」
レムは自身の胸の上で十字を切る。
「教えてもらっていてなんだけど、あんまり意味がわかっていないんだけどね」
それはきっと、この世界には信仰がないから。
「神」という単語は存在する。ただし「創造神」という表現として。
神の名前は誰も知らない。
それにその「神」に対して感謝はするけれど、願いはしないし、助けも求めない。
魔法という超常的な力が存在するから、なのかもしれない。
日常の中で「神」が登場するのは、あとは一年の終わりの数日間を指す「安息週」の別名に「神の日々」という表現があるくらい。
「作法が違うのは、神様が違うからだよ」
「そうなんだ。へー」
レムは俺の真似をして手を合わせて頭を下げる。
レムのお母さんはイギリス人だから、ちゃんとキリスト教徒のはず。
クリスチャンではない俺とは「神」に対する気持ちもかなり違うんだろうな。
「ママもね、今のお兄ちゃんみたいな表情してたことあったよ。理由を聞いたらはぐらかされちゃったけど……でも、覚えておいて。お兄ちゃんの価値観とレムの価値観に違う部分があっても、同じ部分っていうのもあるんだってこと。その違うとこも同じとこもあるってことは、例えばレムと他のバータフラの皆とだってそうだし、多分お兄ちゃんとルブルムやケティとだってそうだろうし……何が言いたいかっていうと、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで大丈夫だよってこと」
思わず目頭が熱くなる。
異世界の価値観と、ホルトゥスの価値観との両方に触れ続けてきたレムならではの言葉に、単なる表面的な慰めではない深い何かを感じて――その深さが、これももしかして愛情なのかもと思ったとき、ルブルムが来た。
「リテル、準備できた」
その手には、商人さんからお礼にといただいた革袋がいくつか握らされている。
食糧に、上等な布、あとは金貨が三枚。
ちょっと多すぎやしないかとメリアンに相場を尋ねてみたところ、「貰いすぎってほどでもないから、貰ってきなよ」という返事が返ってきたため、俺たちは素直に謝礼を受け取り、馬車へと乗り込んだ。
共同夜営地を出てからアイシスまでの道のりは平和だった。
アイシスを治めるボートー紅爵領の私兵による見回り隊とすれ違ったのみで、盗賊や魔獣とは出遭うこともなく。
なぜ王都ではなくアイシスへと向かっているかというと、実は名無し森砦で情報を入手していたから。
ラビツたちがアイシスでのオススメ娼館を聞いていたという情報に、そこでのお楽しみに使うために定期便などは用いず徒歩で移動しているという情報を。
頭が痛い。
もしもラビツたちが娼館で娼婦を呪詛に感染させて、その娼婦たちがさらに別の客へと呪詛を感染させたら――やはり名無し森砦で王都からの使者を待たされていた日々が本当に悔やまれる。
悔やまれるといえば、俺はクー・シーたちとの一連の戦いについてもまだ自分を責め続けていた。
俺の様子を見かねたルブルムやレムが『テレパシー』でつながり、俺のことを慰めてくれたが、そうして慰められている自身にまた不甲斐なさを感じてしまい、そのこと自体にもまた――という負のスパイラル。
本当に情けない。
(利照、こないだ言っていた方法、試してみたよ)
いつまでも浮上しない俺を気遣ってくれたルブルムが、話題を変えてくれた。
自分自身に『テレパシー』を発動してみるって例の方法だ。
(『テレパシー』で自分に接続したあと、一つの魔法を最初に覚えたときの記憶に触れると、その魔法への理解が深まる)
いい加減、自分自身に腹立ちも覚え始めていた俺は、気分転換にと早速試してみることにした。
確かに、実際試してみると本当に、過去の自分の記憶をリアルに追体験しているように感じた。
教えてもらった魔法や、自分が構成した魔法について、何度も追体験を繰り返すことで、その魔法への理解が随分と深くなった気がした。
それだけじゃない。
メリアンとの模擬戦や、過去の射撃についても、とても良い出来だったときの記憶へアクセスすると、実際の動きまで良くなりそうな気までしてくる。
まあこちらについては後で本当に動けるか試してみないと効果のほどはわからないけれど。
ただ、この方法のおかげで、結果的に立ち直ることができた。
ディナ先輩からのお説教の記憶にもアクセスしたのだ。
俺がこうやって腑抜けている間に、もしも襲撃があって、ルブルムを守り損ねたら――そんなことにならないためにも初心に戻り、気持ちを強く持てるようになった。
気持ちが引き締まり、過去じゃなく未来を見ようという気持ちを、ようやく取り戻すことができた。
ルブルムとレムにも礼を言って、俺たちは『テレパシー』を用いた魔法の反復練習を行った。
記憶へアクセスしているだけなので消費命を消費せず、一回のテレパシーで相当回数の記憶アクセスが可能であったため、費用対効果としては抜群の方法だった。
そんな順調な旅ではあったが、アイシスの城壁も遠くに見え始めた夕暮れ前、馬車は突然停まった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシあんちゃん
絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種。
現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。
・クッサンドラ
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。現在はルブルムたちの護衛として同行している。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・クー・シー
元々は異世界の獣。暗めの緑色の体毛は長いうえにモジャモジャ。長い尻尾はぐるぐると巻いて背中に乗せている。
四本の足は太く、牛くらいの大きさがある。妖精に飼われていることも多く、牛をさらったりもする。とにかく乳製品好き。
・クリップ
元々は異世界の住人。赤ら顔の人型生物。妖精丘に住み、ゴブリンよりは文化的な生活を営む。
武器として用いる石の鏃に、麻痺や記憶封じの魔法を付与して攻撃してくる。
■ はみ出しコラム【始まりの物語】
魔物デザインの話をしばらく続けていたので、今回はこの物語自体のデザインについて書いてみる。
ここまで読んでくださった皆様は薄々勘付いていらっしゃるかと思いますが、主人公の名前「有主利照/リテル」の元ネタはアリス・リデルです。
はい。ルイス・キャロルが書いた名作『不思議の国のアリス』の主人公アリスのモデルとなった少女の名前ですね。
この物語を最初に組み立てたときのコンセプトは、「不思議じゃない国のアリス」でした。
「不思議じゃない国」とは、ご都合じゃなくリアルなルールの上に成り立つ世界。結果として構築されたのが、リアリティな設定を積み重ねてできた異世界となったわけです。
魔法からご都合な万能性を廃し、ゲーム的ではないコストを設定してみたのは、リアリティを持ったツールとしての魔法を描きたかったからです。
また、魔法と魔術の位置付けは各ファンタジーによって様々ですが、今回この物語においては、単体の命令を魔法、複数の魔法で構成されたものを魔術、と定めました。
この時点でピンと来ている方もいらっしゃるかもしれませんが、ワンアクションのコマンドを魔法、魔術はプログラム的な解釈です。
そういう前提で様々な魔法を準備していくと、筆者ものどから手が出るほどほしい四次元ポケット的な収納魔法は無理だということに気付きました。
決して「そこらのファンタジーでは当たり前の便利魔法を使う気なんてないんだからねっ!」という気持ちではなく、先にルールを決めてから魔法や魔術を用意していったため、この世界の魔法ルール上、出すわけにはいかなくなってしまった、という感じです。
当初は、巨大化したり、小さくなったり、涙で洪水起こしたり、みたいな魔法を用意しようかとも考えていたのですが、リアリティを大事にしていくと必然的に「不思議の国」で発生する時にはナンセンスなエピソードの再現は困難になっていきました。
まあ、二次創作として仕上げるつもりもなかったので『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』については、登場人物の名前などにエッセンスとして使用するに留める感じに落ち着きました。
※ 余談ですが、不思議の国のアリスのエピソードを重視したファンタジー系TRPGシナリオなら作ったことがあります。
ただまあ、二つのアリスの物語だけじゃ登場人物全員はまかなえないんですよね。
なので、ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン御本人の生い立ちや周囲に関わるリアル地名や人名なんかもエッセンス抽出対象になってますし、それでも足りなくなってあとはもうルイス・キャロルとは何の関係もないキャラ名とかも出てきちゃったりしています。
いいんです。縛っていたわけじゃないので。
※ 余談ですが、そんな「以外」のキャラ名は、例えばスノドロッフ村の何人かです。
イギリスが誇るあのビアトリクス・ポターの作品より、タビタ奥さん、子猫のトム、ミトン、そしてモペットちゃんがエントリーしています。猫だから。
そういや、アリスの物語からエッセンス抽出したものの、エッセンスの抽出し過ぎで元が何かわからなくなっているキャラクターもありますね。
例えば、カエルレウム師匠は、青いイモムシです。あの水ギセルふかしている奴ですね。caeruleum はラテン語で「青」を意味します。さすがにイモムシというキャラ名にはしたくなかったので、色だけ抽出した感じです。
ただこの作戦のおかげで、ルブルムとアルブムの名前もアリスの物語の中で特徴的な色、赤の女王の赤、白兎の白、という色だけ抽出という平仄の合わせ方に落ち着きました。
基本的には原作一キャラから一キャラ名抽出を原則として名付けていますが、中にはどうしても出したい名前もあり、赤の女王の「女王」部分だけ抽出したキャラが次回、登場します。
ルブルムに女王っけは一ミリもないですからね、女王っぽさを重視したキャラになっています。ただ残念なことに名前はクイーンではないですけれどね。夫と息子の名前から「ああ、こいつがクイーンだな」というのはわかるかと思います。
ということで今回のコラムはとりとめもなくこんな感じになりました。
もうそろそろコラムで何を書けばよいのか見失いかけてます。コラム内容のリクエストなどいただけたら、前向きに検討させていただきたいと思っています←
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また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
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