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#53 カウダ盗賊団
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焚き火や松明の火が爆ぜる音と、自分の鼓動だけがやけに耳につく。
この静寂と暗闇は、音と光とが炎の周りだけに集められたみたい。
その光に一番近いところへ寝かされているケティの呼吸は、冬眠する動物のように浅いまま。
「確かに発動した。魔法の名前が『カウダの毒消し』だったから、回復するはず」
ルブルムの指先はケティの首筋へ添えられている。
魔法の名前に『毒消し』という言葉が入っているのであれば、きっとケティはよくなるはず――だよね?
カエルレウム師匠には、魔法の名前はその魔法を作った者がイメージする魔法効果と合わせるのが普通だと教わった。
魔法として成立させる際、魔法を構成する内容と名前とが一致しない場合、魔法代償がかさむとか、最悪、魔法としてまとまらないっぽい。
誤用させるためにあえて異なる効果の名前を付けるということも可能性としてなくはないが、そんなことをするのは魔法品が奪われる前提でのこと――いや、でも。
ここのところ想像していたことの外側にあたるような事態に何度も直面しているから、想定外への疑心暗鬼が勝手に膨らんでゆく。
それに、ここにはウォルラースが居る。
一秒たりともあいつから目を離しちゃいけない。
「カウダだって?」
メリアンが反応している。
そうだ。カウダって何だろう。リテルは知らない単語。
メリアンは何か知っているのかな。
「……ん」
メリアンがカウダについて語る前に、ケティが声を出した。
「ケティ!」
俺もルブルムの横へと移動して、ケティの頬に触れる。
ケティはその俺の手へと、自身の手のひらを震わせながら重ねた。
まだ力は入らないようだ。
「良かったな。ということでルブルム、子どもたちにも使えそうか?」
ルブルムは俺の隣から離れ、子どもたちの元へと移動する。
三人とも猫種の先祖返り。
松明の火の下でも色白だということがはっきりとわかる。
そのうちの一人に触れた後、少し考えてからルブルムは答えた。
「使えると思う」
「じゃあ、頼む。ロービンもそれでいいよな?」
「おいらからもお願いするよ!」
メリアンが仕切ってルブルムが動き、子どもたちにどんどん『カウダの毒消し』が使われる。
ルブルムが三人目の子どもに魔法をかけ終えた頃には、ケティも会話できるくらいにまで回復した。
「ごめんね、リテル……私、足を引っ張ってばっかりだね」
「しょうがないよ。俺だって似たようなもんだし」
その言葉は慰めでも謙遜でもなく、本当に自分に対して不甲斐なさを感じていたから。
「あの……ところで皆さんは、どのようなご関係で?」
ウォルラースが尋ねてきた。
こいつはさっきからロービンの近くに大人しくしゃがみ込み、俺たちのことを観察していた。
「なぁに、あたしの連れが粗相してな。その借金の取り立てみたいなものさ」
メリアンが答えたのは、ディナ先輩の屋敷で事前に打ち合わせしていた内容とほぼ同じ。
ディナ先輩の店でラビツが作った借金を取り立てに行くという依頼を、ルブルムが受けたという体。
俺とマドハトはルブルムの従者扱いで、ディナ先輩が用意したとおっしゃっていた護衛は本来はメリアンのみだったのだろう。
でも、今「連れ」って言ったよな――それは聞いてないけど、まさかメリアンはラビツの関係者なのか?
「正式に依頼されたのは私だ。こちらは私の従者」
ルブルムが手のひらを俺たちの方へ向ける。
「僕、従者の従者です!」
手を上げて飛び跳ねるマドハト。
こいつはいつも変わらなくてホッとする。
マドハトは俺が助けたからと慕ってくれているが、何だかんだでけっこう俺の方が助けられている気もする。
「ここで寝ている子も、従者みたいなもんだな」
メリアンがあえてそのような表現をしてくれたのは、ケティを護衛と表現してしまうと敵に最初に狙われかねないという配慮からだろうか。
「ところでメリアン、さっきカウダって言っていたけど、何か知っているのかい?」
ロービンが、起き上がった子どもたちの頭を撫でながら話に入ってきた。
「あたしも噂で聞いただけなんだけどね、王都キャンロル付近で最近有名な盗賊団なんだろ? でも……ウォルラースさん、あんたを襲った連中、自分たちのことカウダだって名乗ったかい?」
「い、いえ」
小物そうな怯え混じりの愛想笑いを浮かべるウォルラース。
ここでこいつの寿命の渦を細かく確認したら、それが本心なのか演技なのかがわかりそうな気もするが、『魔力感知』に慣れている魔術師の場合、「『魔力感知』で触れられている」ことに気付けてしまうというカエルレウム師匠の忠告に従い、ロービンがウォルラースという名を出したそのときから『魔力感知』を『魔力微感知』へと切り替えている。
相手の寿命の渦をガン見するのではなく、ふんわりと周辺視野でとらえる感じ。
教えてもらった直後はあまりうまくできなかったが、多分今の俺はそこそこふんわりできているはず――ではあるが、そのせいで、偽装していなければ寿命の渦に出るであろう細かな感情の動きまでは読み取れない。
このへんはもう少し精度の高い『魔力微感知』を後ほど研究するとして、こちらも余計な感情が出ないよう偽装の渦には細心の注意を払う。
さっきはついカッとなっていたルブルムも、今はちゃんと平静を保っているように見える。
「一般的な話として聞いてくれ。入れ墨を彫るような連中ってのは、自分たちの仲間集団に誇りを持っているもんなんだ。その名前を出しただけで尊敬されるとか、泣く子も黙るとか。盗賊団の場合は後者だな。名前を出すことでいちいち暴力で制圧しなくとも観念させて従わせられる。だから襲いかかるときに名乗らないということは、誰の耳にも届いていない実績なしの駆け出し盗賊集団……そんな風に考えていたのさ。だってカウダってのは、隣国にまで名前が流れてきている悪党集団さ。そのカウダの名前を冠する魔法を持つ者なら、自ら名乗ってもいいはずだろう? なのにどうして名乗らないのかなってね。ウォルラースさん、あんたも不思議に思わないかい?」
メリアンがやけにもって回った言い方をしている。
「わ、私のとき名乗っていなかったのは確かです」
どもってはいるが、ウォルラースは落ち着いているように見える。
演技なのだろうか。
「あたしが聞いていたカウダってのは、先祖返りと半返りだけの盗賊団なんだ。だけどね、あたしら、ここへ来るまでに連中の持ち物に変なモノを見つけてね。見た目を半返りや先祖返りに見せかける道具でさ、実際に戦ってみて手応えもないし、もしやこいつら、カウダのフリをしているだけの小悪党集団かと思っていたわけさ。バータフラのその魔石に入っていた魔法に『カウダ』の名前がついているって聞くまではね」
「……どういうことですか?」
神妙そうな表情のウォルラース。
『魔力微感知』でもウォルラースの寿命の渦が少し揺らいだのがわかる。『魔力微感知』なのに。
周囲に寿命の渦がほとんどない洞窟の奥だからこそ、そんな細かなことまで浮き彫りになってわかってしまうのかもしれない。
ともあれ今のでウォルラースは自分が疑われていると思った可能性がある。
いつでも動けるようにしておかなければ。
張り詰めた空気に気付かないフリをして、俺はケティの上体を起こして座らせる。
いざとなったら手を引いてこの場から離脱できるように。
今度こそ、ちゃんとケティを守るために。
「あたしの頭ん中に出てきた可能性ってのはさ、そもそもカウダ自体が先祖返りや半返りとは関係ないんじゃないかってことさ。地域によっちゃ根強い差別が残っているところもある。それにひきかえラトウィヂ王国はどこの領地でも平和なもんだ。となると、先祖返りや半返りだけを貶めたい輩がカウダを名乗って悪さしているんじゃないかってね」
ウォルラースは表情を崩してはいないが、寿命の渦の揺らぎが収まったようにも感じる。
「……じゃ、じゃあ、変装前の姿を見た私は、生きて帰れないってことじゃないですか……」
「まだ生きているんだ。そっちを喜びな……しかしあれだな。あたしらが襲われたのってもしかして、あんたの店の者が身代金を運んでくるのと間違えられたってこともあるか?」
メリアンの推理は、エルーシの証言と照らし合わせると綻びがある。カマをかけているのか?
ただそのエルーシの証言がなかった前提で考えると、今の話は、街道の馬車バリケードがフォーリー側へ向けられていたことからも物語としての辻褄は合っている。
実際、ノバディもブレドアもバータフラも、エルーシたちさえもいわゆる「返らず」だったし。
となると――ウォルラースの返答を待つ。
「い、いえ、私はしがない行商人です。店はいずれ持ちたいとは思っていますが、まだありません……その夢への足がかりとなる大きな商いのためにフォーリーで大量に魔法品を仕入れ、アイシスへ売り込みに行ったのでございます。アイシスへ行く時は商品を一つだけ持ち、大量に購入してくださる方を見つけて売買契約を交わし、フォーリーの魔術師組合に預けてある残りの商品を引き出しに戻っている途中でした。フォーリーでの預け入れとアイシスでの売買契約にかかる信用証を奪われてしまいまして……」
信用証は、実はルブルムも持っている。
魔術師組合に物やお金を預けると発行してくれる魔法品で、仕組み的には本人の賞罰を体に刻み込む実績紋と同じらしい。
作成の際には契約者の血液を必要とする代わりにその契約者が死亡した途端に効力を無くしたりとか、後は公正証書的な使われ方もするとか。
しかし信用証か。言い訳が上手だな。
現物が手元にないから嘘かどうか判別つかないうえに、ウォルラースが生かされている理由付けにもなる。
さすが簡単には尻尾をつかませないか。
「そっか。じゃあ、その信用証を取り返さないとな」
「はい。全財産をこの取引にかけました。取り戻せなかったら大損でございます」
ウォルラースの言動全てに白々しさを感じてしまうが、それは俺たちがディナ先輩の過去を知っているせいもあるかもしれない。
あまり疑ってはかえって不自然になるだろう。
ルブルムの一件で警戒もされているだろうし、ここは気付かないフリでなんとかやり過ごして無事にウォルラースから皆を離したい。
「じゃあ早速ここから出るか」
メリアンが子どもを一人抱えると、ロービンは二人抱える。
俺もケティの手を引いて立ち上がらせる。
ケティは少しよろけて俺にしがみつく。
マドハトも真似してしがみついてくる。
ルブルムはそんなマドハトを俺から引き剥がし、松明を一本、マドハトへと手渡した――俺としてはありがたくはあるのだけど、何となく行動がトゲトゲしくも感じる。
ウォルラースへの怒りが収まりきらないのだろうか。ルブルムがちょっと心配だ。
そして当のウォルラースは、ロービンのすぐ後ろで身を小さくしている。図体でかいから全く小さくなってないんだけどね。
「静かに」
メリアンが鋭い声を出した。
さっきまでの静寂が戻った――のは一瞬。
やがて俺の耳にも届いた。入り口の方から、馬のいななきが。しかも複数の――馬が襲われている?
ここから洞窟の入り口まではさすがに『魔力感知』じゃ届かないだろうし、そもそもそれをやってしまったらウォルラースに勘付かれるかもしれないし。
「馬たちが騒いでいる。獣か、客か。どちらにせよ、早く移動しよう」
メリアンがずっと指示出ししてくれているのは、まだ緊急事態のままってことなんだろうか。
客って言い方をしていたけど、それってカウダ盗賊団のことだよな?
だってそうじゃなきゃこんな辺鄙なところに――そうでもないか?
街道には横転した馬車。
その近くから入れる小道の途中には、放置馬車とまた死体。
小道の先の広場にも死体。
そりゃ絶対にその先に何かありますっていう匂わせだよな。
その先、道から直接見えないとはいえ、この洞窟の入口がある竪穴には馬が何頭か繋がれているわけだし、耳を澄ませば小道からも聞こえるかもしれない。
それにしても切羽詰まった状況だったとはいえ目印だらけじゃないか。
「あたしが見てこようか」
メリアンは抱えていた子どもを地面へと下ろす。
「待ってくれメリアン」
一人で行こうとしたメリアンをとっさに止めたのは、うちの最大戦力だから。
ウォルラースには油断できない。
ディナ先輩に装着させた魔法封じの魔法品や、激しい痛みを引き起こすおそらく魔法、ウォルラースはそういうものを持っているはずだ。
そういうものでルブルムが無力化されたら、メリアン抜きでは対処できない。
「もしも敵だったときのことを考えたら、人数は多い方がいい。麻痺からまだ完全に復活していない子どもたちとケティを残して……万が一のためにマドハトを護衛に残して、俺たち五人で行かないか?」
「ご、五人って、私も数に入ってるんですかっ?」
ウォルラースはブルブルと震える……今の俺には演技にしか見えないのだが。
「体が大きいし、強そうに見えるし、それに盗賊の隙を見て逃げ出すくらいの判断力や瞬発力もある。居てくれた方が安心感がありますよ」
選んだ言葉は嘘ではない。
ただのデブには思えないし、ナメるつもりもない。
病み上がりのケティや子どもたちと一緒に残して人質にされる、というのは絶対に避けたい。
もしもこいつが本物のウォルラースじゃなかったとしても、そのくらいの用心深さでいけとディナ先輩なら言うだろう。
ほら、ノバディ――御者だって盗賊団の仲間だったじゃないか。
「か、買いかぶり過ぎですよ。ただの商人ですよ?」
「心配ならこれを持っておきな。あんたを脅していたやつの小剣だけどな」
メリアンが、顔面がひしゃげてしまったバータフラの死体から小剣を奪ってウォルラースへと手渡す。
「ロービン、残って子どもたちを守るのがマドハトなら、安心してくれるか?」
「おいらは、それで構わないさ」
ロービンも抱えていた子どもたちを下ろし、ケティの服をつかませる。
メリアンが下ろした子どももそれに倣ってケティにしがみつく。
ケティは笑顔を作り、子どもたちを抱きしめた。
マドハトはその横でぴょんぴょん飛び跳ねている。
「じゃあ早速行こう。あたしらは明かりはつけずにな」
ルブルムが松明を焚き火のすぐ横へと置く。
メリアンが先頭になり洞窟の入り口へと向かう。
ロービンが続くのを見て、俺はルブルムの手を引き、自分の後ろへと下がらせ、ウォルラースに先に行くよううながした。
「俺が間に入りますから」
ウォルラースは慌ててロービンの後に続く。
その次に俺、そしてルブルムが殿だ。
とりあえず、ウォルラースが人質にしそうなメンバーは引き離すことができた。
あとは――来たのが敵じゃなければいいが。
あの三叉路まで戻り、そこから先は入り口方面へと、静かに、静かに、進んでゆく。
真っ暗だからこそゆっくりと、というのもある。
左右の壁はゴツゴツしていて、隠れられそうなところは少なくない。
向こうから誰かが来たとしても松明程度の灯りであれば、息を潜めて動かないでいる限り、かなりの至近距離までは気付かれずに済むかもしれない。
まあ『魔力感知』や『気配感知』されたらすぐにバレるんだけどね。
おや。
馬のいななきが少し落ち着いたような気がする。
気になるが、ウォルラースを先にいかせたことで『魔力微感知』を『魔力感知』へと戻せないまま。
精度をあげて前方へと展開したらウォルラースへとぶつかってしまいそうで。
「馬がクエイン、獣種が六」
背後からルブルムが耳打ちしてきた。
クエインは十進数換算で十のこと。
逃げてきたバータフラや俺たちが乗ってきた馬の数は四。ということは、一人一頭ずつに騎乗しているということか。
人数がけっこう多いな。
カウダのメンバーなのか?
だとしたら、なんというか今までの奴らよりも格上感がある。
ブレドア、エルーシ、エルーシの仲間二人の四名で馬が三頭だったし、馬車に偵察で来た爬虫種は二人で一頭。広場で待ち伏せしていたのは馬なしだった。
それに引き換え今、洞窟の入り口付近に居るのは一人一頭。盗賊団の主力とかだったら嫌だな。
ウォルラースだって連中の仲間な可能性も十分にあるわけだし。
いや少し落ち着け、俺。
他の可能性も考慮するんだ。
決めつけは思考を塞ぎ、ひいては未来をも塞ぐ――とは言っても、この世界における冒険者的な知識や経験が少なすぎて、うまく可能性案をひねり出せない。
突然、メリアンが動くのをやめた。
ルブルムも俺の腕をつかんで止まらせる。
足音が一人分、洞窟の中へ入ってきたっぽい。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ケティがリテルへキスをしたのを見てから微妙によそよそしい。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。
・ノバディ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの用意してくれた馬車の御者。尻に盗賊団の入れ墨がある。
ちょっと訛っていたが、盗賊団仲間に対しては普通に喋っていた疑惑がある。既に死亡している。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
仲間の猿種と鼠種と共に盗賊団に入団しようとしたが、現在は盗賊団の毒で麻痺中。
・ブレドア
横転させた馬車で街道を封鎖し、襲撃してきた牛種。
メリアンに返り討ちに合い、死亡。左脇腹に盗賊団の入れ墨がある。
・小道の襲撃者たち
二人組の爬虫種。馬に乗り、片方は寿命の渦を見えなくしていた。魔法も用いる。
盗賊団の入れ墨はなかった。ルブルムの活躍により、二人とも死亡した……はずだったのだが。
・バータフラ
広場の襲撃者である二人の爬虫種の片方。ロービンの居る竪穴の底まで馬に乗って逃走。
洞窟内へと逃げたがロービンに倒された。「スノドロッフの子どもたちを保護した」と言っていたらしいが盗賊団の入れ墨があった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフの子どもたち
魔石の産地であるスノドロッフからさらわれてきた子どもたち。
ケティやエルーシ同様の毒で麻痺していたが、今はなんとか復活してケティにしがみついている。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。盗賊団にさらわれた被害者の素振りを見せている。
・騎乗した六名
カウダ盗賊団と思われるバータフラが逃げ込んできた竪穴へやってきた六名。まだ正体は分からず。
■ はみ出しコラム【信用証】
信用証は魔術師組合にて発行できる便利な魔法品である。
実績紋が人体へ直接入れ墨されるのと同様に、信用証は羊皮紙へ直接入れ墨される。
・信用証のシステム
魔術師組合側にて保存される魔石(大抵は濁り魔石)へ、契約者情報として血を数滴垂らす。
さらに魔法と結び付けられた装身具(大抵は指輪)が貸出される。
契約者がその装身具を着用している限り、魔石側では契約者の生存情報が確認できる。
そして契約内容を記載した信用証が用意され、契約者へ渡される。
契約者が生存している限り、この信用証を魔術師組合へ持ち込めば、契約内容の確認・行使が可能となる。
契約期間によって信用証の金額は変わる。
期限が切れた際、預けたものの引き出しには延滞料金がかかるが、契約期間が切れる前であれば延滞料金よりもはるかに安い延長料で契約期間更新が可能である。
一般的な使用方法は、貴重品や金品を預ける用途である。
旅人や商人においてはこれが重宝されるのは、高価なものを持ち歩かずに済むことや、盗賊などに襲われたときに信用証を差し出すことで一定期間の延命につながること、他にも、お金を預けた分については別の街の魔術師組合でも同額を引き出せるという銀行的な使用も可能だからである。
また、契約者は一人ではなく二人にすることも可能である。
この二人契約のルールを利用して、一人が危険な旅や討伐へと出かける前に全財産を預けて信用証を発行し、それをもう一人の契約者へと預けたうえで、契約期間終了までに戻らないか死亡した際、預けている全財産を信用証を持つもう一人の契約者が手に入れる、といった使われ方もする。
この静寂と暗闇は、音と光とが炎の周りだけに集められたみたい。
その光に一番近いところへ寝かされているケティの呼吸は、冬眠する動物のように浅いまま。
「確かに発動した。魔法の名前が『カウダの毒消し』だったから、回復するはず」
ルブルムの指先はケティの首筋へ添えられている。
魔法の名前に『毒消し』という言葉が入っているのであれば、きっとケティはよくなるはず――だよね?
カエルレウム師匠には、魔法の名前はその魔法を作った者がイメージする魔法効果と合わせるのが普通だと教わった。
魔法として成立させる際、魔法を構成する内容と名前とが一致しない場合、魔法代償がかさむとか、最悪、魔法としてまとまらないっぽい。
誤用させるためにあえて異なる効果の名前を付けるということも可能性としてなくはないが、そんなことをするのは魔法品が奪われる前提でのこと――いや、でも。
ここのところ想像していたことの外側にあたるような事態に何度も直面しているから、想定外への疑心暗鬼が勝手に膨らんでゆく。
それに、ここにはウォルラースが居る。
一秒たりともあいつから目を離しちゃいけない。
「カウダだって?」
メリアンが反応している。
そうだ。カウダって何だろう。リテルは知らない単語。
メリアンは何か知っているのかな。
「……ん」
メリアンがカウダについて語る前に、ケティが声を出した。
「ケティ!」
俺もルブルムの横へと移動して、ケティの頬に触れる。
ケティはその俺の手へと、自身の手のひらを震わせながら重ねた。
まだ力は入らないようだ。
「良かったな。ということでルブルム、子どもたちにも使えそうか?」
ルブルムは俺の隣から離れ、子どもたちの元へと移動する。
三人とも猫種の先祖返り。
松明の火の下でも色白だということがはっきりとわかる。
そのうちの一人に触れた後、少し考えてからルブルムは答えた。
「使えると思う」
「じゃあ、頼む。ロービンもそれでいいよな?」
「おいらからもお願いするよ!」
メリアンが仕切ってルブルムが動き、子どもたちにどんどん『カウダの毒消し』が使われる。
ルブルムが三人目の子どもに魔法をかけ終えた頃には、ケティも会話できるくらいにまで回復した。
「ごめんね、リテル……私、足を引っ張ってばっかりだね」
「しょうがないよ。俺だって似たようなもんだし」
その言葉は慰めでも謙遜でもなく、本当に自分に対して不甲斐なさを感じていたから。
「あの……ところで皆さんは、どのようなご関係で?」
ウォルラースが尋ねてきた。
こいつはさっきからロービンの近くに大人しくしゃがみ込み、俺たちのことを観察していた。
「なぁに、あたしの連れが粗相してな。その借金の取り立てみたいなものさ」
メリアンが答えたのは、ディナ先輩の屋敷で事前に打ち合わせしていた内容とほぼ同じ。
ディナ先輩の店でラビツが作った借金を取り立てに行くという依頼を、ルブルムが受けたという体。
俺とマドハトはルブルムの従者扱いで、ディナ先輩が用意したとおっしゃっていた護衛は本来はメリアンのみだったのだろう。
でも、今「連れ」って言ったよな――それは聞いてないけど、まさかメリアンはラビツの関係者なのか?
「正式に依頼されたのは私だ。こちらは私の従者」
ルブルムが手のひらを俺たちの方へ向ける。
「僕、従者の従者です!」
手を上げて飛び跳ねるマドハト。
こいつはいつも変わらなくてホッとする。
マドハトは俺が助けたからと慕ってくれているが、何だかんだでけっこう俺の方が助けられている気もする。
「ここで寝ている子も、従者みたいなもんだな」
メリアンがあえてそのような表現をしてくれたのは、ケティを護衛と表現してしまうと敵に最初に狙われかねないという配慮からだろうか。
「ところでメリアン、さっきカウダって言っていたけど、何か知っているのかい?」
ロービンが、起き上がった子どもたちの頭を撫でながら話に入ってきた。
「あたしも噂で聞いただけなんだけどね、王都キャンロル付近で最近有名な盗賊団なんだろ? でも……ウォルラースさん、あんたを襲った連中、自分たちのことカウダだって名乗ったかい?」
「い、いえ」
小物そうな怯え混じりの愛想笑いを浮かべるウォルラース。
ここでこいつの寿命の渦を細かく確認したら、それが本心なのか演技なのかがわかりそうな気もするが、『魔力感知』に慣れている魔術師の場合、「『魔力感知』で触れられている」ことに気付けてしまうというカエルレウム師匠の忠告に従い、ロービンがウォルラースという名を出したそのときから『魔力感知』を『魔力微感知』へと切り替えている。
相手の寿命の渦をガン見するのではなく、ふんわりと周辺視野でとらえる感じ。
教えてもらった直後はあまりうまくできなかったが、多分今の俺はそこそこふんわりできているはず――ではあるが、そのせいで、偽装していなければ寿命の渦に出るであろう細かな感情の動きまでは読み取れない。
このへんはもう少し精度の高い『魔力微感知』を後ほど研究するとして、こちらも余計な感情が出ないよう偽装の渦には細心の注意を払う。
さっきはついカッとなっていたルブルムも、今はちゃんと平静を保っているように見える。
「一般的な話として聞いてくれ。入れ墨を彫るような連中ってのは、自分たちの仲間集団に誇りを持っているもんなんだ。その名前を出しただけで尊敬されるとか、泣く子も黙るとか。盗賊団の場合は後者だな。名前を出すことでいちいち暴力で制圧しなくとも観念させて従わせられる。だから襲いかかるときに名乗らないということは、誰の耳にも届いていない実績なしの駆け出し盗賊集団……そんな風に考えていたのさ。だってカウダってのは、隣国にまで名前が流れてきている悪党集団さ。そのカウダの名前を冠する魔法を持つ者なら、自ら名乗ってもいいはずだろう? なのにどうして名乗らないのかなってね。ウォルラースさん、あんたも不思議に思わないかい?」
メリアンがやけにもって回った言い方をしている。
「わ、私のとき名乗っていなかったのは確かです」
どもってはいるが、ウォルラースは落ち着いているように見える。
演技なのだろうか。
「あたしが聞いていたカウダってのは、先祖返りと半返りだけの盗賊団なんだ。だけどね、あたしら、ここへ来るまでに連中の持ち物に変なモノを見つけてね。見た目を半返りや先祖返りに見せかける道具でさ、実際に戦ってみて手応えもないし、もしやこいつら、カウダのフリをしているだけの小悪党集団かと思っていたわけさ。バータフラのその魔石に入っていた魔法に『カウダ』の名前がついているって聞くまではね」
「……どういうことですか?」
神妙そうな表情のウォルラース。
『魔力微感知』でもウォルラースの寿命の渦が少し揺らいだのがわかる。『魔力微感知』なのに。
周囲に寿命の渦がほとんどない洞窟の奥だからこそ、そんな細かなことまで浮き彫りになってわかってしまうのかもしれない。
ともあれ今のでウォルラースは自分が疑われていると思った可能性がある。
いつでも動けるようにしておかなければ。
張り詰めた空気に気付かないフリをして、俺はケティの上体を起こして座らせる。
いざとなったら手を引いてこの場から離脱できるように。
今度こそ、ちゃんとケティを守るために。
「あたしの頭ん中に出てきた可能性ってのはさ、そもそもカウダ自体が先祖返りや半返りとは関係ないんじゃないかってことさ。地域によっちゃ根強い差別が残っているところもある。それにひきかえラトウィヂ王国はどこの領地でも平和なもんだ。となると、先祖返りや半返りだけを貶めたい輩がカウダを名乗って悪さしているんじゃないかってね」
ウォルラースは表情を崩してはいないが、寿命の渦の揺らぎが収まったようにも感じる。
「……じゃ、じゃあ、変装前の姿を見た私は、生きて帰れないってことじゃないですか……」
「まだ生きているんだ。そっちを喜びな……しかしあれだな。あたしらが襲われたのってもしかして、あんたの店の者が身代金を運んでくるのと間違えられたってこともあるか?」
メリアンの推理は、エルーシの証言と照らし合わせると綻びがある。カマをかけているのか?
ただそのエルーシの証言がなかった前提で考えると、今の話は、街道の馬車バリケードがフォーリー側へ向けられていたことからも物語としての辻褄は合っている。
実際、ノバディもブレドアもバータフラも、エルーシたちさえもいわゆる「返らず」だったし。
となると――ウォルラースの返答を待つ。
「い、いえ、私はしがない行商人です。店はいずれ持ちたいとは思っていますが、まだありません……その夢への足がかりとなる大きな商いのためにフォーリーで大量に魔法品を仕入れ、アイシスへ売り込みに行ったのでございます。アイシスへ行く時は商品を一つだけ持ち、大量に購入してくださる方を見つけて売買契約を交わし、フォーリーの魔術師組合に預けてある残りの商品を引き出しに戻っている途中でした。フォーリーでの預け入れとアイシスでの売買契約にかかる信用証を奪われてしまいまして……」
信用証は、実はルブルムも持っている。
魔術師組合に物やお金を預けると発行してくれる魔法品で、仕組み的には本人の賞罰を体に刻み込む実績紋と同じらしい。
作成の際には契約者の血液を必要とする代わりにその契約者が死亡した途端に効力を無くしたりとか、後は公正証書的な使われ方もするとか。
しかし信用証か。言い訳が上手だな。
現物が手元にないから嘘かどうか判別つかないうえに、ウォルラースが生かされている理由付けにもなる。
さすが簡単には尻尾をつかませないか。
「そっか。じゃあ、その信用証を取り返さないとな」
「はい。全財産をこの取引にかけました。取り戻せなかったら大損でございます」
ウォルラースの言動全てに白々しさを感じてしまうが、それは俺たちがディナ先輩の過去を知っているせいもあるかもしれない。
あまり疑ってはかえって不自然になるだろう。
ルブルムの一件で警戒もされているだろうし、ここは気付かないフリでなんとかやり過ごして無事にウォルラースから皆を離したい。
「じゃあ早速ここから出るか」
メリアンが子どもを一人抱えると、ロービンは二人抱える。
俺もケティの手を引いて立ち上がらせる。
ケティは少しよろけて俺にしがみつく。
マドハトも真似してしがみついてくる。
ルブルムはそんなマドハトを俺から引き剥がし、松明を一本、マドハトへと手渡した――俺としてはありがたくはあるのだけど、何となく行動がトゲトゲしくも感じる。
ウォルラースへの怒りが収まりきらないのだろうか。ルブルムがちょっと心配だ。
そして当のウォルラースは、ロービンのすぐ後ろで身を小さくしている。図体でかいから全く小さくなってないんだけどね。
「静かに」
メリアンが鋭い声を出した。
さっきまでの静寂が戻った――のは一瞬。
やがて俺の耳にも届いた。入り口の方から、馬のいななきが。しかも複数の――馬が襲われている?
ここから洞窟の入り口まではさすがに『魔力感知』じゃ届かないだろうし、そもそもそれをやってしまったらウォルラースに勘付かれるかもしれないし。
「馬たちが騒いでいる。獣か、客か。どちらにせよ、早く移動しよう」
メリアンがずっと指示出ししてくれているのは、まだ緊急事態のままってことなんだろうか。
客って言い方をしていたけど、それってカウダ盗賊団のことだよな?
だってそうじゃなきゃこんな辺鄙なところに――そうでもないか?
街道には横転した馬車。
その近くから入れる小道の途中には、放置馬車とまた死体。
小道の先の広場にも死体。
そりゃ絶対にその先に何かありますっていう匂わせだよな。
その先、道から直接見えないとはいえ、この洞窟の入口がある竪穴には馬が何頭か繋がれているわけだし、耳を澄ませば小道からも聞こえるかもしれない。
それにしても切羽詰まった状況だったとはいえ目印だらけじゃないか。
「あたしが見てこようか」
メリアンは抱えていた子どもを地面へと下ろす。
「待ってくれメリアン」
一人で行こうとしたメリアンをとっさに止めたのは、うちの最大戦力だから。
ウォルラースには油断できない。
ディナ先輩に装着させた魔法封じの魔法品や、激しい痛みを引き起こすおそらく魔法、ウォルラースはそういうものを持っているはずだ。
そういうものでルブルムが無力化されたら、メリアン抜きでは対処できない。
「もしも敵だったときのことを考えたら、人数は多い方がいい。麻痺からまだ完全に復活していない子どもたちとケティを残して……万が一のためにマドハトを護衛に残して、俺たち五人で行かないか?」
「ご、五人って、私も数に入ってるんですかっ?」
ウォルラースはブルブルと震える……今の俺には演技にしか見えないのだが。
「体が大きいし、強そうに見えるし、それに盗賊の隙を見て逃げ出すくらいの判断力や瞬発力もある。居てくれた方が安心感がありますよ」
選んだ言葉は嘘ではない。
ただのデブには思えないし、ナメるつもりもない。
病み上がりのケティや子どもたちと一緒に残して人質にされる、というのは絶対に避けたい。
もしもこいつが本物のウォルラースじゃなかったとしても、そのくらいの用心深さでいけとディナ先輩なら言うだろう。
ほら、ノバディ――御者だって盗賊団の仲間だったじゃないか。
「か、買いかぶり過ぎですよ。ただの商人ですよ?」
「心配ならこれを持っておきな。あんたを脅していたやつの小剣だけどな」
メリアンが、顔面がひしゃげてしまったバータフラの死体から小剣を奪ってウォルラースへと手渡す。
「ロービン、残って子どもたちを守るのがマドハトなら、安心してくれるか?」
「おいらは、それで構わないさ」
ロービンも抱えていた子どもたちを下ろし、ケティの服をつかませる。
メリアンが下ろした子どももそれに倣ってケティにしがみつく。
ケティは笑顔を作り、子どもたちを抱きしめた。
マドハトはその横でぴょんぴょん飛び跳ねている。
「じゃあ早速行こう。あたしらは明かりはつけずにな」
ルブルムが松明を焚き火のすぐ横へと置く。
メリアンが先頭になり洞窟の入り口へと向かう。
ロービンが続くのを見て、俺はルブルムの手を引き、自分の後ろへと下がらせ、ウォルラースに先に行くよううながした。
「俺が間に入りますから」
ウォルラースは慌ててロービンの後に続く。
その次に俺、そしてルブルムが殿だ。
とりあえず、ウォルラースが人質にしそうなメンバーは引き離すことができた。
あとは――来たのが敵じゃなければいいが。
あの三叉路まで戻り、そこから先は入り口方面へと、静かに、静かに、進んでゆく。
真っ暗だからこそゆっくりと、というのもある。
左右の壁はゴツゴツしていて、隠れられそうなところは少なくない。
向こうから誰かが来たとしても松明程度の灯りであれば、息を潜めて動かないでいる限り、かなりの至近距離までは気付かれずに済むかもしれない。
まあ『魔力感知』や『気配感知』されたらすぐにバレるんだけどね。
おや。
馬のいななきが少し落ち着いたような気がする。
気になるが、ウォルラースを先にいかせたことで『魔力微感知』を『魔力感知』へと戻せないまま。
精度をあげて前方へと展開したらウォルラースへとぶつかってしまいそうで。
「馬がクエイン、獣種が六」
背後からルブルムが耳打ちしてきた。
クエインは十進数換算で十のこと。
逃げてきたバータフラや俺たちが乗ってきた馬の数は四。ということは、一人一頭ずつに騎乗しているということか。
人数がけっこう多いな。
カウダのメンバーなのか?
だとしたら、なんというか今までの奴らよりも格上感がある。
ブレドア、エルーシ、エルーシの仲間二人の四名で馬が三頭だったし、馬車に偵察で来た爬虫種は二人で一頭。広場で待ち伏せしていたのは馬なしだった。
それに引き換え今、洞窟の入り口付近に居るのは一人一頭。盗賊団の主力とかだったら嫌だな。
ウォルラースだって連中の仲間な可能性も十分にあるわけだし。
いや少し落ち着け、俺。
他の可能性も考慮するんだ。
決めつけは思考を塞ぎ、ひいては未来をも塞ぐ――とは言っても、この世界における冒険者的な知識や経験が少なすぎて、うまく可能性案をひねり出せない。
突然、メリアンが動くのをやめた。
ルブルムも俺の腕をつかんで止まらせる。
足音が一人分、洞窟の中へ入ってきたっぽい。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ケティがリテルへキスをしたのを見てから微妙によそよそしい。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。
・ノバディ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの用意してくれた馬車の御者。尻に盗賊団の入れ墨がある。
ちょっと訛っていたが、盗賊団仲間に対しては普通に喋っていた疑惑がある。既に死亡している。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
仲間の猿種と鼠種と共に盗賊団に入団しようとしたが、現在は盗賊団の毒で麻痺中。
・ブレドア
横転させた馬車で街道を封鎖し、襲撃してきた牛種。
メリアンに返り討ちに合い、死亡。左脇腹に盗賊団の入れ墨がある。
・小道の襲撃者たち
二人組の爬虫種。馬に乗り、片方は寿命の渦を見えなくしていた。魔法も用いる。
盗賊団の入れ墨はなかった。ルブルムの活躍により、二人とも死亡した……はずだったのだが。
・バータフラ
広場の襲撃者である二人の爬虫種の片方。ロービンの居る竪穴の底まで馬に乗って逃走。
洞窟内へと逃げたがロービンに倒された。「スノドロッフの子どもたちを保護した」と言っていたらしいが盗賊団の入れ墨があった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフの子どもたち
魔石の産地であるスノドロッフからさらわれてきた子どもたち。
ケティやエルーシ同様の毒で麻痺していたが、今はなんとか復活してケティにしがみついている。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。盗賊団にさらわれた被害者の素振りを見せている。
・騎乗した六名
カウダ盗賊団と思われるバータフラが逃げ込んできた竪穴へやってきた六名。まだ正体は分からず。
■ はみ出しコラム【信用証】
信用証は魔術師組合にて発行できる便利な魔法品である。
実績紋が人体へ直接入れ墨されるのと同様に、信用証は羊皮紙へ直接入れ墨される。
・信用証のシステム
魔術師組合側にて保存される魔石(大抵は濁り魔石)へ、契約者情報として血を数滴垂らす。
さらに魔法と結び付けられた装身具(大抵は指輪)が貸出される。
契約者がその装身具を着用している限り、魔石側では契約者の生存情報が確認できる。
そして契約内容を記載した信用証が用意され、契約者へ渡される。
契約者が生存している限り、この信用証を魔術師組合へ持ち込めば、契約内容の確認・行使が可能となる。
契約期間によって信用証の金額は変わる。
期限が切れた際、預けたものの引き出しには延滞料金がかかるが、契約期間が切れる前であれば延滞料金よりもはるかに安い延長料で契約期間更新が可能である。
一般的な使用方法は、貴重品や金品を預ける用途である。
旅人や商人においてはこれが重宝されるのは、高価なものを持ち歩かずに済むことや、盗賊などに襲われたときに信用証を差し出すことで一定期間の延命につながること、他にも、お金を預けた分については別の街の魔術師組合でも同額を引き出せるという銀行的な使用も可能だからである。
また、契約者は一人ではなく二人にすることも可能である。
この二人契約のルールを利用して、一人が危険な旅や討伐へと出かける前に全財産を預けて信用証を発行し、それをもう一人の契約者へと預けたうえで、契約期間終了までに戻らないか死亡した際、預けている全財産を信用証を持つもう一人の契約者が手に入れる、といった使われ方もする。
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