異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう

文字の大きさ
上 下
51 / 103

#51 洞窟の奥に居る者

しおりを挟む
 場も治まり、何人か項垂れている人はいたけれど問題もなく解散となった。


 月原家の人達は監視付きで一先ずは帰すことになる。

 今回の件は吸血鬼同士の事件となるため、ハンター協会は手を出すことはないし出来ないのだそう。


 月原家に関しては後日吸血鬼達だけで処遇が決められるだろう、と田神先生が報告してくれた。

 どうなるかは分からないけれど、もう私達に手を出してくることはないだろう。


 ……私が相愛の誓いを宣言したとき、伊織は希望を見るような目をしていた。

 多分、シェリーのことを考えたんだろう。

 まあ、どうするのかは彼らの自由だ。

 これ以上関わってこないのならそれでいい。


 始祖としての力はまだ扱える状態だけれど、力も馴染んで口調や態度がもとに戻ったからだろうか。

 周囲も多少は緊張がほぐれたみたいだった。


「凄いことしちゃったわね?」

 苦笑気味にそう言って近付いてきた嘉輪に、私も苦笑いで返す。

「うん、自分でもビックリだよ。……でも、やらずにはいられなかったんだ」

 永人と共にあるために。
 誰にも邪魔をされないために。


「そうね。……格好良かったわよ? 『これは相愛の誓いである。何人たりとも引き離すことは許されない!』だったかしら?」

 わざわざ声マネまでして再現する嘉輪に唇を尖らせる。

「からかわないでよ」

「ごめんごめん、でも格好良いと思ったのも本当よ?」

「ふふ……ありがとう」


 そうして笑い合った後、私は愛良の元へと向かった。

 愛良は会場で戦闘が始まる前には零士によって連れ出されていたらしい。

 事が終わった頃にはあてがわれた部屋に戻り、ベッドに寝かされていた。


「お姉ちゃん……綺麗……」

 会って第一声がそれだったせいもあって、心配していたのに気が抜けてしまう。

 偉そうな口調ではなくなっても最上の美しさはそのままなため、言いたくなるのも分かる気はするけれど……。


「愛良の方が綺麗だし可愛いぞ?」

 横になっている愛良の頭を愛おしそうに撫でながらそう言う零士は相変わらず。

 でも、始祖の魅力にすら惑わされないなんて逆にすごすぎる。

 今回ばかりはその愛良への思い、本気で称賛に値すると思った。


「どんな様子? 薬がまだ体に残っているんでしょう?」

 愛良に近付き状態をたずねる。

 吸血鬼なら少し時間を置けば分解出来るような量でも、人間である愛良はそう簡単にはいかない。

 体に影響が残るような薬ではないから、休んでいれば動けるようになるとはいえやっぱり時間はかかる。


「治してあげられればいいんだけど……」

 永人のように血流を操って薬の成分だけを吐き出させることは出来なくはない。

 でも、あれは永人が吸血鬼だから出来た事。

 人間の愛良にそんなことをすれば不整脈を起こしかねない。


「永人。さっき持っていた中和剤ってまだあるの? 愛良に使っても大丈夫?」

 完全な中和剤じゃないと言っていたけれど、少しでも愛良が楽になればいいと思って聞いた。
 でも永人は眉を寄せ「止めておいた方がいい」と口にする。

「あの中和剤は不完全だし、どっちかっていうと気つけ薬に近いからな。俺達が飲むことしか想定してねぇからちょっと無茶な配合したし……」

 だから人間である妹には飲ませない方がいいと言われた。

「そっか……」


 結局は自然と薬が抜けるのを待つ方がいいってことか……。

「大丈夫だよお姉ちゃん。意識はもうハッキリしてるし、一晩眠っているうちに体も自由に動かせるようになるだろうって言われたから」

「……うん」

 愛良の言う通りなのは分かっているけれど、それでも心配なものは心配だ。


「本当に大丈夫だよ。……零士先輩がついていてくれるから」

 でも、幸せそうな笑みでそんなことを口にされたら居座るわけにもいかない。


 というか、もしかしてお邪魔しちゃったのかな?


 なんて思ってしまう。

 仕方ないから、私は零士に口うるさいほど頼んだからね! と言い含めて愛良の部屋を出た。


***


「じゃあ永人、おやすみ」

 部屋の前まで来ると、私はずっとついて来てくれていた永人に向かってそう言った。

「……」

 でも永人は返事もせずスッと目を細める。

 不満を覚えていそうなその仕草に、私何かしたっけ? と疑問に思った。


「……おやすみ、じゃねぇよ」

「え?」

 低い声を出した永人は、私の肩を抱くようにしてそのまま部屋の中へ一緒に入ってしまう。

 そのまま後ろ手にドアを閉め、カチャリと鍵を掛けた。


 耳に届いたその音に、ドクンと心臓が大きく跳ねる。

 肩を抱く永人の手が熱い気がして、トクトクトクと心音が早まった。

 顎を掴まれ、上向かされる。

 電気もつけず薄暗い部屋の中、ギラつくような漆黒の瞳と目が合った。


「……今夜は、寝かせるつもりねぇから」

「あ……」

 その声音に確かな欲を感じて、ゾクリと体が震える。


 怖いわけじゃない。寒いわけでもない。

 むしろ、彼の視線や私に触れる手から熱が伝わって来たみたいで……熱い。


「二人きりで、ベッドもある。……そして時間もたっぷりあるしなぁ?」

「永人……」

「逃がさねぇよ」

「っ!」

 真剣な目と声が、更に私を昂らせる。


 強く私を求めてくれるその想いから、逃れる術なんて私にはない。

 だって、その想いこそ私が欲しいものだから。


「お前を奪って良いって、言ったよな?」

 小一時間前に言ったばかりの言葉。

「……うん、言ったよ」


「だったら俺は、遠慮なんかしねぇからな?」

 遠慮しないと言いながらも、手を出す前にこうして確認してくれている。

 そんな分かりづらい優しさも、私の好きな永人の一面。


「……うん。全霊を掛けて、奪ってくれるんだよね?」

 顎を掴む永人の手にそっと触れた。

 こうして想いを交わし触れ合うだけで、他のことが何も考えられなくなる。

 頭の中も心の中も、もう永人でいっぱいになっていた。


「ああ、奪いつくしてやるよ。お前のすべてが、俺でいっぱいになるくらいにな」

 妖艶さをも含んだ笑みが浮かべられる。


 もう永人でいっぱいになってるよ。


 その言葉は、すぐに唇を塞がれたせいで音にならなかった。

 でも、きっと伝わっている。


 だって、その後の行為で私達は溶け合ってしまうから。


 何度も触れる唇に、柔肌を撫でる彼の手に。

 与えられた熱で溶けて混ざり合うから。


 だからきっと、私の想いも伝わっている。


「永人……」

「ああ……聖良」


 名前を呼び合うだけでも、満たされる。

 好きで、大好きで、愛しい相手。

 私達を邪魔する者は、もういない。



 新月の夜は、月でさえ私達を邪魔することはないのだから――。




『妹が吸血鬼の花嫁になりました。』【完】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私はヒロインを辞められなかった……。

くーねるでぶる(戒め)
恋愛
 私、砂川明は乙女ゲームのヒロインに転生した。どうせなら、逆ハーレムルートを攻略してやろうとするものの、この世界の常識を知れば知る程……これ、無理じゃない?  でもでも、そうも言ってられない事情もあって…。ああ、私はいったいどうすればいいの?!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~

鶯埜 餡
ファンタジー
 この世界における調香師とは、『香り』を扱うことができる資格を持つ人のこと。医師や法曹三資格以上に難関だとされるこの資格を持つ人は少ない。  エルスオング大公国の調香師、フェオドーラ・ラススヴェーテは四年前に引き継いだ調香店『ステルラ』で今日も客人を迎え、様々な悩みを解決する。  同時に彼女は初代店主であり、失踪した伯母エリザベータが彼女に遺した『香り』を探していた。  彼女と幼馴染であるミール(ミロン)はエリザベータの遺した『香り』を見つけることができるのか。そして、共同生活を送っている彼らの関係に起こる―――― ※作中に出てくる用語については一部、フィクションですが、アロマの効果・効能、アロマクラフトの作成方法・使用方法、エッセンシャルオイルの効果・使用法などについてはほぼノンフィクションです。  ただし、全8章中、6~8章に出てくる使用方法は絶対にマネしないでください。  また、ノンフィクション部分(特に後書きのレシピや補足説明など)については、主婦の友社『アロマテラピー図鑑』などを参考文献として使用しております(詳しくは後書きにまとめます)。 ※同名タイトルで小説家になろう、ノベルアップ+、LINEノベル、にも掲載しております。 ※表紙イラストはJUNE様に描いていただきました。

処理中です...