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#39 親父にだって洗われたことないのに
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ほ、本当に俺は洗われているのか、股間を。
しかもルブルムに……こんな可愛い女の子に。
呪詛で勃起こそ防げているものの、なんかいろいろとムズムズモジモジしてしまう。
「い、痛っ……ルブルム、もう少し、優しく……」
「ごめんなさい。触り方があるのか?」
「決まった触り方とかないけれど、力を入れすぎたら痛いよ。敏感な場所だから……」
「そうか、痛みに敏感な場所だから、叩き潰すと無力化できるのか……」
「そ、そうそう……そうなんだよ……」
そうなんだ――けど。
なんだかモヤる。
その理由を思考する。
ルブルムの純粋な知的好奇心。
家族として俺はそれを受け止めると言った。
言ったけど、俺は何が気に食わないんだ?
「っ」
「ごめんなさい、トシテル。自分にはない部位だから扱いが分からなくて」
ルブルムの触り方は、なんというか限界を知ろうとする感じなんだよな。
ああ、そうか。
ルブルムが夢中になっているのは俺の一部ではなく、ルブルムの興味の対象にたまたま俺が付属しているだけなんだ。
自分の人格が否定されている、とまでは言わないが、なんだかやるせない気持ちにはなる。
よくマンガとかで「私のカラダだけが目当てなのね」なんてセリフがあって、そんなに深く考えたことはなかったけれど、こういう自分の本体が無視されているのに近い、そういう感情なのかも。
「触ると固くなる、というのは教えてもらったのだが、今固くはできないか?」
「呪詛があるから固くはならないよ」
「カエルレウム様から……ホムンクルスを作る時に、知り合いの魔術師から摂取したときの話を教えてもらった。触っただけで固くなって、それから精を絞り出したって……固くならない場合はどうやって精を絞り出すのか?」
「精を出させないために固さも奪ったんだよ」
横からディナ先輩がフォローを入れてくれる。
「先程教えてもらった『水刃』は、水を一瞬だけ固くする魔法だ。以前、陰茎は血が流れ込んで固くなると学んだ。同様の仕組みで血を集めたら、固さだけでも再現できないか?」
ルブルムさん……科学的なアプローチとしてはアリなのかもしれないが、人としてはちょっといただけないよ、それ。
「トシテルは、怒っているのか?」
今夜一晩は寿命の渦を偽装せずに感情を出したままにしてそれを読み取る訓練をしなさいと、ディナ先輩から言い使っていたがために、表情には表さないようにしていた苛立ちが、ルブルムにバレてしまった。
「何に怒ったのか教えてほしい」
いたって真面目に俺の顔を見上げるルブルム。
それでも俺の股間から手は放さず……流石に手を止めてはいたけれど。
「トシテル。お前はこの先、ルブルムと一緒に旅をする。価値観の違いは言葉にしなければ伝わらないぞ」
ディナ先輩のおっしゃる通りです。
「はい……俺が感じたのは……まず、ルブルムの学ぶ姿勢はすごいなと思いました。そして同時に、自分が実験動物になったような気がしました」
「実験動物とは何だ?」
ルブルムは俺を見つめ続けている。
その表情にも、ルブルムの寿命の渦にも、不安が少し混ざる。
「研究のために用いられる動物のことです。例えば新しい薬を作るとき、その効果をいきなり人間の患者で試すのではなく、人間よりも小さく影響を見極めやすい動物で効果を実験しながら薬の配合を調節するような場合に使われる動物たちを指します」
実際に意味を言語化してみると「実験動物みたい」という例えは大げさすぎたかもと思えてきた。
「ルブルム、魔法や毒の研究における尊い犠牲のことだよ」
ルブルムの表情がハッとして、それからしゅんとする。
「トシテル……私はそんな犠牲をトシテルに強いたのか」
「い、いや、ルブルム。適切な表現が思いつかなくて近い言葉をと探して使ってみた表現だが、実際にはそこまで重たい意味では使っていない」
コミュニケーションって難しいよね……ん?
ルブルムは俺の股間から手を放し、自身の胸を両手で強く握りしめた。
「強く握れば痛いのだな。こんな簡単なことを私は思考することもなく、自分の興味だけを見つめていた」
「わかってもらえたなら嬉しいよ」
ルブルムの表情が明るくなる。
そして今度は俺の膝の上に跨がり、俺の右手を取った。
「陰茎のだいたいの構造は把握した。改めてトシテルの番だ。多少痛くされても受け入れる」
こっ、これはどうすれば正解なのだろうか――俺は思わず身を固くしてしまった。
固く――股間以外の全身を。
ディナ先輩の前だし、もちろんルブルムは大事だし、変なことをするつもりはない。
しかしここで逃げるような行動をすれば、今夜ずっと裸でつきあってくださったディナ先輩が俺に学ばせようとしていた想いを踏みにじることにもなりかねないのではなかろうか。
でも、ケティのそこだって、俺は直接手では触れていない。
リテルとケティと二人の想いに対しての申し訳なさもある。
――いや、俺よ。紳士であれば乗り越えられるはずだ。
あくまでも学術的な知識を埋めるだけ。
いざというときに動揺しない心を鍛えるだけ。
俺は洗い液の入った桶へ右手を入れ、おもむろにルブルムの股間へと移動させた。
手の甲を、ルブルムの右脚の付け根から左脚の付け根まで移動させる。
俺の指の背が、しっとりと濡れた毛の上をなぞるのを感じた。
「んっ」
ルブルムの声に思わず手を放す。
ヤバいヤバいヤバい。
反応されるのは特に。
「大丈夫だ、トシテル。優しく触ってくれたから痛みはない。私がしたように、もっと形を確かめていい」
ルブルムは俺の手のひらを裏返す。
俺の指先が、ルブルムの毛の中に埋もれる。
流れるお湯とはまた違う温度を、指先に感じる――くわーっ!
こっ、これは何て拷問なんだ。
いやいや落ち着け、俺。
耐えろ。色んな意味で。
「鼓動が早くなった」
指摘されたらさらに鼓動が早くなる。
それからすぐにルブルムの今の言葉は彼女自身の鼓動を指したのだとわかる。
「その状況でも鼓動を調整して平静を保ってみろ。トシテルはルブルムの股間から指を離さずにな」
寿命の渦を意識すると、それに合わせて体も本来は意識しても動かせないところまで動かせるような気がする。
こうやって指令をいただくと、ちょっと落ち着く。
自分の行動から迷いが少し減る――そういうのもアリだな。
予め、こういう場合の行動を何パターンか考えておくと迷うことが減るかも。
自分自身に対して、その中の一つを指令する感じで。
「整ってきたな。ではルブルム、今度は自らの股間に『皮膚硬化』をかけてみろ。ただし関節付近の皮膚は硬化させないように範囲を調節しろ」
ルブルムが消費命を集中し、魔法代償が消費されたことを感じると、指先の触感が変わった。
先程までの柔肌ではなく、革鎧、それもテニール兄貴の使う鎧のように蜜蝋を溶かしたお湯で煮た硬化革鎧みたいな感触に。
「貞操の守り方としてそのような方法もある。だが目の前の状況だけに思考を限定するな。その先のことを考えるのだ。その状態で歩けるか試してみろ」
ルブルムがようやく俺の膝から降りて、多少ぎこちなく歩き始める。
「自分の皮膚が行動時にどのように使用されているのかを知っておくのは、戦闘時に身体部位の防御力をとっさに強化する際にも役立つ」
ああ、それは確かに。
俺も立ち上がり、自分の皮膚を意識しながら体のあちこちを動かしてみる。
「二人とも体を冷やさぬようにもう一度、座れ」
言われた通りに座ると、壁から出ているお湯が心地よく俺の全身を温めてくれる。
「ごめんなさい」
ん? ルブルム?
「ルブルム? どうしたの?」
「トシテルにもだけど、私はディナ先輩に対しても」
「ボクがどうかしたか?」
「ディナ先輩がどれほどつらい目に遭ったか、聞いた後なのに、私は自分の興味を優先した」
ルブルムの横顔が、浴室の前室に置かれた灯り箱に照らされている。
その頬に涙が一滴伝った。
「ルブルム、あのことはボクから話しだしたことだ。ルブルムはそれについて気に病む必要はない。それに大切なのは、ルブルムが今まで触れてこなかった悪意がこの世界には存在すること、そしてそれを知っているのと知らないのとでは、いざというときに取れる行動の選択肢が大きく変わるということだ」
「……はい」
「ルブルムは優しい心を持っている。それは大切にした方がいい。だが、その優しさ故に傷つけることに臆病になり過ぎている。より大きなものを守るために、目の前の小さな、いや時として小さくはないものを傷つけなければならないこともある」
「はい」
ディナ先輩の言葉はルブルムに向けられてはいるけれど、その内容は俺にとっても重要な学びだ。
「ルブルム。失敗を悔やむのは大事だ。誤りを認めない者は成長できないからな。ただ、失敗に囚われてはならない。ボクからすればそれは後悔ではない。後悔している自分に酔っているだけだ。後悔とは、自分が前へ進むための踏み台なのだ。だから泣きやめ。失敗は繰り返さないに越したことはないが、重ねて失敗した場合は必ずそこに理由がある。その理由を、失敗の共通点を見つけ出し、それと類似したことに未来で遭遇したとき、対処できるように備えるのが、大切なのだ」
「はい」
「はい」
俺も思わず返事をしてしまった。
ルブルムはこちらを振り向き、微笑んだ。
ああ、この笑顔を守らなきゃ、だよな。
「ルブルム。これから先も疑問に思ったことは、俺に聞いてくれて構わない。俺の知識と思考を全て使ってできる限り答えるから」
「でもまたトシテルを傷つけるかもしれない」
「大丈夫。俺は、ルブルムの言動のもとにある思考を知っているから傷ついたりしない。そうなる前にルブルムに伝えて正しいやり方を一緒に探そう。ルブルムが学ぶことを恐れてしまったら、そのせいでルブルムの未来の選択肢を狭めてしまうかもしれない。俺はルブルムの可能性を閉ざしたくないんだ」
「トシテル、ありがとう」
ディナ先輩が立ち上がり、ルブルムの前へと移動する。
「ルブルム。知識としては性交をすれば孕む可能性があることを知っているとは思うが、子を孕んでいる間、子を産んで間もなくは行動にも生活にも制限がかかることも覚えておけ。それを支えられる覚悟と、支えることができるだけの資産を持たない男に対しては、性交を許すべきではないし、ルブルムの魅力的な体を見せることで興奮を誘うこともよくはない。精を出したい時期の男は、木の洞を見ても固くする見境なしもいる。そういう連中が欲望のみの衝動で女を襲った挙げ句の言い訳はいつも同じだ。自分が悪いのではなく、興奮させた女が悪いのだ、と。だからルブルム。お前が襲われかけたら、ためらわずに切り落とせ。『水刃』は液体ならばなんでも触媒とできる。酒でも血でも尿でも構わない。そして切り落とした後にお前が言ってやれ。自分が悪いのではない。興奮したお前が悪いのだと」
ディナ先輩の過去を知っていると、この言葉から苛烈さは感じない。
むしろ必要最低限な心構えなのだなとさえ。
「あとトシテル、ルブルムには時と場合を判断する癖はつけさせておけ。これは後でいい」
「はいっ」
ディナ先輩のご忠告を胸に、俺たちはようやく浴室から出た。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・テニール兄貴
ストウ村の門番。犬種の男性。リテルにとって素手や武器での近接戦闘を教えてくれた兄貴分。
フォーリーで領兵をしたのち、傭兵を経て、嫁を連れて故郷へ戻ってきた。リテルにナイフを隠せる脛当てを貸した。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。様々なことを学び、成長中。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
リテルに対して貧民街での最低限の知識やマナーを教えてくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
■ はみ出しコラム【防具】
ホルトゥスにおいては、最も一般的な防具は革鎧である。
主な理由は魔法の存在である。
(【火薬】の回にて触れたが)魔法が存在するために重火器が発達せず、また魔法の標的になることを避けるために敏捷性が求められるため。
さらには革鎧であれば、一般的な魔法『皮膚硬化』により硬さを増すことが可能であるため。
・なめし革
動物の皮を植物から採った液体へ漬けてなめし加工を行う。
出来上がった「なめし革」は様々な革加工品へと使用される。
革の厚さによっては鎧以外にも幅広い用途で使われる。
鎧や靴底には革の厚さが重要であるため、熊などの分厚い皮は材料として喜ばれる。
魔物によっては革として重宝されることもあるが、その稀少性から一般にはあまり流通していない。
・硬化革
皮を、蝋を加えて煮固めることにより硬さを出した革。
兵士(国兵、領兵、警備兵、郷土兵など)は、主に硬化革を鎧素材として使用する。
・金属補強
革鎧や硬化革鎧に更に、金属片や鋲などを取り付けて部分的な強度を増す場合がある。
傭兵などは特にこの金属補強部分を自分好みのデザインにして個性を演出することが少なくない。
・金属製鎧
輪のように加工した金属を重ねたものや、鎖状にした金属を重ねたもの、金属片を鱗のように並べたものなど、金属鎧は幾つかあり、時として革鎧の代わりや、革鎧に重ね着したりなどに使われることもある。
・鎧の部位
部位は兜、胴鎧、肩当て、小手、手袋、腿当て、脛当て、脚絆、急所特化鎧(心臓や股間)など。
動きやすさが重視されたデザインのものが多い。
・特定鎧
戦闘スタイルや獣種により鎧のデザインは異なるため、全身鎧としての販売は少なく、それぞれ使いやすい部分鎧を用いるのが一般的である。
ただし、何らかの公的機関に所属する兵士については、その鎧の色やデザインは統一されており、逆に所属しない者がその色やデザインの鎧を身につけることは禁じられている場合が多い。
・全身金属鎧
丈夫ではあるが重くて動きにくい金属鎧は、一般的な戦闘ではあまり使用されない。
しかし逆に動きにくいということで抵抗の意思がない意思表示となり、貴族主体の儀礼に使われることが多くなった。
部分的な金属鎧は、金属補強革鎧の延長として用いる者は少なからず居る。
・盾
盾についても取り回しに良い軽量なものが好まれる。
また同時に、体全体を遮蔽する効果を見込める大きな盾も好まれる。
大きな盾については、騎乗動物や馬車などに装備しておき、戦闘シーンによっては持ち出して使用するというのが一般的である。
・防御効果のある魔法を封じた魔法品
決して安くはないが、需要があるため一定量が流通している。
大抵は魔法を封じてある魔石に触れ、魔法発動を念じて魔法効果を得る。もちろん使用者はその魔法を知っていなければならないが。
魔法代償は発生するが、流通している魔法品であれば、魔石内に発動用の消費命が余分に格納されていることも少なくない。
しかもルブルムに……こんな可愛い女の子に。
呪詛で勃起こそ防げているものの、なんかいろいろとムズムズモジモジしてしまう。
「い、痛っ……ルブルム、もう少し、優しく……」
「ごめんなさい。触り方があるのか?」
「決まった触り方とかないけれど、力を入れすぎたら痛いよ。敏感な場所だから……」
「そうか、痛みに敏感な場所だから、叩き潰すと無力化できるのか……」
「そ、そうそう……そうなんだよ……」
そうなんだ――けど。
なんだかモヤる。
その理由を思考する。
ルブルムの純粋な知的好奇心。
家族として俺はそれを受け止めると言った。
言ったけど、俺は何が気に食わないんだ?
「っ」
「ごめんなさい、トシテル。自分にはない部位だから扱いが分からなくて」
ルブルムの触り方は、なんというか限界を知ろうとする感じなんだよな。
ああ、そうか。
ルブルムが夢中になっているのは俺の一部ではなく、ルブルムの興味の対象にたまたま俺が付属しているだけなんだ。
自分の人格が否定されている、とまでは言わないが、なんだかやるせない気持ちにはなる。
よくマンガとかで「私のカラダだけが目当てなのね」なんてセリフがあって、そんなに深く考えたことはなかったけれど、こういう自分の本体が無視されているのに近い、そういう感情なのかも。
「触ると固くなる、というのは教えてもらったのだが、今固くはできないか?」
「呪詛があるから固くはならないよ」
「カエルレウム様から……ホムンクルスを作る時に、知り合いの魔術師から摂取したときの話を教えてもらった。触っただけで固くなって、それから精を絞り出したって……固くならない場合はどうやって精を絞り出すのか?」
「精を出させないために固さも奪ったんだよ」
横からディナ先輩がフォローを入れてくれる。
「先程教えてもらった『水刃』は、水を一瞬だけ固くする魔法だ。以前、陰茎は血が流れ込んで固くなると学んだ。同様の仕組みで血を集めたら、固さだけでも再現できないか?」
ルブルムさん……科学的なアプローチとしてはアリなのかもしれないが、人としてはちょっといただけないよ、それ。
「トシテルは、怒っているのか?」
今夜一晩は寿命の渦を偽装せずに感情を出したままにしてそれを読み取る訓練をしなさいと、ディナ先輩から言い使っていたがために、表情には表さないようにしていた苛立ちが、ルブルムにバレてしまった。
「何に怒ったのか教えてほしい」
いたって真面目に俺の顔を見上げるルブルム。
それでも俺の股間から手は放さず……流石に手を止めてはいたけれど。
「トシテル。お前はこの先、ルブルムと一緒に旅をする。価値観の違いは言葉にしなければ伝わらないぞ」
ディナ先輩のおっしゃる通りです。
「はい……俺が感じたのは……まず、ルブルムの学ぶ姿勢はすごいなと思いました。そして同時に、自分が実験動物になったような気がしました」
「実験動物とは何だ?」
ルブルムは俺を見つめ続けている。
その表情にも、ルブルムの寿命の渦にも、不安が少し混ざる。
「研究のために用いられる動物のことです。例えば新しい薬を作るとき、その効果をいきなり人間の患者で試すのではなく、人間よりも小さく影響を見極めやすい動物で効果を実験しながら薬の配合を調節するような場合に使われる動物たちを指します」
実際に意味を言語化してみると「実験動物みたい」という例えは大げさすぎたかもと思えてきた。
「ルブルム、魔法や毒の研究における尊い犠牲のことだよ」
ルブルムの表情がハッとして、それからしゅんとする。
「トシテル……私はそんな犠牲をトシテルに強いたのか」
「い、いや、ルブルム。適切な表現が思いつかなくて近い言葉をと探して使ってみた表現だが、実際にはそこまで重たい意味では使っていない」
コミュニケーションって難しいよね……ん?
ルブルムは俺の股間から手を放し、自身の胸を両手で強く握りしめた。
「強く握れば痛いのだな。こんな簡単なことを私は思考することもなく、自分の興味だけを見つめていた」
「わかってもらえたなら嬉しいよ」
ルブルムの表情が明るくなる。
そして今度は俺の膝の上に跨がり、俺の右手を取った。
「陰茎のだいたいの構造は把握した。改めてトシテルの番だ。多少痛くされても受け入れる」
こっ、これはどうすれば正解なのだろうか――俺は思わず身を固くしてしまった。
固く――股間以外の全身を。
ディナ先輩の前だし、もちろんルブルムは大事だし、変なことをするつもりはない。
しかしここで逃げるような行動をすれば、今夜ずっと裸でつきあってくださったディナ先輩が俺に学ばせようとしていた想いを踏みにじることにもなりかねないのではなかろうか。
でも、ケティのそこだって、俺は直接手では触れていない。
リテルとケティと二人の想いに対しての申し訳なさもある。
――いや、俺よ。紳士であれば乗り越えられるはずだ。
あくまでも学術的な知識を埋めるだけ。
いざというときに動揺しない心を鍛えるだけ。
俺は洗い液の入った桶へ右手を入れ、おもむろにルブルムの股間へと移動させた。
手の甲を、ルブルムの右脚の付け根から左脚の付け根まで移動させる。
俺の指の背が、しっとりと濡れた毛の上をなぞるのを感じた。
「んっ」
ルブルムの声に思わず手を放す。
ヤバいヤバいヤバい。
反応されるのは特に。
「大丈夫だ、トシテル。優しく触ってくれたから痛みはない。私がしたように、もっと形を確かめていい」
ルブルムは俺の手のひらを裏返す。
俺の指先が、ルブルムの毛の中に埋もれる。
流れるお湯とはまた違う温度を、指先に感じる――くわーっ!
こっ、これは何て拷問なんだ。
いやいや落ち着け、俺。
耐えろ。色んな意味で。
「鼓動が早くなった」
指摘されたらさらに鼓動が早くなる。
それからすぐにルブルムの今の言葉は彼女自身の鼓動を指したのだとわかる。
「その状況でも鼓動を調整して平静を保ってみろ。トシテルはルブルムの股間から指を離さずにな」
寿命の渦を意識すると、それに合わせて体も本来は意識しても動かせないところまで動かせるような気がする。
こうやって指令をいただくと、ちょっと落ち着く。
自分の行動から迷いが少し減る――そういうのもアリだな。
予め、こういう場合の行動を何パターンか考えておくと迷うことが減るかも。
自分自身に対して、その中の一つを指令する感じで。
「整ってきたな。ではルブルム、今度は自らの股間に『皮膚硬化』をかけてみろ。ただし関節付近の皮膚は硬化させないように範囲を調節しろ」
ルブルムが消費命を集中し、魔法代償が消費されたことを感じると、指先の触感が変わった。
先程までの柔肌ではなく、革鎧、それもテニール兄貴の使う鎧のように蜜蝋を溶かしたお湯で煮た硬化革鎧みたいな感触に。
「貞操の守り方としてそのような方法もある。だが目の前の状況だけに思考を限定するな。その先のことを考えるのだ。その状態で歩けるか試してみろ」
ルブルムがようやく俺の膝から降りて、多少ぎこちなく歩き始める。
「自分の皮膚が行動時にどのように使用されているのかを知っておくのは、戦闘時に身体部位の防御力をとっさに強化する際にも役立つ」
ああ、それは確かに。
俺も立ち上がり、自分の皮膚を意識しながら体のあちこちを動かしてみる。
「二人とも体を冷やさぬようにもう一度、座れ」
言われた通りに座ると、壁から出ているお湯が心地よく俺の全身を温めてくれる。
「ごめんなさい」
ん? ルブルム?
「ルブルム? どうしたの?」
「トシテルにもだけど、私はディナ先輩に対しても」
「ボクがどうかしたか?」
「ディナ先輩がどれほどつらい目に遭ったか、聞いた後なのに、私は自分の興味を優先した」
ルブルムの横顔が、浴室の前室に置かれた灯り箱に照らされている。
その頬に涙が一滴伝った。
「ルブルム、あのことはボクから話しだしたことだ。ルブルムはそれについて気に病む必要はない。それに大切なのは、ルブルムが今まで触れてこなかった悪意がこの世界には存在すること、そしてそれを知っているのと知らないのとでは、いざというときに取れる行動の選択肢が大きく変わるということだ」
「……はい」
「ルブルムは優しい心を持っている。それは大切にした方がいい。だが、その優しさ故に傷つけることに臆病になり過ぎている。より大きなものを守るために、目の前の小さな、いや時として小さくはないものを傷つけなければならないこともある」
「はい」
ディナ先輩の言葉はルブルムに向けられてはいるけれど、その内容は俺にとっても重要な学びだ。
「ルブルム。失敗を悔やむのは大事だ。誤りを認めない者は成長できないからな。ただ、失敗に囚われてはならない。ボクからすればそれは後悔ではない。後悔している自分に酔っているだけだ。後悔とは、自分が前へ進むための踏み台なのだ。だから泣きやめ。失敗は繰り返さないに越したことはないが、重ねて失敗した場合は必ずそこに理由がある。その理由を、失敗の共通点を見つけ出し、それと類似したことに未来で遭遇したとき、対処できるように備えるのが、大切なのだ」
「はい」
「はい」
俺も思わず返事をしてしまった。
ルブルムはこちらを振り向き、微笑んだ。
ああ、この笑顔を守らなきゃ、だよな。
「ルブルム。これから先も疑問に思ったことは、俺に聞いてくれて構わない。俺の知識と思考を全て使ってできる限り答えるから」
「でもまたトシテルを傷つけるかもしれない」
「大丈夫。俺は、ルブルムの言動のもとにある思考を知っているから傷ついたりしない。そうなる前にルブルムに伝えて正しいやり方を一緒に探そう。ルブルムが学ぶことを恐れてしまったら、そのせいでルブルムの未来の選択肢を狭めてしまうかもしれない。俺はルブルムの可能性を閉ざしたくないんだ」
「トシテル、ありがとう」
ディナ先輩が立ち上がり、ルブルムの前へと移動する。
「ルブルム。知識としては性交をすれば孕む可能性があることを知っているとは思うが、子を孕んでいる間、子を産んで間もなくは行動にも生活にも制限がかかることも覚えておけ。それを支えられる覚悟と、支えることができるだけの資産を持たない男に対しては、性交を許すべきではないし、ルブルムの魅力的な体を見せることで興奮を誘うこともよくはない。精を出したい時期の男は、木の洞を見ても固くする見境なしもいる。そういう連中が欲望のみの衝動で女を襲った挙げ句の言い訳はいつも同じだ。自分が悪いのではなく、興奮させた女が悪いのだ、と。だからルブルム。お前が襲われかけたら、ためらわずに切り落とせ。『水刃』は液体ならばなんでも触媒とできる。酒でも血でも尿でも構わない。そして切り落とした後にお前が言ってやれ。自分が悪いのではない。興奮したお前が悪いのだと」
ディナ先輩の過去を知っていると、この言葉から苛烈さは感じない。
むしろ必要最低限な心構えなのだなとさえ。
「あとトシテル、ルブルムには時と場合を判断する癖はつけさせておけ。これは後でいい」
「はいっ」
ディナ先輩のご忠告を胸に、俺たちはようやく浴室から出た。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・テニール兄貴
ストウ村の門番。犬種の男性。リテルにとって素手や武器での近接戦闘を教えてくれた兄貴分。
フォーリーで領兵をしたのち、傭兵を経て、嫁を連れて故郷へ戻ってきた。リテルにナイフを隠せる脛当てを貸した。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。様々なことを学び、成長中。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
リテルに対して貧民街での最低限の知識やマナーを教えてくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
■ はみ出しコラム【防具】
ホルトゥスにおいては、最も一般的な防具は革鎧である。
主な理由は魔法の存在である。
(【火薬】の回にて触れたが)魔法が存在するために重火器が発達せず、また魔法の標的になることを避けるために敏捷性が求められるため。
さらには革鎧であれば、一般的な魔法『皮膚硬化』により硬さを増すことが可能であるため。
・なめし革
動物の皮を植物から採った液体へ漬けてなめし加工を行う。
出来上がった「なめし革」は様々な革加工品へと使用される。
革の厚さによっては鎧以外にも幅広い用途で使われる。
鎧や靴底には革の厚さが重要であるため、熊などの分厚い皮は材料として喜ばれる。
魔物によっては革として重宝されることもあるが、その稀少性から一般にはあまり流通していない。
・硬化革
皮を、蝋を加えて煮固めることにより硬さを出した革。
兵士(国兵、領兵、警備兵、郷土兵など)は、主に硬化革を鎧素材として使用する。
・金属補強
革鎧や硬化革鎧に更に、金属片や鋲などを取り付けて部分的な強度を増す場合がある。
傭兵などは特にこの金属補強部分を自分好みのデザインにして個性を演出することが少なくない。
・金属製鎧
輪のように加工した金属を重ねたものや、鎖状にした金属を重ねたもの、金属片を鱗のように並べたものなど、金属鎧は幾つかあり、時として革鎧の代わりや、革鎧に重ね着したりなどに使われることもある。
・鎧の部位
部位は兜、胴鎧、肩当て、小手、手袋、腿当て、脛当て、脚絆、急所特化鎧(心臓や股間)など。
動きやすさが重視されたデザインのものが多い。
・特定鎧
戦闘スタイルや獣種により鎧のデザインは異なるため、全身鎧としての販売は少なく、それぞれ使いやすい部分鎧を用いるのが一般的である。
ただし、何らかの公的機関に所属する兵士については、その鎧の色やデザインは統一されており、逆に所属しない者がその色やデザインの鎧を身につけることは禁じられている場合が多い。
・全身金属鎧
丈夫ではあるが重くて動きにくい金属鎧は、一般的な戦闘ではあまり使用されない。
しかし逆に動きにくいということで抵抗の意思がない意思表示となり、貴族主体の儀礼に使われることが多くなった。
部分的な金属鎧は、金属補強革鎧の延長として用いる者は少なからず居る。
・盾
盾についても取り回しに良い軽量なものが好まれる。
また同時に、体全体を遮蔽する効果を見込める大きな盾も好まれる。
大きな盾については、騎乗動物や馬車などに装備しておき、戦闘シーンによっては持ち出して使用するというのが一般的である。
・防御効果のある魔法を封じた魔法品
決して安くはないが、需要があるため一定量が流通している。
大抵は魔法を封じてある魔石に触れ、魔法発動を念じて魔法効果を得る。もちろん使用者はその魔法を知っていなければならないが。
魔法代償は発生するが、流通している魔法品であれば、魔石内に発動用の消費命が余分に格納されていることも少なくない。
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