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#25 必殺技チャンス
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パイアに襲われたときに必死に作った『ぶん殴る』だけど、実際の威力は想像してたほどでもなかった。
この先、身を守るにせよルブルムを守るにせよ、あんな程度の威力では到底足りないように思える。
となればもう、もっと強い魔法を作るしかないだろう。
一番単純な強化は魔法を発動する際に魔法代償を追加で消費する方法。
例えば一ディエスで発動する『発火』は、二ディエス消費すれば火力が倍になる。三ディエス消費すれば三倍に。魔法を束ねて発動する感じらしい。
実際は綺麗に等倍になるわけじゃないっぽいが、考え方としてはだいたいそんな――ということで魔法代償が三ディエスの『ぶん殴る』をもとに、とりあえず三倍威力で九ディエス消費の魔法を作ってみよう。
カエルレウム師匠から教わったのが、もとにした魔法を連想できる名前を別途用意して、束ねた魔法に新しく名付けてあげると、魔法発動を失敗しにくいというテクニック。
名前か……俺、ネーミングセンスないんだよな……。
迷いながら九ディエス分の消費命を用意して……ふと思う。もっと一撃必殺な感じに束ねたほうが良いのではないかと。
消費命にさらに六ディエス足して、十五ディエス――じゃなかった。十二進法だから十三ディエスか。寿命の渦からこんな大きく消費命を剥がすのは初めてだ。
だって本来なら半月分の寿命を消費して放つ魔法ってことだもんな――集めた消費命をいったん寿命の渦へと戻す。
カエルレウム師匠から教えていただいたことを思い出したから。
魔法を発動するとそれに見合うだけの魔法代償が要求され、それに見合うだけの寿命の渦が、魔法に吸い取られてしまう。そのとき「吸い取られ」に勢いがつくと、要求されている本来の寿命以上に追加で寿命が奪われてしまうことがある。
じいちゃんとこで使っていた灯油ストーブに灯油を入れるあの手動の灯油ポンプみたいに出続ける感じっぽい。
それを防止するための事前に準備するのが使用限度を決めた消費命なのだけれど、この消費命を集中する段階でも油断は禁物で、自分が制御できない量の消費命を集めてしまうと、魔法発動もなしに体外へ放出してしまう恐れがあって、しかもその場合でも追加で寿命が奪われることがあるとか。
寿命を消費するということへの心構えについては短い時間の中で何度もご忠告いただいた。
気持ちを落ち着かせる。
俺が魔法を使うたびに消費する消費命は、俺じゃなくリテルの寿命なのだから。
いくら寿命の渦の限界が、肉体の老いにより迎える身命限界よりも百年も二百年も多いとはいえ、半月分の寿命をポンポン消費していたらあっという間に寿命が尽きる。
決して無駄使いも失敗もしない。無理もしない――だけど死に直面した危機にはためらわず使おうと決めている。
死を迎えるというのは残りの寿命を全て使い尽くすようなものなのだから。
「紳士であれ」
これを唱えるとなんというか心身が引き締まる。
改めて集中する。
無理をせずまずは九ディエス分――いや、十二進数で考えると毎回無駄に思考を消費するから、三倍『ぶん殴る』って考えよう。
名前はカッコよさよりもわかり易さ。三倍だから『ぶんぶんぶん殴る』。いや長いな。『ぶぶぶん殴る』ネーミングセンスの欠片もないことはわかっているが、命がけの戦いのときにカッコよさなんて俺は要らない。
泥臭くとも生き残れる方が大事――このへんはリテルの経験からも大きく学んだ。狩りの際、獲物に気づかれないよう体や上着に泥やら鹿の糞やらを塗ったりもした記憶から。
寿命の渦はたくさん集めれば集めただけまとめるのが難しくなる。
手の長さに収まりきらない鍵盤のピアノを端から端まで弾こうとするみたいに。
でもピアノと違って寿命の渦は形を変えられる。鍵盤を直線ではなく曲線でイメージすると、手は届くようになる。だが今度はその状態でも弾けるかというところに問題が移る。
そこで発想の転換で、自分の手だけを動かすのではなく螺旋状の鍵盤が回転して弾きやすいように動いてくれたら。そういう感じに思考と集中を一つの曲にまとめて完成させる。
このアプローチが案外うまくいった。
結果として『ぶぶぶん殴る』はさして苦労もせずに消費命の集中と解放をできるように。
ふと、幼い頃にピアノを習っていた時間を思い出す。
既にある曲をなぞるのは楽しくなくて、とにかく自由に弾きたがった。母さんの課題は全く上達しないがために続けさせてもらえなかったけど、ピアノ自体は好きだった。
今思えば、こうして異世界で魔法の修行に役立っているんだから、わずかな間でもピアノを習わせてもらえたことに感謝しなきゃなのかな。
あれだけ疎外感を覚えていた家族だったし、こうして離れた今も「また会いたい」とは思えないけど、感謝するべきことにはこっちでたくさん気づけたような気がする。
よし。次は当初の予定の五倍『ぶん殴る』だ。
さっきのネーミングからすると『ぶぶぶぶぶん殴る』なんだけど、とっさのタイミングで使うには長い気もするし、「ぶ」の数を間違えて集中に失敗したらという不安もある。なのでシンプルに『ぶっ飛ばす』で行こう。
何度か繰り返す中で、いったん『ぶん殴る』を一発ずつ集中してそれに束ねてゆくカウントアップ方式が、集中しやすくて良いということに気づく。
片手の指それぞれに一本ずつ『ぶん殴る』を宿し、ぎゅっと握り込んで一つにして『ぶっ飛ばす』に。
実際に発動はしないが、それを何度も繰り返すうちに集中の速度も上がってゆく。
あまりにもうまくまとまり過ぎて、自分はどこかで油断なり慢心なりしちゃいないかと休憩を入れたほど。
集中に拳を握り込むアクションを加えたのも良かったかもしれない。
集中にかかる時間は拳を握り込む時間とはすぐに変わらなくなった。
この分だとさらに倍とかいけるんじゃないのか?
両手で『ぶっ飛ばす』を集めて、それを合わせて『倍ぶっ飛ばす』とか。
やる気と好奇心、そしてゲームでゾーンに入っているときみたいに高まっている集中力が俺を後押ししてくれる。
右手で『ぶっ飛ばす』集中した上で、今度は左手に『ぶっ飛ばす』を集中する。
さすがに意識がグラグラする。
消費命が、発動していない魔法の中に吸い込まれそうになる。
無理をせず左手は解放して、でも右手は集中したままで、左手の集中を繰り返してゆく。
何度か試すうちに、今度は片方ずつ集中するよりも両手同時に握り込む方がうまく集中できることがわかった。慣れてきたのかな。とにかくこれならいける。
こんな場所で無駄撃ちはしないが、きっと実戦でも使えるはず。
そこで気付いた。
『倍ぶっ飛ばす』を練習した後だと、『ぶっ飛ばす』の集中がさっきよりも簡単に感じることに。
一番基礎の『ぶん殴る』など、拳とか指とかに関係なく全身のどこにでも集中できる。
もしや自身で気付いていないだけで、実はちゃんと経験値が溜まっていたり、魔法スキルがランクアップしたりしてるのかな。
じゃあステップアップしなきゃだ。
パイアよりも危険な魔物が出たときに向けて超必殺魔法の開発を――よし。三倍ぶっ飛ばすイメージで『超ぶっ飛ばす』を――両手に集めた『ぶっ飛ばす』二回分の消費命を維持したまま、その両手を組み合わせる。そしてそこに三つ目の『ぶっ飛ばす』を集中――さすがにこれはキツい。
脳みその、手が届かない部分が熱いというか痒いというか。
集めた消費命をゆっくりと解放する。
今すぐには無理でも、練習を重ねればいけなくはない気がする。
一ヶ月半分の寿命を消費する凄まじい衝撃を与える魔法。なんとしてでもモノにしてやる。
今度は二つ足す一つではなく、最初から三つ分の消費命を集中する練習を――俺はそこで集中をやめた。
物凄い勢いでディナ先輩の寿命の渦が地上から地下へ、そしてこの部屋の扉の前まで近づいてきたからだ。
しかもこの寿命の渦の雰囲気からは、さっき俺の頬を剣で斬ったときと似た気配を感じる。
あっ、閂の開く音。
「お前っ! 何してるっ!」
ディナ先輩の怒声。
「魔法の練習です。カエルレウム様からは時間があれば訓練しなさいと……」
「何かあればカエルレウム様の名前を出せば済むと思っているな?」
「い、いえ、俺はまだ初心者なので……できるだけ早く魔法に慣れたくて」
痛っ。
うわ、マジか。
ディナ先輩はまた剣を抜いて、これ、俺の左肩を刺してる?
「お前、何者だ? 初心者というのは聞いている。だが、今の消費命は昨日今日魔法を習いたての初心者に集められる量をはるかに超えている。何のためにカエルレウム様やルブルムへ近づいた? もしやラビツとやらも悪巧み仲間か?」
「ち、違いますっ」
御者さんとルブルムの寿命の渦も階段を駆け下りてくる。
「ディナ先輩っ!」
「ディナ様!」
俺に駆け寄ろうとするルブルムをディナ先輩は剣で制した。
「ルブルム、こいつはカエルレウム様やお前のことを騙そうとしているかもしれない。私が許可するまで近寄るな」
「リテルは……そんなことしない」
「ルブルム。お前、思考を止めていないか? 自分がどのくらい時間をかけて消費命を集められるようになったか、思い出してみろ。それにこいつ、ずっと寿命の渦を偽装している。己を偽る者がよく使う手だ」
ディナ先輩、さすがカエルレウム師匠の弟子。ただ単に男嫌いゆえの行動かと思わせておいて、感情ではなく冷静に俺の行動を分析していたっぽい。
ただ残念なことに俺が魔法を覚え始めなのは事実なのだ。
「リテルは魔術特異症なのだ。だから寿命の渦の扱いに長けていてもおかしくはない」
「そうなのか? カエルレウム様はそこまでおっしゃられていなかった。ルブルムはこいつにそう言えと頼まれているのか?」
「違う、違う」
今のディナ先輩にはルブルムの言葉が届かない気がする。それならば俺の言葉などもっと届かない気もするが、だからといって自分から行動をしないというのは紳士ではないだろう。
「ディナ様。俺の本当の寿命の渦をお見せします」
俺は偽装の渦を解き、本来の寿命の渦を見せた。「∞」の形の寿命の渦を。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルが悩みを聞いたことで笑うようになり、二人の距離もかなり縮まった。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌いっぽいが、感情にまかせて動いているわけではなさげ。
・御者
ディナに仕えている。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。耳の形状はコウモリっぽい。
リテルに対しての態度が冷たくなくなった。
■ はみ出しコラム【兵士】
魔物や戦争が身近なホルトゥスにおいて、兵士というのは花形職業の一つである。
以下はラトウィヂ王国内における兵士について説明する。
兵士は危険を伴う任務が多いため、指揮系統に従うということも含めて職務とされている。
総じて給料が高く、さらには国兵や領兵においては鎧食住が確保されていることが普通である。
身分を問わず、長子以外で健康に優れた者は兵士を目指すことが少なくない。
管理職に進まなかった兵士は年齢制限で退兵するまでにお金を貯め、第二の人生を選ぶ者も少なくない。
・国兵
国王直属の兵士。王都防衛の他、国内の各種砦を拠点に活動する。
砦は有事の際の防衛拠点としてのみならず、各領主への牽制や、砦周辺の見回りや街道整備などを行い、国内の恒常的な安全を保つ役割もある。
・領兵
各領地における領主直属の兵士。領都防衛が主な任務。
砦周辺は基本的に王直轄地であり、領主が砦を持つ場合は国王の許可が必要。
また、領兵数も国に対して報告の義務があり、上限を引き上げる場合も国王の許可が必要。
・警備兵
主に領都において、富裕層が居住する地区を警備する兵士。
領主ではなく、その地区の富裕層による資金援助による民間警備会社の体を取る。しかし有事の際には領兵としての活動に参加することがあり、ある意味、国の管理に対する抜け道的な領兵でもある。
国兵、領兵に比べると、貴族出身の若者が多い傾向にある。
・郷土兵
地方集落における警備兵的な存在。一般に「門番さん」と呼ばれることが多い。
基本的にはその集落出身者が就く。国兵・領兵・傭兵上がりの者が多い。
一般的な国兵・領兵・警備兵とは異なり、防衛のみするわけではなく、都市部での市へ参加する際に往復時の護衛や、集落近くでの力仕事全般、ちょっとした頼まれ事なども行う便利屋的ポジション。
給料も支給されるが、現物支給が少なくない。
・傭兵
主に戦争業務に特化した期間契約兵。
戦争時には特別手当が付くため、警備兵よりも給金が高い。
また、各地域に配備されている魔術師のもとで魔物対応にあたる傭兵も少なくない。
※ 冒険者は存在しない
ラトウィヂ王国においては「冒険者」という職種が基本的には存在しない。仕事内容については傭兵がかなり近い。
ただ魔物については各地域毎に抱えられている兵士が担当するのが常で、ストウ村におけるラビツたちのように旅の傭兵へ依頼するというのはかなりのレアケースである。
非戦闘的な依頼については、地方集落においては郷土兵が、都市部においては民間の依頼斡旋屋に頼むのが普通である。
依頼斡旋屋については、次回コラムにて詳しく説明する。
また依頼斡旋屋とは別に、各地域の兵舎窓口でも護衛業務等を引き受けており、休暇中の兵士が小遣い稼ぎとして依頼を受けることもある。
この先、身を守るにせよルブルムを守るにせよ、あんな程度の威力では到底足りないように思える。
となればもう、もっと強い魔法を作るしかないだろう。
一番単純な強化は魔法を発動する際に魔法代償を追加で消費する方法。
例えば一ディエスで発動する『発火』は、二ディエス消費すれば火力が倍になる。三ディエス消費すれば三倍に。魔法を束ねて発動する感じらしい。
実際は綺麗に等倍になるわけじゃないっぽいが、考え方としてはだいたいそんな――ということで魔法代償が三ディエスの『ぶん殴る』をもとに、とりあえず三倍威力で九ディエス消費の魔法を作ってみよう。
カエルレウム師匠から教わったのが、もとにした魔法を連想できる名前を別途用意して、束ねた魔法に新しく名付けてあげると、魔法発動を失敗しにくいというテクニック。
名前か……俺、ネーミングセンスないんだよな……。
迷いながら九ディエス分の消費命を用意して……ふと思う。もっと一撃必殺な感じに束ねたほうが良いのではないかと。
消費命にさらに六ディエス足して、十五ディエス――じゃなかった。十二進法だから十三ディエスか。寿命の渦からこんな大きく消費命を剥がすのは初めてだ。
だって本来なら半月分の寿命を消費して放つ魔法ってことだもんな――集めた消費命をいったん寿命の渦へと戻す。
カエルレウム師匠から教えていただいたことを思い出したから。
魔法を発動するとそれに見合うだけの魔法代償が要求され、それに見合うだけの寿命の渦が、魔法に吸い取られてしまう。そのとき「吸い取られ」に勢いがつくと、要求されている本来の寿命以上に追加で寿命が奪われてしまうことがある。
じいちゃんとこで使っていた灯油ストーブに灯油を入れるあの手動の灯油ポンプみたいに出続ける感じっぽい。
それを防止するための事前に準備するのが使用限度を決めた消費命なのだけれど、この消費命を集中する段階でも油断は禁物で、自分が制御できない量の消費命を集めてしまうと、魔法発動もなしに体外へ放出してしまう恐れがあって、しかもその場合でも追加で寿命が奪われることがあるとか。
寿命を消費するということへの心構えについては短い時間の中で何度もご忠告いただいた。
気持ちを落ち着かせる。
俺が魔法を使うたびに消費する消費命は、俺じゃなくリテルの寿命なのだから。
いくら寿命の渦の限界が、肉体の老いにより迎える身命限界よりも百年も二百年も多いとはいえ、半月分の寿命をポンポン消費していたらあっという間に寿命が尽きる。
決して無駄使いも失敗もしない。無理もしない――だけど死に直面した危機にはためらわず使おうと決めている。
死を迎えるというのは残りの寿命を全て使い尽くすようなものなのだから。
「紳士であれ」
これを唱えるとなんというか心身が引き締まる。
改めて集中する。
無理をせずまずは九ディエス分――いや、十二進数で考えると毎回無駄に思考を消費するから、三倍『ぶん殴る』って考えよう。
名前はカッコよさよりもわかり易さ。三倍だから『ぶんぶんぶん殴る』。いや長いな。『ぶぶぶん殴る』ネーミングセンスの欠片もないことはわかっているが、命がけの戦いのときにカッコよさなんて俺は要らない。
泥臭くとも生き残れる方が大事――このへんはリテルの経験からも大きく学んだ。狩りの際、獲物に気づかれないよう体や上着に泥やら鹿の糞やらを塗ったりもした記憶から。
寿命の渦はたくさん集めれば集めただけまとめるのが難しくなる。
手の長さに収まりきらない鍵盤のピアノを端から端まで弾こうとするみたいに。
でもピアノと違って寿命の渦は形を変えられる。鍵盤を直線ではなく曲線でイメージすると、手は届くようになる。だが今度はその状態でも弾けるかというところに問題が移る。
そこで発想の転換で、自分の手だけを動かすのではなく螺旋状の鍵盤が回転して弾きやすいように動いてくれたら。そういう感じに思考と集中を一つの曲にまとめて完成させる。
このアプローチが案外うまくいった。
結果として『ぶぶぶん殴る』はさして苦労もせずに消費命の集中と解放をできるように。
ふと、幼い頃にピアノを習っていた時間を思い出す。
既にある曲をなぞるのは楽しくなくて、とにかく自由に弾きたがった。母さんの課題は全く上達しないがために続けさせてもらえなかったけど、ピアノ自体は好きだった。
今思えば、こうして異世界で魔法の修行に役立っているんだから、わずかな間でもピアノを習わせてもらえたことに感謝しなきゃなのかな。
あれだけ疎外感を覚えていた家族だったし、こうして離れた今も「また会いたい」とは思えないけど、感謝するべきことにはこっちでたくさん気づけたような気がする。
よし。次は当初の予定の五倍『ぶん殴る』だ。
さっきのネーミングからすると『ぶぶぶぶぶん殴る』なんだけど、とっさのタイミングで使うには長い気もするし、「ぶ」の数を間違えて集中に失敗したらという不安もある。なのでシンプルに『ぶっ飛ばす』で行こう。
何度か繰り返す中で、いったん『ぶん殴る』を一発ずつ集中してそれに束ねてゆくカウントアップ方式が、集中しやすくて良いということに気づく。
片手の指それぞれに一本ずつ『ぶん殴る』を宿し、ぎゅっと握り込んで一つにして『ぶっ飛ばす』に。
実際に発動はしないが、それを何度も繰り返すうちに集中の速度も上がってゆく。
あまりにもうまくまとまり過ぎて、自分はどこかで油断なり慢心なりしちゃいないかと休憩を入れたほど。
集中に拳を握り込むアクションを加えたのも良かったかもしれない。
集中にかかる時間は拳を握り込む時間とはすぐに変わらなくなった。
この分だとさらに倍とかいけるんじゃないのか?
両手で『ぶっ飛ばす』を集めて、それを合わせて『倍ぶっ飛ばす』とか。
やる気と好奇心、そしてゲームでゾーンに入っているときみたいに高まっている集中力が俺を後押ししてくれる。
右手で『ぶっ飛ばす』集中した上で、今度は左手に『ぶっ飛ばす』を集中する。
さすがに意識がグラグラする。
消費命が、発動していない魔法の中に吸い込まれそうになる。
無理をせず左手は解放して、でも右手は集中したままで、左手の集中を繰り返してゆく。
何度か試すうちに、今度は片方ずつ集中するよりも両手同時に握り込む方がうまく集中できることがわかった。慣れてきたのかな。とにかくこれならいける。
こんな場所で無駄撃ちはしないが、きっと実戦でも使えるはず。
そこで気付いた。
『倍ぶっ飛ばす』を練習した後だと、『ぶっ飛ばす』の集中がさっきよりも簡単に感じることに。
一番基礎の『ぶん殴る』など、拳とか指とかに関係なく全身のどこにでも集中できる。
もしや自身で気付いていないだけで、実はちゃんと経験値が溜まっていたり、魔法スキルがランクアップしたりしてるのかな。
じゃあステップアップしなきゃだ。
パイアよりも危険な魔物が出たときに向けて超必殺魔法の開発を――よし。三倍ぶっ飛ばすイメージで『超ぶっ飛ばす』を――両手に集めた『ぶっ飛ばす』二回分の消費命を維持したまま、その両手を組み合わせる。そしてそこに三つ目の『ぶっ飛ばす』を集中――さすがにこれはキツい。
脳みその、手が届かない部分が熱いというか痒いというか。
集めた消費命をゆっくりと解放する。
今すぐには無理でも、練習を重ねればいけなくはない気がする。
一ヶ月半分の寿命を消費する凄まじい衝撃を与える魔法。なんとしてでもモノにしてやる。
今度は二つ足す一つではなく、最初から三つ分の消費命を集中する練習を――俺はそこで集中をやめた。
物凄い勢いでディナ先輩の寿命の渦が地上から地下へ、そしてこの部屋の扉の前まで近づいてきたからだ。
しかもこの寿命の渦の雰囲気からは、さっき俺の頬を剣で斬ったときと似た気配を感じる。
あっ、閂の開く音。
「お前っ! 何してるっ!」
ディナ先輩の怒声。
「魔法の練習です。カエルレウム様からは時間があれば訓練しなさいと……」
「何かあればカエルレウム様の名前を出せば済むと思っているな?」
「い、いえ、俺はまだ初心者なので……できるだけ早く魔法に慣れたくて」
痛っ。
うわ、マジか。
ディナ先輩はまた剣を抜いて、これ、俺の左肩を刺してる?
「お前、何者だ? 初心者というのは聞いている。だが、今の消費命は昨日今日魔法を習いたての初心者に集められる量をはるかに超えている。何のためにカエルレウム様やルブルムへ近づいた? もしやラビツとやらも悪巧み仲間か?」
「ち、違いますっ」
御者さんとルブルムの寿命の渦も階段を駆け下りてくる。
「ディナ先輩っ!」
「ディナ様!」
俺に駆け寄ろうとするルブルムをディナ先輩は剣で制した。
「ルブルム、こいつはカエルレウム様やお前のことを騙そうとしているかもしれない。私が許可するまで近寄るな」
「リテルは……そんなことしない」
「ルブルム。お前、思考を止めていないか? 自分がどのくらい時間をかけて消費命を集められるようになったか、思い出してみろ。それにこいつ、ずっと寿命の渦を偽装している。己を偽る者がよく使う手だ」
ディナ先輩、さすがカエルレウム師匠の弟子。ただ単に男嫌いゆえの行動かと思わせておいて、感情ではなく冷静に俺の行動を分析していたっぽい。
ただ残念なことに俺が魔法を覚え始めなのは事実なのだ。
「リテルは魔術特異症なのだ。だから寿命の渦の扱いに長けていてもおかしくはない」
「そうなのか? カエルレウム様はそこまでおっしゃられていなかった。ルブルムはこいつにそう言えと頼まれているのか?」
「違う、違う」
今のディナ先輩にはルブルムの言葉が届かない気がする。それならば俺の言葉などもっと届かない気もするが、だからといって自分から行動をしないというのは紳士ではないだろう。
「ディナ様。俺の本当の寿命の渦をお見せします」
俺は偽装の渦を解き、本来の寿命の渦を見せた。「∞」の形の寿命の渦を。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
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・マドハト
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・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルが悩みを聞いたことで笑うようになり、二人の距離もかなり縮まった。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
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国王直属の兵士。王都防衛の他、国内の各種砦を拠点に活動する。
砦は有事の際の防衛拠点としてのみならず、各領主への牽制や、砦周辺の見回りや街道整備などを行い、国内の恒常的な安全を保つ役割もある。
・領兵
各領地における領主直属の兵士。領都防衛が主な任務。
砦周辺は基本的に王直轄地であり、領主が砦を持つ場合は国王の許可が必要。
また、領兵数も国に対して報告の義務があり、上限を引き上げる場合も国王の許可が必要。
・警備兵
主に領都において、富裕層が居住する地区を警備する兵士。
領主ではなく、その地区の富裕層による資金援助による民間警備会社の体を取る。しかし有事の際には領兵としての活動に参加することがあり、ある意味、国の管理に対する抜け道的な領兵でもある。
国兵、領兵に比べると、貴族出身の若者が多い傾向にある。
・郷土兵
地方集落における警備兵的な存在。一般に「門番さん」と呼ばれることが多い。
基本的にはその集落出身者が就く。国兵・領兵・傭兵上がりの者が多い。
一般的な国兵・領兵・警備兵とは異なり、防衛のみするわけではなく、都市部での市へ参加する際に往復時の護衛や、集落近くでの力仕事全般、ちょっとした頼まれ事なども行う便利屋的ポジション。
給料も支給されるが、現物支給が少なくない。
・傭兵
主に戦争業務に特化した期間契約兵。
戦争時には特別手当が付くため、警備兵よりも給金が高い。
また、各地域に配備されている魔術師のもとで魔物対応にあたる傭兵も少なくない。
※ 冒険者は存在しない
ラトウィヂ王国においては「冒険者」という職種が基本的には存在しない。仕事内容については傭兵がかなり近い。
ただ魔物については各地域毎に抱えられている兵士が担当するのが常で、ストウ村におけるラビツたちのように旅の傭兵へ依頼するというのはかなりのレアケースである。
非戦闘的な依頼については、地方集落においては郷土兵が、都市部においては民間の依頼斡旋屋に頼むのが普通である。
依頼斡旋屋については、次回コラムにて詳しく説明する。
また依頼斡旋屋とは別に、各地域の兵舎窓口でも護衛業務等を引き受けており、休暇中の兵士が小遣い稼ぎとして依頼を受けることもある。
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みちこ
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