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#21 魔法代償徴収刑
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フォーリーという街がどのくらい治安が良いのか、リテルは詳しくはない。この三人組が怪しいと感じたのは、俺の直感だ。
海外出張の多い父親と、海外公演をたまにする母親を持つ俺は、元の世界のそこらの十五歳よりおそらくは海外経験があるほうだと思う。その俺にはこいつらが、警戒心の薄い観光客に対して笑顔で近づいてくる詐欺師の類に見えてしかたなかったんだ。
本当に親切な人なのだとしたら、むやみやたらに触ってはこないはず。
だからしっかりと距離を置き、付け入る隙を与えず、それでも紳士的に解決したい、そう考えていた。
「勝手に触らないでください」
大きくはっきりとした声でそう言いながらルブルムの手を強く引いた結果、ルブルムの体を抱き寄せた形になってしまう。
その途端、ずっと笑顔を浮かべていた羊種の表情が青ざめた。
そいつの手は俺たちから離れ、自らの下腹部を押さえつつ何歩か後退る。
「エルーシ、どうしたんだよ突然」
鼠種が俺たちを囲むのをやめ、エルーシと呼ばれた羊種の元へと駆け寄った。
エルーシとやらがどういう状態なのかは分からなかったが、一つだけ分かっていることがある。マドハトが魔法を使ったということ。消費命の集中と消費を感じたのだ。
その時だった。けたたましい笛の音と足音とが近づいて来たのは。
「ヤベェ、エルーシ、レイーシ、ずらかるぞっ」
そう叫んで逃げようとした、やつらの仲間の猿種が、足を引っ掛けられて転んだ。
「マドハトだろ? もうそんなに元気になったのかい!」
そこには尻尾をブンブンと振っているポメ顔の犬種……先祖返りが居た。
格好からすると、彼も領兵っぽい。
「……クッサンドラ?」
「そうだよ! おいらだよ、マドハト!」
――なんて感動の再会っぽいものに気を取られているうちに、俺たち六人はあっという間に領兵さんたちに取り囲まれてしまった。
俺たちは衛兵の詰め所のような建物へと連れて行かれた。
荷物を没収され、こっちの三人とあっちの三人とでそれぞれ別々の牢へと入れられる。
牢の中は殺風景で、端っこに大きくはない蓋付きの壺が一つあるのみ。
おそらく二つ隣に入れられている連中の姿は見えないが、それでもエルーシの状況だけは伝わってくる。不快な臭いと音とで。
もう一度壺を見る。さっき蓋を開けてみて、それだけで用途がわかったこのトイレ壺に、ずっとまたがりっぱなしに違いない。
「マドハトがやったのか?」
小声で尋ねただけの俺が悪かった。
「はいです! 僕がやったです!」
マドハトはハキハキした声で答え、その直後にエルーシたちの悪態が廊下越しに響いた。
俺は街の中では許可なく魔法を使ってはいけないという「常識」や、こちらが小声になったらマドハトも小声で返すのだという「察し」をマドハトに教え始めた。
しかし当の本人は理解しているのかしていないのか、返事だけは元気なんだけどな……マドハトの年齢はリテルより一つ下。こちらの世界の十四歳は元の世界でいう十六歳だから、もう少しインテリジェンスを感じても良さそうなものなんだけど。
まあゴブリンやってた期間も長かったし、少しくらいは大目に見てやろうか。
ハッタに「待て」を教えたときを思い出しながら、マドハトに強く言い含める。
「俺が待てって言ったら、ちゃんと待つんだぞ」
「はいです!」
そんなお勉強と悪臭とでかなり疲れた小一時間を経て、ルブルムと俺だけ領兵さんに呼ばれた。
牢の外へ出され、体格の良い領兵さんたちに前後から挟まれながら階段を一つ昇り、地上階へと戻る。
でも解放されるわけではなく、入り口とは反対方向、建物の奥へと連れて行かれた。
角を曲がり、扉を一枚抜けた向こうのレンガ造りの通路には、四角いのぞき穴の空いた扉が幾つもついていて、その中の二つの扉へ別々に、俺とルブルムは分けられて案内された。
一アブス四方の窮屈な小部屋。
窓はなく、部屋の中央には小さなテーブルと椅子が二つ。
壁に取り付けられた燭台には二本のロウソクが灯され、それ以外は何もない。
俺と一緒に入ってきた大柄な衛兵――耳の形はサイとかカバとかに似ているがリテルの知らない獣種――にうながされるまま、奥側の椅子へと座る。
やがて、ノックのあと扉が開き、一人の猿種が入ってきた、
ご年配の、厳しい目をした猿種は部屋の奥側の椅子へと座り、おもむろに尋ねてきた。
「街の中で――壁の内側で、許可なく魔法を使ってはいけないということはご存知かな?」
「はい……ただ、彼は俺たちが攻撃されたと思ったようで、ついカッとなってしまったようです」
ついカッとなって。
こちらの言葉でしゃべれているってことは、似たような表現があるんだな。
「今回は目撃者も居て、君たちの正当防衛だということは判明している。あいつらは田舎から出てきたばかりの者ばかりを狙ってよく問題を起こす連中でね、前科もある」
目撃者というのは、マドハトのことを知っていたクッサンドラとかいうポメ顔先祖返りの犬種のことかな。
「荷物を調べさせてもらったが、君らは寄らずの森の魔女様の関係者でしたか――魔法を使った彼もですか?」
マドハトは特にカエルレウム師匠の弟子とは言われていない。カエルレウム師匠に迷惑がかかるようなことになってはいけないが、かといって俺を慕ってついてきてくれた、というか俺が無理やり同行させたマドハトを見捨てる気もない。
この「関係者」という言葉がどの程度の範囲を指すのかはわらからないが、思考を止めず言葉を探す。
「……彼は……マドハトは……隣村の出身で、俺の友人です。俺を助けるためにわざわざついてきてくれました。ストウ村に滞在中の領主監理官のザンダさまから、フォーリーまでの通行証を俺と一緒に発行されています」
「ふむ。監理官本部や魔術師組合に問い合わせた内容と齟齬もない。お弟子さまと君はたった今より釈放しよう。クスフォード虹爵さまの面会時間は、本日はもう終わっている。明日の朝、夜明けから二ホーラ以内に、虹爵さまの邸宅前に来なさい。城壁内への通行証はお弟子さまに渡してある」
「はい。ありがとうございます……あの、マドハトは……」
「残念ながら、例え正当防衛であろうとも街なかで魔法を使用した場合は魔法代償徴収刑であり、これは免れない。事情があろうとも、これだけは無罪放免にするわけにはいかないんだ……まあ、状況的に三年分の寿命で済むだろう。明日の夕方までには釈放されるだろうから、ここまで迎えに来るといい」
三年分の寿命……懲役みたいなものだとしても、けっこうヘビィだな。
それだけで済んだと考えるべきなのかな……いや俺がもっと気をつけていれば……。
紳士として、周囲への気配りが足りなかった。自分の判断ミスで人の命が年単位で失われる、そんなしたくもない経験をしたせいか、今更ながら手が震えてきた。
パイアに襲われたときのような、自分自身の命が脅かされていたときとはまた違う緊張感。
「……わかりました。ご迷惑をおかけしました」
俺は荷物を返され、ルブルムと合流し、領兵さんの詰め所から釈放された。
「リテル、大丈夫か?」
ルブルムが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「俺は大丈夫……マドハトを止められなかったことが悔しいだけ」
「マドハトも、リテルを慕っている。リテルが注意すれば、次からは防げる」
うん。そう思――「も」?
も、って。
そんな小さな言葉尻にまで神経を配ってしまっていた俺の背後で、馬が嘶いた。
振り返ると、立派な馬車が来ていた。
「本物の馬車だ」
ルブルムに何と言ったのか聞き返し、俺とリテルが今まで「馬車」だと思っていた単語が荷車だと知る。
ストウ村から乗ってきたのは簡易な幌屋根をつけた荷車で、こちらの屋根もドアもちゃんと木でしつらえられている立派なのが馬車。
そんなやりとりをしている間に、その立派な馬車の御者台から、フードを目深にかぶった人がひらりと飛び降りた。
「ルブルムさんですか? お乗りください」
フードの人が馬車の扉を開ける。女性っぽい声。フードのせいで獣種まではわからないが、肌は浅黒く、かろうじて見えた目には冷たさを感じた。
「あなたは?」
ルブルムが尋ねると、女性は軽くため息をつく。
「ディナ様から何も聞いておられないのですか?」
「ディナ先輩の使いの方か。では、失礼する」
ルブルムが乗り込む。
続けて俺も乗り込もうとすると、俺と馬車との間に鞭がスッと割り込む。
「この馬車には男は乗せないよう仰せつかっているので」
えええぇっ?
「では、私も乗らない。あなたは案内だけしてくれればいい」
ルブルムが鞭を押しのけて降りてくる。
「それでは私がディナ様に叱られます」
「ではリテルも一緒に乗せてくれ」
「ディナ様の許可が降りませんと」
押し問答が始まった。
マドハトのことで少し凹んでいた俺にとっては、うまい具合に気が紛れた。
「いいよ、ルブルム。今ここに居ない人の決定はここではどうにもできない。荷物だけ載せてもらえれば、俺は訓練だと思って走るから」
訓練と言ってしまったのがまずかったのか、ルブルムも真似して荷物だけ載せようとする。
「ルブルム、御者さんを困らせちゃうから。気になることがあるのなら、ルブルムが先輩にお会いしてから直接言うのがいいと思うよ」
渋々と馬車に乗りこんだルブルムだったが、馬車が発進した途端に後部の鎧窓を開き、笑顔で俺に手を振り始めた。
ずっと無表情でいたのは本当にアルブムへの申し訳なさだけで、本来は表情豊かな子なのかも。
ルブルムが笑顔でいる。ただそれだけでなんだか嬉しくなって、やけに体が軽く感じる。俺って単純だな。
人通りが少なくなった石畳の道をガタガタと馬車は進んでゆく。
陽はすっかりと落ち、双子月がもう外壁より上まで昇ってきている。
外街と、富裕層のための中街との区切りにあたる中壁の南門までたどり着くと警備兵さんに呼び止められた。領兵さんたちとは装備が違う。なんというか全体的に領兵さんたちのより高そうだし、態度も偉そうだ。
ルブルムが通行証を見せるまで、槍先を向けられていた俺は物乞いの追っかけにでも見えていたのだろうか。
「通っていいぞ。従者もだ」
従者という言葉にホッとする。
ただでさえ、俺たちの先輩――ディナ先輩とやらには、なんか曲者っぽい気配がしている。面倒ごとは極力避けたい。
大きくて頑丈そうな南門が開く。
よし。気持ちを切り替えて行こう――紳士であれ、俺。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。笑うようになった。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。男嫌いっぽい。
・御者
ディナに仕えているらしいフードの人。肌は浅黒く、冷たさを感じる目をした女性。
・親切を装う三人組
フォーリーの街で話しかけてきた羊種、猿種、鼠種の三人組。
ずっと笑顔を浮かべているが、胡散臭い。羊種の名前はエルーシ、もう一人の名前がレイーシ。
・クッサンドラ
マドハトの旧知の仲っぽい犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。フォーリーの領兵のようである。
■ はみ出しコラム【道】
以下はラトウィヂ王国における道について説明する。
・舗装路
壁に囲まれた範囲について、外街の主要な道と、中壁以内は全て石畳となっている。
城塞都市の内側においては、下水道が完備されている地区は必ず石畳である。
外壁に囲まれたエリア内には外街だけではなく一部農地もあり、その周辺については石畳が敷かれていない場所も少なくない。
・街道
都市と都市を結ぶ主要街道においては、整備された道である場合が多い。
砂利や石を敷き重ねた上に土を盛って突き固め、水はけのために周囲よりも高さを出している。
道幅は馬車がすれ違えるほどの広さがあり、主要街道の両側についても馬車が通れるほどの幅が確保されているが、そこは砂利が敷かれており馬車の移動には適さない。
・一日道
主要街道において、大都市まで馬車で一日程度の範囲距離においては、石畳が敷かれている。
一日道に入るということは大都市が近いという目安となっている。
・その他の道
街道から外れた各村への通り道、農村部の柵の内側の道は、土のままであることが多い。
ただ農村部であっても、集会用の広場などにおいては一部、石畳が敷かれていることもある。
・道の補修
主要街道を定期的に見回りしている各領都や砦の兵士が付近の見回り時や、一年毎に担当地域が変わる監理官(王直属監理官と領主直属監理官の移動時期は半年ずれている)が移動する際に見つけた道のほころびは、即座に報告され、公共事業として補修される。
・共同夜営地
主要街道においては、馬車で通常一日程度の距離毎に共同夜営地というものが設置されている。
数台の馬車を駐車できるほどの場所を覆う板塀と、雨露をしのげる粗末な小屋が用意されている。
ただし、使用にあたり自衛は大前提である。
・魔物避け
ホルトゥスにおける魔法や魔術の効果が高級的なものではなく、定期的に魔法代償の補充が必要なものであるため、街道や共同夜営地においてそのような魔法品が常設されている場所はない。
また一概に魔物避けといっても魔物自体の個性が豊かなため、汎用的な魔物避けといった魔法品は作成が困難と言われている。
最も有名で効果があるとされている汎用的な魔物避けの魔法品は、凶悪な魔物の排泄物の臭いを再現するものだが、これは悪臭であるとともに使用者自身も恐怖に慄いてしまうため、滅多に使われることはないという。
海外出張の多い父親と、海外公演をたまにする母親を持つ俺は、元の世界のそこらの十五歳よりおそらくは海外経験があるほうだと思う。その俺にはこいつらが、警戒心の薄い観光客に対して笑顔で近づいてくる詐欺師の類に見えてしかたなかったんだ。
本当に親切な人なのだとしたら、むやみやたらに触ってはこないはず。
だからしっかりと距離を置き、付け入る隙を与えず、それでも紳士的に解決したい、そう考えていた。
「勝手に触らないでください」
大きくはっきりとした声でそう言いながらルブルムの手を強く引いた結果、ルブルムの体を抱き寄せた形になってしまう。
その途端、ずっと笑顔を浮かべていた羊種の表情が青ざめた。
そいつの手は俺たちから離れ、自らの下腹部を押さえつつ何歩か後退る。
「エルーシ、どうしたんだよ突然」
鼠種が俺たちを囲むのをやめ、エルーシと呼ばれた羊種の元へと駆け寄った。
エルーシとやらがどういう状態なのかは分からなかったが、一つだけ分かっていることがある。マドハトが魔法を使ったということ。消費命の集中と消費を感じたのだ。
その時だった。けたたましい笛の音と足音とが近づいて来たのは。
「ヤベェ、エルーシ、レイーシ、ずらかるぞっ」
そう叫んで逃げようとした、やつらの仲間の猿種が、足を引っ掛けられて転んだ。
「マドハトだろ? もうそんなに元気になったのかい!」
そこには尻尾をブンブンと振っているポメ顔の犬種……先祖返りが居た。
格好からすると、彼も領兵っぽい。
「……クッサンドラ?」
「そうだよ! おいらだよ、マドハト!」
――なんて感動の再会っぽいものに気を取られているうちに、俺たち六人はあっという間に領兵さんたちに取り囲まれてしまった。
俺たちは衛兵の詰め所のような建物へと連れて行かれた。
荷物を没収され、こっちの三人とあっちの三人とでそれぞれ別々の牢へと入れられる。
牢の中は殺風景で、端っこに大きくはない蓋付きの壺が一つあるのみ。
おそらく二つ隣に入れられている連中の姿は見えないが、それでもエルーシの状況だけは伝わってくる。不快な臭いと音とで。
もう一度壺を見る。さっき蓋を開けてみて、それだけで用途がわかったこのトイレ壺に、ずっとまたがりっぱなしに違いない。
「マドハトがやったのか?」
小声で尋ねただけの俺が悪かった。
「はいです! 僕がやったです!」
マドハトはハキハキした声で答え、その直後にエルーシたちの悪態が廊下越しに響いた。
俺は街の中では許可なく魔法を使ってはいけないという「常識」や、こちらが小声になったらマドハトも小声で返すのだという「察し」をマドハトに教え始めた。
しかし当の本人は理解しているのかしていないのか、返事だけは元気なんだけどな……マドハトの年齢はリテルより一つ下。こちらの世界の十四歳は元の世界でいう十六歳だから、もう少しインテリジェンスを感じても良さそうなものなんだけど。
まあゴブリンやってた期間も長かったし、少しくらいは大目に見てやろうか。
ハッタに「待て」を教えたときを思い出しながら、マドハトに強く言い含める。
「俺が待てって言ったら、ちゃんと待つんだぞ」
「はいです!」
そんなお勉強と悪臭とでかなり疲れた小一時間を経て、ルブルムと俺だけ領兵さんに呼ばれた。
牢の外へ出され、体格の良い領兵さんたちに前後から挟まれながら階段を一つ昇り、地上階へと戻る。
でも解放されるわけではなく、入り口とは反対方向、建物の奥へと連れて行かれた。
角を曲がり、扉を一枚抜けた向こうのレンガ造りの通路には、四角いのぞき穴の空いた扉が幾つもついていて、その中の二つの扉へ別々に、俺とルブルムは分けられて案内された。
一アブス四方の窮屈な小部屋。
窓はなく、部屋の中央には小さなテーブルと椅子が二つ。
壁に取り付けられた燭台には二本のロウソクが灯され、それ以外は何もない。
俺と一緒に入ってきた大柄な衛兵――耳の形はサイとかカバとかに似ているがリテルの知らない獣種――にうながされるまま、奥側の椅子へと座る。
やがて、ノックのあと扉が開き、一人の猿種が入ってきた、
ご年配の、厳しい目をした猿種は部屋の奥側の椅子へと座り、おもむろに尋ねてきた。
「街の中で――壁の内側で、許可なく魔法を使ってはいけないということはご存知かな?」
「はい……ただ、彼は俺たちが攻撃されたと思ったようで、ついカッとなってしまったようです」
ついカッとなって。
こちらの言葉でしゃべれているってことは、似たような表現があるんだな。
「今回は目撃者も居て、君たちの正当防衛だということは判明している。あいつらは田舎から出てきたばかりの者ばかりを狙ってよく問題を起こす連中でね、前科もある」
目撃者というのは、マドハトのことを知っていたクッサンドラとかいうポメ顔先祖返りの犬種のことかな。
「荷物を調べさせてもらったが、君らは寄らずの森の魔女様の関係者でしたか――魔法を使った彼もですか?」
マドハトは特にカエルレウム師匠の弟子とは言われていない。カエルレウム師匠に迷惑がかかるようなことになってはいけないが、かといって俺を慕ってついてきてくれた、というか俺が無理やり同行させたマドハトを見捨てる気もない。
この「関係者」という言葉がどの程度の範囲を指すのかはわらからないが、思考を止めず言葉を探す。
「……彼は……マドハトは……隣村の出身で、俺の友人です。俺を助けるためにわざわざついてきてくれました。ストウ村に滞在中の領主監理官のザンダさまから、フォーリーまでの通行証を俺と一緒に発行されています」
「ふむ。監理官本部や魔術師組合に問い合わせた内容と齟齬もない。お弟子さまと君はたった今より釈放しよう。クスフォード虹爵さまの面会時間は、本日はもう終わっている。明日の朝、夜明けから二ホーラ以内に、虹爵さまの邸宅前に来なさい。城壁内への通行証はお弟子さまに渡してある」
「はい。ありがとうございます……あの、マドハトは……」
「残念ながら、例え正当防衛であろうとも街なかで魔法を使用した場合は魔法代償徴収刑であり、これは免れない。事情があろうとも、これだけは無罪放免にするわけにはいかないんだ……まあ、状況的に三年分の寿命で済むだろう。明日の夕方までには釈放されるだろうから、ここまで迎えに来るといい」
三年分の寿命……懲役みたいなものだとしても、けっこうヘビィだな。
それだけで済んだと考えるべきなのかな……いや俺がもっと気をつけていれば……。
紳士として、周囲への気配りが足りなかった。自分の判断ミスで人の命が年単位で失われる、そんなしたくもない経験をしたせいか、今更ながら手が震えてきた。
パイアに襲われたときのような、自分自身の命が脅かされていたときとはまた違う緊張感。
「……わかりました。ご迷惑をおかけしました」
俺は荷物を返され、ルブルムと合流し、領兵さんの詰め所から釈放された。
「リテル、大丈夫か?」
ルブルムが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「俺は大丈夫……マドハトを止められなかったことが悔しいだけ」
「マドハトも、リテルを慕っている。リテルが注意すれば、次からは防げる」
うん。そう思――「も」?
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振り返ると、立派な馬車が来ていた。
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ストウ村から乗ってきたのは簡易な幌屋根をつけた荷車で、こちらの屋根もドアもちゃんと木でしつらえられている立派なのが馬車。
そんなやりとりをしている間に、その立派な馬車の御者台から、フードを目深にかぶった人がひらりと飛び降りた。
「ルブルムさんですか? お乗りください」
フードの人が馬車の扉を開ける。女性っぽい声。フードのせいで獣種まではわからないが、肌は浅黒く、かろうじて見えた目には冷たさを感じた。
「あなたは?」
ルブルムが尋ねると、女性は軽くため息をつく。
「ディナ様から何も聞いておられないのですか?」
「ディナ先輩の使いの方か。では、失礼する」
ルブルムが乗り込む。
続けて俺も乗り込もうとすると、俺と馬車との間に鞭がスッと割り込む。
「この馬車には男は乗せないよう仰せつかっているので」
えええぇっ?
「では、私も乗らない。あなたは案内だけしてくれればいい」
ルブルムが鞭を押しのけて降りてくる。
「それでは私がディナ様に叱られます」
「ではリテルも一緒に乗せてくれ」
「ディナ様の許可が降りませんと」
押し問答が始まった。
マドハトのことで少し凹んでいた俺にとっては、うまい具合に気が紛れた。
「いいよ、ルブルム。今ここに居ない人の決定はここではどうにもできない。荷物だけ載せてもらえれば、俺は訓練だと思って走るから」
訓練と言ってしまったのがまずかったのか、ルブルムも真似して荷物だけ載せようとする。
「ルブルム、御者さんを困らせちゃうから。気になることがあるのなら、ルブルムが先輩にお会いしてから直接言うのがいいと思うよ」
渋々と馬車に乗りこんだルブルムだったが、馬車が発進した途端に後部の鎧窓を開き、笑顔で俺に手を振り始めた。
ずっと無表情でいたのは本当にアルブムへの申し訳なさだけで、本来は表情豊かな子なのかも。
ルブルムが笑顔でいる。ただそれだけでなんだか嬉しくなって、やけに体が軽く感じる。俺って単純だな。
人通りが少なくなった石畳の道をガタガタと馬車は進んでゆく。
陽はすっかりと落ち、双子月がもう外壁より上まで昇ってきている。
外街と、富裕層のための中街との区切りにあたる中壁の南門までたどり着くと警備兵さんに呼び止められた。領兵さんたちとは装備が違う。なんというか全体的に領兵さんたちのより高そうだし、態度も偉そうだ。
ルブルムが通行証を見せるまで、槍先を向けられていた俺は物乞いの追っかけにでも見えていたのだろうか。
「通っていいぞ。従者もだ」
従者という言葉にホッとする。
ただでさえ、俺たちの先輩――ディナ先輩とやらには、なんか曲者っぽい気配がしている。面倒ごとは極力避けたい。
大きくて頑丈そうな南門が開く。
よし。気持ちを切り替えて行こう――紳士であれ、俺。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。笑うようになった。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。男嫌いっぽい。
・御者
ディナに仕えているらしいフードの人。肌は浅黒く、冷たさを感じる目をした女性。
・親切を装う三人組
フォーリーの街で話しかけてきた羊種、猿種、鼠種の三人組。
ずっと笑顔を浮かべているが、胡散臭い。羊種の名前はエルーシ、もう一人の名前がレイーシ。
・クッサンドラ
マドハトの旧知の仲っぽい犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。フォーリーの領兵のようである。
■ はみ出しコラム【道】
以下はラトウィヂ王国における道について説明する。
・舗装路
壁に囲まれた範囲について、外街の主要な道と、中壁以内は全て石畳となっている。
城塞都市の内側においては、下水道が完備されている地区は必ず石畳である。
外壁に囲まれたエリア内には外街だけではなく一部農地もあり、その周辺については石畳が敷かれていない場所も少なくない。
・街道
都市と都市を結ぶ主要街道においては、整備された道である場合が多い。
砂利や石を敷き重ねた上に土を盛って突き固め、水はけのために周囲よりも高さを出している。
道幅は馬車がすれ違えるほどの広さがあり、主要街道の両側についても馬車が通れるほどの幅が確保されているが、そこは砂利が敷かれており馬車の移動には適さない。
・一日道
主要街道において、大都市まで馬車で一日程度の範囲距離においては、石畳が敷かれている。
一日道に入るということは大都市が近いという目安となっている。
・その他の道
街道から外れた各村への通り道、農村部の柵の内側の道は、土のままであることが多い。
ただ農村部であっても、集会用の広場などにおいては一部、石畳が敷かれていることもある。
・道の補修
主要街道を定期的に見回りしている各領都や砦の兵士が付近の見回り時や、一年毎に担当地域が変わる監理官(王直属監理官と領主直属監理官の移動時期は半年ずれている)が移動する際に見つけた道のほころびは、即座に報告され、公共事業として補修される。
・共同夜営地
主要街道においては、馬車で通常一日程度の距離毎に共同夜営地というものが設置されている。
数台の馬車を駐車できるほどの場所を覆う板塀と、雨露をしのげる粗末な小屋が用意されている。
ただし、使用にあたり自衛は大前提である。
・魔物避け
ホルトゥスにおける魔法や魔術の効果が高級的なものではなく、定期的に魔法代償の補充が必要なものであるため、街道や共同夜営地においてそのような魔法品が常設されている場所はない。
また一概に魔物避けといっても魔物自体の個性が豊かなため、汎用的な魔物避けといった魔法品は作成が困難と言われている。
最も有名で効果があるとされている汎用的な魔物避けの魔法品は、凶悪な魔物の排泄物の臭いを再現するものだが、これは悪臭であるとともに使用者自身も恐怖に慄いてしまうため、滅多に使われることはないという。
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泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
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感想は受け付けていません。
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