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#15 見る側、見られる側
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何が起きた?
全身に鈍い痛み――詳細を確認しようにも体は動かない。『魔力感知』では、さっきの謎の恥的生命体と距離が離れていることがわかる――俺のほうが吹き飛ばされた?
魔獣が俺の魔法代償集中に勘づいて?
何はともあれ距離ができたのは、今の俺にとっては幸いだ。
落ち着け、俺。ここから立て直す。
服のはだけた所には痛みに混ざってひんやりとした冷たさと鋭い固さとを感じる。岩場?
それよりも、冷たさの上を流れる温かいもの……これ、もしかして俺の血か?
まずい。治癒の魔法をかけないとっ――だけじゃない。呼吸が苦しく――麻痺の効果が強くなっている?
体中の筋肉がうまく動かせないということは、もしかして肺とか心臓とかを動かす筋肉も危ないってことか?
傷は場所がわからないと治すイメージを正確に集中できない。ならば先に内蔵を動かす筋肉を回復させるべきか。
筋肉に正常な動きを取り戻す……医学の専門的な知識がない状態では、手探りで魔法の思考をするしかない。
ありがたいことに、科学的に完全に正しくはなくとも魔法が発動できないわけないことはわかっている。しかし、より負荷の少ない――魔法代償の少ない思考の方がいい。時間をかけられない中でそれを探す。俺の肺や心臓が止まる前に。
待てよ。毒を消す方向はどうだ?
いや漠然とし過ぎてる。それにどうやって毒を特定する?
毒だけ他と区別して……他?
そうだ。火打ち石と火打ち金とを一時的に借りてくるっていうアレは使えないか? 毒にやられる前の俺の体を借りてきて――実際に持ってくるのではなく参照だけして、比較して、その差分を毒として排出する。その排出した毒を血液に乗せて、傷口まで運んで外へ出す。全て毒が出たら傷口を、癒やして……思考が遠のきかける。
ダメだ。複雑にしたら、魔法代償が増大する。
時間がない。まずは毒を抜くことだけに集中する!
魔法代償をどのくらい消費するかはわからないから、事前に消費命を集めておいて、意識を保てている間にそれを使い切る感じで――贅沢に六ディエス分を。
毒を受ける前の俺の体と比べて差分を異物として体外へ排出する――『異物排出』!
魔法が発動する間、必死に意識をつなぎとめる――なんとか、魔法は発動した。
六ディエス分がどれほどの効果になったかは分からないが息苦しさは減った気がする――けど、意識が……なんでだ?
早く傷口に『生命回復』を……傷口に……傷口は……どこ、だ……。全身の痛みの中で、体はまだ十分に……動かないし、傷口は……ぶるりと震える……寒い……温もりが消えて……ああ、そうか……血が……止まら……。
気がつくと、舐められていた。
顔を。
ハッタ……いやマドハトに。
――俺は生きているのか?
ほわん、と喉のあたりから体中へ、温かいものが波紋のように広がってゆく。
カエルレウム師匠の手が、俺の首に添えられている。
その指先に魔法代償が溜まるのが見え、それがまた温かいものへと変わり、俺の全身へと広がる。
なんだこれ温泉みたいに温まる……やけに気持ちいい……俺の体が、生き物としての機能を取り戻してゆくのを感じる。
呼吸も楽になっている。
あぁ。手が持ち上がる。動かせる――まず最初に、マドハトの頭をつかんで俺の顔から引き剥がした。
「パイアに襲われて生き延びたとは素晴らしいぞ、リテル。呪詛に伝染していたおかげもあるだろうが」
「……パイア?」
「もともとは地界に住む魔物だ。普段の見た目は猪だし行動も寿命の渦も猪そのものだがな、付近に住む人型の生物を観察して交尾用の疑似性器を作成する。そして発情期になると、その疑似性器――大抵は精取得の目標とした人型生物の女性体の形を取る――を猪の体の外へと出し、獲物を誘う。今回は猿種の女性の姿を作っていたから、マドハトではなくリテルが狙われたのだろうな」
疑似性器……まさかあの尻尾の先の人間部分がまるごと?
「その作成って、魔法で姿を変えるのですか?」
「いや。消費命を費やしている可能性はあるがな、育児嚢の中で数月を費やしてゆっくりと生成するらしい」
「ということは、今回開いた異門よりも前からこちらへ来ていたということですか?」
「その通り。だが、パイアは寿命の渦の偽装に長けていて、発情期が来るまでは普通の猪にしか見えないのだ。だから私にも発見できなかった」
「魔物も寿命の渦を操作するんですね」
「魔物だからという思考は危険だ。到達できる思考の領域を自ら狭めることになる」
「すみません。確かにそうですね」
ゴブリンたちの遺体を埋める時に同じようなことを感じたはずなのに。
頭では理解していてもなかなか身についてくれない。
「瘴気もまとっていなかったので移住者の可能性もある。パイアは精を得て妊娠した場合、栄養を摂取するために村一つを滅ぼすほどの食欲を発揮する。ストウ村もゴド村も滅びてはいないから、この辺で育った個体ではないだろう。誰かが異門を越えて運んだとしても、瘴気は残るから」
「運ぶ? それは兵器としてですか?」
そんな凶悪な魔物を、村一つ潰してまで?
「パイアは筋肉の動きを奪う毒を使うのだが、その毒は少量ならば媚薬としても有効でな。報酬目当てでわざわざ連れてくる愚か者もいるのだ」
そんな危険な生き物だったとは……俺の貞操も命もよく無事だったよな。
パイア自体にも、そんな危険生物を金のために平気で運ぼうとする人に対しても寒気を覚える……ん?
他にも寒気を感じる箇所がある……ゾッというよりはスースーというか。
「な……」
なんで、と言おうとしたんだ。
でも絶句してしまった。飛び起きた俺の視界にあった光景があまりにも異様だったから。
カエルレウム師匠の家を囲んでそそり立つキノコの一つに寝かされていた俺のズボンが膝下まで脱がされていて、下半身が月明かりに照らされていた。
しかもそんな股間をルブルム先輩とアルブムまでもが顔を近づけて凝視していた。
「わわわっ! 何しているんですかっ!」
俺は慌てて自分のズボンを腰まで引っ張り上げる。あちこち擦り切れ、血でべったりと汚れてはいるが、大事な所はようやく隠せた。
腰紐が見つからないので両手でぎゅっと押さえている俺のその手に、ルブルム先輩の手が優しく触れる。
「もっと見せてくれないか?」
ルブルム先輩は無表情を貫いたまま、今度は俺の顔を見つめる。
なんだ?
何言ってるんだコイツ。先輩だけどコイツ。パイアとかいう魔物だけじゃなく、ルブルム先輩も痴女なのか?
「い、嫌だよ……なんで……俺だけ見られなきゃいけないんですか!」
ごめんリテル。お前の大事なところを、ケティ以外に見せたりして。
「そうか、私も見せればよいのか」
ルブルム先輩は自分の腰紐を解こうとする。アルブムも兎耳をくるりとさせながら、自分の腰紐へと手を延ばす。
俺は慌てて二人の手をつかみ、その行為を止めさせた。
「どうして止めるのか?」
「えーとっ……自分の股間は、そんな簡単に他人に見せていいものじゃないんです」
「そうなのか。わかった」
ルブルム先輩があっさり腰紐を解くのをやめたると、アルブムもそれに倣う。
「リテル、二人を許してあげてほしい。二人とも獣種の男性の生殖器を生で見るのは初めてなのだ。魔術師にとって知識は重要だからな。知識がなければ魔法代償をいくら用意できても、魔法をいくら学んでも、適切な時に適切な魔法を使うことはできないから――とはいえ、わざと露出させたわけではない。パイアを倒した際、君の延命を最優先させたのでね。結果的に紛失した腰紐は探してもいないというだけで、その点については仕方がなかったのだ」
「リテルさま! 生きてる! 僕、嬉しいです!」
マドハトが横でぴょんぴょん跳んでからまた俺の顔を舐めようとしたので、頭を軽く叩いてやめさせる。
しゅんとしたマドハトは俺からちょっとだけ離れてうなだれる。この怒られたときの顔もまた本当にハッタに似ていて困る。
ただパイアの話を聞いた直後だと、舐められるということにも嫌悪感を覚えてしまう。
襲われたときに感じたこと。今こうして見られている側も体験したことでも、俺の価値観は今までいかに一方的で狭かったのかと恥ずかしく感じる。
俺は今までたまたま襲われない側に、見る側にいたに過ぎない。そういう気付きのなさが思考を狭めて、紳士への道を遠ざけるんだろうな。
改めて、俺は紳士たらんと誓おう。
「ところでリテル、自分で治療を試みたか?」
カエルレウム師匠が俺の右肩に触れる。直接指先の温もりを感じたので見るとシャツの右肩部分に血まみれの大きな裂け目が見えた。傷はもう綺麗に治されているが、あの大量出血はここからだったのかな。
「は、はい。毒を体の外へ排出する魔法を作って使ってみました」
「なるほど。そのおかげで毒を治療する魔法が殊の外よく効いた。毒に慣れるために少量の毒を接種するという方法論があるのだが、毒への抵抗力を上げるために毒を少し残して抜くというのも面白いな」
六ディエスでは足りなかったのか……ああそうか。
でもおかげで図らずもワクチン接種みたいな感じになったのか。いや毒だと血清というべきか?
「カエルレウム師匠、毒を治療する魔法を教えてください」
「構わんが数が多いぞ。毒の種類だけ治療魔法があるからな」
「ならばせめて、今の……パイア毒への」
「いいだろう」
カエルレウム師匠が俺の右手を取り『パイア毒の解毒』を教えてくださる。
解毒系の魔法は、一度受けた毒に対しては習得が容易になり、また解毒効果自体も発揮しやすくなるそうだ。
それから、魔法を習ったときに暴発しそうになった俺の『発火』を打ち消していただいた魔法――『魔力消散』も改めて教えていただいた。思考としては、触れている魔法の発動時に発生する魔法代償に対し、偽の消費命を先んじて渡し、魔法の発動を失敗させる感じ。
つまり触れている魔法に関しては、寿命の渦のコントロールが上手というか速ければ打ち消せる。西部劇の早撃ちみたいだな。
「『魔力感知』を鍛えることが重要なのですね」
「慣れるには、常に『魔力感知』を使うといい。見たり聞いたり呼吸をするように、無意識のうちに使えるようになれば寿命の渦が見えなくなるようにする技も身につけられるだろう。今夜ずっと気にしていただろう?」
「は、はい」
わかっておられたのか……ああ、そうか。『魔力感知』にも、感知する側だけじゃなく感知される側があるってことか。
「リテル、なぜ笑う?」
ルブルム先輩にそう言われて、俺は自分が笑っていることに気付いた。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
ゴブリン時代にリテルに助けられたことを恩に感じついてきた。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。
・アルブム
魔女様の弟子と思われる白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・パイア
猪のような外観の地界の魔物。育児嚢の中で、獲物となる人型の女性に似た疑似性器を作成する。
甘い匂いを出し体を麻痺させる毒を持つ。獲物の男から精を貪り妊娠すると、村を一つ滅ぼすほど人を喰らう。
■ はみ出しコラム【魔石と爵位】
ホルトゥスにおける国の制度は、国王が自分の領地を貸し与え、その見返りとして忠誠を得るというシステムである。
国王は領地と共に爵位を与える。爵位持ちを貴族と呼び、貴族はその爵位に応じた貢献を国に対して返す。
・爵位
貴族の爵位については、魔石の稀少度に準じて定められている。
虹爵
紅爵
白爵
紫爵
濁爵
虹爵から紫爵までは領地を持つが、濁爵については領地を持たない貴族という扱い。
濁爵は貴族の長子以外の子女に多く、他の貴族の屋敷で働く者も少なくない。そこで見初められれば、そのまま勤める貴族の家の婿なり嫁なりになれる可能性があるため。
・長子世襲
ホルトゥスにおいては長子世襲が常であり、職業についても長女が継ぐことも珍しくない。嫁にせよ婿にせよ、家の外から子供のパートナーを取る必要があるという点で同じ価値観でとらえられている。
そのため爵位も直系の血脈が受け継ぎ、爵位を持つ女性の婿になった男は、女性よりも爵位が低いことも普通にある。
・勲爵
平民は貴族に直接謁見することができず、王や貴族の身辺を守る者や、貴族に謁見する必要が生じた者に関しては一代限りの勲爵という一時爵位を与えられることがある。もちろん、領地は持たない。
魔術師は勲爵を与えられている者が少なくない。
・魔石の種類
消費命を貯めることができる鉱石。都市部においては魔石に消費命を貯めてくれるサービスがあり(次回コラムにて詳しく説明する)、魔術師が使用したり、魔法品の材料としても利用される。
虹魔石
紅魔石
白魔石
紫魔石
濁り魔石
全身に鈍い痛み――詳細を確認しようにも体は動かない。『魔力感知』では、さっきの謎の恥的生命体と距離が離れていることがわかる――俺のほうが吹き飛ばされた?
魔獣が俺の魔法代償集中に勘づいて?
何はともあれ距離ができたのは、今の俺にとっては幸いだ。
落ち着け、俺。ここから立て直す。
服のはだけた所には痛みに混ざってひんやりとした冷たさと鋭い固さとを感じる。岩場?
それよりも、冷たさの上を流れる温かいもの……これ、もしかして俺の血か?
まずい。治癒の魔法をかけないとっ――だけじゃない。呼吸が苦しく――麻痺の効果が強くなっている?
体中の筋肉がうまく動かせないということは、もしかして肺とか心臓とかを動かす筋肉も危ないってことか?
傷は場所がわからないと治すイメージを正確に集中できない。ならば先に内蔵を動かす筋肉を回復させるべきか。
筋肉に正常な動きを取り戻す……医学の専門的な知識がない状態では、手探りで魔法の思考をするしかない。
ありがたいことに、科学的に完全に正しくはなくとも魔法が発動できないわけないことはわかっている。しかし、より負荷の少ない――魔法代償の少ない思考の方がいい。時間をかけられない中でそれを探す。俺の肺や心臓が止まる前に。
待てよ。毒を消す方向はどうだ?
いや漠然とし過ぎてる。それにどうやって毒を特定する?
毒だけ他と区別して……他?
そうだ。火打ち石と火打ち金とを一時的に借りてくるっていうアレは使えないか? 毒にやられる前の俺の体を借りてきて――実際に持ってくるのではなく参照だけして、比較して、その差分を毒として排出する。その排出した毒を血液に乗せて、傷口まで運んで外へ出す。全て毒が出たら傷口を、癒やして……思考が遠のきかける。
ダメだ。複雑にしたら、魔法代償が増大する。
時間がない。まずは毒を抜くことだけに集中する!
魔法代償をどのくらい消費するかはわからないから、事前に消費命を集めておいて、意識を保てている間にそれを使い切る感じで――贅沢に六ディエス分を。
毒を受ける前の俺の体と比べて差分を異物として体外へ排出する――『異物排出』!
魔法が発動する間、必死に意識をつなぎとめる――なんとか、魔法は発動した。
六ディエス分がどれほどの効果になったかは分からないが息苦しさは減った気がする――けど、意識が……なんでだ?
早く傷口に『生命回復』を……傷口に……傷口は……どこ、だ……。全身の痛みの中で、体はまだ十分に……動かないし、傷口は……ぶるりと震える……寒い……温もりが消えて……ああ、そうか……血が……止まら……。
気がつくと、舐められていた。
顔を。
ハッタ……いやマドハトに。
――俺は生きているのか?
ほわん、と喉のあたりから体中へ、温かいものが波紋のように広がってゆく。
カエルレウム師匠の手が、俺の首に添えられている。
その指先に魔法代償が溜まるのが見え、それがまた温かいものへと変わり、俺の全身へと広がる。
なんだこれ温泉みたいに温まる……やけに気持ちいい……俺の体が、生き物としての機能を取り戻してゆくのを感じる。
呼吸も楽になっている。
あぁ。手が持ち上がる。動かせる――まず最初に、マドハトの頭をつかんで俺の顔から引き剥がした。
「パイアに襲われて生き延びたとは素晴らしいぞ、リテル。呪詛に伝染していたおかげもあるだろうが」
「……パイア?」
「もともとは地界に住む魔物だ。普段の見た目は猪だし行動も寿命の渦も猪そのものだがな、付近に住む人型の生物を観察して交尾用の疑似性器を作成する。そして発情期になると、その疑似性器――大抵は精取得の目標とした人型生物の女性体の形を取る――を猪の体の外へと出し、獲物を誘う。今回は猿種の女性の姿を作っていたから、マドハトではなくリテルが狙われたのだろうな」
疑似性器……まさかあの尻尾の先の人間部分がまるごと?
「その作成って、魔法で姿を変えるのですか?」
「いや。消費命を費やしている可能性はあるがな、育児嚢の中で数月を費やしてゆっくりと生成するらしい」
「ということは、今回開いた異門よりも前からこちらへ来ていたということですか?」
「その通り。だが、パイアは寿命の渦の偽装に長けていて、発情期が来るまでは普通の猪にしか見えないのだ。だから私にも発見できなかった」
「魔物も寿命の渦を操作するんですね」
「魔物だからという思考は危険だ。到達できる思考の領域を自ら狭めることになる」
「すみません。確かにそうですね」
ゴブリンたちの遺体を埋める時に同じようなことを感じたはずなのに。
頭では理解していてもなかなか身についてくれない。
「瘴気もまとっていなかったので移住者の可能性もある。パイアは精を得て妊娠した場合、栄養を摂取するために村一つを滅ぼすほどの食欲を発揮する。ストウ村もゴド村も滅びてはいないから、この辺で育った個体ではないだろう。誰かが異門を越えて運んだとしても、瘴気は残るから」
「運ぶ? それは兵器としてですか?」
そんな凶悪な魔物を、村一つ潰してまで?
「パイアは筋肉の動きを奪う毒を使うのだが、その毒は少量ならば媚薬としても有効でな。報酬目当てでわざわざ連れてくる愚か者もいるのだ」
そんな危険な生き物だったとは……俺の貞操も命もよく無事だったよな。
パイア自体にも、そんな危険生物を金のために平気で運ぼうとする人に対しても寒気を覚える……ん?
他にも寒気を感じる箇所がある……ゾッというよりはスースーというか。
「な……」
なんで、と言おうとしたんだ。
でも絶句してしまった。飛び起きた俺の視界にあった光景があまりにも異様だったから。
カエルレウム師匠の家を囲んでそそり立つキノコの一つに寝かされていた俺のズボンが膝下まで脱がされていて、下半身が月明かりに照らされていた。
しかもそんな股間をルブルム先輩とアルブムまでもが顔を近づけて凝視していた。
「わわわっ! 何しているんですかっ!」
俺は慌てて自分のズボンを腰まで引っ張り上げる。あちこち擦り切れ、血でべったりと汚れてはいるが、大事な所はようやく隠せた。
腰紐が見つからないので両手でぎゅっと押さえている俺のその手に、ルブルム先輩の手が優しく触れる。
「もっと見せてくれないか?」
ルブルム先輩は無表情を貫いたまま、今度は俺の顔を見つめる。
なんだ?
何言ってるんだコイツ。先輩だけどコイツ。パイアとかいう魔物だけじゃなく、ルブルム先輩も痴女なのか?
「い、嫌だよ……なんで……俺だけ見られなきゃいけないんですか!」
ごめんリテル。お前の大事なところを、ケティ以外に見せたりして。
「そうか、私も見せればよいのか」
ルブルム先輩は自分の腰紐を解こうとする。アルブムも兎耳をくるりとさせながら、自分の腰紐へと手を延ばす。
俺は慌てて二人の手をつかみ、その行為を止めさせた。
「どうして止めるのか?」
「えーとっ……自分の股間は、そんな簡単に他人に見せていいものじゃないんです」
「そうなのか。わかった」
ルブルム先輩があっさり腰紐を解くのをやめたると、アルブムもそれに倣う。
「リテル、二人を許してあげてほしい。二人とも獣種の男性の生殖器を生で見るのは初めてなのだ。魔術師にとって知識は重要だからな。知識がなければ魔法代償をいくら用意できても、魔法をいくら学んでも、適切な時に適切な魔法を使うことはできないから――とはいえ、わざと露出させたわけではない。パイアを倒した際、君の延命を最優先させたのでね。結果的に紛失した腰紐は探してもいないというだけで、その点については仕方がなかったのだ」
「リテルさま! 生きてる! 僕、嬉しいです!」
マドハトが横でぴょんぴょん跳んでからまた俺の顔を舐めようとしたので、頭を軽く叩いてやめさせる。
しゅんとしたマドハトは俺からちょっとだけ離れてうなだれる。この怒られたときの顔もまた本当にハッタに似ていて困る。
ただパイアの話を聞いた直後だと、舐められるということにも嫌悪感を覚えてしまう。
襲われたときに感じたこと。今こうして見られている側も体験したことでも、俺の価値観は今までいかに一方的で狭かったのかと恥ずかしく感じる。
俺は今までたまたま襲われない側に、見る側にいたに過ぎない。そういう気付きのなさが思考を狭めて、紳士への道を遠ざけるんだろうな。
改めて、俺は紳士たらんと誓おう。
「ところでリテル、自分で治療を試みたか?」
カエルレウム師匠が俺の右肩に触れる。直接指先の温もりを感じたので見るとシャツの右肩部分に血まみれの大きな裂け目が見えた。傷はもう綺麗に治されているが、あの大量出血はここからだったのかな。
「は、はい。毒を体の外へ排出する魔法を作って使ってみました」
「なるほど。そのおかげで毒を治療する魔法が殊の外よく効いた。毒に慣れるために少量の毒を接種するという方法論があるのだが、毒への抵抗力を上げるために毒を少し残して抜くというのも面白いな」
六ディエスでは足りなかったのか……ああそうか。
でもおかげで図らずもワクチン接種みたいな感じになったのか。いや毒だと血清というべきか?
「カエルレウム師匠、毒を治療する魔法を教えてください」
「構わんが数が多いぞ。毒の種類だけ治療魔法があるからな」
「ならばせめて、今の……パイア毒への」
「いいだろう」
カエルレウム師匠が俺の右手を取り『パイア毒の解毒』を教えてくださる。
解毒系の魔法は、一度受けた毒に対しては習得が容易になり、また解毒効果自体も発揮しやすくなるそうだ。
それから、魔法を習ったときに暴発しそうになった俺の『発火』を打ち消していただいた魔法――『魔力消散』も改めて教えていただいた。思考としては、触れている魔法の発動時に発生する魔法代償に対し、偽の消費命を先んじて渡し、魔法の発動を失敗させる感じ。
つまり触れている魔法に関しては、寿命の渦のコントロールが上手というか速ければ打ち消せる。西部劇の早撃ちみたいだな。
「『魔力感知』を鍛えることが重要なのですね」
「慣れるには、常に『魔力感知』を使うといい。見たり聞いたり呼吸をするように、無意識のうちに使えるようになれば寿命の渦が見えなくなるようにする技も身につけられるだろう。今夜ずっと気にしていただろう?」
「は、はい」
わかっておられたのか……ああ、そうか。『魔力感知』にも、感知する側だけじゃなく感知される側があるってことか。
「リテル、なぜ笑う?」
ルブルム先輩にそう言われて、俺は自分が笑っていることに気付いた。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
ゴブリン時代にリテルに助けられたことを恩に感じついてきた。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。
・アルブム
魔女様の弟子と思われる白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・パイア
猪のような外観の地界の魔物。育児嚢の中で、獲物となる人型の女性に似た疑似性器を作成する。
甘い匂いを出し体を麻痺させる毒を持つ。獲物の男から精を貪り妊娠すると、村を一つ滅ぼすほど人を喰らう。
■ はみ出しコラム【魔石と爵位】
ホルトゥスにおける国の制度は、国王が自分の領地を貸し与え、その見返りとして忠誠を得るというシステムである。
国王は領地と共に爵位を与える。爵位持ちを貴族と呼び、貴族はその爵位に応じた貢献を国に対して返す。
・爵位
貴族の爵位については、魔石の稀少度に準じて定められている。
虹爵
紅爵
白爵
紫爵
濁爵
虹爵から紫爵までは領地を持つが、濁爵については領地を持たない貴族という扱い。
濁爵は貴族の長子以外の子女に多く、他の貴族の屋敷で働く者も少なくない。そこで見初められれば、そのまま勤める貴族の家の婿なり嫁なりになれる可能性があるため。
・長子世襲
ホルトゥスにおいては長子世襲が常であり、職業についても長女が継ぐことも珍しくない。嫁にせよ婿にせよ、家の外から子供のパートナーを取る必要があるという点で同じ価値観でとらえられている。
そのため爵位も直系の血脈が受け継ぎ、爵位を持つ女性の婿になった男は、女性よりも爵位が低いことも普通にある。
・勲爵
平民は貴族に直接謁見することができず、王や貴族の身辺を守る者や、貴族に謁見する必要が生じた者に関しては一代限りの勲爵という一時爵位を与えられることがある。もちろん、領地は持たない。
魔術師は勲爵を与えられている者が少なくない。
・魔石の種類
消費命を貯めることができる鉱石。都市部においては魔石に消費命を貯めてくれるサービスがあり(次回コラムにて詳しく説明する)、魔術師が使用したり、魔法品の材料としても利用される。
虹魔石
紅魔石
白魔石
紫魔石
濁り魔石
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完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~
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この世界における調香師とは、『香り』を扱うことができる資格を持つ人のこと。医師や法曹三資格以上に難関だとされるこの資格を持つ人は少ない。
エルスオング大公国の調香師、フェオドーラ・ラススヴェーテは四年前に引き継いだ調香店『ステルラ』で今日も客人を迎え、様々な悩みを解決する。
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彼女と幼馴染であるミール(ミロン)はエリザベータの遺した『香り』を見つけることができるのか。そして、共同生活を送っている彼らの関係に起こる――――
※作中に出てくる用語については一部、フィクションですが、アロマの効果・効能、アロマクラフトの作成方法・使用方法、エッセンシャルオイルの効果・使用法などについてはほぼノンフィクションです。
ただし、全8章中、6~8章に出てくる使用方法は絶対にマネしないでください。
また、ノンフィクション部分(特に後書きのレシピや補足説明など)については、主婦の友社『アロマテラピー図鑑』などを参考文献として使用しております(詳しくは後書きにまとめます)。
※同名タイトルで小説家になろう、ノベルアップ+、LINEノベル、にも掲載しております。
※表紙イラストはJUNE様に描いていただきました。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
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崩壊寸前のどん底冒険者ギルドに加入したオレ、解散の危機だろうと仲間と共に友情努力勝利で成り上がり
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(この小説では数字が漢字表記になっています。縦読みで読んでいただけると幸いです!)
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