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#7 初体験
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「魔法を学びたいのではなかったのか?」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
脳内でこのわずかな間の出来事をもう一度おさらいする。
ゴブリンのお腹を押してしまったときのドサクサに紛れてスルーしていたあの不自然な「いいぞ」は、魔法を学びたいという俺の申し出に対するOKだったのか。ありがたい。
「では、こちらに来たまえ」
カエルレウム様は羽根ペンを再び赤髪の少女に手渡すと、椅子から立ち上がる。少女がインク壺の蓋を締め、お手紙セットを片付けるのを横目に見ながら、俺も椅子から立ち上がる。
キラキラとした目でずっと俺を見つめ続けるゴブリンを避けつつカエルレウム様の隣へ。
俺よりけっこう身長が高いな――近くに立つだけで緊張する。
「魔法の第一歩は、寿命を意識することから始まる」
そう言いながらカエルレウム様は俺の両手を取り、みぞおちの辺りで組ませる。お祈りポーズみたい。
さらに俺の後ろに回り込むと、背後から覆いかぶさるようにして、俺の両手の外側からカエルレウム様自身の両手を添える。
肩にも何かが添えられている感触――これが伝説の「当ててんのよ」ってやつか。こんなとき、体の無反応がありがたい。
「わかるか?」
あわわわわっ。
これ絶対、心が読まれてるでしょと脳内ツッコミしかけた俺は、突如それに気づいた。
「あっ……ああっ……両腕がムズムズしています。温かい、というか」
俺の手の内側にじわじわと感じる何か。
添えられているカエルレウム様の手の温もりとは違うもの。
「体内を循環していることから寿命の渦という意味で、寿命の渦と呼ばれる。まずはその流れを感じることが第一歩だ」
目を閉じて、腕の内側に意識を集中させる――寿命の渦――その熱っぽい何かをつかまえた。∞みたいな形をしている――そう思った直後、俺の意識は俺の中をものすごい勢いで駆け巡った。引きずり回されたという表現の方が的確か。
「寿命の渦に意識を預けるのではない。意識で寿命の渦を把握するのだ。腕を回す時、頭までは回さないだろう?」
「はい!」
「その流れを意識できるようになったなら、寿命の渦の一部を手のひらに集めてみろ」
一部を? 集める?
皆目見当がつかない――じゃダメだよな。思考を手放さない――まずは寿命の渦から一部を――寿命の渦の形がひしゃげる。意識的に形を変えることができるという驚きと、こうやって形を崩すことが寿命を減らすことにつながるんじゃないかという不安。
「か、形って変わっても大丈夫なんですか?」
「寿命の渦は形を変えようが、切り離そうが、体外へ出したり消費しない限りは全く問題ない。リテルが体を屈伸させても寿命は縮まないだろう?」
さっきからわかりやすく安心できる例え。普段から魔法を教え慣れているのかな――もしかして赤髪の子は、魔女様のお弟子さん?
「リテル、集中しなさい。君が今、動かそうとしているのは君自身の寿命の渦だ。気をつければ寿命は減らないが、油断して大量に手放しでもしたら、早死にする」
「はい!」
そうだ。特にこの体は俺のものじゃない。気持ちを引き締めて気合い入れていかないとな。
寿命の渦から一部――怖いから本当にごくごく一部を引き剥がす。イメージとしては、剃刀のように薄くした意識で、寿命の渦の表面をわずかに削いだ感じ。
本体の渦からは離れているけれど、つながっているというか、どちらも自分の内側にある感は変わらない。これは一安心。よし。次は削いだその一部を……う、動け……こうか?
さっき寿命の渦そのものをひしゃげさせた感じで、意識で押してみると……動き出す。こいつ、動くぞ!
「リテルは勘が鋭いな。ルブルムはずいぶん苦労していたからな」
ルブルム? もしかして、あの赤髪の――いやいや、ここで集中を途切れさせてはいけない。
切り離した寿命の渦の一部を動かし続ける。右手側から腕を通り抜け、手のひらの辺りまで。
「よし。切り離した分を戻すのだ」
「はい!」
言われた通りにする――と、切り離した分が、元の俺の寿命の渦へと無事戻る。
静かに「∞」の形のまま回り続けている。
「寿命の渦から一部だけを切り離しておく技術は、魔術師になるためには必須となる。魔法を発動すると、その魔法効果に見合うだけの代償――魔法の代償という意味の魔法代償を要求される。その要求に対して無防備に受け渡しを行うと大量の寿命が引っ張られて消費されてしまう。かといって渡す寿命の渦を渋って要求に足りなければ、渡した分は戻ってこないうえに魔法の発動は失敗する。効果に対して必要な魔法代償に等しい寿命の渦の欠片――消費する命という意味の消費命を、予め本体の寿命の渦より切り離しておけばそのような事態は回避しやすくなる」
回避しやすくなる――それでも完全に回避できるわけではななさげな口ぶり。
そんな簡単なモノではないんだな、魔法は。
「その要求というのは、魔法を使う前に予めわかるものなのでしょうか?」
「使用したことがある魔法はな。使用したことがない魔法については経験則だな。似たような思考方法の魔法ならば要求も近い。実際、効果と要求との法則は、どの魔術師も経験でしか知らぬ。ただ、魔法を発動する者に触れ、その者が魔法代償を消費する瞬間を『魔力感知』で観察したならば、その魔法に必要な魔法代償を知ることができる」
魔法発動するときに触れるとか、弟子とか仲間とかじゃないと難しそうだな。
「あの、『魔力感知』というのは……」
「今、リテルが行ったことだよ。寿命の渦の流れを把握する技術のことだ」
『魔力感知』――もう一度、自分の寿命の渦から一部を削いでみる。これが消費命。動かしたい方向へ回転させるとうまく動いてくれる感じ。慣れてきたのか、さっきよりも早く動かせる。これ面白いな。
「ふむ。上達が早いな。早速、魔法を発動してみよう」
魔法!
初魔法!
「ど、どんな魔法ですか?」
「『発火』という魔法だ。ルブルム、ロウソクを用意してくれ」
「はい、カエルレウム様」
赤髪の子――ルブルムさんが、奥の扉へと消え、ロウソクが一本乗った銀色の燭台を持ってきた。そのロウソクには既に火が点っている。
「魔法は思考の具現化だと先程言った通りだが、その思考というのが魔術師の腕の見せ所となる。同じ結果だとしても、その現象をもたらす思考によって要求される魔法代償が異なるからだ。まずは『魔力感知』でこの『発火』の発動を感じ取るのだ」
俺の両手に重ねられたカエルレウム様の指先にごくごく小さな消費命を感じる――その欠片が、消えた。と同時に美しい指先にロウソクのと同程度の小さな炎がゆらりと現れ、そのままゆらめいて消えた。
「わかったか?」
欠片が消える瞬間、そこにこめられた思考までもが、伝わってきたような気がした。
「ロウソクの火を運んできた、そんな印象を受けました」
「よし。次はこれだ」
カエルレウム様の指先に再び消費命が。先程よりは若干大きい。そしてまた消え、同時に再び火が点る。今度の火は少し火花が出たように思える。
「火打ち金と火打ち石とで火をつける、そんな印象を受けました」
「両方とも正しい。前者は、火を運んでくる火元から距離が離れるほど要求される魔法代償が増えるが、火元が近い場合、寿命の渦の消費がとても少なくて済む。後者は火打ち道具を所持していれば、火元から離れていても少なめの消費で済む。しかし、火元近くでの前者の『発火』よりは多い。状況に応じて使い分けたりするが、実際にはこの程度の火ならば魔法ではなく火打ち道具を使用する。寿命を消費するからには、日用品で代用できることにではなく魔法だからこそできることにこそ魔法を使用するものだ」
なるほど。火元から持ってくる『発火』だと、距離に応じて要求魔法代償が増えるというわけか。
それにしても、そんな大事な寿命を、俺みたいなのに魔法を教えるために……ありがたいけれど、申し訳ない。
「俺なんかのために、カエルレウム様の貴重な寿命を消費してしまい、申し訳ないです」
「謝ることはない。私自身の選択だ。そもそも寿命は生きているだけで消費するのだ。どう使うかがとても大事だと言っただろう」
この人に一生ついていきたいと、本気でそう思った。
魔法、すごいやる気でてきた。
「あの、さっき要求された魔法代償に消費命が足りなかった場合、魔法の発動は失敗するとおっしゃいましたが、例えば前者の『発火』を発動する際に、このくらい要求されるかなって準備していた消費命が、考えていた以上に火元から距離があって足りなかったりした場合、寿命の渦本体から不足分の消費命を継ぎ足して発動失敗を回避するなんてのは可能ですか?」
「素晴らしい思考だ。君は本当にあの村の者か?」
ドキリとする。
「『魔力感知』の操作能力次第だな。操作能力が高ければとっさに追加することも可能だろう。例えば川の流れに逆らわずに立つことを考えてみよ。流れの緩やかな小川ならば容易だが、流れの早い急流であれば困難になる。小川であっても急に水嵩が増えれば転ぶ者も出てくる。そのとき、立つ者の筋力や、流れに対する体の向きでも結果は変わってくるだろう。初心者に予め消費命を用意させるのは、要求に足りなかったとき、魔法発動を失敗させてでも寿命の渦本体が大量に損なわれることを防ぐためだ」
命を削って超常的な効果を発動する魔法。油断は死につながる。身が引き締まる思い。
「では発動してみろ。方法は自由だ」
『発火』を、ってことだよね。
前者の小さな消費命と同じと思われる量を寿命の渦から削いで用意する。そしてそれを指先へ。ロウソクをチラ見する。まだ火は点いたまま……とは言っても、火にせよ火打ち道具にせよ「持ってくる」という思考は理解はできるけれど、感覚的にはしっくり来ない。
あ、空気中の酸素を摩擦して発火とかはどうなんだろう……イメージを固めて、集中する。
「『発火』!」
その呪文を発した途端、指先に魂が吸い込まれそうな何かを感じた。これが要求か?
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様への報告役に志願した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・ゴブリン
魔女様の家に向かう途中、リテルが思わず助けてしまった片腕のゴブリン。
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者のようで、魂は犬種。
・ルブルム
魔女様のお使いと思われる赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
リテルとマクミラ師匠が二人がかりで持ってきた重たい荷物を軽々と持ち上げた。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
■ はみ出しコラム【瘴気】
この世界、天界、地界において、その世界の住人が、本来棲息する世界から別の異界へと異門を通って移動した際に発生するモノを一般に「瘴気」と呼んでいる。
瘴気は、肉眼では捉えることはできないが、『魔力感知』を用いれば、その者の寿命の渦が揺らいでいることがわかる。
瘴気の効果は、症状としては酷い酩酊状態に近い。感覚の鈍化、肉体機能の制御困難、生物によっては嘔吐感なども発生する。そのため、瘴気の影響を受けた状態を「酔いどれ」(一般的な表現)、または「異門酔い」(自ら異門を超えた者が自称する場合)とも言う。
瘴気は時間経過と共に薄れてゆくため、その瘴気量により、いつ異門を通ってきたか逆算することもできる。
・瘴気の残る期間
身にまとった瘴気が霧散し、酔いどれから回復するには、(ホルトゥスの暦にて)一、二週間ほどかかる。体が大きい個体ほど、消えるまでに時間がかかるようである。
・周囲への影響
一次的な酔いどれに触れた者は、二次的に酔いどれを発症することがある。しかしその効果は一次的酔いどれの症状に比べて軽く、回復も早い。
酔いどれと戦闘になった場合、近接戦、特に肉体を用いた格闘は避けるのが定石である。
・水溶性
瘴気は水に溶け易い。瘴気の溶けた水と、溶けていない水との区別は一見して分からないが、これを誤って飲んでしまうと酔いどれ症状が出るので注意。
『酔いどれ』の魔物を狩る際は、飲料水とするような水源の近くは避けるというのが鉄則。
・瘴気耐性
異門が発生しやすい場所に棲息するある特定生物においては、瘴気耐性があると言われているが、それ以外の存在については、瘴気耐性を得るのは困難だと言われている。
実際に、異界へ渡り異門酔いになった者が、再び異門を通って元の世界に戻ってきたときに、再度異門酔いになったという報告もあるし、ゴブリンのように、この世界に居着いて繁殖した移住者を、彼らの元居た世界である地界へ連れて行ったとき、ホルトゥスから地界へ渡った獣種同様に異門酔いになったという報告もある。
魔物の発生しやすい地域に作られた砦の新兵は、酔いどれの魔物を倒した際、この瘴気をあえて溶かした水を「魔物酒」と称して飲み、瘴気耐性を付けるという伝統が比較的多くの地域に残っているが、「魔物酒」と瘴気耐性との因果関係は多くの魔術師により否定されている。
また、酔いどれの魔物の皮で作ったマントは、酔いどれの魔物と戦う際に、瘴気の影響を防ぎ易いという噂もある。
こちらについては、特に酔いどれに限ったことではなく、植物繊維によるマントよりも、動物の皮で作ったマントのほうが瘴気を防ぎやすいとの報告が挙げられているが、それぞれのマントの販売価格においては、酔いどれ皮のマントの方が高価で売れている現実がある。
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
脳内でこのわずかな間の出来事をもう一度おさらいする。
ゴブリンのお腹を押してしまったときのドサクサに紛れてスルーしていたあの不自然な「いいぞ」は、魔法を学びたいという俺の申し出に対するOKだったのか。ありがたい。
「では、こちらに来たまえ」
カエルレウム様は羽根ペンを再び赤髪の少女に手渡すと、椅子から立ち上がる。少女がインク壺の蓋を締め、お手紙セットを片付けるのを横目に見ながら、俺も椅子から立ち上がる。
キラキラとした目でずっと俺を見つめ続けるゴブリンを避けつつカエルレウム様の隣へ。
俺よりけっこう身長が高いな――近くに立つだけで緊張する。
「魔法の第一歩は、寿命を意識することから始まる」
そう言いながらカエルレウム様は俺の両手を取り、みぞおちの辺りで組ませる。お祈りポーズみたい。
さらに俺の後ろに回り込むと、背後から覆いかぶさるようにして、俺の両手の外側からカエルレウム様自身の両手を添える。
肩にも何かが添えられている感触――これが伝説の「当ててんのよ」ってやつか。こんなとき、体の無反応がありがたい。
「わかるか?」
あわわわわっ。
これ絶対、心が読まれてるでしょと脳内ツッコミしかけた俺は、突如それに気づいた。
「あっ……ああっ……両腕がムズムズしています。温かい、というか」
俺の手の内側にじわじわと感じる何か。
添えられているカエルレウム様の手の温もりとは違うもの。
「体内を循環していることから寿命の渦という意味で、寿命の渦と呼ばれる。まずはその流れを感じることが第一歩だ」
目を閉じて、腕の内側に意識を集中させる――寿命の渦――その熱っぽい何かをつかまえた。∞みたいな形をしている――そう思った直後、俺の意識は俺の中をものすごい勢いで駆け巡った。引きずり回されたという表現の方が的確か。
「寿命の渦に意識を預けるのではない。意識で寿命の渦を把握するのだ。腕を回す時、頭までは回さないだろう?」
「はい!」
「その流れを意識できるようになったなら、寿命の渦の一部を手のひらに集めてみろ」
一部を? 集める?
皆目見当がつかない――じゃダメだよな。思考を手放さない――まずは寿命の渦から一部を――寿命の渦の形がひしゃげる。意識的に形を変えることができるという驚きと、こうやって形を崩すことが寿命を減らすことにつながるんじゃないかという不安。
「か、形って変わっても大丈夫なんですか?」
「寿命の渦は形を変えようが、切り離そうが、体外へ出したり消費しない限りは全く問題ない。リテルが体を屈伸させても寿命は縮まないだろう?」
さっきからわかりやすく安心できる例え。普段から魔法を教え慣れているのかな――もしかして赤髪の子は、魔女様のお弟子さん?
「リテル、集中しなさい。君が今、動かそうとしているのは君自身の寿命の渦だ。気をつければ寿命は減らないが、油断して大量に手放しでもしたら、早死にする」
「はい!」
そうだ。特にこの体は俺のものじゃない。気持ちを引き締めて気合い入れていかないとな。
寿命の渦から一部――怖いから本当にごくごく一部を引き剥がす。イメージとしては、剃刀のように薄くした意識で、寿命の渦の表面をわずかに削いだ感じ。
本体の渦からは離れているけれど、つながっているというか、どちらも自分の内側にある感は変わらない。これは一安心。よし。次は削いだその一部を……う、動け……こうか?
さっき寿命の渦そのものをひしゃげさせた感じで、意識で押してみると……動き出す。こいつ、動くぞ!
「リテルは勘が鋭いな。ルブルムはずいぶん苦労していたからな」
ルブルム? もしかして、あの赤髪の――いやいや、ここで集中を途切れさせてはいけない。
切り離した寿命の渦の一部を動かし続ける。右手側から腕を通り抜け、手のひらの辺りまで。
「よし。切り離した分を戻すのだ」
「はい!」
言われた通りにする――と、切り離した分が、元の俺の寿命の渦へと無事戻る。
静かに「∞」の形のまま回り続けている。
「寿命の渦から一部だけを切り離しておく技術は、魔術師になるためには必須となる。魔法を発動すると、その魔法効果に見合うだけの代償――魔法の代償という意味の魔法代償を要求される。その要求に対して無防備に受け渡しを行うと大量の寿命が引っ張られて消費されてしまう。かといって渡す寿命の渦を渋って要求に足りなければ、渡した分は戻ってこないうえに魔法の発動は失敗する。効果に対して必要な魔法代償に等しい寿命の渦の欠片――消費する命という意味の消費命を、予め本体の寿命の渦より切り離しておけばそのような事態は回避しやすくなる」
回避しやすくなる――それでも完全に回避できるわけではななさげな口ぶり。
そんな簡単なモノではないんだな、魔法は。
「その要求というのは、魔法を使う前に予めわかるものなのでしょうか?」
「使用したことがある魔法はな。使用したことがない魔法については経験則だな。似たような思考方法の魔法ならば要求も近い。実際、効果と要求との法則は、どの魔術師も経験でしか知らぬ。ただ、魔法を発動する者に触れ、その者が魔法代償を消費する瞬間を『魔力感知』で観察したならば、その魔法に必要な魔法代償を知ることができる」
魔法発動するときに触れるとか、弟子とか仲間とかじゃないと難しそうだな。
「あの、『魔力感知』というのは……」
「今、リテルが行ったことだよ。寿命の渦の流れを把握する技術のことだ」
『魔力感知』――もう一度、自分の寿命の渦から一部を削いでみる。これが消費命。動かしたい方向へ回転させるとうまく動いてくれる感じ。慣れてきたのか、さっきよりも早く動かせる。これ面白いな。
「ふむ。上達が早いな。早速、魔法を発動してみよう」
魔法!
初魔法!
「ど、どんな魔法ですか?」
「『発火』という魔法だ。ルブルム、ロウソクを用意してくれ」
「はい、カエルレウム様」
赤髪の子――ルブルムさんが、奥の扉へと消え、ロウソクが一本乗った銀色の燭台を持ってきた。そのロウソクには既に火が点っている。
「魔法は思考の具現化だと先程言った通りだが、その思考というのが魔術師の腕の見せ所となる。同じ結果だとしても、その現象をもたらす思考によって要求される魔法代償が異なるからだ。まずは『魔力感知』でこの『発火』の発動を感じ取るのだ」
俺の両手に重ねられたカエルレウム様の指先にごくごく小さな消費命を感じる――その欠片が、消えた。と同時に美しい指先にロウソクのと同程度の小さな炎がゆらりと現れ、そのままゆらめいて消えた。
「わかったか?」
欠片が消える瞬間、そこにこめられた思考までもが、伝わってきたような気がした。
「ロウソクの火を運んできた、そんな印象を受けました」
「よし。次はこれだ」
カエルレウム様の指先に再び消費命が。先程よりは若干大きい。そしてまた消え、同時に再び火が点る。今度の火は少し火花が出たように思える。
「火打ち金と火打ち石とで火をつける、そんな印象を受けました」
「両方とも正しい。前者は、火を運んでくる火元から距離が離れるほど要求される魔法代償が増えるが、火元が近い場合、寿命の渦の消費がとても少なくて済む。後者は火打ち道具を所持していれば、火元から離れていても少なめの消費で済む。しかし、火元近くでの前者の『発火』よりは多い。状況に応じて使い分けたりするが、実際にはこの程度の火ならば魔法ではなく火打ち道具を使用する。寿命を消費するからには、日用品で代用できることにではなく魔法だからこそできることにこそ魔法を使用するものだ」
なるほど。火元から持ってくる『発火』だと、距離に応じて要求魔法代償が増えるというわけか。
それにしても、そんな大事な寿命を、俺みたいなのに魔法を教えるために……ありがたいけれど、申し訳ない。
「俺なんかのために、カエルレウム様の貴重な寿命を消費してしまい、申し訳ないです」
「謝ることはない。私自身の選択だ。そもそも寿命は生きているだけで消費するのだ。どう使うかがとても大事だと言っただろう」
この人に一生ついていきたいと、本気でそう思った。
魔法、すごいやる気でてきた。
「あの、さっき要求された魔法代償に消費命が足りなかった場合、魔法の発動は失敗するとおっしゃいましたが、例えば前者の『発火』を発動する際に、このくらい要求されるかなって準備していた消費命が、考えていた以上に火元から距離があって足りなかったりした場合、寿命の渦本体から不足分の消費命を継ぎ足して発動失敗を回避するなんてのは可能ですか?」
「素晴らしい思考だ。君は本当にあの村の者か?」
ドキリとする。
「『魔力感知』の操作能力次第だな。操作能力が高ければとっさに追加することも可能だろう。例えば川の流れに逆らわずに立つことを考えてみよ。流れの緩やかな小川ならば容易だが、流れの早い急流であれば困難になる。小川であっても急に水嵩が増えれば転ぶ者も出てくる。そのとき、立つ者の筋力や、流れに対する体の向きでも結果は変わってくるだろう。初心者に予め消費命を用意させるのは、要求に足りなかったとき、魔法発動を失敗させてでも寿命の渦本体が大量に損なわれることを防ぐためだ」
命を削って超常的な効果を発動する魔法。油断は死につながる。身が引き締まる思い。
「では発動してみろ。方法は自由だ」
『発火』を、ってことだよね。
前者の小さな消費命と同じと思われる量を寿命の渦から削いで用意する。そしてそれを指先へ。ロウソクをチラ見する。まだ火は点いたまま……とは言っても、火にせよ火打ち道具にせよ「持ってくる」という思考は理解はできるけれど、感覚的にはしっくり来ない。
あ、空気中の酸素を摩擦して発火とかはどうなんだろう……イメージを固めて、集中する。
「『発火』!」
その呪文を発した途端、指先に魂が吸い込まれそうな何かを感じた。これが要求か?
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様への報告役に志願した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・ゴブリン
魔女様の家に向かう途中、リテルが思わず助けてしまった片腕のゴブリン。
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者のようで、魂は犬種。
・ルブルム
魔女様のお使いと思われる赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
リテルとマクミラ師匠が二人がかりで持ってきた重たい荷物を軽々と持ち上げた。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
■ はみ出しコラム【瘴気】
この世界、天界、地界において、その世界の住人が、本来棲息する世界から別の異界へと異門を通って移動した際に発生するモノを一般に「瘴気」と呼んでいる。
瘴気は、肉眼では捉えることはできないが、『魔力感知』を用いれば、その者の寿命の渦が揺らいでいることがわかる。
瘴気の効果は、症状としては酷い酩酊状態に近い。感覚の鈍化、肉体機能の制御困難、生物によっては嘔吐感なども発生する。そのため、瘴気の影響を受けた状態を「酔いどれ」(一般的な表現)、または「異門酔い」(自ら異門を超えた者が自称する場合)とも言う。
瘴気は時間経過と共に薄れてゆくため、その瘴気量により、いつ異門を通ってきたか逆算することもできる。
・瘴気の残る期間
身にまとった瘴気が霧散し、酔いどれから回復するには、(ホルトゥスの暦にて)一、二週間ほどかかる。体が大きい個体ほど、消えるまでに時間がかかるようである。
・周囲への影響
一次的な酔いどれに触れた者は、二次的に酔いどれを発症することがある。しかしその効果は一次的酔いどれの症状に比べて軽く、回復も早い。
酔いどれと戦闘になった場合、近接戦、特に肉体を用いた格闘は避けるのが定石である。
・水溶性
瘴気は水に溶け易い。瘴気の溶けた水と、溶けていない水との区別は一見して分からないが、これを誤って飲んでしまうと酔いどれ症状が出るので注意。
『酔いどれ』の魔物を狩る際は、飲料水とするような水源の近くは避けるというのが鉄則。
・瘴気耐性
異門が発生しやすい場所に棲息するある特定生物においては、瘴気耐性があると言われているが、それ以外の存在については、瘴気耐性を得るのは困難だと言われている。
実際に、異界へ渡り異門酔いになった者が、再び異門を通って元の世界に戻ってきたときに、再度異門酔いになったという報告もあるし、ゴブリンのように、この世界に居着いて繁殖した移住者を、彼らの元居た世界である地界へ連れて行ったとき、ホルトゥスから地界へ渡った獣種同様に異門酔いになったという報告もある。
魔物の発生しやすい地域に作られた砦の新兵は、酔いどれの魔物を倒した際、この瘴気をあえて溶かした水を「魔物酒」と称して飲み、瘴気耐性を付けるという伝統が比較的多くの地域に残っているが、「魔物酒」と瘴気耐性との因果関係は多くの魔術師により否定されている。
また、酔いどれの魔物の皮で作ったマントは、酔いどれの魔物と戦う際に、瘴気の影響を防ぎ易いという噂もある。
こちらについては、特に酔いどれに限ったことではなく、植物繊維によるマントよりも、動物の皮で作ったマントのほうが瘴気を防ぎやすいとの報告が挙げられているが、それぞれのマントの販売価格においては、酔いどれ皮のマントの方が高価で売れている現実がある。
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