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#2 告白
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ケティの頬がさらに赤みを増し、俺は慌てて腰を退く。
「いつまで待てばいいの?」
ケティの言葉が、刺さる。
「二年前、フォーリーの街に働きに出たエクシのこと覚えている?」
エクシあんちゃん――ビンスン兄ちゃんと同じく俺の三歳上で、ケティ同様、幼馴染として一緒に育ってきた。イヤミが多いのが玉にキズだけど腕力はビンスン兄ちゃんよりも上で、今はフォーリーで兵士として働いている。
「昨晩フォーリーの市から帰ってきたテイラさんがね、エクシからの手紙を預かってきてくれたんだ。私、字を読むのそんな上手じゃないから、今朝お父さんに読んでもらったの……なんて書いてあったと思う?」
俺の記憶を遡る。幼馴染のように育った俺たちはそんな恋愛じみた要素のまるでない毎日を送っていた。けれど、二年前。テニール兄貴の結婚式のあと、エクシあんちゃんは兵士になるって言ってフォーリーの街へと旅立った。リテルはそのくらいしか知らない。
「エクシは村を出るとき、私に告白してくれたの。でも私は、リテルが十五歳になるまでと思って、返事を今日まで待って欲しいってお願いしたの。エクシの手紙には、待ったぞって書いてあった。ほら、うちお母さん死んじゃってるでしょ。だからお父さん、私がいつまでも結婚しないことについて申し訳なく思ってたみたいでね。突然乗り気になっちゃって……わかるでしょ? リテルが私に何も言わないままだったら、私がどうなっちゃうのか」
そんな大事なときに、リテル――いや、俺か?
俺に自意識が移っちゃったせいで、リテルの一世一代の告白を邪魔しちゃったのか?
結婚というのは、一生のこと。
それを俺のせいで台無しにしちゃったら――俺がこのまま沈黙を貫いて、ケティがエクシあんちゃんとどうにかなった後でリテルの意識が戻ったら――俺のせいでリテルの人生は……。
「私、昨晩、ラビツさんにもキスされたんだよ? モテるんだよ?」
キス?
「ちょ、ちょっと待って……キス?」
この世界でのキスは挨拶として頬にするのは当たり前な感じ。なんだけどケティの今の言いっぷりはそういうのじゃない。
「へぇ、嫉妬はしてくれるんだ?」
ラビツさんってのは、昨日この村を訪れた傭兵の一人。彼らは久々に南の山を越えてきた。
このストウ村は、魔女様の治める迷いの森と険しい山とに囲まれ、クスフォード領都フォーリーに近いながらもクスフォード領において辺境として位置付けられている。南の険しい山の中、細い危険な道を一週間ほど越えれば隣国の辺境ダズベリン村に至るが、その道は旅の商人ですら滅多に使わない。
だからストウ村は人の出入りもあまり多くない。遠縁も含めると村中がほとんど親戚のようなもの。
そうなると、たまに旅人が訪れたとき子種をもらうことがある。そうして生まれた子供は村の子供として育てられる……が、問題はそこじゃない。
「ケティは……」
抱かれたのか? そう聞きたいのに、言葉が出てこない。少なくとも俺には、そんな資格はないから。
「っ……」
ケティの体がビクリと震える。
俺はいつの間にか両手でケティの肩をつかんでいた。
「あ、ごめん」
「大丈夫。ちょっと驚いただけ……リテルにヤキモチ焼いて欲しくって変な言い方したけど、ラビツには不意打ちみたいにされただけだから。すぐに逃げたし……それに、私に触っていいのは……」
手を離そうとした俺の体をケティが引き止める。ケティの指先が俺の背中まで回る。二人の距離も次第に縮まり、もう鼻の頭がくっつきそう。
リテルがずっと好きだった人、そして向こうもきっとリテルのことが好きで――俺の気持ちも、惹かれ始めている。
ケティの肩をつかんでいた手は、そのままケティの背中へと回る。
手のひらに伝わるケティの鼓動はさっきよりも早い。
「リテル」
ケティの瞳がやけに艶めかしい。
これは答えを保留している場合じゃない。ここで俺が逃げたら、一生後悔することになるだろう。俺も俺も……覚悟を決める。
「……きだ」
まだ声がかすれている。リテル、お前のケティを他の男に盗られないためなんだ。力を貸してくれ……そう想いながらも俺自身が「他の男」なんじゃないのか、なんて考えも過る。
俺の背中でケティの指に力が入る――待ってくれているんだ。
目頭が熱くなる。
涙を出せるくらいなら、言葉だってきっと出せるはず。俺は息を大きく吸い込んで、言い放った。
「ケティ、好」
言い終わる前に、口を塞がれる。
胸とは違う柔らかさ。
そして温かい。
俺の初めてのキス。ただ重ねているだけなのに、固く手をつないでいるよりもずっとずっとつながっている気がする。
ケティの腕が、俺の腕が、互いを強く抱きしめる。
密着した胸の奥で高ぶる互いのリズムが、同期を取り始めている気さえする。
「んっ……んはぁっ」
突然、キスは終わり、ケティが大きく息を吸い込む。
俺も呼吸を忘れていたことに気づいて、慌てて息を吸う。
すぐ近くに見えるケティの頬と瞳が嬉しそうで、それがたまらなく愛しくなって、離れたケティの唇を追いかけて、今度は俺から口づけた。
唇が触れている、ただそのことだけで、はちきれそうになる。
たぎる想いに背中を押されるように俺はケティのシャツをめくりあげた。
シャツは弾力のある何かにひっかかる。
何に……ああ、ケティのは大きいから……。戸惑う俺の手をケティの手が優しく握りしめ……そしてどこかへ誘導する。
シャツ越しではない、直の肌。汗ばんでしっとりとしている。
このまま触れていていいのか? 一瞬、考えた。
告白をしてキスまでして。それはしなければいけないことだったと思いたい。でもここから先はリテルがすべきこと、リテルじゃなきゃ「しちゃいけない」ことなんじゃないのか?
理性ではわかっている。でも、俺は、自分の手を止められないでいる。
ケティの表面を、体の形を覚えられるくらいに手のひらで指で確かめ続ける。
何度も繰り返すキスの奥に、甘いケティの声が幾度となく弾けて、それは俺の体の興奮を加速させるけど、同時に心にささくれをも作る。
ケティが俺の手を探りあて、指と指の間に彼女の指を滑り込ませてくる。
深く深く握りしめる恋人つなぎに負けないくらい、絡み合う二人の舌、リテルのケティへの想い、ケティのリテルへの想い、俺のリテルやケティへの想い。
俺はその狭間で、どうしようもなく揺れている……二人への罪悪感と、体の底から湧いてくる思春期男子の真っ当な衝動との間でも。
不意にケティが俺のシャツをまくりあげた。
俺はうながされるままシャツを脱ぎ、再びケティの顔を見たとき、ケティもシャツを脱いでいた。
俺は、そんなケティに見とれてしまった。
だってさ、目の前にあるんだよ?
それに俺が脱がせたわけじゃ……自分の中のリテルに言い訳をしても、リテルは答えてくれない。
ケティが俺に抱きついて、肌と肌が直接触れた時に感じる熱に驚いて、唇がまた重なり、狩りのときよりも鋭敏になった耳は腰紐の解ける音を二回とも拾う。
それ以外にも窓の外、村の人達のざわめき。うちからそう遠くない村の広場に皆が集まっている?
ケティが突然腰を浮かせようとする。強く抱き合っている俺もついてゆく形でベッドの上に膝で立つ。
腰紐を失った二人の短パンは膝まで落ち、俺とケティの腰も素肌で触れ合う。
自分のそれがケティの素肌に触れるのが恥ずかしくて、申し訳なくて、腰をちょっと引き気味にした、その時だった。
「リテルぅ」
ケティが俺の名前を呼んだ。
確かにリテルは俺の名前だ。でも、俺の自意識はいま俺の方にあって……あれ……なんだ、あた、まが。
激痛が脳天をワサビみたいに突き抜けてすぐに消えた。
なんだったんだ今のは……驚きすぎて俺のソレも情けないくらいに脱力しちゃってる。
「リテル、まだ具合悪いの?」
「……大丈夫、だと思うけど……」
二人とも気付いていた。今、俺がおかしくなったのと同じタイミングで、広場の方から幾つものうめき声が聞こえたのに。
「今は、やめておこうか」
俺は慌てて短パンをずり上げ、傍らの腰紐で結ぼうとするその手にケティが触れた。
「そっちのは私の紐……交換してもいいけど」
俺が照れているとケティはもう一度、俺にキスをして、俺が使っていた方の腰紐で自分の短パンを留めた。
シャツを着ると腰紐は隠れる。俺の頬は熱くなり、ケティは頬どころか耳まで赤い。
二人で並んで靴を履く。ケティはサンダルを、俺はブーツを。
ストウ村は監理官さんの話によると裕福な方で、サンダルを履く人の比率が高いという。ストウ村の子供はほぼ全員、大人も半分は裸足なのに「高い」のか。ちなみにマクミラ師匠や俺のように森に入る人、村長の息子テイラさんのように街まで出る人はブーツを履く。ごく少数派。
「ケティ、村長さんが呼んでいるぞ……お、リテル、具合はもういいのか?」
ビンスン兄ちゃんが扉を急に開けた。両親と共に畑仕事に出ていたはずの兄ちゃん……服着てて本当に良かったよ。
ケティは俺のことを熱っぽく見つめ、それから部屋を出ていった。
一人に戻った途端、整理しきれない情報の多さに俺は思わず頭を押さえる。
そして改めて、ここがどこなのかということが気になり始めた。居ても立っても居られなくなった俺も部屋を出る。
「リテルにーちゃんも村長さんのとこ、いくの?」
居間に居た猿が俺に話しかけてきた。
猿? リスザルっぽい――喋る猿?
頭だけ猿で体は人間で、服も俺たちと同じ――リテルの記憶が正解を教えてくれる。この子は猿じゃなく、俺の弟のドッヂだと。
ドッヂの横には、妹のソン。ソンは普通の人の顔をしている。
こう見えても二人は双子。ただドッヂが先祖返りなだけ。
「先祖返り」という言葉を思い出したことで、俺は目を背けていたことに向き合わざるを得なくなる。
この世界が異世界であるという確信に。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
十五歳のぼっち誕生日に熱を出し、目覚めたらリテルの体だった。リテルの記憶は自分の記憶のように思い出せる。
リテルの想いをケティに伝えたが、キスの先に進む前に謎の頭痛に襲われた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
二年前のリテルとの約束を大切に守り、とうとう互いの想いを確かめあえた。
・エクシあんちゃん
リテルの幼馴染の男子。十八歳。二年前より領都フォーリーで兵士として働いている。
イヤミが多いのが玉にキズだけど腕力はある。ケティのことを好き。
・テイラさん
村長の息子。定期的に領都フォーリーを訪れている。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵たちの一人。ケティの唇を奪った。
・ビンスン兄ちゃん
リテルの兄。部屋も一緒。
リテルの家族としては他に両親、祖母、双子の弟妹がいる。
・ドッヂ
リテルの弟。先祖返り。
・ソン
リテルの妹。ドッヂとは双子。
・監理官さん
はみ出しコラム参照
■ はみ出しコラム【監理官】
ストウ村の所属するラトウィヂ王国の制度の一つ。
王国直属の監理官と、領主直属の監理官があり、一つのまとまった地域に対しそれぞれ一人ずつ派遣される。
彼らの主な仕事は以下の通り。
・赴任先の人口把握(赴任先地域の長と、監理官側とでそれぞれ戸籍帳を記録)
・赴任先の作物・狩猟成果(税の対象物)の状況把握
・その年の税を赴任先へ伝える役目
・赴任先近辺の魔物出現報告
・赴任先近辺の争いの気配の報告(場合によっては派兵要請や、地域の長に傭兵募集を許可する等の権限もある)
・その他気付いたことを日々記録し、後任者が把握し易いようにまとめておく。
監理官はそれぞれの赴任先に一年間で駐留し、王直属(愛称は王監さん)と領主直属(愛称は領監さん)の任期はそれぞれ半年ずつズレている。任期が一年なのは監理対象地域との癒着を防ぐため。
監理官は原則、一年の駐留と一年の本部勤務とを交互に行う。休暇は本部勤務のときにしか行えず、駐留先に家族を連れて行くことは禁止されている。
監理官はそれぞれの本部(王都または領都)と魔法による連絡手段を所持している。
ストウ村に滞在している監理官は、主にストウ村に滞在しているが、隣村のゴド村も監理対象地域であり、月に半分くらいは片方がゴド村へ出向いてそちらに駐留している。
「いつまで待てばいいの?」
ケティの言葉が、刺さる。
「二年前、フォーリーの街に働きに出たエクシのこと覚えている?」
エクシあんちゃん――ビンスン兄ちゃんと同じく俺の三歳上で、ケティ同様、幼馴染として一緒に育ってきた。イヤミが多いのが玉にキズだけど腕力はビンスン兄ちゃんよりも上で、今はフォーリーで兵士として働いている。
「昨晩フォーリーの市から帰ってきたテイラさんがね、エクシからの手紙を預かってきてくれたんだ。私、字を読むのそんな上手じゃないから、今朝お父さんに読んでもらったの……なんて書いてあったと思う?」
俺の記憶を遡る。幼馴染のように育った俺たちはそんな恋愛じみた要素のまるでない毎日を送っていた。けれど、二年前。テニール兄貴の結婚式のあと、エクシあんちゃんは兵士になるって言ってフォーリーの街へと旅立った。リテルはそのくらいしか知らない。
「エクシは村を出るとき、私に告白してくれたの。でも私は、リテルが十五歳になるまでと思って、返事を今日まで待って欲しいってお願いしたの。エクシの手紙には、待ったぞって書いてあった。ほら、うちお母さん死んじゃってるでしょ。だからお父さん、私がいつまでも結婚しないことについて申し訳なく思ってたみたいでね。突然乗り気になっちゃって……わかるでしょ? リテルが私に何も言わないままだったら、私がどうなっちゃうのか」
そんな大事なときに、リテル――いや、俺か?
俺に自意識が移っちゃったせいで、リテルの一世一代の告白を邪魔しちゃったのか?
結婚というのは、一生のこと。
それを俺のせいで台無しにしちゃったら――俺がこのまま沈黙を貫いて、ケティがエクシあんちゃんとどうにかなった後でリテルの意識が戻ったら――俺のせいでリテルの人生は……。
「私、昨晩、ラビツさんにもキスされたんだよ? モテるんだよ?」
キス?
「ちょ、ちょっと待って……キス?」
この世界でのキスは挨拶として頬にするのは当たり前な感じ。なんだけどケティの今の言いっぷりはそういうのじゃない。
「へぇ、嫉妬はしてくれるんだ?」
ラビツさんってのは、昨日この村を訪れた傭兵の一人。彼らは久々に南の山を越えてきた。
このストウ村は、魔女様の治める迷いの森と険しい山とに囲まれ、クスフォード領都フォーリーに近いながらもクスフォード領において辺境として位置付けられている。南の険しい山の中、細い危険な道を一週間ほど越えれば隣国の辺境ダズベリン村に至るが、その道は旅の商人ですら滅多に使わない。
だからストウ村は人の出入りもあまり多くない。遠縁も含めると村中がほとんど親戚のようなもの。
そうなると、たまに旅人が訪れたとき子種をもらうことがある。そうして生まれた子供は村の子供として育てられる……が、問題はそこじゃない。
「ケティは……」
抱かれたのか? そう聞きたいのに、言葉が出てこない。少なくとも俺には、そんな資格はないから。
「っ……」
ケティの体がビクリと震える。
俺はいつの間にか両手でケティの肩をつかんでいた。
「あ、ごめん」
「大丈夫。ちょっと驚いただけ……リテルにヤキモチ焼いて欲しくって変な言い方したけど、ラビツには不意打ちみたいにされただけだから。すぐに逃げたし……それに、私に触っていいのは……」
手を離そうとした俺の体をケティが引き止める。ケティの指先が俺の背中まで回る。二人の距離も次第に縮まり、もう鼻の頭がくっつきそう。
リテルがずっと好きだった人、そして向こうもきっとリテルのことが好きで――俺の気持ちも、惹かれ始めている。
ケティの肩をつかんでいた手は、そのままケティの背中へと回る。
手のひらに伝わるケティの鼓動はさっきよりも早い。
「リテル」
ケティの瞳がやけに艶めかしい。
これは答えを保留している場合じゃない。ここで俺が逃げたら、一生後悔することになるだろう。俺も俺も……覚悟を決める。
「……きだ」
まだ声がかすれている。リテル、お前のケティを他の男に盗られないためなんだ。力を貸してくれ……そう想いながらも俺自身が「他の男」なんじゃないのか、なんて考えも過る。
俺の背中でケティの指に力が入る――待ってくれているんだ。
目頭が熱くなる。
涙を出せるくらいなら、言葉だってきっと出せるはず。俺は息を大きく吸い込んで、言い放った。
「ケティ、好」
言い終わる前に、口を塞がれる。
胸とは違う柔らかさ。
そして温かい。
俺の初めてのキス。ただ重ねているだけなのに、固く手をつないでいるよりもずっとずっとつながっている気がする。
ケティの腕が、俺の腕が、互いを強く抱きしめる。
密着した胸の奥で高ぶる互いのリズムが、同期を取り始めている気さえする。
「んっ……んはぁっ」
突然、キスは終わり、ケティが大きく息を吸い込む。
俺も呼吸を忘れていたことに気づいて、慌てて息を吸う。
すぐ近くに見えるケティの頬と瞳が嬉しそうで、それがたまらなく愛しくなって、離れたケティの唇を追いかけて、今度は俺から口づけた。
唇が触れている、ただそのことだけで、はちきれそうになる。
たぎる想いに背中を押されるように俺はケティのシャツをめくりあげた。
シャツは弾力のある何かにひっかかる。
何に……ああ、ケティのは大きいから……。戸惑う俺の手をケティの手が優しく握りしめ……そしてどこかへ誘導する。
シャツ越しではない、直の肌。汗ばんでしっとりとしている。
このまま触れていていいのか? 一瞬、考えた。
告白をしてキスまでして。それはしなければいけないことだったと思いたい。でもここから先はリテルがすべきこと、リテルじゃなきゃ「しちゃいけない」ことなんじゃないのか?
理性ではわかっている。でも、俺は、自分の手を止められないでいる。
ケティの表面を、体の形を覚えられるくらいに手のひらで指で確かめ続ける。
何度も繰り返すキスの奥に、甘いケティの声が幾度となく弾けて、それは俺の体の興奮を加速させるけど、同時に心にささくれをも作る。
ケティが俺の手を探りあて、指と指の間に彼女の指を滑り込ませてくる。
深く深く握りしめる恋人つなぎに負けないくらい、絡み合う二人の舌、リテルのケティへの想い、ケティのリテルへの想い、俺のリテルやケティへの想い。
俺はその狭間で、どうしようもなく揺れている……二人への罪悪感と、体の底から湧いてくる思春期男子の真っ当な衝動との間でも。
不意にケティが俺のシャツをまくりあげた。
俺はうながされるままシャツを脱ぎ、再びケティの顔を見たとき、ケティもシャツを脱いでいた。
俺は、そんなケティに見とれてしまった。
だってさ、目の前にあるんだよ?
それに俺が脱がせたわけじゃ……自分の中のリテルに言い訳をしても、リテルは答えてくれない。
ケティが俺に抱きついて、肌と肌が直接触れた時に感じる熱に驚いて、唇がまた重なり、狩りのときよりも鋭敏になった耳は腰紐の解ける音を二回とも拾う。
それ以外にも窓の外、村の人達のざわめき。うちからそう遠くない村の広場に皆が集まっている?
ケティが突然腰を浮かせようとする。強く抱き合っている俺もついてゆく形でベッドの上に膝で立つ。
腰紐を失った二人の短パンは膝まで落ち、俺とケティの腰も素肌で触れ合う。
自分のそれがケティの素肌に触れるのが恥ずかしくて、申し訳なくて、腰をちょっと引き気味にした、その時だった。
「リテルぅ」
ケティが俺の名前を呼んだ。
確かにリテルは俺の名前だ。でも、俺の自意識はいま俺の方にあって……あれ……なんだ、あた、まが。
激痛が脳天をワサビみたいに突き抜けてすぐに消えた。
なんだったんだ今のは……驚きすぎて俺のソレも情けないくらいに脱力しちゃってる。
「リテル、まだ具合悪いの?」
「……大丈夫、だと思うけど……」
二人とも気付いていた。今、俺がおかしくなったのと同じタイミングで、広場の方から幾つものうめき声が聞こえたのに。
「今は、やめておこうか」
俺は慌てて短パンをずり上げ、傍らの腰紐で結ぼうとするその手にケティが触れた。
「そっちのは私の紐……交換してもいいけど」
俺が照れているとケティはもう一度、俺にキスをして、俺が使っていた方の腰紐で自分の短パンを留めた。
シャツを着ると腰紐は隠れる。俺の頬は熱くなり、ケティは頬どころか耳まで赤い。
二人で並んで靴を履く。ケティはサンダルを、俺はブーツを。
ストウ村は監理官さんの話によると裕福な方で、サンダルを履く人の比率が高いという。ストウ村の子供はほぼ全員、大人も半分は裸足なのに「高い」のか。ちなみにマクミラ師匠や俺のように森に入る人、村長の息子テイラさんのように街まで出る人はブーツを履く。ごく少数派。
「ケティ、村長さんが呼んでいるぞ……お、リテル、具合はもういいのか?」
ビンスン兄ちゃんが扉を急に開けた。両親と共に畑仕事に出ていたはずの兄ちゃん……服着てて本当に良かったよ。
ケティは俺のことを熱っぽく見つめ、それから部屋を出ていった。
一人に戻った途端、整理しきれない情報の多さに俺は思わず頭を押さえる。
そして改めて、ここがどこなのかということが気になり始めた。居ても立っても居られなくなった俺も部屋を出る。
「リテルにーちゃんも村長さんのとこ、いくの?」
居間に居た猿が俺に話しかけてきた。
猿? リスザルっぽい――喋る猿?
頭だけ猿で体は人間で、服も俺たちと同じ――リテルの記憶が正解を教えてくれる。この子は猿じゃなく、俺の弟のドッヂだと。
ドッヂの横には、妹のソン。ソンは普通の人の顔をしている。
こう見えても二人は双子。ただドッヂが先祖返りなだけ。
「先祖返り」という言葉を思い出したことで、俺は目を背けていたことに向き合わざるを得なくなる。
この世界が異世界であるという確信に。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
十五歳のぼっち誕生日に熱を出し、目覚めたらリテルの体だった。リテルの記憶は自分の記憶のように思い出せる。
リテルの想いをケティに伝えたが、キスの先に進む前に謎の頭痛に襲われた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
二年前のリテルとの約束を大切に守り、とうとう互いの想いを確かめあえた。
・エクシあんちゃん
リテルの幼馴染の男子。十八歳。二年前より領都フォーリーで兵士として働いている。
イヤミが多いのが玉にキズだけど腕力はある。ケティのことを好き。
・テイラさん
村長の息子。定期的に領都フォーリーを訪れている。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵たちの一人。ケティの唇を奪った。
・ビンスン兄ちゃん
リテルの兄。部屋も一緒。
リテルの家族としては他に両親、祖母、双子の弟妹がいる。
・ドッヂ
リテルの弟。先祖返り。
・ソン
リテルの妹。ドッヂとは双子。
・監理官さん
はみ出しコラム参照
■ はみ出しコラム【監理官】
ストウ村の所属するラトウィヂ王国の制度の一つ。
王国直属の監理官と、領主直属の監理官があり、一つのまとまった地域に対しそれぞれ一人ずつ派遣される。
彼らの主な仕事は以下の通り。
・赴任先の人口把握(赴任先地域の長と、監理官側とでそれぞれ戸籍帳を記録)
・赴任先の作物・狩猟成果(税の対象物)の状況把握
・その年の税を赴任先へ伝える役目
・赴任先近辺の魔物出現報告
・赴任先近辺の争いの気配の報告(場合によっては派兵要請や、地域の長に傭兵募集を許可する等の権限もある)
・その他気付いたことを日々記録し、後任者が把握し易いようにまとめておく。
監理官はそれぞれの赴任先に一年間で駐留し、王直属(愛称は王監さん)と領主直属(愛称は領監さん)の任期はそれぞれ半年ずつズレている。任期が一年なのは監理対象地域との癒着を防ぐため。
監理官は原則、一年の駐留と一年の本部勤務とを交互に行う。休暇は本部勤務のときにしか行えず、駐留先に家族を連れて行くことは禁止されている。
監理官はそれぞれの本部(王都または領都)と魔法による連絡手段を所持している。
ストウ村に滞在している監理官は、主にストウ村に滞在しているが、隣村のゴド村も監理対象地域であり、月に半分くらいは片方がゴド村へ出向いてそちらに駐留している。
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令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
平凡なサラリーマンのオレが異世界最強になってしまった件について
楠乃小玉
ファンタジー
上司から意地悪されて、会社の交流会の飲み会でグチグチ嫌味言われながらも、
就職氷河期にやっと見つけた職場を退職できないオレ。
それでも毎日真面目に仕事し続けてきた。
ある時、コンビニの横でオタクが不良に集団暴行されていた。
道行く人はみんな無視していたが、何の気なしに、「やめろよ」って
注意してしまった。
不良たちの怒りはオレに向く。
バットだの鉄パイプだので滅多打ちにされる。
誰も助けてくれない。
ただただ真面目に、コツコツと誰にも迷惑をかけずに生きてきたのに、こんな不条理ってあるか?
ゴキッとイヤな音がして意識が跳んだ。
目が覚めると、目の前に女神様がいた。
「はいはい、次の人、まったく最近は猫も杓子も異世界転生ね、で、あんたは何になりたいの?」
女神様はオレの顔を覗き込んで、そう尋ねた。
「……異世界転生かよ」
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