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#18 決意
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このまま追いかけるべきではない。
直感的にそう思った。
エナガのあの言葉が、俺の行動を牽制するためのハッタリには思えなかったというのもある。
さっきは強引にでも僕を連れて行こうとしていたエナガが、あえて僕を置いて行こうとした。
それはきっと彼にとって「大切なたった一人」を助けるために、そうする方が良いと判断したからなのだろう。
その彼が助けたい「大切なたった一人」というのはもしかして。
広場の方で声が大きくなる。
トワさんを担いだエナガが、ヤツラが集まっている所へ到着したようだ。
トリーと何か話している様子。
トリーの後ろに居た連中が何人かやってきてトワさんを受け取っている。
そんな状況で、僕はこんなところで何をしているんだ。
細かい打ち合わせなど何もしていない。
というかいつまで呆けているんだ僕は。
まず最初にすべきことは――リュックの中の手鏡を探すこと。
トワさんのバッグがなくなったからさっきよりは探しやすいものの――邪魔だなこれって、黄金髑髏か。まだ入ってたのか――じゃなくて手鏡だよ、手鏡。
うっかり覗き込んで目が合ったらマズイからと指先の感覚だけで探しているせいか、なかなか見つけられない。
それにトリーたちの状況も気になる。
今はエナガと話しているようだが、さすがにこの距離だと内容までは聞き取れない。
おいちょっと待て、トリーがいつの間にか持っているアレ!
今チラリとだけ覗いて目にした光景は、見覚えのある手鏡を持ったトリー。
心臓の鼓動がやけに大きくなる。
どういうことだ?
『私や、私を知っているという人が鏡を見せようとしても、絶対に見ないで。絶対に。』
トリーからの手紙には「私や」と書いてあった。
まさしく今あそこにある状況ってそれじゃないか?
じゃあ、いつ、手鏡を?
まさかゾンビハウスの外に居た鹿頭女がいつの間にかソンビハウスの中に入っていて、トイレへ行ったフリのトワさんから手鏡を受け取って先にゾンビロードを降りていた?
だとしたら、エナガがトワさんにスタンガンを使ったのは正しくて?
いや待て。
落ち着くんだ。
僕がヤツラに対抗できる手段を考えるのを諦めるな。
あまりの想定外のことに意識が飛びそうになる――じゃない。これは、あの目眩?
獣臭さに気付いて慌てて立ち上がる。リュックを持ったまま。
今、無意識にしゃがんでいた。
地面に頭を近づけ過ぎていたか?
いやそんなでもないよな?
ふと思い立ち、リュックだけを地面スレスレへと降ろしてみる。
すぐに目眩がやってくる。
今度はリュックを持ち上げてしゃがんでみる。
目眩はない。
じゃあ、もうこれってことか?
リュックの中から、さっきから邪魔くさかった黄金髑髏を取り出し、地面へ近づけてみる――これだ。
生きた人の頭だけじゃなく、頭蓋骨でも条件を満たすんだ。
これは使える。
瑛祐君のときもそうだったし、トワさんのときもそうだった。あの獣が近づくときは、頭を地面に近づけた人だけじゃなく、そんな人の近くに居る人にまでその存在が感じられたから。
これで光明が――と自画自賛しかけた僕は、間髪を入れず自己嫌悪に陥った。
何、うっかりリュックの中を見ちゃってるんだよ。
しかも手鏡の黒い柄が視界に入っちゃってる。
何やってんだよ、自分。
こんなとこで、こんな幕引きなんて――その直後、僕は理解した。
トワさんと出遭ってからこの僅かな数時間のうちに、僕は彼女を何回疑っただろうか。
僕はそのことを謝らなきゃいけない。
手鏡はリュックの中にあった。
しかも、恐らくトワさんがやったのであろう、手鏡には軍手を無理やりカバーとして被せてあった。
その手触りの違いのせいで、なかなか見つけられなかったのだろう。
手鏡を手に取り、鏡面へ指を滑り込ませて確認する。
うん。鏡は割れていない。
黄金髑髏に手鏡に、武器は揃った。
今思えば、それらを手に入れられたのも全てトワさんのおかげなのだ。
エナガよ。
さっきどちらかを選ばなきゃいけないって言ったよな。
僕はやっぱりトリーもトワさんも助けるよ。
というか、さっきまでずっとトワさんを助けて来たから今、トリーを助けられるかもしれない武器が僕の手元にあるんだよ。
もう一度、トリーたちの方を覗いてみる。
こっちの手鏡と本当によく似ている。形は。
ただ、こっちの手鏡が黒いのに対し、あっちのは白い。
色は効果に関係するのかな――いやいや、今はそんな考察している場合じゃない。
エナガはこっちにも手鏡があることを知っていたのだろうか。
今思えば、ちゃんと情報共有していれば、別の作戦だって立てられたかもしれない。
いや、悔やんでも仕方ない。
とにかく今、あいつはトワさんだけじゃなく、多分だけど自分自身をもヤツラに捧げようとしている。
でもそれで本当にトリーが返ってくるのか?
黒手鏡から軍手を外してズボンの背中側にインする。
取っ手部分を上に向け、いざとなったら西部のガンマンよろしくサッと抜けるように。
そしてリュックを背負い直してそれを隠す。
左手には黄金髑髏。
さあ、行くしかないよな。
深呼吸を一つ。
そして、ゾンビロードの入り口から猛ダッシュした。
ちょっと走ってからすぐに思い知る。
想像以上に距離があったことを。
僕が彼らの所へたどり着く前に、トリーの後ろに控えていた数名がわらわらと向かって来る。
ああ、良かったじゃないか。
頭に布巻いたあいつ、鬼畜の菊池だろ?
トワさんは人殺しにならずに済んだんだね。
さーて、本当はここからカッコいいとこを見せる――はずだったんだけど、こちとら体力は万年運動不足のデスクワーカークオリティ。
休日にトリーに付き合ってキャンプ同然の撮影旅に同行する程度の体力じゃ、なんかもうけっこうしんどくなっていたりする。
ここから見て広場の左側が正面ゲート、右側が血まみれブランコ、奥が魔女のホウキ。
瑛祐君とネイデさんにはそれぞれ女子が一人ずつついていて、トリーとエナガの所にはがっしりとした体格の金髪男が一人。
エナガの俺を見る顔がちょっと怖いけど見ものっちゃ見もの。
トワさんを抱えているのは眼鏡のオッサン。
こっちに向かって来るのは三人。ちょいワル風オヤジと、鬼畜の菊池、あとは中学生くらいの女の子、あれは瑛祐君の姉の明日香ちゃんだな。
よしここだ。
走る向きを突然変えて正面ゲートへ。
三人はついて来る。
ちょいワル風はけっこう腹が出ているし、菊池はトワさんに殴られた頭が痛むのかそんなにスピードが出ていない。
明日香ちゃんは中一だっけかな、あのくらいの子なら僕がねじ伏せられることもない。
よし、正面ゲートまでもうすぐだ。
完全予約制ってだけあって、入場者を一人ずつしか通さないバーが回転するあの邪魔くさいやつがなくて良かった――って急に足がもつれそうになった。
なんだ?
目眩?
黄金髑髏はまだ手に持ったままだぞ?
振り返ると眼鏡のオッサンがトワさんをちょうど地面に置いたところだった。
何人かは立ち止まって、無表情のままキョロキョロしている。
震えているヤツもいる。
やっぱりヤツラにも効果絶大なのか、目眩大作戦――と思った僕に残念なお知らせ。
一人、そんなのまるで気にしなさげにこちらへドスドスと向かってきているのが居る――攻撃力高そうな金髪マッチョ。
腕の太さはエナガの倍はある。
理由はわからないがその金髪マッチョだけは妙に元気。
トワさんにも勝てないかもな僕があんなのには絶対負ける自信がある。
ということで必死に走る。
とりあえず正面ゲートを出ちゃおう。
ここが日本で本当に良かった。
海外だったら間違いなく銃で撃ってくるヤツいただろうな――って金髪マッチョ早いよ。
もう振り向く時間ももったいない。
死ぬ気で走る。
ここじゃダメなんだ。
ここじゃ。
金髪マッチョの気配が背後に迫る。
捕まる前に、なんとか――よし、正面ゲートだっ。
走る向きを変え、広場から死角になる場所へと曲がる。
追いついてきた金髪マッチョもゲートを抜けてこっちを向く。
今だ!
手鏡をサッと抜き、金髪マッチョの顔面へと向けた。
金髪マッチョはすとん、と膝から地面に崩れ落ちる。
続けて追いついて来た明日香ちゃんにも、さらにちょいワルにも、正面ゲートを抜けてこっちを向いた瞬間に鏡。
彼らは面白いように次々と倒れた。
これ、実際どういう仕組みになっているんだろう。
さっきの瑛祐君のお父さんのケースを考えると、単純に「中の人が変わる」だけじゃない気がする。
そして遅れてきた鬼畜菊池に――あれ?
鏡が効かない?
今、菊池は鏡を見てから「ヤバい」って感じに顔を覆った。
他の人たちは突然電池が切れたみたいにそのまま地面に倒れたのに、菊池だけはピンピンしていて、顔を隠している手の指の隙間からチラチラとこちらを見ている。
なんだ?
ルールを勘違いしているのか?
民話や伝説に出てくる便利アイテムだって大抵、何らかの仕様があって、仕様を逸脱した使い方で失敗したりする。
いや、今のは失敗ではない。
ヒントなんだ? 「鏡を見ても大丈夫」な抜け道の――考えろ。
原因の分からないトラブルなんて仕事で何度も経験があるだろう?
体力のない文化系アラサーが活躍するには諦めずにトライ・アンド・エラーしかないんだよ。
こいつはトワさんみたいにスマホの画面越しに見ているわけじゃない――菊池の何が、この倒れた連中とは違っているんだ?
うわ。金髪マッチョが動いた。
まだクラクラ来ているみたいだが。
どっちなんだ? 味方か? ヤツラか?
なんてそっちにばかり注意を払うわけにはいかない。
菊池の中の人、鏡が効かないとわかると動きがだんだん大胆になってきてる。
右手に手鏡、左手に黄金髑髏というスタイルで菊池を牽制し続けているが、ここで囲まれたらヤバい。
とりあえずここは離れるべきか。
手鏡を再びズボンに戻すと、黄金髑髏を右手に持ち替えた。
菊池がトワさんに殴られた場所へ巻いている布、包帯ではないなと思っていたがどうやらTシャツっぽい。
患部というより頭半分を覆っているせいか菊池の右目もほとんど隠れている。
でもそれはそっち側が死角ってことだよね。
菊池から見て右側へ右側へと回り込むように逃げつつ、なんとか正面ゲートまで戻る。
正面ゲートを再びくぐった時、さっきとの差異に気付く――エナガが倒れている。
間に合わなかったのか?
他にも倒れている人が――それを確認する間もなく、真横から急に衝撃を受け、地面に押し倒された。
「……ヴヴヴヴヴ……」
ああ、すっかり忘れてた。
鹿頭女か。
しかも今、頭を打ったのかクラクラと――違う。これは例の目眩だ。
そりゃ、これだけ倒れている連中が居たら、あの獣も大喜びで寄ってくるんじゃないのか?
しかも嬉しいことに鹿頭女までもが震え出す。
こいつに効いてくれて本当に助かった。
ほら、さっさとどいてくれ!
常軌を逸した動きをするが、肉体そのものは瑛祐君のお母さんな鹿頭女。
震え出した後は簡単に押しのけて立ち上がれ――また、よろける。
いつもの目眩とは様子が違う?
立ち上がっても獣臭さが遠ざからない。
とか考えている間にも濃くなって――あのフッ、フッ、フッという息使いもいつもより興奮しているっぽい。
犬の吠える声。
何かを伝えようとしているのか?
獣の気配をすぐそばに感じる。
「フギン……ムニン……」
鹿頭女が突然、呪文のような言葉を発し――遠ざかる。
その視線は僕を見ていない。僕にまとわりつくこの獣の気配から?
試しに黄金髑髏を掲げながら、鹿頭女へと近づく。
さっきまで異様な化け物感を出していたあの鹿頭女が震えながら逃げてゆく。トリーたちが居る方向へ。
そこに居る全員が、いや、倒れている者とネイデさん以外の全員が、震えながら黄金髑髏を見つめている。
そんな彼らの向こう側、夜空高くに月が見える。
少し歪な月が。
それなのに、どうしてだろう。
僕の目の前に大きな影が見える。
二匹の巨大な犬のような影が、影だけが。
まるで黄金髑髏に近づきたがっているかのように動き回っている。
影が吠えると、実際に吠え声が聞こえる。
その度に、震えている連中はさらに震え上がる。
周囲を見渡す。
金髪マッチョや菊池たちも正面ゲートまで戻ってきているが、鹿頭女同様近寄っては来ない。
こいつら、この犬の影を知っているのか?
フギンだかムギンだかさっき鹿頭女が言っていた単語と関係があるのか?
そんな怯え方を見ていて、僕の中に一つの閃きがあった。
僕は見たことがあった。こんなにも震えていた人を。
直感的にそう思った。
エナガのあの言葉が、俺の行動を牽制するためのハッタリには思えなかったというのもある。
さっきは強引にでも僕を連れて行こうとしていたエナガが、あえて僕を置いて行こうとした。
それはきっと彼にとって「大切なたった一人」を助けるために、そうする方が良いと判断したからなのだろう。
その彼が助けたい「大切なたった一人」というのはもしかして。
広場の方で声が大きくなる。
トワさんを担いだエナガが、ヤツラが集まっている所へ到着したようだ。
トリーと何か話している様子。
トリーの後ろに居た連中が何人かやってきてトワさんを受け取っている。
そんな状況で、僕はこんなところで何をしているんだ。
細かい打ち合わせなど何もしていない。
というかいつまで呆けているんだ僕は。
まず最初にすべきことは――リュックの中の手鏡を探すこと。
トワさんのバッグがなくなったからさっきよりは探しやすいものの――邪魔だなこれって、黄金髑髏か。まだ入ってたのか――じゃなくて手鏡だよ、手鏡。
うっかり覗き込んで目が合ったらマズイからと指先の感覚だけで探しているせいか、なかなか見つけられない。
それにトリーたちの状況も気になる。
今はエナガと話しているようだが、さすがにこの距離だと内容までは聞き取れない。
おいちょっと待て、トリーがいつの間にか持っているアレ!
今チラリとだけ覗いて目にした光景は、見覚えのある手鏡を持ったトリー。
心臓の鼓動がやけに大きくなる。
どういうことだ?
『私や、私を知っているという人が鏡を見せようとしても、絶対に見ないで。絶対に。』
トリーからの手紙には「私や」と書いてあった。
まさしく今あそこにある状況ってそれじゃないか?
じゃあ、いつ、手鏡を?
まさかゾンビハウスの外に居た鹿頭女がいつの間にかソンビハウスの中に入っていて、トイレへ行ったフリのトワさんから手鏡を受け取って先にゾンビロードを降りていた?
だとしたら、エナガがトワさんにスタンガンを使ったのは正しくて?
いや待て。
落ち着くんだ。
僕がヤツラに対抗できる手段を考えるのを諦めるな。
あまりの想定外のことに意識が飛びそうになる――じゃない。これは、あの目眩?
獣臭さに気付いて慌てて立ち上がる。リュックを持ったまま。
今、無意識にしゃがんでいた。
地面に頭を近づけ過ぎていたか?
いやそんなでもないよな?
ふと思い立ち、リュックだけを地面スレスレへと降ろしてみる。
すぐに目眩がやってくる。
今度はリュックを持ち上げてしゃがんでみる。
目眩はない。
じゃあ、もうこれってことか?
リュックの中から、さっきから邪魔くさかった黄金髑髏を取り出し、地面へ近づけてみる――これだ。
生きた人の頭だけじゃなく、頭蓋骨でも条件を満たすんだ。
これは使える。
瑛祐君のときもそうだったし、トワさんのときもそうだった。あの獣が近づくときは、頭を地面に近づけた人だけじゃなく、そんな人の近くに居る人にまでその存在が感じられたから。
これで光明が――と自画自賛しかけた僕は、間髪を入れず自己嫌悪に陥った。
何、うっかりリュックの中を見ちゃってるんだよ。
しかも手鏡の黒い柄が視界に入っちゃってる。
何やってんだよ、自分。
こんなとこで、こんな幕引きなんて――その直後、僕は理解した。
トワさんと出遭ってからこの僅かな数時間のうちに、僕は彼女を何回疑っただろうか。
僕はそのことを謝らなきゃいけない。
手鏡はリュックの中にあった。
しかも、恐らくトワさんがやったのであろう、手鏡には軍手を無理やりカバーとして被せてあった。
その手触りの違いのせいで、なかなか見つけられなかったのだろう。
手鏡を手に取り、鏡面へ指を滑り込ませて確認する。
うん。鏡は割れていない。
黄金髑髏に手鏡に、武器は揃った。
今思えば、それらを手に入れられたのも全てトワさんのおかげなのだ。
エナガよ。
さっきどちらかを選ばなきゃいけないって言ったよな。
僕はやっぱりトリーもトワさんも助けるよ。
というか、さっきまでずっとトワさんを助けて来たから今、トリーを助けられるかもしれない武器が僕の手元にあるんだよ。
もう一度、トリーたちの方を覗いてみる。
こっちの手鏡と本当によく似ている。形は。
ただ、こっちの手鏡が黒いのに対し、あっちのは白い。
色は効果に関係するのかな――いやいや、今はそんな考察している場合じゃない。
エナガはこっちにも手鏡があることを知っていたのだろうか。
今思えば、ちゃんと情報共有していれば、別の作戦だって立てられたかもしれない。
いや、悔やんでも仕方ない。
とにかく今、あいつはトワさんだけじゃなく、多分だけど自分自身をもヤツラに捧げようとしている。
でもそれで本当にトリーが返ってくるのか?
黒手鏡から軍手を外してズボンの背中側にインする。
取っ手部分を上に向け、いざとなったら西部のガンマンよろしくサッと抜けるように。
そしてリュックを背負い直してそれを隠す。
左手には黄金髑髏。
さあ、行くしかないよな。
深呼吸を一つ。
そして、ゾンビロードの入り口から猛ダッシュした。
ちょっと走ってからすぐに思い知る。
想像以上に距離があったことを。
僕が彼らの所へたどり着く前に、トリーの後ろに控えていた数名がわらわらと向かって来る。
ああ、良かったじゃないか。
頭に布巻いたあいつ、鬼畜の菊池だろ?
トワさんは人殺しにならずに済んだんだね。
さーて、本当はここからカッコいいとこを見せる――はずだったんだけど、こちとら体力は万年運動不足のデスクワーカークオリティ。
休日にトリーに付き合ってキャンプ同然の撮影旅に同行する程度の体力じゃ、なんかもうけっこうしんどくなっていたりする。
ここから見て広場の左側が正面ゲート、右側が血まみれブランコ、奥が魔女のホウキ。
瑛祐君とネイデさんにはそれぞれ女子が一人ずつついていて、トリーとエナガの所にはがっしりとした体格の金髪男が一人。
エナガの俺を見る顔がちょっと怖いけど見ものっちゃ見もの。
トワさんを抱えているのは眼鏡のオッサン。
こっちに向かって来るのは三人。ちょいワル風オヤジと、鬼畜の菊池、あとは中学生くらいの女の子、あれは瑛祐君の姉の明日香ちゃんだな。
よしここだ。
走る向きを突然変えて正面ゲートへ。
三人はついて来る。
ちょいワル風はけっこう腹が出ているし、菊池はトワさんに殴られた頭が痛むのかそんなにスピードが出ていない。
明日香ちゃんは中一だっけかな、あのくらいの子なら僕がねじ伏せられることもない。
よし、正面ゲートまでもうすぐだ。
完全予約制ってだけあって、入場者を一人ずつしか通さないバーが回転するあの邪魔くさいやつがなくて良かった――って急に足がもつれそうになった。
なんだ?
目眩?
黄金髑髏はまだ手に持ったままだぞ?
振り返ると眼鏡のオッサンがトワさんをちょうど地面に置いたところだった。
何人かは立ち止まって、無表情のままキョロキョロしている。
震えているヤツもいる。
やっぱりヤツラにも効果絶大なのか、目眩大作戦――と思った僕に残念なお知らせ。
一人、そんなのまるで気にしなさげにこちらへドスドスと向かってきているのが居る――攻撃力高そうな金髪マッチョ。
腕の太さはエナガの倍はある。
理由はわからないがその金髪マッチョだけは妙に元気。
トワさんにも勝てないかもな僕があんなのには絶対負ける自信がある。
ということで必死に走る。
とりあえず正面ゲートを出ちゃおう。
ここが日本で本当に良かった。
海外だったら間違いなく銃で撃ってくるヤツいただろうな――って金髪マッチョ早いよ。
もう振り向く時間ももったいない。
死ぬ気で走る。
ここじゃダメなんだ。
ここじゃ。
金髪マッチョの気配が背後に迫る。
捕まる前に、なんとか――よし、正面ゲートだっ。
走る向きを変え、広場から死角になる場所へと曲がる。
追いついてきた金髪マッチョもゲートを抜けてこっちを向く。
今だ!
手鏡をサッと抜き、金髪マッチョの顔面へと向けた。
金髪マッチョはすとん、と膝から地面に崩れ落ちる。
続けて追いついて来た明日香ちゃんにも、さらにちょいワルにも、正面ゲートを抜けてこっちを向いた瞬間に鏡。
彼らは面白いように次々と倒れた。
これ、実際どういう仕組みになっているんだろう。
さっきの瑛祐君のお父さんのケースを考えると、単純に「中の人が変わる」だけじゃない気がする。
そして遅れてきた鬼畜菊池に――あれ?
鏡が効かない?
今、菊池は鏡を見てから「ヤバい」って感じに顔を覆った。
他の人たちは突然電池が切れたみたいにそのまま地面に倒れたのに、菊池だけはピンピンしていて、顔を隠している手の指の隙間からチラチラとこちらを見ている。
なんだ?
ルールを勘違いしているのか?
民話や伝説に出てくる便利アイテムだって大抵、何らかの仕様があって、仕様を逸脱した使い方で失敗したりする。
いや、今のは失敗ではない。
ヒントなんだ? 「鏡を見ても大丈夫」な抜け道の――考えろ。
原因の分からないトラブルなんて仕事で何度も経験があるだろう?
体力のない文化系アラサーが活躍するには諦めずにトライ・アンド・エラーしかないんだよ。
こいつはトワさんみたいにスマホの画面越しに見ているわけじゃない――菊池の何が、この倒れた連中とは違っているんだ?
うわ。金髪マッチョが動いた。
まだクラクラ来ているみたいだが。
どっちなんだ? 味方か? ヤツラか?
なんてそっちにばかり注意を払うわけにはいかない。
菊池の中の人、鏡が効かないとわかると動きがだんだん大胆になってきてる。
右手に手鏡、左手に黄金髑髏というスタイルで菊池を牽制し続けているが、ここで囲まれたらヤバい。
とりあえずここは離れるべきか。
手鏡を再びズボンに戻すと、黄金髑髏を右手に持ち替えた。
菊池がトワさんに殴られた場所へ巻いている布、包帯ではないなと思っていたがどうやらTシャツっぽい。
患部というより頭半分を覆っているせいか菊池の右目もほとんど隠れている。
でもそれはそっち側が死角ってことだよね。
菊池から見て右側へ右側へと回り込むように逃げつつ、なんとか正面ゲートまで戻る。
正面ゲートを再びくぐった時、さっきとの差異に気付く――エナガが倒れている。
間に合わなかったのか?
他にも倒れている人が――それを確認する間もなく、真横から急に衝撃を受け、地面に押し倒された。
「……ヴヴヴヴヴ……」
ああ、すっかり忘れてた。
鹿頭女か。
しかも今、頭を打ったのかクラクラと――違う。これは例の目眩だ。
そりゃ、これだけ倒れている連中が居たら、あの獣も大喜びで寄ってくるんじゃないのか?
しかも嬉しいことに鹿頭女までもが震え出す。
こいつに効いてくれて本当に助かった。
ほら、さっさとどいてくれ!
常軌を逸した動きをするが、肉体そのものは瑛祐君のお母さんな鹿頭女。
震え出した後は簡単に押しのけて立ち上がれ――また、よろける。
いつもの目眩とは様子が違う?
立ち上がっても獣臭さが遠ざからない。
とか考えている間にも濃くなって――あのフッ、フッ、フッという息使いもいつもより興奮しているっぽい。
犬の吠える声。
何かを伝えようとしているのか?
獣の気配をすぐそばに感じる。
「フギン……ムニン……」
鹿頭女が突然、呪文のような言葉を発し――遠ざかる。
その視線は僕を見ていない。僕にまとわりつくこの獣の気配から?
試しに黄金髑髏を掲げながら、鹿頭女へと近づく。
さっきまで異様な化け物感を出していたあの鹿頭女が震えながら逃げてゆく。トリーたちが居る方向へ。
そこに居る全員が、いや、倒れている者とネイデさん以外の全員が、震えながら黄金髑髏を見つめている。
そんな彼らの向こう側、夜空高くに月が見える。
少し歪な月が。
それなのに、どうしてだろう。
僕の目の前に大きな影が見える。
二匹の巨大な犬のような影が、影だけが。
まるで黄金髑髏に近づきたがっているかのように動き回っている。
影が吠えると、実際に吠え声が聞こえる。
その度に、震えている連中はさらに震え上がる。
周囲を見渡す。
金髪マッチョや菊池たちも正面ゲートまで戻ってきているが、鹿頭女同様近寄っては来ない。
こいつら、この犬の影を知っているのか?
フギンだかムギンだかさっき鹿頭女が言っていた単語と関係があるのか?
そんな怯え方を見ていて、僕の中に一つの閃きがあった。
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