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#6 近づいて来る音
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「でね。古城の地下なんだけど、これがまた怖い噂があってね」
気を付けないとトワさんは廃墟トークで際限なく盛り上がる。
今どういう状況か分かっているのかと心配になるほどに。
こうしている間にもトリーに危険が迫っているかもしれないってのに。
「アトラクション情報はパンフの写しもあるし、噂については後で時間ができてからじっくり聞かせてもらうのでもいいかな?」
「あ、そうだね」
「じゃあさ。とりあえず瑛祐君は二人を連れて門の近くか、なんなら僕の車のところまで戻って待っててほしい。僕はトリーネと、一緒に居るっていうもう一人を探して急いで戻るから。僕の車、そのくらいの人数なら本当はアウトだけど重量的にはなんとかなると思うし。後のことについては電波があるところまで戻って警察に相談……それでいいね?」
瑛祐君とネイデさんはうなずいてくれたが、トワさんだけは反応が違った。
「待って。あたし、とっても大切なものを置いてきちゃったの。できればそれを取り戻したいし……それに、ここの場所について詳しいよ?」
トワさん、悪い子じゃないんだけど、一緒に行動するのは心配事が増えそうな気しかしない。
「よっしゃ、決まりね。じゃあ善は急げってことで」
おいおい待てよ、と言おうと口を開いた瞬間だった。
……キィィ。
遠い遠い音だった。
でも、聞き覚えのある音。
僕はさっき入ってきた方向を指さしてから、マグライトにタオルを被せて灯りを淡く抑えた。
ホラーランドのマップを描き写したメモ帳も慌ててしまう。
もしも今入ってきたのがヤツラだったとしたら、一刻の猶予もないだろう。
「待ち構える? それとも逃げる?」
僕が小声で聞くと、まず瑛祐君が動いた。
僕らが来た方向とは逆側へ。
そうだな。こちらは女子供が多いし、僕だって戦えるのかと問われれば自信はまだない。
正しい判断だと感じたから瑛祐君の後に続く。
残る二人も顔を見合わせて、それから黙ってついてくる。
さっきの焼けた部屋とこの部屋は扉で仕切られているとはいえ、リフトが通る部分ではつながっているため、音や光は簡単に漏れてしまう。
入ってきたのと反対側の壁にもリフト用の開口部がある以上、急がないとこちらの行動が筒抜けになってしまう。
バキッ。
すぐ近くで大きな音がして思わず声が出そうになる。
見るとトワさんがサバトで踊る人形の一つから腕をもぎ取っていた。
「武器があって困ることないでしょ」
瑛祐君はもう奥の壁の扉を開けている。
僕はため息をつきながら扉へと走った。
次の部屋は森の奥の魔女の小屋。
さっきちらっと聞いたところに寄れば、ここは魔女とホウキがデザインされたリフトに乗って空中から見下ろしながらいろんな部屋を回るタイプのアトラクション。
各部屋には魔女にまつわる様々なシーンを再現したセットが用意されているらしいが、生憎とのんびり見ているゆとりなんてない。
僕らは早々に奥のドアを開け――ようとして、ドアノブが回らない。
マジか!
「さっきも閉まってた?」
「わからない。来るのは初めて」
じゃあどうしてこっち来た――と言いたいのをぐっと堪える。
それじゃあどうする?
時間はないんだ。
「ね、建てつけ悪いっぽい」
扉のドアノブとは反対側を触っていたトワさんが、とんでもないことを言い出した。
「これブチ破ろうよ。三十年近く経ってるの、せーのでぶつかれば突破できないことはないと思う。それに入ってきたの一人ってことはないと思うし、入り口・出口・通用口、この建物にある出入り口三ヶ所を全部塞ぐとなると、一ヶ所に配置できる人数はそう多くないはず。とりあえずは四人でどこか一ヶ所を強行突破して、それから二手に別れてさっきの作戦通りにしましょ。ヤツラが集まってくるなら、ここから離れれば安全だし、他の逃げている人たちも動きやすいと思うし。ほら、あたし頼りになるでしょ」
早口にまくし立てられた。
一度に入ってきた情報量が多くてすぐには反論が思いつかない。
何より迷っている暇はない。
僕は肩から思い切り扉に体当たりした。
二回、三回。
思ったよりも早く扉が外れる。
あっちの音が聞こえたくらいだ、こっちの音も聞こえただろうな。
扉の外へと出る。
向こう側はさっきと同じような二方向に延びる通路。
右側はちょっといったところでドアのある行き止まり。
左側はすぐ曲がり角。そしてほんのりと明るい。
慌ててマグライトを消し、角からそっと顔だけ出して覗いてみた。
半開きのシャッターが見える。
その向こうは外のようだ。
「こちらは入り口ね。リフト乗り場は入り口からすぐの階段を上ったところなの。ここはきっと階段の裏側。あのシャッターの近くは確かチケットもぎりの小さなブースがあっただけのはず」
ずっと黙っていたネイデさんが適切な情報をくれる。
開園当時を知っている人の言葉は心強い。
外に誰かが待ち構えていたとしたら、さっきの音は聞こえているはず。
他の出口を押さえている仲間を呼ばれる前に突破した方がいいだろう。
僕らは互いに目配せすると、シャッターへと走った。
まずは瑛祐君が外へと走り出る。
さすが小学生、ちょっとかがむだけでさほど減速せずに外へと出てゆく。
続けて女性二人がそこへ続く。
彼女らが外へ出るまで、僕は階段の上と、自分らが来た方へと意識とライトとを交互に向ける。まだ追手は来ていない。
外から茂みの中へ入る音の三つめが聞こえたのを合図に、僕も深く腰を落としてシャッターの外へと転がり出た。
建物から出て最初に感じたのは明るさだった。
ずっと闇の中に居たせいか妙に明るく感じる。
まさか照明が点けられているんじゃないかと思ってしまったくらいに。
いや、廃墟だったよね、と月の明るさであることを確認してから周囲を見回し、人影がまるで見当たらないことにホッとして、真向かいの緑の壁に触れる。
金網の音。
ヤバい。入り口はどこだ?
一瞬、嫌な汗が背中を伝うが、すぐに噂のアレを発見してホッとする。
緑の壁からスッと出ている黒い手。トワさんの手かな。
正体を知っていれば恐怖はない。
もう一度周囲を見渡して人影がないことを再確認し、あとは音をなるべく立てないように緑の壁へと身をねじり込んだ。
白い手っ――高架下通路に入ってすぐ目の前に現れたモノに驚き、一瞬転びそうになる。
すぐにトワさんの持ってきた人形の腕だと気付いて踏みとどまる。
紛らわしいな。
瑛祐君とネイデさんはもう何メートルも先に進んでいる。
「急いで移動しましょ」
トワさんは僕の手を引き、瑛祐君たちとは反対側へ引っ張っていこうとする。
彼女の中では僕と一緒に行動するってのがもう決定事項なのか。
そりゃ確かに彼女の行動力は評価するけれど暴走が心配――って、あれ?
瑛祐君、こっち戻ってくる。
まさかヤツラがあっち側に出た?
いやでもネイデさんはその場を動いていないよな。
瑛祐君は僕のすぐ近くまで来て立ち止まった。
肩でしていた息を無理やりスッと呑み込み手招きする。
なんだろうと顔を近づけてみると、僕の耳元でなにやら囁いた。
「あの……ドリームキャッチャーも怪しいから気を付けて」
小声でそれだけ言い残すと、心配そうな表情でこちらを振り返りつつもまたネイデさんの方へと戻って行く。
ドリームキャッチャー。どこだっけかな。
園内マップはさっきざっとは見せてもらって暗記したつもりだったのに、まだ全部のアトラクションを覚えられていないっぽい。
いや、ここで考えている暇はない。
とにかく今は急いでここを離れるのが先決だろう。
僕の手をぐいぐいと引っ張るトワさんのすぐ後ろを、できるだけ静かについて行く。
さっき、瑛祐君が離れた直後から手を握られて、それからずっと離してくれない。
通路の狭さを考えると手をつないだ方が歩きづらいのだが、手を離したら僕がトワさんを置いてゆくとでも考えているのだろうか。
少し歩いて高架下回廊は行き止まったってのに、まだ手を離さない。
僕らの前にあるのはしっかりとしたコンクリート製の壁、というか恐らく猿の電車の支柱。
その壁際で今度はトワさんが振り返り、ちょいちょいと僕を手招きした。
いやあなた僕の手つかんだままじゃないですか。
とりあえず不毛なやり取りをするのもなんだからと、僕はもう一歩だけ彼女に近づいた。
彼女が急に笑みを浮かべる――嫌な予感。
肘まで黒い手袋に覆われた彼女の手は、僕の手を放し、そしてそのまますっと僕の首まで伸び、引き寄せようとする。
なんだこりゃ。
一瞬身を強張らせると、今度は彼女が背伸びをして僕に顔を近づけてきた。
耳元に彼女の息が届く。
「この高架下通路、駅のとこは通り抜けできないからいったん外に出ないとなの」
耳打ちか。
うん。
状況的には正しいけど。
「もう手を離しても大丈夫。一緒に行動するから安心して」
僕も声をひそめてみる。
距離が近いせいか、トワさんからふわりと甘い香りが漂ってくる。
焦げの香りがなくともこれでバレるんじゃ、という言葉をぐっと飲み込んだおかげか、僕の手は無事に解放される。
匂いのことが気になったのは、瑛祐君と二人の時に遭遇した獣みたいなナニカのことが頭の隅にこびりついているから。
アレが何なのかはわからないけれど、僕らの匂いを嗅いでいたような気がして。
そういえば僕らはここへ隠れているつもりになっているけれど、ヤツラはここの存在を知っているのだろうか。
ミラーハウスで人が変わってしまうってことは、ヤツラはそもそもここの遊園地と何か関係があるんじゃないかな。
だとするとここの敷地内の建物構造についても詳しかったりして?
「外に出たその先は?」
トワさんはちょっと考え込んでから答える。
「この壁は多分『右耳』駅ね。魔女のホウキとナイトメアの間にあるの。駅をやり過ごせたらまた高架下をここみたいに歩けるはず。『右耳』からもう少し先に行くと『右こめかみ』駅。そこはナイトメアとギロチンクロスの間にある」
魔女のホウキってのはさっきトワさん達が隠れていた所。
猿の電車に『右耳』とか『右こめかみ』とかいう名前がついているのは、ホラーランド自体が髑髏型をしていて、その外周つまり頭蓋骨のフォルムを猿の電車がなぞっているから。
頭蓋骨にとっての『右耳』や『右こめかみ』に近い位置がそれぞれ駅になっているのである。
ちなみに、頭蓋骨の右目位置にあるのがナイトメア・ザ・メリーゴーラウンドで、左目位置にあるのがサーキット・ゴールドラッシュ。
さて。問題はトリーがどこに隠れているか、なんだよな。
さっきまで居た魔女のホウキだけど、ヤツラは特段集結していなかったように思える。
それならあの扉を開けたのは単なる見回りだったのか――待てよ?
トリーたちが隠れられるかどうか確認しに来たって可能性もないか?
さっきは逃げることにいっぱいいっぱいで、トリーたちも隠れながら移動を続けているかもしれないことを全く考慮に入れてなかった。
だって一緒に居る人はここに詳しい人なんだよね?
戻って確認したい気持ちが自分の中に大きく膨らむ。
一人行動なら、こっそり見に戻るって選択肢もあるんだろうな。
気を付けないとトワさんは廃墟トークで際限なく盛り上がる。
今どういう状況か分かっているのかと心配になるほどに。
こうしている間にもトリーに危険が迫っているかもしれないってのに。
「アトラクション情報はパンフの写しもあるし、噂については後で時間ができてからじっくり聞かせてもらうのでもいいかな?」
「あ、そうだね」
「じゃあさ。とりあえず瑛祐君は二人を連れて門の近くか、なんなら僕の車のところまで戻って待っててほしい。僕はトリーネと、一緒に居るっていうもう一人を探して急いで戻るから。僕の車、そのくらいの人数なら本当はアウトだけど重量的にはなんとかなると思うし。後のことについては電波があるところまで戻って警察に相談……それでいいね?」
瑛祐君とネイデさんはうなずいてくれたが、トワさんだけは反応が違った。
「待って。あたし、とっても大切なものを置いてきちゃったの。できればそれを取り戻したいし……それに、ここの場所について詳しいよ?」
トワさん、悪い子じゃないんだけど、一緒に行動するのは心配事が増えそうな気しかしない。
「よっしゃ、決まりね。じゃあ善は急げってことで」
おいおい待てよ、と言おうと口を開いた瞬間だった。
……キィィ。
遠い遠い音だった。
でも、聞き覚えのある音。
僕はさっき入ってきた方向を指さしてから、マグライトにタオルを被せて灯りを淡く抑えた。
ホラーランドのマップを描き写したメモ帳も慌ててしまう。
もしも今入ってきたのがヤツラだったとしたら、一刻の猶予もないだろう。
「待ち構える? それとも逃げる?」
僕が小声で聞くと、まず瑛祐君が動いた。
僕らが来た方向とは逆側へ。
そうだな。こちらは女子供が多いし、僕だって戦えるのかと問われれば自信はまだない。
正しい判断だと感じたから瑛祐君の後に続く。
残る二人も顔を見合わせて、それから黙ってついてくる。
さっきの焼けた部屋とこの部屋は扉で仕切られているとはいえ、リフトが通る部分ではつながっているため、音や光は簡単に漏れてしまう。
入ってきたのと反対側の壁にもリフト用の開口部がある以上、急がないとこちらの行動が筒抜けになってしまう。
バキッ。
すぐ近くで大きな音がして思わず声が出そうになる。
見るとトワさんがサバトで踊る人形の一つから腕をもぎ取っていた。
「武器があって困ることないでしょ」
瑛祐君はもう奥の壁の扉を開けている。
僕はため息をつきながら扉へと走った。
次の部屋は森の奥の魔女の小屋。
さっきちらっと聞いたところに寄れば、ここは魔女とホウキがデザインされたリフトに乗って空中から見下ろしながらいろんな部屋を回るタイプのアトラクション。
各部屋には魔女にまつわる様々なシーンを再現したセットが用意されているらしいが、生憎とのんびり見ているゆとりなんてない。
僕らは早々に奥のドアを開け――ようとして、ドアノブが回らない。
マジか!
「さっきも閉まってた?」
「わからない。来るのは初めて」
じゃあどうしてこっち来た――と言いたいのをぐっと堪える。
それじゃあどうする?
時間はないんだ。
「ね、建てつけ悪いっぽい」
扉のドアノブとは反対側を触っていたトワさんが、とんでもないことを言い出した。
「これブチ破ろうよ。三十年近く経ってるの、せーのでぶつかれば突破できないことはないと思う。それに入ってきたの一人ってことはないと思うし、入り口・出口・通用口、この建物にある出入り口三ヶ所を全部塞ぐとなると、一ヶ所に配置できる人数はそう多くないはず。とりあえずは四人でどこか一ヶ所を強行突破して、それから二手に別れてさっきの作戦通りにしましょ。ヤツラが集まってくるなら、ここから離れれば安全だし、他の逃げている人たちも動きやすいと思うし。ほら、あたし頼りになるでしょ」
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僕は肩から思い切り扉に体当たりした。
二回、三回。
思ったよりも早く扉が外れる。
あっちの音が聞こえたくらいだ、こっちの音も聞こえただろうな。
扉の外へと出る。
向こう側はさっきと同じような二方向に延びる通路。
右側はちょっといったところでドアのある行き止まり。
左側はすぐ曲がり角。そしてほんのりと明るい。
慌ててマグライトを消し、角からそっと顔だけ出して覗いてみた。
半開きのシャッターが見える。
その向こうは外のようだ。
「こちらは入り口ね。リフト乗り場は入り口からすぐの階段を上ったところなの。ここはきっと階段の裏側。あのシャッターの近くは確かチケットもぎりの小さなブースがあっただけのはず」
ずっと黙っていたネイデさんが適切な情報をくれる。
開園当時を知っている人の言葉は心強い。
外に誰かが待ち構えていたとしたら、さっきの音は聞こえているはず。
他の出口を押さえている仲間を呼ばれる前に突破した方がいいだろう。
僕らは互いに目配せすると、シャッターへと走った。
まずは瑛祐君が外へと走り出る。
さすが小学生、ちょっとかがむだけでさほど減速せずに外へと出てゆく。
続けて女性二人がそこへ続く。
彼女らが外へ出るまで、僕は階段の上と、自分らが来た方へと意識とライトとを交互に向ける。まだ追手は来ていない。
外から茂みの中へ入る音の三つめが聞こえたのを合図に、僕も深く腰を落としてシャッターの外へと転がり出た。
建物から出て最初に感じたのは明るさだった。
ずっと闇の中に居たせいか妙に明るく感じる。
まさか照明が点けられているんじゃないかと思ってしまったくらいに。
いや、廃墟だったよね、と月の明るさであることを確認してから周囲を見回し、人影がまるで見当たらないことにホッとして、真向かいの緑の壁に触れる。
金網の音。
ヤバい。入り口はどこだ?
一瞬、嫌な汗が背中を伝うが、すぐに噂のアレを発見してホッとする。
緑の壁からスッと出ている黒い手。トワさんの手かな。
正体を知っていれば恐怖はない。
もう一度周囲を見渡して人影がないことを再確認し、あとは音をなるべく立てないように緑の壁へと身をねじり込んだ。
白い手っ――高架下通路に入ってすぐ目の前に現れたモノに驚き、一瞬転びそうになる。
すぐにトワさんの持ってきた人形の腕だと気付いて踏みとどまる。
紛らわしいな。
瑛祐君とネイデさんはもう何メートルも先に進んでいる。
「急いで移動しましょ」
トワさんは僕の手を引き、瑛祐君たちとは反対側へ引っ張っていこうとする。
彼女の中では僕と一緒に行動するってのがもう決定事項なのか。
そりゃ確かに彼女の行動力は評価するけれど暴走が心配――って、あれ?
瑛祐君、こっち戻ってくる。
まさかヤツラがあっち側に出た?
いやでもネイデさんはその場を動いていないよな。
瑛祐君は僕のすぐ近くまで来て立ち止まった。
肩でしていた息を無理やりスッと呑み込み手招きする。
なんだろうと顔を近づけてみると、僕の耳元でなにやら囁いた。
「あの……ドリームキャッチャーも怪しいから気を付けて」
小声でそれだけ言い残すと、心配そうな表情でこちらを振り返りつつもまたネイデさんの方へと戻って行く。
ドリームキャッチャー。どこだっけかな。
園内マップはさっきざっとは見せてもらって暗記したつもりだったのに、まだ全部のアトラクションを覚えられていないっぽい。
いや、ここで考えている暇はない。
とにかく今は急いでここを離れるのが先決だろう。
僕の手をぐいぐいと引っ張るトワさんのすぐ後ろを、できるだけ静かについて行く。
さっき、瑛祐君が離れた直後から手を握られて、それからずっと離してくれない。
通路の狭さを考えると手をつないだ方が歩きづらいのだが、手を離したら僕がトワさんを置いてゆくとでも考えているのだろうか。
少し歩いて高架下回廊は行き止まったってのに、まだ手を離さない。
僕らの前にあるのはしっかりとしたコンクリート製の壁、というか恐らく猿の電車の支柱。
その壁際で今度はトワさんが振り返り、ちょいちょいと僕を手招きした。
いやあなた僕の手つかんだままじゃないですか。
とりあえず不毛なやり取りをするのもなんだからと、僕はもう一歩だけ彼女に近づいた。
彼女が急に笑みを浮かべる――嫌な予感。
肘まで黒い手袋に覆われた彼女の手は、僕の手を放し、そしてそのまますっと僕の首まで伸び、引き寄せようとする。
なんだこりゃ。
一瞬身を強張らせると、今度は彼女が背伸びをして僕に顔を近づけてきた。
耳元に彼女の息が届く。
「この高架下通路、駅のとこは通り抜けできないからいったん外に出ないとなの」
耳打ちか。
うん。
状況的には正しいけど。
「もう手を離しても大丈夫。一緒に行動するから安心して」
僕も声をひそめてみる。
距離が近いせいか、トワさんからふわりと甘い香りが漂ってくる。
焦げの香りがなくともこれでバレるんじゃ、という言葉をぐっと飲み込んだおかげか、僕の手は無事に解放される。
匂いのことが気になったのは、瑛祐君と二人の時に遭遇した獣みたいなナニカのことが頭の隅にこびりついているから。
アレが何なのかはわからないけれど、僕らの匂いを嗅いでいたような気がして。
そういえば僕らはここへ隠れているつもりになっているけれど、ヤツラはここの存在を知っているのだろうか。
ミラーハウスで人が変わってしまうってことは、ヤツラはそもそもここの遊園地と何か関係があるんじゃないかな。
だとするとここの敷地内の建物構造についても詳しかったりして?
「外に出たその先は?」
トワさんはちょっと考え込んでから答える。
「この壁は多分『右耳』駅ね。魔女のホウキとナイトメアの間にあるの。駅をやり過ごせたらまた高架下をここみたいに歩けるはず。『右耳』からもう少し先に行くと『右こめかみ』駅。そこはナイトメアとギロチンクロスの間にある」
魔女のホウキってのはさっきトワさん達が隠れていた所。
猿の電車に『右耳』とか『右こめかみ』とかいう名前がついているのは、ホラーランド自体が髑髏型をしていて、その外周つまり頭蓋骨のフォルムを猿の電車がなぞっているから。
頭蓋骨にとっての『右耳』や『右こめかみ』に近い位置がそれぞれ駅になっているのである。
ちなみに、頭蓋骨の右目位置にあるのがナイトメア・ザ・メリーゴーラウンドで、左目位置にあるのがサーキット・ゴールドラッシュ。
さて。問題はトリーがどこに隠れているか、なんだよな。
さっきまで居た魔女のホウキだけど、ヤツラは特段集結していなかったように思える。
それならあの扉を開けたのは単なる見回りだったのか――待てよ?
トリーたちが隠れられるかどうか確認しに来たって可能性もないか?
さっきは逃げることにいっぱいいっぱいで、トリーたちも隠れながら移動を続けているかもしれないことを全く考慮に入れてなかった。
だって一緒に居る人はここに詳しい人なんだよね?
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