闇鍋【一話完結短編集】

だんぞう

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【ほのぼの怪談】ベランダのハト

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 一に膀胱、二に遅刻。三四がなくて五にハト野郎。私の朝の二度寝タイムを強引に無惨に奪う忌まわしき存在たち。
 ああ、今朝もまた嬉しそうにボウボウ鳴いてやがるっ。まったくもう!

 ベッドから跳ね起きた私は布団たたきを後ろ手に構えながら静かにカーテンの隙間からベランダの戸の鍵を開ける。あいつら……すっかり油断してやがる……よし、今だっ!
 殺していた息の底から怒りをひねり出しながらカーテンと戸を一気に開け、私はベランダに上半身を乗り出し布団たたきを振り回す。
 ああっ、忌まわしきハト! なぜ戸を開けている途中で飛び立ちやがる。さっきまでここに居たのなら逃げ出さずに最後までそこに直れぃっての!
 しかもツガイ。カップル。バカップル。ああ、どうせ私は独り身ですよ。ハトにまで彼氏が居るのに悔しいったら!

 ふぅ。すっかり目が覚めた。って今、何時? うわわ、ヤバイじゃない。こんな時間ってもう……ああ! ハトのせいで朝の貴重な時間がっ!
 私は急いで顔を洗って出かける準備をする。
 男っていいよね。髪も整えない、化粧もしないで世間的に許されるんだから。思い出したらハトへの怒りがだんだん……とか言っている間に、うわあああっ。くっ。ハトめぇぇぇ。

 その日は寝起きから電車に乗るまで新記録達成。走った走った。社会人になってからの方が学生時代よりも運動量多い気がする。それにしてもハトのヤツ、むかつくったら。
 ハトの目を見たことある? 血の色。悪魔のような赤なの。あれでよく「平和の使者」だなんて言いはれるよね。どちらかというと地獄の死者じゃない。しかもあいつら、場所わきまえず糞尿撒き散らすわ、鳴き声がドヤ声だわ、平和とまるでかけ離れているクセに。知ってる? ハトって鶏の唐揚げ食べるの。私、奪われたことあるから。ハトは共食いしないって言い張る人多いけど、あのパンダだって羊を襲って食べた事例が報告されているくらいだから、ほとんどの人間は騙されているんだと思うな。平和の皮をかぶった悪魔のハトに。

 私は一応、動物好き。猫とか犬とか雀とか、街角で見るといつの間にか頬が緩むくらい大好物。昔はハトだって気持ち悪い目とは思っていたけれどそれほどキライだったわけじゃない。
 でもね、奴らの生活実態と世間のイメージとがかけ離れすぎていることにあるとき気づいてね。
 せめて私が大嫌いにならなきゃ、ハトの実態とハトに対する世界の好感度とのバランスがとれないじゃない。ニセモノの評価を背負って生きてゆくってつらいものよ。
 そうやって歪んだ価値観をまとい続けることは、いつか世界のバランスを崩すの。
 そう、私がハトを憎むのは世界のためなの! あ、降ります降ります。ちょ、ちょっと、電車の乗降口はあんたの家じゃないっての。勝手に占領するな! あんたはハトかっ! このうすらデブリーマンっ!



「なぁ、母さんや。いつまでこんなこと続けるんだい? 俺はいつかあの子に殺されるんじゃないだろうかって心配なんだよ」

「何言っているのよ。あの子、根は動物好きなんだから大丈夫よ。というより今朝も見たでしょ。私らが起こさなかったら遅刻してたわよ。学生時代から寝坊のひどい子だったんだから」

「でもなぁ……その……糞をするのはどうにも抵抗がなぁ」

「あら別に私達がしてるんじゃないのよ。しているのはハト。あくまでも私達はハトに憑いているだけなんだから」

「俺はやっぱり、夢枕に立つほうがいいな。なんだかあの子、日々荒んでいっているような気がしてなぁ」

「あらそう? 空を自由に飛ぶのって気に入ってたんだけど」

「……ってことでな。お前もちゃんと自力で朝起きないと、母さんがベランダで」

「ちょ、ちょっと待ってよお父さん! 私じゃなくハトだってば!」



 ……。
 ああ、今日は久々に変な夢見た。なんか死んだ両親がハトに憑いたとか憑かないとか言っている夢。今でも漫才みたいな会話が耳もとに残っている。今朝のベランダにハトはいない。そう、もしも母さんたちがハトに憑けるんだったら、むしろハトが来ないようにしてほしい。そうすればもう少しだけ寝れるのに……。

 ボウボウ、ボウボウ、ボウボウ……

「ああああああっ! 起きる起きる! 起きますってば!」



<終>
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