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【青春怪談】携帯貸したお礼
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「最近、付き合いわりぃな」
「え、あ、ごめん。そんなつもりじゃないんだけど……」
「じゃあ今夜あたりどうだい? いつもの店に新しく入った子、多分お前のタイプだよ。間違いない」
「……あー。今夜はちょっと……なんか最近そういう気持ちにならなくて」
「そうかぁ、まだ引きずっているのか? 事故見ちゃったこと」
「本当にごめん。そのうち復活するから」
「いや、いい。俺があの子口説き落とすまで来るな。なーんてな!」
同僚に手を振って分かれた後、無理やり作っていた笑顔を叩いてほぐす。
顔が強張っている。
あの「事故」に遭遇してから一ヶ月以上が経った。
替えた携帯にはあの女子高生の霊から何の連絡もないし、もちろん本人が来ることもない。
それでもなんだか心が落ち着かなくて、普通の日常に戻れないでいた。
今でもどこからか、彼女に見られている気がして。
だからキャバクラにも行かなくなってしまった。
早く帰っても誰も居ない家で暇を持て余して、テレビ観ながら無駄に腹筋とかして体鍛えてみちゃったり。
いや、見られていることを意識しているわけじゃ……って独り言みたいな言い訳を頭の中でするのがすっかり癖になった気がする。
生きている女子高生なら大歓迎なんだけどなぁ……なんて思いかけて、慌てて否定する。もちろん頭の中で。法律的なこともある。でもそれ以上に、変に優しさ見せて憑かれたりしたらどうすんだよって思ってしまっている自分もいる。
そうやってその夜も、いつもみたいに終わるはずだった。
でも。
携帯が鳴ったんだ。
着信だ。
怖くて携帯を正視できない。おそるおそる時計を見ると、夜中と言うにはまだ微妙に早い22時。
まさか同僚? 面倒だな……出なければ止まるよな?
深呼吸をしようとするが、空気がのどに入ってこない。
息が浅くなる。
鳴り続ける着メロが、考えたくない不安をふくらまし続ける。まさかこのまま鳴り続けるなんてことは……
フッと携帯が鳴り止んだ。
終わったのか?
自分で自分の膝を強く握り締めてたらしく、ちょっと痛い。
情けないな、って苦笑交じりに自分を責めかけたその時だった。
また携帯が鳴った。
……こ、今度こそ。
僕は泣きそうな気持ちを必死にこらえて、携帯のディスプレイを覗き込んだ。
…………公衆電話。
どうしよう。正直、手が震える。
あの日、あの夜見た彼女の後ろ姿が、いまだに忘れられない。
……よ、よし。次だ。次、にかかってきたら……その決意が固まらないうちに着信は途絶える。
静寂の中で気持ちを落ち着ける。
そうだよ。僕は彼女になんも悪いことはしていないんだ。むしろ助けたんだ。だから呪われるはずなんて……わっ!
また携帯が鳴る。
……あれ?
今度のは父からだ……。
「もしもし?」
「良かった、ようやくつながった! いいかよく聞け! 母さんが倒れた! 今、手術中だ。俺は手術室の近くに居るから携帯はつながらない。お前、公衆電話からかかるようにしとけ! 病院は今から言うぞ。聞いているか?」
全く予想もしていなかった内容の電話に、僕は父からの電話が終わってからもしばしぼんやりとしてしまった。
って、ぼんやりなんかしている場合じゃない。
急いで駅へと向かう。実家へは電車で30分くらい。病院は実家の最寄り駅からタクシーでそう遠くない場所。
はやる気持ちを抑えながら電車に揺られる僕の頭の中に、母と父とそしてあの女子高校生の霊が交互に現れては消えてゆく。
まさか僕自身ではなく家族を……?
そんな最悪のことを考えはじめるくらい頭が煮詰まってしまった頃に、僕は病院へと到着した。
「父さん……」
「ああ、手術はさっき終わったところだ。成功だと言っていた。発見が早かったから取り返しがつかなくなる前に救急車が到着したらしい」
「そっかぁ……父さん……タイミングよく帰れるなんてさすが夫婦だね」
「……いや、それがな」
父の表情が複雑に変化する。
「うちから電話がかかったようなんだ。はじめはお前かと思ったんだが、救急の人の話だと女性だったとか……こんなときになんだが、お前、もし婚約者を母さんにだけ紹介して俺にナイショにしてるんなら、ちゃんと連れて来い」
「え? ……婚約者どころか彼女も居ないよ」
「……誰だかわからないんだよ。まさか泥棒とは考えにくいし。今、うちのほうには佐藤の叔母さんに来てもらっているんだけど、特に荒らされた形跡もないってね……ん? どうした? お前、泣いてるのか? バカ。母さんは助かったんだぞ?」
気がついたら涙があふれていた。
それは母が助かったうれしさもあったけれど、一番大きかったのは自分の情けなさ。
母を助けてくれたのは、きっとあの子だ。
これが彼女の「お礼」だったんだ。
怖がって、逃げまわって、疑って、よりにもよって犯人扱いしようとまでした自分が、情けなくて、悔しくて、申し訳なくて、僕は涙が止まらなかった。
「そんなに泣いて辛気臭いな。俺がいるからお前は安心して帰れ」
と、父に追い立てられるように病院を出た僕は、駅前で花束を買った。
その足であの現場へと向かう。
あの日、不安の中で歩いた坂道を、急ぎ足で登る。
ここを登りきったところの交差点に……。
ドキリとした。
花束が置かれていたあの場所に、人がしゃがみこんでいる。
髪の毛が長く……女の人?
ただ、制服じゃなくスーツっぽかったけど。
一瞬、僕の足が止まる。
でも深呼吸ひとつですぐにまた足に力が戻ってくる。
あの子にまた遭えたなら、ちゃんとお礼を言うんだと決めていたから。
ヘタレすぎてごめん。
でも今はもう怖くないよ。
一歩、また一歩、僕はあの場所へと近づいてゆく。
その時、その人は立ち上がってこちらを振り向いた。
あの子? ……が、もうちょっと大人になったらこんな、という感じ。
……ち、近づいてくる?
「あ、あの」
声を出したのはほとんど同時だった。
そしてほとんど同時に
「あ、いえ、そちらがお先に」
一言一句たがわずに。声が妙にハモってしまって、それがおかしくてつい笑いそうになるのをこらえる。
ってダメじゃないか。
彼女の最期の場所へ花束を置きにきたんだ。僕は女性に軽く会釈すると先にお参りをすることにした。
花束をそこへ置き、手を合わせて「ありがとう」と心の中で伝えた。
夜中の交差点に、ふわりと優しい風がふく。
今吹いた風が、この花束の花の香りをあの子のところまで運んでくれますように……。
立ち上がった僕を、さっきの女性がずっと眺めていた。
目には涙があふれている。
「あの……ひょっとして……携帯写真の方、ですか?」
こういうときってなんて答えたらよいのだろう……というか、警官は僕をどう紹介したんだろう。
実際は彼女にも事故にも出遭っていないのに。
答えあぐねている僕を、その女性はずっと見つめていた。
そうだな。
ちゃんと全部話そう。
僕の「はい」という答えに、女性は深々と頭をさげた。
「妹の無念を晴らしてくれて、ありがとうございます」
「……こちらこそありがとうございます。あなたの妹さんのおかげで、母は助かったんです」
「そこでチューしたの?」
「し、してな……ってな、なにを言い出すんだまったく……」
「あー、パパ! なれそめの話、まだ途中ぅぅぅ! 逃げるなー!」
我が娘ながら、だんだん生意気になってきた。キャバクラのところははしょって話しておいて本当によかった。
好きな番組がはじまったとかで追求の手は早速ゆるんだ。
僕は逃げ込んできた和室の仏壇に飾ってある義妹の遺影を眺める。
あの子は君なのかい?
妻も君に似てきたと言っているんだ。
もし、そうなのだとしたら、僕は嬉しいよ。
これから先、君は幸せな人生を送るんだ。前の人生の分まで幸せいっぱいの人生を送るんだ。
それが僕から、いや僕たちからの、お礼のお礼なのだから。
<終>
「え、あ、ごめん。そんなつもりじゃないんだけど……」
「じゃあ今夜あたりどうだい? いつもの店に新しく入った子、多分お前のタイプだよ。間違いない」
「……あー。今夜はちょっと……なんか最近そういう気持ちにならなくて」
「そうかぁ、まだ引きずっているのか? 事故見ちゃったこと」
「本当にごめん。そのうち復活するから」
「いや、いい。俺があの子口説き落とすまで来るな。なーんてな!」
同僚に手を振って分かれた後、無理やり作っていた笑顔を叩いてほぐす。
顔が強張っている。
あの「事故」に遭遇してから一ヶ月以上が経った。
替えた携帯にはあの女子高生の霊から何の連絡もないし、もちろん本人が来ることもない。
それでもなんだか心が落ち着かなくて、普通の日常に戻れないでいた。
今でもどこからか、彼女に見られている気がして。
だからキャバクラにも行かなくなってしまった。
早く帰っても誰も居ない家で暇を持て余して、テレビ観ながら無駄に腹筋とかして体鍛えてみちゃったり。
いや、見られていることを意識しているわけじゃ……って独り言みたいな言い訳を頭の中でするのがすっかり癖になった気がする。
生きている女子高生なら大歓迎なんだけどなぁ……なんて思いかけて、慌てて否定する。もちろん頭の中で。法律的なこともある。でもそれ以上に、変に優しさ見せて憑かれたりしたらどうすんだよって思ってしまっている自分もいる。
そうやってその夜も、いつもみたいに終わるはずだった。
でも。
携帯が鳴ったんだ。
着信だ。
怖くて携帯を正視できない。おそるおそる時計を見ると、夜中と言うにはまだ微妙に早い22時。
まさか同僚? 面倒だな……出なければ止まるよな?
深呼吸をしようとするが、空気がのどに入ってこない。
息が浅くなる。
鳴り続ける着メロが、考えたくない不安をふくらまし続ける。まさかこのまま鳴り続けるなんてことは……
フッと携帯が鳴り止んだ。
終わったのか?
自分で自分の膝を強く握り締めてたらしく、ちょっと痛い。
情けないな、って苦笑交じりに自分を責めかけたその時だった。
また携帯が鳴った。
……こ、今度こそ。
僕は泣きそうな気持ちを必死にこらえて、携帯のディスプレイを覗き込んだ。
…………公衆電話。
どうしよう。正直、手が震える。
あの日、あの夜見た彼女の後ろ姿が、いまだに忘れられない。
……よ、よし。次だ。次、にかかってきたら……その決意が固まらないうちに着信は途絶える。
静寂の中で気持ちを落ち着ける。
そうだよ。僕は彼女になんも悪いことはしていないんだ。むしろ助けたんだ。だから呪われるはずなんて……わっ!
また携帯が鳴る。
……あれ?
今度のは父からだ……。
「もしもし?」
「良かった、ようやくつながった! いいかよく聞け! 母さんが倒れた! 今、手術中だ。俺は手術室の近くに居るから携帯はつながらない。お前、公衆電話からかかるようにしとけ! 病院は今から言うぞ。聞いているか?」
全く予想もしていなかった内容の電話に、僕は父からの電話が終わってからもしばしぼんやりとしてしまった。
って、ぼんやりなんかしている場合じゃない。
急いで駅へと向かう。実家へは電車で30分くらい。病院は実家の最寄り駅からタクシーでそう遠くない場所。
はやる気持ちを抑えながら電車に揺られる僕の頭の中に、母と父とそしてあの女子高校生の霊が交互に現れては消えてゆく。
まさか僕自身ではなく家族を……?
そんな最悪のことを考えはじめるくらい頭が煮詰まってしまった頃に、僕は病院へと到着した。
「父さん……」
「ああ、手術はさっき終わったところだ。成功だと言っていた。発見が早かったから取り返しがつかなくなる前に救急車が到着したらしい」
「そっかぁ……父さん……タイミングよく帰れるなんてさすが夫婦だね」
「……いや、それがな」
父の表情が複雑に変化する。
「うちから電話がかかったようなんだ。はじめはお前かと思ったんだが、救急の人の話だと女性だったとか……こんなときになんだが、お前、もし婚約者を母さんにだけ紹介して俺にナイショにしてるんなら、ちゃんと連れて来い」
「え? ……婚約者どころか彼女も居ないよ」
「……誰だかわからないんだよ。まさか泥棒とは考えにくいし。今、うちのほうには佐藤の叔母さんに来てもらっているんだけど、特に荒らされた形跡もないってね……ん? どうした? お前、泣いてるのか? バカ。母さんは助かったんだぞ?」
気がついたら涙があふれていた。
それは母が助かったうれしさもあったけれど、一番大きかったのは自分の情けなさ。
母を助けてくれたのは、きっとあの子だ。
これが彼女の「お礼」だったんだ。
怖がって、逃げまわって、疑って、よりにもよって犯人扱いしようとまでした自分が、情けなくて、悔しくて、申し訳なくて、僕は涙が止まらなかった。
「そんなに泣いて辛気臭いな。俺がいるからお前は安心して帰れ」
と、父に追い立てられるように病院を出た僕は、駅前で花束を買った。
その足であの現場へと向かう。
あの日、不安の中で歩いた坂道を、急ぎ足で登る。
ここを登りきったところの交差点に……。
ドキリとした。
花束が置かれていたあの場所に、人がしゃがみこんでいる。
髪の毛が長く……女の人?
ただ、制服じゃなくスーツっぽかったけど。
一瞬、僕の足が止まる。
でも深呼吸ひとつですぐにまた足に力が戻ってくる。
あの子にまた遭えたなら、ちゃんとお礼を言うんだと決めていたから。
ヘタレすぎてごめん。
でも今はもう怖くないよ。
一歩、また一歩、僕はあの場所へと近づいてゆく。
その時、その人は立ち上がってこちらを振り向いた。
あの子? ……が、もうちょっと大人になったらこんな、という感じ。
……ち、近づいてくる?
「あ、あの」
声を出したのはほとんど同時だった。
そしてほとんど同時に
「あ、いえ、そちらがお先に」
一言一句たがわずに。声が妙にハモってしまって、それがおかしくてつい笑いそうになるのをこらえる。
ってダメじゃないか。
彼女の最期の場所へ花束を置きにきたんだ。僕は女性に軽く会釈すると先にお参りをすることにした。
花束をそこへ置き、手を合わせて「ありがとう」と心の中で伝えた。
夜中の交差点に、ふわりと優しい風がふく。
今吹いた風が、この花束の花の香りをあの子のところまで運んでくれますように……。
立ち上がった僕を、さっきの女性がずっと眺めていた。
目には涙があふれている。
「あの……ひょっとして……携帯写真の方、ですか?」
こういうときってなんて答えたらよいのだろう……というか、警官は僕をどう紹介したんだろう。
実際は彼女にも事故にも出遭っていないのに。
答えあぐねている僕を、その女性はずっと見つめていた。
そうだな。
ちゃんと全部話そう。
僕の「はい」という答えに、女性は深々と頭をさげた。
「妹の無念を晴らしてくれて、ありがとうございます」
「……こちらこそありがとうございます。あなたの妹さんのおかげで、母は助かったんです」
「そこでチューしたの?」
「し、してな……ってな、なにを言い出すんだまったく……」
「あー、パパ! なれそめの話、まだ途中ぅぅぅ! 逃げるなー!」
我が娘ながら、だんだん生意気になってきた。キャバクラのところははしょって話しておいて本当によかった。
好きな番組がはじまったとかで追求の手は早速ゆるんだ。
僕は逃げ込んできた和室の仏壇に飾ってある義妹の遺影を眺める。
あの子は君なのかい?
妻も君に似てきたと言っているんだ。
もし、そうなのだとしたら、僕は嬉しいよ。
これから先、君は幸せな人生を送るんだ。前の人生の分まで幸せいっぱいの人生を送るんだ。
それが僕から、いや僕たちからの、お礼のお礼なのだから。
<終>
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