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第34話「ロード、大地に立つ(前編)」

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 レイルの取った方法は実に簡単。

 あの日、『よろず屋カイマン』でロード達の購入した補給品のロット番号を探り当てたレイルはその夜、店に侵入した。
 念のために言うが、別に盗みのためにではない。仕込みのためである。

 ……そのために、隠ぺいなどのスキルLvを上げておいたのだ。
 そう。すべてはこの瞬間・・・・のため。

「スキル──『一昨日へ行く』!」

 そして、誰にも気付かれることなく、スキル『一昨日に行く』を発動。
 まだロード達が補充品を・・・・購入していない2日前・・・・・・・・・・に時間を遡り、予想通り店に残っていた、2日後の未来に彼らが・・・・・・・・・・買う・・であろう高級ポーションと強化薬探り当て、薬の中に薄めた毒を仕込んでおいたのだ。

 ロット番号さえわかれば、ロード達がこの品を2日後に取るのは確実なのだ。
 もっとも、この二日間の間に他の客が買わないとも限らないが、……幸いにも田舎の辺境の町に早々高級品を大量に買うような輩はいない。

 だから、すべてが計算通り。

 ギルドマスターとロード達がグルであるからこそ成り立つ戦略。
 もちろん、これ以外にもいろいろ手は考えていたが、どれもこれも使う前にうまくいったらしい。

 そして、模擬戦の当日。
 まんまとレイルの策にはまったロード達はこうして賢者フェイスを晒しているわけだ……。悪臭とともに。


※ そして、舞台は円形闘技場に戻る。 ※


「……さーて、どうやらロード達は戦闘不能みたいだけど、どうだい? まだ続けるかい?」

 んー? と首をかしげるようにギルドマスターをあおるレイル。

 その態度に、ビキスと青筋を立てるギルドマスター。
 レイルの視線の先には顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと大忙しのギルドマスターがいた。

(──はは。いい気味だ)

 対照的に床に臥すロード達は燃え尽きたように真っ白。
 美男美女、全員が悪臭と賢者スマイルで、意識を虚空に追いやっている……。

「ば、バカな! ど、どういうことだ? あ、あああありえない! ロード達が負けるはずがない!!」

 賢者フェイスでシーーンと静まり返ったロード達をよそに、一人パニックを起こすのはギルドマスター。

「どうしてもこうしてもあるかよ。俺が模擬戦に勝った────それだけだ」

 誰が見ても歴然とした事実に、ギルドマスターはぐうの音も出ない。
 しかし、安易に「レイルの勝利」を宣言することもできない。

 なぜなら……。

「金返せ! 金返せ! 金返せ!」」
「「「金返せ! 金返せ!!」」」

 かーね! かーね! かーね!!


 わっわっわっ!!


 今や会場は「金返せ」オーラに包まれている。

 オッズがあれほど『放浪者』有利に傾いていれば、レイルに賭けるようなもの好きはまずいないだろう。
 おそらく会場中の冒険者の掛け金は没収される──。
 だが、荒れくれ者の冒険者がそれを良しとするはずもない。

「おーおー。こりゃすげぇな。アンタ払えんのか? パニックになるぞ?」

 そりゃそうだろう。
 碌な戦闘もなしに、突如戦闘不能になった『放浪者シュトライフェン』を見て、納得するものがいるはずがない。

 だが、他人事のレイルは余裕の表情。

「「「金返せ! 金返せ!!」」」
「「「クソ野郎! くそ野郎!」」」
「「「戦え、Sランク! 舐めんじゃねぇぞ『放浪者シュトライフェン』ども!!」」」
「「「はーーげ!!」」」 「誰がハゲじゃぁあ!」

 わーわーわー! ともはや暴動寸前。

 金返せ!
 金返せ!

 かーねかーえせー!!
 かーねかーえせー!!

「「「おい、ハゲ!! てめぇ、わかってんだろうな!!」」」
「ぐぬ!」

 会場中の視線が胴元のギルドマスターに殺到する。

 すさまじい「金返せ」コールの連呼だ。
 下手な対応をすれば冒険者が大暴れするだろう。

「こりゃ、収拾すかねーぞ? マスター、アンタこれどうすんだ?」
「し、しししし、知るか!!」

 いや、知るか。じゃねーよ。
 アンタ審判だろ?

「それもこれも────れ、レイルきっさまー! なにか卑怯な手を使いやがったな?! そ、そんなの認められんぞ!!」

 なーんか、ハゲがのたまっているが知ったことじゃない。

 そもそも、どうやったかもわからんくせに、いい加減なことを言うなっつの。
 「一昨日」に仕掛けてきたなんて、誰が信じられることか。

「ほーん。卑怯かー?? 俺が何をした? 証拠はあるのか? 俺には何を言っているのか、さっぱりわからないね。……俺は普通に戦ったつもりだぞ? 誰かさんが、勝手に強化薬だの、ポーションだのを飲んで腹を下したのが俺の責任だってのか? それに、俺としてはお前らだけには言われたくないんだがねー……──」

 レイルはチラリと床を見る。

「──……俺が何も知らないとでも思ってるのか?」

 視線の先。
 そこには円形闘技場の碁盤の目にきられた床がある。

 ギクッ!
「な、ななななんん?! な、なんだと────?? お前何を言って……」
「しらじらしい奴だな──テメェ、ここのトラップシステムを、」

 レイルが、ギルドマスターを追求しようとしたその瞬間。



「──ぐぐぐ……。ま、まだだ」



「「ロード?!」」
 レイルとギルドマスターの間に割って入るロードの声。

「呆れた……。その恰好で戦うつもりか? くせぇぞお前」
「うるせぇ!!」

 そうだ。
 まだだ──。

「まだだ! まだ終わってねぇ! ぶっ殺してやるレイル!」
「そ、そうだ! た、戦えロード!! まだだ。まだ終わってねぇぞ!! テメェ、こっちも色々と手を貸してやったのに、漏らしたくらいでへこんでんじゃねぇぇぇえ! 戦え、くそ野郎!」

(おいおい。周囲が大騒ぎとはいえ、俺には丸聞こえだっつの。手を貸したとか言っちゃっていいのかよ)

「やかましいわ、ハゲぇぇぇええ! 言われんでもやってやるよぉぉ!」
「へっ。往生際が悪いぞロード」

 まーそうだろうさ。
 まだ、ギルドマスターたちの仕込みは終わっていないもんな?

 ニッと、訳知り顔で笑うレイル。

(……何のために、鍵を偽造したと思ってるんだよ?────ここのトラップシステムはとっくに)

「誰がハゲ────ええぃ! いいから、この疫病神をさっさと殺せぇぇえ!」

 ロードが僅かに戦意を見せたことから、急に勢いづくギルドマスター。

 それにしても、審判のくせに「殺せ」とか、色々ボロボロと口に出しすぎでしょアンタ……。
 もっとも、この場にレイルの味方はほぼいないので、連中は誰が見ても再起不能になるまでやるに違いない。

 今はロード以外の連中はショック症状だが、いずれ正気に戻る────。

「ぐぐ……。やってくれたなぁ」
「私にこんな恥を──」

 ムクリ…………。
 死喰鬼グールのように起き上がるラ・タンクとボフォート。

 そして、
「うふふふふふふふ……。粗相をしたのなんて、子供のころ以来だわ、うふふふふふふ!」

 ゆらーりと幽鬼のように立つセリアム・レリアム。
 怒りが瘴気のように立ち上り、顔が…………般若になっている。

(ちッ──……まぁ、腹痛くらいじゃ倒せるはずもないか)
 思った通り、ロードを含め、ラ・タンク達も正気に戻り始めた。

 さっきまで賢者フェイスだったロード達。
 その表情はもはや、怒りを通り越して殺意に塗りつぶされている。

 ついさっきまで全身が真っ白で賢者のような姿だったが、今は真っ赤に燃えて地獄の鬼のごとし────。

 ざわざわ………。ざわ…………。
 
 立った……。



「「「……立った! ロードが立った!」」」
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