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第19話「残り香」

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「呼んだか?」




 いかにも生意気そうな声と顔。
 そんな態度で、クラムを不躾ぶしつけに睨んでいるのは、豪奢な鎧を着込み、宝剣を担いだ青年──かの『勇者』だ。

 勇者テンガ……。

 あぁ、コイツだ。
 間違いない。
 顔も体格も───声も……! 間違うはずがない!!

 あ、あの時の強姦野郎だ。
 あの、あの、あのクソ野郎だ!!!


「──テンガぁぁぁ!!!」



 そして、クラムも激高した感情のまま、テンガに向き直る。

「お? 呼び捨てかー……んー? 誰だっけお前???……っはっはー。──大方おおかたどこかで恨みを買った囚人だろうな」
 何でもないように言うさまをみて、やはりこの囚人大隊の使い捨てを思いついたのがコイツだと確信する。

「それにしても、運が良いなーお前? 今日は・・・生き延びられそうじゃねぇか?」

 へへへ、とニヤ付く顔に槍をぶち込んでやればどれほど───おああああああぁぁぁぁぁあ!! と、言うほどに意識もせず手に持つ短槍を、奴の顔面にぶち込んでいた。

「あん?」

 しかし、宝剣の柄をちょいっと動かしただけで、槍を止めて見せるテンガ。
 絶妙な角度で防がれ、ビクともしない。

「ぐ……! こ、このぉぉお!!」

「ばーか……。囚人Aに『勇者』が倒せるわけねぇええ、だろッ──とぉ」

 ボコォン! と、軽~く放つ蹴り。

 その喧嘩キックを腹に頂戴したクラムはゲロをまき散らしながら転がり、仲間の死体の上をバウンドしていく。

 ドン! ボン──グシャ……!!

「おええええええ……」

 吐しゃ物をまき散らすクラム。

「勇者殿! いかがされました!」
 そこに『教官』がヘコヘコしながら勇者に揉み手せんばかりにすり寄る。

「んー……。馬鹿が突っかかってきたんで、蹴散らしただけさ。なんでもねぇよ」
 と、それだけ言うと───。
「さ、仕上げと行くか!!」
 退いてろよお前らぁ……! と、気合も高らかに、ズラリと宝剣を引き抜くと、ヒュンヒュンと手の中でもてあそんで見せる───。

 そして、
「──うらぁぁぁ!!!」

 ブワァ!!!! と目にも鮮やかな───真っ赤なブーメラン状の巨大な衝撃刃を生み出しッッ!!


「お! 直撃コーーーーーース」


 ──ドガァァァァン!!!!!


 盛大に爆音が巻き起こり、魔族の築いた防壁を木っ端みじんに吹っ飛ばした。

「あえ?」
「ぐ、お?」
「あぴゃ……?!」

 衝撃波の射線にいた囚人兵達。
 哀れで、健気で、果敢な囚人兵達が……!


 バタン……。
 ドサッ。

 バタバタバタ………!! 

「な、なんてことを!!」
 クラムの目の間で、射線にいた囚人兵たちが大量に体を真っ二つにされて倒れる。
 生存者なんているもんか!

 そして、何の因果か……。不幸中の幸いにも、クラムはテンガによって蹴り転がされていたため無事だった。

「あーらら……。ちょ~っとばかし味方も巻き込んじまったなー? まいっか。はっはっは」
 全然悪びれない様子で飄々ひょうひょうのたまうテンガ。

「ま、一応警告したしぃ……? 俺悪くないよね?」
 ニカッと、歯を光らせながらテンガは『教官』に笑いかけた。

 一方、『教官』はと言えば、凄まじい勇者の攻撃におののいているのか、
「え、ええ! ゆ、『勇者』殿は全く悪くありませんとも」

 ダラダラと冷や汗を流しながら『教官』は壊れた人形の様に頭をヘコヘコとさせている。
 それを聞いたテンガは、いい気分のまま、
「ん~だろぉ? よっしゃ! お前ら突破口は開けたぞ!」

 ──とっとと、行けやぁぁ!!

 仁王立ちになって、偉そうに指示を出す。
 それに答えたのは、近衛兵団と野戦師団───そして、いつの間にか集まっていた『勇者』の女達。

「きゃー!」「勇者様ー!!」「テンガ様ー!」「キャーかっこいー!」「抱いてー!」

 と、まぁ、やかましいほどに黄色い声援を送ってくる。
 ここが最前線とは思えないほどだ。

 冗談のような有様。
 そのバカげた事態を見て、まるで毒気を抜かれた様に、ノロノロと動き出す野戦師団。

 そして、勇者への黄色い声援など気にもしていないとばかりに近衛兵団が突撃する。

 彼らの自慢の重装騎兵カタフラクトだ。
 歩兵も援護位置につき、ロングボウで支援準備をしている。

 そこに、
「お見事なり勇者殿!」

 ガツン! と、胸甲を叩き誠意を示すのは────……。

「……こ、こいつは!」

 あぁ、コイツも忘れるものか!
 そして、俺は知っているぞ────クラムを絶望に叩き落としてくれた首謀者の一人、……近衛兵団長のイッパ・ナルグー!!

「ん? あーそー…?」
 しかし、最敬礼を受けてもテンガは飄々とした調子を崩さず、イッパには視線も向けない。
 心底、どーでもいいとばかりに近衛兵団長の誠意を受け流し、あろうことか女たちに手を振っている始末。

 その様子に、イッパが軽く震えたような気がしたが……?
 気のせいだろうか。

「ぐ……。で、では、我らは先陣を! 勇者殿も支援を頼みます」
「へーへー、かしこまり~」
 顔も見ないで生返事。

 お気に入りの子はどこかな~なんて言いながら手を振り続けるテンガに、イッパは肩をいからせながら見せつけるかの如く声を張り上げる。

近衛兵団ロイヤルガーズ突撃チャージ!!」


 いくぞぉぉぉおおおおおおおお!!!!

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 そのクソ重いフルプレートアーマー姿で、大剣クレイモアを引き抜いたイッパが指揮官先頭とばかりに突撃を開始!
 兵団には、俺の後を追ってくれと言わんばかりに見事な突撃を見せるッ。

「行くぞ! 近衛兵団ロイヤルガーズ!」
「「おう!!!!」」
「団長に続けぇぇぇえええ!!!」

 重装騎兵、重装歩兵、ロングボウ部隊!!

 それぞれが突撃を開始ッ。

 ──人類のために!
 ────勇者のために!!

「「「「「人類のために! 勇者のために!」」」」」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 ドドドドドドッドドドドドドドドド! 

 まるで地響きの如く、突撃が振動となって伝わってくる。
 連中と来たら、それぞれが掛け声を上げ遮二無二突撃。

 勇者!
 勇者!
 勇者!

 それはもう、盛大に声を合わせる近衛兵団。
 もはや、勇者親衛隊だ。


「「「「「突撃ぃぃぃぃいいサ・チャァァァジ」」」」」


 ドドド……!

 ドドドドドドドドド──……!!

 ドドドドドオドドドドドドドドオッドドドド!!!!!!!


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!


 振動で散らばる死体が躍り始めるほど。
 それはそれは凄まじい圧力だ!


 人が、鎧が、軍馬が、そして軍隊が!!!──そう、一斉に駆け出すのだ。
 点ではなく……。

 線となって──!!!

 いや、線なものか!!

 あれは面だ。
 一面の人馬と槍と剣と弓と軍隊の原っぱだ!!

 大地を埋め尽くす人類の主力攻撃。
 重装備の騎馬兵が繰り広げる人馬一体の、鉄と生物なまものの絨毯の如き攻撃戦力。


 機動力のある騎馬が先陣を切り、イッパに追いつく。
 そして、先頭の騎手が二頭連れにしていた一頭をイッパに差し出すと、あの野郎はその様子も見もせずにひらりと跨る。

 そして、高らかに大剣を天に翳すと告げる!

「行け!! 我が精鋭よ! 魔族に一遍の慈悲も与えるなッッ!」

 サァァァァアア……────と、風が流れて、先頭の騎槍ランスの屹立する林を駆け抜けたかと思うと──。
 天を向き───煌いていた騎槍ランスが、ズザザザン!! と、水平に! 

 真っ直ぐに揃った騎槍ランス!……それはそれは整然とした動きで、破壊された防壁に向けられる。

 さらに後ろに騎馬。その後ろも騎馬! 騎馬騎馬騎馬!!
 その、控える騎兵の騎槍ランスはやや斜めに、さらに後ろの控える騎兵は槍を真上に───その様はまるで剣山だ。

 いや、ハリネズミの如く───!!!!

「貫けぇぇぇえええ!!!」

 騎槍ランスの穂先が太陽光を反射し、ギラギラと輝いて……!
 その輝きが草原を───戦場を疾駆していくッッッ。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!



 そして、



「ひ、ひぃぃ!!」「逃げろおぉ!」「ふざんけんなよ!!」「味方だ! 味方だぞ!」「止まれぇぇ!」

 魔族の築いた防壁と、近衛兵団の重装騎兵の波!!
 哀れな囚人兵達は…その二つにはさまれ右往左往するのみ。

 もはや絶体絶命。死出の旅に行くのは、囚人大隊の兵士たち。
 魔族の矢の雨も、テンガの衝撃波も辛うじて躱して、僅かに残った囚人兵。その運命もついに尽きようとしていた。

 予想通り、軍馬は囚人など気にせず突進する。

 矢も、勇者の斬撃も躱してもまだまだ彼らの受難は続く!
 せっかく、辛うじてい逃げ延び、なんとか這う這うの体ほうほうのていで後方へ到達しようとしていた囚人たちだが……!!


「ああああああああああああああああ!!」
「逃げろぉぉおおおおおおおおおおお!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 グシャ、グシャ、グチャアア!!
 ドカバキ……ボキボキビキィ!!


 ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!


 物凄い絶叫を残してバラバラに巻き散らかされる囚人兵たち。
 血煙と臓物だけを残して、あっという間に近衛兵団の重装騎兵の馬蹄ばていに、文字通り蹴散らされていく。

「あーあーあー……ありゃ、ひでぇな」
 テンガはその様を悠々と眺めつつも、囚人たちがみるみるうちに数を減らしていくのを心透こころすくとばかりに見ている。

「あーーーーーーはっはっは! そーかい、そーかい! 大爽快だいそーかい! あっはっはっは!」
 『教官』は引きった顔で見ているが、一切逆らわない。

「あ、そういや、お前にゃ苦労かけたね。うん──そのうち褒美でもやるよ、あはははは」

 チラッと『教官』の顔を見て、「ん、一応覚えた」と一言……。
 後は知らんとばかりに、戦場に入るも──「うげ、バッチィなー」とばかりきびすを返し、近衛兵そっちのけで女たちの元へ言ってしまった。

「あー汚いから今日はいいや。お前らだけでやれよ。……うっし、今日はここまででいいーだろ。天幕立てろやー!」

 あっはっはーと、大笑いして戦闘中にもかかわらず野営準備に入る。
 そして黄色い声援を上げる女達とじゃれ合い始めた。

 呆気に取られた『教官』だったが、
 顔を歪めて一言───……、

「屑が……!」

 しかし、それっきり何も言わない。
 そして生き残りの囚人達を再び指揮し始める。


 まだまだ、
 まだまだ、だ……。
 味方に踏み潰される───そんな目に会いつつも……囚人たちの戦いが終わったわけではない。


「おらぁぁ! 突撃再開だ! 野戦師団についていけ!」
 いけいけいけ! と、呷り、蹴りつけながらも放心状態の囚人を駆り立てていく。

 ここまでされても囚人大隊は全滅していない。
 どうやって生き残ったのか疎らに人影があるのだ。

 そして、
 勇者に転がされ、辛うじて生き延びていた一人に───クラム・エンバニアもいる。

 泥と、囚人兵たちの臓物を浴びながらも生きている。
 
 生きている!!!


 ぐ、
 ぐがぁぁぁあ──。

 て、
「──テンガぁぁぁああ……!!!」

 死体の山から体を起こし、憎々し気に『勇者』を睨みつけるクラム。

 次々に駆け抜け、目前に迫りつつある重装騎兵の突撃!
 しかし、クラムはそんなものなど、知らぬ! とばかりに視線で射殺そうと、去り行くテンガの背を睨む。


 視界を覆い尽くす騎兵どもが邪魔だ!
 ウジャウジャと集まる女どもが邪魔だ!

 邪魔だ!
 邪魔だぁぁあ!!


 退ぉぉぉぉおッッけぇぇぇええ!

 あの野郎!
 あの野郎!
 あの野郎ぉぉお!!

 テぇぇぇぇぇえンガをぉぉぉぉぉ!

 この目に焼き付けてやる、睨み殺してや───

 る…………。


 え、あ?

 に、
 睨み、殺して────……や、る。


「え…………?」

 テンガに群がる女たち。
 邪魔で邪魔で邪魔でしょうがない女たち。

 だけど、

 あれ、は……………。




「……ス?」




 一瞬、

 自分の言った言葉が分からなかった。

 でも、

 自然に、
 意識せず、
 無意識に、



 漏れた言葉───。



「……う、」

 嘘だ。


 なんで?
 なんで、そこにいる?

 なぁ、なんで、……だ?

「う……嘘だよ、な?」

 なぁ?!
 

 自問するクラム。
 だが、無情にも彼の目には、紛れもない事実。






 そう、
 勇者に群がっていた女達の中に……見知った顔を見た気がした。
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