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Episode⑥ イッツ・ライク・マジック

第48章| 高度に発達した産業医面談は遊びと見分けがつかない <8>沼らせテク:実践編

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<8>


 物音のほうを見ると、鈴木先生が部屋に入ってくるところだった。
別の部屋で残業をしていたみたいだ。

「あっ・・・・・・あっ・・・・・・、お疲れさまです!!! 」

思わずノートを隠した。ネタ帳は見られたくない。

「ああ、足立さん。こんな時間まで残っていたんですか」

「先生こそ・・・・・・どうしてこんな遅くまで」

「少し難しい事案が発生しましたので、あちらの個室で作業していました。で、コピー機を借りに」
鈴木先生が書類の束を見せて、ピッピッとコピー機のボタンを押した。
ガシャーン、ガシャーンと音を立てて紙が送られる。


「そうだったんですか・・・・・・あっ」


――――――――荒巻先生との会話を思い出す。仕事にも恋にも使える、沼らせテク・・・・・・


「あの・・・・・・。鈴木先生! 今日もスーツ姿がオシャレですね! 」

「え・・・・・・どうしたんですか、いきなり」

「それに鈴木先生ってお肌もキレイです!! 特別なお手入れされてるんですか? 」

「い、いや・・・・・・僕はひとり暮らしですから、ふるさと納税で返礼品が食べ物の自治体ばかり選んでいると食べきれなくて・・・・・・。時々、化粧水をくれる自治体に寄付して、もらったものを乾燥対策に塗っているんです・・・・・・ですが毎年適当に選んでいるので、特別なこだわりがあるわけでは・・・・・・」

「そうなんですね!! 」


――――――――えーっと、えーっと次は・・・・・・なんだっけ?
ど忘れしたのでちらっとノートを見る。


-------------------------------------------
『名前を呼ぶ。褒める。ミラーリング。物理的な距離を縮める(時と場合と相手による。ハラスメントにならないよう注意)』
『バーナム効果』
-------------------------------------------
と書いてあった。


(『物理的な距離を縮める』は、好意を抱かれていない気がするから、控えめにしておこう・・・・・・)


鈴木先生と目線を合わせながら、三歩だけ横移動して少し距離を詰めた。

そのとき、ちょうど鈴木先生がメガネを手で直した。


(あっ・・・・・・今だ!! 『ミラーリング』!!! )


さっそく動きを真似したら、手がスカっとおでこに抜けていった。
ザシュッと自分の爪が、髪の毛の生え際に刺さった。


――――――――あっ。まずい。私はメガネしてなかったぁ~~~!!!! 


(ミラーリングは世間的にもよく知られているテクニックやから、不自然にわざとらしくやると逆効果になるから慎重にな・・・・・・・・)

荒巻先生の言葉が頭の中に響いた。
『ミラーリング』は失敗だ・・・・・・・・・。


「?? どうしたんですか足立さん、急に頭を押さえて・・・・・・頭痛でも? 」
鈴木先生が怪訝な顔でこちらを見る。

「い、いやっ。そのっ。これは。あ、髪の毛がかゆくて・・・・・・ウフフッ☆ 」

「そうでしたか」


――――――――あわわ。あ、あとはなんだっけ・・・・・・
――――――――そうだ。『バーナム効果』。



「あ。そういえば私、荒巻先生から占いを習ったんです! 」


「占い・・・・・・? 」


「はい。 “オーラの色が見える” っていう占いで・・・・・・ちょっと鈴木先生を観てみてもいいですか? 」


「・・・・・・・・・いいですけど・・・・・・。なんだか怖いですね」


「怖くないですよ。見るだけですから!! 」
それっぽい感じで、両手を鈴木先生のほうに向けて目をつぶる。

「え~。え~~。うーん。うーーーーん。あっ。ととのいました!! 鈴木先生・・・・・・あなた、実は『』ではありませんか? 」

荒巻先生が面談者の三間さんの手相を見て、言っていたことをそのまま話してみた。


「ふーむ。当たっていなくはないです」


「やっぱり! それで、え~と、え~と・・・・・・」
もう一度、目をつぶって、荒巻先生が面談者の二針さんに言っていたことを思い出す。

「え~。え~~。うーん。うーーーーん。あっ。ととのいました!! 『』でもありますね? 」


「・・・・・・・・・。それも当たっていなくはないんですが・・・・・・・・・足立さん。もしかしてそれは・・・・・・」


「ん? んんん!!? 」


「それは、いわゆる『バーナ・・・・・・」


――――――――まずい。バーナム効果を使ったって、鈴木先生にはバレてるかも・・・・・・・・・!!


「おっと!! 私はそろそろ帰らないと!! 」
言いかけた鈴木先生の言葉を遮って、カバンをひっつかんでドアに向かった。

「お帰りですか」

「え、ええ! 私はもう帰ります!! 」

「夜道ですから、お気を付けて」

「・・・・・・・・・・・・あっ、ありがとうございます」


鈴木先生がかけてくれる何気ない気遣いの言葉が、嬉しい。
・・・・・・やっぱり私、先生と話している時間が好きだな。
先生とペアじゃなくなってしまったのは、少し寂しい。


――――――――そうだ。荒巻先生のように、何か最後に楽しいことを言って場を和ませて・・・・・・。


「あの。鈴木先生」

「なんでしょうか」

「『イカのダンスは済んだのかい? 』・・・・・・って、面白くないですか? 」


「えっ・・・・・・・・・どのへんが?? 」


――――――――あ。滑ったァァァァァァ!!!!!!!! 



「お疲れさまあしたあッッ!!! ほな、帰ります!! 」


あっけにとられたような顔をしている鈴木先生に挨拶をして、そのまま後ろを見ずにエレベーターに走った。
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