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Episode⑤ 女の勝ち組/女の負け組
第39章|後日談 -砂見礼子sideその1- <5>止められない変化(砂見礼子の視点)
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<5>
「外部委託・・・・・・私たち貿易事務チームがやってる仕事を、社外の人にやらせるってこと!? 」
そんなこと、これまで想像したこともなかった。自分の仕事が会社の外側に移されてしまうだなんて・・・・・・。
「そう。コンサルが言うには、難しい顧客対応だけを少数精鋭の正社員にやらせて、あとは社外の誰かに業務委託でやらせたほうが効率いいんだとさ。
もっと言えば、ほとんどの貿易事務チームの作業を海外に業務委託してはどうかって話も出てる」
「海外に・・・・・・?」
「ああ。ビジネスレベルの英語ができて、人件費が少しでも安く済む労働者を見つけられるなら、単純作業はそっちにオンラインで外注してやらせたほうがいいって話。どうせこの業界の定型業務はほとんどが英語ベースだから、英語を使うルーチン業務を無理して日本人にやらせる必要もない。
それに物流業界・・・・・・とくに海運は景気変動が激しいだろ? 増減する貨物量に合わせて自由自在に労働者の数を調節できるメリットも大きいそうだ。まぁ雇う側からしてみりゃ、黙って正確に仕事してくれるなら誰でもいいし、システムやAIや、いつでも首を切れる業務委託のほうがよっぽど気楽なんだろう。貿易事務チームの仕事を海外へアウトソーシングする案に社長は賛成していて、かなり乗り気なんだ」
「・・・・・・つまり、私はこれからDXの主担当になって・・・・・・貿易事務チームの仕事を棚卸ししていく・・・・・・その結果、今のままの貿易事務チームが社内に残る可能性は低い。なんだかここから10年くらい、すごく変化の大きい時代になっていきそうだね・・・・・・」
「そう。だから身の振り方はよーく考えたほうがいいぜ。しょせん、ウチの会社は地味で小粒な中小企業だ。DX実現のために会社の犬になって力を尽くしたって、もらえるご褒美はたかが知れてる。
砂見さん、家族がいるだろ。『女性活躍』のお題目と課長のポジションをエサにして、会社に都合よく使い潰されないように、気ィつけなよ」
話に夢中になっていたら、いつの間にか灰原さんは私の隣でタバコを吸い始めていた。
少し香ばしいような、灰原さんの新型タバコの煙の匂いが鼻をくすぐった。
「・・・・・・・・・・・・変化、止まらないだろうね」
「あぁ。止められねぇよ」
灰原さんがタバコの煙をシューっと吐き出して立ち上がる。
屋上の向こうに微かに見える東京湾を見つめていた。
灰原さんが言った。
「昔は港で、屈強な腕自慢の男連中が、船から荷物をひとつずつ運んで陸に移してた。でも今じゃあ、ガントリークレーンでコンテナごとドカーン、ドカーンと移してく時代になった。今さら『またあの仕事がやりたい』って言ったって、もとの仕事自体がほとんどなくなっちゃったら、もう前と同じことをやらせてもらえるはずもない。
物流DXが進めば、船に載せるコンテナのムダな空きスペース、長時間待機させてるだけのトラックドライバー、倉庫への行き道は貨物満載だけど帰りは中身がなくて空気を運んでる片道コンテナ、そういう非効率はどんどん解消できるんだろう。そのメリットは確かにでかい。
それに大手のDXが進んで、瞬時に貨物情報のやり取りができる『データの取り込み口』も公開されていけば、いつまでも非効率な受注システムを使っている独立中小のフォワーダーなんて、ビジネススピードについていけなくなって廃業するしかなくなる。どっちにしても立ち止まる選択肢はない。俺たちは皆、時代の移り変わりに逆らえない。それにしたって最近は、変化のスピードが早すぎる気はするけどな」
私も立ち上がった。
「止められないなら、やるしかないってことかぁ・・・・・・」
顔に当たる風に、潮の香りが混じっている。鼻先がツンとした。
「へぇ。砂見さん、この話聞いたら怖じ気づいて逃げるかと思ったけど。やる気なんだ? DX担当の責任者」
灰原さんの言いたいことはわかる。
この状況で貿易事務チームDXの責任者を引き受けるってことは、自分の入る墓穴を掘らされるのと同じだ。
日々の業務を回しながら、追加業務として頑張ってDXを進めても、その先に待っているのは、自分達の仕事が陳腐なものになって、自分達が用済みになる新しい世界。効率化された新しいシステムを使って主に仕事をするのは、海外にいる名前も知らない誰かになるかもしれない。
「・・・・・・うん。きついけど、受けて立つよ。私、簡単に逃げないって決めたから。その代わり、会社側にも私の言い分を聞いてもらう。無理な残業での対応はしないし、DXが進んだ結果、今いる社員が不幸になるような仕組みにはしたくない」
「ふーん。じゃ、まぁせいぜい頑張れよ。対人営業の仕事はしばらくこのまま残りそうだからな、貿易事務チームがつらくなって営業やりたいって言うなら、俺はいつでもまた砂見さんを、世にも珍しいゲテモノ料理で歓迎してやるよ」
「もうっ。灰原さんって、嫌味だなぁ! ていうかタバコ!! ここ禁煙! 」
「うるせぇな~」
私が灰原さんの肩をパッと叩いたら、灰原さんが口を大きく開けて笑った。
なんか楽しい。すがすがしい気分だった。もうやけっぱちだ。
私たちの足元では、今も轟音を立ててビジネスの地殻変動が起きてるのかもしれないけれど。
「あ、そうだ」私が言った。
「何だよ」
「ストレスチェックのあとに集めた『職場状況チェックシート』ってあったでしょ? 職場のストレス源と、その解決案を書いてもらうやつ。でも自分で主導しておいて言うのもなんだけど。あの紙には書きづらいストレスも、あると思わない? 」
「うんまぁ・・・・・・そうだろうな。『部長が時々、汗臭いのがストレスです』、とかは書けねぇよな」
「私も一個、あるのよ。公式には書きづらいけど地味にストレスになってることが。でも、私ひとりじゃ解決が難しい・・・・・・だから灰原さん、協力してくれないかな? 」
私は逃げない。逃げない代わりに、黙って我慢しているのは、もうやめよう。
変わっていくことを求められるのが当たり前の時代なら、私の感じる気持ちを外に出して言ってみてもいいはずだ。
「んー。内容によっちゃあ、協力してやらんでもない」
「ありがとう。実はね・・・・・・・・・・・・」
灰原さんに、思っていたことをこっそり打ち明けた。
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「外部委託・・・・・・私たち貿易事務チームがやってる仕事を、社外の人にやらせるってこと!? 」
そんなこと、これまで想像したこともなかった。自分の仕事が会社の外側に移されてしまうだなんて・・・・・・。
「そう。コンサルが言うには、難しい顧客対応だけを少数精鋭の正社員にやらせて、あとは社外の誰かに業務委託でやらせたほうが効率いいんだとさ。
もっと言えば、ほとんどの貿易事務チームの作業を海外に業務委託してはどうかって話も出てる」
「海外に・・・・・・?」
「ああ。ビジネスレベルの英語ができて、人件費が少しでも安く済む労働者を見つけられるなら、単純作業はそっちにオンラインで外注してやらせたほうがいいって話。どうせこの業界の定型業務はほとんどが英語ベースだから、英語を使うルーチン業務を無理して日本人にやらせる必要もない。
それに物流業界・・・・・・とくに海運は景気変動が激しいだろ? 増減する貨物量に合わせて自由自在に労働者の数を調節できるメリットも大きいそうだ。まぁ雇う側からしてみりゃ、黙って正確に仕事してくれるなら誰でもいいし、システムやAIや、いつでも首を切れる業務委託のほうがよっぽど気楽なんだろう。貿易事務チームの仕事を海外へアウトソーシングする案に社長は賛成していて、かなり乗り気なんだ」
「・・・・・・つまり、私はこれからDXの主担当になって・・・・・・貿易事務チームの仕事を棚卸ししていく・・・・・・その結果、今のままの貿易事務チームが社内に残る可能性は低い。なんだかここから10年くらい、すごく変化の大きい時代になっていきそうだね・・・・・・」
「そう。だから身の振り方はよーく考えたほうがいいぜ。しょせん、ウチの会社は地味で小粒な中小企業だ。DX実現のために会社の犬になって力を尽くしたって、もらえるご褒美はたかが知れてる。
砂見さん、家族がいるだろ。『女性活躍』のお題目と課長のポジションをエサにして、会社に都合よく使い潰されないように、気ィつけなよ」
話に夢中になっていたら、いつの間にか灰原さんは私の隣でタバコを吸い始めていた。
少し香ばしいような、灰原さんの新型タバコの煙の匂いが鼻をくすぐった。
「・・・・・・・・・・・・変化、止まらないだろうね」
「あぁ。止められねぇよ」
灰原さんがタバコの煙をシューっと吐き出して立ち上がる。
屋上の向こうに微かに見える東京湾を見つめていた。
灰原さんが言った。
「昔は港で、屈強な腕自慢の男連中が、船から荷物をひとつずつ運んで陸に移してた。でも今じゃあ、ガントリークレーンでコンテナごとドカーン、ドカーンと移してく時代になった。今さら『またあの仕事がやりたい』って言ったって、もとの仕事自体がほとんどなくなっちゃったら、もう前と同じことをやらせてもらえるはずもない。
物流DXが進めば、船に載せるコンテナのムダな空きスペース、長時間待機させてるだけのトラックドライバー、倉庫への行き道は貨物満載だけど帰りは中身がなくて空気を運んでる片道コンテナ、そういう非効率はどんどん解消できるんだろう。そのメリットは確かにでかい。
それに大手のDXが進んで、瞬時に貨物情報のやり取りができる『データの取り込み口』も公開されていけば、いつまでも非効率な受注システムを使っている独立中小のフォワーダーなんて、ビジネススピードについていけなくなって廃業するしかなくなる。どっちにしても立ち止まる選択肢はない。俺たちは皆、時代の移り変わりに逆らえない。それにしたって最近は、変化のスピードが早すぎる気はするけどな」
私も立ち上がった。
「止められないなら、やるしかないってことかぁ・・・・・・」
顔に当たる風に、潮の香りが混じっている。鼻先がツンとした。
「へぇ。砂見さん、この話聞いたら怖じ気づいて逃げるかと思ったけど。やる気なんだ? DX担当の責任者」
灰原さんの言いたいことはわかる。
この状況で貿易事務チームDXの責任者を引き受けるってことは、自分の入る墓穴を掘らされるのと同じだ。
日々の業務を回しながら、追加業務として頑張ってDXを進めても、その先に待っているのは、自分達の仕事が陳腐なものになって、自分達が用済みになる新しい世界。効率化された新しいシステムを使って主に仕事をするのは、海外にいる名前も知らない誰かになるかもしれない。
「・・・・・・うん。きついけど、受けて立つよ。私、簡単に逃げないって決めたから。その代わり、会社側にも私の言い分を聞いてもらう。無理な残業での対応はしないし、DXが進んだ結果、今いる社員が不幸になるような仕組みにはしたくない」
「ふーん。じゃ、まぁせいぜい頑張れよ。対人営業の仕事はしばらくこのまま残りそうだからな、貿易事務チームがつらくなって営業やりたいって言うなら、俺はいつでもまた砂見さんを、世にも珍しいゲテモノ料理で歓迎してやるよ」
「もうっ。灰原さんって、嫌味だなぁ! ていうかタバコ!! ここ禁煙! 」
「うるせぇな~」
私が灰原さんの肩をパッと叩いたら、灰原さんが口を大きく開けて笑った。
なんか楽しい。すがすがしい気分だった。もうやけっぱちだ。
私たちの足元では、今も轟音を立ててビジネスの地殻変動が起きてるのかもしれないけれど。
「あ、そうだ」私が言った。
「何だよ」
「ストレスチェックのあとに集めた『職場状況チェックシート』ってあったでしょ? 職場のストレス源と、その解決案を書いてもらうやつ。でも自分で主導しておいて言うのもなんだけど。あの紙には書きづらいストレスも、あると思わない? 」
「うんまぁ・・・・・・そうだろうな。『部長が時々、汗臭いのがストレスです』、とかは書けねぇよな」
「私も一個、あるのよ。公式には書きづらいけど地味にストレスになってることが。でも、私ひとりじゃ解決が難しい・・・・・・だから灰原さん、協力してくれないかな? 」
私は逃げない。逃げない代わりに、黙って我慢しているのは、もうやめよう。
変わっていくことを求められるのが当たり前の時代なら、私の感じる気持ちを外に出して言ってみてもいいはずだ。
「んー。内容によっちゃあ、協力してやらんでもない」
「ありがとう。実はね・・・・・・・・・・・・」
灰原さんに、思っていたことをこっそり打ち明けた。
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