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Episode⑤ 女の勝ち組/女の負け組

第28章|貿易事務 砂見礼子の出世 <1>意外なオファー

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<1>


「今年のクリスマス、自分へのプレゼント何にしよっかなぁ~」


『ブルーテイル商運株式会社』の休憩室で、お昼ご飯を食べたあと同僚たちと雑談をしていたら、突然、先輩社員の崎田さきたさんに呼ばれた。

「あ。砂見すなみさん。今いい? ちょっと来てくれる? 」

「あ、はーい! 」

私はテーブルから離れて、崎田さんのところへ駆け寄った。

崎田さんは白髪交じりの50代女性。私が入社して以来、仕事を何から何まで教えてくれていた先輩社員だ。年も上だし社歴も長く、優秀な社員だと思う。

「どうしました? 何かトラブルありましたか? 」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど。小澤部長が呼んでるから、私と一緒に会議室に来て」


――――――会議室? わざわざ会議室に呼び出されるなんて、私、何かやらかしたっけ・・・・・・


不安に思いながら崎田さんと会議室へ行くと、小澤部長が先に来て座っていた。小澤さんは丸っこい身体をした、穏やかな性格の男性だ。営業畑でずっと仕事をやってきて、営業部と貿易事務チームを部長として率いている。正直、貿易事務のことは分かっていないところもあるなと思うし、神棚の件では内心ちょっとイラついてしまったけど、基本的にはいい人だと思っている。

「ああ、ごめんね砂見さん。休み時間に呼び出しちゃって。どうぞ座って」

部長の勧めに、向かいの席に座った。

「でね。今日は突然なんだけど。単刀直入に話すと、砂見さんに課長になってほしいんだ」

「え・・・・・・はぁ!? 私が『課長』ですか? 」思わず聞き返してしまった。

「そう。だって砂見さん、中途入社なのに一生懸命仕事を覚えてくれて、部内の女の子達ともよくコミュニケーション取ってくれてるでしょ。だからそろそろ課長職にどうかなってことになってね。ホラ、今は一億総活躍社会とか言うじゃない。人事部としても部長の僕としても、これからは女性社員にもどんどんリーダーになってほしいという考えなんだよ」

あまりにも突然のオファーで面食らう。


私が所属している貿易事務チームは女性ばかり5人で構成されていて、これまでうちのグループに『課長』はいなかった。

いま目の前に座っている小澤営業部長が私達の部長。営業部の男性社員、灰原さんが私達の課長。その下はみんな平社員。

次に部長や課長になるのはきっと営業部の男性社員だろうと思っていた。

それに、年功序列で言えば、貿易事務チームの筆頭は先輩社員の崎田さんのはずだ。
新たに貿易事務から課長を出すとしても、年齢的にも社歴的にも、私じゃなくて崎田さんが課長をやるべきだ。

「ちょっと待ってください。私にはできません。うちのチームから課長を出すなら、適任なのは崎田さんですよ」

私の言葉に、小澤部長ではなくて崎田さんが答えた。
「ううん。砂見さんを課長にと推したのは私もよ。実はこれ、内々の話だけど、私、来月で会社辞めることが決まってるの」

「えっ!? そんな・・・・・・・・・。どうして辞めちゃうんですか?? 」

またしても突然すぎる告白に、目の前が真っ暗になりそうだった。ただでさえ貿易事務チームは、いつも人員ギリギリで仕事を回している。毎日毎日、メール、書類、問い合わせの海に溺れてしまいそうになりながら、なんとか協力して、多少の残業もしながらその日の仕事を処理している。それなのに主戦力の崎田さんが抜けてしまったら、絶対に回りっこない。

崎田さんは言った。
「ごめんね。家庭の事情なの。でも私が抜ける分、来月からは貿易事務経験のある派遣さんを入れてもらえることになってるから、人手はなんとか足りると思うんだ」

部長も言った。
「課長職になれば、少しだけど管理職手当も付くからさ。砂見さんは娘さんもいるし、大変だと思うけど、ぜひ引き受けて欲しい。考えてみてくれ」


----------------------------------------------------


「・・・・・・っていう話があったんだけど、どう思う? 」


帰宅後に、夕食のあと娘のみちるを寝かしつけてから、夫の佑介に相談した。

「へぇ~。礼子ちゃんがいきなり課長か。いいじゃない。カッコイイよ」夫はニコニコして賛成した。

「そうなのかなぁ。私、自分が会社で管理職になるなんて、考えたこともなかったよ? 」
私はビールのグラスを持ったまま、ため息をついた。急な話で気持ちがついていかない。

「どうしたの。出世のオファーでしょ? 良いニュースじゃないかぁ」

夫は小さなメーカーで働いている。
出張も多いし、残業も多い。
労働時間は長いのに、給料はそれほど多くない。

でも性格が明るくて優しい人だし、私は、今でも夫と結婚して良かったとは思っているんだけど。


「ベテラン社員の崎田さんが辞めちゃうのに、私がリーダーとして貿易事務チームの皆を仕切れるのかなぁ。自信ない・・・・・・」

「部長も礼子ちゃんならやれると思ったから、課長になってくれって言ったんじゃないの? 誰にでも何でも、『初めて』ってあるもんだし。まずはチャレンジしてみたら? それに管理職手当とかがついて、お給料も大幅にアップするんでしょ!? 」


「うーーーーーーーーーーん・・・・・・・・・」

確かに、娘のみちるがこれから中学、高校、大学と進学することを考えると、お金はあればあるほどありがたい。

夫は出世にはさっぱり縁がなさそうで、夫の会社の業績もかんばしくない。
夫婦どちらかの大病など、何かがあれば早々に資金ショートも起こしかねないのが我が家の台所事情だ。


みちるの靴は、すぐにサイズが変わるのに一足が数千円もする。

たまには可愛い洋服も買ってあげたいし、記念日には写真館で家族写真を撮りたい。

習い事も、できれば他の子と同じようにさせてあげたいし、年一回くらいは家族旅行にも行きたい・・・・・・・・・。


それに、私が課長になったら。

うまくいけば、本当は欲しかったヴァンクリのピアスも、そう遠くない未来に買えちゃうかもしれない。



「課長かぁ。自信ないけど、まぁ、やるだけやってみよっかなぁ・・・・・・・・・・・・」

「おっ。いいじゃん。課長! よっ!! 砂見課長!! ヒューヒュー!! 」

お調子者の夫が、ビールの入ったグラスを持ち上げて立ち上がり、歌を歌って腰を振りながら祝ってくれた。

「ぷっ・・・・・・。何その変なダンス・・・・・・」

「喜びの舞! れいこ~~、課長~~、チャララララ~~♪♪♪ うちの~~妻は~~出世、した~~♪ 」

「やだ、もう。恥ずかしいからやめてよ! 」



というわけで・・・・・・突然ながら私、課長に昇進する話を正式にお受けすることにした。


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