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Episode⑤ 女の勝ち組/女の負け組
第24章|港区の風 <4>大学病院時代の思い出
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<4>
――――――足立里菜さん、か。
診察室の窓辺に近寄って、景色を見下ろした。このあたりには増上寺や芝公園、大使館群などがあり、林立する都心の大型ビルの間に緑の小集落が点在する。遠くに目を凝らすと、ビルの合間に東京湾とレインボーブリッジが光って見えた。
カウンセリングへの集中で消耗した私自身の精神を解放してあげたくて、ふうっと一つ、長いため息をついた。
今回対応させてもらった足立さんは、素直な性格のようだった。
開けっぴろげで、すぐ顔に出るし、考えている事がわかりやすいタイプ。
だから一回目のセッションから、だいぶ内面に踏み込ませてもらった。
――――――“鈴木先生”。
彼女がそう口にするとき、瞬間的に現れる表情には好意のサインが滲んでいた。
恋愛としての好意? それとも仕事仲間としての好意? その境目は私にはよく分からない。
でも風寿くんはきっと、彼女にとって安心できる存在なのだろう。
――――――鈴木先生ったら、私と一緒に会社訪問しているとき、点滅信号になると、小さな歩道でも絶対に渡らないんです。………ちょっと真面目すぎますよね?
足立さんはそう言ってくすくす笑っていた。
「風寿くん。あなた、変わらないわね………………………」
窓の外の風に揺れる木の葉を見ていたら、彼と初めて出会った頃、田舎の大学病院で働いていた時期のことを思い出す。
----------------------------------------------------------
……
…………
………………
「川瀬先生! ほら、かーわーせ!! 」同期の沖津くんが私を呼び止める。
「閉鎖病棟の隔離室へ行くときは、一人で行くなって、教授に注意されてたろ! 」
「いいよ別に。男の先生は一人で行ってるじゃないの」私は彼をにらみ返した。
「川瀬ちゃんさぁ……ちょっとは自覚しろよ。この前、患者に告白されてたろ! そうでなくても大学病院の精神科に入院してる患者は色々と重症だ。たまには事件も起きる。防犯カメラがついてたって、助けが間に合わないこともあるんだぞ。俺が一緒に行ってやるよ」
「付いてくるのは勝手だけど……なんかややこしい」
「教授の機嫌を損ねるほうが、よっぽどややこしいっつーの!
あ、そう言えばさっき、ローテートの研修医が噂してたぞ。“川瀬花蓮先生は美人だ”って。いくら婚約者がいると言ってもなぁ、そんなの男の本能には関係ないんだぜ? 男ってのはどーしても、イイ女に目がいっちゃうもんなの。気をつけなよ? 」
「あはは。私、再受験組だから、研修医くん達よりかなり年上だけど」
「ま、一応俺からも言っておいたけどな。“川瀬先生はあの『井医和会グループ』の跡継ぎ息子とご婚約中であり、将来の義理のお父様はグループの創始者で最高権力者。当然、政界や医学会の重鎮とのパイプもあるお方だ。だから川瀬先生にうっかり手を出したりなんかすりゃあ、おまえら一生、医者としてのまともな働き口がなくなるんだぞ”ってな~」
当時、私は東京の四年制大学を卒業したあと、九州にある某医学部を再受験し、卒業後そのまま附属病院で働いていた。
色々迷った末に選んだ専攻は、精神医学だった。
――――――足立里菜さん、か。
診察室の窓辺に近寄って、景色を見下ろした。このあたりには増上寺や芝公園、大使館群などがあり、林立する都心の大型ビルの間に緑の小集落が点在する。遠くに目を凝らすと、ビルの合間に東京湾とレインボーブリッジが光って見えた。
カウンセリングへの集中で消耗した私自身の精神を解放してあげたくて、ふうっと一つ、長いため息をついた。
今回対応させてもらった足立さんは、素直な性格のようだった。
開けっぴろげで、すぐ顔に出るし、考えている事がわかりやすいタイプ。
だから一回目のセッションから、だいぶ内面に踏み込ませてもらった。
――――――“鈴木先生”。
彼女がそう口にするとき、瞬間的に現れる表情には好意のサインが滲んでいた。
恋愛としての好意? それとも仕事仲間としての好意? その境目は私にはよく分からない。
でも風寿くんはきっと、彼女にとって安心できる存在なのだろう。
――――――鈴木先生ったら、私と一緒に会社訪問しているとき、点滅信号になると、小さな歩道でも絶対に渡らないんです。………ちょっと真面目すぎますよね?
足立さんはそう言ってくすくす笑っていた。
「風寿くん。あなた、変わらないわね………………………」
窓の外の風に揺れる木の葉を見ていたら、彼と初めて出会った頃、田舎の大学病院で働いていた時期のことを思い出す。
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「川瀬先生! ほら、かーわーせ!! 」同期の沖津くんが私を呼び止める。
「閉鎖病棟の隔離室へ行くときは、一人で行くなって、教授に注意されてたろ! 」
「いいよ別に。男の先生は一人で行ってるじゃないの」私は彼をにらみ返した。
「川瀬ちゃんさぁ……ちょっとは自覚しろよ。この前、患者に告白されてたろ! そうでなくても大学病院の精神科に入院してる患者は色々と重症だ。たまには事件も起きる。防犯カメラがついてたって、助けが間に合わないこともあるんだぞ。俺が一緒に行ってやるよ」
「付いてくるのは勝手だけど……なんかややこしい」
「教授の機嫌を損ねるほうが、よっぽどややこしいっつーの!
あ、そう言えばさっき、ローテートの研修医が噂してたぞ。“川瀬花蓮先生は美人だ”って。いくら婚約者がいると言ってもなぁ、そんなの男の本能には関係ないんだぜ? 男ってのはどーしても、イイ女に目がいっちゃうもんなの。気をつけなよ? 」
「あはは。私、再受験組だから、研修医くん達よりかなり年上だけど」
「ま、一応俺からも言っておいたけどな。“川瀬先生はあの『井医和会グループ』の跡継ぎ息子とご婚約中であり、将来の義理のお父様はグループの創始者で最高権力者。当然、政界や医学会の重鎮とのパイプもあるお方だ。だから川瀬先生にうっかり手を出したりなんかすりゃあ、おまえら一生、医者としてのまともな働き口がなくなるんだぞ”ってな~」
当時、私は東京の四年制大学を卒業したあと、九州にある某医学部を再受験し、卒業後そのまま附属病院で働いていた。
色々迷った末に選んだ専攻は、精神医学だった。
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