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Episode➃ 最後の一滴

第22章|折口の敗北? <6>ふれるつま先

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<6>


「あーあ、それにしても、今日もお仕事、疲れちゃいましたね~………ん……。んんっ………」

メニューを見終わり、あらかた注文したいものが決まると、唐田さんは髪をかきあげ、ゆっくりと気持ちよさそうに伸びをした。

この個室はせいぜい2、3人が入るくらいの広さしかない。唐田さんのストレッチの小さな吐息は、捉えようによっては何やら色っぽくも聞こえてしまう。体の線に沿うぴったりした透けニットの効果もあり、目のやり場に困ってしまった。

しかも動いた反動で、唐田さんのつま先が俺の足にチョンと当たった。

「あ、あふッ」思わず、ヘンな声が出る。

「あっ。足、当たっちゃいましたかぁ? ごめんなさ~い」

「い、いや………、大丈夫だよ」

「ふふ。折口さんの反応、カワイイですね。……実は私、年上の男の人が好きなんです。お付き合いするなら絶対に年上派ですよ」

「あのねぇ。唐田さん。そうやってオトナをからかっちゃダメだよ」

「やだ。からかってないですよぉ。ウフフッ。私、前から折口さんっていいなぁって、密かに思っていたんですから……」

「え…………!? 」

「だって折口さんって、ダントツに頭がいいですよね? それに優しいし」

「そ、そんなことないけど……」

動揺したその時。わざとか、偶然か。もう一度机の下で、彼女のつま先が俺の足に当たった。

「あっ………また当たっちゃった♥」

唐田さんがおどけたように言い、顔を見るとテーブルの上で彼女が、いたずらっぽく首をかしげてこちらの様子を窺っていた。

「は、ははは………」
お互いに目を見合わせて笑った。


なんだろう、この意外と親密な感じ…………。

(もしかして唐田さんが俺を今日誘ったのは……。主に相談のためだとしても、そもそも好意がゼロだったら誘わないような気もするし……)

(これって、、ってやつなのか……………??? )


この店に来る途中の道には、いくつものラブホテルがあったはずだ。

(このあと、お互いに疲れてて……ほろ酔いで……休憩したくて……介抱していたら……みたいなこと…………………ある?? )


BGMとして流れているJ-POPのリズムに合わせて、ドクンドクン、と心臓が力強く鼓動した。

二度目に当たってから、唐田さんは、つま先を離さなかった。

「あれ……すみません……。ここ、狭いから…………」

俺は最近、本当は保健師の足立さんに淡い好意を抱いていたんだけれど、若い美人に足タッチをされたら、それはそれで悪い気はしない。


――――そうだよなぁ……。45歳、まだまだ枯れちまうには早いともいえる。このくらいの年齢になってから、突然ふたまわりぐらい若い女の子と結婚して周囲をあっと驚かせるオジサンも、いなくはないんだ………。

――――年上の男に甘えて、イロイロ教えてほしい派の女性だっているはずだよな……。


場が手持ち無沙汰であったのか、唐田さんがぼんやりした表情で、ピンク色に塗られた唇の縁に細い指をあてた。

視線を外したままで彼女は、唇の横端に舌先をあて、その場所をチロチロとこすり取るように舐めた。食事に向けて、唇についたリップグロスを無意識に確認しているのだろうか。半開きにした上唇と下唇の隙間に、濡れた暗赤色の舌がのぞく。口の陰からちらちら見える舌は、性的な刺激に腫れあがって蠢く、別の粘膜の姿を連想させた。

もしくは彼女の唇と舌で、こんなふうに俺の身体を舐められたりしたら……もう………。

唐田さんとの交わりの予感に、下半身は既にギンギンに反応していた。頭の中が空っぽになって、いろんな日常のストレスも、仕事も、どうでもよくなってくる。

性欲に呼び覚まされた動悸やのぼせは、気持ち良く酒に酔えている時間帯の心地よさにも似ている。冷たい現実を離れて、何かに浮かされたような熱……。


その時、店員がガラッと扉を開け、ビールとウーロン茶を届けに来た。

追加で食事をいくつか注文したところ、最後に、唐田さんが付け加えた。


「あ、あと、日本酒を一合ください。おちょこは、で、お願いしまぁす。折口さん、いいですよね? 」


…………主治医。自助グループ、断酒会の仲間。人事の中泉。
それに保健師の……足立さん………。

支えてくれた人々の顔が頭をよぎり、一瞬だけ罪悪感を思い出したけれど……。



俺はこのまま、欲望に身を任せることを決意した。

身体がアルコールを思い出して、強く欲しがっているんだ。それに、彼女を誘うために、酒という言い訳が欲しい。


「うん、わかった。俺も少しだけ飲むよ。少しだけね」


店員はうなずいて、彼女のオーダーを手元の機械に素早く入力し、部屋を出ていった。


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