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Episode➃ 最後の一滴

第21章|折口の復調 <1>哲学カフェの成功

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<1>


「乾杯!! 」


安いイタリアンのボックス席に座り、栃内、目黒と声を合わせ、ドリンクバーのジュースを入れたグラスを合わせた。

ごくごく。。食洗器で綺麗に洗われたはずなのに少し曇り感のある、ザラザラしたプラスチックのコップに口をつけ、薄めのカルピスを飲んだ。

本日は、モデルハウスでの“第一回 哲学カフェ”の無事の開催終了を祝い、三人で飯を食いに来た。別に職場の同僚と飯なんて食いたくないから、こんなことをしたのは正真正銘の初めてである。しかしそれだけ、俺たちは勝利の予感に酔っていた。


「いや~。俺のアイディアがあんなに直球でヒットしちゃうとは、思わなかったねェ……」栃内が満足気に言った。

「さすがっスね。意外と客って、集まるもんスね」目黒も猫背で相槌を打った。


即席で作った初回の『モデルハウスで哲学カフェ』には、意外にも8名ものお客がやってきた。
平日の昼間に開催したので、全員、まぁまぁ暇そうな中高年だった。

もともと来客用の備品としてコーヒーやお茶を出す設備は整っているので飲み物には不自由がなかったし、料理教室や手芸教室と違って材料の準備も必要なく、汚れやゴミが生じることもない『哲学カフェ』は、確かにモデルハウスの中でやるイベントとして相性が良かった。


ファシリテーターを任された俺としては、論破がしたい人、空気読まない系の変人、みたいなのが一人でもメンバーに紛れ込むと、一気に回しの難易度が上がるので心配していたが、全員おとなしい常識的なタイプだった。

土日客によくいる、暴れてベッドをトランポリンにするようなお子様軍団もいなかったので、客対応にはほとんど手がかからず、落ち着いて話すことができた。

哲学カフェの前には全員参加でモデルハウスを案内する時間を入れて、カフェで話し合ったあとにも自由にモデルハウスを見学できる個別相談の時間を作った。普段だと警戒されてなかなか記入してもらえない来場者アンケートにも、快く応じてもらうことができた。

8名の客のうち、家を購入する可能性がゼロではない状態の者は4名。うち、実際に成約まで至る可能性を見込める客が2名もいた。全員、住所、氏名、電話番号をもらい、後日アポの予定まで取れた。信じられないレベルの大成功である。貧乏人3名、思わずイタリアンに繰り出してしまうわけである。

「哲学好きの織田さんは、折口の担当だよな」少し声を潜めて、栃内が言った。

「異論なし」

織田さんは、俺より少し年下の男性客だ。参加者の中で一番、発言がそれっぽかったので訊いてみたら、京京大学ではなかったが哲学科卒とわかった。思わぬ共通点で盛り上がり、ちょうど自宅を建てようかと思っているというので次回のアポを取り付けた。平日の昼間にあんなところに来るくらいだから資産家の可能性もある。期待が高まる見込み客である。

「瀬戸内さんは、俺とお前でやったらどうだ」栃内が鷹揚に目黒を見る。
手にドリンクバーのコーラを持った、黒ずんだ顔のガマガエルも、今日だけは部族の首長に似た貫禄があるように思えてくる。

「瀬戸内さんって、あのメガネの中年女性っスよね。自宅の建て替えを検討してるっていう……」

「そうそう。あれはうまくすれば成約までイケるかもしれんぞ」

「了解っス!! 」

瀬戸内さんは専業主婦と言っていた。既に土地は持っていて、複数のハウスメーカーで情報収集している様子もあったので、こちらも、本気の見込み客である。

「じゃ、それで決まりな。残りの客も頃合いみて連絡入れて、営業かけていこうぜ。下品にならない程度にな」

栃内の言葉に、下品を体現したようなお前が言うセリフじゃねぇだろ、と心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。

「で、その場合っスけど……50:50で良いんスか? 」

「まぁ、それでいいわ」

ハウスメーカーの営業職は、通常、生き残りをかけたライバルである。うちの会社は、基本給が安い代わりに成約報酬インセンティブがまぁまぁ高く、売れた営業マンにはまとめてデカい金額が付く。これは生活費になるだけでなく、営業成績そのもののため、普通は営業マン同士で客を分け合ったりしない。

モデルハウスに予約なしで来場した客への接客も、基本的には順番を決めて平等に行うし、全国どこのモデルハウスであっても、社内の誰かがじっくり案内した客が2回目に来店したときには、最初に接客した営業マンにインセンティブをもらう権利を譲らなければならない。そのルールを破ると厳しく詰められる。

ただ、お互いがしっかり了承していれば、割合を決めて営業のインセンティブを複数人で分け合うことも、制度上は可能なのである。
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