217 / 405
Episode➃ 最後の一滴
第20章|折口の復職 <4>送れないメール
しおりを挟む
<4>
あの日、アルコールの離脱症状で幻覚を見た俺は、見知らぬ老人に会った。
老人が言っていた言葉の中でハッキリと覚えているものは、いくつかあった。例えば『むろとざき』、『ぜんき』、『おおみね』という言葉。それらを後から調べてみたら、実在の地名と分かった。和歌山県の俺の地元近くには前鬼、大峰という場所があり、地元の海辺から海を挟んで西の方角には、高知県の室戸岬が見える。
俺は登山などしないが、和歌山は地元なので、無意識にインプットされていた情報が幻覚に出てきたのかもしれない。必死で登っていたつもりの山はもしかすると、大峰山だったのかもしれない。
あの老人は言っていた。
―――「…………山頂まで無事に辿りつけたら、お前は富を手に入れる」
―――「……………えっ。富? “富”が手に入るって………。それどういうことですか? 何かもらえるんですか? 」
―――「そうだ。家の2軒や3軒など簡単に買えるほどの富をやる。お前は息子のようなもんだ、惜しむ必要はない」
…………。
だがその後、俺に『富』が転がり込んできた気配はさっぱりなかった。
持っている銀行口座の残高をつぶさに確認してみたが、残高に予想外の増減はない。
しょせんアルコール離脱が見せた幻覚の中のストーリーなのだから当然かもしれないが、ちょっと残念だった。
そして、幻覚のうちもうひとつ気になったのは、友人の山田のことである。
俺の幻覚の中で、山田は首を吊って遺体に成り果てていた。
現実の世界で山田とずっと連絡が取れないことが、俺にあんな幻覚を見させたのだろうか。
それともオカルトめいているけれども、山田は……もしかしてどこかで、本当に死んだのだろうか。
遠い国で起きている大きな戦争の状況は、決着する気配もなく、泥沼化している。
それに大学の哲学科というのは、ダントツに自殺率が高い集団でもある。
人間、何も考えていないのは問題だが、考えすぎるのもまた問題なのだ。
哲学科には、色々考え抜いた結果、結論として人生が嫌になって死ぬやつが毎年必ずいた。
卒業後の就職先が乏しいのに加えて自殺率まで異様に高いなんて、俺が親なら子供を哲学科にはやりたくないと思うだろうが………哲学科とはそういうところなのである。
俺が精神病院に入院している間、スマホの利用には制限がかけられていた。
現代社会ではスマホとクレジットカードさえあれば、刑務所の中からでも犯罪を犯すことが可能なわけだし、精神科病棟に入院している者に好きなだけスマホを使わせるわけにはいかない、という病院の方針もやむを得ない。当時はナースステーション預かりになっている自分のスマホを借りて、1日15分だけ使わせてもらっていた。その貴重な短時間に、俺は何度も、山田宛に「元気? 実は俺、入院してる」という内容のメールを作っては消去して、結局、送信することができないまま退院してしまった。
……思い返せば婚活の時も、俺はこんな感じだった。
若いころは無知ゆえの勢いで、恋愛をこじらせて女の子の家に押しかけてみたりもしたが、中年になるにつれて理性が先に立つようになった。
そうなると、メール一通送るのも考えてしまう。
この文面、相手にどう思われるんだろうか。
相手にとって自分など、どうでもいい存在なんじゃないか。
迷惑だと思われたら、無視されたらどうしよう………………。
そう思い始めると、たった一通のメッセージがなかなか送れなくなって、考え込んでしまう。
結婚紹介所の顔合わせで会って、少しいい雰囲気になった相手にも、定型文みたいな返事しかできず、それから1か月以上も連絡をせずに、結局「冷たいから」という理由で振られたりしていた。
相手の女の人が嫌いだったわけじゃない。むしろ気になっていたし、もう少し仲良くなりたいとは思っていた。
ただ、考えすぎて、どう接していいかがわからなくなってしまった。
そうやっていつの間にか、中年になった俺はひとりになった。
同級生も次々と家庭を作り、つながりのあった女の子とも疎遠になり。
結婚して実家を離れた姉。
高齢化して頼りなくなってきた親。
………酒という逃げ道を失ってから冷静に周囲を見渡してみると、時折、深い穴のような孤独がすぐそばに横たわっていると感じる。
この隙間風のような軽薄な寂しさは、深刻な病ほどの危機ではないくせに妙に重く、酒の一滴もなしに一生抱えて生きていける自信は、まだ湧き起らない。
あの日、アルコールの離脱症状で幻覚を見た俺は、見知らぬ老人に会った。
老人が言っていた言葉の中でハッキリと覚えているものは、いくつかあった。例えば『むろとざき』、『ぜんき』、『おおみね』という言葉。それらを後から調べてみたら、実在の地名と分かった。和歌山県の俺の地元近くには前鬼、大峰という場所があり、地元の海辺から海を挟んで西の方角には、高知県の室戸岬が見える。
俺は登山などしないが、和歌山は地元なので、無意識にインプットされていた情報が幻覚に出てきたのかもしれない。必死で登っていたつもりの山はもしかすると、大峰山だったのかもしれない。
あの老人は言っていた。
―――「…………山頂まで無事に辿りつけたら、お前は富を手に入れる」
―――「……………えっ。富? “富”が手に入るって………。それどういうことですか? 何かもらえるんですか? 」
―――「そうだ。家の2軒や3軒など簡単に買えるほどの富をやる。お前は息子のようなもんだ、惜しむ必要はない」
…………。
だがその後、俺に『富』が転がり込んできた気配はさっぱりなかった。
持っている銀行口座の残高をつぶさに確認してみたが、残高に予想外の増減はない。
しょせんアルコール離脱が見せた幻覚の中のストーリーなのだから当然かもしれないが、ちょっと残念だった。
そして、幻覚のうちもうひとつ気になったのは、友人の山田のことである。
俺の幻覚の中で、山田は首を吊って遺体に成り果てていた。
現実の世界で山田とずっと連絡が取れないことが、俺にあんな幻覚を見させたのだろうか。
それともオカルトめいているけれども、山田は……もしかしてどこかで、本当に死んだのだろうか。
遠い国で起きている大きな戦争の状況は、決着する気配もなく、泥沼化している。
それに大学の哲学科というのは、ダントツに自殺率が高い集団でもある。
人間、何も考えていないのは問題だが、考えすぎるのもまた問題なのだ。
哲学科には、色々考え抜いた結果、結論として人生が嫌になって死ぬやつが毎年必ずいた。
卒業後の就職先が乏しいのに加えて自殺率まで異様に高いなんて、俺が親なら子供を哲学科にはやりたくないと思うだろうが………哲学科とはそういうところなのである。
俺が精神病院に入院している間、スマホの利用には制限がかけられていた。
現代社会ではスマホとクレジットカードさえあれば、刑務所の中からでも犯罪を犯すことが可能なわけだし、精神科病棟に入院している者に好きなだけスマホを使わせるわけにはいかない、という病院の方針もやむを得ない。当時はナースステーション預かりになっている自分のスマホを借りて、1日15分だけ使わせてもらっていた。その貴重な短時間に、俺は何度も、山田宛に「元気? 実は俺、入院してる」という内容のメールを作っては消去して、結局、送信することができないまま退院してしまった。
……思い返せば婚活の時も、俺はこんな感じだった。
若いころは無知ゆえの勢いで、恋愛をこじらせて女の子の家に押しかけてみたりもしたが、中年になるにつれて理性が先に立つようになった。
そうなると、メール一通送るのも考えてしまう。
この文面、相手にどう思われるんだろうか。
相手にとって自分など、どうでもいい存在なんじゃないか。
迷惑だと思われたら、無視されたらどうしよう………………。
そう思い始めると、たった一通のメッセージがなかなか送れなくなって、考え込んでしまう。
結婚紹介所の顔合わせで会って、少しいい雰囲気になった相手にも、定型文みたいな返事しかできず、それから1か月以上も連絡をせずに、結局「冷たいから」という理由で振られたりしていた。
相手の女の人が嫌いだったわけじゃない。むしろ気になっていたし、もう少し仲良くなりたいとは思っていた。
ただ、考えすぎて、どう接していいかがわからなくなってしまった。
そうやっていつの間にか、中年になった俺はひとりになった。
同級生も次々と家庭を作り、つながりのあった女の子とも疎遠になり。
結婚して実家を離れた姉。
高齢化して頼りなくなってきた親。
………酒という逃げ道を失ってから冷静に周囲を見渡してみると、時折、深い穴のような孤独がすぐそばに横たわっていると感じる。
この隙間風のような軽薄な寂しさは、深刻な病ほどの危機ではないくせに妙に重く、酒の一滴もなしに一生抱えて生きていける自信は、まだ湧き起らない。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる