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Episode➃ 最後の一滴

第19章|起死回生 <5>回想:折口と中泉の面会から少し時を戻して

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【回想:折口と中泉の面会から少し時を戻して『シューシンハウス』人事部主任 中泉進久郎と、産業医鈴木、保健師足立の会話】


中泉「…………というわけで、入院した折口さんの代わりに、僕が若洲までチラシ入りの紙袋を回収しに行ったんですけれども。これが重くて……。ちょっと持ち上げるだけなら全然平気ですけど、持って移動してチラシ配りするのはかなり厳しいと思いました。
チラシ配りって、普通はバイクか自転車でやるものらしいんです。今回、折口さんはアルコール依存症になっちゃってましたから、いっさい車の運転をさせない、っていう原須支店長の判断は仕方ないと思いますが、それにしたって、わざわざ人が少ない地域を指定して、徒歩でビラ配りして回るよう命令するというのは、嫌がらせじみているように感じまして……。
でも原須支店長は折口さんが入院してから“あいつは通常の業務命令に従えなかったんだからクビにしてくれ”の一点張りなんですよ。鈴木先生、どう思われますか? 」


鈴木「業務として命じられた内容がハラスメントにあたるかという判断は難しいものでして……。一般的に、職場で起こりやすいパワハラには6つの類型があると言われていますが、足立さん、挙げてみてください」


足立「あっ、はいっ。えーと………。『①身体的な攻撃』、『②精神的な攻撃』、『③人間関係からの切り離し』、『④過度の要求』、『⑤過小な要求』、『⑥個の侵害』、ですよね」


鈴木「正解です。今回の場合、事案が『②精神的な攻撃』または『④過度の要求』に該当するか、ということがポイントかと思いますが……。僕はチラシ配りをしたことがありませんので、まず、配れと言われた枚数が相場と比べて異常に多いのかどうかがわかりません」


中泉「まぁ……折口さんの同僚の目黒くんや栃内さんに聞いてみても、絶対に配れない数ではない、とは言ってたんですけど……絶対に配れない枚数じゃないということは、絶対に配れる枚数ともいえないということだから……難しいなぁ」

足立「暴言など、折口さんへの精神的な攻撃はあったのでしょうか」

中泉「それが、なくはなかったようなんですが……原須支店長が箝口令を敷いたようで、営業社員に訊いても、具体的なことを話してくれないんです……。」

鈴木「なるほど…………………………。しかし今回の話、産業医としてはひとつ、気になる点がありますね」

足立「気になる点……? 鈴木先生、どういうことですか? 」

鈴木「荷物の重さです」

中泉「荷物の重さ……ですか」

鈴木「はい。厚生労働省の通達で、体重の40%を超える重量物を継続的に人力のみで運搬させることは制限するように、定められているのです」

中泉「そんなルールがあったんですか……」

鈴木「資本主義は社会を発展させる大きな動力になりますが、暴走させると経済や営利を追求しすぎて労働者の生命・安全を侵しかねない、強い暴力性も孕んでいます。
全くルールがなければ、無理を承知で労働者を使い捨てにするような業務命令も可能になってしまいますから、それを防ぐために各種の基準が設けられているのです。
もっとも先にお伝えした通達は、ハラスメントの観点ではなく“腰痛予防”という観点から定められたものになりますが……。折口さんの体重はわかりますか? 」

中泉「なるほど。折口さんの身長体重は………えーと。どのくらいだったかな? 」

足立「あ、ちょうどここに去年の折口さんの健診結果がありますよ。身長169cm、体重62kgです! 」

中泉「足立さん、ありがとう。……。体重62kgの40%で………………、えーと……『24.8kg』以上の荷物であれば、“折口さんは過負荷な重量物を運搬させられていた”、と言える可能性もあるわけですね。よしっ。折口さんが運んでいた紙袋、早速、重さを測ってみましょう!! 」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

中泉「あーっ……惜しい……。紙袋の重さは『23.5kg』かぁ……。これでも充分重いと思うけど、基準には微妙に届かないですねぇ。折口さんが配って回ったチラシの枚数のぶん、最初はもうちょっと重かったのかもしれないけど………このコピー用紙みたいなチラシは、1枚5gくらいか……。カラー刷りの方は紙も分厚いから10gくらいあるとして……えーと……折口さんが最初に持たされていたチラシの重さが24.8kg以上であるためには、配ってしまったチラシが何枚だったらいいのか………うーん、うーん……
ああーーー!! 考えていたら、なんか熱でも出てきそうですよ! 」

足立「数学の問題みたいですね」

中泉「ウウッ……。僕は数学が苦手で……。本当に熱が出てきたかもしれない。体温でも測ろうか……って。ん? 」

鈴木「どうしたんですか、中泉さん」

中泉「そうか!!!!! 同じ人間でも、体温は微妙に上下するんだ!! ということは、体重だって、食生活や日時によって増減するはずじゃないか!! 」

鈴木「(叫ぶほどの内容ではないような……)……確かに人間の体重は、日々増減しますね」

中泉「折口さん、最近は見るからに、どんどん痩せてきていたんですよ」

鈴木「アルコール依存症の患者さんは、病状が進行すると食事を摂らずにお酒を飲み続けるので、痩せていく方が多いです」

中泉「僕、入院中の折口さんに面会に行く約束をしてますので、その時、彼に最近の体重を訊いてみます! それで、もし体重の40%を超えるほどの重量物を運搬をすることを業務として命じていたとしたら、原須支店長の指示が適切ではなかった、と言えますよね」

足立「アルコール依存症の離脱症状を起こして、幻覚をみて倒れたのは折口さんの個人的な病気による事だとしても、そもそも原須支店長に命じられた業務内容にも無理な点があったというなら、それを達成できなかったからといって、一方的にクビにするのは理不尽、ってことになりかねないですよね……」

鈴木「ここで腰痛予防に関する通達を持ち出すのはやや詭弁のようにも思いますが、我々の事務所に匿名電話でパワハラの告発があったことと併せて考えれば、原須支店長のやりかたにも問題はあるかもしれない、と推測できそうです」

中泉「折口さんの体重が何kgくらいなら重量制限を超えていたと言えるのか……落ち着いて、あとでゆっくり考えてみます! 」

足立「でも………………。中泉さん、何故、そんなに折口さんの肩を持たれるのですか」

中泉「別に肩を持っているわけじゃないんですよ………。
ただ僕、小さい頃からいつも親父に言われていたんです。“Put yourself in someone else's shoes.”……。直訳すると『他のヤツの靴を履いてみろ』なんですけど、“もしも自分がその人と同じ立場だったらどう思うかを、よく考えろ”って言葉で………。
今回チラシの紙袋を持ち帰りながら、もし僕が折口さんだったら、この会社にずっと勤めたいと思わないだろうな、って思いまして………次々に人が辞めていく理由もちょっと分かった気がして………。
それに、今回のことがあって周りの社員に折口さんの評判を聞いたら、意外と“ゴミ捨てを手伝ってくれた”、“新入社員に一番丁寧に仕事を教えていた”、“腰が痛いのを気遣ってくれた”……って、折口さんを評価する声もあったんです。
折口さんは営業職だから、売上をあげなくちゃ、ダメ社員の烙印を押されてしまいます。でも数字には表れない部分で、会社の役に立ってくれたこともあったんじゃないかなぁ、って………。
ですからもう一度くらい、折口さんにも、チャレンジする機会が作れないか、って思ってしまったんです……………」

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