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Episode➃ 最後の一滴

第18章|ビラ配り <14>錯乱状態

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<14>



――――絶対に負けない。負けない。生き抜いてやる。


急な坂も、背の低い笹が全面に茂った野原も、俺はとにかく歩みを止めずに進んだ。チラシ配り初日からの熱っぽさ、体調不良、手足の震えで、自分では精一杯歩いているつもりでも、まるで下手な水泳でもしているかのように、振り返ると殆ど前に進んでいなかった。

かなり時間をかけて、のろまな歩みでも、それでも俺は進んだ。両脚には痙攣寸前の疲労が蓄積していた。足裏の皮も剥けている。一歩踏みしめるごとに鋭い痛みが襲って来た。


――――俺は絶対に、人里にもう一度帰る。そしてスマホの黒歴史は消去して、安心した状態で、柔らかい布団の上で、眠りたいだけ寝るんだ。



 悪戦苦闘して笹薮を抜けると、先の方の木の枝にがぶら下がっていた。ぶらりぶらりと揺れて、巨大なミノムシのような姿だった。

――――なんだあれ。


 そちらは老人に指示された道とは外れるが、気になって息を切らしながら近づいた。

だが、それが何かを認識した瞬間、俺は見てしまった事を心から後悔した。

「ヒィィィィィッ!!!!!」


――――死体だ。人間の死体だ。腐っている。 

――――それに、あれは………あれは…………あのメガネは…………


「山田ァァァァッ!!!」


その時、俺の両目から驚くほどの勢いで熱い液体が溢れ出た。

―――――山田、山田、山田、山田、なんでお前、こんなところで死んでるんだよおぉぉぉ!!!!!

―――――俺を置いて、1人で逝くンじゃねぇよぉぉぉぉぉ!!!

―――――人間界に戻っても、バカ話しながらビール飲める相手が、お前がいなくなっちまったら、俺いよいよ、どうすりゃいいんだよ………



山田の亡骸を見て思わず引き返したせいで、道がわからなくなる。


視界が歪んで見えないので涙を拭こうとして、自分の手に、直線状に白いゴマのようなものがびっしり着いていることに気付く。何度か目をしばたたいて凝視すると、その白いゴマがウニョウニョと動いていることに気付く。


―――――こ、これは………ウジ虫………!!!


実物のウジ虫など俺は生まれてから一度も見たことがない。だがそうとしか思えなかった。ピチピチと膨れた白い小さな物体は俺の手の上を………そうだ、目黒と殴り合った手の傷や、道中に岩や木の枝で切った部分を丁寧になぞるように、いつの間にか俺の手に棲みついていた。

痛みなどないし、自分の事に夢中で手など見ていなかった。
いつからだ? そういえばゲートブリッジの前で寝ていたとき、やたらしつこくハエが纏わりついていたような……あの時、ハエが卵を産みつけたのか??


「うわぁぁぁぁっっ!!!!!」


目線をずらすと、俺の前腕にも、両足にも、びっしりと虫が寄り付いている。


「やめろ!! やめろ!! 」


―――――俺は生きるんだ。生きるんだ。生きるんだ。



 風に乗って、声が聞こえた。森のざわめきとよく似ていた。


【お前は役立たずだ………】

―――――原須支店長………栃内………中泉………!!!



【京京大学まで出してやったのに………あんな三流企業に就職するなんてな……残念だ……】

―――――親父…………!!!!




 目の前に、ワイングラスを2つ持った半裸の美女が現れた。

「あら………、お困りみたいね。お酒を飲めば、全部忘れられるわよ。乾杯しましょ? 」

「あ、あんた誰だよ!! 」

俺は吠えた。今すぐむしゃぶりつきたいくらいの、物凄く好みのタイプだったが、こんな山奥に半裸で座っている時点で存在が怪しすぎた。

「誰だっていいでしょ? ね、イイコトしましょ? お酒、飲んでくれたら全部脱いじゃう」

女は身に着けた服を脱ぎ始める。恐怖と屈辱と劣情が同時に襲い掛かってきて思考が停止しそうだ。

いや………待てよ。

老人が言っていた。この山はなのだと。
なのにこの場所にいるお前は…………人間じゃねぇ!!!


「うるせぇ! 俺は山頂を目指すんじゃぁぁぁ!!! 」


そう言って美女を振り払った先に、老人が指定していた目印が見えた。

ガラス張りのドームが並んだ形。
赤茶色の鉄門。
あれだ。あれだ、あれが…………人間社会に戻るための扉だ。


俺は走った。体感、5秒で1メートルくらいしか進まなかったと思うが、それでも走った。



「助けてくれ。死んでしまう。苦しい。助けてくれえ。誰か、誰か………!!!!!!」



門扉に辿りついた瞬間、倒れ込んだ。

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